No.148709

Cat and me16.ジンの国

まめごさん

ティエンランシリーズ第六巻。
ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。

――あなたはいつか、妃を迎えるの?

2010-06-07 09:18:25 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:538   閲覧ユーザー数:525

日々の生活に必死の民は、城で王侯貴族がどんな生活をしているのか知らない。

鯛や平目の如く舞踊り暮らしているものだと思っているらしい。

ある意味正解である。

奴らは踊り暮らしている。権力と勢力の間をヒラヒラと慎重に、しかし狡猾に。

最高権力者である国王に近ければ近いほど、己の発言力や影響力が強くなる。

女たちはさらに壮絶だった。

ジンは、十の小国が集まって形成された国だ。

その小国は部族となり、国王へ妃として姫を差し出す。

だから王は十の妃がいた。

今現在、紆余曲折を経て七人に減っている。

そして、兄たち、わたしの生母として後宮で猛威を振るっているのが、母たち三人の妃だ。

王族の男は母の部族の名を受け継ぐ。

例えば、わたしの名前だ。

ヤンはわたし自身の名であり、チャオは母の出身部族の名だった。

昔、そのチャオ族の国へ行ったことがあるが、まー。

品は悪いわ、喧嘩っ早いわ、獰猛だわで閉口して踵を返した。

一皮むけば、わたしもあんな風になるのかもしれない。

それはともかく、母たちは部族の期待を背負って後宮にいる。

背負うものが大きければ、責任も重くなる。

部族の上位の者、貴族として城にいる輩も必死である。

故に、余計に愛憎渦巻く魔窟になってゆくのだった。

「そんな所へ可愛いスズを置いておく訳にいかない」

妃ともなれば、母たちのいる後宮に住まなければならないし、スズには後ろ盾もない。

なによりこの娘を穢すのは、死にゆくことより嫌だった。

「だから、お前は妃などにならなくていい。わたしの大切な愛姫のままでいい」

机を挟んで座っていたスズは、一生懸命わたしの話を理解しようとしていたが、目を回してキュウと撃沈してしまった。

「スズ、おいで」

笑って両腕を差し出すと、机の上をつたい、膝の上に収まった。

――あのね。

「どうした」

――あなたはいつか、妃を迎えるの?

――あたしとは違う別の人があなたの横に立つの?

ほとんど泣きそうな声だった。

「馬鹿なことを言うもんじゃない」

涙を溜めたスズの白い頬を撫でる。

「公だろうが、私だろうが、わたしの横にいるべきは、スズ、お前一人なのだよ」

王はこの娘をわたしの伴侶として認めた。

愛姫という特別な地位もある。

ならば甘んじてしまえばいい。

「わたしの可愛い愛姫」

ふっくらとした唇を吸うと、スズが甘く小さな声を上げた。

祈りの時間は公務ではないが、王家の人間が集うので、それ相当に準ずる。

スズは母たちとボンクラの妻たちの茶会にしょっちゅう誘われた。

女たちは城内の噂話や美容や料理や衣や旅の(しょーもない)話を、優雅に茶を啜りながら言い合うのが好きだ。

そんな所へスズを出すのは嫌だった。

くだらない会合でも、権力が渦巻いている。

特に我が母は鼻高々である。

スズの人気は、息子であるわたしの人気、ひいては母自身の株も上がる。

「心優しい息子が、身寄りのない町の娘を引き取って大切に慈しんでおりますの。わたくしもあの娘の母だと自負しておりますのよ」

などと吹聴しまわっているらしい。

ちゃんちゃらおかしい。ヘソで茶が湧いてしまうほどだ。

滅多にそういう席へスズを出さなかったが、都合の悪いことにボケもスズを気に入っている。

何とか譲歩して、十日に一度は祈りの時間の後のアホらしい茶会に参加させることになった。

わたしは政務がありスズの横にいることが出来ない。

カイドウ、リンドウはこの顔ぶれ(母たち、ボンクラ妻たち)では修行が足りない。

こんな時こそキムザの出番だ。

「お前にもやるべきことがあるだろうが、馬鹿どもからスズを守ってくれ」

「お任せください。この身に変えましても死守いたします」

「死んでもらっては困るのだが」

先の短い老女は、鼻息荒く引き受けてくれた。

女たちの話題はスズの衣に集中するらしい。

その管轄をしているキムザは淀みなく質問に答え、上手くスズを守ってくれた。

「スズの様子はどうなのだ」

「それが…お部屋で過ごされている時と、別人かと思うほどお行儀がようございます」

ちんまり椅子に座って、静かに微笑んでいるだけらしい。

あのやんちゃ姫が。

当のスズも報告をしてくれた。

が、菓子が美味かったの、珍しい果物を食ったの、見事に食いもののことばかりだった。

 


 
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