No.195965

真・恋姫無双~妄想してみた・改~第十七話

よしお。さん

第十七話をお送りします。

―特訓し、強さを求める一刀。そんな彼に、鈴の人は……―

開幕。

2011-01-14 23:51:39 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:4803   閲覧ユーザー数:3828

 

 

 

「あー、これからの調練はしんどそうで嫌やなぁー」

「んー。まあそうだなぁ。今日は思春が直接指導する模擬試合の予定だから、確かに気は重くなるのは否定できないな」

 

うな垂れる真桜相手に相槌を打つ。

今日は思春が直接指導する模擬試合だ。

 

……思春が直接。

隣で歩く彼女の溜息が大きい。

平原における実質的な前線司令官である甘寧さんは、とっても厳しいのだ。

俺は毎回、その十倍規模の溜息をつきたいくらい命の危険に晒されるわけだが……。

 

「「はぁ……」」

そんな気が重いまま修練場を目指す二人。

中庭を抜け、開けた広場に出るとすでにある人物が待ち構えていた。

 

「遅い」

「こ、これでも昼食のあとすぐに来たつもりなんですが……」

明確な時間指標が無いこの時代は、待ち合わせがうまくいかないのは日常茶飯事だけど、それで許すつもりはないと、目で語るぐらい怖いオーラを発していらっしゃる思春さんがいた。

 

「指導される側が遅れるとは……。気が緩んでいる証拠だな」

「……すいません」

触らぬ神に祟り無し。

このお方相手に下手な反論は寿命を縮めるのです。

 

「……他の者はどうした?」

「えーと。沙和は受け取り物があるから後で合流する予定だし、凪は……」

「……すでにいます」

話し声が聞こえたのか、ひょっこりと修練場に併設された武器倉から顔を除かせる凪。

さすが北郷隊の優等生。遅刻などするはずもないか。

 

「となると、後は亞莎……」

「あっ、すいません。報告が遅れました。呂蒙様は孫権様のお相手をするそうで、ここには来られないそうです」

「そうなんだ?」

とすると俺達が最後か。

 

「思春。待たせてごめんな」

迷惑をかけてしまったに詫びる為、素直に頭を下げる。

 

「……ふん。遅れた分は内容を充実させろよ」

くるりと振り向き中央に仕切られた組み手用の舞台に向かっていく。

 

「ほっ……。あんま怒られんで済んだやん、隊長?」

「……まあね」

真桜を伴って思春に続く俺達。凪は全員分の模擬戦用の武器を担いでこちらに歩いてくる。

今日は将軍、副官クラスの組手が基本のメニューだ。

凪や真桜達は俺の副官扱いになってるから、毎回参加しているが、思春や亞莎の配下の人はあまり見かけない。

指導教官曰く、

 

「ある程度実力が伴う者しか参加させていない」

だ、そうな。

鍛錬は忙しいなりにも欠かしてはいないけど、それでも名だたる名将相手に戦闘能力はやっぱり適わない。

強くなりたいこちらとしては願ったり適ったりな内容だけど、とにかくきつい。

 

 

 

 

 

 

組手は俺中心で行われ、自分と戦わない相手が休むローテーションだから休む暇が無い。

一番弱いから、とりわけ疲れる役回りだろうけど、最近は実力の向上を肌で感じられるようになった。

格上クラスの強者と数をこなす戦いは常に緊張に包まれ、“後の先”を突く俺のスタイルを磨くのに適している。

 

洛陽での恋や霞も勿論強かったが、得物が似通っていたせいか動きが画一しそうになって少し困っていた。

その点、剣や拳闘との戦いはとてもためになる。

そんな事を思いながら凪から模擬剣を受け取り舞台に上がっていく。

舞台とは名ばかりの盛られた土の土台で、最初の相手が待っている。

孫権の右腕で義の忠臣、元は錦帆族と呼ばれた江賊の頭領である甘寧だ。

 

……いきなりか。

文句は無いけど、不安はある。温まっていない体でどこまで付いていけるかが問題だ。

剣を正眼に構え対時する。

 

……?

向き合うと同時に感じる、ほんの少しの違和感。いつもより殺気の具合が酷いような……どこか思いつめた感じがしないでもない。

とりあえずは様子見と、そう思って気を張ろうとした瞬間、思春の姿が掻き消える。

 

「なっ!?」

本当にいきなりかよ!

開始の合図も待たずに仕掛けてきた。

咄嗟に急所である首筋を剣でガードする。

刹那、ガキリと鈍い音が耳元で鳴り響き、遅れてそちらに視線を向けると消えたはずの思春がいた。

 

あ、危ない!

最初に狙うのは首と予想していたが、右か左は完全に賭けだった。

無理に力比べをせずに相手の剣を受け流し、距離を取る。

 

「……チッ」

やっぱり、いつもの訓練通り、彼女に半端な手加減の様子は見えない。

 

「あれを受け切るんかい、隊長は……。うち、何も見えんかったで?」

「気配を絶った高速移動のよる奇襲だろう。それを防ぐなんて……」

 

舞台横でなにやら話し声が聞こえるけど、目の前の集中を切らさない為に聞き流す。

相変わらず初動が見分け辛い。

人知を超えた速度で繰り出される攻撃は恋相手で慣れたつもりだったが、そう簡単にはうまくいかないな……。

 

正面に立っていても姿が消える不思議。恐らくは昔うちの爺さんが使っていた『縮地』とやらだろうか。

俺には到底出来っこないが、原理は確か相手の死角を突く歩法だったはず。

つまり、死角からの攻撃をしてくるならと素直に従ってみたのが幸いした。

そう何度も防ぎきれる攻撃じゃないのは明白。

次からはフェイントも織り交ぜてくるだろうから、このまま後の先に徹するのは得策じゃない。

あまり手加減してくれない思春が相手だと、手が出せないまま終わってしまう組手も多い。

 

「……」

ゆらりと、見にくいが思春が徐々に脱力していくのが分かる。

もう一撃来る気か……。

意を決して迎え撃つ為に、息を呑み。精神集中の言葉を口ずさむ。

 

「Be cool、Be cool、Be cool……」

「……」

「……」

周囲の物音さえ聞こえない極限の緊張感。細心の注意を払いながら対時する。

 

「……ハッ!」

集中空しく、再び思春が消える。

掛け声でタイミングは図れたが、やはり見失った。どういう体の造りをしてるんだか……。

だけど、体はすぐにでも動ける。集中のおかげで筋肉はまだ弛緩していない。

先と同じ右側か、それとも裏を掻いた左方向か、その二択で悩む時間さえ命取りの瞬撃が迫る。

 

なら!

一か八か、右に向かって体当たり気味のステップを踏む。

これなら左側の攻撃は当たらない。もし反対側でも、ぶつかってしまえば致命傷は避けれるはず。

 

「クッ……」

鋭い音が左から襲い掛かり、空を切る幅広の刀。

そこを狙って自分から斬りかかる。

 

「甘いぞ、北郷!」

隙をついたはずの横薙ぎの剣閃を、地を這うように身を低くして回避された。

だが、甘いのはそっちだ思春!

反撃に転じようと中腰になった彼女目掛けて、今度は前蹴りを放つ。

 

 

 

 

 

 

「!?」

驚き、バックステップで後退した思春に間髪入れず攻撃を加えていく。

上段打ち下ろし、突き、逆袈裟。

避けたところへ裏拳を振り回し、更にその勢いに乗せた回し蹴り。

そこまでしてようやく動きを止めるのに成功する。

勝機とばかりに、蹴りを受け止めた思春へ向かって剣の柄で打つ。

が、相手は時代に名を残す名将。こちらの攻撃が届く前に、鳩尾への強力な手刀が突き刺さる。

 

「がっ……はっ!!」

体が硬直し、呼吸が出来ないほどの激痛。それでも追撃を逃れる為、思春に当たっていた足を前へ無理やり振り抜く。

おかげでいくらかの距離が空いたが……あの体勢で的確に急所を突いてくるとは……。

そんな舞台での攻防を目にしている二人が驚嘆の声を漏らす。

 

「……お二人とも素晴らしい動きだ……。すごく勉強になる」

「ようあんな速度で戦えるなぁ……。甘寧様がすごいのは分かるけども、隊長も日に日に強くなってへん?才能の違いやろか……」

「いや、隊長は絶え間無い努力で強くなってると思う。昨晩も遅くまで鍛錬をされていらっしゃったから……」

「えっ?昨日って……確か凪の順番の日やなかったけ?」

「う……そ、そうなんだが。こ、こ、事を終えられてから出て行かれたみたいなんだ。その、恥ずかしくて……い、いや緊張して寝れなかったから!」

太陽が頂点に昇る時刻に相応しくない話題に、顔を真っ赤にする凪をからかうように笑い飛ばす真桜。

 

「相変わらずウブやねぇー。かわいい凪ちゃん、君はずっとそのままでいて……ってかー?」

「うぅ……いじわるだぞ真桜」

「ええやん、ええやん。けどほなら……隊長はいつ寝てんのやろ?」

「……うん。体調管理だけはしっかりしてほしいな……」

なんとか返事を返して、再び舞台に視線を戻す。

 

彼女達の心配通り、一刀は睡眠時間をかなり削っていた。

文官としての政務は勿論、自己鍛錬、人付き合いの時間もなるべく減らさないようにした結果だ。

徹夜の場合も多い。目立った体の不調はまだ出てないが明らかにオーバーワークが続いている。

本人すら、それに気が付いていないようだが……。

 

一刀はおもいっきり息を吸い込みたいのを我慢して、構えを整え先の攻防を思い返していた。

久しぶりに使った体術は思ったより成果が出ない。やはり付け焼刃では駄目なのか……。

実家の流派、タイ捨流は体術を多用する。本来は跳躍も含めたトリッキーで豪快な剣だが、身体能力が高くない俺が実家の道場で習ったのは門下生に教える正道剣術がほとんどだった。

使えるのは子供の頃、爺さんに教えられた初歩だけ。

それでもここに来てから勘が戻ってきたのか、それなりに使えると見込んで実践してはみたものの、

目の前の思春は警戒して、先ほどよりも本気の度合いが明らかに上がっている。

 

……失敗した。

中途半端な攻撃が、彼女のプライドに火を付けてしまったのか。あれはもう、獲物を狩る虎の目だ。

緊張した雰囲気が流れる中、覚悟を決めて足に力を込めていると、ポツリと思春から言葉が漏れた。

 

 

 

 

 

 

「……なぜ、強くなった」

「……えっ?」

あまりに予想外な質問に呆けた声で返す。突然何を言い出すんだ?

疑問に思ったその一瞬。せっかく離したはずの位置が肉薄する距離まで詰められる。

 

くっ、まだ速くなるのかよ!

常識外れの速度に恐怖を感じる間も無く、放たれる怒涛の乱撃。

上下左右、変幻自在な攻撃を受け流す余裕も無く、必死に刃で受け止めてみせるが、勢いに乗った猛攻に徐々に押し込まれる。

 

「……なぜ、力を求めた!」

思春にしては珍しい大振りの攻撃。

 

「……なぜ、貴様は……!」

受ける度に押し寄せる腕の痺れがどんどん蓄積されていく。

 

「いったい、何を!……言って、るんだ!」

問いかけてはくるが、手は緩まないまま苛烈さだけが増し、気がつけば、後退をしすぎたせいで舞台の縁が近い。

そしてとうとう後が無くなった俺は単調になり始めた太刀筋に合わせて、鍔迫り合いへ持ち込む。

互いに腰を落としての力比べ。真正面から向かい合い、ギリギリと金属が擦れる音が耳につく。

 

「思春!言いたい事があるならはっきり言ってくれ!組手中に会話されたら集中できないだろ!」

「はっきり、だと……?いいだろう、なら言ってやる!」

「ぐっ……!」

女性とは思えない圧力が圧し掛かり、真近で捉える表情は鬼気迫るものを感じる。

どうしてここまで……?

 

「なぜ蓮華様を蔑ろにしている!あの方の御心。解らぬとは言わせんぞ!!」

「っ!?」

「なぜ避ける!なぜ蓮華様のお傍に居ようとしない!!以前ならば意の一番に気にかけていたはずだろう!!!」

腕にかかる力以上の、目に見えない重圧が圧し掛かかってくる。

 

「思い返せば、成都に来た時からそうだった……。記憶のある雪蓮様や穏が相手の時とは違い、最初から一線引いた態度で接していたな」

「そ、そんな事は―」

「勘違いとでも言い訳するつもりか?笑わせるなよ、北郷一刀!貴様と私、半端な嘘が通じる間柄ではないだろう!!」

……そうだったな。思春とは前回の終わりの頃には他の娘と同じように子を授かっていたんだ。

繋がりは深い。俺が躊躇していたのは承知済みだったってわけか。

 

「一見すればいつも通りの節操無しだが、あの御方相手に限って、自ら求めるような行為には及んでいまい!共に生き、支えると誓ったのはどこの誰だ!!」

「……」

「……この先、強くなってどうするつもりだ?貴様の本分は武力ではあるまい。なにが目的だ。なぜ何も打ち明けんのだ」

怒りだけでは無い、どこか優しさを含んだ厳しい口調になぜか、安堵を覚える。

攻めるような口ぶりの裏に、変わらぬ信頼を感じたからだろうか。

 

「……俺には、成すべき事があるんだ」

「……」

気が付けば、初めて。

具体的な内容こそ避けたが、自分の境遇を話していた。

思春は黙ったまま視線だけがこちらを向く。

すでに形ばかりになった鍔迫り合いの間合いで、俺は独り言のように吐露する。

 

「必ず成功させなくちゃいけないはずだけど、まだ何をしていいか、自分でも分からない。……だから誰にも話せてない」

いまだ左慈の行方も分からず、行動指針も無い。

我ながらどれほどの体たらくぶりだろう。

自分の情けなさに歯噛みし、口元から血が流れ出る。

 

この外史が生まれた最大の理由。それが、“北郷一刀の絶望に満ちた死”である以上、きっと奴は今も俺への復讐の為、牙を研いでいるはず。

以前、貂蝉に注意された言葉以上に、自分の中にある眠った記憶がそう自覚させている。

そう、自身の存在を否定された象徴として、あいつは……。

 

―左慈は俺を殺す為に、世界を犠牲にする―

 

 

 

 

 

 

だから俺は思いを繋いだ人達を、世界を守らなくちゃいけないはず……。

 

「今の状態で孫権と愛し合えば、俺は彼女に依存してしまう。……誰よりも彼女を優先して、きっと誰かを見捨ててしまう。それが怖いんだ」

「……どこが悪い。全てがうまくいくなど、夢物語でしかないぞ」

「……そう、だろうな……」

思春の言い分はもっともだ。

悪く言えば、前回の俺達は雪蓮と周瑜を犠牲にする事で大陸を平定した。

もしそれが真理なら、何もかもを望むのではなく、掴み取れる未来だけを選択するべきなのだろうか……。

 

「……」

「……今すぐに結論を出せとは言わん。……だがな……」

何時の間にか俺に背を向ける形で問いかける思春。

 

「もし貴様が、どうしても蓮華様を悲しませる場合……当然だが、私はお前よりあの御方に味方する。それだけは覚えておけ」

「楽進!李典!」

「「は、はい!」」

「残りの時間、北郷の相手はお前達だけでやれ。いいな」

「「了解しました!!」」

二人の返事を聞くと、これ以上の会話は不要とばかりに、背中を見せたまま去っていく。

残されたのは消沈する北郷と、分けも分からずこの場に放置された二人だけが佇んでいるだけ。

 

「え、え、なに?白熱の戦いから、いきなり修羅場みたいになっとたけど……これはいったいどゆこと?」

「自分に聞くな……。こっちもさっぱり分からん」

「かと言ってあの状態の隊長に、もの聞くんは少々きついんやない?」

「だから自分に判断を委ねるな!……隊長が動きを見せるまで少し待とう……」

その後、活動を再開した一刀は思春に掻き乱されたままの精神状態で訓練を続けるが、当然身の入った内容とはいえない始末で何度も直撃を受けては、天を仰ぐ羽目になってしまった。

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

帳の落ちた城壁の上で一刀は凪と二人で酒を呷っていた。

持ち込んだ明かりは光量が乏しく、目に見えるものは限られているが、その分、空に見える満天の星空が鮮やかに広がっている。

 

「……」

一刀が無言で杯の中を飲み干すと、凪もまた無言でお酌をする。

こんな光景は非常に珍しい。

あの北郷一刀が女性相手にちょっかいを出さないのもそうだが、何かを吹っ切るようにアルコールに逃げるのはもっと珍しかった。

一刀は酒に強く、普段は嗜む程度しか飲まないので、単純に昼の件を忘れようとするにはもっと効果的な手段があったはずだからだ。

お呼ばれした凪自身も、もしかしたら昨日に続いて……なんてどこか期待していたが、実際にはこうして酒を注ぐ役に徹しざるを得ないほど、真剣な一刀がいる。

 

(……隊長)

時折、一刀は救いを求めるように空に向かって手を伸ばす。

結構な量を胃に収めたはずなのに、その動きにブレは無い。

 

(酔いたくても酔えないのだろうか……)

出会ってから二ヶ月以上が経過した今でも、こんな表情を目撃したのは初めてだ。

 

(力になりたい……)

その一心が胸に満たされるが、果たして自分に対処できる問題だろうか?

甘寧様との会話以来の隊長は心此処にあらずといった感じで、いつもの笑顔を向けてくださらない。

下手に進言して嫌われてしまったらどうしよう……。そんな不安が入り混じり、なかなか発言する機会を掴めないまま時間だけが過ぎ去っていく。

やがて用意しておいた酒が底を尽き、特に会話もなく、そろそろお開きといったところで、視界の端に明かりに照らされた人影が映り込む。

 

―道師と呼ばれる于吉がこちらに向かって近づいてくる姿だった

 

 

 

 

 

 

凪を伴った月見酒は穏やかな時間とともに過ぎ去っていく……。

真桜や沙和が相手だと、どうしても落ち着いて飲めないから、黙って空気を読んでくれる凪は非常に有り難い存在だった。

ただ、久方ぶりの飲酒は、いくら飲んでも気分が高揚せず、ひたすら飲み続けている今の段階でも酔いの兆候は見られない。

ほろ苦い辛味と鼻に抜ける澄み切った香りはあまり酒類を嗜まない俺でもわかるぐらいの高級品だ。

せっかく品質はとても良い物なのに、どこか味気なく感じるのは飲む側の問題だろうなぁ……。

 

まだこの時代の酒は純度が低く精製法も未熟な為、濁った醸造酒が多いが、これは透明度が素晴らしく高い。

これを拝借する時に料理長が、魏領から流れてきた貴重な一品だから大切に飲んでほしいって言ってたけど。

よくよく考えてみるとこの味って……。確認の為にもう一口喉に流し込むと。

 

(……うん、やっぱり独特の麦の味がしない。どちらかと言えば日本酒な感じだ……)

というか、ほぼ純米酒に近いような混じり気の無さは、今の技術レベルで出せる代物なのか?

そんなどうでもいいような疑問が頭を過ぎり、少しだけ気分が軽くなる。

視線の先には洪水のように広がる星の海とぽっかり浮かんだ上弦の月。

 

気が付けば無意識に、そこに向かって手を伸ばしていた。

特に意味はない行動。だけど後から考えてみれば、俺はこの時、誰かに助けて貰いたかったのだろう。

いままでの外史と違った、自分で守るべきものを選択する厳しさに心が折れていたのかもしれない。

だから、この時の俺は、突然開いた活路へ無防備に顔を突っ込んでしまったんだ。

 

手で透かすように仰ぎ見ていた視界に明かりが寄ってくる。

警備の人間以外の人通り少ないこの場所に来客とは珍しいな。

気になって首を動かすと、手持ちの行灯を持った干吉がこちらを目指して歩を進めていた。

 

「……ここに居られましたか、北郷殿。随分探しましたよ」

やはり目的が自分だったのか、明かりを地面に置きながら苦笑している。

 

「……なにか急ぎの用件でもあったかな?」

警戒して立ち上がろうとした凪を手で制し、続きを促す。

道師という怪しげな立場にいるこの女性とは接点が薄く、普段は誰とも顔を合わせる機会が少ないらしいから凪の心配も分からなくもない。

一応、周瑜推薦の人物だから一角の才能を持った人格者らしいけど、俺自身も感想は、以前雪蓮が言っていたのと同様、どこか危うい雰囲気を感じさせる。

そんな個人的な感想を思い浮かべる中、彼女は胡坐をかいていた俺に向かって見下ろすような視線を浴びせる。

 

「良い報告と、悪い報告の二つを持って参りました。どちらを先にお聞きになりますか?」

報告?

声をかけられる事さえ稀な人物の問いに警戒しながらも、言葉を返してみる。

 

「よく分からないけど……じゃあ、良い方からお願い」

さすがに今の心理状態では、悪い方からの報告は聞きたくない。

 

「ふむ……。北郷殿は嫌いなものを最後まで残すタイプですか。なるほど、参考になります」

「えっ?」

「いやいや、こちらの話です。気にせず本題に入りましょう」

「……」

「―――貴方の失った記憶、すぐに取り戻せるとしたらどうしますか?」

「なっ!?」

「……記憶?」

事情を知らない凪だけがきょとんとした表情を浮かべている。

記憶が……戻る……!?

 

「どういう事だ、干吉!」

衝撃的すぎる内容に思わず立ち上がり、彼女に詰め寄る。

 

「落ち着いてください、北郷殿。お話は周瑜様から聞き及んでいましたから、前々から準備をしていたのです」

干吉は焦った様子も無く、眼鏡の位置を直す。

 

「記憶の再生。量に制限はつきますが、有力な術を見に付けたと自負しております」

「……本当に可能なのか」

「はい。時間は取らせませんし、すぐにでも執り行えます。……実行するかは貴方次第ですが」

突然開けた光明に声が出ない。

全てを思い出せなくても、孫権の記憶さえ戻れば気持ちの踏ん切りが着くはずだ。

もしそうなってくれれば、思春に迷惑をかけ無くても済む。

 

「出過ぎた進言かと思いますが、悩みの種は少しでも減らしておいた方が良いかと」

正直、信頼していいものか迷う気持ちは在る。けどそれ以上に記憶が戻るという可能性は捨てがたいのも事実。

巡るめく思考の渦で、けっして短くない時間が経過していく。

話題についていけず困惑する凪と表情を変えない干吉の間で出した結論は……。

 

 

 

 

 

 

「……やってくれ」

「ふふ、良い覚悟ですね」

答えは分かっていたとばかりに、すぐさま右手が中空に差し出される。

 

「施術は一瞬で済みますので、暫し目を閉じていてください」

干吉の言葉に従って目を瞑るとなにやら呪文のような長文が聞こえ、頭の上に手が乗せられる。

 

「――開――」

それはどこか聞き覚えのある祝詞(のりと)。

 

「――展――」

一言ごとに、まるで頭の中を切り開かれたような開放感が広がり―。

 

「――戻――」

瞬間、脳内が膨れ上がる感覚に襲われた。

 

「がっ―――あぁ!」

「隊長!大丈夫ですか!」

痛みを伴った記憶の復帰。頭蓋が押し潰れるかと思う程の圧迫感に耐え切れず、思わず膝をつき目を見開く。すると軋む頭のせいで涙が零れ落ちた。

おぼろげとはいえない鮮明で膨大な記憶に理解が追いつかず、脳内情報がオーバーフローを起こしているのか、感情だけが先に伝わってくる。

それは北郷一刀の在り方を根底づける記憶の一滴。

 

―――覇王と呼ばれた少女の別れ―――

 

運命という大局に流された思い出は、自らの無力さを思い知らされた切望の過去であり、彼の求め続けた立脚点の一つでもあった。

 

「おいっ!隊長は無事なんだろうな」

どうみても尋常ではない位苦しむ一刀に駆け寄り、介抱する凪の激昂。

干吉は悪びれもせず、また心配した様子もなく、一人話を進める。

 

「多すぎる記憶は整理に時間がかかります、小一時間もすれば痛みは引いてきますから安心しなさい。それより……」

干吉は自分の懐から小さな木片と竹巻を引き出す。

 

「悪い方の報告です。体調が回復次第みせてあげてください」

直接渡す事もなく地面に並べられた二つは、呉の間諜である事を示す割符とその報告書のようだった。

 

「きっと北郷殿にとっては、大変貴重な情報ですから……ふふふ」

「貴様……!」

今の笑いで凪は確信した。この女は隊長に仇なす人物だと。

話についていけず真意は理解できないが、すぐにでも殴り飛ばしたい気持ちを抑え、一刀を守るように対時する。

……この状態で傍は離れられない。

代わりに目で殺せるような視線が干吉を貫く。

 

「ふふ……そう怒らないでください。何も悪い事はしていないでしょう?」

凪は答えず、より視線の厳しさだけが増す。

 

「怖い、怖い。……まあ、後は任せますよ」

「!?」

まるで世闇に溶けるように消え去る干吉。

さっきまで立っていた場所には人の居た痕跡すら残らず、彼女の持っていた明かりだけが灯っていた。

 

「いったいなにが起こっているんだ……」

果たして道術とはここまで摩訶不思議なものだったか。

いまだ嗚咽を繰り返す一刀の横で凪は途方に暮れるが。

 

この時はまだ、自分がこの地を離れ、一刀とともに行動を共にするとは思いも寄らなかった

 

 

 

 

 

 

遠く離れた西蜀の地で、緑の旗が翻している。

その下には一万を超える兵で構成された兵が、何処かへ向けて進軍していた。

 

「にゃー、久しぶりの合戦で鈴々、わくわくしてきたのだ!」

先頭ではためく旗は『張』の文字、張翼徳の部隊。

 

「これ鈴々。我らは率先して戦うのではないのだぞ。意味を履き違えて要らぬ問題を起こすなよ」

その横に並ぶのは『趙』の旗、趙子龍だ。

 

「いいじゃねえか星、最近はろくな戦も無くて飽き飽きしてたんだ。せっかくの戦の機会、せめて気合だけでも入れさせろよな」

「そんな事言って、お姉さまも隙あれば暴れるつもりでしょ?」

『馬』の文字の下、馬超、馬岱も二人に続き、

遅れて後方、『黄』の旗を背に黄忠も話に加わる。

 

「鈴々ちゃんも翠ちゃんも、欲求不満なのは分かるけど我慢しなくちゃ駄目よ、今回は朱里ちゃんの命令に従わないと大変な事になるんだから」

「それは分かってんだけどさー」

「訓練ばかりじゃ、つまんないのだ」

早くに仲間と合流した蜀軍は少しでも兵力を増やす為、あらかじめ領地の拡大に制限をかけ他国を刺激しないようにしていた。

そのおかげで前回と同規模の領地を平らげた後、軍の質を向上させる為の調練が繰り返し行われてはいるが、

実戦は偶に攻めて来る五胡相手がほとんどで、一定以上の実力を持つ将軍達にとっては物足りない日々が続いている。

 

「ふむ、退屈なのは同意だな。二人とも、今回の作戦如何では対決も止む無しと言われておったから、強者との戦いはそこに期待しようではないか」

「……星ちゃん」

「はっはっは、分別は弁えております故、ご安心なされい」

一見良識派の星ちゃんも偶に暴走する時があるから少し心配なのよね……。

実は戦う気満々な彼女に溜息をつく紫苑。

お守り役である彼女の受難はまだまだ大きくなりそうだった。

その後方、誰にも目に付かない位置に居る彼女の存在を含めて……。

 

前方では鈴々と翠が言い争いを始めたらしく、大声の応酬とともに蛇矛と十文字槍が鎬を削っている。

せめて目的地に着くまでは問題を起こさないでね……?

そう願わずにはいられず、皆にばれないようそっと天に祈ってみる。

だが、切実な紫苑の祈りを遮るように、一際大きな声が広い大地に響き渡った。

 

 

 

「長坂橋なら鈴々が一番活躍できるのだーーーー!!!」

 

 

 

 


 
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