No.623560

天馬†行空 三十六話目 あの蒼天に還る

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
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2013-09-29 02:16:22 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:6053   閲覧ユーザー数:4384

 

 

 劉璋配下、李異。

 今でこそ東州兵に配属されているが、元々は劉焉に反乱を起こした豪族の部下だった男である。

 東州兵に対する益州人の不満を利用して反乱を起こした主君に従い劉焉と戦った李異であったが、劉焉らの反撃で一度(ひとたび)旗色が悪くなると、主君を闇討ちしてその首を劉焉に献上し、その功を持って東州兵へと組み込まれた。

 その後は与えられた部隊を率い、かつての主君と親交のあった豪族達の討伐に従事し、劉焉に降らなかった者達をことごとく血祭りに上げてきたのだ。

 主に、人質作戦や騙し討ちなどによって、だが。

 自身の栄達の為には主君すら差し出す李異にとって、生き残って結果を出す事が第一であり、その過程は考慮しない。

 機を見るに敏(だと李異は考える)な己の才覚でのし上がったと信じて疑わない李異。

 彼は、今回の戦で自身の才能を広く内外に示す良い機会であるとほくそ笑んでいた。

 なにせ『神速』に『猛将にして良将』、『昇り竜』に『天の御遣い』を討てるのである。

 いまや虚名ばかりが先行するこれらの獲物共を狩れば、如何ほどの名声を得られるのだろうか?

 

 ――如何に中原の兵が弱卒ばかり(黄巾の反乱を許した中原の豪族たちや朝廷を李異は低く見ている)と言えど、今回の相手はそれなりに名のある将ばかり……ここは策を練って当たらねばなるまい。

 

 脳内で目まぐるしく策(彼が得意とする手ばかりだが)を考えていた李異は、武都から帰還した劉璝が率いていた張任の兵を見て今回の策を考え付いた。

 劉璝に張任の副官を拘束し、李異は龐義を通じ涪城防衛の肉壁(呉懿、雷銅、呉蘭)を派遣させ、冷苞が暗殺を確実に遂行する為の準備をする。

『天の御遣い』さえ討てば董卓軍は瓦解し、残りは烏合の衆になるだろう、と考える李異にとって、捨て駒(張任のこと)に暗殺を任せるのは良い考えだった。

 

(主君の覚えが悪い侠客上がりが『天の御遣い』と相打ちになり、総崩れとなった董卓軍は我等東州兵の華々しい活躍によって壊滅させられる――なんとも良い結末ではないか)

 

 激戦のなかで肉壁どもが討ち死にするかもしれないが……まあその辺りは仕方がないだろう、戦で死人が出るのは必定だ。

 馬上にて、唇をいびつな形に歪め、李異は表情に出すことなく腹の内で嗤う。

 間も無く、街道より涪城へと迫る董卓軍と戦端が開かれる。

 董卓軍は巴郡で降った厳顔らの兵も加えて、その数六万。

 対してこちらは東州兵の精兵と、それ以外の雑兵を加えて十万余の兵力がある。

 街道から来るのは『神速』『猛将にして良将』の二人と、厳顔のところに居た魏延とか言う武だけ達者な半端者だ。

 そちらの兵数は軍を別けている為、四万ほどらしい。

 間道に向かった『天の御遣い』が居る方は二万、対するは捨て駒率いる一千。

 

(とは言え、あちらには冷苞がなにやら策を授けていた様子が見られたから、犬死にはしないだろうがな)

 

 まあ、どちらでも構わない。

 

(向こうの合流を遅らせるだけで、捨て駒の役目は充分だ)

 

 張任の兵は高々千名、ろくな戦は出来まいが……万一裏切られても、こちらには人質が居る。

 上手く揺さぶれば奴が董卓軍に降ったとて、内側から一矢報いることも出来よう、と李異は考えていた。

 

(……来たようだな)

 

 地平線に砂塵が見える。

 どうやら愚かにも――いや、有り難くも己の軍功となるべき敵軍が到来したようだ。

 右手に携えた槍で肩をトントンと叩きながら、李異は口元を歪めたまま呉懿達の部隊が展開する様を眺めていた。

 

 

 

 

 

(――な、んで)

 

 間道を進軍する董卓軍を見下ろす崖上に、鷹とその部隊が潜んでいる。

 鷹の眼は、その中に、木漏れ日を受けて白く輝く衣を纏った見覚えのある少年と、その隣を歩く紅の槍を携えた少女の姿を捉えていた。

 

(どうして――っ!)

 

 弩を持つ手が震える。

 瞳に浮かぶ色は戸惑い、怒り、苛立ち、焦燥――――なにより、悲しみ。

 

(どうして――こっちに来たのよっ!!)

 

 予感はあった。

 あの時、再戦を誓った二人の好敵手。

 必ず、再び自分の前に現れてくれるのだと――確信していた。

 だが――、

 

「なんで、なんでなの……っ!」

 

「大将……」

 

 ――それが、何故。

 よりにもよって今なのか。

 張翼を救う為、非情に徹する覚悟は既に決めた――決めた筈だ。

 なのに今、毒矢をつがえた弩を持つ鷹の手は、激情を抑え切れずに震えていた。

 今にも泣き出しそうな顔で眼下の敵軍を見つめる鷹を見て、部下達もまた一様に顔を伏せる。

 

「ち……くしょう! ――畜生ぉッ!!」

 

 涪城に居る東州兵の面々。鷹は脳裏に浮かぶ彼等に罵声を吐き掛けながら、弩の狙いを少年に付けた。

 

「やるしかないんだ! 私は……ッ!!!」

 

 色々な感情がない交ぜにした歪んだ表情で、弩に取り付けられた小さな輪っか状の金具を覗き込み、少年の姿を環の中に収めて、

 

「――――っ!!?」

 

 引き金に指を掛けた、まさにその瞬間――。

 不意に、環の中の少年、北郷一刀が視線を崖の上へと向け――――その黒い瞳が鷹を捉えた。

 まさか自分の姿を捉えられると思っていなかった鷹は、引き金に掛けていた指に思わず力が籠もり、

 

「――しまっ!?」

 

 しまった、と声を漏らすよりも速く、中れば必死の毒矢が空を切り裂いて白い光へと吸い込まれていく。

 

 

 

 

 

「そこね……桔梗!」

 

「解っておる……紫苑!」

 

 ぴったりと呼吸を合わせた二人が放つ矢と鉄杭が木立の中に突き刺さり、一拍遅れて何かが壊れる様な音がする。

 涪城に続く山道を進軍中、俺達の部隊(俺、星、風、桔梗、紫苑)は、突然叢の中から飛んできた矢によって足止めを食わされていた。

 足元付近に飛んでくる物も有れば、馬上を狙って飛んでくる物も有り、初めは伏兵が潜んでいるのかと思ったのだけれど……。

 

「これはおそらく鷹が仕掛けた罠でしょう。ご主人様、ここはわたくしと桔梗で道を切り開きます」

 

「うむ。お館様、ワシらに任されよ」

 

 心当たりがあったらしい紫苑と桔梗の二人が現在先頭に立って、張任さんが仕掛けた罠の解除をして貰っていた。

 

「ふん……どうやら張任が己の手勢のみで伏せている可能性は高そうだな」

 

 隣を歩いていた星が、不機嫌そのものの声を漏らす。

 出発前に聞いた斥候からの情報で、涪城に翻っていた旗は紫と黒、二つの『劉』に白と緑の『呉』が二つ、緑の『雷』と黒の『冷』と『李』が判明している。

 それより前には『張』の旗もあったらしいが、今は無いとのこと。

 それはつまり――。

 

「涪城の大将、劉循さんは張任さんを使い捨てるつもりのようですねー。それも念の入ったことに」

 

「人質を取ってまで、ね。はぁ…………ホント、劉焉の一族や東州兵は芯まで腐り切ってるなぁ」

 

 つまらなそうに零す風の言葉を引き継いで、俺は溜息を吐いた。

 もう、ここまで徹底して外道な手を使ってくる敵だと、怒りを通り越して呆れしか感じない。

 

「さて、桔梗と紫苑が道を確保するのにもう少し時が掛かりそうだが……張任に打たれた楔はいつ抜かれるのやら」

 

 次々と茂みの中に矢を打ち込んでいく二人を見ながら、星が腰に下げた二振りの環首刀を撫でる。

 

「お兄さん、法正さんからの連絡はありましたかー?」

 

「まだだけど……でも、初めに貰った手紙では『もう手は打ってあります、ご心配なく』って書いてあったから大丈夫だと思う」

 

 獅炎さん達が既に雲南と江州の境に駐留していた劉璋軍を撃破し、江州へと進攻していると聞いた。

 益州へは先にこちらの軍が進攻したので、南の守りは薄かったらしい……獅炎さん達は楽勝だったのだとか。

 

「夕が大丈夫と断じたか。ならば案ずる事は無いな」

 

「うん。後は策が成功するのを待つだけかな……出来る限り涪城に進軍しながら、ね」

 

 あの夕が太鼓判を押したのなら問題は無い、夕の名前が出て表情が柔らかくなった星と笑い合っていると、風が袖を引っ張ってきた。

 

「法正さんは以前、お兄さんや星ちゃんと一緒に劉焉軍と戦った軍師と聞きましたがー?」

 

「ああ」

 

「そうだね。俺にとっては、初陣を共に戦った大切な仲間だよ」

 

 上目遣いで尋ねる風に、星と俺は頷く。

 

「……初陣、ですかー」

(また一つ、お兄さんの初めてが取られちゃいましたねー……でも、今は風がお兄さんの軍師なのですよー)

 

「ん、風? 何か言った?」

 

「何でもないのですよー」

 

 ? なにやら風から不機嫌そうなオーラを感じたのだけれど……気のせいか。

 

「……む、どうやらここら辺りは片付いたようだな」

 

 っと、話し込んでたら罠の解除が進んでたみたいだ。

 

 よし、この辺りはもう大丈夫――――!

 

 

 

 

 

 その時、何故かあの時の感覚――張任さんに斬られ掛けた時――が蘇り、咄嗟に俺は前方に聳える崖の上へと顔を上げ、

 

「見つけたっ!」

 

 そこに立つ、あの時の女性の姿を捉えた。

 

 

 

 

 

「一刀? 何が見え――っ!?」

 

 不意に崖の上を見上げた少年につられて、星は崖の上に顔を向ける。

 崖上の様子までは視認出来なかったものの、少年に向かって恐ろしい速度で飛来する一矢だけははっきりと見えて、

 

(間に、合わない――!!)

 

 槍で防ごうにも最早間に合わぬと悟りながらも、星は一刀を庇おうと足に力を篭めた。

 

 

 

 

 

「お兄さん!?」

 

 前を歩く、温かい背中の少年。

 自身の才を捧げるに相応しいと、そう感じた人。

 風もまた、崖の上から疾風の如く迫る黒い矢を視界に捉えていた。

 自分は星のような武人ではない。

 だが――、

 

(間に合って――!!)

 

 後ろから抱きつくようにして庇おうと、風は足に力を篭めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? ――ありゃあ、何だ?」

 

 涪城へと続く山道の出口。

 そこに待機していた兵達は、地平線に見える土煙に目を凝らす。

 灰色の皮甲を纏った張任隊の二人……彼等は涪城の東州兵がこちらにちょっかいを掛けて来た場合、すぐに鷹へと知らせる為に待機していたのだ。

 今、彼等の目に映るのは涪城を通り越し、こちらへと疾駆する――、

 

「! ――お、おい! あれは!」

 

「ん? ――あっ! ま、間違いない! あれは、あの人は――!!」

 

 凄まじい速度で迫る土煙の主。

 煙の中からその姿が見えた時、二人は予想だにしなかった光景を見て驚愕の声を上げた。

 

 

 

 

 

「よし、そろそろ我等の出番だな」

 

 先陣で当たった呉懿達の部隊が崩れ始めたのを確認してから、李異はゆるりと馬首を巡らせる。

 どうやら自分の所には半端者が来たようだ。つまらぬ獲物よ、と呟いて槍を構えた李異が部隊の先頭に立とうとした――まさにその瞬間、

 

「――ぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 凄まじい雄叫びと共に、彼の前に居た兵士達が全て上空へと吹き飛ばされた。

 

 ――――っどんっ!!!!!

 

 ――七名。

 

 一呼吸の後、李異の側近たる彼等は激しく地面に叩きつけられ、命を失った。

 

「…………な……っ!?」

 

 行き成りの惨状に、李異が呆然と呟きを漏らす。

 硬直する李異の眼前、槍の間合いの僅か外に猛る武人は棍棒を振り切った姿勢のまま俯いていた。

 

「見つけたぞ――――李異っ!!!!」

 

「――ぅおおっ!?」

 

 キッ、と顔を上げた焔耶が大喝すると、李異は暴れ出した馬から振り落とされる。

 

「よくも……よくも! 鷹将軍をっ!!」

 

「ぬっ……く、くそっ! 下郎め、よくもこの私に土を着けたな!」

 

 よろけながらも立ち上がろうとする李異に、焔耶は怒りに燃える目で鈍砕骨を突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……雷銅は崩れたか。なんとふがいないことよ」

 

 馬上で腕組みしたまま、劉璝が戦場を睥睨する。

 彼が担当する右翼は、前衛に雷銅の部隊が配されていたが、今や紺碧の『張』旗に押されて半ばまで崩れていた。

 

「やはり、我等東州兵しかこの難局を打破出来んだろうな……劉璝隊、前進! 董卓の犬共を駆逐せよ!!」

 

『ははっ!!!!!』

 

 未だ腕組みを解かず、劉璝は部隊に号令を掛ける。

 雄叫びと共に、東州兵を示す黒地の旗と黒い鎧の兵士達が前線へと向かって行き、

 

「――邪魔やぁっ!!!!!」

 

 紫色の風に斬り散らされた。

 

「――――は?」

 

 五十名近くが三太刀で絶命したのを見て、劉璝の喉から思わず素っ頓狂な声が漏れた。

 そうこうしている内にも、紺碧の旗を掲げる騎兵達は我が物顔で黒の部隊を蹂躙していく。

 そこから百名が落命し、劉璝はようやく我に返った。

 

「な、なにをしておる! 我等東州兵がそのような弱卒共に遅れを取る訳がなかろう!! 立ち上がり、奴等を」

 

「自分、今東州兵言うたな……。『劉』の旗か……成る程、アンタが劉璝か」

 

 駆逐するのだ、と檄を飛ばそうとした時、劉璝は刺すような強い視線を感じてばっ、とそちらに振り返る。

 炯々とした碧の眼が、劉璝を突き刺していた。

 

「き、貴様……ッ!?」

 

「名乗らんでもええ……アンタにはそんな価値なんて無い。ここで、雑兵みたいに――」

 

 気配すら感じさせず、自身の近くへと接近していた霞に戦慄する劉璝。

 立て続けの出来事に泡を食う劉璝を、霞は冷めた眼で見て、

 

「――ただ、死んで逝け」

 

 静かに飛龍偃月刀を突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ツケが廻って来た、と言う事だろうな)

 

 呉懿、雷銅の部隊が押されるのを見ながら、呉蘭は同様に崩れていく自分の隊をなんとか押し留めつつ胸中で呟く。

 東州兵のようになるでもなく、張任や厳顔のように独自の立場を貫くでもなく――ただ、逆らわぬ様に生きて来た。

 東州兵の横暴に目を瞑り、張任への仕打ちを見なかったことにして、自分は今日まで将軍の座に留まって来たのだ。

 

 ――豪族に対する劉焉の態度には目に余るものがあった。

 ――劉璋が東州兵を野放しにしている状態を憂いていた。

 ――日ごとに高まる、悪政に対する民の声に内心では賛同していた。

 

 しかし、そう思いながらも呉蘭は何の行動も起こさなかった。

 

(私は、変わることを恐れていたのだな――)

 

 現状が……いや、将軍職を失うのが怖かったのだ。

 だから、暴政や民の声に耳や目を塞いだ。

 緑色の『呉』の旗がまた一つ、倒れて行く。

 漆黒の『華』旗を率いる将軍は、苛烈なまでに呉蘭の部隊を攻め立てていた。

 怒号が近くなってくる……間も無く、敵がここにも雪崩れ込んで来るだろう。

 事ここに及んで最早命乞いをする気もない、と呉蘭は心に決め、正面から馬を進めて来る武人に対して矛を構えた。

 大斧を携え、射る様な視線を向けて来る少女に、呉蘭はただ静かな心持ちでそれを受け止める。

 

「貴様、東州兵か」

 

「いや……我が名は呉蘭。劉璋軍の将だ」

 

 短い誰何の声に、呉蘭は否定で応じた。

 これから死ぬ身だが、東州兵として死を迎えたくは無い。

 ちっぽけな誇りを言葉に出して、呉蘭は矛を確りと両手で握り締める。

 

「そうか」

 

 それがどう聞こえたのか知らないが、華雄は静かな口調で頷くと、

 

「斃れろ」

 

 金剛爆斧を下段から振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――交差は一瞬。

 

「貴様等が――貴様等がぁあああっ!!!!!」

 

 ――どんっ!!!!!

 

「ご――っ!? げ、げげ下郎、わ、私――げぼおっ!!?」

 

 焔耶の怒りの一撃が李異の半身を削り取り。

 

 

 

 

 

「お、おのれええっ!!!」

 

「……」

 

 ――ふぉんっ!!!!

 

「――――か、ひゅっ!?」

 

 無言のままに振るわれた霞の一閃が劉璝の喉仏を切り裂いた。

 

 

 

 

 

「何故、だ……?」

 

 痺れる両腕を介する事無く、呉蘭は俯いたまま眼前に立つ武人に問い掛ける。

 

「何故だ……何故だ!」

 

 地に突き刺さり、へし折れた矛を見つめ、呉蘭は顔を上げると華雄に叫んだ。

 

「何故! 私を討たなかったッ!!?」

 

「――馬鹿者がっ!」

 

「――があっ!?」

 

 血を吐く様な形相で叫んだ呉蘭を華雄は殴り倒す。

 あまりに強い拳骨を喰らい、転がっていった呉蘭の視界は徐々に暗くなっていく。

 

「死ぬ気概が有るのなら! その生、我が主の為、これからの蜀の為に使って見せよ!!」

 

 掠んで行く視界の中、必死に意識を繋ぎとめようとする呉蘭の耳に、華雄の声は確かに届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――一刀ぉっ!!!」

「お兄さんっ!!!」

 

 凶事を運ぶ、黒き矢は空から滑り落ちるように少年へと迫り――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ばぁんっ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「――――え?」」」

 

 ササラ竹で地面を思い切り打ちつけたかのような甲高い音を立てて、地へと落ち。

 その光景を見て、鷹、星、風の三人の声が奇しくも重なった。

 

「――――二度も同じ手は喰らいませんよ? 張任さん」

 

 一刀は背負っていた籐の笠を翳し、放たれた矢を防いでいたのだ。

 彼我の差は約五百メートル、鷹の弩ならそれだけ離れていても、薄い鉄の鎧なら貫通するだけの威力はある。

 それを弾いた一刀の笠は――

 

「――籐甲かっ!」

 

 以前に一度見ていた星は、その正体に気付き声を上げた。

 

 ――そう。

 雲南を離れ、そして交州から旅立つ際には身に帯びていた笠である。

 張任の姿を視認した一刀は、間髪入れずに籐甲製の笠を崖の上へと翳していた。

 放たれた毒の矢は、陣笠に似てゆるやかな円錐の形をしている籐甲笠の頂点へと中り、そのまま傾斜に沿って滑りながら地へと突き刺さったのである。

 まさに紙一重ではあったが、一刀は完全に鷹の行動を読んでいた。

 笠を左の手で持ったまま、御遣いの少年は崖の上に佇む鷹を見つめたまま得意そうな笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

「お兄さん……」

 

「おっと……ごめんよ星、風。心配させて」

 

 安心のあまりへたり込んだ風を支え、一刀は二人に片目を瞑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ、吃驚した。でも……ふふ、やるじゃないのよ」

 

 一方鷹は、最悪の事態が免れた事を知って頬を緩ませる。

 周りに居た兵士達も、息を止めて見入っていた為か、一斉にぶはっ、と息を吐き出した。

 

(あ……いや、でも状況は好転した訳じゃないのよね。だけど……もうコレは要らない)

 

 鷹は、毒が入った瓶を放り出し、毒矢ではなく、普通の矢を弩に番える。

 

「さて、今度は本気で狙うわよ。止められるかしら…………って、何?」

 

「た、たたた大将! ふ、麓に、麓から――!!」

 

 取り敢えず戦場でいちゃつくのは止めなさいよ北郷なんか見てて腹が立つのよ、などとぶつぶつ呟きながら鷹が二射目を放とうとした矢先、麓に待機させていた部下が息を切らせて走り込んで来た。

 

「? 落ち着いて先ずこれを飲みなさい。それから報告すること」

 

 両膝に手を付いて肩を上下させる部下に水の入った竹筒を渡しながら、鷹が尋ねる。

 一気に水筒を空にした兵士は、大きく息を吐き出してから拱手し、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成都の孟達将軍! 張翼副長を救出され、こちらに合流されましたっ!!!」

 

 山全体に轟け、とばかりの大声を張り上げたのだった。

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 お待たせしました。天馬†行空 三十六話目の更新です。

 という訳で、色々とケリが着きました。

 ここからは早めの展開になるかと思われます。

 とは言え、先ずは星vs鷹があるんですけどね。

 

 次回

 再び矛を交える星と鷹。

 しがらみから解き放たれた鷹の実力とは――

 

 

 では、次回三十七話でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 2013/9/30 一刀が矢を防ぐシーンの描写について指摘がありましたので描写を変えてみました。

     ※注釈:ササラ竹について 孟宗竹の先を裂いた竹の棒。地方によっては祭りなどで使われる事あり。地面やアスファルトなどに叩きつけると甲高い音が鳴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超絶小話:走れ編集長! ~雲南編~

 

「ふははははは! やって来たぞ雲南!」

 

 泥を跳ね上げ、相変わらずの雄叫びを上げつつ雲南の門を潜る女性が一人。

 言わずと知れた阿蘇阿蘇編集長、韓玄その人である。

 服装は交趾の時と変わらないが、タンクトップの上に、ナイロン生地っぽいレインコートのような物を羽織っていた。

 

「さて御遣い様は――と行きたいところだが流石に腹が減ったどこか適当な店は――ややっ!」

 

 きょろきょろと辺りを見回していた韓玄の目に、東々亭の看板が映る。

 

「よし決めた行くぞ私なにやら酢豚のいい香りががががーーーっ!!!」

 

 空腹の割には元気良く、いつものように一息で喋りながら暖簾を潜った韓玄は空いていた席に座った。

 生憎、店内が混雑しており相席となったが、人見知りなどする訳も無い韓玄には問題無し、である。

 手早く酢豚とラーメンを注文した韓玄は、料理が届き食べ始めてからやっと、同席している人物に目をやった。

 

「何ッ!!!!!」

 

「やや!?」

 

 そこには頭部以外を真っ白な服で覆った女性が居た――何気に蜻蛉を模した髪留めがワンポイントだっ!

 

(ヌ、ヌヌゥ……この真っ白々介……白だけで固めていると言うのに何故か嫌味が無い! 髪の色と髪留めが単色だけの不利を覆している!)

 

(この御仁……この店自慢の熱々すーぷをまるで水を飲むかのように……! それにきちんと音を立てて麺を啜っている!)

 

「こ奴――」「この御仁――」

 

 

 

 

 

「「――出来るッ!!!」」

 

 

 

 

 

 お昼時の店内で奇人同士の妙な邂逅があったらしいが……割とどうでも良い話である。

 

 

 

 

 

 続いちまった……。

 

 

 

 

 


 
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