No.196931

真・恋姫無双~妄想してみた・改~第二十話

よしお。さん

第二十話をお送りします。

―拒まれようとも、大事な人を救う為に―

開幕

2011-01-20 21:27:31 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:4031   閲覧ユーザー数:3423

 

 

 

長坂橋への道を行軍する金色の旗。

その数実に3万の兵を超える軍隊を率いる袁紹は、高笑いしながらご機嫌の様子だ。

 

「おーっほっほっほ!愉快!痛快ですわ!」

「……1037回目」

「ここまで来るとすげぇな姫は」

二人同時に溜息が出る。

このセリフは曹操軍追走の時から繰り返し発言しており、文醜と顔良はいい加減うんざりしていた。

 

「まあ、気持ちは分からないでも無いけどねー」

官渡の戦いにて大勝利を収めたのも束の間、続く追走劇においても勢いは留まるところを知らず、あの奸雄と呼ばれる“曹孟徳”を圧倒しているのだ。

機嫌が悪くなるはずがない。

 

「ちょっと文醜さん、顔良さん。わたくし良い考えが浮かびましたの、お聞きになりたいかしら?」

「はぁ……なんですか、いったい?(絶対ろくなもんじゃねえ)」

「今回の華麗な戦いを後世に語られるよう、書物に書き残したいと思いますの」

「書き残す……って麗羽さまが!?」

思わず跨った馬から転落しそうになった。

 

「そのつもりですけど……なんですの?その、可愛らしい猫を見つけて後を追ったら急に熊が出た時のような顔は」

「なにやってるんですか……」

「まったくだ。……っと、それよりも麗羽さま。いきなり書物なんてどんなきまぐれを起こしたんですか?」

「文ちゃん!?失礼だよぉ!」

「大丈夫だって、ほら見てみろよ」

「あぁ、捲るめく薔薇色の歴史がここに……」

そこには文醜の粗野な口ぶりを気にした様子もない袁紹が遠い目をして物思いに耽っている。

 

「あぁ……今日はもういつもの妄想時間に入っちゃったんだ」

「そゆこと。自分で振って置いてナンなんだよって話だけどなー」

両腕を首の後ろに回し呆れたように空を見上げる。

隣に併走する顔良も同じ感想なのか、肩を落として黙り込む。

 

元々人の話を聞かない袁紹であったが、最近のある事件からはそれは特に酷くなっていた。

きっかけは魏軍との初戦、白馬の戦いの際仕官してきた女性、左慈である。

出仕こそ不明だが文武両道、容姿端麗、見た目と才能を併せ持ち、官渡の戦いに勝てたのは彼女のおかげといっても過言ではない。

 

だか、その性格は冷酷非道の一言に尽き、軍略においては一切の容赦が無い殲滅戦を推奨、提案。

実戦においては身の纏う白装束が真っ赤に染まるまで殺戮を続ける狂犬だ。

美しさや誇りを尊ぶ袁紹にとって相性の良い存在とはお世辞にもいえないのだが、当の本人はまるで気にした様子はない。

むしろ全幅の信頼を寄せているといっても良いくらい、彼女の言葉を鵜呑みにしている。

 

この状態も一国の城主としてかなり問題はあるが、もっと深刻なのは袁紹の左慈に対する態度だった。

従順に従って興味を引こうとする様は、普段の彼女からはまったく想像出来ない仕草が多く見受けられる。

 

そう、袁紹は左慈に一目惚れといっても良い、あからさまな好意を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

「……左慈さん。なんて罪なお方なのかしら……」

「……呼んだか、袁紹」

「ひゃいっ!?」

突然の返事に飛び上がる袁紹。

振り向けば渦中の人物左慈がすぐ近くまで馬を寄せていた。

 

「な、なななな、なんですの!?左慈さん!!わたくしに御用かしら!?」

「そろそろ長坂橋に入る。打ち合わせ通り馬蹄形に部隊を展開させておけ」

「そんな事でしたら……文醜さん、顔良さん。直ちに部隊を動かしなさい!」

何の疑いも無く指示を飛ばす。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、麗羽さま」

「なんですの?早く実行しないと左慈さんが機嫌を損ねてしまうでしょう」

「だーかーらー。早くも何もここで軍をバラけさせる意味を先に説明してくれよ」

「文ちゃんの言う通りです。只でさえ規模が多すぎて行軍速度が遅いのに、意味も無く隊列が伸びれば曹操に逃げられちゃいますよ」

今でさえやっとの状態で追走出来ているのに、左慈は西側も含めた囲い込みの陣形を推奨してきたのだ。

どんな思惑があるかは知れないが、これ以上離されてしまうと行方を失ってしまう恐れがある。

ここまで遠征を果たしてそんな結果で終わるのは割りに合わないと考えるのは当然の判断だった。

 

だが。

 

「だったら走れば良いでしょう。頭を使いなさいな」

「「ええーー」」

「……なんですのその、熊に追いかけられてたら今度は奇怪な筋肉達磨とやたら叫ぶ医者に助けられた時のような顔は」

「だからなにがあったんすか麗羽さま」

呆れて物も言えないとはこの事か、二人してがっかり肩を落とす。

 

「……貴様らがどんな漫才をしようが知った事ではないが、曹操は必ずここで陽動を行う為に動きが鈍る。さっさと動け」

「必ずって……確証でもあるんですか?」

「議論するつもりはない」

「なっ、なんだとー!!」

視線すら合わさず顔良の疑問を切って捨てる態度に文醜は思わず掴みかかろうとするが、すんでのところで思い留まり、腕を下ろす。

刹那に感じた殺気の束。

何時の間にか左慈の周りには白装束の軍団が控えていた。

 

(またかよ……)

 

正体不明の私兵は事ある事に戦場や彼女達の前に現れ主人の命に従う。しかも用が済めば消失したかのように姿が見えなくなる不気味さを持っている。

まさに怪異としか表現出来ない事態に再三、袁紹に彼女の危険性を忠告したが聞き入れて貰えなかった。

現に今の現象を目の当たりにしても、その瞳は左慈を捉えたまま動かない。

恋は盲目とはこの事か。

 

「ふん……人形風情が粋がるな」

直接的な危害を被りそうになっても女は態度を変えず、注文を付け加える。

 

「もう一つ指示を出す。曹操以下有力な将軍は、全て首を刎ねて持って来い。塩漬けにする」

「うえぇ……生首にすんのかよ。良い趣味してるぜ」

想像して若干気持ち悪くなったのか、ペロリと舌を出す。

その仕草が気に入らなかったのか袁紹からまたも叱責が飛ぶ。

 

「ちょっと文醜さん。なんて口を聞きますの!あなたは黙って小娘の塩漬けやら砂糖漬けを作ってきなさい!」

「姫。ちょっとおいしくしてどうするんすか……」

やはり根本的な部分でズレている袁紹だった。

左慈はそんなやりとりを無表情で見下す。

冷たい思考の奥には袁紹を初めとしたあらゆる人間への侮蔑と嘲笑があった。

 

本来ならばこんな猿どもに構う事などなかったはず。

いくら今の自分には必要な代償だと自戒しても、止まぬ怨嗟が身を苛む。

 

外史を構成する際、多大な想念を消費した我が身はさながら充電の効かない使い捨て電池のような状態だ。

“傀儡の召還”、“猿どもの記憶操作”。道術の行使には制限がつき、限界を超えればこの体は自壊するリスクを負っている現状。

 

ゆえに少しでも力を温存したまま物語を進める為に自らが演者の一人として舞台に上がる必要があった。

術に長けている“奴”がいれば多少は楽になったかも知れないが……。

 

一瞬、かつての同士が頭を過ぎるが意識的に外へ追いやる。

“奴”は俺を裏切ったのだ……。

 

苛立つ気持ちを表面だけでも抑え、前を向くとそこには変わらずの会話を続ける袁紹達がいた。

なんたる醜悪。

所詮、こいつらは外史に発生した演者。自然現象の産物。定められた運命しか生きられぬ人形。

 

いかな行動も全て定められているというのに自らの意思が有るかのように振舞う喜劇は見ていて吐き気を催す。

だがこいつらはまだマシな方だ。

 

真に劣悪なのは、北郷。

 

北郷一刀、貴様だ。

 

俺が壊そうとしていた外史を新生し、全てを掻き乱した元凶。

 

奴のせいで消えるはずだった外史は想念で満ち溢れ、様々な世界に飛び火した。

 

 

 

 

 

 

―突端とは異なる結末を含む夢想の外史―

 

―三国それぞれに身を寄せ大陸を統一する外史―

 

―北郷こそいないが、演者どもが女同士肌を合わせる外史―

 

 

 

その度に俺のような観測者が作成され、決められたレールを何度も走らされる。

いい加減うんざりなんだよ!!

燃え盛る感情は握る拳に集中し、隙間から血が零れ落ちていく。

 

だからこそ創った!

 

だからこそ待ったのだ!!

 

無数の想念を掻き集め、俺の意思でこの外史を!

磐石の舞台で最悪の結果をもたらす為にッ!!

 

まずは曹孟徳、貴様からだ。

貴様の生首を平原にいる北郷に送りつけてやろう。

そして無言の再会を果たすが良い。

 

く、くく、くっくっく……。

 

次は死体そのものを。

その次は目の前で息絶えるよう工夫してやろう。

 

それが終われば今度は一日かけての殺戮ショーを公演だ!

演じるのは勿論、貴様の思い人。

全てを殺しきるまでは終わらせん。せいぜい今の束の間の平和に浸るがいい!

そして最後は無力に嘆きながら息絶えろ。

 

堪え切れない狂笑は地を這うように響き渡り、端麗な顔立ちにひび割れた笑みを映し出す。

左慈はそのまま血に濡れた手のひらを中空に伸ばし、手首を捻った。

まるでそこに、怨敵の首筋があるかのように……。

 

 

 

曹操軍衝突まで、あと数刻。

運命の再会は差し迫る。

 

 

 

 

 

 

「ブルルッ」

「ようし、どうどう」

 

華琳の援護に三人を近場まで送り届けた後、俺と袁術はセキトに跨り馬超の指揮する部隊周辺に潜んでいた。

時折聞こえる蹄の音や話し声にビクつき、いつ見つかるとも知れない緊張感が張り詰めていく。

 

「うぅー……まだかの、北郷ぉ。もう十分じゃろ?そろそろ逃げてもよいのではないか?」

そんなプレッシャーに耐え切れなくなったのか、袁術がか細い非難を洩らす。

 

「気持ちは分かるが、まだ駄目だぞ。相手に見つけてもらうのは馬超を発見してからだ」

俺は上半身を捻り、後ろに座った彼女の頭を撫でて気分を紛らわせてみる。

最初こそ抵抗をみせるが、幾らか続けていると次第に目に見えて上機嫌になるのが少し可笑しい。

袁術はやっと落ち着いたのかそわそわとしていた視線を戻し、覚悟を決めたようにぎゅっと羽織を掴む。

 

やっぱり小さい子に撫で撫では効果覿面だな。

体はそのままに風の助言を思い出す。

 

『いいですかー?お兄さん。今回の作戦で一番重要なのは、蜀軍の注目を集める事です。これがうまくいかないと、囮だってバレる可能性が出てくるので要注意なのです。まずは南方に配備された馬超、馬岱さんにわざと発見されて部隊ごと夏侯惇さんの所まで吊り上げてください。あたかも“逃走中に見つかってしまった感”を出しながらですよー?』

 

実に難しい注文だ。

逃げ切るだけならセキトの健脚にものを言わせれば早いが、陽動しながらでは逆に足が速すぎて意味が無い。

だからといって距離感を間違えてしまえば包囲されて逃げ所を失う危険性が大きい。

そうなれば馬上での戦闘は避けられないだろう。……あの猛将と名高い錦馬超相手に。

 

……。

 

…………。

 

だ、駄目だ!

戦う前から気持ち負けしていては話にならないじゃないか!

ざわめき立つ心を抑えつけ、懐に手を伸ばす。

指先にはっきりと感じる硬い感触は秘密兵器、第二弾。

 

そうだ。俺にはまだコレがある。だから落ち着け、まだ頑張れるはずだろ。

コレさえあれば少なくとも怖気づく事は無くなるし、うまくいけば正体をばらさずに済む。

そうなれば独断行動による孫権達への風評被害も最低限は防げるはずだ。

 

男は根性!やるしかない!

良識という名の枷を千切り捨て、今ここに再び降臨しよう!

大振りにブツを引き出し、一息に“仮面”を装着する。

 

「北郷……?」

 

場の不穏な変化を読んだのか袁術は裾を掴む力を強める。

別に敵が来たわけじゃないんだがなかなか鋭いな。

緊張しすぎるのも困りものだし、ここは安心させる為にもクールに対応しようじゃないか。

コホンと咳払い、

 

「別になんとも無いZE☆」

「嘘じゃっ!!」

マッハで否定された。

 

「むしろ貴様は誰じゃ!?」

存在すら否定された。

分からない人間は本当に分からないみたいだな。

 

「俺だよ俺。北郷一刀。急に入れ替われるわけないだろ」

「なんと!……ぬう、見事な変わり身じゃ。しかしその姿、どこかで見た記憶が……」

首を傾げて思い出そうとする袁術。

そういえばこの子だけ、真華蝶仮面の正体知らなかったっけ。

いつもと色違いなだけなんだがなぁ。

 

―いつもの:ピンクの仮面→貂蝉の褌の色(おぇ)

―今:ゴールドの仮面→まだだ、まだ終わらんよ!

 

というわけで正体を隠す為、セキトにもブリンカーっぽいのを付けて貰う。

 

「ヒヒン?」

OK、大丈夫。慣れればなんともない代物さ。

色は黒。蝶のワンポイントがお洒落に映えてるZE☆

 

今この瞬間から俺の名は、百式・華蝶仮面。

我が愛馬はトロンベと名乗ろうじゃないか。

 

「さて、そろそろ頃合だな。準備は良いか?」

「ぬ?こちらは良いが、どうやって他の兵より早く馬超を誘い込むつもりじゃ?」

解決策は頭上にキュピーンと閃く光が導き出した。

ターゲットは馬岱ちゃん。自分の中に妙な確信が走るのを感じる。

 

(華蝶よ、わたしを導いてくれ……)

 

「ここは逆転の発想で相手を呼び出すぞ。……せーの」

大きく息を吸って一気に吐き出す。

 

「曹操様参りましょう! 我らの道を阻む者など有りはしません!!」

わざと大声を出し存在をアピールする。直後。

 

「ここに居るぞーっ!」

 

―ブォンッ!!

 

「うおっ!危な!?」

迷い無く頭部を狙った一突きをすんでで避ける。

突然草場から現れた少女は馬上で舌打ちをしながら槍を構え直した。

思ったより三倍以上早い登場じゃないか。

 

「名乗りと同時に攻撃するのはずるくない!?」

「えー?そんな事したら避けられちゃうじゃん」

曇り無い笑顔で言ってのける。

恐ろしい子だ……。

 

「それよりお前! 後ろに乗ってるのは曹操だな!」

サイドポニーの少女は槍を突き出し問いかけてくる。

背後に人の気配はまだ無く、どうやら単身で突っ込んできたらしい。

こちらの予想通り、引っ掛かってくれたようでなによりだ。

早速演技を始めよう。

 

 

 

 

 

 

「くっ、こんな所で発見されるとは……。申し訳ありませぬぅ、曹操さまぁ!」

「気にしなくていいわ。お主のせいではないのじ……わよ?」

いきなり躓くな!

 

「そうはいきませぬぅ!この命に代えてもぉ!貴方をお守り致します故、今しばらくご辛抱をっ!」

気取られる前に腰に差した剣を抜き放つ。

 

「いざ参られよ。わたしは通りすがりの美食家……もとい、我は百式。百式・華蝶仮面!曹孟徳の剣なり!!」

名乗りを上げ、挑発するように剣先で手招きする。

その動作が癇に障ったのか少女は勢い良く対抗する。

 

「わが名は馬岱!!おいのちちょーだいっ!!」

先と同じ、頭部への突き。

それを切っ先で軌道をずらし跳ね除ける。

 

「くっ……このぉ!」

続けて人中、水月、秘中といった正中線を狙う連続突きを馬上から器用に繰り出す。

急所を狙うのはセオリーだけど、こうも正直だと……なっ!

 

刀身に勢いを流して捌く。

慣れぬ武器と馬上戦闘だがなんとかなりそうだな。

手持ちの剣は修理待ちの刀と違って両刃の直剣に『鍔』をつけた特別製。

重量も似せてあるので振り遅れる事も無い。

 

「どうしたどうしたぁ?君の実力はこんなものなのかぁい?」

「むっきー!むかつくー!!」

実戦が足りないのか元の性格なのか、感情に任せた攻撃はどんどん単調になっていく。

 

「ほらほらしっかり狙う!」

セキトも援護とばかりに相手の馬の正面へ移動し続け、槍の攻撃範囲を狭めてくれる。

他の兵が集まる前に仕掛けるか。

 

「ふっ!」

何合か打ち合った後、気迫の薄い一撃を敢えて打ち上げてみる。

 

「うわわっ!?」

勢いが変わった槍に翻弄され体勢を崩す馬岱ちゃん。

やっぱり見た目通り威力が軽い。

 

(これならいけるな)

 

恋の豪撃、霞の神速、思春の奇襲で鍛えられた俺ならうまく立ち回れるはず。

更に挑発を重ねてスキを作る。

 

「こんな時になんだけど馬岱ちゃん。豆知識を教えてあげよう」

「はっ?」

「――実はスーパーで売っているしめじとなめこは同じ茸なんだ」

 

 

 

「知るかーーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

意味は通じなくとも舐めた態度に反応しておざなりな突きを放ってくる。

これが若さゆえの過ちか……若いな。

一撃に合わせて槍の穂先に剣を這わす。

 

「えっ?」

馬岱ちゃんの得物は片鎌槍。先端に鎌が付いた特殊な構造をしている。

本来なら槍の弱点である引き戻し時にも攻撃を可能とした代物だが、今はそれが好都合だ

そのまま刀身に滑らせ、鎌の根元を鍔へ移動。

 

「ふっ!」

すかさず手首を返し反転。切っ先を絡め取る。

 

「うわわっ!?な、なに!?」

大きくバランスを崩したスキに空いた左手で槍の柄を掴む。

そして一気に引っこ抜く!

 

「きゃぁぁぁぁっ!」

勢いのあまり主の手を離れ、吹っ飛ぶ片鎌槍。

戦闘に勝つのが目的じゃない以上、危険な武器には御退場願おう。

名付けて『巻葛』。

 

「おおー!!」

格好つけて剣で空を切ると背中から憧れの視線を感じる。

ふふん。俺だってやれば出来るのさ!

 

「きゃうっ!」

「調子乗ってごめんなさい!?」

 

気分いいところに突然の衝撃が襲う。

何?なにが起こったの?

慌てて馬岱ちゃんの方を向くと……。

 

(いない?)

 

そこには馬が一頭佇んでいるだけだった。

ていうか正面に感じるこの感触は……。

 

「……」

「……」

 

目と目が合う。

どうやら全力で引いた際、この子も飛んできたらしい。

すっぽり股の間に収まっている。……なんというミラクル。

 

(先生!空から女の子が!と反応するべきだろうか?)

 

とりあえず退いて貰おうと首根っこを掴んで持ち上げようとするが、

 

―ぐぐっ

 

「ちょっ!?」

思い切りしがみつかれた。

負けずに力を込めようとしたところで彼女は突拍子の無い行動に出る。

 

「……くんくん。くんくんくん」

嗅がれた!?

 

「どうしたの!?お兄さんびっくりしすぎてリアクションに困るよ!」

こちらの文句を気にせず、より密着してくる。

 

「……ぬぅ」

「……袁術さん?」

むぎゅっと背中から回される小さい腕。

なぜか後ろの袁術もくっついて来た。

 

なにこのギリギリセーフとギリギリアウトに挟まれた気分は。(性的な意味で)

いよいよもって反応に困る。

接敵を果たした今、一刻も早く蜀軍の注意を引いて春蘭の元へ行かなくてはいけないのに。

 

「……イカ臭い」

「ぐはぁぁっ!!!」

 

必中+熱血+直撃+気合のクリティカルダメージ!!

言葉の暴力って怖い!!!

 

「勘弁してくれ……」

肩を落とす俺。精神攻撃が目的なら物凄い威力だよ。

 

「……この匂い、どっかで……」

 

いまだくんかくんかしている馬岱ちゃんの対応に困っていると、背中に恐ろしい覇気を感じて身の毛が総立つ。

どんどん近づいてくる蹄の音。

振り向けば枝の合間から長いポニーテールが良く似合う美少女が迫ってくる。

 

「馬超!?」

進路を塞ぐ木々を槍で切り落としながら突っ込む様は勇ましく、五虎大将軍に名を連ねるだけはある。

だが彼女の武を目の当たりにしても危険信号は鳴り止まない。

なぜだ!

なぜ俺はこんなにも恐怖を感じている!?

この合法ロリに囲まれた状況で緑の服を着た女性に会うのは非常にまずい!!

 

 

 

 

 

 

―蜀

 

―五虎大将軍

 

―戻らぬ記憶のどこかに煌く白刃

 

―彼女はゆっくり歩を進める

 

(ガクガクブルブル!ち、違うんだ愛紗っ!!誤解しないでくれっ!頼むっ!!君の事を忘れてたわけじゃないんだ!!!だから武器を収め――)

 

「ユニバァァァァァス!!!!」

 

「きゃぁ!」

「にゅわ!」

開けてはいけない地獄の釜が一瞬見えてしまった……。

頭を振り払い意識を集中する。

 

愛紗って娘が誰かは分からないけど、今考える状況じゃない。

だから落ち着け、北郷一刀。俺はやれば出来る子のはずだ。

 

「いったいどうしたのじゃお主は……って急がんか!あやつもうそこまで来ておるぞ!!」

「……マジだ!?」

近い、どころじゃないすぐ目の前に迫る馬超。

 

「てめえ、たんぽぽを離しやがれ!!」

この子からくっついてきてるんです!

遊びすぎた!こうなったら……。

 

「ごめんっ!」

剣を鞘に戻して馬岱ちゃんを股の下から掬い上げて引き剥がす。

 

「もう一回我慢してね?」

 

「え……やな予感がするんだけど……たんぽぽの気のせいだよね?」

小さく笑いかけ……。

そのまま馬超に向かってアンダースロー!!

 

「っそぉいっ!」

「うきゃぁぁあああ!」

「たんぽぽ!?」

すかさず馬を急停止させて受け止める馬超。さすがだな。

 

「行くぞ袁……曹操様!一度北へ逃げましょう!」

「う、うむ!そちにまかせるのじゃ!」

まったく演技が出来てないが、あえて突っ込まず逃げの一手を選択する。

さすがに馬超相手じゃ分が悪い。

 

「あっ、こいつ!待ちやがれ!」

「聞けぬ相談だ。行くぞトロンベ。今が(後ろ向きに)駆け抜ける時!」

「ぶるるるる!!」

まさに脱兎の如く北を目指す。

さあ、早く部隊ごとこっちに来い!

祈りもそこそこに木々を抜けて走り去る。

 

「くっそ、なんて速さだ……でも追いかけられない速度じゃない……おい!部隊に連絡しろ!馬超隊、馬岱隊は曹操追撃の為北上するぞ!」

大声で張り上げるとどこからか返事が聞こえ、すぐに蹄の音があちこちに巻き起こり走り去っていく。

 

「おい、たんぽぽ。どっかやられてないか?」

先の怒りの形相はどこへやら、心配する馬超の目は不安でいっぱいだった。

 

「……」

「たんぽぽ?おいっ返事しろ!」

腕に収まった従姉妹の反応がない。

まさか傷が深いんじゃ!?

思わず肩を揺さぶる馬超に、馬岱はようやく言葉を返す。

 

「ケガは……してないよ、お姉さま」

「……良かった」

抱き締めて無事を喜ぶ。だが当の本人は思案顔で眉を顰める。

 

「やっぱり気になる……」

「?」

「……よしっ おいで!」

自分の乗馬を呼び出し、その上に飛び乗る。

 

「お、おいどうしたんだよ」

「ごめんお姉様、たんぽぽ確かめたい事があるの!」

腰を下ろすと馬の腹を蹴り、曹操の逃げた方角へ駆け出していく。

 

「待ちやがれ!せめて説明くらいしろよ!!」

馬超もそれに続くように愛馬“紫燕”を走らせる。

 

 

 

 

 

策通りに追われている事を確認した一刀はほくそ笑む。

 

 

―次は春蘭の救出だ―

 

 

 

 


 
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