No.605083

三匹が逝く?(仮)~邂逅編・sideジム=エルグランド~

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この作品は私、北の大地の西ローランドゴリラこと峠崎ジョージと、
小笠原樹(http://www.tinami.com/creator/profile/31735
YTA(http://www.tinami.com/creator/profile/15149
赤糸さん(http://www.tinami.com/creator/profile/33918

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2013-08-04 19:50:10 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:3391   閲覧ユーザー数:2934

俺には、普通ならとっくに忘れてしまっているものなのだろう、幼少期の頃からの記憶が鮮明にある。肉体的には乳離れして間もない時期だというのに、思考回路は実に冷静に稼働していて、それは当時の俺の中で既に感情よりも理性が上回っていたという事なのだろう。それが何故なのかも全く解らないし、心当たりもないのだが、それ故に俺は幼少期からの体験を、何から何まで事細かに、とまではいかないにしろ、かなり明確に覚えている。少なくとも、思い当たる記憶を正確に時系列順に並べるくらいは造作もない。

忘れたい事に限って忘れられず、忘れたくない事に限って忘れる、というのが一般的な思い出らしいが、俺にとってそんな理屈は通用しない。適度に捻って貯まった水を抜くための蛇口が、俺にはないに等しいのだから。それが清廉な浄水ならばなんと言うことはないし、むしろ貯めこめるだけ貯めこんでおきたいくらいなのだが。才能は神からの贈り物(ギフト)だとよく言うし、この話をすると大抵の人間には羨ましがられるが、俺にとってこの記憶力は余りに有り難迷惑だった。

溶けることなく、深雪のように次々と降り積もっていくそれは、俺の心を沈ませ圧し潰し、底冷えさせるには十二分だった。だって、そうだろう。気づけば、俺自身を遙か奥底まで埋没させてしまったそれは、きらびやかで美しい結晶などではなくて、

 

 

―――ただの死骸の山(マリンスノウ)なのだから。

 

 

 

 

 

『青天霹靂』~"A stitch in time saves nine"~

 

 

 

 

罵声を浴びる事には慣れている。昔の自分は慣れたくもなかったはずだが、そんな本心もいつしか薄らいで、最早その事実を受け入れている自分がいる。無論、全く傷ついていない訳ではない。先にも述べた通り、機会が多い事と、それを得手としている事は決して等しくはない。他人から避けられ、恐れられる自覚はあるし、理解している。納得もまぁ、完全ではないが、していると言っていい。

故に、ジムがロワイエの言葉に真っ先に感じたのは、王族貴族特有の選民思想への純粋な憤慨と、一種の憐憫に近かった。

 

「ええい、退けい! 貴様のような下劣なものが屋敷にいるだけで不快であるというのに、どうして勝手にこの場に近づいたか! 俺の視界には入らぬように申し付けておいたであろうが!!」

 

選民思想は何も、全てが全て淘汰されるべきものではない。確かに妬みや嫉みを買いやすい事から排他的な要素が強く、人種差別に繋がりやすい危険性は存在する。ナチスドイツの大量虐殺がいい例になるだろう。しかし、その対象であり、長らく迫害され続けていたユダヤ人にとって選民思想とは『ユダヤ人が神と契約を結ぶために選ばれた人々である』という”救い”の言葉として存在していた。何を”善”とするかは結局のところ、個人の価値観に他ならない。しかし、決してそれを”全”としてはならない。

中国の孫子に、このような言葉がある。

”水は入れ物に合わせて形を自由自在に変化させることが出来る。何が起こるかも解らぬ戦場においては、水の如く様々な状況に合わせて柔軟に対応する事が大切である。”

人間はどうしても、固定概念で物を考えがちな生物である。その為に思考が止まり、間違いに気づかないという事はままある。例え正解だったとしても、より早く容易な方法が見つかる可能性だってある。何にせよ何らかの形で自身に、自身で限界を定めてしまった時点で、それ以上の進歩は在り得ない。そして”それを乗り越えている人物”を知っているだけに、この男の有り様が苛立たしく、腹立たしかった。

そして、

 

「汚れきって臭いだけの連中にも、気持ち悪いだけのお前にも、合わせてやる理由はおいらにゃないよ。だから死ね。お前はまだ気持ち悪いけどましだから、食らって讃えてやるからさ。そして清くなってまた還ってくるといい」

 

余りに的確で、胸を抉る言葉だった。

虹のエルフィティカ、と名乗ったこの青年。余りに異質と、まずは思った。被召喚者を目の当たりにするのは、これが初めてではない。片手で数えるほどでもない、本当に数回の機会しかないが、それでも彼が通例に外れていると察するには十分だった。

まず、気配の質からして異なっている。付け焼刃、馴染んでいない、とでも言えばいいのだろうか。何やら”不安定”と感じるのだ。人間に、ひいては生物全体に対して抱く感想としては不適切である筈なのだが、不思議とこの青年にはその言葉がしっくりきてしまう。

また、全身に施された、幾何学的な紋章の数々。身に纏う、骨格で構成されているような軽装と武器。恐らく呪術的な”何か”が施されているのだろう、竜鱗の上からでさえ一瞬、魂そのものを引き剥がされるような感覚を覚えた。文字通り、命を刈り取る死神の鎌と、同じ役割を果たすのだろう。恐らく祭祀用の、生贄を捧げる際に使うのだろうか、と推察する。そして、それと同じように、身の毛を総立たせる禍々しい気配を、一や二ならまだしも、何十と感じるのだから、警戒するな、という方が無理だった。

であるにも関わらず、当の本人からは全く殺気の類を感じない。有り得るのだろうかと訝しんで、しかし目の当たりにしているのだから、有り得るのだろうと戦慄する。羽虫を払うように、稲穂を刈るように、彼にとってそれはあくまで当然の行いなのだろう。その時点で既に、ジムの知る被召喚者のそれではない。

何より、自分が全力を出して生存している者がいる、という事実。竜種の圧倒的な暴力をして、彼の青年は生きて、目の前に立っている。これには殊更、驚かされた。その、何十と感じる”何か”によるものなのだろうが、その結果がジムに齎したのは、今まで無意識の内に課していた手加減(リミッター)を外してもいいという”歓喜”と、人間の身でありながら『この領域』へ踏み込める事への”羨望”。大天使の角笛に匹敵する力を、自分のような”紛い物”とは異なった術で手に入れる事が出来たとは。

 

 

 

―――しかし何より、彼の”気持ち悪い”という単語は、引き鉄も同然だった。

 

 

 

(止めろ、止まれ)

 

『やめてっ。おねがい、ころさないでぇ』

 

『しにたくないっ、しにたくないよぉ!!』

 

『なんで? どうして? いたいのも、くるしいのも、いやなのに』

 

『ここからだしてぇ!! おうちにかえしてよぉ!!』

 

歯噛みし、嚥下しようと試みる。

 

脳裏に。網膜に。鼻孔に。鼓膜に。

 

鮮明に、強烈に、焼き付いて離れない、暗くて冷たい”あの場所”を。

 

充満する鉄の匂いと、耳を劈く幼い断末魔を。

 

千万では到底及ばない”死”の飽和を。

 

(消えろ、消えてくれ)

 

『やはり子供を選んで正解だったよ。下手に育っていると、簡単に生きる事を諦めるからねぇ。埋め込む前に勝手に死んでしまう』

 

『手足の変化は予想通りか。次は内臓だな、手術の用意を。麻酔なんて要らん。耐え切らなけりゃどうせ死ぬ。掃いて捨てるほどいる実験体に一々使うだけ無駄だ』

 

『はははっ、流石にしぶといなぁ。再生能力も素晴らしい、傷つけた側から塞がっていくぞ。次は王水にブチ込め。一気に全身じゃないぞ、少しずつだ』

 

『心臓を潰しても、頭を潰しても、まだ生きてる。火竜(ヴリドラ)の煉獄でも、毒竜(ヒュドラ)の毒液でも、まだ死なない。あぁ、最高だ。最高に気持ち悪くて、最高に気持ちいいぞぉ!!』

 

割れんばかりに奥歯を噛み締め、堪える。

 

四肢をもがれ、骨ごと切り落とされる痛みに。

 

身体を溶かされ、傷口を焼かれていく怖さに。

 

(はらわた)を捌かれ、直に掴まれる不快さに。

 

視界を埋める、流れ落ちていく緋色の多さに。

 

目や耳を抉りとられた事もあった。

 

手足を楔で縫いつけられた事もあった。

 

爪や髪を一斉に毟られた事もあった。

 

猛毒や劇薬を致死量まで飲まされた事もあった。

 

削がれても、折られても、剥がされても、絞められても、死なない。

 

焼かれても、砕かれても、溶かされても、潰されても、死ねない。

 

延々と警鐘を鳴らす痛覚に、五感から襲い来る恐怖に、いつしか抗う心は折られ、断たれ、麻痺し切っていた。

 

そして、全てが終わって放り込まれる、狭くて暗くて冷たい”あの部屋”で、今日も自分は生きていると、安堵する日々。

 

『普通なら10も入れればショック死するはずなんだけれどねぇ。どうして生きていられるんだい? これだけの命と同化しながら、どうして自我を保っていられるのかなぁ?』

 

『毛髪一本、血の一滴まで、何一つとして見逃すな。ここまでタフな被験体は初めてだ。絶対に死なすんじゃあないぞ』

 

『とうとう100を越えたぞ。それも、未だ飲み込まれずに自身を保っている。これは、ひょっとすうとひょっとするかもしれないぞ……』

 

『遂に竜種まで取り込んだか。素晴らしい……とうとう見つけたぞ!! 666の器として相応しい、私の、私だけの殺戮人形を!!』

 

忘れない。醜く歪んだ目障りな笑顔を。

 

忘れられない。嫌に弾んだ耳障りな笑い声を。

 

忘れてしまいたい。血漿や肉片の散乱する密室を。

 

忘れてしまえたなら。生命を奪われ積み重なる屍の山を。

 

だのに、この頭はまるで昨日の出来事のように、何もかもを明確に再生するのだ。

 

 

 

―――そして、自分をこんな身体にしたあの男―――確か”魂喰い(ソウルイーター)”とか呼ばれていた―――と”同じ紋章”を刀の鍔に彫り込んだ男が今、目の前で自分に、細く鋭い切っ先を向けて、怒りを露わにしていた。

 

 

 

 

「待てよ」

「…………」

 

随分と理性的な響きを帯びた声にほんの少し驚きながら、ユウタは胡乱げに返しかけた踵を戻した。まだ喋る気概があるのもそうだが、これほど言葉で殴りつけた人間に、未だに言葉で言い返そうとしている事に、である。少なくとも直ぐに頭に血が昇り、周囲への見境を無くして暴れ回る気性の持ち主であったなら、悪足掻きの一噛みでも試みるのだろうと、そう思っていたのだが。

 

「まだ何か、言いたい事でもあんのか? これ以上、お前の理屈に付き合うだけ時間の無駄だ。大体、その体で何を―――」

 

そこで、ユウタの言葉は止まった。息を飲み、言葉を飲み込み、驚愕に瞼を見開く他に、彼が取れる行動が思い当たらなかった。

四肢を断たれ、地に伏せるジム=エルグランドの背中、丁度両の肩甲骨辺りか、そこから二頭の竜の咢が首を擡げていた。口内に覗く牙は細かく鋭く、本来の大きさであったなら肉を裂けるだろうそれも、精々削り取るくらいが限界のように思えてしまう。

既にそれほどの力しか残っていないのか、それともこの状態で尚、竜種の力を操れるというのか、何にせよ未だに反撃を試みようとしているのかと思って、

 

ガブッ バグンッ

「…………」

(―――何?)

 

その鋭利な歯牙が襲ったはユウタではなく、宿主であるジムの四肢の、それも傷口だった。怪鬼(トロル)の剛腕すらも容易に噛み千切るのだろう一撃を傷口に、それも4ヶ所、文字通りに喰らわせて呻き声一つ上げずに、ジムは無言でこちらを睨みつづけていた。宙を舞う手足を竜の咢はそのまま、血飛沫を上げながら一片たりとも残さずに咀嚼し飲み込んでいる。既に事切れていてもおかしくないというのに、その上での自傷行為。自棄になったか、力を制御できていないのか、邪推するユウタに、

 

「感謝するぜ。こんだけ抜けりゃ、頭も冷えるってもんだ」

 

俺は血が昇りやすいんでな、と続けるジムの双眸には、しっかりとした光が宿っていた。そして、その理由を推察する必要は、直ぐになくなった。

 

「アンタも、(いかずち)を制御できる力を持っているのか。見るのが”2度目”じゃなけりゃあ、また”1回”死んでたかもな」

(”2度目”?”1回”?)

 

その平淡な言葉が、そして目の前で起こっている事態が、余りに不気味で、奇怪だった。

分子構造を分解して切り裂いた、再生不可能である筈の傷口から、手足が再び生えてきていた。まるで巻き戻し再生された映像のように、傷口から血が、肉が、骨が、皮が、構成されていく。傷口から再生しないのならば、新たな傷口を創ってしまえばいい。乱暴にして常識外れだが、並大抵ではない再生力を持つ彼だからこそ、可能な方法だった。結局、時間にして10秒足らずで、瀕死状態だった筈のジム=エルグランドの肉体は完全に回復してしまった。

そして、

 

(なんだ、これは……)

 

そのジムの全身に、奇妙な紋様が浮かび上がっていた。浅黒い褐色の肌に淡く仄かに浮かび上がるそれは至近距離で、且つ暗所である室内(ここ)でなければ視認できないほどに微弱な輝きだったが、ユウタにはそれで十分だった。その紋様は神経をなぞっているかのように肉体の末端まで枝別れしながら行き届いており、その根幹は心臓部分に収束しているようで、のっそりと立ち上がったジムはその心臓部に触れるようにユウタを見上げ、

 

「俺が、ギルドを頼らなかった理由、だったな。簡単だ。―――俺を”こう”したのが、そのギルドだからさ」

「……ほぅ?」

「もっと言うなら、お前の言う、王立魔術研究所(ロイヤル・アカデミア)に所属していた”赤”にな―――自分を弄繰り回した挙句、こんな身体に作り変えた相手を、どうして信用出来る?」

「―――――」

 

自身の調子を確かめるように掌の指を開閉したり、肩ごと腕を回したりしているジムは、そのまま淡々と語りだす。

 

「俺一人が恥をかくだけでいいなら、幾らでも頭を下げるし、何なら実験台にだってなってやるさ。……けどな、ギルドが一枚岩じゃねぇ事くらい、”(アンタ)”なら知ってんだろ。第一、数年単位で本部すら欺いてた連中だ、どこに野郎の目があるか解ったもんじゃねぇ。そんな状況下で、安易にギルドを頼れるか」

「なぁるほど……」

「…………」

 

唇を真一文字に閉じ、沈黙で続きを促してくる目の前のこの男。

ユウタ・コミネ。冒険者ランク”赤”。ロワイエ捕縛の依頼を、俺よりも先に任された男。

被召還者の保護を終えて、先に来ているようなら後は任せてさっさと帰る積もりではいた。”あいつ(アナスタシア)”の言っていた”確保”という依頼も、奴が生きて然るべき場所で然るべき裁きを受けさせる為のものであり、俺自身がそうしたり、そうさせる必要性はないという事である。あの”白のオッサン(パトリエール卿)”の人柄はある程度なら知っている。ギルドの上層部や”赤”は信頼出来ないが、あのオッサンなら、まず救いようのない阿呆を雇うという事はないだろうとは思えた。

今までもこういう事は時折あった。俺が現場を調べて、動かぬ証拠を見つけては知らせて、後はあいつが現場に突撃する。本当なら自分がそうしたいらしいのだが、一応軍属とはいえ(情報課の小尉だとか前に言っていたと記憶している)王族の自分は前線に行く事が許される方が稀らしい。当たり前だろう、と呆れ混じりに呟くと、随分と不満げにこう言っていたのを、覚えている。

そして、その台詞をなぞる様に、目の前の男に、告げる。

 

「お偉いさんが俺の代理を決めている間に、何人の命が弄ばれてんのかも、殺されてんのかも解らねぇのに、それを放っておけ? 同じ台詞を、被召喚者(アイツら)の前でも、堂々と吐けるんだろうな、テメェは」

 

彼女はその為に何人もの死者を看取ってきたという。救えたはずなのに、間に合っていたはずなのに、その資格がないからという体面の為に、確証がないからという外面の為に、先延ばしにされて浪費した時間で、一体どれだけの命が掌からこぼれ落ちていったのだろう、と。

その言葉に脳裏を過るのは、ブリジットと初めて出逢って”あの部屋”を出た日。微笑み手を差し伸べる彼女の手をおっかなびっくりと掴んで、初めて目の当たりにした外の世界。狭くて、冷たくて、暗くて、あんなに怖かったあの密室から連れ出してくれた時の、羊水に包まれているかのような日溜まりの暖かさを、一瞬とて忘れた事はない。

そして同時に、自分の前に散っていった、自分とさして変わらない、数え切れない命を思い出して、堪らなく悲しくなった。

もし、そんな暖かさを、自分が誰かに与えられるのなら。恐れられ、蔑まれ、弄ばれるだけの自分でも、誰かの救いになるのなら。

 

「怪物だからこそ、出来る事だってあんだよ。テメェら人間様の理屈なんぞ、俺には知った事じゃねぇ」

 

―――だったら、俺を使えよ。

 

それは、思っていた以上に簡単に、彼の口から発する事が出来た。”あの男”に使われるのは文字通り死んでも御免だったが、彼女にならと、素直にそう思えた。

何も解っていない怪物が好き勝手に暴れた事にすればいい。その鎮圧に向かったら、たまたまそこで犯罪の現場に出くわしたので、状況証拠十分として逮捕に踏み切った、という事にすればいい。

調べれば容易に解る事なのだが、アナスタシアからジムへの”依頼”は、ギルドにおける正式なそれではない。書類関連は一切残っていないし、互いのやり取りに用いている伝書鳩の手紙は読み終え次第、即座に燃やしている。書類が残っていたとして、それは最終的に頭に血が昇った”黄”の暴走を止めるために、たまたま居合わせた軍が介入した、とされて終わる。今回の一件も、もう間もなく情報課からのリークを元に軍の連中が踏み込んでくるだろう。先刻、地下で吐いた熱戦は、地上に残っている連中への示威行為であると同時に”確たる証拠を発見した”という早急の報告も兼ねていたからである。

故に、後はロワイエが軍に発見されるまで生かしておけば、全て終わるはずだった。ギルドが自分を、降格はしても、冒険者の資格を剥奪することは決してない。知りすぎているから、というよりも、正に生き証人だから。冒険者という”首輪”がなくては安眠する事の出来ない、化けの皮を被った狐や狸連中が、そうさせられないのである。口封じの為に何度か刺客を差し向けられた事もあったが、今こうしてジムが五体満足に生きている事から、それらがどのような結果に終わったのかは、言うまでもないだろう。そして、自分の不都合を隠すために他者を殺そうとする連中を、どうして信用出来ようか。そういった連中に金で平然と飼われている”赤”を何人も見てきたジムにとって、”赤”は栄誉ある最高の冒険者の称号ではなく、他者の死肉を貪る鬣犬(ハイエナ)の烙印のように思えてならなかった。

 

「俺の価値観と世間様の価値観が違う事くらい、重々承知してる。だがな、それを理解はしても、納得した事は一度だって無ぇ。何割だろうが、何分だろうが、何厘だろうが、一人でも多く救える手段があるなら、俺はそれを選ぶ。何故、悪人を裁くのに世間体を気にしなきゃならねぇ? 段階を踏まなきゃならねぇ? 窃盗や無銭飲食であっという間にしょっ引かれる連中のが圧倒的に多いってのに、よっぽどあくどい犯罪に手ぇ染めてる野郎にお縄かけんのに、何故何日も、何月も、何年もかけなきゃなんねぇんだよ?」

「ガキの理屈、だな」

「ガキって言葉は、未熟って意味じゃねぇだろ。何もかも諦めて、視なかった振りすんのが大人だってんなら、俺は一生ガキのままで結構だ。アンタも、そういう大人の一人なんだろ?」

「……」

「アンタ、目が死んでる。そういう目をした奴を、俺ぁ嫌と言うほど知ってる。どいつもこいつも、口では立派な講釈垂れる癖に、いざって時には腑抜けに早変わりしやがる。しかも、そういう奴に限って、地位や権力は御立派ときたもんだ、んっとに解りゃしねぇ……まぁ、んな事ぁどうだっていい」

 

こりゃ凄ぇな、と小さく呟きながら切り裂かれた日緋色金の手甲を拾い上げ、目前数寸まで一気に歩み寄る。黙り込んでいたユウタはほんの少し身を屈めて刀の柄に手を伸ばし、いつでも抜刀できる体勢をとっていたが、

 

「アイツを、アナスタシアを、たかが”権力者の娘”とか言ってくれやがったな、テメェ」

「……は?」

 

その、余りに予想外な沸点に呆けてしまうユウタの襟元を引き寄せ、額がぶつからんばかりの距離で、眼を飛ばす。

 

「テメェの私腹肥やしてばっかの腐りきったデブ共と、アイツの志を同列にしてくれてんじゃねぇよ」

「お前……?」

「俺の事ぁ幾らでも見下せばいい。侮ろうが、蔑もうが、馬鹿にしようが、好きにしろ。だがな、アイツを貶すのは、貶めるのは、許さねぇ。覚えておけ」

「っと、おいっ?」

 

その迫力は、ひょっとすると先程の戦闘の最中以上かもしれない。そう思うほど、憤怒の質が違う気がした。

言い終えるや否やユウタを突き放し、ジムは踵を返して直ぐ側の、被召喚者が閉じ込められていた牢獄への扉を開け放つ。振動や轟音に怯えきっていた子供達は、ジムの姿を視認すると肩の力を抜き、顔を綻ばせた。その顔を見て、ジムは再び黒い眼鏡をかけ直し、しゃがみ込んで微笑む。

 

「無事だったらしいな。怪我も……ん、大した事はなさそうだ」

 

そう言って、すっと差し出す右腕。そこからするすると伸びる植物の芽はやがて樹木のように育って実を結び、実りきって次々に落ちていく。

 

「フアルの実だ。ちと酸っぱいかもしれんが、滋養強壮の効果は折り紙つきだしな。食えるか?」

 

サバイバルナイフを抜き、皮を剥き芯を取り除いて、並べてやる。弱々しくも手を伸ばし、その酸っぱさに口を窄めるのを見て、一安心と笑みを深める。自分で食べられそうにない子には、更に賽の目状に刻んだり、握り潰した果汁を飲ませてやる。

 

「後は、向こうの部屋にいるオッサンが、安全な場所まで連れて行ってくれる。美味いメシも食えるし、あったけぇ布団でも眠らせて貰えるだろう。……もう、大丈夫だ。苦しまなくていい」

 

頭を一通り撫でてやり、再び水路へと飛び降りる。さっさと軍の連中が来る前に、この場を去らなければならない。さて、今度はどんな風にでっち上げられるのだろうか。また更に悪評が増すのだろうと思いつつも、まずはあの少年の墓に報告に行かなければ、と考える。急ごしらえだった墓石を綺麗なものにして、供え物を取り換えて、

 

(あぁ、そう言えばそろそろ”他の石”も磨いてやらないとな)

 

思い出して、溜息を吐く。これは、夕食の時間は相当遅くになりそうだ、と。

そして、

 

『あんまり甘ったれた事ばっか抜かしてんじゃねぇぞ、この糞ガキ―――!!』

『お前だよ、壊し屋。“お前のガキみてぇな我儘が”、あの子を殺したんだ』

『力には、責任が伴うんだ。自覚しろ。お前のその力は、責任なしに振るって良いもんじゃねぇ』

『文句があるなら――”(ここ)”に来てから言えや』

 

大抵の”赤”は変身後の姿を見れば我が身大切さに依頼など放り出して逃げ出したり、そうでなくともこちらの事情などお構いなしに、名声欲しさから自分の首を取ろうとした。だが、この男はこんな姿の自分にまず言語で理解を求めてきた。

大抵の”赤”は王族(アナスタシア)の名を聞くと腰を抜かしてへいこらし出したり、自分の言葉を疑って食ってかかってきた。だが、この男は自分の言葉を直ぐ様信用し、嘆息の後に冷静に現状を分析し始めた。

自分の知る”赤”と、この男の在り様が、あまりに重ならない。不思議な感覚だった。ここまで清々しい怒気を向けられたのは、間違いなく初めてだった。先ほどまでの飄々とした態度も”仮面”の一つなのだろう。これほどの激情に身を任せられる人間が悪人だった試しは、少なくとも自分の経験上、有り得ない。

 

「ユウタ=コミネ、か」

 

あれほど、憎悪の対象だった筈なのに。

あれほど、忌み嫌っていた象徴なのに。

 

「あんな”赤”も、いるんだな……アイツはなんか、嫌いじゃねぇな」

 

 

あの少年の墓は、木々の生い茂る森の中にぽっかりと開いた川辺の畔にある。

 

傍目にはとても墓石には見えない、小さくて丸い石がポツンと置かれた、非常に簡素な造り。

 

そんな、お世辞にも立派とは言えないが、誰かを弔ったのだろうとは解る、そんな墓石が、そこには何十、下手をすれば百以上は数えられた。

 

その一つ一つに食べ物や花束が添えられており、どれもが定期的に取り換えられ、掃除されているのだろう、決して古くはないし、枯れてもいない。

 

さながら、賽の河原。

 

延々とせせらぎが耳朶を擽るその畔で、高く高く積み上げられた石の山は、優に大人一人分の高さまで届くようだった……

 

(続)

 

後書きです、ハイ

 

前回は兄弟(YTA)の主張全開でしたので、今度は私の理屈全開で行ってみました。

 

ちとやらかしたかな? まぁでも、この企画はやらかして事後承諾なので、いいDEATHよね?

 

さて、腹減ったし、メシ食って来よう。

 

提出課題の後半戦が終わったら、次は『盲目』だ(目標今月中)

 

 

 

でわ、次は赤糸氏、おなしゃす。

 

 


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