No.614642

第9話 古城の死闘 - 機動戦士ガンダムOO×FSS

 西暦2365年、地球。
 刹那とミレイナは共に、ミレイナの会社が最近特に贔屓にされているという取引先「ドウター」社の創立記念パーティー会場に来ていた。
 マリナを失い、ELSダブルオークアンタも傷つきGNドライヴが謎の停止状態という非常事態にも関わらず、刹那がパーティーに出席した理由とは……。

2013-08-31 23:54:37 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:1945   閲覧ユーザー数:1930

第9話 古城の死闘 - 機動戦士ガンダムOO×FSS

「それでは今から1時間後に再びこの場所で良いですか?」

「問題ない」

「了解です。それでは私は名刺配りに行ってくるですぅ」

「ああ、戦果を期待しよう」

「セ、じゃなかった。マジリフさんもお気を付けて! ですぅ」

 ミレイナは刹那に一礼をして別れを告げると、パーティーが開催されている会場へと歩んでいった。

 刹那はパーソナルカラーともいえる黄色のスーツに身を包んだミレイナが会場へと続く巨大な扉の向こうに吸い込まれるのを静かに見届けたのだった。

「何年経っても賑やかな場所は俺にはあわない」

 独り言ちると自身も城内の偵察とかこつけて中庭ででも時間を潰すことにした。

 刹那とミレイナはドウター社の創立記念パーティーが開催される古城に足を運んでいた。

 この旧AEU領のライン河の畔に10数世紀以上前に築城された古城は近年まで観光資源のひとつとして地元自治体によって管理運営されていたのだが、老朽化や高額な維持費により泣く泣く競売に出すことになったのだ。

 その後、現在のオーナーであるドウター社が、景観を壊さないように考慮しながらも大幅な増改築を行い自社オフィス兼レクリエーション施設として使用していた。

 今、ソレスタルビーイングはマリナ・イスマイールを失い、ELSダブルオークアンタも傷つきGNドライヴが謎の停止状態という非常事態である。それにも関わらず刹那がパーティーに出席した理由とは、先日シーリン・バフティヤールから見せられた一枚の写真に端を発していた。

 刹那とクアンタの不在の隙を突いて、マリナとシーリンはサタンに襲われたのだ。その際二人の窮地を救ったのが『皇帝陛下』とマリナが呼んでいた人物、それがドウター社のCEO、ファルク・ユーゲントリッヒ・ログナーと良く似ているというのだ。

 だが、事件から少なくとも半世紀近く月日が経っている。ただの人間であれば老いているはずだ。仮にイノベイターであればそれほど容姿が変わらない可能性があるが、刹那達ソレスタルビーイングは誰一人としてイノベイターという範疇に収まるような人物ではないと考えていた。

 この人物がシーリンの話通り半世紀近く前からの暗躍してというのであれば、ドウター社という地球での活動拠点を作りあげ、ミレイナに対して接触を図り、このタイミングで刹那をパーティーに招待する、これら全てが繋がってくるのだ。

 それを確かめるべく刹那とミレイナは、非常事態にも関わらずこうしてパーティー会場へ乗り込んでいたのだ。

 ミレイナがログナーとのアポイントメントを取ってくれたのだが、それにはまだ時間があった。この時間を利用してミレイナは今後の会社発展と出資者を募るためパーティー参加者に営業に出かけてしまった。対して刹那は城を調査するという名目で別行動をとる事にしたのだ。

 刹那は意外に広い城の中庭を歩きながら、ここに来るまでのミレイナとの車中での会話を思い出していた。

 

「ドウター社の主力商品はオートマトンや宇宙航空機だが、どうしてそんな会社がうちに?」

「5年前に見本市に出品したときに、たまたまドウター社も介護用オートマトンを出品していたんです。その時に営業部長であるカーリン営業部長と知り合いになったんです」

 紳士協定のスピードリミッターを遥にぶっちぎる勢いで疾走するミレイナの愛車(RRでおまけにAWDスポーツカー)のフロントガラスには、白いスーツを着た一人の女性が三次元投影されていた。ミレイナの営業担当であるソーニャ・カーリン女史である。

「それで今の取引がはじまったわけか。だが、それほどの技術力があればOEM供給を受けなくても自社開発出来そうなものだが?」

「ドウター社は技術力がありますが、うちの会社のような介護用装具やサポートデバイスを作るだけのノウハウは持っていません。それで商談を持ちかけてきましたです。おかげで販売チャンネルも広がりましたし、それがきっかけで取引先も増えたです。」

 ミレイナの話にあるように、実際にド社との取引が正式にはじまったのは5年前からだった。

 少量の取引からはじまり、やがて大口取引先とかわっていたのだ。また、カーリンの紹介で新規取引先が増えるなどミレイナの会社としても大変良い取引だったのだが……。

「問題はスーパーコンピューター・ドウターとCEOか」

「はいです。まずは同社の社名になっている、自社開発と言われるスーパーコンピューター・ドウター」

「ヴェーダとも違う量子型演算システムか」

「ドウター社の商品開発をする上では欠かせないスーパーコンピューターです。そして今回のヴェーダへの不正アクセス事件も恐らく……」

 先日の、MH(モーターヘッド)・ディスティニーをヴェーダに地球連邦軍所属機として不正登録された問題を追跡していたフェルトとリジェネは、つい先日その足取りの逆探知を完了したのだ。

 世界中の幾つもの踏み台と呼ばれるコンピューターを経由されて不正アクセスされていたが、フェルトとリジェネという最強コンビによって不正アクセスの逆探知に成功。そして、最終的に辿り着いた先がドウター社の所有するスーパーコンピューターであった。

 フロントガラスに投影されていたソーニャ・カーリンの写真が移動すると、隣に男性の写真が映し出される。件のファルク・ユーゲントリッヒ・ログナー社長の写真だ。

「この人がド社のCEOであり、スーパーコンピューター・ドウターを自ら作り上げたと言われています。自社の宇宙航空機のテストパイロットも自ら勤めた程の腕前だとか。あくまで噂ですが、模擬戦で最新型ブレイヴを堕としたらしいです。まさにスーパーCEOですぅ」

「ミレイナは会った事があるのか?」

「ログナー社長とは私も会ったことがありません。カーリン営業部長にはアポを頼んでおきましたので今日のパーティーで会うことが出来ると思います。果たしてバフティヤールさん達の前に現れた騎士というのはログナー社長なのでしょうか?」

「可能性は高い。40年前以上の記憶だから見間違いかもしれないと言っていたが、彼女に限ってありえない話だ」

「セイエイさん、こんな時にELSダブルオークアンタが使えないのは厳しいです」

「いや、今日はあくまでも『対話』が目的だ。それに、もし予想通りMH・ディスティーを所有していた場合、クアンタでは歯が立たない。それにヴェーダにも資料がなかった可変MH、マリナとシーリンを救ったという白いMHも気になる。」

「確かにMHを最低3騎は所有している可能性もありますぅ」

「だが、ディスティニーのパイロットは俺に『今は敵ではない』と言っていた。それならば『対話』は可能かもしれないと俺は考える」

「……よろしくお願いしますぅ」

 

 刹那の意識は古城のパーティー会場へと戻るのだが、言葉に出来ない違和感を持ち続けていた。

「ファルク・ユーゲントリッヒ・ログナー。なぜ俺とELSはこの男を見た時から震えている?」

 刹那とELSは武者震いなのかわからないが不思議な違和感に襲われていた。とりあえず今は中庭に設けられたパラソル付きのテーブルに腰をおろすことにした。

 ここからなら会場となっている建物の喧噪も伝わってこない。刹那以外にも喧噪から逃れてきたのか、それとも一時休憩なのかわからないが、同様に席に付いている招待客の姿が散見出来た。

 大きく溜息をつくと今頃あの中で必死に名刺を配っているミレイナの事を思った。ELSダブルオークアンタの修理や改修以前に会社を存続させ社員の雇用を守っていく必要がある。そのためには利益を出して会社を発展させていかなければならない。それが社長の努めである。

「社長業も大変だな。ティエリアはどう思っているんだか……」

 遠い宇宙の海原へと再び出かけていった友を思い出しては独り言ちると、今一度城内を見渡し警備状況について整理してみる事にした。

 実は刹那が陣取ったこの場所は怪しまれずに建物全体を監視するには絶好のポジションであったのだ。

「この城は改築後の見取り図すらヴェーダのデータには一切無かった。ここは慎重に行動する必要があるな」

 中古物件とはいえ格式高い城だ。アザディスタンのそれとは違う西洋式の作りで、現在のオーナーであるログナーにより随所に手を入れられていた。

「自立浮遊型の監視ロボットか。厄介だな」

 インジェクター。ド社が開発した自立浮遊型監視システムの一つである。空中で制止、巡回、自由飛行が可能な監視ロボットだ。V字型の独特のシルエットを持つ。

 今日は招待客に威圧感を感じないようにロービジ化されているが、城の要所要所に配備されているのを刹那は見逃さなかった。

「そして城の地下、何かあるな? まさか……!?」

 実は中庭を散策しながら城内の監視システムに気づかれないように刹那は触っていたのだ。いや、仮に触っているところを見られたとしても単に人が城の壁やドアノブに触っているようにしか見えないだろう。元が偽装されているのだから。

 だが、これには重大な意味があった。機械部分を刹那が触る事により同化しているELS達がシステムへの侵食を試みたのだ。あまり長時間その場に留まると警備員に咎められる危険性があったため最深部までは調査出来なかったが、城の地下方向にも大量のケーブルが延びている事がわかった。地下施設があるとみて、まず間違いないだろう。

「ミレイナとの待ち合わせまで、まだ時間はあるな。どうする?」

 

「我が社の城は気に入って頂けたかしら?」

 その時、不意に声をかけられた。刹那は気配を察する事が出来なかった。

「(誰だ!?)」

 刹那は声の主を確認するが、座っている位置からでは逆光になってしまい相手の顔を見る事が出来ない。

「ごめんなさい。眩しかったかしら?」

 声の主は立ち位置をかえると、屈むようにパラソルの中に入ってきた。

「よろしければ、相席をお願いできる?」

 それは若い女性であった。刹那の目には白いドレスに蒼い髪の毛が良く栄えて映った。

 だが、瞬きをした次の瞬間、栗毛の少女として映っていた。

「(今のは目の錯覚か!?)」

「私の顔に何かついていますか?」

 短時間だが少女の顔を見つめすぎていたようだ。少女は首を傾げると問いかけた。

「これは失礼しました。どうぞ、構いません」

 刹那はすぐさまソレスタルビーイングの工作員としての仮面を被り、目の前の少女に慎重に受け答えをはじめた。少女は感謝の言葉を述べると共に同じテーブルに腰をおろした。

「ここは一番良く城が見える場所なので私も好きなの」

 誰に聞かれるでも無く、少女は城を見ながら語りはじめた。少女からは不思議な「気品」が漂ってくる。

「(俺はどこかでこの少女に会っている気がする……)城が好きなのですか?」

「ええ。この城を見ていると時々遠い故郷の城を思い出すのです。宝石箱のように沢山の思い出の詰まった城でした」

 少女は少しだけ悲しい表情を見せたがすぐに刹那に微笑むようにこたえた。

「(まるでどこか遠く、遙か彼方を見つめていたような目をしていたが……。この少女は何者だ?)」

 少女は向き直るとまっすぐ刹那に正対した。

「それで貴方の答えは決まったかしら? 今日は貴方の回答を聞きに来たのよ」

「答え……!?」

 刹那は思考を巡らす。次の瞬間、刹那の思考と融合しているELSが同時に少女の正体を導き出した。

「……ラキシス!」

「はじめまして。いいえ、お久しぶりと言った方がよろしいかしら? 刹那・F・セイエイさん。私がラキシスです」

 驚愕する刹那とは対照的に満面の笑みでラキシスは挨拶をするのだった。

 

 その頃、ミレイナも窮地に立たされていた。予想外の人物と遭遇したからだ。

「今日はお忙しい中、ようこそおいで下さいました。」

「こ、こちらこそ、本日はお招き頂きありがとうございます。ファルク・ユーゲントリッヒ・ログナー社長。」

「姫様、クリームソーダを2つお持ちしました」

 空より蒼いメイド服に身を包んだメイドが二人の座るテーブルに飲み物を運んできた。

 突如現れたラキシスに刹那もELSも身構えたのだがおかげで刹那達のテーブルだけ不穏な空気に包まれてしまったのだ。

 が、そんな空気を打破するためか城のメイドがメニューを持って現れたのだ。

「あと、大福は売り切れましたのでそれ以外でお願いします」

「(……司令の大福なんて誰も怖くて食べません)それじゃあ、クリームソーダ2つ! 刹那さんも、それで良いよね!」

「畏まりました」

 刹那が一言も口を挟む前に全て事が終わってしまった。そして、こうして刹那とラキシスの目の前にクリームソーダが運ばれてきたわけだ。

 さて、このメイド。白いエプロンと蒼いメイド服のコントラストが美しさを際立たせていたのだが、今の刹那にはその人間離れしたメイドの美貌に気がつく余裕はなかった。目の前の、端から見れば単なる可憐な少女に先ほどから一時も目が離せなかったからだ。もし、その美貌に気がついていたのなら自分達が置かれている状況に気がつく事が出来たかもしれない。

「ラキシス……さん、でいいか?」

「はい?」

今の俺(・・・)はカマル・マジリフだ。招待状でもそうなっていたはずだが?」

「……あ、あ、あ~。ごめんなさい」

 ラキシスも失念していた。目の前の男が地球ではどういう扱いの人間なのか。

 カマル・マジリフとして招待したのはラキシス達だ。それなのに刹那・F・セイエイと言ってしまっては元も子もない。

「いや、周りにそれらしい人間(・・)は見当たらないようだから大丈夫だが、注意して欲しい」

 ドウター社は政府や軍にも納入している。そのため今日のパーティーにも呼ばれている可能性があるのだ。これも刹那が会場に出入りしたくない理由の1つでもあった。刹那の顔を知っている要人は少ないと思うが念のためだ。

「わ、わかりました。では、冷たいうちに召し上がりましょう。せつ、ではなかった。カマルさん」

 うっかり刹那のコードネームをフルネームで口に出したのがバツが悪かったのかラキシスも招待状に書かれていた生である「カマル・マジリフ」で呼んでいた。

「……わかった。だが、カマルでいい。」

「わかりました。私もラキシスでお願いします」

 一緒に運ばれてきたスプーンを手に取ると、ソーダ水にプカプカと浮かぶアイスに突き刺す。

「う~ん、このアイス美味しいですね。カマルも食べて食べて」

「ああ」

 ややオーバーアクション気味のラキシスであったが、刹那はその仕草は嫌いになれなかった。何か微笑ましいのだ。

 それにしても、いつもの刹那であればこの場でクリームソーダなど食べないだろう。しかし、目の前のラキシスに誘われると何故か断る事が出来ない。

「(まるで、マリナの相手をしているようだな)」

 一瞬、刹那の目にはラキシスとマリナが重なって見えた。刹那とマリナ、そしてシーリンとお忍びでカフェに行っては、こうして食べた事もあった。老婆二人をエスコートする立派な若者という図は周りを和ませたが、刹那からしてみればほぼ同年代の茶飲み友達と一緒にカフェとしか思っていなかったわけだが。

「(それにしても……)」

 イオリアの記録には、恐るべきMH、ディスティニーの専属パイロットなのが、今、刹那の目の前でアイスの冷たさに頭を抑えているラキシスなのある。

「大丈夫か? そんなに急いで食べるから頭が痛くなるんだ」

「いたたた、だ、大丈夫ですから」

 またもや溜息が出た。繰り返すが、ELSダブルオークアンタでも歯が立たないと思われるディスティニーの専属パイロットがアイスの食べ過ぎで頭を抑えている少女なのである。

 

「ティータ、うちの姫様は何が目的なんだ?」

「……なんなんでしょうね?」

 そんな刹那とラキシスを城の監視塔から一部始終見ていた一組の男女も頭を抱えていた。

 女性の方は先ほど刹那とラキシスにソーダを運んだメイドである。

「イエッタ様には報告は?」

「すでにお伝えしてあります」

 相変わらず仕事の速いパートナーにだまって頷くと、無精ひげが生えはじめた顎を触りながら眼下でラキシスの対応に追われる刹那の様子を伺っていた。

「イエッタ様からの情報によると、ログナー司令もミレイナ・ヴァスティ様と遭遇されたようです」

「ほう、あのMSマイスターのヴァスティ社長か。うまく交渉がまとまればいいがな」

「はい。うまくいけばあの子(・・・)達のメンテナンスも可能かもしれませんね」

「しかし、地球(ここ)にはマイスターがいないとはいえ、陛下の許可無く最高機密である、うん?」

 監視対象の二人が行動を起こしたのはその時であった。ラキシスに促されて刹那と移動を開始したのだ。

「ティータ、イエッタ様に報告。姫様が動き始めた、とな」

「マスターはどうします?」

「俺はこのまま二人を尾行する。もしもの時は俺が姫様を止めるさ」

「イエス、マスター。ご武運を」

 蒼いメイド服に身を包んだ女性は招待客に気がつかれないように10メートル以上ある監視塔から易々と飛び降りると城の中に姿を消した。

「ご武運を、と言われても私に姫様を止める事が果たして出来るのか?」

 

 その頃、ミレイナは緊張した面持ちで目の前の長身の人物と立ち話を続けていた。2m軽く超すログナーとミレイナでは大人と子供ほどの身長差である。

 事実、ミレイナは見上げるような格好で接している。

「カーリン部長から噂は伺っていましたが、本当に背が高いんですね。おまけに、写真で見るより実物はカッコイイですぅ」

 その威風堂々とした立ち振る舞いはミレイナも感心していた。社長と言うよりもまるで王侯貴族のような風格だからだ。比べては悪いが、マリナとはまるでタイプが違うエレガントな振る舞いであった。

「そう言って頂けると悪い気はしませんな。私もカーリンより、ヴァスティ社長について良く話を伺っていました」

「あら、それはどんな話ですぅ?」

「才色兼備と伺っていましたが、まったくもって噂に違わぬ容姿でお美しい」

「それは半分セクハラですぅ。でも、お褒めていただいて光栄です」

 一通り気になる取引との面談を終えたミレイナであったが、不意にも単独でログナーと一対一で遭遇することになってしまった。

 二人で笑いながらセクハラ発言を軽くいなすと、好い加減疲れてきた首をさすりながら刹那に援軍を求める方法を考えていた。

「ミレイナ社長、今日はお二人と聞いていましたが? 確かカマル・マジリフ氏が一緒だと伺っていましたが?」

「え!? ええ、カマルは今ちょっとだけ席を外しています。呼びましょうか?」

「いや、この後アポを取られているとカーリンから伺っております。どんな青年(・・)か今から会うのが楽しみです」

「はあ」

 増援を呼ぶ千載一遇のチャンスであったが、ここでミレイナは引っかかる事があった。

「ログナー社長は、うちの(・・・)マジリフを御存知なのですか?」

「……いいえ。カーリンから御社に好青年が居ると聞いたものですから」

 ミレイナにはその返事で十分だった。顔色ひとつ変えずに否定するログナーに逆に不信感を通り越して確信にかわったからだ。

 こういう時は乙女のカンが冴えるものだ。

「(ログナー社長はやっぱりセイエイさんを知っているのは間違いないです。でも、どこで?)社長は弊社のエンジニア兼テスト要員でしかない彼をどうして、そこまで?」

「ふむ、鋭い質問です。実はこれは後でマジリフ氏とうちのカーリンが揃った時に是非ご相談したい案件に関わる事です」

案件(ビジネス)ですか?」

 ミレイナもログナーが中々の役者である事は気がついていた。こちらの正体を一切合切お見通し済なのだろう。狙いは刹那なのは間違いないのだが、その目的を計りかねていた。

「(ここはセイエイさんに何が何でも連絡して)」

 ハンドバックの中の通信デバイスに手を伸ばそうとしたその時、ログナーの元にミレイナの良く知る女性がやってきた。

「カーリン部長!?」

「ヴァスティ社長、今日はようこそおいで下さいました」

 担当営業のソーニャ・カーリンである。だが、様子が変だ。

 ミレイナにはその軽く会釈をしたカーリンの表情がやや強張っていたことを見逃さなかった。

 ログナーもピンと来たのか、上体を傾けカーリンは耳を貸した。

「……姫が……エイ様と……、それで……サリス公……」

 一通り報告が終わったのかログナーが再び上体を起こすと大きな手でミレイナの両肩をがっちり掴んだ。完全にセクハラである。

「はい!?」

 ミレイナは思わず素っ頓狂な声を出してしまったのだが、側に居たカーリンの眉毛が僅かに動いた事に二人は気がつかなかった。

「ヴァスティ社長、緊急の用事で少しだけ席を外さないといけなくなりました。また後ほどお目にかかりたいと思いますがよろしいかな? それまでの間、カーリンがお相手いたします」

「え、ええ!? 私は構いませんけど」

「それは助かります。それではカーリン。ヴァスティ社長のエスコートを頼む。それと例の案件をヴァスティ社長に」

「畏まりました。」

 ログナーは一礼を行うと足早に会場を後にした。ミレイナとカーリンはその後ろ姿を見届けるしかなかった。

「ヴァスティ社長。アポの時間には少し早いですが部屋をご用意してありますので、そちらで少し休憩されませんか。冷たい飲み物もご用意させますわ」

「それはありがたいです。是非、お願いします。(とりあえず、セイエイさんと連絡を取って呼び戻すです。カーリン部長と二人っきりはなのは嫌な予感がするですぅ)」

 だが、無情にも再び乙女のカンは当たってしまうのであった。

 刹那はラキシスに連れ出され城の中庭から城壁の外に遊歩道を歩いた。ミレイナとの合流時間も気になる所であったため、すぐに城に戻れる事を条件に外に出たのだ。

 城の喧噪を後に木漏れ日の中を二人は歩を進める。

「そう、イオリアさんに私とディスティニーの情報を伝えていたわね」

「何故イオリアに自分の秘密をあかした? そしてどうして再び地球に戻ってきた」

 先ほどの中庭とは口調も振る舞いも異なるラキシスがそこにはいた。その後ろを歩く刹那が彼女に問いかけるが、振り向きもせずこたえていた。

「そうね、彼がこの(・・)地球での私の協力者だったから話をしたまで」

「協力者? それはどういうことだ!?」

「言葉の通りよ。彼がいなければ私は再び宇宙(そら)に帰ることが出来なかったの」

 ラキシスは振り返ると刹那の目を見つめた。

「イオリアさん程の人なら、いずれMH(究極の殺戮兵器)もしくはそれに匹敵する兵器を開発できたはず。でも、彼はGNドライヴとガンダムを作った」

「GNドライヴもガンダムも知っているのか?」

「いいえ、私が知ったのはつい最近この地球に戻ってきてから。貴方がELSとの対話で地球を留守にしている時に戻ってきたの。ううん、呼び寄せられたと言った方が正しいかしら」

「呼び寄せられた? 一体誰に!?」

「カマル・マジリフ。いいえ、刹那・F・セイエイ。貴方について私も少し調べてみました。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターであり、人類初のイノベイター。51年前、ELS大戦時にELSと対話を試みてELSの侵攻を食い止めた男。ELSとの対話のため自らもELSと同化した元人間。マリナ・イスマイールの思い人であり、彼女の騎士」

「……何が言いたい」

「(長い年月をかけて少しだけ女心が理解できるようになった男)」

 プイッとラキシスは再び刹那に背を向けると歩き出した。

「刹那さん。やはり、マリナ・イスマイールを救いたい気持ちは今も変わりませんか」

「勿論だ。マリナは俺を助けるため命を落とした。マリナはどこにいる!?」

「……ジョーカー太陽星団。恐らく、間違いないでしょう」

「やはり。……ラキシス。君は反対なのか?」

 ピタリとラキシスは歩みを止めるが今度は振り返らなかった。

「勿論よ」

 吐き捨てるようにラキシスは言い放ったが、刹那はラキシスから僅かながら悲しい感情の脳量子波を感じ取っていた。

「だが、俺は行かないといけない」

「それは私もわかっている。でも!」

 振り向きざまに刹那に詰め寄るが、その目には悲しみが籠められているようにもみえた。

「私は貴方を死なせたくはないの。この(・・)地球で死んで良い人間では無いわ」

 トンっと無言で刹那を突き放すとゆっくりと後ろに下がった。

「だいたいMS一機で何が出来るの!? MH相手にも満足に太刀打ちできないのに、ましてサタンも相手にしないといけないのよ。無謀だわ」

 今まで心の中に溜め込んでいた気持ちを吐き出すようにラキシスは言い放った。しかし、そこまで言うと今度は大きく溜息をついたのだった。

 ラキシスも経験上、目の前のような男は、そんなことを言っても通用しない事はわかっていた。それでも言わずにはいられなかった。

「それなら、それなら! 賭けをしましょう。刹那・F・セイエイ」

「賭け?」

「そう、賭け。貴方にはこれから私の部下と模擬戦を行ってもらいます。模擬戦に勝つ事が出来たら、私は貴方の意志を尊重します」

「模擬戦だと!?」

「ええ。生身での一騎討ちです。超一流の騎士が相手です」

騎士(ヘッドライナー)か」

 刹那は考えた。

 今回のパーティー出席にあたり対騎士戦のシミュレーションは一応(・・)はヴェーダで行っていたが結果は散々であった。

 対ラキシスでは勝てる可能性は現状ではほぼゼロに近いというのがヴェーダの答えだ。

 だが、その部下となった場合どうかである。ラキシスほどの人間を警護する部下となれば侮れない相手なのは間違いない。勝率はやはり1%にも満たない恐れもある。

「この一騎討ちを辞退しても誰も貴方を責める人はいないでしょう。地球上で騎士に勝てる人間は存在しません」

 その時、同化しているELS達が刹那に何か囁きはじめた。

「(わかった。お前達の協力に感謝する)ラキシス、その申し出を受けよう」

「……やっぱり、ね。本当に貴方は馬鹿ね。貴方がジョーカー太陽星団で通用しないことをその身に叩き込んであげるわ」

 予想していたとはいえ刹那の返事にラキシスは多少の苛立ちを感じた。このタイプの男は実力でわからせるしかないからだ。

「それでは相手はどこだ。後ろの奴か?」

 刹那の発言にラキシスは目を丸くした。城から自分と刹那が尾行されていたことに気がついていたからだ。

「驚いたわ。貴方も尾行に気がついていたのね。……そういうわけで盗み聞きは悪趣味ですよ? クリサリス公」

「これは参りましたな、姫様」

 刹那が振り返ると、大木の後ろから一人の紳士が姿を現した。

「君が刹那・F・セイエイだな。こうして会うのは初めてだが」

 白いスーツの紳士は刹那の前に立ちはだかると静かな口調で語りかけた。

「以前どこかで会ったことが? ……あの時のパイロットか!?」

「覚えておいていただいて光栄だね」

 彼こそがサタンとの戦いで傷ついたELSダブルオークアンタとMHディスティニーを曳航した可変MHのパイロットである。

「私の名前はカーレル・クリサリス。よろしく、刹那・F・セイエイ」

「あの時、曳航してくれなければ少々面倒なことになっていた。それにマリナの国葬にも間に合わなかった。本当に助かった、ありがとう」

 軽く頭を下げる刹那の態度に、ラキシスとカーレルはそれは刹那の本心と感じていた。

「礼には及ばないさ。さて、姫様」

 刹那を挟んでラキシスに問いかける。

「なんでしょうか、クリサリス公」

「模擬戦の相手、ですが。私は辞退させていただきます」

「……ええ。模擬戦の相手は予定通り司令にお願いして貰います」

 実はラキシスにとってこれは計算外の出来事であった。

 元々模擬戦の相手は、この城の主であるログナーが請け負う事になっていた。しかし、あのログナーなら模擬戦で何か手を加える恐れがある。そこで、刹那を連れ出せば当然のようにお目付役も付いてくるはずだと考えていた。

 それを逆手にとってログナーの代わりを務めさせようと計画したのだった。ログナーは勿論の事、イノベイターといえども騎士どころか、姉達にも手も足も出ないはずだからだ。

 それに、もしお目付役(・・・・)が付いてこなかった場合、最終的には自分自身が刹那と戦えば良い。

 だが、いずれのプランも放棄することになってしまう。それは刹那が騎士であるカーレルの気配を感じ取り尾行に気がついてしまったからだ。これでは刹那の評価を改めるざるをえない。

「司令とは?」

 刹那がラキシスに問いかけた。

「この城の主。ファルク・ユーゲントリッヒ・ログナーです」

「ええ、わかりました。ヴァスティ社長に伝えます」

 カーリンは応接室に備え付けられた電話でどこかと連絡を取っていた。

 ミレイナには会話の内容は聞こえなかったが、その後ろ姿から次の訪れる事態に備えて考えていた。

「(セイエイさんと連絡が取れないです! 脳量子波が使えないのは、こんな時困るです)」

 応接室のソファーに座りながら何度も携帯端末から刹那を呼び出すが、刹那の携帯端末に通信そのものが出来ないでいた。

「(もしかして、この建物全体に何らかの限定的な電子妨害装置が設置されている!?)」

 そのカンは正しかった。結界(・・)と言われるジャミングが働いているのだが、ミレイナはまだこの時点では知る由もない。

「ヴァスティ社長お待たせいたしました」

 表情には決して出さないがミレイナは焦っていた。

 普段であればお得意先の営業担当者であるソーニャ・カーリンと二人っきりになるのは別段問題がない。

 他愛もない話からプライベートの話でも何でもこいだ。それだけミレイナはソーニャ・カーリンという女性を信用していた。

 だが、今日は事情が違う。MHを運用している組織の一員としての疑いがあり、まして今はその相手の懐にいるのだ。頼みの刹那も連絡が付かない。刹那に限って命の心配はないと思うが……。

「ヴァスティ社長、どうされました?」

「い、いいえ。ちょっとうちのマジリフと連絡が取れないモノですから、どこかで迷子になっていないかな~? って心配していました」

「それなら大丈夫ですよ」

「は?」

 ミレイナは首を傾げるが、カーリンは優しい笑みでこたえた。

「カマル・マジリフ様ですが、先ほど社長と会ったそうです。それで今は一緒に城の中を見学しているそうです」

「マジリフは、ログナー社長とご一緒なんですか!?」

「はい。今の内線はその連絡でしたわ」

 寝耳に水のミレイナと対照的に先ほどと同じく落ち着いてカーリンはこたえる。一瞬ホッとするミレイナであったが、何か腑に落ちない違和感があった。

「それで、ヴァスティ社長。今後の新たなビジネスについてご相談があるのですがお時間は大丈夫ですか?」

 

 ミレイナとカーリンは城のエレベーターで地下を目指していた。

 時間は少しだけ遡る。

「新たなビジネス?」

「はい。ヴァスティ社長にメンテナンスをお願いしたい機体がありますの」

「機体、ですか? それはどのような機体です?」

 ミレイナは首を傾げた。航空機開発を行える技術力を持った会社でメンテナンスが出来ない機体などあるのだろうか? 何かの冗談かと思っていたが、カーリンの口から次の言葉出てきたとき状況は変わった。

「大きさは全長15メートル程度の副座型ロボットです。MSにサイズは似ていますが、我々の機体はGNドライヴではなく、外燃焼機関により稼働します。当社ではこれらのロボットを電気騎士と呼称しておりまして今回、これらの機体のオーバーホールをヴァスティ社長にお願いしたいと、ログナーからお願いがありました」

「で、電気騎士ですか!?」

 ミレイナはそこで言葉が詰まってしまった。電気騎士、その言葉はヴェーダにも記録されていたからだ。MHの別称として。

「(ずばりストレートで来たですね、これは完全に私達の正体を知っているですぅ。って、セイエイさんが危ない!?)」

「どうしました、ヴァスティ社長」

 あっけらかんと、今度はカーリンが首を傾げる。

「い、いやですねぇ、我が社のような零細企業が大型ロボットのメンテナンスは業務範囲外ですぅ。って、それ軍事用ではないですか?」

 ミレイナは目の前の女性が何を考えているのか理解できなかった。明らかにこちらの正体を知っているのだろうが、MHのメンテナンスを頼みたいとストレートに言ってきたのが理解できないのだ。

「確かに会社同士としては難しいでしょうが、我々はソレスタルビーイングのプロフェッサー、ミレイナ・ヴァスティに仕事を依頼していますの」

 

 先ほどまで応接室でのやりとりを思い出していたが、不意にエレベーターが止まり静かに扉が開いた。そこは今までとは違い薄暗いエレベータホールだった。奥に通じる通路が一本だけ通っている。

「この奥になります」

 カーリンはミレイナに降りるように促す。

 あの後、呆気にとられたミレイナは碌な反論も反抗もすることもせずカーリンに言われるままエレベーターに乗ったのだ。

 だが、これは諦めではない。相手がこちらの正体も、恐らく目的も知っているのなら、いっそのこと懐に飛び込んでチャンスを伺う方が良いと判断したからだ。

「ソーニャ・カーリン、貴女は私がソレスタルビーイングのメンバーだから近づいたの?」

「いいえ、違います」

「それでは、カマル、いいえ、刹那・F・セイエイが目的ですか?」

「いいえ、それも違います。」

「ではいったい何です!? まさか純粋にビジネスパートナーを目的としていたわけではないですよね!?」

「半分はその通りです」

「半分って……、それでは残りの半分は!?」

「ヴァスティ社長、この奥に残り半分の理由があります」

 ニコッとカーリンは微笑むと、再度エレベーターから降りるように促した。

 非常灯だけが灯された通路をカーリンが先頭に歩く。途中、幾つかのセキュリティゲートがあったからだ。

「ヴァスティ社長、刹那さんの身の安全は私達が保証します」

「そうでなければ困ります」

 刹那が人質に取られている今、内心穏やかではないミレイナであったが対照的にカーリンはどこまでも落ち着いていた。

「この扉の奥に、電機騎士と残り半分の理由があります」

 今までのセキュリティゲートよりも、より頑丈そうな扉が行く手を阻んだ。

「この扉の向こうに……」

 カーリンは最後のセキュリティを解除した。何重にも重なった扉が開いていくと、その隙間から光が漏れてきた。

「(この強烈な光は何です!?)」

「では、プロフェッサー・ヴァスティ、参りましょう」

 ミレイナはついに格納庫に足を踏み入れると、強烈な光の正体に驚愕した。

「うそ、装甲自体が発光しているなんて……格好良すぎですぅ」

 全長15m以上の巨人の装甲全体が黄金色に輝いていたからだ。ミレイナの人生に於いて、様々なMSやMAを見てきたが、一機たりとも装甲自体が輝くなんていうギミックを持つ機体はなかった。

 父イアンからソレスタルビーイングを壊滅に追いやった黄金色のMSについて資料を渡され目を通したことあったが、それと目の前の巨人ではスケールも輝きも迫力も格好良さも何もかも雲泥の差だ。

「(もし、パパが生前これをみていたら、絶対このギミックを入れちゃうです)」

 その横で顔に手を当てながらカーリンは呆れていた。ミレイナにではなく光源の正体となっている電機騎士にだ。

「(エンジンを切った状態でここまで発光させるなんて、ちょっと気合いを入れ過ぎよ、KOG)」

 カーレル・クリサリスは目の前の状況をつぶさに観察していた。

 ここは城の地下にあるシェルターである。

 51年前のELS襲来時を契機に、古城のような観光施設であっても一定以上の規模の建物は、地下シェルターの建設が義務づけられたのだ。この建設コストと維持費が地元自治体が城を手放さなくてはならない原因の1つでもあった。

 その壁はEカーボンの複合装甲で爆弾処理施設並みの堅牢さも兼ね備えている。地下シェルターの建設を隠れ蓑に刹那の読み通りこの城には更に地下があった。それがミレイナとカーリンが訪れているMH地下格納庫である。

 皮肉な事に、この地球外生命体の襲来に備えて開発された地下シェルターには今は刹那を除くと他は全員地球外生命体しかいなかった。

 運動場のように広大なシェルター中央部には、ラキシスに連れてこられた刹那とログナーが、そしてカーレル達は少し離れ場所で壁を背にして観察していたのだった。

 

「マスター?」

 蒼いメイド服に身を包んだ女性が、先ほどから目の前の事態を心配そうに見守るカーレルが気になっていた。

「ティータ、どうやら我々がこの世界に来た理由がわかるかもしれん」

「マスター、それは?」

「ログナー司令は我々よりも先にこの星で活動を行っていた。そして行方不明だった姫様までもこの星にいる。我々だけが今回の事件は蚊帳の外だったが、彼が現れた事でこの謎は解けるかもしれん」

「刹那・F・セイエイ様ですね」

「そうだ」

 カーレルに付き添う女性、その名はティータ。ある時は城のメイド、ある時は主カーレルと共にシーリン・バフティヤールの守護者となったこともあった。

 そんな彼女の正体は恐るべきMHをコントロールする生体演算装置のファティマである。

 その美貌は地球人には異様とも思えるぐらい美しいモノであり、外見は何ら普通の成人女性と違わない。せいぜい頭部にMHと通信を行うためのヘッドコンデンサといわれる通信装置が取り付けられている位である。

「マスター、実は先ほどこんな事が……」

「どうした?」

 

 ミレイナが地下格納庫でディスティニーと遭遇するよりも少しだけ時系列は遡る。

 ログナーはミレイナをカーリンに託すと足早に城の裏門に向かっていた。ある男を出向かいに行く必要があったからだ。

「姫が城の外に連れ出すのは計算外だったが、とりあえずは大丈夫なんだな? ティータ」

「はい、マスターが姫様とセイエイ様を監視しています」

 ログナーの後ろを歩くティータがそうこたえた。

「クリサリスに刹那の相手をさせるのは絶対避けないといけない」

「どうしてですか? マスターなら適当に手加減すると思いますが?」

「ティータ、逆だ。刹那相手に手加減は無用だ。奴にはバスターランチャーを叩き込む位が丁度良いんだ」

「はい?」

 その後、裏門でログナーは刹那、ラキシス、カーレルの三人と合流したのだった。

 

「ログナー司令はそんな事を言っていたのか。司令流の冗談だと思いたいがな」

「マスター、やはりログナー司令は以前から刹那様を知っているのではないでしょうか?」

「……それは私にもわからないが、確かに先ほどの裏門での二人の態度。あれは異常だ」

 

 カーレルはティータからの連絡でログナーがこちらに向かっている事を知ったため、ラキシスと刹那に裏門で待つように提案していた。

「ラキシス教えて欲しい。ログナー社長、いやログナー司令は何年前から地球で活動しているんだ?」

「地球での活動? 私も聞いた事があるけど、機密事項ということで教えてくれないの」

 肩を竦めながらラキシスは返答した。その二人のやりとりをカーレルは奇妙に思った。

「(司令は姫様にも機密で通していたのか……。これはどういう事なんだ?)」

「やはり、直接本人に尋ねるのが間違いないようだな。聞かなければならない事は山ほどある」

「刹那、司令がどうかしたの?」

 首を傾げるラキシスであったが、どうやらマリナとシーリンを助けた事は知らない様子であった。

「姫様、刹那君、司令がお見えになったぞ」

 白いスーツを身に纏った長身の男性と、蒼いメイド服の女性が現れたのはその時であった。

「(この男がログナー!?)」

 はじめてログナーと出会ったはずの刹那とELSであったのだが、ログナーの顔を見た瞬間に山ほどあったはずの『聞かなければいけない事』が頭からすっぽりと抜け落ちてしまった。いや、抜け落ちたと言うよりも真っ白になったというのが近いだろう。そして、刹那の肉体も同化しているELS達も本能的に危険を察知した。

「俺はソレスタルビーイングのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイ」

 開口一番の刹那の言葉がそれだった。

「私はF.E.M.C.(ファースト・イースター・ミラージュ・コーア)総司令、A.K.D.総司令、バビロン国王ファルク・ユーゲントリッヒ・ログナーだ。今日はようこそ、我が城へ。刹那・F・セイエイ」

「(ちょ、ちょっと二人とも!? 落ち着いて!)」

 言葉だけは一見普通の挨拶にみえたが、二人の周りの空気が変わった事にラキシス以下カーレル達も肝を冷やした。まるで、これから一騎打ちを始める戦場の空気そのものだったからだ。

 慌てたラキシスがその場を取り繕い、本来の模擬戦会場として用意しておいたこの地下シェルターに二人を移動させたのだが、もう少し時間が延びれば、そこが戦場になっていたかもしれない程、場の空気は最悪だった。

 

「それにしても司令を相手に真っ正面から対峙するとは……。いやはや、彼は怖い物知らずの愚か者か、それとも大物なのか」

 事実、ログナーを前にしたら凄腕の騎士であってもガチガチに身体を強張らせて回れ右して逃げていくほどだからだ。

 それなのに……。カーレルとティータは先ほどの光景を思い出しながらお互いの顔を見やった。

「マスター。それは、間もなく明らかになります」

「うむ、そのとおりだな」

 ここで、中央で二人の騎士を押さえつけているラキシスが手を振ってきた。間もなく模擬戦が始める合図であった。

「マスター、そろそろお手伝いに行ってきます」

「ああ、しっかり頼むぞ」

 ティータを見送るとカーレルは独り言ちた。

「私は何故か彼が後者であって欲しいと思ってしまうのだが……。どうして騎士でもない只の人間に期待してしまうのだろうか?」

 

 シェルターの中央には、刹那、ラキシスそしてログナーの三人が集っていた。

 刹那とログナーはラキシスを挟んで模擬戦について説明を受けているところだった。

「以上が模擬戦のルールになります。それで宜しいですね?」

「俺は構わない」

「私もそれで構いません」

 刹那は目の前の長身の男、ログナーを見上げながら答えた。

 先ほど地上で少し言葉を交わした程度なのだが、ログナーの素性を全く知らないはずなのだが、長年の戦士とのしてのカンから来るのか本人達もわからないが危険信号を発していた。この男は最強最悪だと。

 刹那も単なる模擬戦とは考えていない。これは生きるか死ぬかの『対話』と考えていた。

「(この方法でどこまで通用するだろうか)」

 刹那はELSと対話を行い自己の再構成を依頼していた。ログナーと戦うために刹那が選んだ方法とは……。

「刹那・F・セイエイ、あなたは怖くはないのですか?」

 実はルールの説明をしながら、この模擬戦を持ちかけたラキシス自身が段々心細くなっていた。裏門で二人を会わせてから予想外の雲行きの悪さが拍車をかけている。

「何がだ?」

「ログナー司令と戦う事です」

「確かに怖い」

 あっさりと認めた刹那に、何故だかラキシスはホッとした。

「そ、そうでしょうね。それが普通です」

「いや、俺は負けてしまう事の方が怖い。だが、勝つ自信もない」

「え?」

 ログナーは二人のやりとりを見ながら脱いだ上着とネクタイをティータに手渡していた。

「ティータ、準備は?」

「出来ておりますが、本当に宜しいのですか?」

「構わん用意しろ」

「畏まりました」

 ティータは布がかけられた細長い台車を押してきた。刹那とログナーの目の前まで台車を押してくると、台車にかけられた布を外すのだった。

 台車には二振りの長剣が載せられていた。

「これはメトロテカ・クロム鋼の剣!」

 ラキシスは剣を見て驚いた。

 メトロテカ・クロムとは、ジョーカー太陽星団で騎士やモーターヘッドが使用する実剣の原料となる鉱物である。その鉱物を刀匠が鍛え上げた代物がメトロテカ・クロム鋼の剣である。その切れ味は、ありとあらゆる物を切断するとも言われている。

 ラキシスが驚くのも無理はなかった。模擬戦で使って良い代物ではなかったからだ。慌てるラキシスを他所に、刹那もログナーもそれぞれ台車から剣を持ちあげると、さっそく剣に問題がないか確かめるのであった。

「刹那()、重量はどうだね?」

「問題ない。今の俺にはむしろちょうど良い重さだ」

 刹那もその言葉通り、この非常に重い剣を難なく振り回してみせた。

「(フ、ちょうど良い重さか)楽しみにしているぞ」

 さも当然だというログナーと対照的に驚いたのはカーレルとティータであった。地球人であれば剣の重量に振り回されるか、よくて両手で何とか持てるか程度と予想していたのだ。ところが刹那は片手でまるで木の枝を振り回すように軽く扱っていた。

「ログナー司令、ちょっと待って下さい。スパイドはやり過ぎではありませんか!? 模擬戦であれば光剣(スパッド)のスタンモードでも十分なはず」

「姫様、スパッドでは彼の本当の実力は量れません。それに、ミラージュであるクリサリスの気配に感づいた時点で彼も騎士として扱うべきです」

「そんな、乱暴な!」

「ラキシス、俺は武器が何であれ構わない」

 二人の会話に刹那が割り込んできた。

「そうはいかないわ。刹那、その剣で斬り合えば!」

「最悪の場合、命がない。違うか?」

「え? ええ、そうよ。それは模擬戦で使って良い物ではないの」

 ラキシスは刹那程の男が模擬戦のルールを勘違いするようなことはないと思っていたのだが、まったく違う認識だった。

「ラキシス、遅かれ早かれジョーカー太陽星団(向こうの世界)にいけば、避けられないトラブルに遭遇する事もあるだろう。その時に、はじめて騎士相手に真剣勝負を行うようでは手遅れだ。それならば目の前の『最強の騎士』を相手に実戦経験を積むのが最善だ」

「確かにその通りだけど……」

 そう言うと刹那とELS、そしてラキシスもその言葉にハッとした。

「お二方、申し訳ございませんが私も地上で客人を待たせています。早速始めたいと思うのですがよろしいですかな?」

 お互いの顔を見合わせていた二人だったが、ログナーは考える時間を与えずに、まるでけしかけるように促した。

「そ、そうですね。それでは模擬戦を始めましょう。ですが、二人が今手に持っている剣はMHの装甲すら切り裂く必殺の武器。お互いの命を尊重してください。命の奪い合いは許しません。そうでなければ何のための模擬戦かわかりません。これだけは約束してください」

「わかりました。姫様との約束は必ず守りましょう」

「刹那もよろしいですね?」

「了解した」

 二人は心配するラキシスの言葉に一応は耳を傾けると距離をとりはじめた。

「それでは、これより『模擬戦』を開始します。制限時間は10分間。10分後、刹那・F・セイエイが立っていれば刹那の勝ちとします。もし、10分後この場に立っていることが出来なかった、もしくは途中で戦いを放棄、つまり棄権の意志を表明した時点で、負けとなります。審判は私とティータが勤めます」

「よろしくお願いしますね。刹那様」

「よろしく頼む」

 ティータは刹那に軽くウィンクをして合図を送ったのだが、実は先ほどの中庭の事はよく覚えてはいないのが真相だった。

 ラキシスが改めてルールを告げ終わると刹那とログナーはメトロテカ・クロム鋼の剣を構え、ついに相対した。

「刹那・F・セイエイ、この模擬戦を勝ち抜く!」

「フン、全力で来い」

 ラキシスは模擬戦が当初の目的と大幅に狂い始めている事に気がつき始めていた。

 自分自身も刹那を危険な世界に送り込みたくない一心で計画した模擬戦のはずが、今では刹那に模擬戦そのものから生き残って欲しいと考えていたからだ。

「(刹那、どうか死なないで)」

 ティータが静かに手を挙げると、一気に振り下ろした。

「それでは、はじめ!」

 先に動いたのは刹那だ。

 剣を上段に構えた打ち込みだ。その刹那の様にラキシスやカーレルは驚いた。

「あの動きは人間のものではないわ!」

 刹那の打ち込み速度は地球人のそれを遥に凌駕していたからだ。

 イノベイターや超兵の身体能力はラキシスも地球に戻ってから調べていたが、ジョーカー太陽星団の騎士には及ばない部分が多い事がわかった。

 だが、目の前の刹那はどうだ。地面を蹴り上げ一瞬のうちに距離を詰めると斬りかかる。その動きは地球人には瞬間移動にしか見えない。これはラキシスとカーレルだから見える事だった。

 外野の反応を余所に刹那本人は自身の異常に苛立っていた。ログナーと向かい合ったときから自分の体の動きがスローモーションになった錯覚におそわれていたからだ。

「(俺の手足に何かが絡み付いているか? もっと、速く動け。動け! 体が鉛のように重い)」

 刹那はログナーの目の前で跳躍すると上方から斬りかかった。だがログナーは簡単に剣で力の方向を受け流す。

「考えたな。剣の鋒にスピードと体重をのせてくるか。確かに並の騎士なら真っ二つにされているだろう。だが、俺にそんな攻撃は効かんぞ」

「クッ!」

 刹那はバックステップで一旦距離をとり体制を整えるがログナーは追撃することもせずその場から動こうとしない。

「ならば!」

 すぐに二の太刀を放つべく刹那が打ち込んだ。しかし、ログナーは二の太刀、そこから連続した三の太刀、四の太刀を軽くいなしたと思うと、一気に刹那をはじき飛ばした。

 すぐに刹那は滑るように地面を旋回すると瞬く間に距離を詰めて連続して太刀を浴びせ始めた。まるで、回転演舞のような太刀運びである。

 

「(司令は何を考えている?)」

 カーレルは疑問に思った。騎士同士の戦いは一瞬だ。まして、ログナー相手であれば二の太刀など不可能、それこそ実剣を身構えることも出来ず無残に殺されるのが普通である。

 刹那の打ち込み速度は確かに目を見張る物があったの事実だ。模擬戦の内容そのものは予想通りまるで歯が立たない状況だ。

 もし自身が刹那の相手であれば初撃の凌いだ後にすぐに追撃の太刀を浴びせて早期に決着をつけていたに違いない。

 だがログナーは刹那の太刀を受け流すだけで、必殺の一撃も撃とうとしない。

「(手加減? いや、司令に限ってそんなことはないはずだ。そうなると、何か裏がある……のか?)」

 ログナーの表情から思惑を読み取ろうにも何時ものような能面の如くである。

 その時、不意に袖を引っ張られた。

「クリサリス公?」

 険しい顔のカーレルに疑問を覚えたラキシスの仕業であったのだが、カーレルに何かを伝えようとしていた表情だった。

「申し訳ございません、姫様。少し考え事をしていました」

「それよりも、あれを見てください」

 カーレルは歯が立たないながらも次々と太刀を繰り出す刹那の動きに変化があることに気がついた。

 刹那の初撃は確かに驚いたのは事実だ。イノベイターを遥に凌駕した打ち込み速度は賞賛に値すると思ったのだが、所詮はそれだけであった。天位持ちの騎士相手にはカウンターで負けているだろう。

 ところが、僅か目を離した隙に刹那の太刀裁きが劇的に研ぎ澄まされているではないか。

「(何があった? ……今の一撃、悪くはない!)」

 カーレルの僅かの表情の変化にラキシスは彼が状況を理解したことを確認した。

「一太刀毎に、刹那の動きが良くなっていませんか?」

「独創的な太刀筋ですが、姫様の仰るとおりです」

 だが、この後に更に驚く事態が待っている事を二人は知らない。

 

「(今の俺に出来るのか!?)」

 何度目かの打ち込みだろうか。刹那は剣を構えると、再びログナーに向かって斬りかかった。

「あの技は!」

「分身!?」

 刹那は『ヴェーダの記録に残っていた』分身を見よう見まねで試したのだ。

 刹那の分身が時間差で左右からログナーに斬りかかった。

「ほう、ディレイ・アタックか」

 迎え撃つログナーも瞬時に4分身を行うと迎え撃った。2分身は左右の刹那の剣を受け止めて、残る2分身は刹那に反撃を行う。ログナーの太刀が刹那のそれぞれの分身を襲った。

「しまっ」

 刹那は咄嗟に後方に飛び去ると転がるように着地してダメージを軽減した。しかし、両肩にはかすり傷程度ではあるが、斬られた跡が出来ていた。

「剣で受け止めてダメージを軽減したか」

 ログナーは刹那を斬った時の感触に違和感を感じたが、すぐにその正体に気がついた。

「(体の構造をMSにしたのは名案だが、しかし)」

「(やはり、桁違いに強い。ELSに頼んで内部構造を再現させたが、あの男にはまるで歯が立たない……)」

 そんな二人だけの世界にどっぷりと浸かっている刹那とログナーを余所に、突然のディレイ・アタックにラキシスもカーレルもティータも言葉を失っていた。

 これは彼らの認識が初めから間違っていた事を意味する。

 刹那が『一人で』闘っていると勘違いしていたからだ。刹那は一人ではない。ELSという『戦友』と一緒だ。

 普通の人間の発想では人間と金属生命体が融合するなど想像外だ。確かに彼らは地球にはイノベイターとELSが融合したハイブリッドイノベイターが存在している事を知ってはいたが実際に目の当たりにすることはなかった。更にいうと、彼らの目の前で闘っている男はハイブリッドイノベイターではなく『刹那』という種族だ。

「なぜ、彼はディレイ・アタックを知っていたのだ?」

 カーレルの呟きにラキシスは思い出した。以前、イオリアにだけ幾つかの剣技を披露した事があったからだ。

「(まさか、あの時の剣技を記録されていた!?)」

 今は戦闘中のためそれを刹那に確かめる事は出来ないが、もしイオリアが剣技を解析してそれを後世に伝えるため記録していたら……ラキシスはイオリアの能力に舌を巻いた。

 刹那はふと、ログナーの立ち位置が試合開始直後と変わっていないことに気がついた。

「(やはり、今の攻撃でもログナー()は一歩も動いていない……)」

「刹那君、それでは今度は私の番だ。これを受けて立っていることが出来たのなら……君の勝ちを認めよう」

 ログナーは剣を大きく振りかぶる。

「クッ!」

 それがこれから繰り出される大技の構えだと言う事は刹那もELSも知っていた。(・・・・・・)

「マスター、あの構えは!」

「いかん!」

「司令、その技は駄目!」

 三人は同時に悲鳴に近い声をあげた。これからログナーが繰り出す剣技を知っていたからだ。

 その剣技とはモーターヘッドすら一撃で倒す大技。

「M・B・T(マキシマム・バスター・タイフォーン!)」

 ログナーは一気に剣を振り抜いた!

次回予告

 最強最悪の騎士ログナーとの模擬戦という名の死闘に、刹那は果たして生き残ることが出来るのだろうか。

 そして、イエッタがミレイナに持ちかけた案件とは?

後書き

最後まで読んで頂きまして、誠にありがとうございました。

また、第9話のリリースが遅れて申し訳ございません。

第9話は長いので第10話と前編後編としました。

第11話以降は1万文字前後にして投稿したいと考えております。


 
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