No.614727

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第三話

ムカミさん

第三話の投稿です。

一刀が遂に戦場に出ます。

2013-09-01 03:16:56 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:11650   閲覧ユーザー数:8449

 

一刀が夏侯軍の世話になり始めてからおよそ1年が経った。

 

初日こそドタバタしたものであったが、その後は比較的穏やかと言える日々を送っていた。

 

春蘭、秋蘭は一刀と共にいる時間が多かったためか、早々と仲を深めていった。

 

ワケも分からずに飛ばされてしまい、頼るものも無い身の一刀にとっては、春蘭や秋蘭が気が置けない間柄となってくれたことが非常に嬉しいことであった。夏侯家の面々も一刀にはよくしてくれている。そのため、微力ながらも夏侯家の、特に春蘭、秋蘭の力になりたい、との想いが日を追うごとに強くなっていった。

 

またこの1年で夏侯僥の治める街は大きく変化していた。

 

あの日から調練の合間に文字を学習し始めた一刀は秋蘭の教え方が良かったこともあり、1ヶ月程で大抵の学習を終えていた。

 

その報告を聞いた夏侯僥が物は試しと一刀に文官の仕事を任せてみたところ、一刀の献策に度肝を抜かされることとなった。

 

一刀の献策内容は主に2つ。

 

1つは街の区画整理。

 

もう1つは刑罰の整理。

 

街の区画整理の簡単な内容は、街を一定の区画に分け、区画毎に同種の職を集める、といったもの。これにより、それぞれの店が利用しやすくなり、また、街の管理も以前と比べ大分楽になっていた。

 

刑罰の整理では、罪に応じた罰を明文化し、周知させた。要するに『刑法』を制定、施行したのである。その主な目的は、無闇矢鱈な暴力制裁を行わせないこと、そして様々な事柄に罪状を定めることで民衆の防犯意識を引き上げること。初めのうちは暴力制裁が減ったことにより一部の血気に逸った者達の軽犯罪が増加した。しかし、一刀は献策の折、『刑法』施行と同時にどのような軽犯罪でも徹底的に取り締まることも重ねて献策していた。所謂『割れ窓理論』を実践しようとしたのである。これらが大当たりし、一時的に僅かに上昇した犯罪数はすぐに劇的な減少を見せた。現在では喧嘩以外の犯罪はほとんど発生しないほどであった。

 

一刀の文官としての大きな仕事は主にこの2つであるが、他にも細々とした献策を行っていた。中には技術的な物の献策もあったのだが、夏侯僥の治める街にはそれを実現できるほどの技術者が存在しなかったため、不採用となっていた。

 

一方で武官としての仕事は調練以外には行っていない。しかし、春蘭、秋蘭と互角に仕合ったことがすぐさま兵達に知れ渡っていたため、一刀の受け入れは早かった。実際に一刀は一般兵に負けることは無かったため、一部懐疑的だった者達も直に受け入れた。春蘭、秋蘭には相も変わらずあと一歩といったところで負け続けていたが、その確かな実力は一部将兵に早期の戦場投入を打診されるほどであった。しかし、夏候僥はこの時世に珍しく、齢15未満の者の戦場投入を決して許しはしていなかった。そのため、一刀は調練以外に武官の仕事が無かったのである。

 

ところで、一刀は夏候僥の意向で春蘭、秋蘭の特別訓練にも参加している。その内容は主に2種類。過激なまでの基礎鍛錬と実戦を意識した一騎打ち訓練を交互に行うものだった。要は軍を率いる将の育成を目的とした調練。一刀はそのあまりにも過酷な内容にもきっちりと付いて来れていた。基礎においてはむしろ春蘭すら凌駕する程のものであった。ところが、一刀は特別訓練の目的を聞くと、頑なに将となることを辞した。最終的に夏候僥の熱意に負けて、春蘭、秋蘭の副官となることで合意したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで齢15を迎えた一刀は春蘭、秋蘭と共に初出陣の日を迎えていた。

 

「さて…一刀よ、遂に初陣となるわけだが…大丈夫か?」

 

夏侯僥は一刀に心配気に問いかける。

 

「大丈夫です。覚悟は、決めています」

 

この1年の間に夏侯僥は一刀の国の様々な話を聞いていた。その中には当然戦に関する話題もあった。その折、一刀の国には戦は既に何十年もの期間起こっておらず、そもそも軍に属する者達の方が極少数であること、一刀は当然軍とは関わりが無く、ただの一般人であったことを聞いていた。

 

また、一刀はこの世界の生活に慣れてきたとは言っても、長年現代で培った倫理観などはそう簡単には覆らない。兵として出陣する、とは言い換えれば人の命を奪いにいくことと同義である。そのことに一刀は随分と悩んでいた。しかし、最終的にはこの世界に来てからずっと面倒を見てくれ、さらに手厚いとも言える待遇を与えてくれた夏侯家への恩に報いる為に出陣に頷いた。

 

「一刀には後衛に入って私の身辺警護の形を取って貰う。今回の賊程度であれば後衛まで出ることはないであろう。今回の出陣では戦場の空気に慣れることだ。あの空気に慣れねば近い内に死んでしまうことになる。少々辛いかも知れんが、頑張ってくれ」

 

一刀の懊悩を知っている夏侯僥は一刀を戦場に徐々に慣れさせることにしていた。そんな一刀に対して夏侯姉妹はいつもと変わりない状態だった。

 

「ついにこの日がやってきたな!思う存分暴れまわってやるぞ!」

 

「姉者、頼むから先走って単独行動はしないでくれよ…」

 

まさしくいつも通り、春蘭が暴走しかけ、秋蘭が諌める、そんな状態。

 

「春蘭達は強いですね…」

 

「こんな時代だからな…春蘭も秋蘭も戦場に出たことがないだけで、このような立場にあればこそ人の死に触れたことは幾度もある。さすがに2人とも最初の内は嫌悪感を露にしていたよ。だが、我らのように軍に属する者は一々戸惑ってなどいられない。2人はそれを理解していて、既に自らの中で折り合いをつけ終わっているのさ」

 

そう語った夏侯僥はどこか悲しげな瞳をしていた。

 

「…。戦が起こらない世に、子供たちが将来戦う必要のない世界を、作り出したいものですね…」

 

「ああ、そうだな…」

 

夏侯僥も出来ることなら春蘭達を戦に赴かせるようなことはさせたくなかった。しかし、街を治める一族に生まれ、武の才を持っていれば軍に属さないわけにはいかない。結局娘を戦に赴かせることになってしまったことに夏侯僥は後悔の念を禁じ得ていなかった。それを的確に読み取ったが故の一刀の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それぞれの胸に各々の想いを抱いて街を発って丸一日後。

 

夏候軍は今まさに戦の真っ只中にあった。

 

響き渡る剣戟のぶつかりあう音。辺りに渦巻く怨嗟の声。それらの影響も十分にある。だが何よりも濃密な死の臭いが一刀の心を締め上げていた。

 

「…っ!」

 

一刀は歯を食いしばって必死に耐える。これがこの世界の通常なのだと。これは今後自らが行わねばならないことだと。

 

しかし、さすがに気持ちの上でのみの納得と実際目の当りにした上での覚悟との間には余りにも大きな隔たりがあった。

 

「これが本当の戦だ。怖いか?敵も、味方も。逃げ出したいか?敵からも、味方からも。その気持ちは本来ならば正しいものだ。人が人を殺す光景など、初めて目の当りにすれば臆して当然だ。だが、我らは無辜の民の生活を背負って立つ軍の人間。その気持ちを押さえ込まねばならない。そして、民を脅かす賊をこの手で討たねばならない。一刀よ、辛いかも知れぬが耐えろ。これが我らの進む道なのだと理解しろ」

 

「は、はい…」

 

夏候僥の諭す言葉。それは一刀も頭で分かってはいる。しかし、やはり心は簡単には受け付けなかった。

 

そんな一刀の葛藤とは関係なく戦闘は続く。戦闘が続くほどに死傷者は増加していく。

 

せめてこの光景から逃げ出すことだけはすまい。

 

戦というものの凄惨さにあてられつつもそれだけは心に持ち続けていた。

 

一刀は結局この戦で刀を振るうどころか動くことさえままならないままであった。

 

 

 

 

それから半刻程で賊の討伐は無事終了した。

 

驚いたことに春蘭、秋蘭は初出陣にも関わらず多大なる戦果を挙げていた。

 

(俺なんかとは違って、既に本物の覚悟が出来てたんだな。対して俺は只々固まっていただけ。本当に情けない…)

 

父親に嬉々として戦果を報告する春蘭、その隣で冷静を装いながらもいつもよりも饒舌な秋蘭。そんな2人を見ることで自らの覚悟の甘さを再認識して、一刀は再び凹んでいた。

 

そんな一刀の様子を見た秋蘭が一刀に近づいてくる。

 

「そこまで気に病むことはないさ、一刀。お前の元いた国の話は私も聞いている。そこから考えれば今日の戦から逃げなかったことだけでも凄いことだ」

 

「ありがとう、秋蘭。でも、やっぱり自分の見通しの甘さにはどうやっても言い訳できないよ」

 

励ましの言葉をかける秋蘭に礼を言いつつも、今回の醜態の反省は避けられない、と語る一刀。とは言っても、自分を心配して声をかけてくれたことはやはり嬉しいものだった。僅かなりともプラスの感情を持てたことで一刀の気持ちはグンと楽になった。

 

「うん…よし!とりあえず、今はこれ以上考えないようにしとくよ」

 

「ああ、それがいい。事情が事情だ。父上も仰っていたが、戦場には徐々になれていけばいいさ」

 

 

 

 

 

 

 

その後、一行は賊が根城にしていた山中の小さな集落に向かって歩を進めていた。

 

「森の外で賊を発見できて幸運だった。この森の中では討伐も難儀だったろうな」

 

「そうですね。ここに篭られてゲリラ戦になってしまうと被害が甚大になってしまっていた恐れがありますしね」

 

「その『げりら』とは何だ?」

 

「あ、すいません。ゲリラ戦とは主に奇襲や待ち伏せなどの小規模戦闘を散発的に行うものです。彼我戦力に差がある時によく用いられてたはずです。地の利を最大限に活かした戦い方をされた場合、少数相手であっても大損害を被ることもよくあります」

 

「なるほど。奴らにそんな知恵があるかはわからんが、確かにそうなると厄介だな」

 

夏侯僥と一刀は地形、戦略的な話に耽り、

 

「賊程度では私を止めることは出来んだろう?それに私も戦いたかったんだ!」

 

「姉者…あれ程先走りはやめてくれ、と言っていたというのに…余りに猪だと華琳様に見限られるかも知れないぞ?」

 

「うっ、それは困る…わかった、今後は気をつけるようにしよう」

 

春蘭と秋蘭は先の戦の反省を行っていた。

 

対峙した賊を余すことなく討伐あるいは投降させたことで、哨戒兵を除き気を緩めていた。後に、これは完全な油断だった、と夏侯僥は語っている。

 

 

 

 

 

それは一行が一際木が密集した場所を通過していた時に起きた。

 

左方で突然悲鳴があがった。何事か、と一同が警戒していると、伝令が慌てた様子で現れた。

 

「か、夏侯僥様!拠点に僅かに残っていたと思しき賊の残党が逃走しようとしているところを発見、慌てた賊がそのまま攻撃してきました!」

 

「何だと!?賊の数は?!」

 

「20もいません!ですが、辺り一帯を把握しているようで、木々に阻まれ追跡が容易ではありません!」

 

そんなやりとりの最中。

 

「っ!そこをどけ~っ!!」

 

突如樹木の間より現れた賊が進行方向にいた夏侯僥に向けて剣を振るう。

 

『父上っ!』

 

春蘭、秋蘭は賊の声で気付くが最早間に合う距離ではない。

 

夏侯僥は直ぐ様剣を抜いて受けようとする。

 

そんな中、夏侯僥の間近にいた一刀は自分でも驚く程冷静に事態を判断していた。

 

(ダメだ!夏侯僥さんの剣は間に合わない!)

 

賊は明確に夏侯僥を狙ったわけではない。己の通り道にあった障害物に闇雲に剣を振るったに過ぎない。しかし、その剣の予測軌道は確かに夏侯僥に重なってしまっていた。

 

(このままでは夏侯僥さんが…)

 

極限にまで高まった集中力が一瞬の時間を無限に引き伸ばしていく。

 

(恩を返すためにも、夏侯僥さんを死なせはしない!)

 

明確な思考はそこまでだった。

 

 

 

 

誰もが夏侯僥が斬られることを覚悟した。最早止め得ぬことと思われた。

 

非常に短い、しかしとてつもなく長い一瞬が過ぎ去るその刹那。キン、と甲高い金属音が鳴り響いた。

 

「なっ…」

 

その場にいた者は誰一人としてその瞬間に起こった事象を理解出来なかった。

 

賊の凶刃が夏侯僥に届こうとした次の刹那、その刃は宙を舞っていた。そして。ドサリ、と音を立て、真一文字に斬られ、既に絶命した賊が地に倒れ伏した。

 

一同が呆然としていると、チン、と乾いた音が鳴った。

 

真っ先に我を取り戻した夏侯僥が抜きかけの剣もそのままに声を搾り出す。

 

「い、今のは…一刀がやった…のか?」

 

「……はい…うぷっ…」

 

賊を斬った時は無我夢中だった為考えていなかったことが、怒涛のように一刀に押し寄せた。

 

人を斬ったという事実。斬った時の刀から伝わる肉の感触。初めて奪った命。

 

それらを理解してしまうと、一刀はこみ上げる嘔吐感を退けることが出来なかった。

 

辺りが賊の残党に応戦して騒がしい中、その一帯だけは静寂に包まれていた。時折、一刀の嘔吐する音が聞こえるだけであった。

 

 

 

 

 

残党も殲滅し、軍は落ち着きを取り戻していた。

 

夏侯僥は既に一部部隊に警戒を怠らず賊の拠点を捜索するよう指示を出し、現在ここに残っているのは夏侯僥、一刀、春蘭、秋蘭と護衛として一部精鋭の兵のみ。

 

一刀も時間をかけてようやく落ち着いてきていた。

 

「落ち着いたか?」

 

「…はい、なんとか」

 

「初めのうちは仕方がない。兵たちの多くが通る道だ。しかし、戦場に出る度にそうなっていてはどうしようもない。私がこちらに引きずり込んでおいて何だが、余りに辛ければ文官に専念する道もある。一刀は文官としても十分すぎるほどに優秀だからな」

 

「お言葉はありがたいです。でも、私は拾っていただいた貴方に、そして春蘭、秋蘭に恩を返すためにも、やれることは全部やっていきたいと思っています。これもすぐに乗り越えてみせます」

 

「そうか…」

 

随分と苦しんでいたにも関わらず、一刀の瞳に映る決意は確かなものであった。夏侯僥はそれを感じ取り、それ以上は何も言わないことに決めた。

 

「それはそうと、一刀。さっきのは一体何だ?私達との調練の時にも使っていなかっただろう」

 

「姉者の疑問はここにいる皆が持っているものだ。よければ説明して貰いたいのだが?」

 

春蘭と秋蘭は話の切れ目を見て一刀に先ほどの技について質問する。

 

「今は行軍中だから、この話は後にしよう。街に戻ったら絶対に話すから、今は我慢してくれないかな?」

 

「むぅ、しょうがないな」

 

「確かにそうだな。戻ったらきっと話してもらうぞ、一刀」

 

恐らく話すと長くなると判断した一刀は街に戻ってから話すことにした。それを皆が受け入れ、話が終わったことで、ようやく重々しい空気が霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

その後、何事もなく賊の拠点の捜索を終えると、再び1日をかけて一同は街へと帰還していった。

 

帰還後すぐに夏侯僥は春蘭、秋蘭、一刀を県令室へと呼び、他の者の一時的に禁じた。

 

「さて、あの時のことを説明してくれないか、一刀?」

 

「わかりました」

 

夏侯僥に促され、一刀は語りだした。

 

「あの時に使ったのは私の国で『居合』と呼ばれる技術です」

 

「いあい?それはどのような物なのだ?それに何故私との調練で使わなかったんだ?」

 

「落ち着いて、春蘭。全部話すから。居合とは簡単に言えば抜刀動作で敵を斬ることを目的として発展してきた武術です。元々は突然の敵との遭遇に備えた武術ですので抜刀がそのまま攻撃となるような動作を発展させてきたものです」

 

「だが、一刀、あの速さは信じられないものだったぞ。あれは一体?」

 

「居合には『鞘走り』っていう技術が重要なんだ。詳しい説明は省くけど、鞘を使って剣速を増加させているんだ。秋蘭は弓の早射ちの技術を持ってるけど、原理は全然違うよ」

 

「どこでそのような技術を?」

 

「私の家が剣術道場なのは話したことがありますよね?実はそこで教えている剣術は古流剣術と呼ばれるものです。古流に分類される武術は習得しようとするものが少なく、時代が進むにつれて廃れるもの、途絶えるものが多くありました。ですので、存続を目指す流派が互いに支え合っていることがあるのです。その関係で居合術を伝承されている方に何度か会ったことがあります。その方に教えて頂いたんです」

 

「なるほど…しかし、傍目にも相当の熟練度に見えたぞ?数回ほどの指導でどうにかなるものではないように感じるが…」

 

「……懇切丁寧に教えていただいたので…」

 

秋蘭や夏侯僥の立て続けの質問に澱みなく答えていた一刀が、何故かこの質問とも疑問とも取れる問いかけに言い澱んだ。僅かに会話に間が出来る。その間はすぐに春蘭の声が埋めた。

 

「小難しい話はいいから早く教えてくれ!何故調練で使わなかったのだ?!」

 

「ああ、居合は俺の持ってる刀、日本刀って呼ばれるものなんだけど、それと鞘がないと出来ないんだ。だから抜き身の木剣しか使わない調練では使おうにも使えなかったんだ」

 

「ならば今度その『にほんとう』とやらで私と立ち合え!」

 

「悪いけど、それは出来ないよ、春蘭。居合では手加減は難しい。それに万一にも春蘭に傷を残すことになるようなことはしたくない」

 

「何を軟弱なことを」

 

「止すんだ、姉者。話を聞く限り私たちには理解できない、一刀の国固有の武術だ。その一刀が手加減が難しいと言っているのだから実際そうなのだろう。それに一刀も言っていたが、危険すぎる」

 

尚も食い下がろうとする春蘭の言葉にかぶせるようにして秋蘭が春蘭を諌めた。それに夏侯僥が同意を示す。

 

「そうだな。春蘭、一刀に居合とやらでの立ち合いを求めることを禁ずる。何よりこの条件でなくとも真剣での立ち合いなど許さんぞ。もちろん秋蘭もだ。文句は無いな?」

 

「はい、父上」

 

「むぅ…仕方がない」

 

こうして一刀の居合に関する話し合いは終わった。解散が宣言され、その場は皆そのまま各々の部屋へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

 

夏侯僥は一刀を極秘裡に県令室へと呼び出していた。

 

「昼の話のことなんだが…」

 

県令室の扉は数刻もの間開かれることはなかった…

 

 

 

 

 

 

 

突発的な事とは言え、一度『人を殺める』経験を得た一刀。その後の慣れは早かったと言える。結局3度目の出陣時には一端の副官として遜色無いほどとなっていた。とは言え、人を殺めることに対する罪悪感を完全に拭い去ることはその後も出来なかったのであるが。

 

初出陣以降、一刀が居合を使うことは無かったが、相手は所詮調練もしていない賊。副官としての役割が板についてきてからは春蘭、秋蘭に勝るとも劣らない戦果を上げていた。

 

一刀は基本的に将として戦に赴く春蘭、もしくは秋蘭の補佐として出陣していた。特に暴走しがちな性格の春蘭の補佐に入った時は、実に的確に春蘭に迫ろうとする危険を排除し、かつ春蘭の突進力を殺さないことで隊として絶大な戦果を上げることが度々であった。

 

また、ある時期から夏侯軍は戦による兵の損失が極端に減少していた。一部の者達が言うには、収集されてくる情報の量、精度が共に格段に上がったそうである。情報管理の一端を担っている秋蘭はその理由を夏侯僥に問うたが、夏侯僥は極秘事項として決して話すことはなかった。

 

 

 

 

そのようにして1年半が過ぎた頃。曹操が陳留の刺史に任命された、との報が入る。予てよりの約もあり、夏侯僥はこれを機に春蘭、秋蘭を曹操のもとに送り出した。さらに、実質的に春蘭、秋蘭の副官だった一刀も送り出す。その際、春蘭、秋蘭直属となっていた兵1000、そしてどういう意図なのか夏侯僥の直属の部下から30名を選出してそれも送り出した。

 

 

 

 

 

陳留、玉座の間にて。

 

玉座に座る凛とした少女の前で臣下の礼を取る春蘭、秋蘭の姿があった。

 

「華琳様!夏候元譲、あなた様のお力になる為に馳せ参じました!」

 

「同じく夏候妙才、ここに。本日より私たちは華琳様に絶対の忠誠を誓います」

 

「ふふ、よく来てくれたわ、春蘭、秋蘭。あなた達の活躍は夏候僥殿より聞き及んでいます。これからは私の為にその力を存分に振るいなさい」

 

『はっ!!』

 

「ところで、後ろの男は何者なの?」

 

「この者は私達の副官を務めている者です。一刀」

 

秋蘭に軽く紹介されて促された一刀は秋蘭達と同じように臣下の礼を取ったまま話し出す。

 

「手前、姓名を夏候恩と申します。夏候僥様の命により本日より曹操様に仕えさせて頂きます。曹操様への忠誠の証として我が真名・一刀を受け取って頂きたく存じます」

 

「夏候恩?秋蘭、あなたたちの家にそのような者がいたかしら?」

 

「一刀は2年半ほど前に父上が拾い、迎え入れた養子のようなものです。確かに元々は夏候家の者ではないですが、その能力は保証致します」

 

「そう。あなた達が保証すると言うのなら十分なのでしょうね。わかったわ、あなたの真名を預かります。一刀、これからはこの曹孟徳の下で存分にその力を振るいなさい」

 

「仰せのままに」

 

(なるほど、これが曹操孟徳。圧巻の覇気を放っている。さすが、覇王と呼ばれるだけのことはあるな)

 

曹操が女の子だと知っても一刀は既に驚くことはなかった。それもそのはず、ここまでの2年半である程度聞き及んだこの世界の史実と自分の経験を照らし合わせた結果、一刀の中でこの世界の法則がある程度確立していた。

 

一つ、歴史に残る主要人物が女性となっていることが多い。

 

一つ、主な歴史上の出来事はこの世界でも起こるが、時期や内容がデタラメとなる傾向にある。

 

一つ、言語は日本語、文字は漢文となっていて、言語には訛りすら含まれている。

 

要は三国志を舞台にして日本人にある程度都合がいいように作ったような世界であるということだ。

 

そのため、一刀にとっては曹操の性別はそれほど問題では無く、重要なのは自らが支えようと決めている春蘭、秋蘭にとって仕えるに足る相手であるかどうか。史実を考えればそれほど問題はないだろうとは思っていても、やはりその目で確認することでようやく芯から納得したのであった。

 

 

 

 

 

この日より、春蘭、秋蘭、一刀の三人は曹操に仕えることとなった。

 

仕事内容等は夏候僥の下にいた頃と特に変わらず、平穏と言ってもそれほど差し支えないものであった。

 

しかし、そんな平穏とは裏腹に時代のうねりは緩やかに、しかし止めようのない程に進行していた。

 

そして、一刀達が陳留に移って僅か1年後、大陸に風雲急を告げる事件が起こるのだった。

 


 
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