No.601339

三匹が逝く?(仮)~邂逅編・side小峰勇太~

YTAさん

どうも皆さま、YTAでございます。この作品は、
小笠原樹さん(http://www.tinami.com/creator/profile/31735
を発起人とし、私YTAと
峠崎丈二(http://www.tinami.com/creator/profile/12343
赤糸さん(http://www.tinami.com/creator/profile/33918

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2013-07-25 02:26:48 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:1721   閲覧ユーザー数:1461

 事を成し遂げたいと思うなら、自己中心的でなければいけない。

 だが、もし自分が最高のレベルに達したなら、自己中心的であってはいけない。

 他人とうまく付き合い、一人になってはならない。

 

                                                                              マイケル・ジョーダン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Daddy, Brother, enemy, Little Boy

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小峰勇太は思案していた。目の前に現れ、対峙している二つの存在の間に流れる空気が、再び不穏な熱を帯びて張り詰め出したからだ。

 片や、全身に刻まれた幾何学的なタトゥが輝きを増し、片や、全身を覆う鋼を思わせる鱗を逆立てて、猫科の猛獣さながらに四肢を引き絞っていた。二人――そう呼称して良いのならば――の様子をみれば、両者が尋常ならざる異能の持ち主である事は、想像の必要すらないだろう。

 

 そんな連中の間に入って力ずくで殺し合いを止めるなど、冗談ではない。しかも自分の後ろに、自力で立つのも難しい少女と重要参考人を背負った形になってしまっている。もう時間が無い事を切実に感じ取った勇太は、魂を絞り出す様な溜息を一つ吐いて、自分の存在すら感知していない様子の二人の異形に向かって、一歩、足を踏み出した。

 

「は~いはい、そこまで!!タイム!たんま!Just a moment please !!」

 パンパン、と叩かれた両手の乾いた音と、その場の殺伐とした空気に似合わぬ、頓狂な声。これには、二人の異形も流石に怪訝そうに、その声の主に視線を向けた。

「ったく、どいつもこいつも。他人(ひと)様を差し置いてドッカンドッカン派手にやりしくさって。訳が分からん――取り合えず、お前!」

 

 勇太はそう言って、どこか冷めた様な菫色の瞳で自分を見詰める、タトゥーの男を指差した後。

「お前、誰?」

 根本的な質問を、口にした。瞳の色が違うから、と言う唯一つの朧げな理由で、この人物が“壊し屋”ではないと当たりを付けてみたのである。

 

「お前が戦士なら自分から名乗れ。そうじゃないなら別にどうでもいいけどな」

 男のその静かな、そして、予想よりも少年に近い声と言葉に、勇太は『尤もだ』と言う様に頷いた。ともあれ、これで“こっち”にも、言葉も道理も一応、通用すると確認は出来た事になる。

「俺の名は、ユウタ・コミネ。冒険者ギルド(アルカンシエル)のランク“赤”で、この場所で行われているらしい犯罪行為を調査しに来た」

 

 

「――おいらは、虹の部族のエルフィティカ」

「どうして此処に?」

「“喚ばれた”んだろうな。そこに居る、“臭いヤツ”に」

エフェルティカは油断なくそう言って、顎でロワイエ公を指し示す。ユウタ・コミネと名乗った男には、隙が無かった。唯、立っているだけだと言うのに。

 

 その事実は、ユウタと名乗った男もまた“戦士”である事を意味していた。尤も、今の今まで自分が戦っていた戦士とは、ベクトルが違う様だったが。

あの存在には、隙があった。当然だろう。殴ろうと蹴ろうと斬ろうと撃とうと、そう簡単には死なないのだから。

“攻撃を受けない様にする意味”が、まず以って存在しないのだ。

 

 ともあれ、こういう存在が交戦では無く対話の意思を示しているのだから、名前くらいは名乗っても良い。

「成程、被召喚者なのか。じゃあ、お前は今、色々とよく解らない事も多いと思う――俺も、そうだったからな」

 勇太は、理解の籠った声でそう言うと、一度、深く頷いてからティカの瞳を見返した。

「すまんが、エルフィティカ。少し待っていてくれないか?そこに寝てる“臭いヤツ”の事も含めて。なに、時間は取らせないし、逃げも隠れもしない。俺は、お前と遣り合ってた“そいつ”に用があるんだ。そいつは本来、此処に居るべき存在じゃない。居る資格が無い。なのに、此処に居る。俺はまず、そいつとケジメを着けなきゃいけないんだわ」

 

「……おいらが知るか。そこの“臭いの”と“気持ち悪い戦士”に聞くといい」

「あぁ、そう――よし、沈黙は了解と見なす。“臭いの”はこれで良い。あとは――」

 勇太は、白目を剥いて気絶したままの公爵にチラと視線を投げてそう言ってから、紅い目をした異形に視線を移す。

 

「因みに、お前に拒否権なんて無ぇからな、“壊し屋(クラッシャー)”」

「…………」

 勇太にそう言われた“壊し屋”――ジム・エルグランドは、竜燐で鎧った顔に輝く紅い双眸で、勇太をギロリと睨みつけた。

「お前も“了解”ってか。結構だ……さて、聞いてた風貌とは大分、違ったんで面喰っちまったが――承知の事とは思うがな、ジミー。“黄”であるお前には、王族であるロワイエ公の敷地内を調査する権限は無い。ましてや、ロワイエ公を誅する権限もな。お前が此処に来た経緯は俺も聞いてる。悔しいとは思うが、ここは俺に――」

 

 

「……違う」

「は?」

 予想外の答えに、勇太は思わず間抜けな声を上げて紅い瞳を見返した。引くのを断られて一戦交える覚悟はしていたが、どうやら、話はもう少し複雑な様相を呈して来たようだ。

 

「依頼で来た」

「依頼だと?ギルドからは、そんな話は聞いてないが」

 勇太は、懐からシガレットケースを取り出して紙巻きを取り出し、爪でマッチを摺って火を点けた。自分その動作をジムが警戒している姿が、何となく滑稽で僅かに唇を歪める。

 

 無論、自分が反対の立場でも警戒はするだろうが、如何にも魔獣然とした姿のジムが妙に人間臭い反応をするのは、どうしても妙に可笑しかった。

「ある人物からの、直接の依頼だからな。情報が行き違ったんだろう」

「直接の依頼だぁ?」

 

「あぁ。最優先事項は、違法な召喚による被召喚者の保護。次いで、首謀者の確保。それが、俺の受けた依頼の内容だ」

「個人が、直接?」

「あぁ」

「依頼者の名前は?」

 

「――王位継承権第11位、アナスタシア=セレスティーヌ・ド・プラティーヌ王女殿下」

「なぁるほど……」

 勇太は、自信に満ちた眼差しで自分の後ろ盾の名を告げたジムに胡乱(うろん)げな流し目をくれると、ボリボリと頭を掻いた。ジムは、後ろ盾の名を聞いた勇太が引き下がるものと既に思い込んでいる様子で、少なくとも出会ってから今迄の間では一番、饒舌に語り出した。

 

「俺の主目的は、被召喚者の保護だ。それは先程、達成した……多分な。そいつが、考えなしに“デカいの”ぶっ放してくれたもんで、正確には分からねぇが」

 ぐぃ、と、サモア族を思わせる頑強そうな顎で、エルフィティカを指し示す。対するエルフィティカは、我関せずと室内をキョロキョロと見渡していた。

 

「――で、俺の受けた依頼のもう一つは、“首謀者”の確保だ。そいつが何処の誰だかなんて、関係ねぇよ」

 お姫様の入れ知恵か、と勇太は内心で舌打ちをした。人の噂を聞き、自分でも実際に話してみて分かった。

 ジム・エルグランドは、言葉を弄して他人との丁々発止に興じる質の男ではない。“そうう事”が得意なのは、打算と損得ありきの人間関係の中に身を置いている人間に決まっている。

 

 

「で、そのお前が、なんでこのエルフィティカと遣り合ってるワケ?」

「そいつが、ロワイエを殺そうとしてたからだ。引いてくれと頼んだが、断られたんでな」

「そうなのか、エルフィティカ?」

 勇太が振り向いてそう問い掛けると、エルフィティカはこくんと頷いた。

 

「……その“臭い”のは、おいらが“飼えない”と判った途端、おいらを殺そうとしたからな。それを、その“気持ち悪い戦士”が邪魔をした。だったらどっちも殺して埋めてやるのが当たり前だろ? その後の事はそれから考えればよかったしな」

「成程な。いまいち掴み切れない部分はあるが、理由は分かったよ」

 

 勇太は、妙に納得した様子でもう一本煙草を取り出し、チェーンスモーキングをしてから、短くなった吸い差しを床に転がっていた木製のジョッキの中に放った。じゅ、っと小さな音がして、僅かに上がっていた煙が消える。勇太に救われた狼亜人(ウルフェン)の少女が、その様子を茫洋とした金色の瞳でジッと見ていた。

 

「ともあれ、だ。ジム・エルグランド。お前の屁理屈は通用しねぇよ。此処が、アレクシス=エマニュエル・ル・ロワイエ公爵の住居だって事は、別に国家機密でも何でもない。貴族名鑑を見りゃ、誰にでも分かるこった。違法召喚が行われてるのが貴族――しかも王族の屋敷だと確定した時点で、お前はギルドに然るべく報告し、依頼受諾を取り下げて指示を待つべきだった。違うか?」

 

「……知らんな。もう一度言うが、俺への依頼は“首謀者”の確保であって、その首謀者が何処の誰であるかなど、関知するところじゃねぇ。その後の事は、“然るべき人間が然るべく”してくれるだろうぜ。さぁ、いい加減そこを退いてくれねぇかな、“赤”さんよ」

 勇太は、ジムの言葉を黙って聞いた後、二本目の煙草をジョッキの中に放り込む。今度は少し、大きな音がした。

 

「成程ね。それが、“お姫様にテメェのケツを拭いてもらう為の条件”って訳かい」

 勇太の歯に衣着せぬもの言いに、ジムは眉間に山脈の様な皺を作った。だが、勇太はそんな事は気にも止めず、人差し指でコツコツと自分のこめかみを叩いて、何事かを思案している様子である。

「つまりあれか?お前は、目の前で子供が一人死んで、その仇を探してたら、知り合いのお姫さんが犯人捜してくれて、お前が好き勝手暴れた後にケツ拭いてやる為の条件が、“首謀者”の命だけは取らずに捕まえて帰る事だった。で、お前はそれを呑んだ――と」

 

 

ジムの返答は無い。それの意味するところは“消極的肯定”、と言ったところなのだろう。

勇太は、ふぅ、と大きな溜息を吐くと、改めてジムを見返した。その瞳には、先程まで僅かに覗かせていた剽軽さは、欠片も残ってはいない。

「あんまり甘ったれた事ばっか抜かしてんじゃねぇぞ、この糞ガキ――!」

 静かな怒りを残して、全て綺麗さっぱりと消え失せていた――。

 

 

 

 

 

 

「俺はな、糞ガキ。お前に会うのを結構、楽しみにしてたんだ。たった一人の、大して知りもしねぇ子供の為に、この国とギルド敵に回してでも命張って喧嘩してやろうっていう、イカした大馬鹿野郎の(ツラ)ぁ拝むのをな。それがどうだい――」

 勇太の腰の白刃が、すらりと抜き放たれる。

 

「実物と話をしてみりゃあ、何て事はない。権力者の女にケツ持ってもらわにゃ我も通せねぇ……唯の甘ったれた、デカいだけの糞ガキじゃねぇか」

 勇太は、目の前の異形など目にも入らぬかの様に、悠然と一歩、足を踏み出した。靴音がコツ、と、やけに大きく室内に響く。

 

「てめぇ……!!」

 ジムの巨躯が、一際大きく膨れ上がる。その姿はまるで、今にも獲物に飛び掛からんとする猛獣さながらであった。

 だが、勇太は動じない。敵となるかも知れぬ存在の情報を噂程度しか収集せずに放っておくほど、豪胆ではないのだ。

 ジム・エルグランドは、ギルドのランカーとして登録される事となった際の逸話の凄まじさもあり、多くの者から“壊し屋”と呼ばれている。が、冒険者ギルドに登録された彼の正式なコードネームは違った。

 

 その名を“命獣(キマイラ)”。変幻自在に己の身体を変質させ、竜種をすら含む他の生物の身体能力を複製(トレース)する事が出来る“異能(かいぶつ)”。

 本来ならば、それは比類するものとてそうは居ない、稀代の力だろう。……そう、本来なら。

「四回だ」

 

 

「あぁ゜!?」

「お前に四回、チャンスをやる」

 勇太は、刃を水平にして脇構えを取ると、僅かに重心を低くした。

「内、一度でもお前が俺の剣を受け切るなり避けるなり出来たら――お前に、公爵の身柄を渡してやろう」

 

「どこまでも……舐めてくれるじゃねぇか、この野郎ッ!!」

 竜鱗で覆われた右手にクワガタの大顎を生やし、ジムが突貫した。無造作とすら言える動作で突き出された大顎の力は、約8.2t。

 鋼鉄の板すらへし曲げる事が可能な程の剛力を秘めた、必殺の一撃。勇太の首に、その突端が届こうとした瞬間、ジムの視界から、勇太の姿が掻き消えた。

 

「な――!!?」

「舐めてんのはどっちだ、この野郎」

 声が聴こえたのは、真横。振り向こうとしたジムはしかし、不意に右腕に走った激痛に顔を歪め、思わず自分の右手に視線を遣る。

 

「馬鹿な……」

 有り得ない。その思考に支配され、ジムは叫ぶ事すら忘れて自分の右手を凝視した。竜鱗で覆った皮膚は、装備していたヒヒイロカネの鉄甲ごと、肘まで縦に両断されたいたのである。

尋常ならざる再生能力を持つが故に傷付く事に慣れ切ったジムでなければ、発狂する程の痛みであったろう。ジムは、まるで図鑑に記された断面図の様な自分の腕の“中身”を、半ば魅入られる様にして眺めていた。

 

「ボサっとするな。次だ」

 視界の外の声と共に、再び声が掻き消える。僅かな空気の揺れを感じて反射的に左腕を翳したジムが、自分のミスに気付いた時には、既に遅かった。

 右腕の傷をなぞる様に赤い糸の様な線が左手から肘に向かって伸びて行き、それを追う様にして、手の骨肉が縦に裂けた。

 

「GAAAAAAAAAA!!?」

 咆哮とも絶叫とも着かぬ声を上げ、ジムは勇太との距離を取る。勇太は妨害するでもなく、ゆるりと剣を肩に担いで、その様子を眺めていた。ジムに取っては預かり知らぬ事ではあったが、勇太とジムの能力の相性は、勇太から見れば最高であり、ジムから見れば最悪だった。

 

 

 先にも述べた通り、勇太の能力は雷を行使する事だ。だが、何も身体の電気信号を強化する事と体外に放出する事だけが、雷の使い道ではない。

 雷を特殊な電磁力場へと変換して刀の刀身に纏わせる事で、勇太の持つ打刀“轟雷”は、あらゆる物質の分子構造を分解し切り裂く事が可能な、神代の剣へと変貌するのである。極論を言ってしまえば、それが竜の鱗であろうが金剛石(ダイアモンド)であろうがオリハルコンであろうが、分子同士の結合によって成り立っている“物質”である以上、断ち斬れぬ物など存在しない。

 

 つまり、身体そのものを最大の武器とするジムの能力では、斬撃を受け止める事即ち、身体の欠損ないし、著しい破損を意味するのである。しかも、丹念に分子構造を分解されてしまうが故に、ジムを半ば不死身たらしめている再生能力も、思う様に発揮する事が出来ない。

 更に、勇太の超高速に追い付くには、生物の限界を超えた動体視力と反応速度が必要になる。前者はジムにもどうにか出来るかも知れないが、後者については流石に不可能だ。

 

 何故なら、ジムの能力は“あらゆる生物に変われる事”だからである。それは逆説的に言えば、“生物を超える事は出来ない”と言う事実を示してもいるからだ。

 例えば、新幹線やフォーミュラマシンの走る姿を視認できるからと言って、同じ速度で動ける訳ではないのと同様である。体感速度で言えば、自分以外の時間が停止してると言っても過言ではない“勇太の空間”に近づける者が居るとするなら、それは全く同質の雷系魔術の遣い手か、魔力を用いて類似した状況を作りせる者以外にはない。

 

 まぁそれも、あくまで“追い付く”事で勇太を打倒しようとした場合に限ってではあるが。ともあれ、先手必勝を期そうにも自分(どんな生物)より早く、攻撃を防ごうにも自分(どんな生物)の外皮や外骨格を紙の如く斬り裂さかれしまうとなれば、現在のジムに出来る事など何一つ無い。小峰勇太という一人の人間は、あらゆる生物でありながらその内のどれでもない“キマイラ”の、地上で唯一、絶対無二の天敵とも言える存在だったのである。

 

「それじゃあ、逃げた事にはならないぜ――そら、三回目」

 消失、激痛、出現。凄惨な三拍子を刻む円舞曲(ワルツ)の旋律は、今度はジムの右脚を引き裂いた。皮一枚で辛うじて繋がった脚が、おぞましい振り子時計の様にブラブラと宙に揺れ、バランスを失ったジムの体は、自然法則に則って、ゆっくりと地面に崩れ落ちて行く。

 

 が、まだ“三回目だ”。ジムは今や、何故、勇太が“四”と言う中途半端な数を指定して来たのか、完全に理解していた。

 不意に、左脚辛うじて残されていた地面の感覚が消失する。

「――四回。仕舞いだ」

 

 

 土と木屑を巻き上げて、ジムの巨躯は地下室の床に倒れ伏した。両腕は肘まで縦に裂かれ、両足は膝を立たれてアルファベットのWの様な、有り得ない形に折れ曲がっている。

 それでも尚、胴を動かして立ち上がろうともがくのは、闘争本能ゆえか、或いは矜持か。

「立ち上がるな。次は、首だぞ」

 

 喉元に突き付けられた刃の感触に、ジムは動きを止めた。赤い瞳には、未だ消えぬ闘志の炎。

 勇太は内心、舌を巻いた。無論、ジムの能力を加味してやった事ではあったが、常人ならば出血性ショックと激痛で死んでいてもおかしくはない状況にまで追い込まれ、それでもまだ、戦うつもりでいるらしい。

 だが、それでは駄目なのだ。折ってしまわなければ、砕いてしまわなければ、燃やし尽くしてしまわなければ、この男は、永遠に“怪物”である事から抜け出せないだろう。

 

「――俺が何故、ここに派遣されたと思う?」

 我ながら惨い事をすると思いながらも、勇太は口を開いてジムの紅蓮に燃える双眸を見返した。分かり切った事ではあったが、ジムの答えは無い。

「“お前が首を突っ込んだからだよ”、糞ガキ。ロワイエ公は既に、かなり前からギルドの監視下にあったのさ――折角、諜報部まで動かして入念に下拵(したごしら)えしてたのに、お前が横からしゃしゃり出て来て全部ぶち壊そうとしたから、俺にお鉢が回って来たって訳――さて、ここでお前に問題だ。お前が“赤”だったら、果たして俺は、此処に来てたかな?」

 

 ジムの瞳に、闘志以外の感情が過る。勇太には、既に分かっていた。

 これ程の“異能(チカラ)”ならば、“赤”になる事など容易い筈だ。王族の後ろ盾まであると言うなら、尚の事だろう。

 それでも敢えて、ジムが“黄”に留まっているのは、責任を負いたくないからだ。面倒臭い?嫌な仕事はしたくない?自由でいたい?そんなものは、言い訳にもならない言い訳である。

 

 まぁ、それを貫くのなら、それはそれで良い。適当に魔獣討伐でもしながら、森で隠者になるなり仙人ごっこをするなり、好きにしていれば良いのだ。度し難いのは、自分が気に食わないとなったら、権威も法も突き破って、今回の様に好き勝手暴れ回る事であろう。

 自分が暴れたい時は好きに暴れて後は知らぬ振り。責任を放擲して棲みかに帰って行くの繰り返しでは、彼の怪獣王となんら変わる事はない。正しく歩く災害だ。

 

「お前は何故、子供を保護して直ぐ、ギルドに助けを求めなかった?子供が死ぬまで、一週間近くもあったそうじゃないか?」

 ジムは、答えない。押し黙ったままだ。だがその瞳には、闘志の他に、傷つけられた子供の様な光が見えた。

 人の心の膿をほじくり出すなど、あまり気持ちの良いものではないが、ここまで来たら止むを得まい。

 

 

「他人は信用出来ないか?違うだろ。“他人と関わるのは面倒だったから”、テメェ一人で何とかしようとしたんだ。本部や王立魔術研究所(ロイヤル・アカデミア)に顔出せば、また白い目で見られて、ヒソヒソ陰口叩かれるもんな?」

 勇太は、既に危険は無いと判断し、刀をジムの首から放して血振りをした後、ゆっくりと鞘に収めた。

 

「ルールは守らねぇ、まともに人とも関わらねぇ。おまけに、気に食わなきゃ周りの迷惑なんか省みもせずに大暴れ。挙句、責任なんか知ったこっちゃねぇってか?そんな生きた台風みたいな野郎を、どうして信用なんか出来るかってんだ。いいか、人間同士の信頼ってのはな。交わした言葉の中でしか育まれないんだよ」

 勇太は、紙巻きに火を点けた。不味い煙だった。

 

「この際だから言っておくがな。“あの子”を殺したのはそこの下衆野郎じゃねぇぞ」

 勇太は、顎をしゃくってロワイエ公爵を指し示した。

「お前だよ、壊し屋。“お前のガキみてぇな我儘が”、あの子を殺したんだ」

 ジム・エルグランドが、“赤”としての権限と責任を有し、周囲の信頼を勝ち得る努力をしていたら。子供が呪いを受けていると分かった時点で、ギルドに保護を求めていたら。果たして、彼の人生は終わっていただろうか?

 

 それは、勇太にも解らない。だが、ジムが自分自身の手で、その選択肢を全て潰してしまっていたのは確かである。

「力には、責任が伴うんだ。自覚しろ。お前のその力は、責任なしに振るって良いもんじゃねぇ。文句があるなら――」

 勇太は、コンコンと、煙草を挟んだ指で、自分の刀の鍔を叩いた。そこには、“赤”の証である紋章が、鮮やかに彫り込まれている。

 

「“此処(ココ)”に来てから言えや」

 言うべき事を全て言い終わると、勇太はジムに背を向ける。果たして、キマイラは不死鳥(フェニックス)にも姿を変えられるのだろうか?

 勇太はそんな事を思いながら、興味深そうに自分達を見詰めていたエルフィティカの方へと歩き出した――。

 

 

                                     あとがき

 

 はい。今回のお話、如何でしたか?

 今回は、色々と加減が難しい話でした。ジョージがジムに未熟な部分を作ってくれていたので、勇太との対比に生かせればと思いまして。

 次にジョージがどう料理してくれるかで、かなり展開が変わりそうですw

それ以前に、ツッコミが怖いけれども……。色々と小難しい話を入れてしまいましたので、解り辛くなっていなければ良いのですが……。

 

では、ジョージ、次は宜しく!

 

 


 
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