No.638006

真・恋姫†無双 想伝 ~魏†残想~ 其ノ十九

十日以上は空けないようにと頑張ったけど無理でした。スイマセン。

今回はあの二人が登場。
仲間になるのかな、ならないのかな。もしくは微妙な立ち位置なのかな。

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2013-11-18 21:56:55 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:8758   閲覧ユーザー数:6114

 

 

 

 

【 新たな風二つ ~しかして賊は空気を読まず~ 】

 

 

 

 

 

 

 

城までの距離は然程無い。

一刀と華琳は結果として一分と掛からない内に女性と少女、そして警備兵二人の計四人の後ろに立つこととなった。

 

 

「だから私達はこの城で厄介になっている黄忠様の知り合いだと言っているんだ!」

 

『いえ、ですから――』

 

黒髪に白のメッシュ――某無免許医のような髪をした少女の怒鳴り声。

警備兵達は萎縮しながらも自分達に与えられた職務を忠実にこなそうと奮闘する。

 

その横にいる菫色の髪をした女性はただそれを見守っていた。ふと一刀が視線を落とすと、腰には酒瓶が吊り下げられている。その特徴だけで大体の把握をし、前に紫苑とその話をしていただけに、どうして彼女らがここにいるかの理解も早かった。

 

一刀の隣に立つ華琳も紫苑から話を聞いていたのだろうか、したり顔で頷いている。

 

取り敢えず一刀と華琳が揃って思ったことは、まったくもって警備兵が不憫でならない、ということだった。

 

 

「ああもう融通の利かない奴らだな! 黄忠様の友人が訪ねて来たというのになんだこの仕打ちは――はっ! まさか貴様ら……黄忠様を追い出したり、弊職に追いやったりはしてないだろうな!」

 

「してないよ、断じて」

 

「うん?」

 

 

それは流石に聞き捨てならない――そう判断した一刀は早々に話し掛ける。

某無免許医風の特徴的な髪をした少女が疑問符を浮かべ、不満そうな顔で振り替えった。

 

 

「――――」

 

 

が、先刻まで警備兵に詰め寄っていた勢いと剣幕はどこへやら。何かとんでもないものを見たかのように少女は制止した。そして一言。

 

 

「か、可愛い……」

 

 

状況にそぐわない言葉を呟いた。

 

視線の先には一刀の後ろに立つ華琳の姿。その言葉が自分に向けられているものだと理解した華琳は可愛らしく小首を傾げて見せた。

 

 

「あら、ありがとう」

 

「ぐはっ!」

 

 

小首を傾げ、更に微笑を湛えた華琳の表情に何らかの物理的ダメージを受けたのか、少女は胸を押さえてよろめいた。そして少女は自分の隣にいた女性に勢いよく振り向いて告げる。

 

 

「桔梗様! 凄く可愛いです、あの方!」

 

 

ゴツン!

 

 

「あいたっ!?」

 

 

眼にも止まらぬ速さで繰り出された拳が少女の脳天を直撃する。相当痛かったのだろう、少女は痛みに悶絶し、頭を押さえながら呻き声を上げてその場にしゃがみ込んだ。

 

 

「何をトチ狂っておるのだお主は。初対面の人間に不躾にも程があろう」

 

 

菫色の髪をした女性が怒り顔で少女に苦言を呈す。そして今度は一刀と華琳に向き直った。

 

 

「すまんな。儂の供が無礼を働いた」

 

「あー……多分、本人は普通に喜んでると思うから気にしないでいいよ」

 

「可愛いと言われて悪い気はしないわね、もちろん」

 

「はっはっは、それは確かに。して、お主らは?」

 

 

警戒ではなく、純粋な興味として女性は尋ねる。

特に名乗らない理由もないので、一刀と華琳は警備兵のホッとした顔を横目で見つつ、応えることにした。。

 

 

「北郷一刀。この魏興郡の太守を細々とやってる。よろしく」

 

「吉利よ。一刀の元で武官や文官、雑務をこなしているわ」

 

 

二人の堂々とした名乗り。一瞬呆気に取られた後に、一拍の間を置いて小さく笑い始める女性。

 

 

「そうかそうか、お主らが紫苑からの文に書いてあった北郷殿に吉利殿か。名乗りが遅れたが、儂は黄忠――紫苑の友人で厳顔という者だ。ほれ、焔耶。お前もいつまでも伸びておらんで挨拶せい」

 

 

ぺし、と女性――もとい厳顔に叩かれて頭を押さえたままユラユラと立ち上がる少女。

 

 

一瞬だけ視線が華琳を捉えたが、すぐにあらぬ方向へと顔を向ける。

頬が赤くなっている辺り、まさかどうやら何故かは知らないが照れているらしい。同性の華琳に対して。

 

 

「焔耶」

 

 

短く鋭い声で名を呼ばれ我に返る少女。

少々、初対面の相手の前で見せた醜態は流石にバツが悪かったのか、居心地悪そうに頬を掻きながら口を開いた。

 

 

「げ、厳顔様の部下で、名は魏延という。よ、よろしく」

 

 

しかしその視線はやはり華琳に注がれている。

ちら、と一瞬だけ一刀を見る時もあるがその視線はあまり好意的なものでは無かった。

 

 

「ええ、よろしく。厳顔に、魏延ね」

 

「紫苑に会いに来たんだろ? 紫苑なら多分、城内にいるよ。今日は事務仕事をこなしながら璃々と一日過ごすって言ってたから」

 

「そうか。ふむ、文も送っとらん身で唐突に申し訳ないとは思うが、北郷殿」

 

「ああ、構わないよ。厳顔さんが紫苑の友人だっていうのは本人から聞いてるし。何より俺から見た第一印象だけど、無用なトラブルを起こすタイプでもなさそうだ」

 

 

厳顔が要望を口にする前にその意を汲み取り、一刀は特に問題がないことを告げた。

 

 

「む?」

 

 

聞きなれない単語に首を傾げる厳顔。

華琳に現代語を教えているせいか、つい口から出てしまうことに申し訳なさを感じながら笑って誤魔化す。

 

このことについて説明するなら別に後でも構わないだろう、というわけだ。

 

 

「警備ご苦労様。この二人は黄忠の客人だ。つまるところ俺の客人でもある。いいな?」

 

『『はっ!』』

 

 

警備の二人に声を掛け、返事に頷く。

どんだけ美人だろうと誰かの知り合いを語ろうと、警備という職務なのだからそこはキッチリと割り切るように、という俺や華琳の教育は行き届いているようだった。俺を先頭に、華琳、厳顔、魏延の順で門をくぐる。

 

さっきまでご機嫌に見えた華琳。しかし後ろから聞こえてくる呟きが非常に恐ろしいというか、触れてはいけない何か的な空気を発していたので取り敢えずスルーする。刹那、微かに耳に入った呟きにその判断が正しかったことを知るのだった。

 

 

「また……乳が……しかも二人……どうなって……ぶつぶつ」

 

 

そこに狂気の類は見られないものの、明らかに不機嫌そうに、不満そうに、華琳は唇を尖らせて呟き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城内を奥へと進んでいく。

その間にも一刀の背には二つの念波のようなものが浴びせられ続けていた。

 

表には見せず、心の中でちょっとだけげんなりする。

 

一方は散発的というか、直接自分に向けられたものではない。辺り一面にというか、まあ俗にいう不機嫌オーラだ。これの捌き方は心得ているので問題ない。

 

しかし問題なのはもう一方。列の最後尾から、明らかにそれとは別種のオーラが直接的に向けられていた。

これもまあ、なんとなく覚えはある。警戒オーラというかなんというか。一言で締め括ってしまえば、有り体に言って“敵意”。それに近いもの。

 

 

「どうしたもんかねえ」

 

「……魏延のこと?」

 

「ああ。どうにも俺、嫌われてるみたい」

 

「それはそれは、心の底から良かったわ」

 

「華琳の言いたいことは分かるよ。でも、原因の一端には華琳も関係してると思うんだけどね」

 

「私が?」

 

「うん、まあ」

 

 

言ってチラリと後ろを軽く振り向く。

デレデレとした顔で華琳の後ろ姿を見ていた魏延の表情が俺の視線を受けてか、即座に固いものへと戻った。

 

前を向き直し、溜息を吐く。合点がいった、という様子で華琳は小さく、一刀に聞こえる程度の音量で呟いた。

 

 

「……ああ、さっきから私に向けられている視線はそういうことなのね」

 

「多分。さっきの可愛い発言も素というよりは若干狂気染みてた気がするからなあ」

 

「私は別に構わないわよ? 慣れているし」

 

「俺は慣れてないんですけどね、こういうタイプの敵意は」

 

 

またちょっと覚えのある敵意とは違うタイプだし、とも一刀は思った。

殆んど口を動かさず会話をする最中、他人事を語るに近い華琳の言葉を聞いて一刀は微妙な表情を浮かべる。

 

――と、そんな空気を打ち破るかのように進行方向の廊下の角から、ちんまい幼女が姿を現した。

 

自分の前方にいる四人の中の内、後方の二人が誰なのかを理解した幼女は驚きに目を丸くする。

 

 

「あれ? なんで桔梗様がここにいるの?」

 

 

そのまま一行が自分に近付いて来て止まるまでの間、璃々は驚きでその場に縫い付けられたように動かなかった。

 

璃々の声を聞き、やがて視界へと入れた厳顔と魏延。厳顔の顔がまるで久しく会っていなかった娘を見るかのように綻ぶ。

 

 

「おお璃々! 元気にしていたか?」

 

「う、うん。元気だったよ!」

 

 

戸惑いながらもコクコクと頷く璃々。その場にしゃがんだ厳顔はそんな璃々に頬擦りをする。

頬擦りを受けてくすぐったそうにしながらも璃々の表情は晴れやかで、本当に嬉しそうだった。

 

意外な光景に一刀と華琳は少しだけ驚いて目を見開く。

とはいえ、紫苑の友人である厳顔にとって、その娘の璃々は自分の娘のようなものなのかもしれないな、と結論付けた。

 

厳顔の頬擦りから解放され、その後ろに立つ魏延の姿を捉えた璃々の表情がまた綻ぶ。

 

 

「焔耶お姉ちゃんもひさしぶり!」

 

「ああ! 璃々、少し背が伸びたんじゃないか?」

 

「うん! 璃々ね、さいきん好き嫌いしなくなったんだよ?」

 

「ふ、未だに好き嫌いがある焔耶とはえらい違いじゃな。お主も少しは璃々を見習え」

 

「い、いえ! 私とて最近はまあ、その、少しは食べられるようになったと思うのですが……」

 

「駄目だよ、焔耶お姉ちゃん! 好き嫌いしてると背も伸びないし、おっぱいもおっきくならないんだよ?」

 

「いや私は別にこれ以上大きくならなくても――」

 

「――あら、珍しいお客様ね」

 

 

ちょっと一刀が個人的に遠慮したい話(隣にいる元覇王様的な意味で)に入りそうになったところを絶妙なタイミングで涼やかな声が遮る。

 

 

一同がそちらに目をやれば、いつもと変わらぬ優雅さで廊下を歩いてくる紫苑の姿があった。

 

紫苑は一度、一行の目の前で止まると一刀と華琳に軽い会釈をする。

 

 

「お帰りなさいませ、一刀さん、華琳。どうでしたか、話し合いの方は」

 

「全て滞りなく進んだわ。どこかの誰かが事前に割の合わない手回しをしてくれていたお陰でね」

 

「あらあら。それは良かったわ」

 

 

クスクスと笑って紫苑は一刀のことを見る。どうやら紫苑にも色々と手回しをしていたことはバレていたらしい、と一刀は理解した。そのままバツの悪そうな顔で笑い返す。それを見てもう一度ニコリと笑うと、紫苑は今度こそ厳顔達に向き直った。

 

 

「久しぶりね、桔梗。益州からの旅、ご苦労様。途中、橋は落ちていなかったの?」

 

「ああ、中々に面倒な旅だったわ。お主の言う通り橋が落ちておったんだがの、既に儂らが通る頃には修理が進んでおった。半日ほどで架かったのは重畳と言ったところか」

 

「そう。特にキナ臭い話は?」

 

「どうやらそれは無さそうだ。単純に老朽化らしい。まったく……あの橋は前から再三に渡って修理の必要性を訴えとったと言うにな」

 

「ふふ、特に何も無いならそれが一番よ。 あ、焔耶ちゃん。お久しぶりね」

 

 

毒づく厳顔に微笑みかけた紫苑は、次にその隣に立っていた魏延に話し掛ける。

久しぶりに会うからなのか、尊敬している相手だからなのか。とにかく少し紅潮した顔で魏延はそれに応えた。

 

 

「お久しぶりです、黄忠様。正直、驚きました。その、劉表殿の元から離れたという文を見たので」

 

「あら、見せたの? 桔梗」

 

「ああ。あれだけなら問題はあるまい。もう二通は見せられたものではないがな」

 

「もう二通?」

 

 

厳顔が懐から取り出した二通の文。絶妙なタイミングで絶妙な話題に一刀が割って入る。何のことを言われているのか理解した紫苑はサッと頬を紅潮させた。流石に現物が今ここにあるとなると話は変わってくるらしい。

 

知ってか知らずか、厳顔はその二通の内の一通を半ば強引に、一刀の手に握らせた。

何の気なしに、戸惑いつつも一刀は文を開く。そこには――

 

 

『一刀さんが大好き! え、どこが好きかって? 全部よ全部! 優しいところ、強いところ、カッコいいところ、真面目なところ、面白いところ。もっと一杯あるけど今回は書ききれないから次の文に書いて送るわね? 一緒にいて楽しいと思える人よ。それにまた夜が凄いのよ。なんて言ったって私と吉利の二人で――(自主規制)』

 

 

――静かに一刀は文を閉じた。

 

そして、頬を赤らめながら気まずそうな表情をする紫苑を見据えて一言。

 

 

「メール弁慶?」

 

「め、めーる?」

 

 

つい口から出た現代語交じりの言葉。

それを聞いた紫苑は冷や汗のようなものを掻きながらも首を傾げた。

 

 

「……まあ、取り敢えず、なんだ? 紫苑、あとで説教な」

 

「は、はい」

 

 

流石にこれは恥ずかしい。何が恥ずかしいかって、夜の営み的なアレを赤裸々に手紙に書かれたことが。前半部分は物凄く愛されているということが分かるので嬉しいんだけど。

 

とか思っている間に少し気を抜いた途端、手から文を掻っ攫われた。もちろん、紫苑に。

 

自分の気持ちを赤裸々に書き連ねた文を大切そうに握り締めながら、紫苑は華琳を見た。

 

 

「み、見せないわよ?」

 

「……誰も見たいとは言っていないわよ。そんなに見せたくないのなら大切にしまっておきなさい」

 

 

華琳の薄い反応に拍子抜けした表情を浮かべる紫苑。

そんな様子を見て、厳顔は一人愉快そうにクツクツと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「そ、それで? 二人して急に来るとは流石に思っていなかったのだけれど、どういうことなの桔梗?」

 

 

場を仕切りなおすように、はたまた自分の醜態を打ち消そうとでもするかのように、紫苑は未だ若干赤い頬のままで厳顔に尋ねた。

 

 

「お母さん、お顔赤いよ?」

 

「璃々、女には時に触れちゃいけない話題があるのよ。今はそっとしておいてやりなさい」

 

「う~ん……よくわからないけどわかった!」

 

「ふふ、璃々は物分かりがいいわね。ほら、頭撫でてあげる」

 

「わーい!」

 

「……」

 

 

微妙なフォローを入れられたことに思うところでもあったのか、じゃれる華琳と璃々を微妙な表情で見つめる紫苑。このままでは話が進まないと思ったのだろう、空気を読んだ厳顔がひとつ小さな咳払いをし、その場にいる全員の注目を集めた。

 

 

「なに、自らが仕える主を見つけたと友が文に書いて寄越したのだ。それはもう見定めに来いという内容に相違なかろう」

 

「そんな理由だったのですか!?」

 

 

魏延が驚いた声を上げる。どうやらこの様子だと、魏延は特に何も知らされずに厳顔に着いて来ただけのようだった。

 

その抗議に近しい声に厳顔は、つまらぬことを言うな、とでも口にするかのように鼻を鳴らす。

 

 

「そんな理由とはなんだ、焔耶。何より大事なことだと思うがのう。しかも、そればかりではない。なにせ、自らが身を預けてもいい男でもある、とも文にあったのだ。これはもう現地に赴くしかあるまいと思ってな。そも、自分で文を送った時点で儂が来ることくらいは容易に予想がついていただろうさ。のう、紫苑」

 

「み、身を預けても!?」

 

 

言って厳顔は紫苑にニヤリ、とからかい交じりの笑みを向けた。反面、魏延は厳顔の口から語られた内容に絶句する。それを受け、しばらくの間黙っていた紫苑。やがて、仕方ない――という風に溜息を吐いた。

 

 

「誰だって自分の見初めた相手を自慢したいという考えは持つものでしょう?」

 

 

惚気のカミングアウト。それを聞き、途端に厳顔は笑い始める。

 

 

「はっはっはっは!!!!!! まるで生娘のような発言だな、紫苑!」

 

「生娘で結構よ、桔梗。気持ちの上では未だに若いと自負しているわ」

 

「いや、普通に若いだろ紫苑は」

 

 

紫苑と厳顔の会話を邪魔しないようにと配慮してしばらく黙っていた一刀が唐突に呟く。

その呟きにより、一気に紫苑の顔が赤く染まった。華琳は華琳で、やれやれ、と首を振ったが。

 

これには厳顔も呆気に取られたらしく、目を点にした後、今度は静かに笑いだした。そのまま、したり顔で何度も頷く。

 

 

「そうか、これか。紫苑よ、お主はこれにやられたか」

 

「一刀さんは順番とかそういうのを気にしない人だけれど、敢えて言わせてもらうのなら私は二番目にやられた女、ね。もっと厳密に言えば違うのでしょうけれど」

 

 

「ほう。なら、そこの吉利殿が北郷殿の一番、というわけか」

 

 

未だに愉快そうに笑う厳顔が華琳を見据える。

だが反面、魏延は目を剥いて一刀と華琳を見比べた。

 

そんなことなど露知らず、それを誇りに思っているからこそ、華琳は不敵な笑みで胸を逸らす。そして紫苑と同様に敢えて言う。

 

 

「一刀の前では順番なんて意味を持たないのよ。気にするだけ馬鹿らしいわ。極端に言うなら、そうね。順番なんて小さいことを気にする者は一刀の妻に相応しくないわ」

 

 

もはや堂々の妻発言。

益々愉快そうに厳顔は笑みを濃くし、紫苑は状況を愉しんでいるような素振りで頬に手を当てる。

 

一刀は照れ臭いやらなんやらで明後日の方向を見やり、璃々は頭を撫で続けている華琳の手の感触に脱力していた。

 

 

そんな中、ショックを受けている人物が一人。

 

 

「そ、そんな……」

 

 

言うまでもなく、魏延だった。

どうやら紫苑だけでもショックだったというのに、ここに来て自分が一目惚れしてしまった華琳がよく分からない男に対して堂々の妻発言をしたことが相当堪えたらしい。

 

 

「吉利殿の初めては私が貰いたかった……っ!」

 

 

軽く絶望しながら相当危険なことを呟く魏延。厳顔は呆れた顔で軽く魏延の頭を小突いた。

 

 

「痛っ!」

 

「何を恥ずかしいことを言っているのだ、お前は」

 

「いえ、ですが、しかし――」

 

「あら、魏延。私と閨を共にしたいのかしら? 私は別に構わないけれど」

 

 

何かしらの反論をしようと魏延が口を開きかけたところに華琳の爆弾発言。

 

始まったよ……、と一刀は苦笑いで額に手を当てる。

覇王様の悪い癖復活のファンファーレがどこからか鳴り響いてくる幻聴が聞こえてきそうだった。

 

 

「本当ですか吉利殿! いえ私と致しましてはそういう関係になることについては決してやぶさかではないと言いますか寧ろ大歓迎で――」

 

 

華琳の発言を聞いたことによって鼻息荒く暴走気味に捲し立てる魏延を横目で見つつ、諦めの溜息を吐きながら厳顔は一刀に小声で尋ねる。

 

 

「吉利殿は本気なのか?」

 

「うん、多分。最近は鳴りを潜めてたと思ったんだけどなあ……今のでスイッチ入っちゃったんだろうな」

 

「ふむ。すいっち……というのは分からんが、その言い方だと北郷殿は吉利殿のそれを肯定しているということか」

 

「まあね。かり――いや、吉利がそれでいいなら別に構わないよ。無理矢理とかなら注意するところだけど、その辺は流石に弁えてるからさ」

 

「ほほう、中々に器の広い男だのう。紫苑、お主の見初めた男なだけはある」

 

「でしょう?」

 

「あんまり持ち上げられても困るんだけどな。そんな大した人間じゃあないし」

 

「いや、これなら問題は無かろうて。北郷殿、ひとつ折り入って頼みがあるのだが聞いてもらえるだろうか」

 

 

唐突に自分の中で何かを納得し、唐突に真面目な表情になった厳顔。

その変わり身の早さに一瞬気圧されかけた一刀だったが、その顔は即座に真面目なものへと変わった。

 

それを話を聞く合図と見て取った厳顔は改めて真面目な雰囲気の元、口を開く。

 

 

「魏興郡太守、北郷一刀殿。暫しの間、儂と魏延を客将として迎え入れてもらいたい」

 

 

 

 

 

 

「ん~……」

 

 

厳顔の唐突な発言。というか頼み。

しかしそれを聞いて驚くでもなく、一刀は眉を八の字にして呻く。その表情はなんというか、表現し辛い微妙なものだった。

 

 

「き、桔梗様! 一体何を言っているのですか!」

 

「焔耶、少し黙っておれ。お主に断りもなく済まないとは思うがな」

 

「し、しかし私は客将などと――」

 

「あら、魏延は私の元にいるのが嫌?」

 

「いえっ! 客将でも何でも構いませんっ!」

 

 

華琳の前に魏延はあっさりと陥落した。

酷く現金というか、酷く扱いやすい弟子の様子に厳顔は溜息を吐く。しかしその間も眼は一刀に真っ直ぐ向けられていた。

 

 

「あれ、でも確か厳顔って益州の劉璋に仕えてるんじゃなかったっけ?」

 

 

当然の疑問だった。

まさかとは思うが、わざわざ自分の所属していた勢力を飛び出して紫苑に会いに来たわけではないだろう。

 

 

「ふむ、暇を貰うと告げては来たが、その期間がいつまでと言う話はしてこなかったものでな。まあ、勝手ながら儂と魏延は劉璋殿の元を離れたと言っていい。つまり今は根なし草ということになるのう。はっはっは!」

 

 

そのまさかだった!

 

とんでもないことを語ったというのに豪快に笑う厳顔。そして反面、渋い顔で溜息を吐く魏延。

対称的な両者を見つめながら、一刀と華琳、紫苑は苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

 

そんな中で、ふと我に返った一刀が徐に口を開く。

 

 

「あー、そうだ。厳顔、ひとつ聞きたいんだけど」

 

「む、なんだ?」

 

「いや、なんで俺なのかなーって。徳が高いとか君主らしいとか頭が良いとか勢力がデカいとか、俺よりも凄い人って普通にいると思うんだ。ぶっちゃけて言っちゃうと、吉利や紫苑の方が総合的に見て君主らしいとは思うしね」

 

「ふむ……理由か。単純に紫苑が高い評価を下している者だから、では駄目か?」

 

 

それを聞いて、一刀はしばらく考える素振りを見せる。

 

 

「……客将なら構わない、か」

 

 

ボソッと呟かれた言葉。それは誰に向けた言葉でもなく、自分自身にこそ向けた言葉。

真名を預ける、預けられる理由と同じように、それは太守となった自分に課したケジメのようなものだった。

 

自分の中で自分の矜持に納得した一刀は、先刻よりも少しばかり明るい表情を浮かべ、顔を上げる。

 

 

「うん、そうだな。構わないよ、あくまでも客将ということなら」

 

「む?」

 

 

その台詞に少しだけ引っ掛かるものを覚えた厳顔は眉根を寄せ、頭の上に疑問符を浮かべた。そんな様子に一刀は笑う。当たり前かな、という風に。

 

 

一刀と厳顔が対話をしている間、華琳と紫苑は無言だった。

それは太守、北郷一刀を立てるが為の行動。何より、一刀の中のある線引きに敬意を表したからこその沈黙。

 

 

「真名の件もそうなんだけど。俺って、“誰かが許したから”とか、“誰かの評価が高いから”とかってあんまり好きじゃないんだ。俺っていう人間を見られていない感じがしてさ。もちろん、そういうことが間違ってるって言っているわけじゃない。その感情は尊敬とか憧れから来るものでもあるだろうし、それを否定する気は更々ない」

 

 

つまりただ単に、と一刀は続ける。

笑みを浮かべながら。それでいて真面目な表情で。

 

 

「――俺は、そういうのが嫌いってだけ」

 

 

自分の中の線引き。言ってしまえば我が儘に近い気持ちを引け目無く、はっきりと口にした。

 

 

静まっていた城の一角が、より一層の静寂に包まれる。

 

自信、確信、覚悟――いや。言葉では言い表せない何かを、厳顔は北郷一刀という青年から感じていた。

得体の知れない何かを前にしているような感覚が自分の身を包んでいるのを覚える。しかしそれは決して畏怖とも呼べない何か。言い表せない、得体の知れない、何か。

 

 

「なんて、少し生意気だったかな」

 

 

場を茶化すような一刀の台詞。

その一言で場の静寂な雰囲気は一息に打ち消された。

 

呆れたような表情を浮かべて、紫苑はくすりと笑い漏らす。

 

 

「あらあら、締まらない太守様ですね」

 

「俺はこういうの苦手なの。紫苑も知ってるだろ?」

 

「ええ、もちろんです。では今後はもっとこういう機会を設けていきましょうか。苦手だというなら、訓練をしなくてはいけませんよ」

 

「げ、墓穴掘ったか。というか恐ろしいドS発言……。基本的にうちの陣営はSの巣窟だな」

 

「えす?」

 

「いいや、こっちの話だよ璃々。あ、でも璃々も将来的にはS属性になるのかなあ……」

 

「あらいいじゃない。一刀を責める人員が将来的に増えるという話でしょう?」

 

「恐ろしいこと言わないでもらえますか華琳サン!?」

 

 

空気が変わった瞬間を皮切りにどんどんと脱線していく話題。

そんな一同を見て、耐え切れずクスクスと笑いを漏らしはじめる厳顔。気付けば厳顔の表情も幾分か晴れやかなものへとなっていた。笑みを湛えた表情のまま、厳顔は紫苑に尋ねる。

 

 

「紫苑、ここはいつもこうなのか?」

 

「ええ、いつもこうよ。素敵でしょう?」

 

「……ああ。これは中々に面白い。ここで飲む酒は大層美味だろうて」

 

 

言って厳顔は豪快な笑みを浮かべる。

視線を魏延に移せば、先刻までムスッとしていた彼女もまた、場の空気に釣られて口角が上がっていた。

 

それを見て、厳顔は未だ少しばかり迷っていた意を決する。

 

 

「北郷殿!」

 

「は、はい?」

 

 

急に大きな声で呼ばれたものだから、慌ててしまい声が裏返る一刀。

その姿にまた、厳顔は笑う。先刻とはまるで違うその雰囲気にも、自分が既に好感を持っていることを感じた。

 

 

「儂と魏延。二人揃って北郷殿の元に客将として迎え入れて頂きたく存ずる」

 

 

一瞬の間の後、その言葉を受けた一刀は穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「はい、承りました。これからよろしくな。あ、もし厳顔と魏延自身の眼から見て、俺が仕えるに値する君主だったら、その時は改めて正式な将になってくれると嬉しいよ」

 

 

一刀が差し出した手。厳顔がそれを握り、握手を交わす。

 

 

「見極めろ、と?」

 

「まあ、そういうこと。俺は周りが評してくれているほど自分に自信がないからね」

 

 

悪戯っぽく一刀は笑う。未熟なところを含めた全てを見てその上で判断をしてくれ、と言外に言いながら。

 

 

「き、吉利殿! いや吉利様! 私もよろしくお願いします!」

 

「べ、別に様付けじゃなくてもいいのよ?」

 

 

華琳の珍しく上擦った声に一刀が振り向けば、魏延が華琳の手を自分の両手で包み込みながら握るという若干情熱的なアプローチが繰り広げられていた。そんな様子を苦笑いしながら眺めつつ、ふと自分の手に感じた感触への感想を純粋にポツリと呟く。

 

 

「女性らしい柔らかな手だけど、やっぱり武官だな。いくつもマメが出来てる。俺、こういう手って好きだ」

 

「なっ――」

 

 

一刀にとっては無意識化の呟き。完全に独り言。しかしそれでいて直接特定の人間に語るかのような台詞。

その独り言が耳に届いた厳顔は絶句する。一刀はそれに気が付かずに華琳と魏延の繰り広げる様相を眺めていた。

 

 

「ね、素敵でしょう」

 

「……なるほどのう。お主が惚れるわけだ」

 

 

耳打ちされた紫苑の小さな声に、同じく小さな声で答える厳顔。

厳顔本人も久しく忘れていた胸の高鳴りや頬の熱。この出会いは、それらを思い出させるには充分過ぎる邂逅だった。

 

 

「……ん?」

 

 

ふと、一刀が空を見上げた。

今までの表情とはまた違う、別種の真面目な表情。

 

 

「一刀、どうしたの?」

 

「いや……」

 

 

いち早くその表情に違和感を感じた華琳が訝しげに尋ねるが、一刀自身も何故自分がそういう行動をしたのか明確に言い表せないらしく戸惑っていた――そんな中。

 

徐々に近付いてくる足音がドタバタと聞こえ始めた。

一同が足音のする方向に注意を向けたのとほぼ同時に、廊下の角から一人の兵士が姿を現す。

 

兵士は一同の中に一刀の姿を捉えると、その元に駆け寄り膝を付いた。

 

 

『街の南、約五里の辺に黄色い賊の軍団を確認しました! 真っ直ぐこちらに進軍中!』

 

「数は?」

 

『遠目なので断定は出来ませんが、千は越えていないかと!』

 

「それなりに大群だな。ちっ、最近大人しいと思ってたらこれかよ。……仕方ない。全兵召集、急がせろ。李通、荀攸にも同様の報告を頼む」

 

『はっ!』

 

 

即座に下された命令に一も二もなく頷き、兵は急いでその場を後にした。

 

それを見届け、一度だけ深い溜息を吐いた後に一刀は振り向く。

今さっきまでとは違い、表情を真剣なものへと変化させた一同。一刀の視線はその中でも特に、厳顔と魏延に向けられていた。

 

 

「厳顔、魏延。早速お仕事だ。客将になって早々悪いとは思うけど、逆に良い機会だとも思う。君達の実力、見せてもらうよ」

 

「ふん、言われなくても。賊など、私の鈍砕骨で粉々にしてくれる!」

 

「武官の本領は戦働き。願ってもない機会だ。儂と魏延の実力、その眼でしかと見極められよ、北郷殿」

 

 

魏延は不遜に。厳顔は不敵に。各々の意気込みを語った。

 

北郷軍に客将として迎えられた二人。

新たな戦力である二将が戦場にて武を振るう。

 

 

 

 

 

 

一刀達が賊襲来の報告を受けていた最中。

外には、街へ向かって土煙を上げながら進軍する賊。

 

街と賊の間。そこには外套を纏った少女が立っていた。

風に靡く外套から時折はみ出す白い服。少女は自らの得物を携え、賊の一軍に向かって駆け出した。

 

 

 

 


 
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