No.634716

真・恋姫†無双 想伝 ~魏†残想~ 其ノ十八

暫し間が空いてしまっての投稿でございます。
モチベーションはあれど頭の中の構想がまとまらないのが厳しい。

モチベーションが高い状態でのスランプってキツいよー(割と切実)

2013-11-06 17:20:48 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:8731   閲覧ユーザー数:6155

 

 

 

 

【 一時の休息 ~しかして時は緩やかに~ 】

 

 

 

 

 

 

 

 

朝。早朝とも呼んでいい時間帯。

数日前に行った兵や文官の登用で多少は人が増えた城内を歩く影が三つ。

 

 

「ふあ……ぁ」

 

「……正直、まだ眠いわね」

 

「あら、それじゃあこれから二度寝でもしましょうか」

 

 

一刀の欠伸を見つつ華琳と紫苑が各々言葉を発する。

のんびりとした様子で明らかにおかしい発言をした紫苑に華琳は呆れた眼を向ける。

 

 

「本気?」

 

「ええ、可能なら」

 

「いや、それは皆に迷惑かけるだろ」

 

 

流石に一刀が窘めると、華琳は軽く笑みを浮かべながら尋ねる。

 

 

「一刀は嫌なの?」

 

「嫌ってわけじゃないよ。とはいえ俺は俺で朝から割と満身創痍なんですけどね」

 

 

欠伸を噛み殺しながら一刀は両脇にいる二人を交互に見る。

非常に肌が艶々していて気力もみなぎっているようだ。この二人は淫魔かなんかじゃないのか、とか割と本気で思う時がある。

 

まあ、現代の知識を持つ者が一刀の人間関係を見れば、一刀に対してそれと同じような感想が返ってくるのは必然であろうが。

 

 

「おはようございます。お嬢様、一刀様、黄忠様」

 

「おはよう、李通。流石に早いな」

 

 

話しながらも注意は散漫になっておらず、一刀は前から歩いてきた李通に苦笑交じりの挨拶を返した。

 

それに応じるように深々と礼をし、顔を上げた李通。その顔にはいつも通り微笑が浮かんでいた。

 

 

「朝から仲睦まじい光景ですね。両手に花、とでもいいましょうか」

 

「この状況にそういうこと言って嫌味に聞こえないのはお前くらいのもんだよな、ホント」

 

 

皮肉でもなく嫌味でもない。ただ純粋に自分の主観からの感想を告げた李通に一刀は再び苦笑する。

李通は李通で言われている意味と、なぜ苦笑されているのかが分からないらしく疑問の表情を浮かべた。

 

それを見て今度は華琳と紫苑が苦笑する。

こういう面も含めて、李通は好かれるのだろう。特に街の女性達から。

 

 

「璃々は?」

 

「璃々ちゃんなら私の部屋でまだ就寝中です。ぐっすりと寝ていたので起こすのが躊躇われまして」

 

「では、私が起こしてきますね。李通さん、璃々の面倒を見て頂いてありがとうございます」

 

「いえ。これも私の役目の一つとして心得ておりますので。それに私も璃々ちゃんから学ぶことは多々ありますから」

 

 

執事然とした態度で軽く会釈をする李通に、紫苑は感謝の礼と微笑みを返す。

一刀と華琳に軽い断りの会釈をし、その意を汲み取った二人が頷くのを確認すると、やがて廊下の奥へと歩いていった。

 

 

「貴方も面倒見がいいわね、李通」

 

「いえ。これも私の――」

 

「――役目の一つ、ね。分かっているわ。貴方の性分も含めて」

 

 

李通の言葉尻を奪い、華琳は少しだけ得意げに笑った。

 

 

「やっほー! おっはよー!」

 

 

そこに明朗闊達な声が庭側から掛けられる。

得意げな笑顔に彩られていた華琳の表情がそのまま、少しだけ呆れたようなものへと変化する。

 

一刀が声のした方へと目をやれば、そこには薄い栗色の髪を肩まで伸ばした少女。少し前に軍師として登用した荀攸――楓の姿があった。

 

楓はそのまま軽快なステップで庭を横切り、階段を上り、やがて一刀達の前に大きなジャンプで着地する。

 

 

「どうもー! おっはよーございまーす!」

 

 

キーン!という耳鳴りがしそうな音量の声を三人の間近で放った。

 

華琳と李通は楓の声が聞こえた時点でこの流れをある程度予測していたのか、即座に耳を塞いでいたため問題無し。しかし一瞬反応が遅れた一刀だけは、しかめっ面を浮かべて耳を押さえるというに状態に留まっていた。

 

 

「あれ? 耳なんて塞いで何してるの?」

 

「よし、それは喧嘩を売ってると判断していいんだな」

 

「あー……あはは。いや、ごめんごめん。そんなに五月蠅かった?」

 

「出来れば今後は自重してほしい“れべる”ね。元気がいいのは良いことだけど」

 

「れべる?」

 

 

会話に入った華琳が妥協点をフォローとして入れ、さり気なく窘める。

しかし楓としては、聞きなれない言葉の方に興味を持ったらしく、華琳の窘めは全くの徒労と消えたのだった。

 

 

『あっ! いやがったぞ!』

 

 

既に若干カオスな状況の中、更に新たな登場人物たちが現れる。

“達”と表すように彼らは複数。少しは小奇麗になったものの、未だ山賊だった時の雰囲気が抜けない者達。

 

彼らは数十人単位でドドドドという音を立てながら一刀、華琳、李通、楓の立つ場所に近付いて来るのだった。

勿論、その集団の先頭には元山賊の頭だった男。憤怒とまではいかないが、明らかに怒っている顔だ。それを見た楓がポツリと零す。

 

 

「あ、やば」

 

「また何かしたのか?」

 

「また何かしたのね」

 

「またですか、荀攸様」

 

 

三者三様、揃いも揃って楓以外の三人は溜息を吐く。

ここ数日で知ったのは、楓が非常に優秀であること。そして非常に悪戯好きであることだった。

 

つまり、また何かやらかしたに違いない。三人の見解は一致していた。

 

 

「ぜ、全然!? 何もしてないよ!?」

 

「眼が泳いでんぞ」

 

 

間髪入れずに一刀のツッコミが入る。

グッ、と言葉に詰まる楓。その間にも男たちのむさくるしい集団は目の前に迫っていた。

 

 

『あ、兄貴。李通様。それに姐さ――い、いえ、吉利様も! おはようございます!』

 

『お、おはようございます!!』

 

 

殆んど体育会系のノリで挨拶をかます男達。

ここにきて初めて一刀と華琳、李通の存在に気付いたようで、少し萎縮しながらの挨拶ではあったが。

 

さっきとは別の理由で耳を塞ぐ三人。

半眼で呆れた表情を浮かべながら、一刀は男たちを見やる。

 

 

「お前達も朝から五月蠅いぞ」

 

『す、すいませんっ』

 

 

もう一度言うが、今の時間帯は早朝である。

既に起きている自分達はともかく、今や城に詰めている人間は文官も含め多少なりともいるのだ。

 

それに気付いた男達は更に萎縮して頭を下げた。

しかし楓に向けた敵意ある視線は変わらない。両者を交互に見た後、一刀と華琳は溜息を吐いた。

 

 

「それで?」

 

『この小娘が俺達を罠に嵌めやがったんですよ!!』

 

 

一同、大声で叫ぶ。

見事な連帯感だった。というか五月蠅いって言ったのは聞こえなかったのだろうか。

 

 

「いやー、だから謝ったじゃん。ごめんごめん、って」

 

『一回二回なら俺達もそう目くじらは立てねえさ……だがな』

 

 

被害者代表、元山賊の頭がカッと目を見開く。

 

 

『数日の間に二十数回はいくらなんでもやり過ぎだろ!!』

 

 

憤怒でもあり、ちょっとだけ悲痛にも聞こえる叫び。

それを聞いて後ろの男達も、やんややんやと騒ぎ始める。

 

 

『そうだそうだ!』

 

『ふざけんな!』

 

『あの落とし穴深すぎんだよ!』

 

『あの労力に称賛を送りたいくらいにな!』

 

『縄で木に吊り上げるのもあったな。あれってどうやんだよ!』

 

『教えやがれ! テメエにやってやるからよ!』

 

『襲うぞ!』

 

『犯すぞ!』

 

「今不適応な発言した奴出て来い」

 

「命がいらない輩がいるようね」

 

「流石に私も今の発言は看過できませんね」

 

『すいませんでしたっ!!!!』

 

 

自分達のトップ。決して逆らってはいけない相手の三者三様の発言。

一刀は表情を消して、華琳は既に剣を取り出しながら、李通はいつも通りに微笑を湛えている。

 

――恐怖。

 

まさにこの一言に尽きる。

場の空気と自分たちの体感温度が一気に下がったのを自覚し、連帯責任という言葉を知っている男達は凄い勢いで頭を下げた。

 

殆んど殺気に近いものを発している三人の様子に、楓は楓で若干引き気味。

自分が悪いということを自覚しているが故の引きではあるのだが。三人に対して感謝の気持ちが湧き上がるのもまた事実だった。

 

 

だがしかし。楓だけに得な良い話で終わるわけは無く。

 

 

 

「まあ、木に吊るすくらいなら許す」

 

「え」

 

「そうね。木に吊るして下着が露わになるくらいならいいんじゃない?」

 

「え、えっ?」

 

「申し訳ありません、荀攸様。この件については私も、庇うことはもちろん弁護も出来ないかと」

 

「この人でなしーっ!!!!」

 

 

三人の許容範囲内で示された、所謂お仕置きの内容を聞いた楓は捨て台詞を残して脱兎の如く逃げ出した。

 

 

上からの許可が出た!

その現実に後押しされ、息巻いて楓を追っていこうと一歩を踏み出す男達。

 

 

「おい」

 

その背に若干低いままの一刀の声が掛けられた。

恐る恐るといった風に男たちは振り向く。もちろん、そこには変わらず一刀、華琳、李通の姿。

 

 

「もし行き過ぎた真似したら、俺がぶっ飛ばすからな? 言葉の通りに」

 

「私は一刀ほど甘くは無いわよ? 躊躇なく首を刎ねるからそのつもりでね」

 

「お二人には劣りますが……そうですね。私が皆さんの訓練を担当する際、生かさず殺さずの線を絶妙に守った訓練を心掛けると致しましょう」

 

 

やはり三者三様。とは言え、一番最後の人畜無害そうな青年が口にした台詞が一番怖いだろう。

一人は物理的に暴力。一人は物理的に死。しかし最後の一人は、生かさず殺さず――つまり最悪の手だった。

 

恐怖に慄きながら三人の眼を見る男達。

相対する三人の眼はどれも笑っていない。口は笑顔の形を作っているというのに。

 

 

『は、はいっ!! 行き過ぎた真似はしませんっ!!』

 

「よろしい。なら早く行きなさい。あの娘、逃げ足早いわよ」

 

 

殆んど命令に近い華琳の後押し。

この場からすぐにでも離れたいという本能的な警告と、自分達をコケにした輩を追い掛けねばならないという使命感に駆られた男達は三人に一礼をし、すぐさま楓の走っていた方へと移動し始め――

 

 

「あ、待てお前ら。そこは――」

 

 

ズボッ!

 

 

『うおわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』

 

 

ドスン!!

 

 

一刀の制止空しく、仕掛けてあった落とし穴に見事嵌まったのだった。

あちゃー、という表情で顔を手で覆う一刀。華琳は庭に空いた大きな穴と一刀を見比べる。

 

 

「よく気付いたわね」

 

「俺があの手の罠に経験が無いとでも?」

 

「……ああ。そういうこと」

 

「うん、そういうことだよ。……にしても、あの落とし穴の作り方って荀家に伝わってる秘儀か何かなのか?」

 

「しかもあれ、結構深いわよ」

 

「確かに。凄い音でしたね。見て参りましょうか、お嬢様」

 

「ええ、お願い。もし自力で出てくるのが難しいようなら手を貸してあげなさい」

 

「かしこまりました。お嬢様はどちらに?」

 

「今日は街の顔役との交渉だったかしら。税収を巡っての話とか色々」

 

「華琳には俺が着いて行くから大丈夫」

 

「一刀様なら安心です。どうかよろしくお願い致します」

 

「ああ。面倒事を頼んで悪いけど、そいつらと楓のことはお願いな?」

 

「はい。問題はありません。お気を付けて」

 

「ええ、行ってくるわ」

 

 

華琳はそれだけを言うと、一刀の腕に自分の腕を回す。

一瞬だけ驚きの表情を浮かべたものの、すぐに優しげな表情になった一刀は軽く苦笑して華琳に寄り添った。

 

城の入口方面へ歩いていく二人の後ろ姿を、李通は普段より二割り増しくらいの微笑みを浮かべながら見送った。

 

しかしその表情が微妙に曇る。そして李通は男達が落ちた穴の前に移動し、そっと中を覗き込んだ。

 

それなりに深い穴。しかし底にはどうやら藁や草が敷き詰めてあったようで、元々そんなに酷い物ではなかったらしい。深さを除けば。

 

穴に落ちている男達はその全員が目を回して気絶していた。それを見て李通は苦笑交じりの溜息を吐く。

 

 

「さて、少し重労働になりますが一人づつ引き上げると致しましょうか」

 

 

明らかに非効率的というか、李通しか損をしないであろう方法。

どこかから取り出した縄を廊下の柱へと結び、穴へと垂らして、李通は本日最初の仕事を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

その頃、一同がいた場所からそこそこ離れた城内の柱に手を付きながら、楓は荒くなった息を整えていた。

 

随分と大きい音と地を揺らす衝撃が来たなあ、とどこか他人事のように思いながら息が整うのを待つ。

 

やがて息が整ったのを確認すると、額の汗を拭いながら一つ息を吐いた。

 

 

「ふぅ……やり過ぎちゃったかなあ」

 

 

唇をへの字に曲げながら、罪悪感に苛まれる心が発した言葉を口に出す。

そう思うのなら最初からやらきゃいいのにね、と別の心が囁くが、まあそれはそれ。

 

大事(おおごと)にならないように注意はしてるし、これ以上頻繁にやるつもりはない。

この場所での自分の立ち位置を決定付ける為にも、必要なことだった。立ち位置が曖昧なのは安心できない。

 

これは私の悪い癖だなあ、と楓は思う。

誰に対してかは分からないが恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

 

「楓お姉ちゃんみーつけた!!」

 

「うっひゃあっ!!??」

 

 

唐突に背後から掛けられた大きな声。

予想だにしていなかった奇襲に、楓は奇声を発して飛び上がる。

 

軽く涙ぐんだ状態で恐る恐る振り向くと、そこには紫色の髪を二つに結んだ愛らしい幼女の姿があった。

 

 

「やーん! 璃々ちゃん、おはよーっ!」

 

 

途端に喜色満面の表所で楓は璃々を抱きしめる。

突然のことに眼を白黒させる璃々だったが、ここ数日の間に同じことを数回されているという前例があったため、すぐに気を持ち直した。

 

 

「う、うん。楓お姉ちゃん、おはよう」

 

「うん、おはよう。いやー、璃々ちゃんは今日もお肌がモチモチだねー。食べちゃいたいくらいだよー」

 

 

璃々に頬ずりをしながら危ないことを口走る楓。

その頬は緩み切っており、あながち冗談ではないことを匂わせていた。

 

しかし璃々は言っている意味がよく分からないため、首を傾げながら純粋な感想を述べる。

 

 

「楓お姉ちゃん、璃々のほっぺは食べられないよ?」

 

「うーん! そういうところも可愛いなあ……いっその事本気で――」

 

「楓」

 

 

更に危ないことを口走り終える矢先、涼やかな声が割って入った。

璃々を抱きしめている体勢のまま楓が視線を前に向けると、璃々の母親である紫苑の姿があった。

 

 

「やっほー紫苑。おはよっ」

 

「ええ、おはよう。朝からお盛んね」

 

「ありゃりゃ、聞いてた?」

 

「一言一句しっかりと。言葉を教えるのはともかく、意味までは教えないでもらえると助かるかしら」

 

「了解了解。あと、食べちゃう云々は冗談だからねー?」

 

「ふふ、そうだといいのだけれど」

 

 

それなりに危ない会話(色々な意味で)をしているにも拘らず、紫苑の表情や所作は嫋やかなまま。

 

同じく、楓も笑みの絶えない表情を浮かべ、飄々としている。

 

そんな二人の間で璃々は頭の上に疑問符を浮かべ続けていた――と思いきや、何かに気付いたように声を上げる。

 

 

「あ、そうだ! 楓お姉ちゃん、またイタズラしたでしょ」

 

「あははー、ばれちゃった?」

 

「もう……あんまりやり過ぎると皆から嫌われちゃうよ?」

 

「うん、それは私が一番よく分かってる。だから悪戯はもうやらないよ」

 

 

さっきまでの笑みとは違う、どこか真摯に感じられる笑顔で楓は言った。その手がくしゃり、と璃々の頭を撫でる。

 

 

「それじゃあ璃々と約束しよ?」

 

「うん。するする」

 

 

璃々が差し出した小指に小指を絡ませ、軽く振る。

楓と璃々が少し照れくさそうに笑うのを後ろで眺めながら、紫苑はやはり穏やかに微笑んでいた。

 

しかしその眼が荀攸のある行動を捉え、小さく首を傾げる。

 

おそらく本人でさえ無意識の内に、荀攸は首元まで伸びた少し長い髪を耳に掛けていた。

 

耳が完全に髪に隠れる寸前。紫苑の弓将の眼は捉えていた。その耳に、小さな古傷があることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは北郷様、吉利様も。今日はどうもありがとうございました』

 

「いや、こちらこそ。特に何の問題もなく話を進められてよかった。それじゃあ、また」

 

『お気を付けて』

 

 

深々と頭を下げた初老の男性を背に、一刀と華琳は連れ立って建物を出る。

外に出ると、太陽は真上よりほんの少しだけ西に傾いていた。その陽光の眩しさに目を細めながら、二人は街を歩く。

 

 

「一刀の言う通り、何も問題が無くて良かったわ」

 

「ああ、偶然にもあっちの言い分とこっちの条件が上手く重なったからな。まあ、滅多にないだろうけど、こういう幸運は」

 

「よく言うわね。あちらの言い分とこちらの条件を何とか両立させようと、色々考えていたのは誰だったかしら」

 

 

意地の悪い表情で皮肉っぽく、華琳は横を歩く一刀に問い掛ける。

 

 

「ね、元街の顔役さん?」

 

「それを言うなって。それに顔役って言っても俺の場合はまたちょっと違うだろ。なし崩し的にそうなってたってだけだしさ」

 

「とは言え得ではあるんじゃないかしら。出来るだけ不満の無いように、お互いの立場や損得を考えた提案がこちらから出来るのだから」

 

「まあ、な。……にしても改めて思ったけど」

 

 

言いながら、一刀は横を歩く華琳にチラリと目をやる。

 

 

「太守の仕事っていうか、為政者の立場って色々とキツイのな」

 

「あら、今頃気付いたの」

 

「ああ。前から華琳が凄いってのは分かってたけど、それを踏まえた上でもって話だよ」

 

 

一刀はひとつ息を吐いて肩を竦める。

さり気なく褒められた、その事実に少しだけ心を躍らせながら華琳は素っ気ない表情で会話を続ける。

 

 

「為政者は自身が治める地域のことを最善に考えて動く。それは民の為でもあるし、もちろん自分たちの為でもあるわ。そこには民側の考え、為政者側の考えがあって、時には衝突もする。その場合は今回のように為政者側が互いの言い分を両立させようと努力するか、もしくは言い分を押し通すか。まあ、どちらにしても立場上は為政者が上で民が下。何も考えずに統治をするのであれば押し通すだけでもいいわね。でもそうすると――」

 

「――結果的には反乱がおこる、と」

 

「そういうこと。だからそれなりに民の声には耳を傾けなくてはいけない。それが出来なかった勢力が自滅していくのよ。貴方もあるでしょう? 心当たりが少しぐらい」

 

「あったあった。前の外史で魏にいた時、幾つかそんな報告書を呼んだ記憶があるよ」

 

「魏にとっては歯牙にも掛けない弱小勢力だったけれどね。まあとにかく、民を制するのは当たり前で構わないことだけれど、決して軽んずるなっていうことよ」

 

「含蓄のある言葉だな。流石、民のこともちゃんと考えてた覇王様だ」

 

「お褒めに預かり光栄とだけ言っておくわ。だけど今は貴方が私達の王よ、一刀。だからもう少し王らしい覇気を纏いなさい」

 

「覇気の纏い方が分かりません、華琳先生」

 

「……気合かしらね」

 

「気合かぁ……うん、頑張ろう」

 

 

特に何のツッコミを入れることもなく、改めて色々な決意を固める一刀だった。

 

二人はそのまま、軽く他愛ない話を続けながら街の往来を進んでいく。

そういや昼飯はまだだったか、と一刀が考え始めた矢先にそれは突然起こった。

 

 

『くぅ…………』

 

 

小さな可愛らしい音が、自分の真横辺りから聞こえて来たのに反応し、一刀はそちらを向く。

 

表情の固まった華琳が、顔を赤くしながらお腹を押さえていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ぷっ……くくっ」

 

「一刀」

 

「ごめんごめん。いやだって、まさか華琳のお腹が鳴った音だったとは思わなくてさ。一瞬分かんなかったよ」

 

「私だって予想外だったわよ! それはまあ、確かにお腹は空いてたけど……」

 

 

卓の上に頬杖を突き、ソッポを向きながら唇を尖らせる華琳。

一刀と華琳は少し遅い昼食を摂るために、近くの飯店に入っていた。

 

もちろん、その要因となったお腹の音の源は少しだけご機嫌ななめ。

そんな華琳の横顔を見つめ、クスリと笑った一刀は軽く店内を見回す。

 

 

「盛況みたいだな。昼も過ぎてるっていうのに」

 

「この街の店に関しては色々と見直したもの。私のいる街で飲食店の料理が不味いなんてこと、あってはならないわ」

 

「出たよ、完璧主義者。流石、料理人を何人か再起不能にした方は言うことが違う」

 

「それは皮肉? それとも嫌味?」

 

「いいや、俺なりに褒めてる。華琳の言ってる事は一理どころか十理ぐらいあるよ」

 

 

軽い手振りも交えて嫌味や嘲り、皮肉の類では無いことを示す。反して華琳は少し驚いた表情を浮かべた。

 

 

「少し言い過ぎじゃないか、とか言われると思ったのだけれどね。私としては」

 

「実際間違ってないだろ。食ってのは重要視されるべきだ。飯が不味い街にはあんまり滞在したくはないしな。娯楽が少ないこの時代は食ですら重要な娯楽のひとつだ。なら、飯が上手いのは必須条件。それにほら、街に関する事案を華琳に投げたら絶対に食に関して疎かにしないことも分かってたし。そこは織り込み済みだよ」

 

「私の性格をよく分かっているじゃない」

 

「ああ、俺の数少ない自慢のひとつがそれだからさ」

 

「――! ま、まったく貴方はそういうところが……ぶつぶつ」

 

 

確信犯的な笑みを浮かべる一刀に、してやられたという表情で何かを呟く華琳。

慌ただしく店員や客が動く中で、その一席だけは妙にのんびりとした幸せオーラが漂っていた。

 

 

「にしても本当に盛況だな。太守を頑張ってやってるかいがあるよ、本当に」

 

「貴方もそういうものに喜びを見出す人種だったわね、そういえば」

 

「華琳は?」

 

「もちろん、嬉しいわ。そうじゃなきゃ忙しい公務の合間を縫ってまで街に行ったりしてなかったわ。民の声もそれとなく耳に入ってくる有意義な時間だもの」

 

「そういや俺が華琳に拾ってもらってからすぐ、そんな感じで街に出たことあったな」

 

「ああ、そういえばあったわね。確かあの時にも同じようなことを言っていた気がするわ」

 

「嬉しい云々は言ってなかったけどな。でも、そういえばあの時か。許子将が俺と華琳のことを占っ――」

 

 

パキリ、と何かが折れる音が一刀の台詞を遮った。

音の源に目をやれば、木製の箸が中途から折られているのが見えた。華琳の手の中で。

 

 

「一刀」

 

 

少し低い声。迂闊だったな、と一刀はちょっとだけ悔いる。

 

 

「“あれ”の話はしないで」

 

 

“あれ”とはつまり、許子将のことだろう。

華琳と俺が分かれる切っ掛けとなった占い師。

 

その原因を作ったのがもし許子将じゃなかったとしても、それを告げた者の名として心に深く残っている。

 

華琳も許子将への感情を持て余しているのだろう。

声は低く、多少の怒気は籠っていても、不思議と殺気は籠っていなかった。

 

 

「……悪かった」

 

 

素直に頭を下げる。それを見た華琳は一度大きく溜息を吐いて、肩を竦めた。そしてバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

 

「……ごめんなさい。その名に良い思い出が無いのは、私だけじゃないものね」

 

「いや、俺が迂闊だったよ。この話は終わりだ」

 

「そうね。食事の前に重くなるのは御免だもの。一刀、何か明るい話題を振りなさい」

 

「いきなり無茶振りっ!? ちょ、ちょっと待て。明るい話題……明るい話題……」

 

 

一刀が真剣に頭を悩ませ始めるのを見て微笑んだ華琳。

ほんの少しだけ凍てついた心が元に戻っていくのを感じていた。だからこそ、自然に気持ちが零れる。

 

 

「やっぱり、貴方といると楽しいわ。何もかもが」

 

「え? 何か言った?」

 

「ふふ、何でもないわよ」

 

 

ある程度予想していた一刀からの素の返し。

まったくもって相変わらず。だけど相変わらずだからこそ、それが堪らなく嬉しく、愛おしい。

 

華琳は自分の頬が自然と綻ぶのを止めようとはせず、そのままを貫いた。

 

 

「なんか幸せそうな顔してるな」

 

「無論よ。だって私、幸せだもの」

 

「――」

 

 

一刀は絶句した。その呆気に取られた表情を見て嬉しい反面、少し不機嫌になる自分がいることも理解する。

 

 

「おかしい?」

 

 

敢えてその質問をする。まるでさっき笑われたお返しであるかのように。

毒気を抜かれたような表情で頬を少し赤く染めながら照れたように一刀は頬を掻く。

 

街の一角にある、料理の美味しい飯店で昼食を取るという日常の一幕。ただ、それだけ。でもそれは他に例えようもない程に。

 

 

華琳という一人の少女が、望んで止まなかった風景。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、そんじゃ腹も膨れたことだし。一旦戻って事務仕事といきますか」

 

 

昼食を終え、一杯になった腹をポンポンと叩きながら、これからの予定を華琳に振る。

 

 

「ええ、そうね。この時間から二人でやれば夕餉までには終わるんじゃないかしら」

 

「ま、ちょっと掛かりそうなら楓の手も借りるさ。正直、あれは逸材だ」

 

「性格はともかく事務能力だけなら相当よ、あの娘。軍事の方面はまだ未知数というところだけど」

 

「近いうちに模擬戦形式で訓練する時に片方の指揮を執らせるか」

 

「出来れば実戦の前に実力を知っておきたいものね。実戦で即時投入なんて愚は犯したくないわ」

 

「はは、確かに」

 

 

会話の端々に笑いを含みながら、華琳と共に城へと戻る道を進む。

ほんの少しだけ西に傾いていた太陽は既に、更に西へと傾いていた。

 

 

「ん?」

 

 

通りの角を曲がり、正面には城門。その城門の前で四人の男女が固まっているのが目に入った。

四人の男女と言っても内二人は門前を警備する警備兵。しかしあとの二人――つまり女性二人は明らかに部外者だということが分かった。だからこそ、警備兵の彼らは職務を全うしているのだろうし。

 

 

しかしその女性二人の後ろ姿に少しだけ引っ掛かりを覚える。確か前にどこかで見たような気がする。

魏の人間なら見覚えどころではない。後ろ姿だろうがなんだろうがすぐに分かる。つまり、あれは魏の人間じゃない。なら誰か。

 

 

自分一人でも答えを出せそうな気はしたものの、取り敢えず横にいる華琳に問い掛けた。

 

 

「なあ華琳。あの城門前にいる二人、見覚えないか?」

 

「私よりあなたの方が記憶に新しいと思うのだけれどね。ええ、もちろん見覚えあるわよ」

 

「やっぱり? というか俺は俺で蜀の一部分の人達と会話しただけで、あの宴の夜からは一年半以上経ってるからなあ」

 

「そういえばそうね。私はあの後も何度か邂逅していたけど」

 

「まあ、ここでこう話しててもなんだし行こうか。警備の二人困ってるみたいだし」

 

「ええ」

 

 

華琳の返事を受けると同時に肩を竦めて歩き出す。

目を細めて道行く先を見やれば、黒髪に白いメッシュが入った娘が怒鳴り声で警備兵の一人に食って掛かっていた。

 

 

 

 


 
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