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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第五話

ムカミさん

第五話の投稿です。

今回からあの子が参戦です。(タグで一瞬でバレるんですけどね…)

なお、前回の米欄でも答えたのですが、役職等は基本的に原作の通りにしようと思っています。

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2013-09-05 03:15:45 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:11027   閲覧ユーザー数:7952

荀彧の指揮の下素早く出陣準備を整えた曹操軍はその日の内に陳留を出陣、現在は延々と広がる平原を行軍していた。

 

「随分遠くまで来ているけど、ここって領地じゃなかったよね?大丈夫なの?」

 

「ああ、今回は問題ない。陳留から逃げた賊の討伐の名目でこちらの州牧に許可を得ているからな」

 

「なるほど。それにしても行軍速度、早くない?」

 

「それは荀彧殿の策でな。これだけの強行軍は初めてだが、菖蒲のおかげで予定より戦力が上がっているから余程の不測の事態が起きない限り大丈夫だろう」

 

「そっか。早速策を採用されたんだ。さすがは王佐の才」

 

「採用といっても試験のようなものだぞ。」

 

軍議に出ていなかった一刀に秋蘭が諸々の事情を説明していると荀彧の乗った馬が近づいてきた。

 

「夏侯淵将軍、曹操様が将を集めろ、と。それから夏侯恩という者も呼んで来い、と仰っていたのだけど…」

 

「何かあったの?」

 

「何よ、あんた!男なんかが気安く私に話しかけないでくれる!?」

 

ごく普通の受け答えをしたつもりの一刀は浴びせかけられる罵倒に苦笑する。

 

「いや、俺が夏侯恩だから、さ。曹操様が呼んでるんでしょ?副官までも集めるって何か不測の事態でもあったのかな、と」

 

「あんたが夏侯恩?何で曹操様は男なんかを…まあいいわ。早く来なさい。ちなみにどんな内容かまではまだ私も知らないわ」

 

「だそうだ。行こうか、一刀」

 

「ん、わかった」

 

今一納得出来ないものの大将の召集に応じないわけにはいかない。その場を部下の者に任せて一刀と秋蘭は華琳の下へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正体不明の集団が前方に見えたわ。さっき斥候を出したわ。そろそろ戻る頃でしょうから貴方達も聞きなさい」

 

『はっ!』

 

そのまましばらく待機していると、斥候が帰還して報告をする。

 

「申し上げます!前方の集団は30にも満たない賊のようです!なお、その賊共は何者かと交戦を始めた模様であります!」

 

「ご苦労。下がりなさい」

 

「はっ!」

 

斥候に出ていた者が居なくなると直ぐ様華琳は指示を飛ばす。

 

「春蘭、菖蒲、兵を連れて先行しなさい。一刀、貴方は2人の補佐について。特に春蘭を暴走させないようにしなさい」

 

『はっ!』

 

「か、華琳様~」

 

「姉者の普段の行動から考えて妥当な判断だ。諦めろ」

 

「うぅ…秋蘭まで~」

 

「貴方に期待しているのも事実よ、春蘭。我が名に恥じぬ活躍を期待しているわ」

 

「華琳様…はい!わかりました!この夏侯元譲、必ずや華琳様のご期待に応えてみせます!」

 

そんなやりとりを菖蒲は眩しそうに見ていた。

 

「賑やかですね…それに皆さん全く物怖じしない様子で…」

 

「個性が強い面子ですからね。一緒にいて飽きることはないですよ」

 

そのつぶやきを聞いた一刀が相槌を打つ。

 

「そうですね。私も早くお役に立てるようになりたいものです」

 

「貴方ならすぐになれますよ」

 

一刀と会話する菖蒲に不自然な点は見受けられない。ただ、2人の距離が開いていることを除いて。

 

ここ数日、一刀は菖蒲の現状の把握に徹していた。なお、この期間に菖蒲に襲いかかられた回数は両手では足りないらしい。

 

そのような努力の結果、現状における無理のない距離を把握したのであった。

 

さすがにこの問題は短時間で解決できるようなものでは無い。

 

そこで一刀は、まずなるべく会話を重ねていくことにしていたのだった。

 

それはさておき。

 

華琳に命じられた3人は兵を引き連れ、前方の賊の集団へと歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

「春蘭、そろそろ第二陣の斥候が帰ってくる。一旦その報告を聞こう」

 

「何を待つ必要がある!このまま突撃すればよいではないか!」

 

「いやいや!賊の相手が州牧の官軍とかならともかく、俺たちが遠征しに来てることを知らない官軍だったらややこしいことになるから!」

 

「??何故だ?」

 

「遠征の事実を知らなかったら侵略と思われる可能性があるんだって」

 

「ぬぅ、なら仕方がないな」

 

「…誇張表現かと思ってましたが、本当に暴走されるのですね…」

 

「そうなんです…押さえるのが大変で大変で…」

 

「…苦労なされているんですね」

 

早速暴走しかけた春蘭をどうにか押さえていると斥候が報告に来た。

 

「報告します!賊の相手は庶民のようです!」

 

「庶民だと?規模は?」

 

「そ、それが…どうも1人のようでして…」

 

「何だとっ!?」

 

報告を聞くが早いか春蘭は駆け出す。

 

「だぁっ!結局こうなるのか…誰かいないか!」

 

「はっ、ここに」

 

「今から俺は春蘭を追う。30程度の賊なら蹴散らすことになるはずだ。そこから逃げ出す賊を数人で尾行して根城を突き止めてくれ」

 

「承知しました」

 

「では追ってくる。頼むぞ!」

 

手早く指示を飛ばし、一刀は馬を走らせる。

 

「私も参ります、一刀さん!」

 

「お願いします!」

 

菖蒲も一刀に続いて春蘭を追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「てやあっ!」

 

「ぐはあっ…」

 

少女は巨大な鉄球を操り、たった一人で賊と戦っていた。

 

「このヤロウ!囲んで潰しちまえ!」

 

「お前らなんかに村は襲わせないぞ!でええぇぇいっ!」

 

その小さな体のどこにそれ程の力があるのか。鉄球が振るわれる度に幾人かの賊が宙を舞う。

 

しかし、哀しいかな、一対多数による不利は避け得ない。

 

「はぁ…はぁ…今回は数が多すぎるよぅ…でも、まだまだ!でやあぁぁっ!」

 

「がはっ…」

 

「死んどけやぁ!」

 

鉄球を振るって無防備になった背中に賊が斬りかかる。

 

「くっ…」

 

鉄球を戻そうにも間に合う距離ではない。少女はやられることを覚悟し、目を固く瞑った。

 

しかし、いつまで待ってもその時が来ない。一体どうしたのかと目を開けると。

 

「ぐぁ…」

 

目の前には自分に斬りかかろうとしていた賊の崩れ落ちる姿とそれに対峙するようにして立っている赤い服の女性の姿があった。

 

「貴様らぁ…こんな子供に寄って集って…覚悟は出来ているんだろうな?!」

 

『ひっ…』

 

赤い女性が賊に向かって凄むと、そのあまりの迫力に賊達はたじろぐ。

 

「へ、へっ。たった一人増えただけだろうが!てめぇもそいつと一緒に殺してやるぜ!」

 

「貴様らごときがこの私を殺すだと?やれるものならやってみろ!はあぁぁっ!!」

 

かろうじて戦意を保った賊達もその女性の豪擊によって瞬く間に沈黙していく。

 

まさに圧倒的な武だった。少女は状況を忘れ、女性に見入ってしまっていた。

 

「い、一斉にかかれぇ!」

 

『うおおぉぉぉ!』

 

賊の一人の叫び声に応じて賊たちが四方八方から襲いかかる。

 

「ぬぅっ!」

 

「くっ!」

 

少女は女性と共に広範囲に渡るように武器を振るうが如何せん賊の数が多い。仕留めそこねた2人がそのまま斬りかかってくる。

 

ところが。

 

またもや賊の攻撃は少女たちには届かなかった。

 

「ふぅ、間一髪。だから一人で暴走しちゃダメだって言われてるんだよ、春蘭」

 

「お二人とも御無事ですか?」

 

賊の背後からひと組の男女が声をかけつつ現れた。

 

男性の方はやたらと細い剣を携えた、それなりに整った容姿の人物。

 

女性の方は大きな斧を掲げ、光に映える銀髪を長く伸ばした美人。

 

「おお、無事だ。助かったぞ、一刀、菖蒲。まあ、あれくらいならば私は避けることは出来たがな」

 

「そういう問題じゃないって…」

 

赤い女性が男性と親しげに言葉を交わす。

 

そして現れた男女は2人に並んで賊に対峙する。

 

「こ、こいつら強すぎる!化物だ!やってられねぇ…逃げるぞ!」

 

当初の半数以上がやられ、相手が4人に増えたことでようやく賊達は逃げることを選択する。

 

「待て!逃がすか!」

 

「ちょっと待った!春蘭!」

 

「何をする、一刀!放さんか!」

 

「今やるべきは賊の殲滅じゃないって。あれに尾行をつけて根城を探させるんだから泳がせないと」

 

「むぅ…なら仕方がないな」

男性が

赤い女性が走り出そうとするのを止める。

 

その間に銀髪の女性が少女に近づいてきて、話しかけた。

 

「大丈夫ですか?どこか怪我していませんか?」

 

「あ、はい、大丈夫です。それとありがとうございました。ボク一人だと村を守りきれなかったです」

 

「いいえ、これも私達の仕事ですから」

 

そこに赤い女性とのやりとりを終えた男性が来る。

 

「こんにちは、お嬢ちゃん。俺の名は夏侯恩って言うんだ。よろしく。よかったら何であの賊達と一人で戦っていたのか、教えてくれないかな?」

 

少女は正直に話すことに少々抵抗を感じたが、男性の気遣うような優しい雰囲気に触れて信用してもよさそうだと判断し、理由を話すことを決めた。

 

「いいよ。ボクの名前は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀は逃げた賊を追って殲滅しようとする春蘭を止めた後、菖蒲が少女の怪我の有無を確認しているのを聞き届けて少女の下へ向かった。

 

何故このような少女がたった一人で賊と戦っていたのか。その理由が知りたかったからである。

 

「こんにちは、お嬢ちゃん。俺の名は夏侯恩って言うんだ。よろしく。よかったら何であの賊達と一人で戦っていたのか、教えてくれないかな?」

 

少女を警戒させないように

優しく話しかける。一瞬だけ少女は逡巡したようだが、すぐに花が咲くような笑顔を浮かべて返事を返してくれた。

 

「いいよ。ボクの名前は許褚って言うんだ。よろしくね、兄ちゃん。ボクが一人で戦ってた理由はね…」

 

「おおっ!華琳様がお見えになられたぞ!」

 

許褚の言葉を遮るようにして春蘭の声が響く。

 

全員がそちらの方向を振り向くと、曹の旗を靡かせて華琳が軍を寄せてきていた。

 

その旗を目にした瞬間、許褚の瞳の色が変わった。しかし、この変化に気づいたのは一刀だけだった。

 

(この子が許褚か。さすがの怪力だな。それにしてもこの子、曹操に何か因縁があるのか?)

 

許褚は先程までの笑顔が嘘であるかのように無表情となり、曹操が馬から降りて近づいてくるまで一言も喋らなかった。

 

「春蘭、菖蒲、一刀。状況は?」

 

「はっ、賊は我々が蹴散らした後、残った少数は逃走しました」

 

「逃走した賊には一刀さんの指示で斥候の者を一人尾行として付けております」

 

華琳の問い掛けに間髪いれず春蘭と菖蒲が答える。報告を聞いた華琳は次に許褚の方へとその視線を向ける。

 

「そう、ところでその子は?」

 

「この子は許褚という名で、賊相手に戦っていた者です」

 

「お姉さん達って…官軍?」

 

「ええ、そうよ。それがどうかしたのかしら?」

 

華琳の返答を聞くやいなや、華琳に向かって許褚が鉄球を振るう。

 

しかし、鉄球はキンッという金属音と共に弾き返され、許褚と華琳の間に落下した。

 

「貴様!華琳様に向かって何を!」

 

春蘭が許褚の行動に激昂して許褚に斬りかかろうとする。

 

「待ってくれ!春蘭!」

 

それを止めたのは意外や意外、一刀であった。

 

(華琳の旗を見た時の反応。さっきの質問の意味。もしかすると…)

 

「何故止める?!」

 

「いいから!少しの間、俺に任せて欲しい」

 

「…如何なさいますか、華琳様?」

 

華琳を庇うように立ち、戦闘態勢を維持したまま、華琳の傍に控えていた秋蘭が問う。

 

「…いいわ、一刀に任せてみなさい」

 

「ありがとうございます…許褚ちゃん、今一度、一人で戦っていた理由を教えてくれないかな?」

 

許可を得て、一刀は許褚に目線を合わせて問いかけた。許褚は感情が昂ぶったまま答える。

 

「そんなの官軍が信用できないからに決まってる!高い税金ばっかり取っていく癖にボク達を助けてなんてくれないんだから!」

 

「やっぱり、それが理由か…」

 

許褚の気持ちは痛いほどよく分かる。現在、大陸の至る所で官の腐敗は進みに進み、民は疲弊しきってしまっているのが現状であった。

 

「だからボクは村の皆のために一人で戦うんだ!ボクが一番強いから!村の皆を守らないといけないから!」

 

許褚の悲痛な叫びは続く。皆は一様に苦い顔をしていた。

 

「許褚ちゃん…すまない、本当にすまない」

 

「…え?」

 

「……そうね、そうだわ…許褚、私からも謝らせてもらうわ。ごめんなさい」

 

「え…ええ?」

 

「か、華琳様?一刀?一体どうしたというのだ?」

 

『…』

 

華琳と一刀、2人の突然の謝罪に訳が分からず狼狽える春蘭と許褚。菖蒲、秋蘭、荀彧は何を思っているのか無言のまま見守っていた。

 

「許褚ちゃんのような市井の人が苦しんでいるのは俺たちに未だ救えるだけの力がないからだ…本当に不甲斐ない…」

 

「全くもって一刀の言うとおりね…」

 

「あ、あの…お姉さん達は一体…?」

 

「名乗るのが遅れたわね。私の名は曹操。隣州の陳留で刺史を務めている者よ」

 

「隣州の…そ、それじゃあ…ごっ、ごめんなさい!」

 

曹操のことを聞くと許褚は先程までの威勢は一転、深く頭を下げて謝りだした。

 

「隣州の刺史様の噂は聞いてます!見たこともない方法で街を瞬く間に発展させて、民に優しい政をしてくださっているって!そんな人にボクは…」

 

「いいのよ、許褚。官の腐敗が進んでいるのは事実よ。そんな官の軍に許褚が憤りを感じるのは当然の道理だわ」

 

「で、でも…」

 

尚も罪悪感を拭いきれない様子の許褚を一刀が優しく諭す。

 

「許褚ちゃん、君が今の官をよく思わないことは分かる。それはここにいる皆も感じていることなんだ。でも曹操様はそんな現状を打破し、大陸の王にならんとしている。そこで、だ。もし、君が今の官達を許せず、けれども曹操様は信用してくれるのであれば、その力を曹操様に貸して欲しい」

 

「ボ、ボクが、曹操様に…?」

 

「何を勝手なことを言っているのだ、一刀!」

 

「いいのよ、春蘭。私も許褚が欲しいと思っていたのよ。それで、許褚。貴方のその力、私に貸してくれないかしら?」

 

「もし…もし曹操様が大陸の王になったら、ボクの村も守ってくれますか?」

 

「ええ、当然よ。それが王たる者の役目だもの。貴方の村のみならず、大陸中の村を守ってみせるわ」

 

「…わかりました。ボクなんかの力で良ければいくらでも使ってください!ボクの真名は季衣です。この真名を曹操様に託します。だから、お願いです。絶対に村の皆を守ってください!」

 

「ふふ、当たり前よ。ありがとう、季衣。春蘭、秋蘭。差し当たって許褚は貴方達の下に付けるわ。色々と教えてあげなさい」

 

『はっ!』

 

華琳、春蘭、秋蘭、一刀、季衣の4人が許褚の参入に関する話をしている間、先程見た光景に目を疑い、言葉を失っている者達がいた。

 

「あの、荀彧さん」

 

「…何かしら」

 

「先程の許褚さんの攻撃を防いだ一刀さんの動き、分かりましたか?」

 

「武官でもない私にわかるわけがないでしょう。ただ、あいつが何かしたんだろう、位しかわからなかったわよ…」

 

「私も、一刀さんの剣筋がほとんど見えませんでした。一体あれは何なんでしょう…」

 

2人は自分達の理解を超えた事柄に困惑する。その答えは2人の様子に気づいて傍に来た秋蘭によってもたらされた。

 

「あれを初めて見ればやはりそうなるか」

 

「秋蘭様。一刀のあの技について知ってらっしゃるのですか?」

 

「ああ、あれは『居合』と呼ばれる抜刀術だそうだ」

 

「いあい?そんなもの聞いたことがないわよ」

 

「私も初めて聞きました」

 

「それはそうだろう。あれは一刀独自のものと言ってもよいものだからな」

 

「な!?それじゃ、もしかしてあいつ、凄いやつなんじゃないの?でもなんで副官なのかしら」

 

「聞いた話だが、居合は1対1でしかほとんどその力を発揮できないらしい。複数相手では通常の戦闘しか出来なくなる。通常時の実力は菖蒲も知っているのだろう?」

 

「…はい。一刀さんとは出陣の前に一度仕合っていますので」

 

「つまりはそういうことだ」

 

それだけを説明し終えると、華琳に呼ばれた秋蘭は離れていった。

 

「…今の話、本当なのかしら?」

 

「え?どういうことでしょう?」

 

「聞いた話だとあいつって夏侯両将軍に勝てないまでもいい勝負をするそうじゃない。その上であのあいつ独自の技。普通なら将軍であっても何らおかしい事はないわ。まだ何か裏があるんじゃないかしら…」

 

「……」

 

その話を聞いて徐晃は一刀との仕合いで感じた違和感を思い出していた。もしかしたらあの時感じた違和感と荀彧の疑問は根が同じなのかも知れない。そう考えるも、しかし2人とも確証を得ることは出来ないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。賊の根城が割り出せたところで。荀彧、貴方の策を聞かせてもらいましょうか」

 

季衣との邂逅の後、皆が季衣と真名を交換し終えた頃、尾行につけていた斥候が帰還した。

 

その斥候からの報告により、賊の根城が判明し、現在その数里手前まで軍を進めてきたのである。

 

「はい、曹操様。まず曹操様は精鋭の中から選んだ少数の兵を率いて賊の砦の正面に展開してください。その間に残る部隊を砦の正面後方に見える崖の両脇に伏せます。準備が整い次第、本隊は銅鑼を盛大に鳴らして攻撃を匂わせてください。そうすれば所詮は烏合の衆、賊どもはそれに釣られて砦から出てくるでしょう。賊が出てきたら本隊は賊を引き付けつつ崖の奥まで後退してください。その後は…」

 

「あらかじめ伏せておいた部隊で後方から奇襲、というわけか」

 

「はい、そのとおりです」

 

「…おい、荀彧。それは何か?華琳様を囮にしよう、と、そういうことか?」

 

「ええ、そうです。なにか問題でも?」

 

「問題大ありだろう!華琳様にそんな危険なことをさせるわけにはいかん!」

 

荀彧の策を聞いて憤る春蘭。ここで暴走されても困るということで一刀が宥めにかかる。

 

「まあまあ、春蘭、落ち着いて。ちょっと提案してもいいかな、荀彧さん?」

 

「…何よ」

 

「部隊の割り振りのことだけど、曹操様の率いる兵は精鋭からの選抜の他に季衣を入れて貰いたい。万一にも曹操様を失うようなことがあってはならないからね」

 

「それくらいなら構わないわ」

 

「ってことだ、春蘭。この作戦は聞く限りじゃ確かに短期決着と兵力温存を果たせる上策だ。その上であれだけの武を振るっていた季衣を曹操様の守りにつければ、ただの賊程度相手にそうそう間違いは起こらないだろう?なら、この作戦は決行すべきだ」

 

「むぅ…」

 

「諦めなさい、春蘭。それにこの程度の役柄も満足にこなせない様ではこの先の覇道など到底歩むことなど出来はしないわ」

 

「華琳様がそこまで仰るのでしたら…わかりました。季衣、必ず華琳様を守り通せよ!」

 

「はい!ボクに任せてください!」

 

春蘭の沈静化に成功し、策の話は進んでいく。

 

「それでは、春蘭、一刀は向かって右側に伏せなさい。秋蘭、菖蒲は左側に。荀彧と季衣は付いてきなさい。今から作戦を決行します!」

 

『はっ!』

 

そうして皆は各々の配置へと散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから半刻。

 

一刀と春蘭は既に兵を伏せ、作戦決行の時を静かに待ち構えていた。

 

「う~~。華琳様は大丈夫だろうか…」

 

「季衣を信じなって。それに曹操様につけた兵は精鋭中の精鋭。万に一つも間違いは起こらないさ」

 

しきりに華琳を心配する春蘭を一刀が宥めていると、本隊からの伝令がやってくる。

 

「伝令!直に本体が通過いたします!戦闘準備を整えておけ、とのことです!」

 

「何?おい、一刀!やけに早くないか?!まさか、華琳様の御身に何かが…!」

 

「ん~…いや、見てみなよ、春蘭。隊列は崩れてない。大方、予想以上に作戦が嵌ったんだろう。曹操様も無事だ」

 

「おお!華琳様、よくぞご無事で…!」

 

そうこうしている内に部隊が伏せている地点を本体が通過していく。

 

「いいか、春蘭。賊が来てもすぐ飛び出すなよ」

 

「それくらい私でもわかっている!」

 

一刀の注意に憤慨する春蘭。ところが…

 

「…これだけ無防備な側面を見ていると斬り込みたくなるな」

 

賊が通過し始めた途端にこれである。

 

「はあ…まだだよ、春蘭。通過し終わるまで我慢」

 

「うぅ~~。まだか?もうほとんど通過しただろう?」

 

「もうちょっと我慢。ほら、深呼吸でもして落ち着く」

 

「すぅ~っ、はぁ~っ…」

 

数十秒おきに飛び出したそうにする春蘭をどうにか押さえていると、ようやく賊の最後尾集団が通過していった。

 

「あれが最後だろう?!もういいよな、一刀?!」

 

「そうだね、いこうか。旗を挙げよ!民を脅かす無法者どもに目に物を見せてやろう!」

 

「行くぞ!夏侯惇隊、突撃~~!!」

 

枷を外された猛犬のごとく賊の集団へと切り込んでいく春蘭。時を同じくして反対側でも『夏』の旗が上がり賊に向かって矢が雨あられと降り注ぐ。

 

「射て、射て~っ!」

 

秋蘭の部隊が賊に矢を射掛け、

 

「相手は所詮烏合の衆!恐れず進め~っ!!」

 

春蘭の部隊が中からかき回す。

 

「春蘭様の部隊の邪魔にならないように広く展開してください!討ち漏らした賊を中心に外側から圧力をかけていきます!」

 

そして菖蒲の部隊が周囲をカバーする。

 

「我らが軍の力、その格の違いを見せつけてやりなさい!」

 

「よくも今まで村を襲ってくれたなぁ~!覚悟しろ~!!」

 

本隊も既に反転し、攻勢に出ていた。精兵にて構成された本隊は、少数であってもそれを感じさせないほどの勢いで賊を蹴散らしていく。

 

こうなっては統率のとの字も無い賊程度では最早為す術がなかった。

 

およそ半刻も経つ頃には賊は全て討ち取られるか降伏し、その賊の集団はここに壊滅した。

 

この戦における曹操軍の被害は非常に軽微、しかしながら挙げた戦果はまさに絶大であった。

 

また、この戦の直前、この一帯を治めていた州牧が賊に恐れをなして逃亡していたことが後に明らかとなる。

 

そこで朝廷は賊討伐にて手柄を立てた華琳をその一帯の州牧に任じた。

 

以前の州牧の治世が余りに酷かったことも相まって、その地での華琳の善政は非常に高い評価を得ることになった。

 

これらの一事によって曹操の名はさらに高まり、大陸中に轟き始めることとなるのだった。

 


 
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