「荀彧、何か策はあるかな?」
隣に立つ荀彧に視線を向ける。
「こうまで乱戦になっていたら策なんて立てられたもんじゃないけど、そうね……。前進命令がある前提として話しを進めるわ。
前曲の曹操、孫権なのだけど、多分私達が前にでたら、後退してくると思うの。多分あちらにはまだ、華雄が討ち取られたことは伝わっていない。
私達の軍勢は一応数1万とはいえまだまだ少ないから前曲になったら敵が叩き潰しに出てくる可能性がある。
曹操たちが後退するのは、出てきた敵将を私達に押し付けようってことね。
まだこの先の虎牢関を落とさなければならないから、きっと曹操も孫権も損害を抑えようとしてくるはず。援護は期待出来ないとおもっていいわ。
多分だけど、そうね……。あなたなら籠城してる時に敵の小部隊が目の前を通ったらどうかしら?」
「それは撃破しに行く事を前提として、どういう方法をとるかってことだよな。んー、なるべく少数で撃破しにいく?
撃破できる最小の人数を外にだしてどうにかしたい所だけど」
「一般人の発想だとそうよね。だから旗の数を減らして数を少なく見せれば相手は少ない数で現れてくれる。
黄巾党の時と逆をやるのよ、旗の数を減らす事で人数を少なく見せて油断を誘う」
「でも、正直籠城してる時に城から出てくるってのはどうかと思うからなぁ。守りに徹して弓や投石でどうにかしたいと思うけど」
「なら、出て来る気にさせちゃいましょう。ご主人様は籠城してて怖い事ってなんだかわかりますか?」
今度は朱里が声をかけてくる。
「あ、アレか」
俺は納得したように頷いた。
「じゃあ、朱里、伝令を走らせてくれる? 荀彧も準備をよろしく。今のところ戦闘はあるけど討って出てくる気配もないし」
荀彧の予想通り、しばらくすると袁紹からの伝令がやってくる。中身はいわずもがな。
前進命令に返答を返し、荀彧と朱里に視線を向ける。
「やっぱり来ましたね。では、なるべく戦闘の行われている区域を避けて、ゆっくりと前進しましょう」
「間に合えばいいんだけどな」
軍は戦場の間を縫うように前進していく。
荀彧と朱里の予想通りというところか、曹操と孫権の軍は後退をはじめ、こちらの軍が先鋒になろうとしている。
「まだ来ないか?」
「焦らないで、討って出てこないなら時間の稼ぎ用もいろいろあるわ」
近くまでくれば汜水関はでかい。こんなものをよく正面から打ち破ろうという気になる。
「そうです、焦ったらだめです」
後ろを振り返ると、遠くに大きな木組みの車が疾走してくるのが見える。
兵達が必死にそれを押して走ってくるのも見えた。
「来たぞ。さすが工兵隊だ、仕事が早い」
衝車。三国志の時代に孔明が考案したとされる対攻城戦用の兵器。城門をぶち破るために作ったものとされている。
それの簡単な図面を朱里に見せた所、やはり考案者というのは本当らしい、すぐに形にしてくれた。
それに対してもう一つ俺は注文をつけた。それが、
「兵站輸送用の馬車に偽装できるようにできないか」
ということ。こんなものを最初から見せて、他の諸侯に横取りされてはたまったものではないから念の為にだ。
幸い構造自体はそう難しいものではない、馬車用に部品を取り付けて、ところどころ組み替えるだけで馬車としての役割を果たせるようにできた。
破城槌となる丸太は、もともと持ってきているものを縄でぶら下げただけだ。
先ほど朱里に飛ばしてもらった伝令は、後方の兵站の管理をしている部隊に、急ぎ衝車に組みなおして前線に持ってこい、という命令だ。
とにかく目立つ。こんな目立つものは使えない、どう考えても真っ先に狙われるし。
ただその真っ先に狙われるというのが狙い目、どう考えても城攻めの道具だ、狙わないわけがない、討って出てでも壊したいシロモノだろう。
つまりこいつがオトリ。慌てて壊しに出てこようとした所を一気に城門に雪崩れ込んでしまおうという作戦だ。
衝車が見えた時点で速度を上げ、汜水関へと近づいていく。
この無言の挑発に乗ってこないなら、衝車が城門に取り付くまでのこと、敵将は既に居ないのだ、どちらにせよ被害もそれほど大きくならないと踏んだ。
「城門が開きました! 敵軍が突出してきます!」
伝令の言葉を聞き、俺は大きく頷いた。
「愛紗、鈴々!」
「全軍鋒矢の陣を取れ。突撃いいぃぃ!!」
愛紗の号令とともにピタリと陣形を整え、衝車を捨ててその場から突撃していく。敵兵を蹴散らしながら軍は汜水関城門へと一直線に突撃し……。
ものの見事に内部へとなだれ込んでいく。中に1部隊でもはいってしまえばあとは城門を取り返されないようその場で防戦し、他の軍が入ってくるのを待てばいい。
「あなたの勝ちね」
「ああ、そうだな。ようやく汜水関を落とせた」
「そうじゃないわよ」
荀彧がおおげさにため息をつく。
「まだ先はわからないけど、伏兵を完全に無効化し、敵将を討ち取り、汜水関に一番乗りを果たしたのよ? 相当大きな功となるわ。
私は、本当にあなたに仕える事になるかもしれないわね。今回は曹操は何もできなかったようだし」
そういうことか、と納得。そう思うと嬉しくて顔がどうしてもにやけてしまう。
「何笑ってるのよ気持ち悪い。まだ先はわからないわよ?」
「そうです、この汜水関でさえ、落とすのに時間と兵力を浪費しました。これが虎牢関となると……」
傷兵を後方に移送する作業を終えた朱里がやってくる。
「もっと被害がでる、か?」
「はい。必ず出ます。だって総大将が袁紹さんですから」
ああ、なんだかすごい納得……。噂をすれば影が差すとでもいうべきか、袁紹からの伝令がやってくる。
汜水関を抜け、虎牢関に向けて出発しろとの命令。俺たちはそれに従い、小休止の後に、出発する。
行軍は一両日続き、いく度目かの陣泊を重ねると、遠方に汜水関とよく似たシルエットが見え始める。
「あれが、虎牢関か」
「そうです、あれが都の玄関口。洛陽を守る最終関門、難攻不落極悪非道七転八倒虎牢関です。」
「なんかえらく大げさだなぁ……」
「それぐらい落とすのに苦労する難所だ、と。そういうことです」
虎牢関についての話しをしていると、袁紹からの伝令がやってくる。どうも……、軍議を開くらしい。
先の軍議の事を思うと嫌な予感しかしないが行かないわけにはいかない。
行く、という返事を返して俺は大きくため息をついた。
軍議のために本営陣地に行くと、案の定、袁紹と曹操が激しい口喧嘩を繰り広げていた。
口喧嘩部分はやっぱり思い出すだけでも疲れるので割愛……。
で、結果的には、袁紹と曹操が喧嘩をして、軍を後方に下がらせるといって帰ってしまい、孫権も呆れて帰ってしまった。
短絡的な袁紹の出した結論は、華雄を討ちとったのだから呂布を討ち取れるハズだ、お前たちが先鋒をやれ。という
俺は、連合軍を敵に回すか、先鋒をやるか。の2択を迫られる事になってしまった。
「結局やるのは脅しかよ!」
「脅しなどと乱暴な言葉を使わないでくださいます? これは駆け引きというものですわ」
俺は一つ、大きなため息をつき、考えを巡らせる。
ここでどうするか、というのがうちの軍の明暗を分ける。
「わかった、いくつかこちらの出す条件を飲んでくれれば、先鋒を任されよう」
「で、その条件というのはなんですの?」
俺が考えに考えて提示した条件は3つ。
「一つ、仕掛ける時間はこちらに任せる事。 二つ、こちらが戦っている間に他の勢力を動かす事。三つ、各陣営から兵力を供出すること。この三つが最低条件だ」
時間については、まだ華雄が目を覚まさないから情報が取れないため、時間を稼ぎたかったのだ。
伯珪の助け舟もあり、どうにかこの三つを袁紹に飲ませる事が成功した俺は、重い気分で自軍の陣地に戻った。
「……、また何かあったのね、今度は何かしら?」
いち早くおれの表情に気づいた荀彧が声をかけてくれる。なんのかんの言いながら、しっかりと見ていてくれるのはありがたかった。
「先鋒をやれって脅された、まいるよ本当に」
思い切りため息をついてから、現在の状況を説明する。先鋒を任されたこと、袁紹に条件を三つ飲ませた事。
「そう……。でも一つ朗報があるわ。華雄が目を覚ましたわよ。あなたが説得するんでしょ? なんの材料があるのかしらないけど」
俺はパッと顔を上げる。光が見えた気がした。
「愛紗、荀彧、朱里、ついてきてくれ、早速華雄と話しをつける。人払いをよろしく」
華雄を監禁している天幕に入ると、華雄の対面に座る。愛紗は華雄の背後に立っている。
「おはよう、華雄将軍、でよかったよね。おれは北郷一刀。よろしく」
「ふんっ、私に一体何の用だ。虎牢関や洛陽のことならはなさんぞ」
頑なな態度の華雄に一枚の紙を見せる。
「この子が董卓だよね」
華雄ばかりか、荀彧や朱里、愛紗までもが目をむいて驚く。当然だ、俺はこのことを誰にも喋っていない。
「俺は董卓について調べてたんだ。洛陽で暴政を敷いているっていう噂をきく前からね。それで、どうにも今回のことに納得がいかない」
黙して俺の話しを聞く姿勢の華雄、つれてきた三人にしても、黙ったままだ。
「政治のすすめ方は堅実で、とてもじゃないが暴政を敷くような人物ではないそうだし、もとの領地での人望もあったっていうし。
とても穏やかで、温厚な子だって聞いたよ。一体この子に何があったの?」
「……」
華雄は喋らない。
「例えば、この子の両親が宦官達に人質に取られて、名前をいいように使われている。とかは考えたんだけどね」
「貴様……、どこまで知っている?」
「俺は知らないよ、かなり前から目をつけてたから情報を知れたってだけで、洛陽の事があってからは何もしらない」
「貴様は、それを知ってどうしようというのだ?」
「俺は事実を知りたいんだ。どうするかはその後に決める。董卓のことを教えてくれないかな? 戦に重要な事は教えてくれなくてもいいから」
俺がそういうと、しばらく悩むように目を閉じ、黙りこむ。
沈黙が重い、おそらく俺以外の三人もそうだろう。
「およそ貴様の言った通りだ。私も、呂布も、張遼も、董卓を守るためにここで必死に戦っている。董卓は暴政など敷いていない。
宦官共と、よくわからない白装束の連中が現れてな。董卓の両親の命を盾にして、暴君に仕立て上げ流言飛語で群雄をつれといったのだ
貴様を殺すため、とその白装束の連中は言っていたが。宦官共はその尻馬に乗って甘い汁が吸いたいだけだろう」
華雄は俺に視線を向ける。
「貴様はそれを知ってどうする?」
「俺は甘いと周囲からよく言われるけどね。そういう事実が無いのなら、助けたいと思ってるよ」
「助ける、か。どう助けるつもりだ? 董卓の首を取るための軍勢だろう、他の諸侯が黙っているとは思えんぞ」
「俺以外に董卓の顔を正確に知ってる者が居ると思えないんだよね。それに、愛紗、ちょっとごめんよ」
「ちょ、ご主人様何を!?」
立ち上がって愛紗の傍にいき、髪留めを外して髪を降ろさせる。
「これだけでも、人相って変わって見えるでしょ。しっかりと顔をしらないなら、隠すのはたやすい。死んだっていう噂を流してかくしてしまえばいいと思ってる」
「いいだろう。貴様を信じよう。董卓と賈詡を助けてやってくれ」
賈詡、といえば確か軍師として活躍した人物だと記憶している。俺はゆっくりと頷いた。
「助けるよ。もし俺が約束を違えたら、華雄将軍にこの首を差し出すよ」
「私はもう負けたのだ、将軍ではない。華雄でいい。私も力を貸そう、董卓達は私も助けたい」
「なら、今俺達の置かれてる状況を説明するよ」
現在の状況を荀彧と朱里にも手伝ってもらって華雄に説明していく。
「一万で前曲か。張遼達に連絡をとれれば、どうにかなるかもしれないが……」
「……とれるかもしれない。董卓軍に潜ませた間謀がまだ生きてれば、だけど」
「まったく、いややわぁ、あんなによーけ篝火たいてから、一体何人で押し寄せてきよるんや」
大きくため息をつく。華雄は討ち取られてしもたいうし、なんぼここが難攻不落の虎牢関やっていうても、抑えきる自信があらへん。
ほんでもここで抑えきらんと、董卓ちゃんが殺される。
「張遼将軍、内密にお話したい事があります」
兵の1人がウチの所にきよった。何ヶ月か前に入った奴やったかな、名前は覚えてへんけど。脚のはやさを見込んでうちの部隊に入れたったんや
「なんや? ウチに用て」
この雰囲気、ウチに切られる覚悟でも決めとるんか? ただ事やない雰囲気を感じたから、周りの兵を遠ざけて2人で話せる状況をつくったる。
「ほんで、用ってなんや? なんかデカイ失敗でもしよったんか?」
「はっ、首をきられる覚悟でおります。ですが、話しを最後まできいていただきたいのですが……」
「わかった、聞いたる。切るかどうかは、全部聞いてからにしたるわ」
「まず、私は北郷軍の間謀です。そしてさきほど、我が主より、連絡がきました。」
「連絡ぅ? こないなとこにどないして連絡なんかしてきたんや」
ウチがそないいうたら、こいつは遠くに見える篝火を指さす。篝火はなんやついたり消えたりしてるようにみえる。
「あの篝火の明滅で言葉を伝えてきております」
「ほんで、何やいいよるんや。投降せえとでも言うてきよるんか?」
はーん、ややこしいこと考えるやつもおったもんやで。
話しを聞いたら、董卓ちゃんと賈詡っちを助けたいから、協力してほしい、華雄も協力する言うたらしいけど。
「そんなもん信じられるかいな、華雄が協力した、言うたって証拠があらへん」
「あります。董卓様と賈詡様の真名を、聞いております」
「ふん、言うてみ、今回だけ特別や。董卓ちゃんと賈詡っちからのお叱りはウチが受けたる」
「董卓様の真名が月様、賈詡様の真名が詠様だと……」
正解や、うそ臭い話しがいきなり現実味を帯びてきよったなぁ……。
「ほんでもな、董卓ちゃんが親を人質に取られとるんと一緒で、ウチらは董卓ちゃんと賈詡っちを人質にとられとるんや、下手なことしたら2人の首がおちる。
手加減なんかでけへんで」
「はい……」
「情けない声だしなや、手加減はせん、せやけど、そっちが戦いやすいようにはしてやれる。こっちきい」
連れて行くのは、虎牢関内の会議室。今はだれもおらんはずや。
「そんで、そっちはどないする言いよるん?」
「自分たちが前曲で夜明けとともに突撃をしかける、と」
「分かった。こっちでなんとかお膳立てしたる。それとな」
紙を一枚、兵士に手渡す。
「ソレ、明日の将と兵の配置や。北郷んとこにもっていき。それがあんたの張遼隊での最後の仕事や」
「は?」
「なにぼさっとしとるんや、朝一に突撃かけてくるんやったら急がんと間に合わへんで。ウチがごまかしたるからこそこそと正門玄関から出てけ。
あんたも神速の張遼の兵やろ。自軍の陣に走るんや。あとはあんたの軍の軍師に任せたらなんとかしよるやろ。呂布ちんにもウチからいうといたる。行くで」
ウチは兵士を正門から送りだし、一つため息をついた。
「ウチも甘いなぁ、あんなん信じるなんて。ほんでもどうせ勝ちの目が殆ど無い戦や、それやったらまだあっちのほうが勝ちの目がある」
こうなった以上、ウチらの勝ちは月ちゃん達が生きる事。それ以外にあらへん。
もう一回城壁に上がって、上から見下ろしてみる。
「あのへんか。なんや頼もしいやん」
遠くに見えるよる明滅を繰り返す篝火のあたりがそうなんやろう。
ウチにはあの篝火の明滅の意味なんてわからへん。せやけど、大丈夫や任せぇって言うてるような気がする。
しばらくそうして篝火を眺めてから、ウチは明日に備えた準備を始める事にした。
あとがき
今回は汜水関攻めの後編、と言った感じになります。
今回張遼さんがでてきましたが、張遼視点では黒天が関西人なので妙にはかどりました。
あと前回から見ての通り華雄さんは生存ルートとなりました。
華雄さんって真名が無いらしいですけど、どうしましょうか?
結構悩んでます。
さて、今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました。
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今回は汜水関攻略後編です。
虎牢関まではいかないですが、張遼さんが少しでてきます。