No.621814

天馬†行空 三十五話目 先見の識

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
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続きを表示

2013-09-23 00:02:31 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:5318   閲覧ユーザー数:3930

 

 

 曇天の下、成都から江州の街道を南へと馬を飛ばす少女の姿があった。

 

(――――早く! もっと早く――!)

 

 風に煽られた髪が頬をなぶるのをうっとおしく思いながらも、焦りの色を面に浮かべた少女は馬の速度を緩める事無く前方を見据える。

 成都で東州兵らの密談を聞いた後、孟達は戦線が劉璋軍にとって劣勢になってから前線への赴任を願い出る手筈だったのを変更し、即座に行動を開始した。

 彼女もまた、劉焉ならびに劉璋、及び東州兵らに張任が嫌われているのを知っている。

 故に、黄巾の乱が勃発した頃に張任が部隊を取り上げられた事や、今回の涪城防衛の為に部隊を戻されたものの、一部の人員が留め置かれたことも聞き知っていた。

 

(急げ――急げ――ッ!)

 

 手綱を両手で握り締めたまま馬を急がせる孟達が見つめる道の先、土埃の中で朧気に見えてきたのは関の輪郭。

 視認し、孟達の目が強い光を帯びる。

 

(――よし、綿竹関(めんちくかん)が見えた!)

 

 成都へ辿り着いた急使の情報によると、巴郡は董卓軍に降伏したらしい。

 となると、守将であった厳顔、黄忠、魏延の三人とのつながりが深い張任に向けられる目は厳しくなるだろう。

 あの時の密談から聞き取れた単語――張翼と江州、龐義、殺せ、裏切り者に侠客上がり――そこから孟達は直ぐに事態を察した。

 龐義は東州兵のまとめ役を務める老人で、多分に漏れず己が栄達に執心する輩である。

 張任から引き離された張翼。

 それが江州へと送られ、且つ龐義の命により殺される、と思しき密談内容は、打倒劉焉を悲願とする孟達にとって聞き逃せるものではなかった。

 孟達が内通の約束を取り付けた将とは違ったが、厳顔ら巴郡の将が董卓軍へ参入したのは喜ばしい報せである。

 彼女達が董卓軍へと降ったのならば、蜀の名将と称される張任もぜひ董卓軍(か南中の軍)へ導きたいと孟達は考えていた。

 現在の事態は急を要するものではあるが、なんとか張翼を救出して張任を”天の御遣い”が率いる軍へと加えさせたい。

 

(新しく生まれ変わる益州の為にも、彼女達は死なせてはいけない!)

「――ヤアっ!!」

 

 気合の声と共に馬の横腹に蹴りをくれ、孟達は一直線に綿竹関へと走って行った。

 

 

 

 

 

「一刀、少し話があるのだが……」

 

「どうしたの? 星」

 

 涪城攻略に向け、出陣前の支度をしていると星が天幕にやって来た。

 いつも以上に真剣な雰囲気の星に、思わずこちらも襟を正す。

 

「張任のことだ。奴とは尋常の勝負をしたい……あの刀を私に預けてはくれないか?」

 

 刀……か。

 俺が持っているのと同じ造りの環首刀を腰に佩いた星に無言で頷き、俺は今までお世話になった張任さんの刀を星に差し出した。

 

「すまない」

 

 ――星。

 

 真っ直ぐに俺を見つめる星に、俺は敢えて声を掛けなかった。

 その代わりに、こちらもただ視線で訴える。

 張任さんとの悔いのない一騎打ちを、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜伏耕戈(やふくこうか)と呼ばれる設置式の罠がある。

 地面に設置した複数の弩のトリガー部分にワイヤー(蔓を撚り合わせた強靭な物)を巻きつけ、あみだくじのように複雑に枝分かれしたワイヤーのどれか一つにでも触れると、複数の弩が連動して発射されるというものだ。

 この罠の厄介なところはワイヤーに触れた時に全ての弩が起動する訳ではない点である。

 ワイヤーの張り方にもよるが、被害者がどれだけ糸を強く引いたかや、設置した者が弩をどう仕掛けたか(必ずしも等間隔で配置されるとは限らない)などで発射されるまでタイムラグがあったり、或いは幾つかの弩が発射されずに残ったりする(残った物はまた誰かが引っ掛かかれば起動する可能性がある)。

 今回張任が涪城に通ずる間道に設置したそれは、一本のワイヤーで最大四つの弩が連動するように仕掛けてあった。

 

 ――董卓軍は軍を二手に分けるだろう。

 ならば、涪城の北に出られるこの山道を必ず通る筈だ。

 山道にはまともな道は少なく、大部分が獣道に近い状態。

 なればこそ、下草に隠れるようにして地面に設置された夜伏耕戈は威力を発揮するだろう、と鷹は考える。

 とは言え、この罠で董卓軍に致命傷を与えようなどと鷹も思い上がってはいない。

 あくまで罠の存在を董卓軍に強く意識させることで山道を通る軍の足を鈍らせ、涪城に正面から迫る軍との連携を断つことが主目的だ。

 涪城には鷹以外の将軍が全て待機している。

 流石の董卓軍とは言え、割った軍で涪城の”全戦力”とぶつかれば苦戦は免れないであろう。

 そう、この地には鷹と彼女の部隊、総員千名程度しかいなかった。

 劉循や東州兵の面々は、完全に自分を捨て駒としか見ていないのだろう、と鷹は鼻で笑う。

 まあ、彼等の内の誰かが着いて来ても足手纏いにしかならない訳だが。

 

(――いや、今はあんな奴等の事などどうでもいい。最も懸念すべきは……)

 

 ありえないとは思う。

 思うが、万が一にも”あの少年”がこちらに来た場合は――。

 思わず、噛み締めた奥歯がぎしりと音を立てる。

 眼下に広がる茂みに身を潜め、彼女の指示を待つ仲間達と、ここにはいない、彼女が右腕とも恃む副長の顔を思い浮かべ。

 

(もう――覚悟は出来ている筈だぞ鷹。張翼を救い出すまでは、どこまでだってこの手を汚すと――!)

 

 体内に入れば一刻(約十五分)と経たずに殺せますよ、とヘラヘラ笑いながら冷苞が寄越した毒の瓶に鏃を浸し、鷹は一切の感情を殺したような冷え切った目で、

 

「――来た、か」

 

 麓から登って来る董卓軍の姿を視界に入れた。

 

 

 

 

 

 ――涪城へと続く街道。

 

「なあ稟? ほんっと~に、あれで良かったんか?」

 

 馬上の霞は後ろを振り返り、同じく馬上の人となっている稟へと尋ねた。

 

「良い訳が無いでしょう」

 

 問いに対して眼鏡の位置を直しながらきっぱりと答えを返した稟に、霞はやっぱりそうか、とでも言いたさ気に苦笑する。

 

「本来ならば首に縄を着けてでもこちらに引っ張って来るべきなのでしょうが……」

 

「前からの約束なんやし、しゃあないやろ?」

 

 天の御遣いとして立つ以前からの約束なんだ、と出陣前に一刀が言った言葉を思い出し、稟は眉間を揉み解した。

 

「ふぅ……一刀殿には、ご自分の立場がいかに重いのかをもっと自覚して貰いたいものです」

 

「だが、向こうには鷹将軍をよく知る桔梗様たちが付いてる」

 

 長い溜息をつく稟を見て、霞と同じく先頭に立つ華雄のすぐ後ろを行軍していた焔耶は別働隊が行軍している山の方向を見る(当初紫苑が提案した作戦では、街道から先行する予定であった焔耶だが彼女の気質を知る桔梗から待ったが掛かった為に霞たちと同道している)。

 

「それに、あのお三方は昔からの親友同士だ。鷹将軍も星やお館との勝敗が着けば、きっとワタシ達に力を貸してくれると思う」

 

 まるでそこに思う人物が居るかのように、焔耶は山の中腹辺りをじっと見つめていた。

 揺るぎない信頼が篭もった視線を送る焔耶を見て、霞と華雄はまぶしいものを見つめるかのように目を細める。

 

「――さて、それはどうでしょうか?」

 

 束の間、暖かい空気が焔耶達三人の間に流れるが、不意に、冷水のような稟の声が注がれた。

 その声に反応し、焔耶が勢いよく振り返り、眼鏡の蔓に繊手を寄せる稟をキッと睨み付ける。

 

「……どういうことだ」

 

 怒りを抑えた焔耶の低い声音が、俯く稟に掛けられた。

 視線で稟を貫いている焔耶と、ただ静かに様子を見守る華雄。

 

「張任っちゅうのは桔梗や紫苑みたいな武人なんやろ? ならウチらの仲間になりそうなもんやけどな」

 

 そして、霞が硬くなった空気を和ませる為か、殊更に明るい声で稟に問い掛けた。

 だが、稟は俯いたままで言葉を発する。

 

「ええ、彼女たちに聞いた話に加え事前に調べていた情報から、張任という将は高潔な武人である事が判明しています」

 

「やったら――」

 

「――だからこそ、ですよ」

 

 自身の言を肯定した稟、その事に首を傾げながら問い掛ける霞を稟は遮った。

 

「紫苑殿から聞いたのですが、張任は雲南での敗戦の責を問われ、休む暇無く五胡との戦に駆り出されたそうです。しかし、張任が山や峡谷といった蜀の地の利を活かして防戦を優位に進めると、彼女が戦功を立てるのを嫌った東州兵出の将軍達が張任の部隊を召し上げてしまい、張任は身一つで巴郡へと異動させられたのだといいます」

 

 人差し指と中指で眼鏡のブリッジを押さえたまま、稟は淡々と言葉を紡ぐ。

 

「焔耶からも聞き及んでいますが、東州兵とは劉焉の代から続く劉家直属の私兵集団で、他の臣より贔屓されているようです。故に、東州兵ではない桔梗殿達や張任が名将と持て囃されるのが気に入らないのでしょう」

 

 説明を続ける稟から視線を逸らして地を見つめ、焔耶は奥歯を噛み締める。

 

「つまり何だ、東州兵は自分達以外の味方が目立つと足を引っ張ろうとする訳か」

 

 嫌そうな顔をする霞が「うわ」と呟く横で、今まで黙って話を聞いていた華雄が表情を変えず稟に尋ねた。

 

「その通りです。しかも暴走とも言える彼等の行動は、代が劉璋になってからというもの日増しに酷くなっているのだとか」

 

「成る程、我等が当たる相手は外れか。そのような下郎共と矛を交えるよりは一刀達の隊と共に行けばよかったな」

 

 趙雲が張任と戦うにせよ、蜀の名将と称される武人の部隊と戦える機会を逃すとは、と唸る華雄。

 

「なんちゅ~か……いつも通りやな、華雄」

(ん……そやけど、華雄のお蔭で焔耶もちいとばかし落ち着いたみたいやな)

 

 ズレた受け答えに苦笑する霞だが、張り詰めていた空気が和らげてくれた華雄に内心感謝していた。

 

「さて、本題はここからですが……。張任は東州兵達に妬まれている事に加えて、こちらへ降った桔梗殿達の親友でもあります」

 

「――! おい! まさか!?」

 

 稟が冷徹ともとれる口調のまま推測を述べていく中、焔耶が何かに気付いたように声を上げる。

 眦を吊り上げ、自身を見つめる焔耶に稟は視線を合わせたまま言葉を繋ぐ。

 

「焔耶、貴女や桔梗殿達はこう言った。『張任は成都に召還されてから音沙汰が無い』と。そして今、彼女は私達と相対している――そう、劉璋の嫡男を大将に戴き、東州兵の将軍達が詰める涪城を守備する将軍として」

 

 冷え切った声色と、眉間に皺を寄せた険しい表情で稟は淡々と事実を述べ続ける。

 

「何故、劉璋――いえ、東州兵を纏める立場にある龐義は、裏切る可能性が高い将を防衛戦に起用したのでしょうね?」

 

「稟、まさか……。まさかとは思うが、いくら反りが合わん言うても、東州兵ちゅうのは味方にそないな仕打ちをするんか……?」

 

 焔耶と同様、何かに気付き真剣な表情で稟にそう尋ねる霞。

 敢えて答えを避けるように、張任が戦に駆り出されている”理由”をぼかして尋ねる霞に対し、稟は固い口調のまま、

 

「焔耶、貴女からはもう一つ聞きましたね? ――張任は自身の部隊を家族も同然に思っていると」

 

「ッーーーぅおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」

 

 まるで判決を下すかのように告げ――焔耶が稟の言わんとする事に気付き、拳を握り締め、怒号を迸らせた。

 

「……下衆が」

 

 華雄も自分の部隊を大事に思っている為、張任の胸中を思い、東州兵や劉璋らに対して短く侮蔑の言葉を吐き出す。

 

「おそらく――」

 

「――稟、もうええわ」

 

 冷淡に言葉を続けようとした稟を、静かな口調の霞が遮る。

 

「もうええ……もう充分や――――!」

 

 今の彼女と相対すればそれだけで死ぬ、と感じさせる程の殺気を全身から放ち、霞は涪城の方角を睨みつけた。

 

(これで霞殿達の士気は上がったか。加えてもう一つ――張任に対しての手は打った)

 

 闘気を漲らせる武官三人を見遣りながら、稟は一人、今後の展開に思いを馳せる。

 

(後は、一刀殿が盟友と恃む法正殿に任せるのみ)

 

 

 

 

 

 ――綿竹関。

 成都の南に位置するこの軍事拠点の門前で、孟達は一人の人物と対面していた。

 

「お、よく来たね孟達殿。……ああ、挨拶はいいよ。そうも息が切れてちゃ、声を出すのも辛いだろう?」

 

「……」

 

 中肉中背、肩口で切り揃えられた小豆色の髪に青碧の瞳、緑色の肩当てと胸当てを身に着けた少女は、息を切らしながらも挨拶しようとした孟達を制し、鷹揚に微笑する。

 この少女こそ、成都の喉元にあたる綿竹関の守将で姓を()、名を(げん)、字を正方(せいほう)という。

 荊州出身の彼女は、儒者ばかりを重んじる劉表のやり方を嫌って益州へと居を移し、興ったばかりの劉焉勢力に身を寄せていた。

 

「丁度警邏の時間だったからすぐに会えて良かったよ……その様子だと、何か大事が起こったんだろう?」

 

「っはぁ……っ。そう言うコト、よ」

 

 息を整え終えるのをしばらく待った後、顔つきを真剣なものへと変えて事情を尋ねる李厳に孟達は頷きを返した。

 

「ふぅ……っと、ここで話すのはマズイよね?」

 

「いや、そうでもないよ孟達殿。ここに詰めている兵の中に東州兵は含まれていないからね」

 

 李厳は東州兵という単語を口にした時に、眉を顰める。

 荊州から益州へと移り、劉焉の配下となった彼女は当初、彼の治世に期待していた。

 しかし、劉焉は次第に暴君としての性質を見せ始める。

 結局は劉表と五十歩百歩の人物であったことに失望した李厳ではあるが、気付いた頃には既に出奔するのもままならない状況になっていた。

 元々益州で力を持っていた豪族達が劉焉に攻め滅ぼされたり、従属させられたりしていた時期でもあった訳だが、それ以外にも李厳が有能である事や、彼女が益州の士人たちと早期に友好的な関係を築いていた事も理由として挙げられる。

 その人脈を買われた李厳は、劉焉が好みそうな幾人かの人物(詰まるところ、李厳が好まない人物)を推挙し、彼女自身は要害の防備に就くとして中央から身を遠ざけた。

 それ以降(黄巾の乱から反董卓連合を通して)李厳は成都からの要請に最低限応じる程度に働くことで、劉焉、劉璋からの覚えをこれ以上良くしないようにしつつ、東州兵からの嫉妬を買わないようにしていたのだ。

 そして現在……いや、董卓が荊南へ入った頃から李厳は孟達と通じ、密かに劉焉、劉璋を打倒せんと力を蓄えていた。

 

「しかし、思った以上の早さだったね。こちらも『間に合って』良かったよ」

 

「? 『間に合った』?」

 

 怪訝そうな顔になる孟達に、李厳は口元の笑みを深くして答える。

 

「そう、『間に合った』んだよ。だから、ここで東州兵を足止め出来たんだ――――法正殿から貰った文のお蔭でね」

 

「! そうか、巴郡が落ちたから夕は――!」

 

 突然出て来た親友の名を聞いて、孟達は瞬時に理解する。

 夕は巴郡の厳顔らが董卓に降ると考えていた。

 故に、巴郡が落ちた後に厳顔らと親交があった張任への風当たりが強くなると推測したに違いない。

 だからこそ、親友は巴郡が落ちた直後に李厳へと文を届けたのだ。

 東州兵が張任の部隊の一部、或いは部隊ごと人質にするであろう事を読み切って。

 流石は夕ね、と頻りに頷く孟達に対し、李厳が放った一言は、

 

「違うんだ孟達殿。――法正殿は、董卓殿が朝廷から荊南郡を任された事を知ってすぐに文を拙者に寄越したんだよ」

 

「なっ――!!?」

 

 彼女を更に驚かせるものだった。

 

「ウ、ウソ!? だって、そんな事は一言も……」

 

「貴女にも秘していた、のか――――法正殿は、かなり張任殿に注目していたと見えるね」

 

 狼狽する孟達に、李厳は法正の手紙の概要を話し始める。

 

「張任殿の部隊は黄巾の乱の折、東州兵の劉璝に預けられた。五胡の勢いが弱まり始めた頃に張任殿は巴郡に一人移され、彼女の部隊は成都に留め置かれる。そして、反董卓連合が組まれた頃に張任殿は成都に呼び戻された――ここまでは孟達殿も既知の事実だよね?」

 

 滔々と述べる李厳に、孟達は無言で頷く。

 

「では孟達殿、この時点で張任殿から彼女が率いる部隊の副長、張翼殿が引き離されていた事は?」

 

「いや、知らなかった……。その頃は劉焉の狙いを探るのに集中してて……」

 

 雲南での戦の後に戻って来た夕と一旦は合流した孟達だが、劉焉や東州兵に動きを悟られないように普段は別れて行動していたのだ。

 加えて孟達は、反董卓連合が発足した直後から天水付近に軍を集めていた劉焉の動きを探る為、武都へと赴いていたのである。

 また、当時は劉焉の細作が活発に動いていたので、孟達も夕と連絡を取り合うのを自重していたのだ。

 結局、騒動が収束した後に夕と会って今後の行動について打ち合わせたのだが――、

 

「ふむ……そうか、貴女がこの事を知れば、董卓殿が軍を動かす前に張翼殿救出に動くと法正殿は考えたのだな……」

 

「? ……確かに、事前に判っていればそうするさ! だけど、早めに動いた方が――」

 

「――いや、駄目だ」

 

 夕に信頼されていなかったのか、と声を荒げる孟達を李厳は静かな口調で遮った。

 

「どうして!? ――反董卓連合を利用して天水に侵攻しようとしていた劉焉の目論みは潰れた! それに、策の失敗で劉焉は多くの細作を失ってた! 私が動く機会は充分にあった筈だ!」

 

「冷苞、だよ孟達殿。連合の最中に所在が判らなかったアイツは、龐義の命で細作として動いてたんだ――生き残った細作を率いる長として、ね」

 

 感情的になる相手を宥めるように、諭す様な口調で李厳は孟達の目を見て話す。

 

「折しも、連合解散の直後に劉焉が倒れた。あの時点で行動を起こすのは危険だったと思うよ?」

 

「――ぅ。た、確かに」

 

 李権(の筆跡に似せた夕)の文で劉焉を昏倒させた孟達も、ほとぼりが冷めるまでは行動を起こすのは危険と判断し、大人しくしていたのだ。

 

「知っているとは思うけど、冷苞は表裏の使い分けが上手く、疑い深い――――そして、なにより執拗で残忍だ。あのままヤツが裏方に徹していたら厄介だったのだけど」

 

「! そうか……董卓殿が動いたから、冷苞は『前線を張る将軍』に戻った――!」

 

「うん、細作の指揮は龐義に戻った。そして今、彼の目は漢中へ向いている」

 

 劉焉と違って劉璋は暗愚だから、その補佐に忙しくて龐義は細作にまで手を割けないみたいだね、と李厳は苦笑する。

 

「漢中の張魯、か……確か、今は洛陽と熱心に交流してるって聞いた。なんでも今の天子様は、儒者じゃない人材も重用してるって」

 

「五斗米道も公に認められた――まったく、新しい天子様は予想も付かない事をなさる御方のようだね」

 

「張魯は新帝と結び付きを強めている。朝廷に弓引く劉璋との関係が悪化するのは必至だ」

 

「そう、だから龐義は董卓殿に攻められながら漢中にも気を配らないといけない――ここに至って、ようやく益州内部に対する監視の目は弱まったと言えるだろうね」

 

 そこで李厳は一旦言葉を切り、目を閉じてゆっくり息を吐き出し…………二呼吸ほどしてから目を見開き、笑みを浮かべた。

 

「だからこそ、『囚人』を護送する東州兵を関に迎え入れ、労をねぎらうと称して酔い潰れさせ、まんまと拘束出来た訳さ」

 

「! ――じゃあ!!」

 

 満面の笑みを浮かべながら放たれた李厳の言葉に、孟達は瞳を輝かせる。

 

「うん。これで厳顔殿達に続いて蜀の名将をまた一人、董卓殿の下に送ることが出来るね――――ほら、もう準備は出来てるよ」

 

「――隊長! お客人をお連れしました!」

 

 李正方がそう宣言すると、見計らったように詰め所の兵士達が一人の少女と馬を二頭連れて来た。

 

「ご苦労様。じゃあ、誰か涪城までお客人をお連れしてくれないかな?」

 

「私が行くよ、李厳殿」

 

「孟達殿? しかし、貴女は今さっき着いたばかりじゃないか。まだ疲れが――」

 

「――今は一刻を争う時だよ、問答してる時間も惜しい。張翼殿だって気が気じゃない筈だ」

 

 同意を求めるように馬上の張翼へと孟達が視線を向けると、少女は強く頷きを返す。

 

「見ての通りだ。馬を借りるよ」

 

「ふぅ……解ったよ。拘束した東州兵の始末と成都への報告は任せておいて」

 

「李厳殿、有り難く。では張翼殿、行きましょう! ――――ハアっ!」

 

「はいっ! ――やあっ!」

 

 共に歩む同志へと一礼し、孟達はひらりと馬に跨ると気合一閃、張翼を伴い涪城へと再び馬を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――これは、一刀達が涪城へと進軍する三日前の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 かなり間が空いてしまい申し訳ありませんでした。天馬†行空 三十五話の更新です。

 という訳で今回は夕の独壇場(一度も台詞が出てませんが)でした。

 次回は涪城正面の戦い(霞たちvs東州兵&呉懿たち)と、間道の奇襲(一刀たちvs鷹と彼女の部隊)になります。

 

 

 果たして、孟達は間に合うのか。

 

 

 では、次回三十六話でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超絶小話:編集長、交趾に到着

 

「ぃよっしゃぁああああ! 着いたぞぉ~!!」

 

 土煙と雄叫びを盛大に上げながら交趾の正門に辿り着いた女性が一人。

 平均よりもやや高めの身長、顎の高さで切り揃えた癖のある赤茶色の髪に茶色の瞳、北郷一刀が見たら驚くであろうデニム地(っぽい)ショートパンツに膝丈の黒い革ブーツ。

 背中に十字の印が入った黒のタンクトップに収まりきらない豊満な肢体を持ったこの女性の名は――。

 

「はぁ、はぁっ――! ふふふこの街に御遣い様が居るのだな早速取材を申し込まねば次の号に間に合わん!」

 

 阿蘇阿蘇編集長、韓玄その人である。

 息を整えながら一息で言い切ると、韓玄は城門の側にいた地味な眼鏡少女に声を掛けた。

 

「そこな瓶底少女よ! 天の御遣い様がこの街にいらっしゃると聞いてやって来たのだが!」

 

「び、瓶底少女――って、オイラのことッスか!? ひ、ひどいッス!」

 

 行き成り不審人物に声を掛けられた馬徳衡は、あんまりな呼称に非難の声を上げる。

 

「何を言うか瓶底少女いくら仕事をしているとは言え着飾る努力を怠っては意中の殿方の心は射止められんつまり瓶底少女の服装は駄目駄目なのだ!」

 

 涙目の抗議に怯む事無く、韓玄は一気呵成に捲し立てた。

 

「い、意中の殿方――!!?」

 

「そうだ瓶底少女! やや近くに服屋があるではないか私に任せれば――」

 

 

 

 

 

 取材のことをすっぱり忘れ、馬鈞を連れて服屋に向かう韓玄の明日はどっちだ!?

 

 

 

 

 

 続く…………のか?

 

 

 


 
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