No.566925

第8話 退魔の巫女 - 機動戦士ガンダムOO×FSS

 西暦2365年、地球。刹那達がジョーカー太陽星団に出発する約半年前まで時間は遡る。
 刹那はマリナ・イスマイールの国葬の席でシーリン・バフティヤールに出会う。その席でのシーリンの言葉を重く受け止めていた。
『マリナが独身を貫き通したこと。彼女は確かに女性としての幸せよりも国の幸せを選んだ。だけど、他にも理由があったのよ』
 かつて破壊者であり、そして((革新者|イノベイター))として革新し、対話の為にELSと融合し『刹那』という唯一つの『種』になった刹那はマリナの生命を守るため、自らの身をひく決断を下すのであった。
 そして、シーリン・バフティヤールから自身が地球を離れている時に起きた『ある事件』の全容について知ることになる。

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第8話 退魔の巫女 - 機動戦士ガンダムOO×FSS

 西暦2365年、地球。旧AEU領。

 刹那はマリナの国葬のために訪れていたアザディスタンからその足で、スメラギ・李・ノリエガが入院する施設を訪れていた。

 

「刹那、あなた本気で言っているの!?」

 スメラギは車椅子から立ち上がり刹那の胸倉を掴むと叫んだ。歳を召してはいたが、その声には多分に怒気が含まれていた。

「本気だ。俺と一緒では……マリナの生命(いのち)を危険に晒すわけにはいかない」

 

 なぜ、このような事態になったのか?

 施設の屋上にスメラギを連れ出してはいつものように密談をしていたのだが、刹那から発せられた意外な一言が原因だった。

「俺はマリナを助け出しにジョーカー太陽星団に乗り込む」

「ええ、私は反対しないわ」

「だが、マリナが地球へと帰還した後……俺は、俺はマリナと別れないといけない」

「え?」

 この刹那の一連の発言にスメラギは耳を疑った。特に最後の「マリナと別れないといけない」等あり得ない発言だった。

「どうして? どうして、急にそんな悲しいことを言うの!」

「……スメラギ・李・ノリエガ、これはよく考えた上での決断だ」

「決断?」

 スメラギは刹那の顔を見上げると、険しい表情がそこにはあった。

「マリナの国葬の時に、シーリン・バフティヤールから言われたことだ。

『マリナが独身を貫き通したこと。彼女は確かに女性としての幸せよりも国の幸せを選んだ。だけど、他にも理由があったのよ』

だが、今の俺にはどうすることも出来ない」

「どうすることも出来ないって? どうしたのよ、刹那」

 地球時間で50年も旅をして、なおかつ1年間もべったりと同棲生活を行っていれば、幾ら刹那といえども多少は女心は理解できるようになっていた、はずである。

 問題は、その理解が先鋭化しすぎていた事だ。

「今の俺にはマリナの愛に応えてやることが出来ない」

「刹那は何を言っているの? 今日はいったいどうしたのよ?」

 あえてスメラギは刹那を問いただした。女を半世紀以上やっていなくとも、言葉の意味はよくわかる。

 目の前の男は異星人や異星の生命体とすら対話を行った革新者(イノベイター)だ。

 それがこうして、一人の女性について悩みを抱え込み、自慢ではないが恐らく太陽系では唯一人自分にだけ相談を持ちかけてきた事は理解していた。それは嬉しいことであったが、彼なりに導き出した答えにまったく賛同することは出来なかった。

「スメラギ・李・ノリエガ、俺は国葬の前日にマリナと『再会』する事ができた。マリナの肉体は棺に入れられ安置されていが、魂はジョーカー太陽星団に飛ばされてしまった」

 刹那を助ける為、宇宙空間に出現したマリナ・イスマイールの魂はサタンとの戦闘後に突如出現した異次元空間へと吸い込まれてしまったのだ。

「ジョーカー太陽星団でマリナの魂がさまよい続けるのだろうか? そもそも、向こうの世界にはマリナの肉体はない。では、マリナの魂の拠り所は? どうやってマリナの魂は肉体に宿ることが出来るのだろうか?」

 魂などという言葉を使い始めた刹那にスメラギは首を捻った。この50年の旅の間に刹那やティエリアは何か死生観が変わるような出来事があったのだろうか? そう疑問に思った。

「仮に、『転生』という形でマリナの魂がジョーカーの人々の肉体に宿ったと仮定しよう。ラキシスのもたらした情報を分析したイオリア・シュヘンベルグはジョーカーの人々も基本的には地球人と変わりがないと推測している」

「確かにヴェーダの資料ではそうなっていたわね。刹那はマリナさんの魂がジョーカー太陽星団の人間に宿るかもしれないと考えているわけね?」

「今は仮定の話だが……そこが問題なんだ。以前のように、マリナが、俺を、愛してくれたとしても、俺はもう人間(・・)ではない。マリナの愛に応えることが出来ない……」

 スメラギは事の次第をすべて悟った。

「刹那、それであんな事を!」

「だから、俺はマリナの生命を、いや幸せを優先しようと思う。マリナを助けるにはこれしか方法がない」

 ついにスメラギは車椅子から立ち上がると刹那の胸倉を掴む。次の瞬間、鈍い音がした。

 スメラギの右フックが刹那の顔面にヒットしたのだ。歳を召したとは思えない腰の入った良いパンチである。

「何がマリナの助けるにはこれしかないよ! 貴方が側に居ないでマリナさんの幸せはないわ」

 だが、刹那もパンチを喰らってもビクともしない。

「それには重大な問題があるからだ。俺がマリナを愛すれば、マリアの命に関わる恐れがある」

 愛すること。それはつまりマリナを抱いてやることが出来ないという事だ。

 あらためて刹那本人の口から、そんな大胆な言葉が出てきたことは歴史的重大事件であるとスメラギが思ったのも束の間、TRANS-AMしたガンダムに匹敵するスピードで怒りがこみ上げてきたのだ。

「俺はELSと完全に融合した『新種』だ。普通の人間であるマリナを愛せば……俺の精子が仮にマリナの卵子に受精できたとしても、マリナの子宮に着床出来るかは未知数だ。それに母胎にどのような影響を及ぼすか未知数だ。最悪の場合はマリナの命に危険が及ぶ恐れもある」

 51年前のELS大戦後、イノベイターと人間、一部分だけのELSと融合したハイブリッドイノベイターと人間の夫婦が居なかったわけではない。

 子供をもうけたケースも数多く報告されていたが、母子共に死産したという報告もまったく無かったわけではない。その原因は一般には公表されていないが、医療現場では様々な憶測があった。

 まして刹那のように完全にELSと融合した『新種』と人間の事例は一件もない。

 刹那の存在は公にされていなかったがヴェーダ上は『刹那』という種族に分類されている。

 この新種『刹那』が人間の卵子に受精できるかどうか? そんな事が政府の耳に入ったら刹那とマリナは研究施設に送られてしまうだろう。

「だから、マリナさんを地球に連れ戻した後で別れるというのね」

「……そうするしかないんだ。スメラギ・李・ノリエガ」

「このっ!」

 再びスメラギの左フックが刹那の顔面にヒットするが、やはり刹那は動じなかった。

「馬鹿も休み休み言いなさい」

「これがマリナの命を救うための最良の選択だ」

「それは貴方のエゴよ。そこにマリナさんの気持ちも、今こうしている間にもダブルオークアンタを必死に修理しているミレイナやフェルト達の気持ちも踏みにじる発言だわ」

「だが! それしかマリナを生命を救う方法はない……」

「それに、刹那。貴方はELS達の気持ちを考えたことがあって?」

「ELS達の気持ち?」

 スメラギは、やっぱりね。という顔で溜息をつく。

「刹那、本来の体に戻ってご覧なさい」

 刹那はスメラギの発言の真意が読み取れなかったが、体を人間の肌からELSと融合した証である、本来の金属地の光沢のある肌に戻る。

 刹那は公共の場では不要な混乱を避けるため普段は人間の肌に偽装していた。

「マリナさん、留守中にごめんね」

 スメラギはこの場には居ないマリナに対して一言断りを入れると、刹那の胸に飛び込み、力一杯抱きしめる。

「スメラギ・李・ノリエガ!?」

 スメラギの突然の抱擁に刹那は驚くが、スメラギは構わず刹那の胸に顔を埋める。まるで恋人にすがる乙女のようにだ。

「刹那、暖かいわね……」

「スメラギ・李・ノリエガ……」

 刹那は自然とスメラギの髪に指で梳かす。それはいつもマリナにしていたように……という自覚は刹那にはない。

「刹那が対話から帰ってきてすぐの頃、ここにお見舞いに来てくれた時の事を覚えている?」

 低い声で尋ねた。その声から怒気はすでに削がれている。

「……カティ・マネキンにノックをしなかったため殴られたことは覚えている」

「もう、馬鹿。そうじゃないわよ。あの時も刹那に抱きついたわね。あの時の刹那は体が冷たかった」

 刹那の無意識のうちに指で髪を梳かす動作はとまらない。

「すまない、ELSと融合したことにより金属体質をそのまま出していたかもしれない」

「それは違うわよ。自分でもわからないの?」

「どういうことだ?」

 刹那は首をかしげる。

「次にマリナさんとお忍びで見舞いに来たときも覚えているかしら?」

「マリナを勝手に連れ出したため、後でシーリンに怒られたな」

 刹那の胸の中で呆れかえりながらスメラギは続ける。

「……あの時も刹那に抱きついたけど、今度は暖かかったわ」

 伴侶の目を盗んでという表現は不適切かもしれないが、わざと躓いて抱きついたのではないか? と、後に同室のカティ・マネキンが夫に語っている。

「ELSとの体温調整がうまくいっていたのかもしれない」

「馬鹿。またまた大外れ。本当に自分でも分かっていないようね」

「先ほどからどういうことだ?」

 スメラギは一旦離れると、今度は刹那の首の後ろに手を回してガバッと抱きしめた。

 そして刹那の耳元で囁く。

「刹那、毎晩マリナさんと同じベッドで寝ていたんでしょ?」

「なっ!」

 どうしてそれを!? と驚く刹那のリアクションを他所に、スメラギは溜息混じりで返す。

「恋人や夫婦なら普通の事じゃない」

 刹那とマリナの寝室は別々であったが……。

 

「刹那、着替えが終わりました」

「セツナ、オワタ。オワタ。マリナ、マッテイル。ハヤク、コイ。ハヤク、コイ」

 寝間着に着替え終わったマリナの足下を飛び跳ねるハロが、マリナの気持ちを代弁するようにまくしたてていた。

「了解」

 刹那はドアを開け部屋に入ると、刹那の気配を感じたマリナが立ち上がる。二人とも今では外野の声に気恥ずかしさは微塵も感じさせない。

 マリナは遂にその目に光が回復する事はなかったが、気配を感じると自然と刹那の首に両腕を回した。刹那も拒否する事もなく、両腕でマリナを抱きかかえた。

 これは刹那から見れば抱擁ではない。ベッドに運ぶための作業である。しかし、マリナから見れば、まさに文字通りのお姫様気分が満喫出来る至極の時であった。

 刹那は一旦ベッドの前でマリナを下ろして立たせると、マリナの両脇から両腕で背中を抱きかかえ、ゆっくりとベッドに腰掛けさせる。勿論、マリナの両腕は刹那の首に回したままだ。

 次にそのままベッドに寝かせるのであるが、マリナがこのタイミングで仕掛けてくるのだ。いや、ほぼ毎日となれば、それは日課といっても良いだろう。

 マリナは首に回したままの両腕と体重移動を駆使して、自分を寝かせようとする刹那も上手にベッドに倒れ込ませるのだ。

 同棲をはじめた頃は、世間一般とは真逆の反応を見せていた刹那であるが、今では一応心得てはいた。ただ、自分もすでに寝る格好でマリナを寝かしつけにきている程度の心構えだが。

 マリナのベッドは特注品であり、独り寝として設計されているのだが、ダブルサイズのため二人で寝てもなんら問題はない。ハロもAIが進んでいるのか気を利かせ、刹那がマリナの側に居る際は余計な記録は保存せずにスリープモードになっている。

「刹那……」

 ベッドの上ではマリナが刹那の左腕の中で安らぎを貪っていた。

 刹那の胸を振動を確かめ自然と心が落ち着くのだ。そして、右手は刹那を抱きしめ、伸ばした反対の左手は、優しく何度も何度も刹那の頬を撫でまわし、存在を確かめていた。

「こんな、お婆ちゃんで、ごめんなさい……」

「いや、問題は無い」

 刹那の左手は抱きしめるマリナの髪を何度も指で梳かしてあげていたのだが、右手は自身の頬をなで回すマリナの左手を優しく掴まえようとした。

 しかし、マリナはすぐに振りほどく。それは決して嫌だからではないし、刹那もそれをわかっていた。

 マリナはすると刹那の右手の指に、自身の左手の指を絡ませはじめた。

 まるで刹那の右手を屈服させるように強く握っては話し手を繰り返し、今度は指全体を優しく握ったとは思えば、一本一本握ったり、それを何度も繰り返すのであった。

 刹那もELSもその行為を受け入れていた。マリナの手はシワだらけで、決して肌の状態も良くはなかったが、刹那もELSもそんな事は関係なかった。

 マリナの左手の行為は何らかの性的な代償行為なのか、それはマリナ本人しかわからないし、もしくは本人もわかっていないのかもしれない。

 だが、刹那にとって両親をその手にかけ、紛争根絶のため数多の人間の殺め血塗られた手を、その指を、マリナという女性が優しく愛撫する行為は、重大な意味があった。

 はじめは拒否反応こそ示したが、すぐにマリナに屈服させられ、今では刹那からマリナを求める事もある。

 刹那はマリナの行為を受け入れているうちに回していた左手に自然を力が入り、安らぎを、救いを求めるように強く抱きしめるのであった。

 

「刹那?」

 スメラギの問いにハッと現実に引き戻された。

「(……マリナさんとの事、思い出していたのね)」

 スメラギはフェルトからの報告ではなく、一般論と自身の経験から刹那に話をしているだけだ。

「そして、マリナさんはベッドの中で刹那に、こうやってぎゅーっと抱きついて寝ていたのよね」

 齢ながらも刹那を抱きしめるスメラギの腕に力が入る。

「刹那もマリナさんに甘えられてやっぱり、ぎゅーって抱きしめ返したりしていたんでしょ?」

 硬直状態に陥った刹那は肯定も否定もしなかった(いや、出来なかった)が、それで十分だった。

「自分でもわからない? 刹那の体の温もりはマリナさんの温もりから学んだものだからよ」

「なに?」

「つまり、マリナさんの温もりをELS達が覚えたのよ。だから刹那の体にも温もりが宿ったわけ」

 スメラギは顔を近づけるとまっすぐ刹那の目を見つめる。

 これには刹那も目を背けることは出来なかった。

「貴方と融合しているELS達がマリナさんと別れることが最善と思うかしら?」

 その問いに刹那は言葉が詰まった。

 ELS達と対話したという自負が刹那にはあったが、それが根底から崩れるかもしれないのだ。

「刹那、確かに貴方がマリナさんの大切にしている気持ちもわかるわし、マリナさんを失いたくないから、自分から身をひこうという気持ちもわかる。だけど、マリナさんは貴方がそんなことで悩んでいると知ったら悲しむでしょうね」

 スメラギは刹那から離れ、再び車椅子に腰を下ろす。

「だが、スメラギ・李・ノリエガ、俺は……、それならば、どうしたら良いんだ!?」

 普段からは想像できないほど弱々しい声であった。スメラギは、そんな刹那を孫に諭すように優しい表情でこたえてあげた。

「それはとても簡単なの」

 次に深呼吸すると自らの姿勢を正した。

 左手は自身の腰に、そして右手はビシッと人差し指を向け、お腹に力を入れると僅かに怒気の籠もった声で言い放った。

「刹那、貴方にミッションプランを伝えるわ」

 ミッションプラン!? その単語を聞いた瞬間、自然と身構えてしまった。

「ファーストフェーズはジョーカー太陽星団に乗り込んで、転生したマリナさんを見つけ出すこと」

「ファーストフェーズ、刹那・F・セイエイ、了解」

「次にセカンドフェーズ、これが今回のミッション最大の山場よ。覚悟しなさい」

 今まで以上に険しい表情を見せるスメラギから、刹那も覚悟を決めた。

「セカンドフェーズ、マリナさんを押し倒しなさい。たとえ神様が許さなくても私が許すわ! 邪魔するモノは神でも悪魔でもクアンタでなぎ払いなさい。そして、サードフェーズ。マリナさんの愛の大きさを実感してきなさい。それが男女の『対話』よ。そして、自分があの時はこんな小さな事で悩んでいたのかと思い知ってきなさい」

 突拍子もない、いや単に、自分を好きな女を押し倒してチュッチュしろ。という話でしかない。これをプランというには無理があろう。異論を挟もうとした刹那より早くスメラギは遮った。

「刹那、ガンダムマイスターにも男女の愛にも停滞は許されないわ。簡単に人と人(男と女)がわかり合えることを、肌で実感してきなさい。これは命令よ」

 スメラギと別れた刹那は、アザディスタンには戻らずミレイナのオフィスに身を寄せていた。

 ミレイナの会社が介護用のサポートデバイスを販売していることも以前に述べたが、会社の設立にはもう一つの目的があった。ソレスタルビーイングメンバーの雇用先の確保である。

 ソレスタルビーイングの隠れ蓑と言ってしまえば実も蓋もないが、先のサタンとの戦闘で大破したELSダブルオークアンタは事実、ミレイナの会社名義の『倉庫』という名の秘密ドックで修理が行われていた。

 刹那は社長であるミレイナの部屋、つまり社長室で面談、という名の事情聴取を受けていた。

 スメラギの元に面会に行くという報告は受けていたが、それから刹那の様子がどうもおかしいと乙女の感は告げていたのだ。

 そこでミレイナは、まずはスメラギに確認したのだが『ミッションプランを伝えただけ』とお茶を濁されてしまう。そこで、こうして刹那本人を呼び出して『対話』を行っているのだ。

 しかし、刹那も刹那で、頑なにミッションプランの詳細すら話そうとせず、自身についても問題ないと主張を繰り返すだけで埒があかず手を焼いていた。

「ミレイナ、俺の話はもう良いだろう?」

「(乙女のカンによらなくても、ますます怪しいですぅ)う~、何かあったら私やグレイスさんに『も』相談して下さいですぅ」

 言葉のトラップを仕掛ける。

「……わかった。その時は真っ先に相談しよう。それよりもクアンタの状況はどうなんだ」

 はぁ~っと大きな溜息が思わず出た。刹那はそれを訝しげに見つめていた。その様子に更にミレイナは呆れてしまったが、今日はそれで手を打つことにした。

「約束ですぅ!」

「わかった、約束しよう」

「それなら今回は不問にします」

 強く念を押したミレイナであったが、刹那との長い付き合いを考えれば、きっと一人で抱え込んでしまうのだろう、と半ば諦めていた。

 やはりこの男にはマリナ・イスマイールという心を交わし合った伴侶が必要なのだ、と心の中で思っていた。そして、少しだけマリアに対して嫉妬心を抱くのであった。

「コホン。それではELSダブルオークアンタの状況を説明するです。大破した部分の修理に関してはELSによる協力もありほとんどの機能は回復していますが、オーバーホールも兼ねて分解されています。また、依然としてGNドライヴ6号および7号は停止した状態です」

 ELSダブルオークアンタはクアンタ自身がELSと同化していることもあり、ある程度の自己修復能力を兼ね備えていた。また、ELSと同化していても消耗部品の交換は必要であり、基本パーツのスペックアップは行われる事はない。

 そしてガンダムは元々はGNドライヴから発生するGN粒子を動力源として設計・開発された機動兵器だ。駆動エネルギーから武装システム、装甲強度増加、質量軽減など様々な部分でGN粒子が使われているのだ。これ以外にも量子ワープ、TRANS-AM、クアンタムバーストも使用できない。

 だが、刹那達にとって意外な問題がELSダブルオークアンタから発見され、ミレイナ達ソレスタルビーイングのメカニックは頭を抱えていた。

「それで問題の箇所については?」

「やはり、アーデさんが訳してくれたメンテナンスノートにも問題の箇所は記録されていませんでした」

「俺とティエリア、そしてELS達も知らないとなると……」

 刹那とミレイナは同時に唸ってしまった。

 地球に帰還してから遺児となったクアンタをメンテナンスしていたミレイナであったが、今回のようにオーバーホールのため分解したのはこれが初めてであった。

 クアンタは様々な文明の技術が盛り込まれており、それらをELSが吸収してきた。これの記録はすべてティエリアが現地語を訳してメンテナンスノートとしたまとめていたのだ。

 ところが、秘密ドッグに運ばれクアンタを実際に分解したところミレイナはそれ(・・)に気がついてしまったのだ。

 内部の『偽装』である。

「まだ、調査が終わっていないのですが……」

 刹那は静かにミレイナを見つ直すと発言を促した。

「俺はミレイナの意見を聞きたい」

「わかりましたです。ELSダブルオークアンタには何か未知の部品を取り付けていたのではないか? だけど、その部品はセイエイさん達が地球に帰還する際に外す必要があった。なぜなら絶対に地球に持ち帰らせてはいけない部品だったから。だから、コッソリと、なのかはわかりませんが、取り外した後でELS達の記憶すらも操作して取り付けていた形跡を偽装した。と、私は考えています」

 クアンタには各所にメンテナンスノートに記されていない部品が装着されていた形跡が発見されたのだ。

 クアンタの分解の際にたまたまミレイナも立ち会っていたのだが、分解された各パーツを愛でているうちに言葉に出来ぬ違和感を感じたという。

 ミレイナ曰く「手触りが違う」「寸法がおかしい気がする」らしい。

 すぐに総員でELSが同化している各部品の再チェックを開始。同時にミレイナとフェルトの二人がかりでQUATUM SYSTEMのハッキングを行ったところ、ミレイナが違和感を感じた部品については、ことごとく微妙にデータと異なっていたのだ。

「どんな部品が取り付けられていたか予想は出来ないか?」

「……まだ、そこまではわかりません。ただ、ELSダブルオークアンタに対してマイナスになるような部品ではなかったと思います」

「ふむ?」

「極端な話ですがスペックダウンを目的とした部品や、最悪のケースですが爆弾などであれば取り外さないと思いますぅ」

 ミレイナは思わず力説してしまった。

 やはりメカが絡むと普段と様子が違うようだと刹那は考えていたが、この時ミレイナは嘘をついていた。

 どんな部品がクアンタに取り付けられていたのか大体の想像が出来ていたのだ。そして、その部品を取り外して偽装した人間も。だが、それを口に出すには大変な勇気が必要であった。

「それほどの多数の部品を俺とティエリア、そしてELS達にも気づかれないように脱着して、その痕跡までも偽装するとなると高度な科学力を有しているようだな」

「……はい」

 ミレイナは少し考えると以前から思っていたことを刹那に切り出すことにした。

「セイエイさん、お願いがあります」

「どうした、ミレイナ?」

 いつもと口調が異なるミレイナから、ただならぬ気を感じた刹那は身構えてしまった。

「ELSダブルオークアンタの今回の調査と改修ですが、私に一任して貰えないでしょうか。どうか、お願いします!」

「もとよりはじめから、そのつもりだが……」

 そこで刹那は一旦言葉をやめた。

 ミレイナの表情には疲れこそみえていたが、技術者との表情(かお)をしていた。

 クアンタが秘密ドックに搬入されてから、ほとんど寝ていないのだろう。だが、今はそれ以上に未知の世界、異世界の技術に立ち向かうべく闘志に燃やす技術者がそこにいたのだ。

 イノベイター化していないとはいえ、歳を重ねる毎に母親譲りの美貌に益々磨きがかかり、そしてガンダムを作り上げた父譲りの超がつくほどの技術者である。

「(ミレイナなら、クアンタを復活させ、今回の厳しい『対話』という任務を遂行させる力にきっとなってくれるだろう)」

 静かに心の中で思った。

「ミレイナ・ヴァスティ、すべてを任せよう。君なら、ELSダブルオークアンタを必ず復活させることが出来ると俺は信じている」

 刹那も確信を持ってミレイナにこたえた。

「せ、セイエイさん!?」

 その刹那の表情にミレイナは思わずドキッとしてしまった。

 まさかこの男は対話の道中、無意識のうちにこんな表情で、男女構わず「たらして」きたのではないか? と疑問を感じてしまう程であった。

「あ、え、え~っと、セイエイさん、あらためてよろしくお願いするです」

 あぶない、あぶない。自分には心に決めた人がいるのだから、と話題を変えて気持ちを切り替えることにした。

「そ、そうそう。話は代わりますが、今朝セイエイさんにお手紙が二通届いいたです。一通はバフティヤールさん、そしてもう一通ですが、これは私も出席するドウター社の創立記念パーティの招待状です」

 ミレイナは郵便物の山から刹那宛の手紙を見つけると刹那に渡しに来た。

 刹那・F・セイエイの偽名であるカマル・マジリフという社員は在籍こそしているが机はないのだ。

 そのため郵便物などはミレイナが代行して預かる内規になっていた。もっとも、カマル・マジリフ宛に郵便物が来たのは、これが初めてであるが。

「シーリン・バフティヤール!」

 創立記念パーティの招待状には目もくれず、シーリンからの手紙をその場で開封するとするに内容に目を通した。

「……ミレイナこれを見てくれ」

「私が見ても大丈夫なのですか?」

 ミレイナは手紙を受け取り文面をみるが、そこには日時と緯度経度、4桁の数字で2319とだけ記されていた。日時は三日後の日付が指定されていた。

「セイエイさん、これって西暦ですか?」

「恐らくな。だが、その時代に『俺はいない』。その4桁の数字について身に覚えがないか?」

「その頃はソレスタルビーイングが関わった大きなミッションはないはずです。いや、あったかな? うーん、調べてみるです。あと、この待ち合わせ場所はどこですか?」

 刹那は少し思考を巡らせると、すぐにわかった。

「そこは俺達の因縁の場所だ」

「因縁の場所?」

「その場所で初めて俺はマリナと出会った」

 翌日、スメラギとの『対話』からも、まだ答えを見いだせないまま、刹那はイギリス某所に居た。

 創立記念パーティの出席の返事を有耶無耶にしたままオフィスを抜け出してきたのだ。

 本来であればマリナの身にこのような事が起きたのであれば、パーティ所の話ではない。しかし、先方には刹那とマリナ、そしてミレイナ達の繋がりを公にはしていないため、断る正当な理由がないのだ。

 それでも刹那にとっては、ミレイナには悪いと思うが今はマリナの親友であり、自分たちの良き理解者となってくれたシーリン・バフティヤールと会うことが最優先事項であった。

 

 この場所は58年前、刹那が無差別テロの犯人を追っている最中にマリナに助けられ、マリナと共に訪れた場所である。

 はじめはマリナに対してカマル・マジリフと名乗っていたものの、お互いの意見がかみ合わないまま、ついにはコードネームである刹那・F・セイエイを名乗ってしまった因縁の場所である。

「(あの時、もしマリナと出会っていなかったら……。)」

 58年前と幾分も変わらぬ町並みを見ながら、まるで昨日の出来事のようだと当時を思い出していた。

 今日はいつもの私服ではなく、制服制帽に手には白い手袋という出で立ちだ。

 間もなく待ち合わせ時間である。

「カマル、お待たせ」

 指定時刻どおりシーリン・バフティヤールがこちらに手を振りながら、通りの向こうから現れた。

「奥様、お待ちしておりました」

 作り笑顔でシーリンを迎えるが、すぐに様子がおかしい事に気がついた。度々、後ろを振り返ったり、周りをキョロキョロして落ち着かない様子だ。

「(何か、あったな。)」

 刹那はシーリンの荷物を受け取りながら周囲に聞こえないように耳元で囁くように問うた。

「(ごめんなさい、ちょっとヘマしたわ。)」

「奥様、すぐにクルマを回します。(話はそれからだ。)」

「すぐにお願いするわ」

 

 その刹那とシーリンを様子を建物の屋上から観察している一組の男女の影があった。

「マスター、刹那・F・セイエイ様とシーリン・バフティヤール様の接触を確認しました」

「ここまでは順調だな。となると問題はシーリン・バフティヤールの尾行をどうするかだな」

「尾行している保安員は6~7名と推測されます。追跡車両の方はドウターが4台確認しています」

「あまり派手にやりたくはないが、司令からの命令(お願い)だ。ティータ、1台ずつ確実に潰すぞ」

「イエス、マスター」

 その言葉だけを残して人影は消えた。

 

 シーリンは刹那の運転する黒塗りの送迎車(ミュルザンヌ)の後部座席に座っていた。

 刹那が制服に制帽、そして手には白い手袋をはめていた理由はこれであった。端から見ればご婦人とお抱え運転手にしか見えまい。

「(先ほどまでの追跡車両が消えた? ブラフか?)」

 ルームミラーから尾行してきた車両が消えていたことに気がついた。

 事前にフェルトからシーリン・バフティヤールが地球連邦政府の保安員にマークされている事を知らされていたため少しばかり(・・・・・)馬力のあるセダンを今回のミッションに選択していた。

 万が一の際は、馬力にモノを言わせて追跡車両を巻く戦術プランもあったが、それは最後の手段だ。本来ならばオースチンなど物々しくないタクシーでシーリンを出迎える用意もあったのだが……。

 このミュルザンヌ、ナンバー類もすべてヴェーダによる偽装は完璧である。Eカーボン複合装甲のような物騒な仕様ではない。その代わりオールELS製であった。すなわち、ミュルザンヌは仮の姿……。

 

 その頃、シーリン・バフティヤールを監視していた保安員達は、自分の達の追跡車両の謎の故障や事故に憤りを感じていた。

 突然の4輪全てのパンクはまだマシなモノで、ボンネットに何かが突き刺さったような衝撃を受けたと思ったらフロント部分が潰れて自走不能に陥ったり、車両の真ん中から前部と後部が真っ二つに別れてしまったなど、どれも散々な状態である。

 確かに第三者による破壊工作なのだが、その壊され方が常軌を逸していたのだ。火器や爆弾などの類を使った痕跡がまったくない壊され方だからだ。妨害なのか、未知の自然現象なのか?

 すぐに彼らは自分たちの本部に連絡を入れるが、同時にシーリン・バフティヤールの監視命令が解除されていたことを知る事になる。

 ヴェーダ経由での命令書き換えなど彼らにとっては目の前のクアンタ修復より遥に簡単なモノだ。

 そんな事情を知らない刹那とシーリンは逃避行を続ける。

 

「刹那、急に呼び出して悪かったかしら?」

「問題ない。それよりも連絡を貰えて嬉しかった」

 ルームミラー越しに写ったシーリンは、表情が曇っているように見えた。

「……刹那、私から先に質問をして良いかしら」

「かまわない」

「ありがとう。……マリナが亡くなったあの日、貴方はどこで何をしていたの?」

「あの日は……」

 シーリンもやはりミラー越しに刹那を見ていた。一瞬だけ目線を伏せたことを見逃さなかった。

「(やはり)アザディスタンの医療スタッフに確認したの。貴方がマリナの死後現れた、というのは本当だったのね」

「……すまない」

 刹那がサタンとの戦闘を終えて地球に帰還したときマリナの命はやはり尽きていた。

 シーリンに地球でのマリナの最後を見届けられなかったことを責められるのではないかと思った。

「ううん、違うの。それで私が怒っているとかではないの。あなたがマリナの側を離れないといけない、余程の事があった、のね。それを教えて欲しいのよ」

「……だいたい察しがついているのではないか?」

「私は貴方の口から聞きたいの。元政府関係者の私でも規制がかかっていて情報が得られなかったわ。何かあったのは間違いないのね?」

 シーリンは過去のツテ(・・)でマリナが亡くなった当日の事を調べていた。サタン達との戦闘はヴェーダによる規制がかかっていたためシーリンは調べることが出来なかった。

 ナイル級戦艦の撃沈は航海試験中の『不幸な衝突事故』として報道されていたが、それ以上の情報にはたどり着けなかったのだ。

 しかし、シーリンは別ルート、それは連邦政府軍関係者の遺族手当の届け出が急増していることから何かあったと悟ったのだ。

 サタンによる攻撃で戦艦やMS部隊が壊滅したのだ。遺族も相当数にのぼる。そして、マリナが危篤状態での刹那の出撃とマリナの国葬での刹那の謝罪。それらの点と点を結べば全体像が見えてくる。

 刹那はシーリンに全てを話すべきか考えていた。

 マリナの親友であるシーリンには全てを話した方が良いのではないかと考えてはいたが、あまりにも荒唐無稽な話である。一般人には受け入れられないのではないかと思っていた。

 だが、決断できない刹那を余所にシーリンが口火を切った。

「例えば、サタンが現れマリナを殺しに来た、とか」

「どうしてそれを!」

 刹那は耳を疑った。だが、更に追い打ちをかけるようにシーリンの口から決定的な単語が出てきた。

「退魔の巫女マリナ・イスマイールを殺しに悪魔が来たのね」

 もう隠せない。

 隠す必要がない。

 刹那は決心した。

 道路脇にクルマを寄せると後部座席のシーリンに振り返ってみせた。

「全てを話そう」

「私も、ね。刹那・F・セイエイ」

 刹那とシーリンは季節外れであったが砂浜に来ていた。

 海風が強く、波も高い。

 万が一に備えて、二人とも自動車からは降りていなかった。ただ、話がしづらいためシーリンは助手席に移動していた。

 ミュルザンヌ(ごついセダン)の姿はそこにはなく、今は2ドアクーペの姿へと変貌を遂げていた。

 これならば追跡者の目も欺けるだろうが、しかし追跡者は今は見る影もないのだ……。

 

 刹那はあの日起こった出来事、全てをシーリンに伝えた。だが、ディスティニーとラキシスに関する情報についてはこの段階では伏せていた。

 そんな刹那の話にシーリンは刹那の話を目元をハンケチで抑えながら聞き入っていた。

「シーリン・バフティヤール、これが俺が謝った理由だ」

「わかったわ。やっぱり貴方は悪くない。それよりも、マリナが生きているかもしれない、という望みが私は嬉しいの。貴方のおかげね」

「だが、まだマリナの魂が飛ばされたと思われる宇宙までの航路がわからない」

 一瞬、険しい表情をするが、シーリンに心配させないようにすぐに顔を背けた。しかし、シーリンはそんな刹那の心遣いを見抜くと温かい気持ちになった。

「大丈夫。マリナと刹那ですもの。きっと二人は再会出来ると私は信じているわ」

 目元をハンケチで拭いながら刹那に笑顔を見せる。

「シーリン・バフティヤール、何故俺をそうまで信じる? 貴女はこの話を信じているのか?」

 刹那は疑問に感じた。

 普通の人間であれば魂が別宇宙に飛ばされてしまった話など信じられるわけがない。

 別の宇宙でマリナが転生しているかもしれない、そんな話は気が狂った男の世迷い言だと思われるだろう。

 だが、シーリンは刹那の話を全て受け入れ、そこから希望を見いだそうとしているのだ。

「だって貴方はマリナの運命の人ですもの。貴方はサタン達との戦いに生き残って、サタンからマリナを守ってくれた」

 シーリンは今の自分が出来る最上級の笑顔で刹那に即答してみせた。少しでも、彼の、刹那の心の負担を軽くするために。

 その一言が表情が、雷のごとく刹那の全身を貫く。

 刹那は迷ったが、昨日スメラギへ相談して全面的に否定された、マリナが地球へ帰還した後の事、そうマリナとの関係について相談することに決意した。

「……シーリン・バフティヤール、俺は人間ではない。ELSと融合した新種だ」

「どうしたの突然? それは私も知っているわ」

「もし、転生したマリナとやり直すことが出来たとしたら」

「……私は応援するわ」

 即答だった。

「だが、俺とマリナとの間に子供をもうけることが出来ないだろう。最悪の場合はマリナの命に関わる」

 刹那はスメラギがそうだったように、シーリンからも罵声が浴びせられるだろうと覚悟した。

 しかし、意外な答えが返ってくる。

「そうね、貴方の精子とマリナの卵子では受精しないかもしれない。それにマリナの子宮に着床出来るかどうかわからないわ。もし、マリナが妊娠したことが政府関係者の耳にでも入ったらマリナは研究施設に連れて行かれ、生まれてくる子供は最悪モルモットにされるかもね」

 まさかのシーリンの的確な分析に刹那は驚く。

「ならば、シーリン・バフティヤール! 俺は、俺はマリナと……」

 そこで刹那の口が動かなくなってしまった。正確に言うと体中が動かない。ELS達が刹那の行動を制限し始めているのだ。

「だから、俺はマリナと安心して暮らせる世界へ旅立つ。やっぱり、そうなのね? 私としては、ちょっと寂しいわ」

「なっ!」

 シーリンからの言葉は刹那とELS達には衝撃的だった。

「きっと、マリナから話を切り出されていないと思うから、今、貴方に話すわ」

「貴方がマリナと同棲できるように手続きをする時、マリナと二人で話し合ったことがあったの。もし、マリナが刹那との間に子供が欲しくなったときに、どんな事態が考えられるか、どう困難を乗り越えるかを」

 刹那は体を動かすことが出来ないが同化しているELS達がシーリンの言葉を待っていることに気がついた。

「マリナはある理由から卵子を凍結保存しなかった。当時は今から子供をもうけるのは不可能と思っていたわ。だから、あくまでも仮定の話としてだけど」

 ポツポツと語るシーリンの横顔は少し寂しそうだった。

「マリナと私はELSと融合した貴方の精子をマリナが受精できるかどうか疑問だった。もし妊娠できたとしても母胎にどう影響するかわからない。命を落とす危険性もあるかもしれない。連邦政府もイノベイターやハイブリッドイノベイターの人権問題に取り組んでいるけど、一枚岩ではないわ。マリナと子供を研究と称して拉致する連中が居ないとも限らないし、命を狙われるかもしれない」

 シーリンは一瞬だけ車窓から外の風景を見ると溜息をつく。

「でも、その話し合いは、いつものように途中からマリナの惚気話へと脱線したわ」

「どいうことだ?」

 刹那もELS達も疑問に思う。

「マリナがね

『でも、私はそれほど心配していないの。いずれ時が来れば自然と刹那の子供を身ごもるような気がします。それに、刹那に融合しているELS達も命の尊さや生命の神秘さを理解してくれる良い機会だわ』

って言うのよ。これには参ったわ。仮定の話だって言うのに、マリナはこれから貴方の子供を身ごもる気満々だったわ。自分の歳も考えずに」

「マリナ・イスマイール……」

 刹那がマリナの名前を口にするが、それは刹那の意志からなのか、ELS達の意志なのかわからない。

「さらにマリナはね

『もし、私に何かあったら刹那とELS達(ガンダム)が、ただ指をくわえて見ているわけないでしょう』

だって。マリナはお婆ちゃんになったと思っていたら、すっかり夢見る少女に戻ってしまっていたわ」

 シーリンは当時を振り返りながら思い出し笑いをしていた。

「ガンダム……」

「でも、マリナはこうも言っていたわ

『これからELSと融合した刹那のような人間が増える可能性は十分あるわ。そういう新たな人達と、人類が共存できる、新たな生命を宿すことが出来たモデルケースになりたかった。悔しいけど、私以外の誰か若い娘にお願いするしかないのかしらね』

……刹那、あなたどれだけマリナに愛されているのよ。まったく妬けるわね」

 当時を思い出して少しばかり頬を赤らめていたシーリンと対照的に刹那とELS達は固まっていた。

「(俺は、俺たちは、マリナと……)」

 刹那とELS達はマリナとの生活を振り返っていた。

 シーリンの言うとおり、マリナとは『対話』をしていたつもりだったが、彼女とはこのような話は一度も行ったことがなかったのだ。

 マリナは刹那とELS達を全幅の信頼を寄せている。そしてマリナもまた刹那がマリナを思う気持ち以上に、刹那とELS達の大事にしていたのだ。

「シーリン・バフティヤール、ありがとう」

 刹那の目は先ほどとは違い虹色に輝いていた。シーリンは刹那が何か答えを見いだした事を察した。

「これでよかったのかしら。(そうなのね、マリナ)」

「シーリン・バフティヤール、今度は俺の質問に答えてくれ」

 今度は刹那がシーリンに質問する番だ。

「手紙に書かれていた『2319』の意味と、『退魔の巫女』の事だ。やはり、マリナの家系には何かあるのだな」

「その質問に答える前に、私こそ貴方に謝らないといけないわ。国葬の時に嘘をついたことについて。ごめんなさい」

 シーリンは深々と頭を下げる。

「いや、謝らないでくれ。あの時は事情があって話を出来なかったと俺は理解している」

「貴方はいつも優しいのね。刹那・F・セイエイ」

「それで2319、こちらでも調べてみたが何もつかめなかった」

「そうでしょうね。貴方たちソレスタルビーイングが関わるような大事件はなかったもの」

「やはり何かあったんだな!?」

「貴方がELSとの対話のために地球を旅立ってから5年目の事よ」

「2319年、マリナが倒れた年」

「そして私とマリナがサタンと、そしてあの男(・・・)と遭遇した年」

 ELS大戦後、マリナと私(シーリン・バフティヤール)はアザディスタンだけではなく、中東全域の復興に努めるために世界各地を飛び回っていた。旧ユニオン領の経済特区日本での滞在先の出来事だった。

 

「マリナ、外務大臣との午後の面会時間が変更になったわ。少し時間が出来たから今のうちに休憩を取りましょう」

 私はスケジュールを調整しながら、マリナに問いかけたの。

 朝から顔色が優れないマリナを休ませるならこの時しかないと思っていたの。

 だけど、手遅れだった。

「えぇ、シーリン、そうする、わ……」

 床に何かがあたったような鈍い音がしたので振り返った矢先、マリナは倒れていた。

「マリナ、ちょっとどうしたの!? マリナ、返事をして。マリナ! マリナ! 誰か来て!」

 マリナは倒れたときに頭を打ったのか呼びかけに答えなかった。

 すぐに病院に搬送されたわ。

 長い時間、精密検査が行われ、私達が医師と話が出来たのはその日の夕方のことだった。

「ドクター、マリナの様態は?」

「貧血から来る失神です。ですが、倒れたときに頭を打っています」

「え?」

「……現段階では皇女の意識がいつ回復するかはわかりません」

 医師はそう言って私から目を背けたわ。

「ドクター! マリナは、マリナ皇女はこれからのアザディスタンに必要な人なのです!」

「我々もそれは分かっています。ですが……」

 

 その晩、私は意識を失ったままベッドで寝かされているマリナの手を握っていた。

「マリナ、貴方はアザディスタンに必要な人材なのよ。貴方じゃないと駄目なの。それに、彼はまだ帰ってきていないでしょう? 元気な姿を見せないと駄目よ。だからお願い。目をあけて頂戴」

 でも、マリナは答えてくれなかった。

 次の日、私はマリナの入院手続きや今後の会談スケジュールの変更やら手続きに忙殺されていた。

 当時のアザディスタンの病院よりも設備が良かったから、そのまま入院させることにしたの。

***

 クーペの車内。

「これはニュースで報道されたから記録に残っているわ」

「ヴェーダにも当時のJNNのニュース映像が残っていた。そして病院火災か」

「でも、本当は違ったの」

***

 マリナが入院してから一週間が経過した。

 マリナの意識は回復も悪化しなかった。だけど、あの晩、マリナの容態が急変したの。

 呼吸器を取り付けられ様々な機械類に囲まれたマリナの姿がそこにはあったわ。

「ドクター、これはどういう事です!? 皇女は貧血だったのではないですか?」

「我々も急変の原因がわかりません。最善を尽くしているのですが、何度もお話ししていますが皇女の様態については現在の医療技術でもわからないのです」

 頭の中が真っ白になったわ。突然、マリナの死が現実のものとなったのだから。

 私はその晩もマリナの病室に泊まり込んでいた。

「マリナ、貴女も眠り姫という年でもないでしょう? いい加減、目を覚ましてくれないかしら? でも、王子様のキスで起きるならジーン1やELS達にでも彼の行き先を聞きに行くんだけどね」

 だけどやっぱりマリナは返事をしなかったわ。

 

 気がついたら、いつしか私もマリナの手を握ったまま寝ていたの。

 突然の雷の音で目が覚めたわ。

 雨音もなく、辺りは不気味なほど異様なほど静まりかえっていたのを覚えている。

 それにマリナに取り付けられたバイタルモニターや病室に備え付けられている機器も全て停止していた。

「……一体どういう事!? まさか!」

 すぐに私はマリナの脈をとったわ。弱々しいけどマリナの生を感じる事が出来た。

「ほっ。まだマリナは大丈夫ね。だけど、病院全体が停電とは考えられない……。うん?」

 その時、雷の光でカーテンの外に何かの影が見えたの。

「だ、だれ? 外に誰か居るの?」

 その時のマリナの病室は20階の個室だったわ。外に人が居るわけ無いのに。

 私はカーテンを少しだけ開けると外を見たの。

 外を見た瞬間、声が出せなかった。

 稲光に照らされた『それ』は骨と皮だけの姿格好をしたモビルスーツぐらいの巨大な物体だったわ。それが翼を広げ、宙に浮かんでいたの。

 あれは正に『悪魔(サタン)』だった。

 手にした長い筒のようなもの、いえ、武器を私に向けてこう言ったわ。

「退魔の巫女の力が弱まっている今が好機だ」

 声は私の頭に直接響いてきた。まるでB級映画の悪役の台詞にはまいったわ。

 私はすぐに窓から離れると、マリナの呼吸器や繋がれている点滴や全て外すとベッドから連れて逃げようとしたの。意識を失っているマリナをどうやって車椅子に乗せたかは覚えていないけどね。

 でも病室のドアに手をかけたけど開かなかった。ロックされていたわ。

「お願い、ここを開けて! 誰か居ませんか!」

 ドアを何度叩いたかしら。

 次にナースコールも呼んだわ。でも、やっぱり繋がらない。

 それに、あれだけの巨大なモビルスーツ位の大きさの物体が動いていれば、病院だけではなく、深夜といえども街中が騒ぎになるはず。

 でも静かだった。

 まるで世界に私とマリナだけが取り残されたような感覚だったわ。

「無駄だ。巫女共々、今楽にしてくれようぞ!」

 悪魔は病院の外壁に手をかけると恐ろしい力で病室の壁を引きはがしはじめたわ。

 私は粉々に砕け、降りかかってきたガラスの破片からマリナを守る為、なるべく病室の廊下側に逃げ込んだの。でも、依然としてドアはロックされているから逃げられない。

 そして悪魔の手がついに病室に入り込んできた。悪魔の6本の指が病室内の設備を次々と壊していくの。

 私達にわざと恐怖を与えようと大げさに病室内を荒らしていることは明白だった。

「マリナには指一本触れさせない!」

 マリナの楯となるべく、悪魔に立ち塞がって見せたけどね、単なる強がり。足は震えて身動きできなくなっていた。

 ついに悪魔の指が私とマリナに迫ったとき、私は肩を優しく叩かれたわ。

『シーリン・バフティヤール、ありがとう。貴女の勇気、確かに見届けました。貴女もマリナも誰も傷つけさせないわ』

 それは意識を失って車椅子に乗せられていたマリナだった。

「マリナ!?」

『皇帝陛下。エクスシアの名において退魔を命じます』

「エクスシア!?」

 私は聞き覚えのある名前に驚いたわ。偶然かもしれないけど刹那のかつてのガンダムのコードネーム、ガンダム・エクシア、この名前の元となった天使の名前とそっくりだったのだから。

 

 悪魔の手が私達に迫った時、凄い轟音と共に、悪魔の手は病室から引き抜かれた。

 私は恐る恐る病室の外を見たの。

 すると、あれほど威勢の良かった悪魔は無惨にも駐車場に叩き落とされていたわ。次に今度は雷雲の中からモビルスーツが降りてきたの。

「刹那!?」

 はじめは刹那、貴方がガンダムで駆けつけたと思ったのよ。

 でも、違ったわ。GN粒子も放出されていないのよ。

 モビルスーツも駐車場に着地すると手にした巨大な剣を構えた。

 その直後、一発の雷光がモビルスーツのシルエットを浮かび上がらせたわ。

「なんなの、この機体は!? ソレスタルビーイングのガンダムではないわ!」

 まるで騎士のような姿のモビルスーツから聞こえてくる妙なノイズが一気に大きく聞こえたと思った瞬間、モビルスーツ全体が白く光り輝いたわ。

 サタンは奇襲攻撃を受けて病院の駐車場に叩き落とされていた。その大きな二つの羽は、今はもぎ取られて役目を果たしていない。

 そのサタンの足元に、やはり巨大な機動兵器が空から降りてきた。

「エクスシアめ、召喚するなら時と場所を選びやがれ」

 機動兵器の操縦者達はサタンに一撃を食らわした巨大な剣を構え直す。

「マスター、お嬢様との契約を確認しましたが『いつ・いかなる時も』になっています」

「イエッタ、そんな事はわかっている。だが、サタンと戦うなら装備というものがあるだろう」

 巨大な機動兵器は純白の装甲の彼方此方に装飾が施されていた。

 肩には巨大なプレートが取り付けられており、左肩前プレートと、右肩後ろのプレートには黄金の翼と角を生やした獅子のような巨大な装飾が描かれていた。

 左腕にセットされた巨大な盾にも装飾が施され、赤い十字架が描かれている。まるで、式典の最中から抜け出してきたような出で立ちだった。

「スパイドを持って出撃できただけでもマシです。これが、けん玉フレイルだったら格好がつきません」

 機動兵器は地上に降り立つと、病院を背にサタンと向き合う。

「貴様は何者だ!? 巫女の加護を受けた騎士か?」

 サタンは機動兵器を睨み付けるが、操縦者達は怯まない。逆にサタンを威嚇するかのように機動兵器のエンジン出力をあげる。すると、機体内部で放出されるプラズマ炎が機動兵器の半透明装甲を鮮やかに暗闇の中浮かび上がらせた。

「俺達が新しい主治医さ」

「ふ、ふざけるな!」

 サタンは一旦距離を取り武器を構える。

「サタンはこいつだけか? 伏兵の可能性は?」

「装備からすると、特殊潜入工作員と思われます。周囲にサタン・コマンダーの反応はありません」

「巫女の力が弱まっているときに来やがったわけか。刹那の奴め一個貸しだ」

「マスター、わかっていると思いますが、『ストライクル』の装甲は飾りですから戦闘機動は、最小限にしてください。それにこの子を調整している時間がありませんでしたから、長期戦は不利です」

 サタンは手にした火炎放射器を急襲してきた機動兵器『ストライクル』に向ける。

「式典用のベイルでは防げない」

 だが、ここでストライクルが火炎放射を回避すると病院に直撃してしまう。

 そうなれば、マリナを含めて入院患者は一瞬のうちに蒸発してしまうだろう。

 ストライクルは盾で火炎放射を防ぐのをあきらめ、手にした剣で風を起こす。いや、風という生やさしいレベルではない。

 ソニック・ブレード、真空斬りだ。

 真空斬り(ソニック・ブレード)によって火炎放射器から放たれた火球は火炎放射器ごと斬り裂かれる。

 しかし、粉々になった火球の火の粉が病院に飛び火してしまった。

「マスター!」

「病院が丸焼きになる前に、さっさと片付けて結界をぶち壊すぞ」

 ストライクルは手にした剣を鞘に収める。

 サタンも、ソニック・ブレードによって破壊された火炎放射器を投げ捨て、帯剣していた剣に手をかけた。両者居合いの構えだ。

 ストライクルの背後では火災が広まっており、一刻の猶予もない。サタンが剣を抜く瞬間!

「ブラインド・ソード!」

 ストライクルの居合いが悪魔のそれを優った。抜刀の瞬間に放たれた超高速のショックウェーブがサタンを切り裂く!

「ば、化けものめ……」

 サタンは体を切り裂かれながらも食い下がる。

「鏡を見てから言え」

 ストライクルはサタンの頭部に剣を突き刺しながら答える。

「……巫女の命が、尽きるとき、必ずや、殺して……くれようぞ」

 サタンは断末魔の声を上げて跡形もなく消えてしまった。

 

 それは一瞬の出来事だった。

 悪魔が放った火球が粉々に消し飛び、白いモビルスーツが悪魔を切り裂いたのだ。

 だが、すぐに火災報知器の音で私は現実に戻される。

 悪魔が放った火球が粉々になったが、その時に飛び散った火の粉が病院に引火したのだった。

「マリナ!」

 再び意識を失ったのか、マリナは答えない。

 早くマリナを連れて逃げないといけない。だがここは20階の病室だ。

 廊下に繋がるドアのロックは今度こそ解除されていたが、フレームが歪んだのか扉が僅かしか開かない。それどころか、扉から廊下の煙が部屋に入ってきたのだ。

 ゴホッ、ゴホッ。煙で咳き込む私。このままではマリナを連れて逃げることが出来ない。

「手に乗れ」

 部屋の外にその白いモビルスーツが来ていた。

 私達に手を差しのべ、そこに乗れというのだ。

 私は躊躇しなかったわ。悪魔よりもマシだと思ったのもあるけど。

 私はマリナを何とか掌に乗せて病室を脱出したの。

 

「マスター、式典用装甲のおよそ7割が今の剣技と火炎放射器の熱で溶けています」

 彼女はコンソールパネルに表示されるダメージ情報を主に伝える。

 彼らの駆る『ストライクル』は式典用の装甲が装備されている時の名前である。

 その元となっている機体は凶悪極まりない機体だが、式典時は通常装甲を取り外し、装飾が施されたペラペラの装甲に交換されているのだ。なお、実戦投入する際はもちろん本来の装甲に取り替えられる……。

「チッ、格納庫に放置されていたとはいえ始末書で済む問題ではないな。彼女達を助けたら、一旦病院から離れるぞ。この世界の機動兵器と遭遇する方が問題だ」

 彼らの駆る『ストライクル』は元々はL.E.D.と呼ばれる機体である。彼らの技量と機体性能を持ってすれば地球連邦軍のMSが束になっても勝つ事は難しいだろう。しかし、彼らの目的はサタンとの戦いである。

「私も賛成です。ジャミングを開始。マスター、離脱コース表示します」

 ストライクルは、マリナとシーリンを駐車場に下ろした。

「貴方たちは一体!?」

 私は白いモビルスーツに呼びかけたわ。だが、白いモビルスーツは無言で飛び去ってしまった。

***

「白いモビルスーツか……何か覚えていることはあるか?」

 刹那はシーリンに確認する。刹那の中ではモビルスーツではなく、MHではないかと予想していた。

「昔の話だから細かい事はよく覚えていないけど、全身が光り輝いていたことと、GN粒子が出ていなかったこと、凄いメカニカルノイズ、いいえ違う。カタロンのモビルスーツを見ているから比較が出来るの。まるで人間の血液が脈打つような音に様々なノイズが混ざった感じだった。あれはモビルスーツの音ではないわ」

「いや、それだけで十分だ。(脈動するようなメカニカルノイズ……。やはり例の機関か。)」

***

 私達が駐車場に降ろされた後、すぐに消防車や救急車が到着して救助がはじまったわ。

 避難中に怪我人が出たけど、死者が出なかったのは奇跡ね。

「……ここは?」

 マリナが目を覚ました。

「マリナ! 良かった気がついたのね」

「シーリン? どうしたの? それにここは?」

「どうしたの? じゃないわよ。良かった目を覚ましてくれて」

 彼女を抱きしめると思わず泣いてしまったわ。歳をとると涙もろくなるのよね。

 

 マリナはあの火災の後、すぐに別の病院に移された。

 結局、元居た病院は火災により閉鎖。建物の周辺も原因不明の損壊で酷い状況だったわ。

 恐らくあの悪魔と白いモビルスーツのせいね。

 でも、不思議だったのは誰も悪魔と白いモビルスーツが戦っていたのを見ていなかった事。

「マリナ、貴方は倒れて病院に運ばれたのよ」

「……ごめんなさい、シーリン。良く覚えていないの。また、貴女に迷惑をかけたのね」

「気にしないで。マリナは快復することだけを考えて」

 マリナの健康状態は問題なかった。まるで急変していたのが嘘だったように、頭を打った後遺症も検査では確認されなかったわ。

***

「シーリン・バフティヤール、マリナが快復できたのは貴女の看護のおかげだと俺は思う」

「そんな事無いわ。でも、貴方にそう言っていただけると嬉しいわ」

 刹那はここまでの話を一切マリナからは聞かされていなかったのだ。

***

 マリナの退院の日に、私はマリナを病院の屋上に連れ出したわ。

 昏睡状態が続いていたのが嘘のように、顔色も良くなりすっかり回復していたわ。

「シーリン、風が気持ちいいわね」

「そうね、砂漠の熱風と違って穏やかな風だわ」

 彼女は空を見上げながら呟いたわ。

 病院を移ってからというのも、明らかにマリナが空を見上げる回数が増えていることに気がついたの。

 病室から、病棟の廊下から、窓を見つけては時々空を見上げていた事を私は目撃している。

 でも、それはマリナには秘密にしておいたわ。

「マリナ、一つお願いがあるの」

「シーリン、今更何を改まってそんな事をいうのかしら? 私とあなたの仲じゃない」

 彼女は不思議そうな顔で私を見た。

「……そう、だったわね」

「マリナ、『エクスシア』という人を私に紹介してくれないかしら? 刹那のガンダムではないわよ」

 私はマリナには悪いけどカマをかけさせて貰ったの。

 その時、マリナの顔色が一瞬だけ変わったのを私は覚えている。

「……それは無理だわ」

「どうして?」

「その人はもう居ないの」

「もう居ない?」

「エクスシア、彼女は我が家のそれはそれは古いご先祖様だから」

「(えっ!)そう、それでは無理ね」

「シーリンはエクスシア王女をどこで知ったの? 王女は何世紀も前の人よ。アザディスタン王国は新興国だけど、王家の血は何世紀も前から脈々と受け継がれてきたの。イスマイール家は古い家なの」

「それは私も知っているわ」

「エクスシア王女はさる中東王家の出身だった。とても綺麗な女性で、多くの国民に愛されていたそうよ」

 遠い目をしながらマリナは彼女の身の上を語りはじめた。だけど、違和感を覚えたの。知人の身の上を喋っている感じがしたのよ。

「シーリンも彼女の伝説に興味があるの?」

「伝説? それは初耳ね」

 マリナは一瞬だけ、しまった! という表情を浮かべたわ。時々彼女はつい余計な事を喋ってしまうのよね。

「マリナ、私にその伝説を話してくれないかしら?」

「ア、アザディスタンに戻ってからじゃ、駄目?」

「折角の機会ですもの。今が良いわね~」

「うぅ、シーリンの意地悪」

 刹那、そんな目で見ないで。私は別に意地悪く言ったんじゃないのよ。

 マリナは小さく溜息をつくと諦めたのか、決心したのか私に王女の伝説を話してくれた。

 

「彼女は歴訪で諸外国を訪れると、必ず気前よく資金援助を行っていたそうなの。災害で苦しむ国があれば、自ら足を運んで喜んで復興資金や物資を援助したわ」

「今のアザディスタンとは逆ね」

 これには私もマリナも苦笑してしまったわ。

「そう、当時の中東はオイルマネーで潤っていたからお金はあったの。当然、王女の外交を面白くない人々も多かった。一部の王家の人間や大臣達も面白くなかったそうよ。でも、王女は

『いずれ石油が枯渇し、新しいエネルギーが登場した時、我が国は成り立たなくなるでしょう。だから、今のうちに世界に貸しを作っておくの』

って日頃から周囲に話をしていたの。でも、どう考えても貸しの方が大きすぎて王女は歴訪は縮小され、お目付役が大勢同行するようになった」

「それでは私達は王女の代わりに取り立てているのね」

「そうかもしれないわ」

 マリナの顔に笑顔が戻ったと思った次の瞬間

「そんな時、彼女に災いが降りかかったの」

 マリナの表情が曇り始める。

「エクスシア王女が、歴訪中の被災地慰問で事故に巻き込まれたことがあったの」

「まさか、その事故で!?」

 小さく首を横に振った。

「いいえ、王女『だけは』無事だった。同行していた当事国の関係者や王家の人間、王女を除く大勢の人が亡くなったそうよ。王女は事故現場にほど近い場所で発見されて助かったそうなの」

「それは良かったわ。王女は悪運が強いのね」

 私の言葉と裏腹にマリナの表情は険しくなる。

「だけど問題があったの」

「問題?」

「事故の直前王女が乗っていた航空機からSOS信号と共に『悪魔に攻撃されている』という通信が発信されていたの。これは後日回収されたフライトレコーダーにも記録されていたそうよ」

「悪魔!?」

 私は先日の悪魔の襲撃を思い出した。体に悪寒が走る。

「只一人生還した王女だったけど、悪魔と遭遇した話は誰にもしなかった」

「どうして?」

 私はマリナに詰め寄ったわ。悪魔と遭遇した私としては非常に興味があったから。

「だって、悪魔と言っても誰も信じてくれないわ。それどころか王女が気でも違ったのか? と思われてしまう……。それに、事故調査を担当した人達も通信記録は半信半疑。結局、操縦士の操縦ミスとして事件は終わったわ」

 確かに当事者以外は悪魔なんて言っても信じて貰えないだろう。私は自分が『当事者』だと言うことを忘れていたわ。

「でも、以前から王女を良く思っていない人々が『王女が悪魔と契約して同行者を殺した』って噂しはじめたの」

 私は戦慄した。もし、先日の病院襲撃で私とマリナだけが生き残っていたら同じ事を言われたかもしれない。

「当然、噂は王女の耳にも入ったわ。でも、王女は気にもとめず今まで通り振る舞ったの」

「彼女強かったのね」

「でも、周囲、具体的には王家としては、やはり問題だった。王女が悪魔と契約していると噂されては困るもの」

「……それで彼女はどうなったの?」

「王女は離宮に幽閉されたわ。建前上は王女を悪魔から守るため、という理由だけど。それでも実際は、離宮の警護には日頃から王女の身辺警護を行っていた兵隊達が充てられていたわ。でも、彼女を気に入らない他の王族や大臣達はこの機会に彼女を亡き者に出来ないか虎視眈々とチャンスをうかがっていたの」

「だけど、それでは子孫は? イスマイール家は?」

「そう、ここからが彼女の本当の伝説なの」

「ある晩、彼女を殺しに本当に悪魔(サタン)が現れたの」

「え!」

「城壁よりも遙かに大きい悪魔達だった。まるでモビルスーツぐらいの大きさね。それで本当に悪魔が現れてお城は大混乱。国王や側近の大臣は幽閉されている王女が仕返しに悪魔を呼び出したんだって言いはじめたの。大臣は子飼いの兵隊を離宮に派遣すると、すぐに王女を連行して王様に処刑を実行するよう具申したの。勿論、王女も違うと訴えたけど、無駄だった。王女の銃殺刑が決まったわ」

「そんな……」

「だけど、いよいよ王女の銃殺刑が実行されようとした矢先、悪魔達が城の中枢を攻撃。大臣一派の兵隊達も王女に構っていられなくなったの。怖くなった国王や大臣は我先に逃げ出しはじめた」

「それで王女は?」

「残され王女は同じく城に残っていた兵士達をまとめてあげ、悪魔達と徹底抗戦する決意をするの」

「す、凄いわね」

 でも、私は無謀だと思ったわ。実際に、悪魔の戦いを見てしまえば、それが如何に困難な事かよくわかる。

「だけど、悪魔の前にはどんな兵器も歯が立たない。ミサイルや戦車も悪魔にはまったく歯が立たない。王女達はすぐに絶体絶命のピンチになったわ」

 私はいつしか、こんなお伽じみた話にのめり込んでいた。その時は私は気がつかなかった。マリナは見てきたように話をしていたことを。

「悪魔に殺される! というその時、蒼く光り輝く巨人が悪魔をぶっ飛ばしたの!」

「蒼き光り輝く巨人!?」

 私は悪魔を撃退した白いモビルスーツを思い出した。モビルスーツは他にもいるの!?

「兵士達は王女がその巨人を呼び出したのではないかと思ったわ。蒼き巨人は手にした光の剣で次々と悪魔達を撃退していった。そして王女は悪魔達を退けた英雄として再び国民からも迎えられるようになったの」

 私はその光景を想像するのは難しくはなかった。先日のように悪魔を相手に謎のモビルスーツが戦う光景を。

「以上が我が家に伝えるエクスシア王女の伝説よ」

「凄い伝説ね」

「蒼き巨人だなんて、モビルスーツが登場する遙か昔の世界の話にありがちなお伽噺よね」

 マリナは遠くを見つめる。

「その後、逃げ出した王様や大臣はどうなったの?」

「王女を幽閉した国王や大臣を追放するべきだ! という声もあったけど、エクスシア王女は国王や大臣達を許したそうよ」

「それが貴女のご先祖様なのね」

「ありがとう」

「(……おかしい。悪魔を退けた王女なら、退魔の『王女』になるはず。あの時、悪魔達は退魔の『巫女』と言ったのは何故だ?)」

 マリナは深い溜息をついた後で、何か決心したよう表情で私に向き合ったわ。

「シーリン、それが我が王族の、いえ、女性にとって辛い歴史の始まりなの」

「アザディスタン王国では女性に政治が関われなかったのは、貴女が一番良く知っていると思う」

「……ええ」

「では、なぜ私が皇女に選ばれたのか? 王制復活のための象徴として? 国の舵取りを大学を出たばかりの女子供が出来るほど甘くはなかった、というのは側で見ていたシーリンが一番良くわかっているはず」

 私は当時を振り返り、マリナにかける言葉が見つからず苦笑した。

「エクスシア王女が悪魔を退けた話から、いつ頃からか分からないけど国が衰退する原因の一つに悪魔の仕業と考えるようになった。そこで、国が大変な時代を迎えたとき王女や皇女を国の代表にして、国の災い、つまり『悪魔』を一切合切を引き受けさせる裏の風習『巫女』制度が出来たの。すると不思議と『次の代』が繁栄するの」

「そんな、非科学的な!」

 でも、すでに自分が十分非科学的な状況に置かれていたのを忘れていたわ。

「確かにシーリンの言うとおり、この話は全ての王家の女性が該当するわけではないから信憑性が怪しいわ。だけど、大変な時代を経験した王女や皇女の次の代は必ず国が栄えてきたわ」

「まさか、マリナ、貴女」

『そう、私は悪魔を退けるために選ばれた女』

 マリナ、そんな悲しい顔で言わないで。

「……違う!」

「シーリン!?」

「マリナは退魔の巫女ではない。普通の女性よ。絶対違うわ」

 私は叫んだ。理由はわからないけど、マリナの話を聞いていたら腹が立ってきたわ。

 同じ女としてというのもあるけど、こんな大事な話を私にもしなかったマリナにも。

「シーリン……ありがとう」

 マリナは笑顔で私に言ったわ。でもやせ我慢しているのは私にはわかった。

「マリナ、彼を、刹那・F・セイエイを探しに行きましょう!」

「え?」

「あの男の首に縄を付けてでも私が連れてくるわ。そして、すぐに結婚式をあげるの!」

「ま、まって頂戴。シーリン!」

「マリナが彼と結婚して、彼を国王にする。そうすれば、マリナが全てを背負い込まなくてもいいじゃない!」

 あの時を思い返すとマリナに向かって私もメチャクチャな事を言っていたわ。

 刹那、あなたの場所も行き方も知らないのに、あの時は本当混乱していたのね。

「駄目なの、駄目なのよ!」

 マリナは目に涙をためて私に訴えたわ。

「退魔の巫女に選ばれる条件は昔は姉妹だったの」

「どういうこと!?」

「……選ばれた女性は結婚してはいけないの。結婚すると次の代に不幸が訪れるという呪いがあると言われているの」

「だから血を遺すために姉妹が条件だった!? でもマリナは一人娘!」

「そう、私が刹那と結婚して子供をもうけた場合、その子供の代に不幸が訪れてしまうの。だから私は誰とも結婚できないの!」

「そんなの迷信よ、そんな事があり得るわけない」

 だが、果たしてそうだろうか。

 現に悪魔が現れマリナの先祖や私達を狙い、そして正体不明のモビルスーツが悪魔を撃退しているこの状況では、私は自分の言葉に自信がなかった。

 国の災いとは国難や経済危機だけではなく、本当の悪魔の襲来も含まれているのではないかと私は思い始めていた。

「迷信なら、どんなに良かったことか」

 マリナは涙を流しながら顔を横に振る。私はハッとした。

「……どうして、どうして! こんな大事なことをマリナは私に黙っていたの! 私達、親友ではなかったの!」

「ごめんなさい。我が王家の問題にシーリンを巻き込みたくはなかった」

 マリアは、そう言うと顔を伏せてしまった。

「……マリナ、もしかして、この前の病院の出来事も!?」

「ごめんなさい。はっきりは覚えていないけど、私の中の『彼女』が出てきて『騎士』を呼び出すように囁いたの」

 やはり、マリナがあの白いモビルスーツを呼び出していたのだ。

「……マリナは、いつから、その『彼女』について知ったの」

「刹那がELSと対話するために地球を旅立ってすぐ、夢の中に彼女が出てきたの」

 5年前から彼女、エクスシア王女はマリナの中に現れるようになっていたの。

 マリナは私にこう言ったわ。

「シーリン、刹那にはこの事は絶対に話さないで。彼に話をしたら彼はきっと悪魔と戦うでしょう。彼だけは我が王家の呪いに巻き込みたくはないの!」

 マリナは幼い頃から戦いに明け暮れていた刹那をこれ以上苦しい戦いに巻き込みたくはなかったのね。

「私はエクスシア王女を恨むわ。マリナに、こんな辛い運命を背負わせるなんて!」

 その時だったわ。

 私もマリナも屋上の異変に気がついていなかった。

 いや、エクスシアは気がついていたかもしれない。

「……では、その運命をここで終わらせて楽にしてくれようぞ……」

「シーリン!」

 私は突然首をつかまれると。体は宙に持ち上げられていたわ。

「……グッ、マ、マリ、ナ……」

『サタン!』

「やはり、貴様の力はまだ完全ではないようだな。この女の首を引き千切り、(はらわた)を掻き出すぐらいの力は出せるわ!」

 私とマリナを襲った骨と皮だけの昆虫のような体に、コウモリの羽を生やした人型生命体悪魔(サタン)が私達に殺すために待ち伏せしていたの。

 先日襲ってきた悪魔と違ってモビルスーツのような大きさではなかったけど、それでも人間の二、三倍の大きさはあったわ。

 私は背後から悪魔に首を掴まれ宙づりにされていた。

『やめて! 彼女は関係ないわ。彼女を離しなさい!』

「そうはいくか! 仲間の仇を討たせて貰おうぞ、まずはこの女からだ!」

 悪魔はそういうと更に私の首を掴む腕に力を入れた。

 私は死を覚悟した。

 でも、意識を失う瞬間、私は屋上の地面に落ちたの。

 固い地面にぶつかる寸前、誰かに抱きかかえられていたわ。

「ゲホッ! ゲホッ!」

 私が喉を押さえていると

「大丈夫ですか? この場から離れます」

 とても華奢な女性が私を軽々と抱きかかえて悪魔の元から助けて出してくれたの。

 悪魔の方をみると、先ほどの威勢とはうって変わって、腕を切断され、もがき苦しんでいたわ。

『……皇帝陛下、遅かったですわ』

 マリナの前に背のとても高い男性が剣を構えて立っていた。

 2mを超す長身だったわ。

 すぐに分かった。彼が悪魔の腕を切断してくれたことを。

 そして、この時、先日私とマリナを助けてくれたモビルスーツのパイロットではないかと直感した。

「……また、貴様か! どこまで我々の邪魔をすれば気が済むのだ!」

「言わなかったか? あの晩から彼女の主治医になったのさ」

 私が瞬きをした次の瞬間、勝負はついていた。

 彼が何をしたのか、私にはわからなかった。でも、悪魔は頭から真っ二つにされていたわ。

 そして悪魔は灰になって消えていった。

『皇帝陛下でも遅刻は遅刻です。今までどこに行っていらしたんですか? あと少しで彼女が危ない所でしたわ』

 マリナは男性に話しかけていたわ。

 あの口ぶりは、その男性を以前から知っている感じだった。いや、あの時はマリナではなかった。

「装甲を焼失したおかげで始末書の山さ」

『あら、それは大変』

「まったく、誰のせいだと思っているんだ!」

『それは私のせいではございませんわ。それに私との契約をお忘れですか?』

「ふん、覚えているわ! この腐れ巫女め。だいたい、貴様はいつもそうだ。サタンの一匹や二匹、片付けるのは雑作もない癖に、いつも掃除役を俺に押しつける」

『それは見当違いですわ。今の私は、愛する王子様の帰還を待つ、か弱い皇女様でございます。この細腕でそんな物騒な代物を振り回したりしたら、彼女自身のイメージダウンになりかねません』

 私には悪魔と遭遇した時よりも目を疑う光景だった。

 マリナとその男は、まるで兄姉げんかを繰り広げているようにお互いを罵り合っていたからだ。

「マリナ!?」

「シーリン大丈夫? 怪我はないかしら」

 私に気がついたマリナがすぐに手をさしのべてきたわ。私を心配そうに見つめるマリナの両目は輝いていた。刹那、貴方のような虹色でね。

「私に馴れ馴れしく触らないで!」

 だが私はその手を断った。

『シーリン……』

 マリナは悲しそうな顔をしたわ。でも、マリナではない事は私にはわかっていた。

「貴女……エクスシアね?」

『そう、私がエクスシア』

「それも王女(・・)ではなく、巫女(・・)の方の」

『……その通り。流石ね、シーリン・バフティヤール』

 彼女はマリナの体を借りたエクスシアだった。

 私はハンドバッグから短銃を取り出してマリナに向けたわ。

 でも、長身の男性と先ほど私を助けてくれた女性も何もしなかった。

 彼が剣を振るえば私なんて簡単に斬り殺せただろうに。

「マリナを返して頂戴。その体はマリナのものよ。貴女が自由に使って良いものではないわ」

『ごめんなさい。貴女を助けるにはこうするしかなかったの』

「マリナに、いいえ、マリナだけではないわ。王家の女性に辛い運命を背負わせておきながら、都合の良いことを!」

『王家の迷信と私は無関係、と言っても信じてもらえそうにないわね』

「現にこうして悪魔が襲ってきたじゃない。信じられるわけないわ!」

『本当にサタンが襲ってきたのは、マリナの先祖であるエクスシア王女とマリナの時代だけよ』

「そんな話!」

「彼女の話は本当だ」

 先ほどまで静かに成り行きを見守っていた長身の男性が割り込んできた。

「俺は昔、この女と酷い契約を結ばされて、サタンが襲って来た時だけ、こうして呼び出されて撃退している。そもそも、こんな人使いの荒い巫女と契約する不幸な騎士は俺だけで十分だ」

『陛下、人使いが荒いなんて酷い』

「ふざけないで! 私は真面目な話をしているの!」

 エクスシアに向けていた短銃を男性に向けた。

 すると私を助けた華奢な女性が銃口の前に身を挺してきた。それは堂々とした態度だったわ。

「気を悪くされたのであればマスターに代わって私が謝ります。ですが、エクスシアさんとマスターの話は本当です」

 凜として、とても綺麗な女性だった。

「それでは、どうしてマリナは悪魔に狙われるの! マリナが何をしたっていうのよ!」

 女性とエクスシアの表情が強張る。

「それは……」

『イエッタ、私から話をするわ。マリナが私の後継者だからよ。だからサタン共はマリナが力を付ける前に殺しに来るの。今回はマリナが倒れたときに一時的に力を失いかけた。その隙にサタン達は殺しに来たの』

「嘘よ。マリナは普通の女性よ」

『残念ながらマリナは普通の女性ではないわ。彼女はサタン達を退ける役目を果たす運命にあるの』

「たとえ、それが運命だとしてもマリナは戦わないわ! 私が絶対に戦わせない!」

『その通りよ。マリナが戦う必要はない。サタンと戦うのはマリナに選ばれた騎士の役目』

「え?」

『私達巫女は、お伽噺に出てくるような魔女のように杖から光線を発射したり、鎌を振り回したりして、直接サタンと戦うような事はしないの。サタンと戦える能力をある騎士を探し出して任命し力を与えるのが巫女の役目』

 耳を疑った。

「この地球にそんな能力を持った人間がいるとでも言うの!?」

「その通りだ」

 再び長身の男性が話しに割り込んでくる。

「退魔の巫女が、その世界に出現したということはつまり、サタンと戦える素質のある騎士が出現する可能性があるという事だ。この女が出現したから騎士が選ばれるのか、騎士が出現したからこの女が現れるかは時代によるがな。それに、あくまでも可能性であって確定事項ではない」

「まさか、その騎士というのは……」

 恐ろしい予想が私の頭をよぎった。

「だからサタン達にとってこの女は驚異なのだ。この女と騎士がワンセット揃えられたら困るのだ」

『手段は選ばない連中よ。呪い殺そうとする時もあるし、科学力を駆使して攻撃してくることもあるわ』

 私はマリナの様態が悪化したときのことを思い出した。まさか、あれは悪魔の呪いだっていうの?

 でも、私は彼女の話から希望の光を見つけていた。私の予想が正しければ……。

「エクスシア、貴方はさっき『王家の迷信と私は無関係』と言ったわね」

『ええ、そうよ』

「それでは、マリナは彼と、いえ、普通の女性として幸せを掴むことが出来るのね!?」

『……それは』

 私の予想に反してエクスシアの顔が曇る。

「違うって言うの!? さっき、貴女は『王家の迷信と私は無関係』と言ったじゃない!」

『シーリン、落ち着いて。痛い』

「シーリン・バフティヤール、落ち着け。話を最後まで聞け」

 気がついたら私はエクスシアの両肩を掴んで激しく責め立てていたわ。

 彼によって引き離されたけど、今になって思えばエクスシアに悪い事をしたわね。

『……確かに王家の迷信とサタンは無関係よ。だけど、騎士を任命する前に巫女が男性と契りを結ぶと、その力を失う可能性があるの』

「エクスシアのような巫女は、力を失った場合、次の世界へ『転生』するまではサタン達を退けることが出来ない。もし、力を失った場合、サタン達が我が物顔でその世界を支配する可能性もある」

 長身の男性も私に説明する。

「それでは、マリナの先祖エクスシア王女はどうやって子孫を残したの? 彼女の時代に騎士は現れたの?」

『彼女の時代にサタンは現れたけど、結局、騎士はその時代からは任命されなかった。彼女は生涯独身で過ごし、彼女の妹が血を残したの』

「……エクスシア、この時代の騎士は誰なの? 教えて」

『シーリン、それは貴女にも教える事が出来ない。それに、今、彼は友と一緒に、とても大事な使命を帯びて地球を離れているの』

 空を仰ぎながら彼女はこう続けたわ。

『でも、もう間もなくなの。彼が帰ってくるのは……』

「そう……わかったわ、それだけで十分よ。さっきは、ごめんなさい」

『シーリン……ありがとう』

 その一言で私は希望の光を見いだせたと思ったわ。

 エクスシアもその時をとても楽しみにしている表情だった。あれはマリナの地だったのかもしれない。

 だけど、次の彼の一言で私達の希望は絶望にかわった。

「……悪い知らせがある。計画の変更が発生した」

『悪い知らせ!? まさか、彼の身に何かあったのですが!? 皇帝陛下』

「刹那の身に何かあったの!?」

 今度は私とエクスシアは一緒に彼に詰め寄ったわ。エクスシアは必死な形相だったのを覚えている。刹那、貴方の名前を口に出してもエクスシアは否定をしなかった。それどころではなかったのね。どれだけ恋い焦がれていたのか、私にはわかったわ。

「先ほど、お嬢様から地球への帰還日時に細工を施した()がいると情報が入った。今回の作戦失敗による報復措置らしい」

『そんな!?』

「(お嬢様!?)それで、いつ刹、いや彼は帰ってくるの!?」

「……今はまだわからない。50年後か100年後か、1000年後か……。それ以上か」

 吐き捨てるように男は言ったわ。彼も又、苦渋の表情をしていたの。

『なんて事なの……これでは、マリナと彼を引き合わせるために身を引いた王女が可哀想すぎるわ……』

「エクスシア!」

 彼女はその場に倒れ込むように泣き崩れてしまった。まるで、何かの糸がぷっつり切れてしまったみたいに彼女は沈み込んでしまったの。

 泣き崩れたエクスシアを介抱しながら私は何とか事態を整理しながら彼に質問をぶつけたわ。

「貴方、こ、皇帝陛下と言ったかしら?」

「何とでも呼べ」

「それでは、皇帝陛下。私達は50年も100年も生きられないわ。それまでに帰還できなかったら、どうなるの?」

「ふむ。エクスシアの力が弱まった時、もう一度サタン達が襲撃する可能性があるな」

「なんですって!?」

「巫女の魂を持つ者が『一般的な理由で』死亡した場合、次の騎士が出現する時代へと転生される。しかし、サタン達の手により殺された場合、その魂は転生することが出来なくなってしまう。そのなれば、その時代はサタン達に滅ぼされてしまうだろう」

 そんな! それは私の正直な気持ちだった。ELSとの大戦からまだ5年しか経っていない。失われた熟練パイロットやMSの補充もままならない時代、かなりのショックを受けたわ。

「仮にサタン達が攻めてきたとして地球連邦政府(今の私達)で撃退できるかしら?」

「今の戦力では到底無理だな。昨夜、もしこの星の機動兵器がサタンと戦っていたら、いたずらに死者を増やすだけだったろう」

 その光景を想像したくはなかったが、素人でも先日の夜の戦闘は従来のMS戦を遙かに凌駕する内容だった事はわかる。それでも、ハッキリ事実を突きつけられるのは良い思いはしないわ。

「それでは、我々はどうすれば良いのよ……」

 エクスシアと一緒に私も肩を落としたわ。だけど、彼は私の肩を優しく叩いたのを覚えている。

「だから俺のような『騎士』が必要になるのさ」

「皇帝陛下、あなたまさか」

「エクスシア、いやマリナ・イスマイール、そしてシーリン・バフティヤール。奴とガンダムが地球に帰還するまで、俺がサタン共の相手は引き受ける」

「以上が2319年の出来事よ」

 刹那はシーリンから全ての話を聞き終えた時、身体がクルマのシートに深く沈み込むような感覚を覚えた。

 刹那の話も荒唐無稽だったが、シーリンの話はそれ以上に荒唐無稽だった。

 ELSとの対話の道中は地球時間で半世紀の時間が必要だったと自分達は思っていたが、まさか外部の、それも見えざる手によって細工がされていたというのだ。

「刹那、貴方がわずか50年で地球に帰還した時はどれほど嬉しかったか」

 ELSが地球に襲来してから5年が経過した出来事だったが、イオリアの生前よりも以前からサタンが地球に襲来していたのだ。

 もし、イオリアがサタンの存在を知っていたらソレスタルビーイングの在り方も『対話』も変わっていたかもしれない。

「……マリナはエクスシアの話をどれだけ知っていたんだ?」

「エクスシアはマリナには、それほど多くの情報は伝えていなかったそうよ。契約を交わした騎士の存在や男性と契りを結ぶと巫女の力を失うこと等、これ以上マリナを苦しませたくなかったみたい。マリナ自身も王女と巫女、二人の話が混ざっていたと思うわ」

 だが、マリナは王家の風習に従い結婚することはなかった。

 それは勿論、アザディスタン復興のため、そして50年間も地球を留守にしていた誰かのせいでもあるが。

 そして、シーリンの話では、この事件以降エクスシアがマリナの人格と入れ替わることがなかったそうだ。

 長身の男とシーリンを助けた女性は、刹那が不在の間、サタンと闘うことを誓うとその後、二人の前から姿を消した。

 彼らはマリナがサタン達に狙われて危機に陥ったときだけ『別世界』から召還される契約だったそうだ。

 彼らがどれだけ裏でマリナをサタンから助けたのかわからない。しかし、刹那としては複雑な心境だった。

「皇帝陛下……奴は何者だ?」

「わからない。私が彼らと会ったのはそれっきり」

「そうか」

 仮にその人物が今も生きていたら、イノベイターでもない限り歳をとっているはずだ。単なる人間であれば。

「刹那、落胆するのはちょっとまって。今日はこれも貴方に見せたかったの」

 シーリンはハンドバックから手帳を一冊取り出すと、ページを捲り、ページの間に挟まっていた一枚の写真を刹那に見せた。

「まさか、この男は!?」

 

 シーリンは刹那に複雑な表情を向けると刹那の手を取る。

「刹那・F・セイエイ、マリナは貴方を悪魔達との戦いに巻き込みたくない。と、私にだけ話していたわ」

「それがマリナの願いだったのはわかっている。俺はマリナも貴女も責めるような事はしない」

「でも、私はマリナの願いを無にする事を言わないといけないの」

 刹那の手には数滴のシーリンの涙が落ちていた。

「刹那、マリナを救い出して。そしてマリナを幸せにしてあげて!」

 気がつくとシーリンは刹那の胸の中で泣いていた。それは親友を救うために親友の願いを裏切る自分の行為からくるのか、それとも親友の愛する人を死地に向かわせる自分への嫌悪感なのか、それとも両方なのか、それ以外なのか、シーリンにもわからなかった。

 そんなシーリンを刹那は優しく受け止めたのだった。

 

 刹那はシーリンを最寄りの駅まで送り届けると、ホームでシーリンを見送っていた。

「シーリン・バフティヤール、今日は貴重な時間をありがとう」

「それは、私の台詞。礼を言うのは私の方。貴方から生きる希望を貰えたんだから」

 生きる希望、それは今の刹那にはかけがえのない言葉だった。

「なるべく期待に添えるように頑張ろう」

「出来れば私が天国に行く前にお願いしたいわね」

「……難しいかもな」

「冗談よ。ミッションがどれだけ難しいのか私はわかっているわ。もし、私が神様の元に召されていたら『三人』でお墓参りに来て欲しいわね」

「縁起でもないことを言わないでくれ。マリナが悲しむ」

「クス、それでは急いで頂戴」

「わかった」

 刹那はシーリンを優しく長く抱きしめた。二人とも口には出さないが、これが最後になるだろうと予想していた。

「マリナによろしく伝えてね」

「それは自分の口から伝えて欲しい」

 シーリンが刹那の体から離れると列車に乗り込んでいった。

 シーリンは列車の窓からホームで見送る刹那に手を振る。そして、いよいよ発車ベルは鳴り列車は動き出した。

 刹那は列車が見えなくなるまでホームで見送りながら、先ほどのシーリンの言葉を思い出していた。

『もし、私に何かあったら刹那とELS達(ガンダム)が、ただ指をくわえて見ているわけないでしょう』

 マリナの言葉が刹那とELS達の中で何度も何度も繰り返される。

「(……そうだ……俺が……俺たちが!……ガンダムだ!!)」

 駅のホームで立ち尽くしながら静かに刹那とELS達は心の中で叫んでいた。

 

 刹那はクルマに戻ると、すぐにミレイナのオフィスに繋いだ。

「ミレイナ、俺だ。ドウター社の創立記念パーティに出席する必要が発生した。すぐに準備を頼む」

 ドウター社、ログナーの社長室。

「それでは当日の姫様の監視はこちらのシフトで行います」

 ログナーとカーリンは間もなく開かれる創立記念パーティの懸念事項の対応についての打合せを行っていた。

 丁度、監視対象(・・・・)の追跡ローテーションについて打ち合わせが終わった所であった。

「ところで、お嬢様から契約変更手続き書類が送られてきていますが、更新はどうされますか?」

「異議申し立てがない場合は自動継続だったな」

「はい。それでは異議申し立てなれさますか?」

「する相手がジョーカーに行ってしまったわい」

「(クス、する気もない癖に)それでは更新ということでお嬢様に伝えておきますが、念のため書類は置いておきますね」

 

 ログナーはカーリンの退室した社長室で独り物思いにふけっていた。

「巫女は能動的にサタンを倒す事は出来ない。元々は突然変異の産物だ。それでも、その世界に安定をもたらす事が出来る。しかし、今この地球に巫女は居ない。奴らが動き出す前に、奴らが地球を滅ぼす前に何としてもマリナを連れ戻さないといけない」

 カーリンが残していった契約変更の書類に一応目を通すと、取り出したライターで火をつけた。

「それにしても、元は俺と同じはずなのに、どうしてあの性格になりやがった、エクスシアめ」

 書類は灰皿の中で蒼い炎に包まれると、すぐに灰と化したのだった。

次回予告

 刹那はミレイナと共にドウター社の創立記念パーティに出席するためアウトバーンを飛ばしていた。

 パーティ会場で刹那を出迎えたのは、意外な人物であった。

後書き

前回以上に内容がアレな第8話をお送りできました。

内容的にちょっとどうかな?と思いましたが、再開したFSS本編の方がファッ○ンで、ぶっ飛びすぎていましたので気にしない事にしました。永野先生には敵いません。

 

第8話はこれからの物語の壮絶なネタバレ回だったと思います。

 

エクスシア王女と巫女、ワンセットでオリジナルキャラクターを登場させて貰いました。

エクスシア王女と巫女のビジュアルは、ガンダム00の1stシーズン OPの白いドレスの女性です。

マリナのご先祖様という設定ですから、こちらを採用しました。というか、他にイメージ出来ません。

あと、巫女さんの方はログナーを司令ではなく皇帝陛下と言っています。

つまり、カラミティ・ゴーダース星団皇帝を指すのですが『お嬢様』を間に挟んで契約を結んでいます。

未来から過去に向かって駆け抜けるお嬢様、果たして一体誰なのか。

 

ログナー専用のL.E.D.ミラージュ、ストライクルが登場していますが、今の永野先生の頭の中では『無かったことに』されているようです!?

バビロンズは『雷丸』がその地位を奪ったとか?

でも、私はストライクルはストライクル、雷丸は雷丸で別物と考えて登場させました。

このストライクルはウィルの格納庫から引っ張り出してきたため碌な武装がありません。L.E.D.本来の装甲も外され放置されていました。

実剣だから良かったものの、これがインフェルノナパーム搭載だったら経済特区は炎に包まれていたことでしょう。

 

そしてスメラギさんが刹那に課したミッションプラン。刹那は実行するのか? 出来るのか? 場所はどこなのか? それは作者もまだわかりません。

 

FSS本編がアレですが、こちらはMH表記のまま物語は進めます。

第9話も引き続き宜しくお願いいたします。

 

誤字脱字の指摘、感想お待ちしております。

 


 
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