No.630183

天馬†行空 三十七話目 いつか灯した約束

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

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2013-10-21 19:53:52 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:6144   閲覧ユーザー数:4310

 

 

 麓から伝令に来た仲間の一人が、その報告をした後。

 

「…………」

 

「………………」

 

 たっぷり深呼吸三回分の間、鷹と仲間達は何を言われたのか理解出来ない、といった顔で固まっていた。

 

「……………………え? ちょ、良く聞こえなかったからもう一回お願い」

 

「は、はっ! 成都より来られた孟達将軍が、東州兵に囚われていた張翼副長を救出されてこちらに合流されましたっ!」

 

 額を掌で押さえて難しい顔をした鷹が問い返すと、伝令の男性兵士は拱手しながらもう一度大声を張り上げる。

 その声が山中に木霊となって響き、その余韻が収まり始めてようやく、鷹は事態を把握した。

 

『――ぃよっしゃああああああああああああああっ!!!!!!』

 

 と同時に、張任隊全員の喉から絶叫にも似た歓声が迸る。

 両の拳を握り締めて雄叫びを上げる者や跳び上がって手を打ち鳴らす者、近くの木をばしばし叩く者など、部隊の面々はめいめいに喜びを表した。

 仲間達の歓声が響き渡る中、鷹は無言のままに目を閉じて大きく頷くとすうっ、と大きく息を吸い込んで、

 

「張任隊!! 武器を収めよっ!!!」

 

 崖下に居る董卓軍にも届くくらいの大声で命を下す。

 

(これで、心置きなく戦える――!)

 

 ――そのまま、鷹は崖の淵から宙に身を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、まったく。一刀め、心配させおって。……しかし、夕の策は間に合ったか。流石だな」

 

 崖の上から響いて来た声を聞き、星は盟友が為した策の成功を悟る。

 

「む」

 

 歓声に湧く崖の上を見つめていた彼女は、一つの影が急な斜面を跳ねるように降りてくるのを認めた。

 斜面の所々に生えている木々を足場としながら降りてくる影が人であり、そして以前に矛を交えた人物である事を視認した星は、背負っていた包みを解き二振りの刀を取り出す。

 

「星」

 

「ああ」

 

 十丈(おおよそ三十メートル)はあろうかという急な崖をものともせずに地へと降り立った紫紺の武人の姿を見て、真剣な顔つきでこちらを振り返った少年に白の武人は頷き返した。

 

(――今こそ、約定を果たす時)

 

 灰色の外套を風に靡かせる鷹と目を合わせ、御遣いの槍はゆっくりと決戦の場へと足を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――深い森の一角、開けたその場に。

 

 ――中天に瞬く天道の灯が、対峙する二人の武人を深緑の中に浮き上がらせる。

 

 

 

 

 

「待たせたね」

 

「いや、そうでもないさ」

 

「そうか。…………じゃ、始めようか?」

 

「待て」

 

 金糸で縫い取られた蝶の袖。

 その先にある繊手に握られた二振りの刀。

 

「返すぞ、張任」

 

 大きく目を見開いて掲げられたそれを見る鷹に、星は刀を投げ渡す。

 放物線を描き、”二枚の風切羽”が主の手へと戻った。

 

「――――子龍」

 

「ふっ。張任よ、礼はこの後の手合いにて死力を尽くすことで返せ」

 

 呆然としつつも、慣れた様子でくるくると刀を回して腰に佩いた鷹に、星はにやりと笑う。

 

「――まったく。貴方達は」

 

 真紅の槍を目の高さで構える趙雲と、その後ろで静かに佇む一刀を視界に入れ、鷹は苦笑する。

 

(――ホント、ありがとうね――――子龍、北郷)

「蜀の侠客、張任――」

 

 しばしの時を経て再び手に戻ってきた愛刀の重みを心地良く感じつつ、鷹は逆手で柄を握り、すらりと抜き放つ。

 

「真の武人たる趙子龍が心意気に応え――」

 

 僅かに腰を落とし、切っ先を天へと向けて構えた鷹の体が、

 

「全身全霊を持って――――いざ、参る!!」

 

 矢のように、龍へと放たれた。

 

 

 

 

 

「ぅわはははははははははははははははっ!!!」

 

 ――西平。

 涼州、馬騰が治める武威の西に位置し、馬騰と義姉妹の契りを交わした韓遂が治める地である。

 その韓遂は、城の玉座の間で呵呵大笑していた。

 六尺(約百八十センチ)と、女性にしては大柄な韓遂は、深い藍色の瞳に喜色をたたえ、仰け反らんばかりに笑い声を上げている。

 瞳と同色の髪は髪留めが外れそうになっており、厳顔や黄忠ばりに豊満な肢体も、狼の毛皮をなめした胡服調の表面積が小さい服から零れそうになっていた。

 

「おーい…………あちゃあ、聞こえてないか」

 

 涙すら浮かべて笑い続ける韓遂を、下座からやや呆れが混じった目で見るのは馬寿成が長子、馬超こと翠だ。

 

「仕方ないよお姉様。だってこれじゃあ、たんぽぽも笑いたくなるもん」

 

 含み笑いを隠すように口元に手をやる馬岱こと蒲公英だが、目が笑っている為にまるで意味を成していない。

 馬騰の元で五胡に備えている筈の二人が何故ここに居るのかと言えば、当の馬騰から命令されたからに他ならない。

 曰く、「兵五千を率いて文約(ぶんやく)の元に赴き、その指示に従え」と。

 軍装に身を包んだ馬家の二人は、呼吸困難になりそうな程に身を捩じらせる韓遂から笑いの波が引くのを待つ。

 

「ははははは――はぁ。…………くくく、いやすまんすまん小僧っ子共」

 

 目尻の涙を拭う韓文約の瞳には、まるで悪戯を楽しむ子供のような光が宿っている。

 

「いやいや、だがこれは笑うしかあるまいて。ヒヨッコかと侮っておった天子様が、よもやここまで悪辣な手で山猿を封じるとは思わなんでな」

 

 天子に対して失礼な物言いをする韓遂だが、翠と蒲公英は苦笑いを浮かべるだけで苦言を呈する事はしなかった。

 実はこの韓遂、霊帝の時代に羌(五胡の一つ)と組んで後漢王朝に反乱を起こしている。

 腐った官人に対し、涼州の豪族と羌族が立ち上がったその反乱で韓遂は反乱軍の盟主として先頭に立ち、一つの城を落として太守を殺害していた。

 その後、都の命を受けた董卓に乱を鎮圧され、馬騰の取り成しで後漢に帰順したが、韓遂は中央に近づこうとはせずに涼州に留まっている。

 腐敗した政と、十常侍が幅を利かせる都に嫌気が差していた韓遂は、霊帝が死して董卓が都入りしても動きを見せようとはしなかった。

 黄巾の乱でもまったく動かなかった韓遂だが、反董卓連合の最中には武威に向かっていた羌族と対峙、その進攻を止まらせている。

 

「っくく、米賊の頭(漢中の張魯)まで手懐けるとはな。帝位に就いてまだ一年すら経たぬ孺子がようもここまでするものよ」

 

 連合が汜水関に迫る中、馬騰より密書を受けた韓遂は山猿――劉焉――が水面下で天水を奪らんと企てていたのを知った。

 劉焉が以前、羌の助力を請いながら彼等に報いなかったのを苦々しく思っていた韓遂は、義姉妹から齎された山猿の企みを知ると協力を申し出て馬騰が天水を『守護』するのを助けている。

 そして今、身の程知らずにして恩知らずの山猿に裁きの刃が振り下ろされんとしている状況に対して、韓遂は笑うのだ。

 

「はっはは……しかし、この歳になって漸く仕えるべき主を見出すとはなぁ」

 

 どすん、と玉座に腰を下ろし、文約は遠く東――洛陽と、そこにおわすまだ見ぬ少女の姿を想う。

 

「んで、おば様。いつ出発するんだよ?」

 

 待ちきれないと言った風に、翠がこつんと軍靴を鳴らした。

 

「ゆっくりするのもいーですけど、急がないと間に合いませんよ?」

 

 蒲公英もまた、心ここにあらずな様子で視線を宙に彷徨わせる。

 そんな年若い少女達を見る韓遂は、馬騰から聞かされたもう一人の名を思い浮かべた。

 

「なんじゃ? 二人共、そんなに急いて。愛しの君にはよう会いたいか?」

 

「「なっ!?」」

 

 韓遂の放った一言に、翠と蒲公英の顔が真っ赤に染まる。

 

「くくっ、図星か。小僧っ子共が色気づきおって、耳まで朱に染めておるわ」

 

「「ち、違っ!? ――お、おばさまぁーっ!!?」」

 

 両手を振り回して抗議する二人をあしらいながら、

 

(ふむ、いやはや……この状況は想定しておらなんだ。天の御遣い、天と地の仲介者――――本気で乱世を終わらせる腹積もりか。ならば、ワシも腹を決めねばな)

 

 涼州の雄は微笑みの裏で秘かに覚悟を決めていた。

 

 

 

 

 

「せっ!」

 

「はっ!」

 

 ――ぎっ、ぎんっ!!

 

 振るわれる鋼と鋼がぶつかり合い、火花を散らす。

 低い姿勢から地を滑るように走る鷹が放つ二連の斬撃と、星の二連刺突はまったく同じ速さと強さでかち合った。

 一瞬の交差。

 二人は同時に飛び退いて距離を取る。

 

「――疾ッ!!」

 

 一旦、体勢を整える――間も与えないとばかりに、鷹は先手を取って鋭く踏み込んだ。

 

 ――しゅ、ひゅっ!

 

 掬い上げるような二条の銀閃が宙に弧を描き、

 

「甘いぞっ!」

 

 ――ぶおんっ――ぎんっ!

 

 その軌跡を読んでいた星の薙ぎ払いが、風を切って迫る閃きを阻む。

 

「えやあっ!!」

 

「せいっ!!」

 

 手を伝う衝撃に怯む事無く、鷹は伸び上がりながら縦横に斬り付け、星はその悉くを打ち払う。

 

「この程度か!」

 

 ――ひゅっ! どっ!!

 

「くっ!?」

 

 鋭く発せられた星の気合の声と共に、刺突を受けた鷹の環首刀が一つ、宙を舞った。

 

「同じ手は食わんぞ!」

 

 ――ひゅしゅっ! ぎぃんっ!!

 

「――!」

 

 以前のように刀の環に小指を引っ掛ける間も無く、続けざまに迫る龍の牙に、鷹の羽がもう一枚宙に舞う。

 

「っ、くっ!」

 

 刺突の衝撃をもろに受け木立の奥へと消えていった環首刀を一瞥すると、鷹はばっ、と飛び退り、先程よりも低い、まるで四足獣が獲物を狙うが如き体勢を取った。

 

(――ふむ、まだ何かあるな)

 

 空手のままでこちらを睨む鷹を見て、星は油断無く槍を構え直す。

 

「参ったね…………前よりも速くなってるじゃないか」

 

「お主もな」

 

「追い付けないんじゃ意味が無いけどね。……はぁ」

 

 眼前に立つ星を見上げて呟く鷹。

 言葉を発しつつも、まるで隙の無い星の立ち姿に溜め息を吐いた彼女は腰に手を遣る。

 

 

 

 

 

「じゃあ――――もう”一枚”、いくよ」

 

 

 

 

 

 ――びゅんっ!!

 

「ぬっ!?」

 

 飛び出した鷹の手元がブレ、星は本能的な感覚に従って受けるのではなく後方に飛び退った。

 その眼前、髪の毛数本分の所を、黒い蛇のような何かが空を切る。

 

「――――随分と珍しい物を」

 

 宙に舞う数条の髪を見遣り、星はこちらに半身を向けている相手の手に握られたソレを見て呟いた。

 灰色の外套を留めていた腰のベルトと思っていたそれは、よく見ると黒い鎖を繋ぎ合わせた物。

 先端に灰色の羽を模した金属片(ベルトの留め具)が付いた鎖を後ろ手で振り回す鷹に対し、星は槍の穂先を相手に向けて左足を後ろへ半歩引いた。

 

 

 

 

 

 ――広陵郡。

 

「先手はわたし達かぁ。まあ、当前って言えば当然だけどね~」

 

「孫」の旗を掲げる小勢の先頭で、雪蓮は後ろを振り返ってぼやく。

 そこには、雪蓮達の軍よりも数里後方にたなびく「袁」の旗があった。

 現在、袁術軍は徐州を手中に収めようと軍を興して進軍中である。

 汝南が落ち着いてきて、外へ目を向けられるようになった矢先に袁紹が韓馥を降して鄴を制圧し、その勢いで北海(ほっかい)も手中に収めたと言う。

 勢いに乗る袁紹は今、北の公孫賛が治める幽州に目を向けているらしい。

 ならば今の内にと、袁術は北海と隣接している劉備の徐州を掠め取る事にした。

 劉備は小勢、放って置けばいずれ袁紹に飲み込まれるに違いないと考えていたのである。

 妾の子ばかりに良い思いをさせたくない、という嫌がらせも込めて袁術は鼻息も荒く徐州進攻の兵を挙げた。

 そしていつも通りに雪蓮達の軍は最前線に配され、先鋒を務めさせられた訳だ。

 

「それにしても…………何も出てこないわね」

 

 ぼやく雪蓮は眉を顰めると一旦馬を止め、地平線に目を凝らした。

 汝南と寿春より進発した袁術軍は広陵へと入り進軍しているのだが、ここまでのところ劉備軍が現れる気配が無い。

 

「徐州の兵は左程多くないと報告がありましたな。……劉備は野戦よりも篭城戦を選ぶつもりかのぅ?」

 

 雪蓮のすぐ後ろを行軍する祭も、時折辺りに視線を彷徨わせていた。

 彼女もまた、一向に姿を見せない劉備軍に(態度や表情には出さないものの)困惑しているようだ。

 

「――――」

 

「……冥琳?」

 

 ただ一人、雪蓮を中央として祭の反対側に轡を並べている冥琳だけが俯き加減で、眉間に人差し指を当てて思考に没入していた。

 眼鏡の奥の緑は虚空をじっと凝視しており、周囲の音もまるで耳に入っていないような状態だ。

 親友の、そのあまりにも真剣な様子を見て雪蓮は控え目に声を掛ける。

 

「――まさか――いや、しかしこれは――」

 

 呼びかけた雪蓮の声さえ聞こえていないかのように、口元を覆うように頬を掌で隠し、何事か呟く冥琳。

 その眉間に刻まれた深い皺が、事態の深刻さを物語っている。

 

「め」「広陵城へ使いを出せ! 今すぐにだ!!」

 

 いよいよ心配になった雪蓮がもう一度声を掛けようとした刹那、冥琳はカッ、と目を見開いて壮絶とも言えるほどの声色で付き従う兵に命を下した。

 

「雪蓮! 作戦を早める! ――でなければ、我等は最悪の場合、挟撃されるぞ!」

 

「どういう事!?」

 

 焦りの滲む声音で口早に喋る親友に、雪蓮もまた短く疑問を返す。

 

「劉備だ! ――奴等は初めから篭城する気など無い! 袁術と我等を同時に相手取り、勝つ心算でいる!!」

 

 前方に向けて疾駆する使者の馬を祈るようにただ、冥琳は見つめていた。

 

 

 

 

 

「――ふっ!」

 

「――くっ!」

 

 ――戦況は逆転していた。

 まるでそれ自体が意思を持つ一個の生物であるかのように、

 

「しっ!!」

 

 ――ひゅ! ――じゃりぃぃぃぃんっ!!

 

 灰色の羽が金の蝶を吹き散らさんと、空を切って唸りを上げる。

 右手の鎖は白い影を僅かに逸れ――――”左手”の鎖が地面と垂直に構えられた紅の槍の表面を削っていた。

 

「――っ!」

 

 槍に絡みつかんとする鎖を、巧みな槍さばきで表面を滑らせて逃し、星は地を蹴って三歩後方へと飛び退る。

 直後、鷹の右手が上下に揺れ――先程まで星が居た場所を鎖が擦過していった。

 そこから更に一歩踏み込んだ鷹が左手を横に薙ぎ払い――

 

 ――っきぃぃぃぃん!!

 

 飛び退きながら突き出された龍の顎が羽を打つ。

 とん、とん、と足踏みをして槍を目の高さで構え直した星を見据えたまま、鷹は口の端に笑みを浮かべた。

 

「流石は中原諸侯の猛者達を相手に一歩も引かなかっただけのことはある。――嬉しいよ趙子龍、アナタのような武人と戦えるなんてね」

 

「私もな。――これ程の技量を持つ手合いと戦えるとは」

 

 口の端を吊り上げた星は、両の手首に鎖を巻きつけている鷹の真芯に向けてぴたりと穂先を突きつける。

 

「これなら遠慮無くいけるわね。私は――――ようやく本気で羽ばたける」

 

 ――ぞくり、と。

 

 趙子龍は総身を走る悪寒に逆らわず、素早く左へと跳んだ。

 槍のように鋭く突き出された黒の鎖。

 それが通り過ぎたのを、空を裂く音で確認した星はいまだ消えぬ悪寒の正体を知るべく、鎖の先、

 

(――――まさか!?)

 

 木立の奥にある物を思い出し、そして”その”可能性に思い至ったのと――同時。

 

 ――ぎっ…………ふぉんっ!!!

 

「――星っ!?」

 

 二人の戦いを見守る少年が血相を変え、声を上げた。

 

「――っ、不覚」

 

 木立の奥に突き刺さった鎖が勢いよく引き戻され、風切羽が蝶の羽を一片宙に舞わせていた。

 

「――よくもまあ、アレを避けれたものね。子龍、アナタ背中に目でも付いてるの?」

 

 呆れた様に呟く鷹の視線の先、片袖を切り落とされた星の繊手から指を伝って朱い雫が滴り落ちている。

 背後の木立から引き戻された鎖の先には、少し前に星が弾き飛ばした環首刀が在った。

 ――鎖の先に”再び構えられた”環首刀が。

 天啓とも取れる直感に従って身を捻っていた星は、この出鱈目な攻撃を受けて尚、片方の袖と薄皮一枚を裂かれただけの被害に留めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鷹の奴め、ようやっと”羽”を使いおったか」

 

「ええ、ここからが彼女の本領。――――星ちゃん、しっかりね」

 

 一騎打ちの場を見据えたまま、呟く桔梗と紫苑。

 

「随分と器用な方ですねー」

 

 鎖の先に付いた小さな金具を使って環首刀を引っ掛けた張任を見て、風は半眼を僅かに見開く。

 

「いやいや……あれはもう、器用ってレベルじゃないだろ……」

 

 血を流す少女を心配そうに見つめながら、一刀は掠れた声で呟いた。

 

 

 

 

 

 ――広陵城、城門の上。

 

「孫策さん――いえ、周瑜さんは気付かれたみたいですね」

 

 吹きすさぶ風に身を任せ、小豆色の服を纏う少女は冷たい光を宿した瞳を二度、瞬かせた。

 

「これで孫家とは――――はわわっ!?」

 

 城へと迫る紅の軍から、騎馬が一騎こちらへと向かうのを見て取った少女――朱里――は怜悧な口調を崩さな…………風に煽られて飛びそうになった帽子を慌てて押さえ付ける。

 

「朱里ぃー!」

 

 帽子とスカートを押さえて風が吹き付けない位置まで下がろうとした朱里の耳に、下から元気一杯な声が近付いて来た。

 

「鈴々ちゃん」

 

「準備完了なのだ!」

 

 階段を二段飛ばしで駆け上がってきた鈴々はニカッと笑う。

 

「お疲れ様です。……さて、後は孫策さんの出方次第ですね」

 

 鈴々を笑顔で迎えた朱里は、城の東西にある山にちらりと視線を遣ってから改めて城へと走る騎馬を視界に収めた。

 

 

 

 

 

 ――ふぉんっ! ――ぎんっ!

 

「――っ!」

 

 頭を狙って右上から落ちてくる刃を受け止め、間髪入れず足を刈り取りに来た刃を跳び上がって避ける。

 ――一つを意識すればまた一つ。

 いつの間にやら、風を切る羽はその数を一つ増していた。

 いや、正確には”戻った”と言うべきか。

 

()は取らせないわ」

 

 ――びゅんっ! ――じゃりっ!

 

 双刃槍に弾かれた刃を素早く引き寄せ、その勢いのまま回転させて横薙ぎに一閃。

 縦横無尽、槍の間合いに匹敵する斬撃があらゆる角度から星を襲う。

 愛紗の一撃で全てを断ち切るかのような重い斬撃とは違い、張任のソレは少しずつ削り取ってくるような斬撃。

 しかして鷹が繰り出す刃の嵐は、一振り毎に腕の力を込めて押し込んでくる矛や戟の斬撃とは毛色が違い、防げば防ぐだけこちらの動きを制限される。

 両手に武器を携えているということもあるが、一撃から次の一撃までの間隔が極端に短いのだ。

 

(見事――奴にかかれば鉄鎖も手の延長に過ぎぬ、か)

 

 手首を返す僅かな動きのみで四尺(約百二十センチ)余りはあろうかという長刀を軽々と振り回す灰色の武人を、星は胸中で褒め称える。

 

(傷を負うのも久し振りだな。しかし――ふっ、やはり真剣勝負とはこうでなくては)

 

 肘から先の部分をばっさり落とされた服の袖口をちらりと見て、

 

(これでこそ――)

 

「――ん?」

 

 肩幅に足を開き、半身を向けて槍の穂先を地に向け――いや、構えを解いた星に、鷹は訝しげな視線を送った。

 

(――私も、魅せる甲斐があるというもの)

「往くぞ――――張任」

 

 俯いていた星の顔が上げられ、紅の瞳が自分に向いた――その刹那。

 

(――――! やっば)

 

 稲妻のように全身を貫いた戦慄に、鷹は刀を前方に繰り出し抗おうとして。

 

 ――唐突に、視界から白い武人の姿が消えた。

 

 右手の鎖が、誰もいない前方を横に薙ぎ――。

 

 左手の鎖が、幽かに見えた紅い残光に届かず――。

 

 ――っ、ぎぃんっ!!!

 

 鷹の眼前、人一人分離れた空間を紅い光が尾を曳いて、瞬き一つの後、二本の鎖が三寸(約九センチ)ばかりを残して断ち切られていた。

 

『大将っ!!?』

 

「鷹さまあっ!?」

 

 りぃん、と、鎖がまるで鈴のような音を立てて地に落ちるのを合図に、息を飲んで一騎打ちの行く末を見守っていた張任隊と、ようやく到着した張翼が悲鳴を上げる。

 

「また――――見えぬ、か」

 

 桔梗はその結末を見て、以前に対峙した紫の武人を想起した。

 

「あれが――中原で勇名を馳せた”昇り竜”」

 

 紫苑は、影すら捉えられなかった白き武人の二つ名を、畏敬の念を込めて口にした。

 

「「……」」

 

 天の御遣いと、小さな軍師は何も語らず――ただじっと、紅の槍を突きつけている友の姿を見つめていた。

 

「――張任」

 

「――ああ」

 

 彼女の喉元に穂先を突きつけた星が呟くと、鷹もまた静かな声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の勝ちだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 お待たせしました。天馬†行空 三十七話目の更新です。

 ようやく(八話目から数えて二十九話で)一つの約定が果たされました。

 そして、徐州でも事が動き始め――。

 

 次回で益州編が終了する、かな?

 それと徐州、幽州方面での展開を少しばかり。

 

 

 では、次回三十八話でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超絶小話:炎の運命(?)

 

「お止め下さいお役人様!」

「どうか、どうかお慈悲を!」

「それだけは、どうかそれだけは!」

 

 幽州は北平郡。

 名君と慕われる公孫伯珪が治めるこの地で、うら若い少女達――百名はくだらないだろう――の悲鳴が木霊していた。

 城門の外にある柵で囲まれた広場。柵に取り付いて嘆く彼女達の視線の先には、山と積まれた薪とその隙間に見える本。

 集った少女達の数ほどはあるその本は、全て同じ表紙だった。

 木の柵から必死に手を伸ばし、本を掴もうとする少女達を嘲笑う様に、役人達は無言で油の入った壺を運んで来る。

 

「何故! 何故なんですか!」

「いやあっ!? もう――もう手に入らないのにっ!!」

「やめてえっ!!!」

 

 少女達の悲痛な声を無視して、役人達は油壺を傾けた。

 どぷり、と重い音を立てて油が薪と本の山に染み込んで行く。

 

『いやああああああああああああああああっ!!?』

 

 絶望に声を上げる少女達。

 役人達は次に、松明を取り出しておもむろに火を点けた。

 そのまま、火の点いた松明を油の染み込んだ薪の山に近づけて行く役人達に、少女達は涙さえ流して声を張り上げる。

 

「やめて――やめてええっ!!」

「そんな――だって私、まだ全部読んでないのにっ!!」

「ウソ――嘘よ! あのお優しい太守様がこんな事なさる筈が無いわ! ここの責任者は誰! 出てきなさいよっ!!」

 

 一人、仕立ての良い服に身を包んだ少女が、紅潮した面に怒りの色を浮かべて役人達に詰め寄った。

 

 

 

 

 

「――――私ですが、何か?」

 

 

 

 

 

 その声に応えるように、柵の奥で指揮を取っていた人物がゆっくりと進み出る。

 

『――っっ!?』

 

 太股の中ほどまで届く月白色の上着と深い藍色のズボン。

 頬の辺りで整えられた短髪に切れ長の瞳は漆黒。

 すらりとした長身の美少年? は、どこか異様な空気を身に纏わせて少女達の前に歩み出た。

 

「公孫伯珪殿が臣、沮授。私がこの場の責任者であり――」

 

 朗々と語る沮授の右手には火の着いていない松明がある。

 

「――此度の焚書を執行する者です」

 

 揺るがぬ瞳で、きっぱりとそう口にした沮授は手ずから松明に火を点した。

 行き成り現れた人物に少女達が口も利けずに居ると、沮授は無言を了解と受け取ったのかばっ、と左手を挙げ、

 

「始めなさい」

 

 役人達に命を下す。

 即座に松明が投げ込まれ、油がたっぷり染み込んだ山は勢い良く天へと炎を吹き上げ始めた。

 

『きゃあああああああああああああああっ!!?』『いやああああああああああっ!!?』

 

 昼間ではあるが、辺り一面をオレンジ色に染め上げる業火に、硬直していた少女達は喉が張り裂けんばかりの悲鳴を上げる。

 

「ははははは! 燃えろ燃えろ! 全て灰になるが良い!!!」

 

 紅蓮の炎に包まれる薪と本の山を見上げて、著莪は狂気に犯された瞳を爛々と輝かせ、声を張り上げた。

 そして、狂ったように火の点いた松明を次々に投げ入れ始める。

 そのあまりに常軌を逸した上官の姿を見て、役人達は怖気を震った。

 

 

 

 

 

 この日、幽州からとある書物が消え失せる事となった。

 その書物の題名は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天の君秘録・幽州編~女装の麗人~」 著:ほー†めい☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 乱世を治める為に天上より遣わされた美しい少年が旅をするという筋書きで、この幽州編では『女性として育てられた美貌の天才少年』と、天の遣いとの出会いと交流、強大な賊との戦、天才少年の苦悩を癒す天の遣い――――やがて二人はアレやソレな関係になる、という展開の巻である。

 著者のほー†めい☆氏は一人とも二人とも言われ、出版元は徐州だと専らの噂だ。

 なお、八百一と呼ばれる系統の著者として高名な洛陽在住の「図書」氏は、ほー†めい☆氏の作風を高く評価し、自身も「天の君」作品に携わっていく事になるのだが。

 

 ――それはまた、後の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、とある軍師達。

 

 ――ぞわわっ!!

 

「ひぅっ!?」

「はわわっ!?」

 

 対袁術の策を練り終え、お茶を楽しんでいた二人は突然感じた悪寒に身を震わせる。

 

「しゅ、朱里ちゃん? い、今――」

「ひ、雛里ちゃん? な、なにか嫌な気配が――」

 

 お茶が零れ、卓上に有った数枚の書簡に染み込んでいくのも気にならないほど、二人は生命の危機すら感じさせるその感覚を抑えようと身を寄せ合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろ、(小話は)終わっても良いよね……?

 

 

 

 

 


 
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