No.196709

真・恋姫無双~妄想してみた・改~第十九話

よしお。さん

第十九話をお送りします。

―覇を唱える少女との接触―

開幕

2011-01-19 08:58:09 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:4179   閲覧ユーザー数:3456

 

 

 

「うへー、結構な数がいるなー」

 

一夜明け、状況把握の為に長坂橋に赴いた俺達の前には所狭しと並ぶ軍勢が待ち構えていた。

見つからないよう茂みから覗き込むと、そこにはずらりと整列した緑の旗。

辺りに木が蔽い茂る中、橋の掛かった崖周辺は空けた空間になっており、その異様さに拍車がかかる。

 

「概算で一万程度。率いる将は旗を見る限り、関羽を除く五虎将軍四人のようです」

となると張飛、趙雲、馬超、黄忠か。層が厚いな。

 

「ふーむ。風が聞くところによると馬岱さんもいるようですよー」

「あぁ、だから部隊が五つに分けられているのか」

言われてみれば、浅く広く展開している兵士達は大まかに捉えて五分割されている。

歴史に出てくる長坂橋といっても橋自体は他にも何箇所かあるから、周囲の橋全てを押さえるつもりなんだろう。

 

「といっても多すぎだな。曹操の手勢は千にも満たないくらいまで減ったらしいのに、ここまでの包囲網を敷くなんて」

「それは蜀のみなさんが曹操さんを領内に入れないと、袁紹さんに主張する為ではないでしょーか。諸葛亮さんなら今回の思惑に気がついてそうですから」

両脇に控える軍師二人が頷き合う。

こうなると当初の予定通り『おとり作戦』を実行するには少しまずいな。

悩みかけていたところで背後から草木の揺れる音が近づいてくる。

 

「隊長。偵察任務完了致しました」

「ん。疲れてるところ悪かったね、ご苦労さん」

 

顔を出したのは蜀軍の細かい部隊編成を確認する為に別行動を取っていた凪だ。

相手に気付かれないよう早朝から出発したせいで疲労の色が濃い。

労ってやりたいのは山々だが、先に報告だけを受ける事にした。

 

「早速になるけど、蜀の配置に抜けれそうな穴は有ったかな?」

「……すみません。確実と言えるような配備の薄い箇所は発見できませんでした」

まるで自分に非があるかのように項垂れる凪に慌ててフォローする。

 

「おいおい、凪が謝る事じゃないだろ。顔を上げてくれ」

「しかし、このままでは隊長の策を実現するのは……」

「駄目なら駄目でやりようは有るさ。そんなに落ち込まないでくれよ」

「でも、せっかくお役に立てる機会なのに……」

「いいから頭を上げて……」

 

俺と凪の会話が無限ループになりかけたところで稟の質問が間を割る。

 

「……蜀側の布陣はそれほど完璧という事ですか?楽進殿」

少し棘を含んだ口調に凪が居住まいを正しながら説明を始めた。

 

「はい。主要な橋全てが掌握されるだけでなく、一定間隔ごとに連絡用の旗兵が配置されています。これではどの橋から進入しようとすぐに増援が駆けつけてくるでしょう」

「……ふむ、将の配置はどうなっていますか」

「中央の橋に張飛率いる本陣、その後方に弓による援護を目的にした黄忠の部隊が控え、北側の橋一帯には趙雲、長坂南側へ抜ける道には機動力のある馬超、馬岱の騎馬部隊が展開しています」

「これは……」

「取り逃がすつもりは全然ないみたいですねー」

 

考え得る最良の布陣。

単騎で駆け抜けるならまだしも、手勢を率いた曹操軍が突破するのは難しそうだ。

もしおとり作戦が成功して蜀軍を分断しても、相手には十分な余剰戦力がある。追撃は免れないだろう。

 

どうしたもんかな……。

凪を加えた四人で頭を働かせていると、さっきまで大人しかった秘密兵器が騒ぎだした。

 

 

 

「難しい話は分からんがつまり、あれじゃろ。おとり作戦はやっても無駄という事じゃな? なら、妾はもう必要ないはずじゃ!放せ!」

 

そこには縄で縛られた金髪のょぅじょ。

服こそいざという時以外、目立たないようコートのような粗末なものを身に着けているが、普段のロングヘアーとは違い、サイドに纏められたバネのような髪形が見を引く。

小難しい会話は理解できないくせに、本能で脱出の機を嗅ぎ取ったか。

 

「気持ちは分かるが、開放するのはもう少し待って貰うぞ、袁術。君は今回の要なんだから」

フードに隠れた隙間から覗く目には不快感が募っている。苛立つ袁術を宥めるように頭を撫でてみると少しだけ静かになった。

普段は子供扱いしおって なんて文句を垂れるが今は満更でもない表情だ。

 

黙っていれば可愛い娘なんだよなあ。

ちょっと癒され思い返すのは、あの晩の事。

干吉の一件直後、焦っていた俺の準備は必要最低限で、ろくな思考もせず町を出ようとした。

だけど、いざ出発しようとしたところで頭に過ぎった一瞬の過去が足を踏み留ませ、天啓を得た。

 

――袁術は華琳の身代わりに使えるはず。

 

思い立った俺は、ほとんど拉致に近い形で袁術を連れ去り、ここまで連れて来たのだ(ちなみに華雄と張勲はぐうすか寝てた)。

実際、髪型さえ変えてしまえば背丈や表情など差異はあるが、曹操そっくりの容姿。おとりとして申し分ない。

存分に活躍して貰おうと、目覚めた袁術を昨晩まるっとかけて説得し引っ張ってきたけど、ここまで危険な状況になると、さすがに同行するとはいえ戦場には出したくないなぁ。

 

「おやおや、この小娘はまだ愚図っているのですかー。いい加減覚悟を決めておとなしくしてほしいのです」

「むっ、なんじゃチビ助、偉そうにしおって。妾が協力しなければ困るのは貴様らであろう」

 

風の愚痴に過敏に反応する袁術。

あぁ風さん。ようやく落ち着いてきたのに蒸し返さないで。

 

「……チビ?……勘違いしては駄目ですよー?劣化曹操さん。やろうと思えば貴方を気絶させて無理矢理囮に出来るのです。意思を尊重しているだけありがたいと思ってくださいー」

「なんじゃと!?」

「なんですかー!」

 

いがみ合う二人。

そういや渋る袁術を最終的に説得したのは風だったよな、どうやったんだろ?

 

「やはりもう一度立場を分からせる必要がありそうですね」

「な、なんじゃその不適な笑みは」

「ふふふ。……ごにょごにょ」

「うにゃ!?」

 

耳打ちされた袁術がビクリと身を震わせる。

なんだ?急に顔が青ざめ始めたぞ。

 

 

 

 

 

 

「爪の……剥き出し……」

「や、やめるのじゃ!?やめてたも!!」

「……強引に……何枚も……」

「聞きとぉない!もう喋るでない!!!」

「……いくら怯えても……笑いながら……」

 

 

 

「うわーーーーーーん!痛いのは嫌じゃー!!大人しくするから、もう止めるのじゃぁ!七乃ぉぉぉ!!!」

 

……風の奴、恐怖で袁術を縛ってたのか。

おとなしくさせる為とはいえ、なにも泣くまでしなくてもいいんじゃないか。まるで拷問する悪者みたいだぞ。

 

「……興奮した…………………………………………………………………………お兄さんが」

「おいこら待て」

「ひぃい!!!」

 

最終的に俺を悪者にするな。

袁術がめちゃくちゃ怯えてるじゃないか。

 

「文句はもう言わん!だから乱暴はやめてほしいのじゃ!」

「くっくっく。もう遅いぜ。お前さんは怒らせちゃなんねぇ相手を怒らせちまったのさ」

 

すっごいノリノリだな。

まったく、静かにさせるだけでどんだけ誤解を生むつもりだ。

誤解されないよう宣誓しておくが、俺にはSM趣味なんてないからな。

まして相手は見た目←(ここ重要)幼いょぅじょだ。下世話な感情なんて起きるはずないだろ。

この年で性犯罪者の罪を被りたくないっての。

 

……。

 

……。

 

「……ゴクッ」

「なぜツバを飲むのです、隊長」

ち、違うんだからねこれは! ただ勝手に喉が鳴っただけなんだから!

 

「……やぁ……痛く……しないでほしいのじゃ……他なら……なんでもいう事聞くから……お願いじゃ……」

縛られた縄が彼女の微妙にある胸部の凹凸に食い込み、少し痛いのか目には涙が溜まっている。

そんな状態で上目遣いでこちらを見つめても……。

 

……。

 

……。

 

 

 

「……この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物とも関係ありません。

                         また登場人物は全て18歳以上です」

 

 

 

「隊長。一度しっかりとお話しましょう」

待つんだ凪。気弾でこちらを狙うのは止めてくれ。

そして稟。君もその汚物を見るような視線を一旦外しなさい。

鉄壁の防御魔法『ソフ倫』で世界の崩壊を防いだのにこの仕打ちは酷いと思うんだ。

 

ややあってから、気を取り直しみんなと向き合う。

若干視線が痛いのは気のせいだろう。そうに違いない。

風の気が済むのを待って俺は疲れた凪と稟をこの場に残し、一路曹操を探す為、北を目指す。

道案内は風。協力の意思を見せる為、怯えきった袁術をセキトに乗せ、蜀に気付かれないよう慎重に進んでいく。

後でも尾けられたら本末転倒だ。

歩を進めてしばらく、太陽が頂点を過ぎ日差しが一層強くなった頃。

俺は、とうとう彼女と再会した。その出会いが望まれないものだとしても……。

 

 

 

 

 

 

長坂橋を出て数刻。

茂る草むらと鬱蒼と纏わり付く木々の中を掻き分けていく。

少し前から枝にぶつかる危険を考慮して二人はセキトから降り、迷わないよう俺の羽織を掴みながら後を付いてきている。

特に袁術は変装を隠す為、覆い被った布を纏っているので前が良く見えないのかよたよた歩き、なんかカルガモの親になった気分だ。

 

風曰く、この辺りに曹操が潜伏している可能性が高いらしいが、一向に姿は見えない。

先導して障害物を押し退けてくれているセキトには申し訳ないけど、ここらにはいないんじゃ……。

思い切って場所を変えようと提案しかけたところで、不意にセキトが身を捻る。

 

「? どうしたセキ――」

 

―ガキンッ

 

「なんじゃ!」

「おおう?」

乾いた金属音。

発生源はすぐ近くセキトの腹の部分。

 

「攻撃!?」

咄嗟に後ろ二人を羽織の内側へ隠すように抱き抱える。

顔だけ動かして確認すると、地面には飛んできたであろう一本の矢。

その飛来を察知して馬具で防御するセキトも凄いが、視界の悪い林で当ててくるなんて、どんな腕の持ち主だよ……。

 

……。

弓手?

 

はっとなって射腺を追う。

林の奥、目を凝らせば確かに不自然に揺れる草木が存在する。

 

「……合図するまでセキトの影から出るなよ」

「なにをするつもりじゃ?みすみす的になる気か!」

「……お兄さん」

「ああ、ようやくビンゴだ、二人ともここから動くなよ」

安心させるように頭を撫でてから立ち上がる。

 

「撃たないでくれ!こちらに戦闘の意思は無い!」

両手を上げ、大きな声で敵意が無い事をアピールしながら、不要な警戒を与えないようセキトの反対側へ慎重に身を出していく。

 

「俺の名前は北郷一刀。曹孟徳殿に用あってここまで来た。面会願いたい!」

少し待つが、反応は無し。

セキトの影に隠れた二人も心配そうにこちらを見ている。

格好つけたのはいいが……これすごく怖くないか?

 

いつ射られるとも知れない空白の時間は、さながら時間制限付きのロシアンルーレット。

風と袁術の手前、情け無い態度は見せられないからって身を挺したのは良いが。

出来る事なら俺もセキトの影に隠れたい。今すぐに!

一人で勝手に心が折れかけたその時、何処かで聞いた懐かしい声が聞こえた。

 

「やっぱり……一刀やん!」

「霞!」

 

注目していた茂みの横から洛陽で世話になった人物が顔を出す。

姉御肌で威勢が良く、トレードマークとなった羽織をプレゼントしてくれた女性。神速の将こと張文遠だ。

 

「ひっさしぶりやなー♪惇ちゃんと一騎討ちやらかして行方不明って聞いてたけど、元気でやっとるみたいやん!」

笑いながら肩を叩いてくる霞は純粋に再会を喜んでくれてるみたいだ。

 

「……北郷……だと?」

「……ふむ」

誘われて出てきたのは、夏侯惇と夏侯淵。手にはやっぱり弓矢が握られている。

 

「霞よ。旧知の仲を懐かしむのは良いが、一度離れてもらおう」

「? 何で?」

 

霞の疑問に答える前に、秋蘭は無言で弓を引き絞り、切っ先をこちらに向ける。

 

「ちょっ秋蘭!? なにしてるん!」

「北郷一刀。何用があって我等の元に来た」

 

問いかける秋蘭だけでなく、春蘭も武器に手を掛けている。予想はしてたけどすごい警戒のされようだ。

視界には映ってないけど辺りに魏兵であろう相当数の殺気が潜んでいる。

ヘタな発言をすれば即死亡。命の危険に晒されたままだが、恐れず慎重に対応していこう。

 

「目的はただ一つ。君達を助けに来た」

誠意を示す為にまずは一言シンプルに答える。

余計な言葉の装飾は相手次第で不信感を与えやすいからだ。

 

「助け……だと?……呉に組する貴様が何を考えている」

秋蘭とはまだ初対面のはずだが所属まで知っているのは昨日稟達が話していた通り、俺の存在が有名だからだろう。

当然の疑問に咄嗟に思いついた答えを返す。

 

「誤解される前に言っておくが、呉に所属しているのは拾われた恩からだ。忠義を誓っているわけじゃない」

勿論これは嘘。

みんなには感謝してるし、彼女達を守ると誓ったのは紛れも無い本心。

話を円滑に進める為に仕方ないとはいえ、実際口に出して喋るのは気分が悪いな。

 

「だから国の関係で君達を陥れる気も、敵対するつもりも無い、俺は純粋に君達を救いたいからここにいる」

「……なぜ助けようなどと思い立つ。貴様が我らに義理立てる筋合いは無いはず」

「……」

 

心の中でタイム。

三度目の問いに、頭が真っ白になりどう説明したものかと答えを窮してしまう。

ぶっちゃけ、一番大切な魏軍救出の理由を考えてこなかった。

 

ただでさえ呉の所属という事で不信感を与えるのは分かっていたはずなのにこれは不味い。

正面から再会しても大したリアクションが返ってこない以上、真正直に前回の記憶が。なんて納得してもらうのは不可能だな。

 

(うぅ……こんな事なら風達に適切な対応を用意してもらうべきだったな……)

いまさらだけどさ。

 

「……」

秋蘭は黙り込んだままこちらの返事を待っている。

心なしか更に矢が絞られてるのは緊張から来る錯覚だろう。そうに違いない。

冷や汗が背中を伝い、なんとか場を繋げようと喋る前に後ろから複数の声が聞こえる。

 

「やれやれー、風がいないと駄目駄目なお兄さんですねー」

「これ離すのじゃ、無礼者!妾を誰だと思っておるのじゃ!」

「うわわっ!こら、暴れないでよ!落としたら危ないじゃん!」

そこには二人の人間を両手でリフトアップしながらこちらへ歩いてくる団子頭の怪力娘。

季衣かっ 久しぶりに見るが相変わらず桁外れの筋力だ。

 

「おぉ、でかしたぞ、季衣。気付かれず捕縛できたな」

「へへー。ボクだってやればできるんです」

 

春蘭に褒められて嬉しそうに頬を緩ませる姿は愛らしいが、こっちは進退極まってきた。

セキトに隠れていたはずの二人が捕まったのは俺の死角。後ろからの接近が原因だろう。

つまり俺達を中心にすでに包囲網が敷かれているはず。

これではいざとなった時、風達を逃がすスキを見極め難い。

最初の矢が射られた後の空白の時間はこのためだったのか。

 

「待ってくれ。二人には危害を加えないでくれないか?」

「そのつもりはない。お前がこちらにとって有害でなければ、の話だが……さて先の返答を聞こうか?北郷殿」

 

理由が思いつく前に時間制限をちらつかせられる。

季衣が二人を手にかける様子は想像できないが、いざとなれば周りの兵士が命を狙ってくるはず。

 

風達の安全を確保するに余計下手な発言が出来なくなった。

けど後ろの風はこの状況に気が付いていないはずないのに怯えた様子もなくいつも通りの口調で交渉し始めた。

 

「お取り込み中悪いのですが、私のお話を聞いていただけませんか?」

「貴様は……」

「申し送れました。私は程昱というしがない兵法家です。以後お見知りおきをー」

「……聞かぬ名だな」

「現在売り出し中の身でして。活躍はこれからに期待してくださいね」

 

ちゃっかり自己アピールする姿勢はある意味尊敬に値する。

ちなみに風と稟は俺の進めで今日から元の程昱、郭嘉の名を名乗って貰っている。

 

「その兵法家が何をでしゃばるつもりだ。私は北郷に質問しているのだが?」

「つれない事言わないでくださいよー。一応お兄さんの助言役としてここに来ているので役目を果たしたいのです」

担ぎ上げられた不安定な状態でも落ち着いた様子でバランスを取っている。

 

「まずはあれこれ言葉を重ねる前に、曹操様に直接お話させてください」

 

 

 

 

 

 

「! いきなり世迷言を抜かすな!貴様らのような不信な輩がお目通り出来ると思っているのか!!」

瞬間沸騰する春蘭に怯む様子もなく風は続ける。

 

「逃げられないよう周囲を囲み、人質まで取っているのです。ここまでしたら天下の魏武が目の前で主の危機を救えないはずないですよねー?」

「当然だ! 華琳様に害する行動を取ればすぐさま首を刎ねてくれる!」

「おぉう、自信たっぷりですねー」

「それこそが我が使命だからな。抵抗するだけ無駄だ」

「ふむふむー、ならお話するぐらいなら無問題ですよね。そちらに危害を加えるつもりは有りませんし、もし万が一の事が起こっても防ぐ自信がありますもんねー」

「そうだな、よしこちらの気骨を見せる為にも会わせてやろう」

「わーい♪」

「……姉者」

 

すげえ、こんな見え透いた挑発に乗るのもさすがだが、褒められたと勘違いしてまんざらでもない表情を浮かべてやがる。

さすが春蘭。半端無い単純さだ。

 

呆れた俺と秋蘭が絶句していると横の木々の隙間から二人の女性が現れた。

 

「安い誘導に引っかかってるんじゃないわよ、バカ春蘭」

「自信を持つのはいい事だけど、もう少し思慮深さを学ぶべきね」

「「「華琳様(孟ちゃん)!?」」」

 

そこには毒舌持ちの猫耳フード桂花と、

威厳を纏った少女。曹孟徳こと華琳が立っている

 

「お下がりください! この者が我らに仇なすか否か、その判断がまだ出来ていません!」

「秋蘭、私は不審者程度で怯えるような狭窄な心の持ち主かしら」

「……いいえ……ですが……」

「心配は無用よ。早くその矢を収めなさいな。季衣もその子達を降ろしてあげるように」

「はい!」

 

しぶしぶといった様子で従いながらも警戒の色は色あせておらず、

霞も空気を読んで俺から離れていく。

この場にいる全員の注目が華琳に注がれる。

 

「さてと……私に話があるのね。北郷一刀」

 

彼女はゆっくりと近づく。

周りは慌てて止めようとするが意に介した様子もなく正面まで歩み寄る。

 

「お話でしたら風が代わりにお答えしますので、どうぞこちらへー」

 

テンパっている俺をフォローするために助け舟を出してくれる。

しかし、

 

「私は北郷から話を聞きたいの。あなたは少し静かにしていなさい」

「……ふうむ」

 

言われて黙り込む風。

視線から、しっかりやれよとメッセージが伝わってくる。

 

ここが正念場か。覚悟を決めて向き合う。

 

「北郷一刀。改めて聞くわ、この曹孟徳に何用かしら?」

「……袁紹から君達を逃がす為に助力しに来た」

「助け?見たところ三人しかいないようだけど、よっぽどの策でも用意してあるのかしら」

「あぁ……それは」

 

目配せすると風が袁術の被っていた布を剥ぎ取る。

「!? うわっ……」

 

一番近い季衣が驚きの声を上げると周りの人間も同様の反応を示す。

それほど袁術の変装は華琳にそっくりだった。

 

「へぇ。影武者を用意してきたって事ね……なるほど。……ん? ちょっと待ちなさい」

「な、なんじゃ?」

いきなり見つめられた袁術は怯えて目を逸らすが、華琳の視線は変わらず彼女を打ち抜く。

 

「あなた……袁術ね」

「わ、悪いかっ!」

「「「!?」」」

 

周りに更に動揺が走る。

袁一族の人間がここにいれば当然の反応だ。まして彼女はすでに負けた身、命無いものと思われていてもしょうがないだろう。

 

「驚いたわね、まさかこんなじゃじゃ馬を手懐けていたなんて……」

「今回に限り協力してもらっているだけさ。……普段から面倒はみてるが」

「……そう。……さすがの人徳といったところかしら」

「?」

 

後半が聞き取れなかったな。

 

「それで。袁術をおとりにして私達を逃がす算段でここに来たのね」

「あ、ああ。追って来る袁紹軍も危険だけど、この先の長坂橋に蜀軍が展開してるんだ。このままじゃ逃げ切れない」

「それは大変ね」

「人事じゃないだろ! まずは迂回経路を相談して……」

「少し待ちなさいな」

「……なんだよ」

「一つ聞いておきたいのだけど」

 

身長差で見下ろす形になっても彼女の威圧感は変わらない。真剣な瞳に自然と体が硬くなる。

 

「あなたはなぜ私達を助けようとするのかしら」

「それは……」

 

秋蘭と同じ質問。

ようは逃がす事さえ出来れば良いから適当な嘘でもついて場を誤魔化せば良かったはずなのに、この時の俺は緊張のせいか思った事をそのまま口に出していた。

 

「君達を見捨てられなくて……」

 

ポロリと零した本心。

それに対して華琳は、

 

「……嘗めるな!北郷!!」

 

心の底からの怒号を持って返してくる。

 

 

 

 

 

 

「貴様のそれは敗者に対する侮蔑に過ぎない。見捨てられない?はっ!とんだ上から目線ね?」

「そ、そんなつもりは」

「まったく無いと言うのかしら。袁紹に敗れ、おめおめと生き恥を晒す私達に情けを感じたからここに来たのではなくて」

「違う!俺はただ心配で」

「心配?この乱世で生きる死ぬかなんて世の常。どう転ぶか誰にも分からないわ。こちらの命運、貴様に関係ないはず」

「ぐっ……」

 

過去の因縁を話すわけもいかず言葉に詰まる。

 

「はっきり言いましょう。北郷、貴様のそれはただの“憐み”よ」

「……」

 

憐み、だって?

助けようとした相手からの怒りさえ伴う拒絶。

 

それがあまりにも重い枷となって身に絡みつき、思考が追いつかない。

俺の行動は邪魔でしかないのか?

 

「私は曹孟徳。思惑がどうあれ、他者の手など借りるつもりなど毛頭無いわ。ヘタな同情で私の誇りを傷つけないでほしいものね」

「……」

 

「蜀が待ち構えているのはすでに知っているわ。舞台を長坂橋に選ぶ事もね。それを踏まえた上での策も事前に用意してある」

「……」

 

「貴方が提案するものより確実な策がね」

「……」

 

「……もう、返す言葉もないのかしら。……つまらない男」

くるりと踵を返し一刀から離れていく。

 

「……華琳様」

「捨て置きなさい。どうせなにもできやしないわ」

「しかし、脱出の際問題になっては困ります。ここは口を封じておくべきではないかと」

「二度は言わないわ」

「……御意」

 

去っていく華琳に続いて春蘭達の姿が消えていく。

霞は声をかけようとしたが秋蘭に止められて、無言のままこの場を後にした。

 

残ったのは茫然自失の北郷一刀と風、袁術、セキトだけ。

切望した再会は何も重ならないまま、終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

「はーい。いじけるのはそこまでにしましょーね。お兄さん」

 

静まり返った空間に響く風の声。

沈んだ気持ちの一刀は特に反応を返さなかった。

 

「聞こえてますかー。お留守ですかー」

挑発するような口調に苛立ちとはいえ、心に火が灯る。

 

「少し静かにしてくれよ」

吐き捨てるよなセリフ。

今は何も考えたくないんだ。

 

「そうはいきませんよ。元気の出る風の言葉を聴いてください」

「……」

「まただんまりですか。では勝手にお話しますよー、いいですか?」

「……」

「無言の肯定ですねー。分かります。なら単刀直入にいきますが……このままだと夏侯惇さん死んじゃいますよー」

「……っ!?」

「ん?なんで奴の名前が出るのじゃ?」

そうだ、いくらなんでも話の脈落が無さ過ぎる。

 

「曹操さん脱出の策があると言ってましたよねー?あれって夏侯惇さんの犠牲ありきなんですよー」

「……どういうことだ?」

「……ぐう」

 

「起きろ!」

「おおっ!?」

ふざけてる場合か!

 

「昨日よりつっこみが激しいですね、お兄さん。……聞く耳は持ってくれましたか?」

「……あ」

「落ち込むのは分かりますが、ちゃんと現実を直視しましょーねー、私がついてますから大丈夫ですよー」

慰めるように低い身長を伸ばして俺の頭を撫でる。

 

「風……」

「曹操さんは袁紹軍から逃げ切る事だけでなく、蜀と争わせるのが目的なのです。従って、お兄さんの提案だけでは聞き入れてもらえなかったのですよ」

「それはこの辺りで行方を眩ませれば済む話じゃないのか?」

「それだけでは駄目ですねー。蜀の防備は厚く、そこを抜け出したいう事実は付加しにくいでしょーね。だからこそのこれですが」

 

懐から一枚の紙を出し、くるくると巻いていく。

それはまるで――

 

「? 書状?」

「大正解ですー。巻き巻きしたのは関係ないのですが、さっきこっそりお団子頭からその内容を聞いておいたのですー」

 

さすがいざという時は頼りになるな。

風が説明するのはこうだ。

 

まず魏軍はわざと袁紹軍に身を曝け出す。これは囮部隊。

華琳のいる本隊はそのスキに楊州を経由して北方へ戻る進路を取る。

囮部隊は袁紹軍を引っ張ったまま、本隊の脱出を待って蜀軍と接敵。

 

その後華々しく散り、書状を奪われる手筈らしい。

肝心の内容はというと……。

 

「……えらく抽象的だな」

 

風の予想した書状の内容に率直な感想を述べる。

要点だけ抽出すると、

 

――私こと曹操は貴方の手引きで蜀領に逃げる事にしました。お力添えありがとうございます。このご恩はいつかあの傲慢極まりない袁紹を討たれた後にたっぷりします。期待して待っててね。と

 

ても強くて有名な蜀の有名人さん (゚д゚)ノシ ――

 

だ。(我ながらエキサイトな纏め方だが)

 

「相手が誰なのか示してないのはわざとか?」

「そうです。へたに指定してしまうと手引きするはずの武将が長坂橋に居ないなんて事態に対応できませんし、特定の人物ならすぐに潔癖を調べられますからねー」

 

蜀の武将は大陸に名を馳せる猛将ばかり。

そこを逆手にとって、誤解を解く時間かせぐつもりか。

 

「しかもここに袁紹を侮蔑する言葉をいっぱい書いておけばすぐにでも戦ってくれそうですしね」

「……単純だからな」

 

そこは確定だ。

 

「そして、この書状の信憑性を持たせる為に、曹操さんの片腕である夏侯惇さんを囮に使う必要があるのですよ」

「?」

 

袁術はわかってないが、双方の戦力を削ぐ意味合いでは俺の策より随分と上策かもしれない。

だけど。

 

「絶対に犠牲がでるのか……」

「でしょうね。囮部隊は合計四万の軍勢を相手取らなきゃいけないわけですから」

「っ……」

 

春蘭のことだ。華琳の為と言われればにべも無く従うだろう。

 

「いったいどうしたら」

なにをするかは判明したが拒絶された俺に出来ることなんて――

 

「勝手に助ければ良いじゃないですか」

「……は?」

「うにゅ?」

 

「断られはしましたが、お兄さんの策とあちらの策はかち合わないですよね。むしろ囮曹操持ちがいる方がより信憑性が出てくるものです」

「いやいや、さっき四万の軍勢を抜けないといけないって言ったばかりじゃないか」

 

いくらなんでも袁術を犠牲に巻き込んでしまいたくない。

 

「大丈夫です。お兄さんなら可能な脱出方法がありますから」

「俺なら?」

「そうです。正確には違いますが、多分いけるはずですよー」

 

風は妙に自信たっぷりだ。

 

「期待してますよー。十文字の北郷さん?」

「ふーむ。よくわからんが頑張るのじゃ」

 

少女二人に励まされ、なんとか奮い立つ。

そうだ、まだ始まっても無いんだ。

 

気合を入れるために頬を叩く。

長坂橋の戦いはここからだ!

 

 

 

 

 

 

「……華琳様」

 

「しつこいわよ桂花。私の判断が間違っているとでも?」

 

「そ、そんなはずありません!」

 

「だったら口を噤みなさい。少々耳障りだわ」

 

「……すみません」

 

明らかに苛立った主君の後を続く魏軍。

 

その原因は明白だったが誰もその真意に気がつく者はいなかった。

 

(相変わらず甘い考えだったわね。あの男は)

 

一度とはいえ自分を認めさせた相手が、ああも簡単に言い負かされる姿を見るのは癪に障った。

 

あんな情けない相手に、私は会いたいと思っていたのか。更に気分が悪くなる。

 

(だけれど……)

 

それは泡沫の出来事。

 

春蘭や秋蘭はその夢を理解できなかったし、あまりに突拍子もない内容だ。

 

 

 

――この私があんなブ男に負けるなんて――

 

 

 

そもそも夢の中のあいつは今で言う蜀の統治者として敵対したはずだ。

 

それが呉に組みしてる時点で信じる余地はないはずなのに妙に気分が落ち着かない。

 

 

 

 

 

行き場の無い怒りを胸に、華琳は歩を進めていくのだった。

 

 

 

 

 


 
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