No.196373

真・恋姫無双~妄想してみた・改~第十八話

よしお。さん

第十八話をお送りします。
―セキトに跨り着いた先に、“これから”を左右する出会いが―

開幕。

2011-01-17 00:24:32 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:4706   閲覧ユーザー数:3792

 

 

 

―――蘇る記憶は魏の覇道。

 

一陣の風が地平線まで続こうかという荒野に地響きを轟かせる。

その正体は、一刀と凪を乗せた赤兎馬だ。

深紅に染まる巨躯が疾走する姿は、さすが歴史に謳われた名馬だと関心せざるを得ない。

セキトはその名に恥じぬ身体能力を発揮しながら、我が主を一刻も早く送り届けようと全力で大地を駆け抜けていた。

 

「凪!長坂橋まであとどれくらいの距離だ?」

激しく揺れる馬体の上で蹄の音に負けないよう大声で呼びかける。

はっきりとは視認できないが、前方に村のような家屋が立ち並んでいた。

 

「あそこは恐らく当陽内の村。ここまで来れば目と鼻の先程度しかありません!」

一緒に乗せた大きな荷物で狭いのか、キツいくらいに背中から抱きつく凪は肩越しに顔を出しながら答える。

 

もうそんな所まで来たのか。はっきり言ってセキトを侮っていた。

 

昼夜問わずの強行軍に、いまだ息を切らす様子一つ無い体力。

流れる景色が霞む程の速度。

今までは長く乗る機会が無かったから実感しづらかったけど、ほとんどチートクラスの能力だ。

このまま行けば、間に合わないと踏んでいた目的地の到着は予定より大幅に繰り上がり、逆に相手を待つ側になりそうだ。

そうなれば一度、作戦会議を兼ねた休憩を取る為に村に立ち寄ってみよう。

 

干吉の一件から今まで、最低限の準備だけで走り続けてたからな。

いまだどこか火照ったような頭を冷やす良い機会だ。

近づく村に向かってこれからの事に思いを巡らせる。

 

直接的ではないといえ、曹操こと華琳は、呉の人間にとって忌むべき相手だ。その救出に思春や孫権が反対しないわけがない。説明を躊躇った俺は簡単な内容を書簡に残し、無断で城を出る事にした。

今頃は真桜や沙和を含めて大騒ぎしてるかもしれないな。

 

―後で怒りも叱責もいくらでも受けるから、少しだけ待っててくれ。

 

干吉の術によって魏に関する記憶全てを取り戻した俺は一路、敗走する曹操を追って長坂橋付近を目指している。

記憶が確かなら、世界はここを舞台に選ぶはずだ。

大局に逆らった過去の記憶。赤壁、定軍山。結果に差異はあれど、歴史の収束は必ず起こる。

曹操の逃走ルートが長坂橋付近にある以上、その可能性はとても高い。

消えた干吉の捜索を後回しにしてでも、その場所へと向かう事に決めたこの旅路。

 

待ち受ける結果は―――。

 

 

 

 

 

 

村にあった酒房近くにセキトを止めて、荷物ごと凪と二人店内で一息つく。

注文する前に出た出涸らしのお茶でさえ、ひどく美味しく感じるのは想像以上に体力を疲弊していたからか。

同じく渡された布巾に顔を埋める。

 

「くぅー、生き返る。考えてみれば徹夜続きだったもんなぁ」

「……親父くさいですよ、隊長」

ぐっ、最近まで学生だった俺に向かってなんて暴言だ!

最近忙しくて、急速に老けた気がしてたけどさすがに親父はないだろう。

 

「そんな事言ったら凪だって、椅子に座った瞬間、『あぁ……』なんて溜息ついてたじゃないか」

「そ、それは……」

仕返しとばかりに正面に座った凪に反論すると、両手を膝に乗せ、真っ赤な顔で俯く。

……あー、なんか癒されるな。

ちょっと強気な娘が見せる小動物チックな仕草は、万国共通微笑ましい。

精神力のほうが先に回復していくのを感じる。

 

「……っ! そんな事はどうでもいいんです!それより早く状況を説明してください!」

正論だが、照れ隠しなのがバレバレだ。

 

「じゃあ、話していこうか……。複雑で長くなるけどいいかな?」

コクリと頷かれる。

 

「まずは、そうだな。曹操救出の件はひとまず置いといて。天の御遣いなんて与太話から始めようか」

自虐めいた口頭から、まずはつらつらと過去の記憶について言葉を重ねていく。

 

自分の本当の素性。

 

三国に渡る歴史を生きた過去。

 

そのせいで、現在の立ち振る舞いに悩んでいる事。

 

恋とねね以外、誰にも話した事が無かった秘密を含めて包み隠さず打ち明ける。

 

再生された過去の記憶のおかげで、俺は少しだけ、弱くなれたから。

 

「……」

 

誤解のないよう丁寧に説明したつもりだけど、凪の表情は硬い。

当然だけどね。はたから聞けば妄想もいいとこだろう。こんな荒唐無稽な物語。

 

「信じられないのは分かる。でも、力を貸してほしいんだ……。彼女を助ける為に」

呉を裏切る形になった今回の出倣はどうしても成功させなくちゃいけない。

それは残してきた孫権や彼女……華琳に報いる為にも。

 

「だから……」

「信じます。納得はしきれませんが、理解はしました。ここまで付いて来たのは自分からですから、今更協力しないはずがありません」

瞳には決意が映っている。

 

「あの晩、慟哭する隊長を見た時から気持ちは決まっていました。どんな事があろうと、あなたを支えたいと」

「干吉の件、だな……」

大事にこそならなかったが、あの時の俺は尋常どころではない苦しみ方をしていたらしい。

痛みが落ちつき、最初に視界に入ってきた彼女の泣き出しそうな表情の奥には、確かに安堵と喜びに満ちていた。

その時にはもう、俺についていく覚悟を決めてくれていたのか。

 

「ありがとう」

感謝を込めて頭を下げる。

 

「礼など言わないでください。自分はただ隊長の役に立ちたいだけですから」

「凪……」

「力の及ぶ限り、助けになります。だから……」

一度きつく唇を噤み。

 

「お傍に居させてください。決して、いなくならないで……」

搾り出した言葉は告白にも似た願い。

その言葉は果たしてどれほどの意味を持つのか。

少なくとも、北郷一刀にとっては一度、為しえなかった約束。

傍にいると、誓ったはずの思いは歴史のなかに埋もれてしまった。

 

凪にその記憶はまだ戻っていない。

しかし、以前貂蝉が話していたように感情は残っているのだろう。

彼女もまた、一刀との別れを体験しているのだ。

無意識に彼が離れてしまわないよう心が求めているはず。

万感の意を込めて、一刀は凪の手を取る。

 

「約束する。俺はどこにもいかない」

「隊長……」

握り返す力は強く、痛みを伴うがそれだけ思いの大きさが伝わってくる。

……凪に報いる為にも華琳救出を絶対に成功させよう。

 

決意とともに、結ばれた両の手より絡み合う二人の眼差し。

いわゆる二人の世界が形成されていく。

 

近づく二人の距離。

感極まった凪はそっと瞳を細め……。

 

すかさず手を跳ね除けた。

 

「――ご注文は?」

「ご、ごはん!!」

見つめ合う俺達を、店員さんが冷たい目線で睨んでいた。

 

「……それと腹に溜まるおかずを幾つか見繕ってください。全部大盛り、一人前は唐辛子ビタビタで」

「ぅっ……!」

さっきより頬を染めて恥ずかしがる姿はいじらしさ満点で、これはこれで……なんて思うが、なんか損した気分だ。

 

「……畏まりました。……リア充、爆発しろ」

最後のほうでおかしな単語が聞こえたのは気のせいだろう。

厨房に入っていく店員を尻目に、咳払いを一つ。場を仕切りなおす。

 

 

 

 

 

 

「えーっと。次は何を説明しようか?」

努めて明るく話題を振るが、反応は乏しい。

例えるなら、赤に染まったアストロン状態。しばらくまともな会話はできそうもないな。

残りのお茶を飲むべく椀を傾けると、背後からこちらを呼ぶ声がした。

 

「おうおう、兄ちゃん。さっきから見せつけてくれるねぇ。ちょっと面貸してもらえるかい?」

典型的なヤクザ口調、店が小さいからか先の会話は丸聞こえらしい。

 

「あー。一応これでも立て込んだ内容を抱えてまして、できればご遠慮しておきたいんですけど」

振り返らずに答える。休憩中に絡まれるのは勘弁願いたい。

 

「ほー?俺様も舐められたもんだ。大陸に名を馳せる『太陽の化身』に向かってそんな口調を返せるとはな」

なにそれ? 初めて聞くんですけど。

 

「いいから言う事聞きな。このままじゃ封印している第三の力が開放されちまうぜ?」

どこの中二病だ。あと、第一と第二はどこいった。

呆れて言い捨てる。

 

「いい加減にしろよ。これ以上邪魔するなら、こっちだって考えがある」

腰に差した剣に手を伸ばす。

猛将相手に訓練を積んだ今の俺には、ゴロツキ程度なら負けない自信がある。

けど、後方の声は動揺した様子もなくちょっかいをかけてくる。

 

「びびると思ってんのかコラ?汚物は消毒してやろうか?あぁん?」

そんな世紀末な文句を聞き流そうとして、ふと気付く。

 

声が異常に高い。

 

高いどころか、男の音域じゃ出せないソプラノボイス。

さっきからの口調を合わせて考えてみると、頭の中にある人物が浮かんでくる。

 

「……」

 

無言でゆっくり振り返ると、まっすぐ向いた視線に人の姿は無く、少しだけ頭を下げると……。

 

「おおぅ?」

どこかで見た“ょぅじょ”がガン見していた。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

金髪のふわふわヘアーと、常に眠そうな目をしている沈着冷静な魏の軍師。

程昱 仲徳 登場。

あまりに突然な事態に、開いた口が塞がらない。

 

「オウフッ、俺様のあまりの美貌にぐうの音もでないってか?」

「……とりあえず宝譿は黙っててくれ」

空気を呼んでそっちの名で止めてみる。目の錯覚か、項垂れたように萎れる頭の彫像。

 

「むぅ、小粋な洒落が分からないお兄さんですねえ」

風は機嫌が悪そうだ。

 

「せっかく女性からのお誘いを受けたのに、無碍にあしらうとは、馬に蹴られて死んでしまいますよー?」

「いやいや、明らかに喧嘩売ってたよねさっき」

「言い訳、かっこ悪い(・A・)」

「ぐっ……」

 

確かに声の質ですぐ判断できなかったのは短慮だったかもしれないけど、こっちは疲れてるんだ。勘弁してくれ。

 

「無作法だったのは謝るよ、でも次からは正面から話しかけてもらえるかな?君の顔もじっくり見たいし――――キラッ」

 

お返しとばかりに、キザったらしく白い歯をキラリッ。

 

「……ぐぅ」

「 寝 る な ! 」

「おおぅ?」

 

……いや分かってたけどさ。

 

「まぁべたな口説き文句は置いときましょー」

聞こえてんじゃん。

箱を横にスライドするジェスチャーの後、風は改めてこちらを向く。

 

「はじめまして、お兄さん。私の名前は程立です。気軽に程立ちゃんとお呼びくださいー」

「あ、ああ。はじめまして程立ちゃん。俺の名前は北郷、向かいの席で固まってるのが楽進だ。よろしく」

程立って名乗っているのは、曹操に仕官してないからなのか……?

 

「これはどうも。それと、もう一人ご紹介したいのが、あっちの柱に隠れてるのですが……」

風が指を差した先には顔だけをひょっこり出した眼鏡の女性。

注目されるのも構わず、鋭い視線で睨みつけてくる。

 

「稟ちゃーん、どうしましたかー。この人に声をかけようと言い出したのはあなたですよー」

「私の名は戯志才。よろしく」

ようやく口を開くが、近づいてくる様子は無い。

……俺まだなにもしてないよね?

 

「初対面の人に失礼ですよー、稟ちゃん。ほらー、こっちに来てー?」

「そう言われても……実際目にすると……こう、得体のしれない憎しみが湧き上がって、近づくと何か変態行為をされそうな……」

原因は前回の俺でした。

記憶は無くても、閨での一件はなんとなく覚えているのか警戒させてしまっている。

風の手招き空しく、稟はその場から動かない。

 

「むぅ、普段はあんな事しない子なのに、なぜでしょー?」

 

 

 

 

 

 

「……さぁ?」

しらばっくれてみる。

 

「まぁ、どうでもいいですねー。それよりもお話しましょーかお兄さん」

ぽてりと隣の席に座る風はちゃっかりと固まったままの凪のお茶を飲む。

いつだって彼女はマイペースだ。

 

「さっき気になるお名前が出たので聞きたいのですが、……曹操さん救出の話は本当ですか?」

「こら! 様をつけなさい風!」

 

妙に鋭い突っ込みを無視して話は続く。

 

「本当だよ。ちょっと彼女とは縁があってね。少しでも力になりたくて平原からここまで来たんだ」

恐らく前回の記憶がないだろう相手に詳細は省く。

 

「お二人で何とかするつもりなのですか?曹操さんを追いかけて来るのは袁紹さん率いる三万規模の大軍勢。個人では何もできないと思うのです」

「それは承知してるさ。でも、だからといって見捨てるマネはできない。微力でも助けになりたいんだ」

 

追走する軍隊の戦力はあの晩、細作からの報告で知っていたから今更驚かない。

俺は、自分の決意を表すようにはっきりと答えた

 

「……三万の兵と聞いて顔色一つ変えないなんて、勇気があるというか、剛毅なお兄さんですねー」

指を唇に添えて薄く笑う。

事前情報が無かったら、びびってたと思うけどね。

 

「その分、何を企んでいるのか非常に気になりますねえー。ただの無謀な特攻野郎では無さそうですし、良ければお話を聞かせてもらえませんか?」

「別に構わないけど……我ながら成功する可能性の少ない、ずさんな計画だよ?聞いたら落胆するかも」

 

平原の町を飛び出した俺はある秘密兵器以外の用意はしていない。

ちらりと目を横に移すと、そこにはずた袋に包まれた荷物がいまだ“ぐったり”していた。

 

「それを判断するのは風なのです。――いいから話してみろよ兄ちゃん、穴があるなら俺達が助言してやろうってんだ」

「……君が?」

「おうよ。袖触れ合うのも多少の縁。こう見えても結構頼りになる頭脳の持ち主だぜぃ?」

頭のてっぺんに乗った宝譿がえっへんとばかりに胸を張る。やっぱ生きてないか?あの彫像。

 

「じゃあ、ありがたく知恵を貸してもらおうかな……。でもその前に一つ聞いていいかな?」

「なんなりと」

 

「……君達はどうしてここに?」

 

「風と稟ちゃんは今流浪の身なのですよ。軍師として仕官先を探すしているのですが、なかなかこれだ!という人物が見つからないまま今日に至るのですー」

そう言って今度は手に持った飴をペロペロ。ちょっと不機嫌そうだ。

呉のみんなと違って、魏の人間は凪達同様、過去を思い出せてはいないらしいな。

 

「そっか、それならそれでいいんだ」

「……含みのある言い回しですねー。まぁいいでしょう。それより、こちらからもお聞きしたい質問があったのでしたー」

「質問?」

「はい。それについては稟ちゃんにお願いしましょうか」

「わ、わたし!?」

 

突然話を振られた彼女は余程驚いたのか、弾かれたように後ずさる。

 

「そうですよー、早く会話に参加してください。いつまでもそんな調子では私達まで変人扱いされてしまうので」

確かに狭い店内で身を隠しながら見つめてくる女性は不審者以外の何者でもない。

 

「くっ……」

 

わずかな思瞬の後、ようやく稟は同じ机についた。

 

 

 

 

 

 

   風 稟

  / ̄ ̄ ̄\

俺|        |凪(アストロン中)

 |         | 

  \___/

 

 

位置関係はこんな感じ。どんだけ警戒されてるんだ?俺。

 

「んっ、おほん!では曹操様の敗走について、貴方の所感をお聞かせ願いますか?―――十文字の北郷殿」

なにそれかっこいい。

 

「それは構わないんだけど。俺ってそんなに有名だっけ?」

前にも確か、凪にも言われたような記憶があるな。

 

「白銀に輝く羽織を纏う武人。泗水関における奇天烈な防衛戦は結構有名ですよ。華雄将軍の暴走が無ければ歴史に名を残す戦いだったと、

当時の貴方の副官が書に認めて流布しているぐらいですから」

あのおっちゃんに文才があったとは。……まさかいらない事書いてないだろうな?主に華雄との情事。(ばれたら何かとまずい気がする)

 

「その人物が平原で仮装演劇を開いていると聞いた時は、気でも狂ったのかと思いましたけどねー」

「あっ、やっぱバレてるんだ」

「当然です。まぁそれが民衆の心を掴む政略なのは理解できますが、仮面一つで正体を隠す必要はないでしょう。なぜか判っていない輩も多いそうですが……」

 

そういや思春も最初は人違いしていきなり本気で斬りかかってきたな。嫌な思い出でもあったんだろうか。

 

「いやーアレが無いと正直やってられないというか、最後の一線というか、好んで付けてるわけじゃないから。そこだけは誤解しないで」

「そうですねー、他人の倒錯した露出趣味に口を出すのは失礼ですから」

脱いでないよ。どこの絶好蝶なホムンクルスと勘違いしてるんだ。

 

風のボケをスルーして、稟の眼鏡の奥には試すような瞳が潜んでいる。どうやらこちらの器量を計りたいらしいな。

咳払いして真面目に答える。

 

「曹操軍の敗走か……。細作からの報告を信じれば、間違いなく再起を見越した逃走劇だろうね」

「……その理由は」

あの晩までの情報を元に自分なりの考察を話す。

 

「まず一つ目。兵の流出が多すぎる。官渡の決戦以前の白馬・延津の前哨戦の時点で、すでに死者より逃走兵の方が数を上回り続けていたから気がついたんだけど、大幅な兵の減少が起こった場所はどこも支城から程近い場所ばかりなんだよね。これはどこでも蜂起出来るよう各地に兵を潜ませる為だと思う」

怖気づいて逃げたにしては、少々整然としすぎている。

魏軍の曹操に対する忠誠心があってこそ判断だ、普通ならそのまま投降もしくは寝返ってもおかしくない。

 

「そして二つ目が逃走速度が遅すぎる事。数が減ったのにも関わらず、曹操は着かず離れずの行軍で追走されているのは、長坂を抜けた先の相手に袁紹軍を押し付けて、準備の時間を稼ぐつもりなんじゃないかな」

「ふーむ。長坂を抜けたというとー」

「……劉備率いる蜀の領地ね」

「並みいる諸侯の中で、頭一つ抜けた規模を持つ蜀は袁紹に太刀打ちできる数少ない国だからね。蜀領近くで姿を眩ませれば、

袁紹は捜索を理由に進軍する建前を得る絶好の機会になる。そうなったら逃げる曹操の探索は一旦とはいえ打ち切られるだろうな」

 

正史と違い、諍いも無く成都を居城に据えた劉備さんは今や益州のほとんどを併合。兵数八万に届こうかと一大勢力に成長している。

勝敗は不明だが魏領を平定する前に両軍の対決が実現すれば、互いの疲弊は免れない。それこそが華琳の狙いだろう。

 

ただ腑に落ちない点もある。

華琳は誇り高い王だ。負けたからといって生き恥を晒すくらいなら自刃してもおかしくない。

相手が袁紹なら尚更その可能性は高かったはず。

ではなぜ再起を見越した敗走を続けるのか?

 

この疑問に答えたのは、あの晩干吉から渡された書簡だった。

 

――袁紹の傍に白装束に身を包む銀髪の女性が控えている――

 

この女性は間違いなく左慈だ。奴が袁紹を裏で操っていたのだろう。

あくまで報告を全て信じた上での予想だし、ただの考え過ぎかもしれない。

でも俺は居ても立ってもいられなかった。本当に奴なら、何をしでかすか分からないから。

狂気に満ちた殺意は誰を襲おうとしているのか……。

 

「むー。惚けた顔の割にはキチンと考えてますねー。噂通り智謀に明るそうな印象を受けました」

「うん、きちんと大局を見据えた状況を理解できる頭の持ち主のようね。……だからこそ理解できない点もあるけど」

「えっ?考え違いでもあった?」

「根本的な内容です。呉に組みする貴方が、事情を理解した上でなぜ魏に助力するのか?」

「あー……それは……」

 

まさか前世で仕えてました。なんて言えないしなぁ。

 

「さっきの与太話、前世うんぬんが本当なら納得できますよー」

しっかり聞いてたのか。

 

「なにを馬鹿な。そこは彼の人間性を主張して無視してあげるのが世間の優しさというものでしょう。どんな人間でも欠点はあります」

眼鏡に指を当てて位置を直す。誤解されるぐらいなら、そんな優しさは要らない。

 

「風的には信じてみたい気もするのですが、……そうなるとお兄さんは星の王子様という事になりますねー」

誰がお子様向けシチューの商品名だ。

 

「言いたい意味が伝わってこないんだけど……」

「お星様。何ヶ月か前に落ちてきた流星と同じ印象をお兄さんから感じるので、もしやと……」

「流星は間違い無く俺だろうけど、王子様はないだろう。ガラじゃないし」

 

苦笑して返す。

 

「否定しないのですか……」

凍りつくような視線が突き刺さるが、交流のある凪と違ってすぐに信じてもらうのは無理だろうな。

乾いた笑いで場を繋いでいると、店員がたっぷりの料理を持ってテーブルに並べていく。

その食欲をそそる匂いに反応したのか、ようやく凪が再起動した。

 

 

 

 

 

 

「―――はっ!? 自分はいったい……」

「おはよう凪。お目覚めのところ悪いんだけど、とりあえずいただきますしようか」

 

休み無しの乗馬によって体力は結構限界だった。

稟と風に一言断ってから、二人してご飯をかきこみカロリー補給を最優先する。

 

「まさに一心不乱ですねー、まあ詳しい話はお二人が落ち着いてからにしましょーか」

「風……二人が夢中なのを良い事に自分に分を取らないの」

 

相方はちゃっかり小皿を用意して盗み食いしようとしている。

稟は溜息をついて、せっかくの注意も意に介せず料理をパクつく少女越しに見える青年を観察した。

 

身なりこそ派手だが、武官特有の覇気のような緊迫感は感じず、かといって自分達軍師に相応しい知性、思慮深さは伝わってこない。

十文字の羽織を脱げば只の町民として生きていても違和感は感じないだろう。

だが、なんとなく声をかける前に風が漏らしたのと同じ感想が頭に過ぎる。

 

(どこかで会ったような……)

 

魏への仕官の機会を失い、路頭に迷ったとしかいえない日々で偶然湧いて出た曹操の窮地。

せめて手助けだけとでもと悩んでいたところに、現れた噂の人物……。

不審な点はいくらでもあるがどこか信じられる気がした。

 

彼ならきっと曹操様を救ってくれるはず。

口では否定したが、もし前世からの縁があるのならこんな不思議な感覚になるのだろうか。

稟はそう考えながら、ただ黙って北郷一刀を見つめていた。

 

 

 

 

ちなみにこの後、知らずに凪の皿に手を出した風があまりの辛さに悶絶してしまったのは言うまでもない。

 

 

 


 
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