No.148939

Cat and me17.冬の庭

まめごさん

ティエンランシリーズ第六巻。
ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。

「ぎゃああああああ!」

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2010-06-08 09:17:37 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:547   閲覧ユーザー数:531

スズは暑さに弱いが、寒さにも弱かった。

そしてこの冬は、寒かった。

雪でも降ってくれるのではないかと期待するほど寒かった。

そういえば、セリナは本当にボイルへ旅立ってしまった。

手紙をかくと言っていた。

わたしたちはもしかしたら、いい友達になれるのかもしれない。

スズはわたしを温石代わりに片時も離れない。

朝は蒲団から中々出てこない(潜り込んで引っ張りだすのが日課になった)。

髪を結いあげることですら嫌がる。

女官たちは防寒を兼ねた布を巻いた形状の帽子を製作し、その可愛い頭へと乗せた。

城が変てこな帽子だらけになった様子は筆舌に尽くし難い。

夏はあれだけ寝そべっていた床は、自分で歩こうとしない。

沓をはいているくせに。

移動する時は、必ず抱っこしてもらう。

政務室から部屋へ戻ると、スズは飛び付いて出迎えてくれる。

が、今は女官から、花束贈呈のようにスズを手渡される。

移動する手段は、ほとんどわたしが抱っこをしていたが、いないときは、女官たちやなんとキムザが抱きかかえていたらしい。

「大丈夫なのか。いつお迎えがきてもいい歳だ」

「あの人はスズさまのことになれば、目の色が変わりますから」

「不思議な力でもみなぎってくるのではないですか」

「そんなわけあるか」

本人は憮然とした。

「わたくしは、先の短い老人でございます。その老人の楽しみを奪わないでくださいまし」

「お前を心配しているのに」

「ご無用です」

仕方がない。

暖炉の前に獣の毛皮を敷き詰めた。肌触りのよいそれにスズは喜び、幸せそうに寝そべった。扉までも毛皮の道を作った。これで抱っこをされることもないだろう。

キムザたちからは文句を言われたが。

「まったくお前はどこまでも甘やかされているな」

膝の上で大口を開けて待っているスズに、汁粉の匙を運んでやる。

冬はこれがお気に入りだった。

ただしスズは猫舌だった。

わざと熱いままの匙を差し込み、熱さに悶えているスズは滅茶苦茶に可愛かった(お付きと女官には怒られた)。

「満足したか」

満足、と嬉しそうな声を上げて、キムザたちに礼を言った。

口に付いた餡を舐めてやると、くすぐったそうに笑った。

 

ある朝のことだった。

ふと目を覚ますと、スズの姿がない。

腕の中にも、足で弄ってみても(寒さの為か、スズは度々蒲団奥深くへ潜り込んだ)、寝台の中にスズはいなかった。

「スズ?」

蒲団から顔を出し、身をおこそうとしたその時。

両手足を広げてまさに今飛び込まんとする、黒い影が見えた。

スズ満面の笑み、わたしの驚愕の顔、そして丁度わたしの上を飛ぶスズ。

「ス、や、…ぐふっ!」

スズ、やめなさい、危ないではないか。

言葉は口から出ず、代わりにうめき声がでた。

そんなわたしにお構いもせずに、無防備なわたしの体に飛び込んできたスズは、起きて、早くとはしゃいで跳ねる。

いつもは温かい蒲団にしがみ付いて、引っ張り出すのに苦労するスズが。

「どうしたというのだ」

夜明けというのに、部屋の中が妙にぼんやりと明るい。

スズに手を取られて窓辺へ行き、やっと納得した。

外は一面の銀世界だった。

――お外に行きたい、お外に行きたい。

クルクルとわたしの周りを跳ねるように踊るスズを抱き上げると、よほど興奮しているのか、キャッキャと暴れる。

寒さも全く感じていないらしい。

「よしよし、遊ぼうな。だが、昼からしか無理だよ」

途端にしょんぼりした顔になった。まるで花が萎れたように。

今日の政務は、なんたらかんたらの重要な日で(その割に覚えていない)、リンドウも外せない。

「それまで、カイドウが遊んでくれるから」

うん、と素直に頷いた。

「分かりました。スズさま、何をしましょうか」

カイドウは笑顔で引き受けてくれた。

あのね、雪合戦とね、雪だるまも作ってね、雪ウサギもつくってね。

目をキラキラさせて、米粒を飛ばしながらスズは語る。

「こら、スズ。ご飯のときは大人しくしていなさい」

それにしても、政務でスズと遊べないのは面白くない。

「駄目ですよ、ヤン・チャオさま」

リンドウに睨まれて、首を竦めた。

祈りの時間もずっとソワソワしていたスズは、終了と同時にわたしを見向きもせず、一目散に部屋へと走って行った。

薄情者め。

そのわたしはリンドウに首根っこを掴まれ、引きずられるように政務室へと連行されていった。

早く終わらせたいが為に、日頃使わない脳みそを自分でも感心する速さで回転させ、臣下とリンドウの感嘆の声までひきだした(やればできる男なのだ、わたしは)後、駆けるように部屋へと戻った。

窓の外から、楽しそうな笑い声がする。

覗いて口を開けた。隣のリンドウも同様、口を開けた。

キムザと四人の女官が、黙々と、しかし楽しそうに雪で人形を作っている。ご丁寧に枝や木の葉で目や口まで付けられていた。

スズにお願いをされたのか、それとも自らが率先して制作しているのか。

その間を、カイドウとスズがチョロチョロと大声を上げながら、雪の玉をぶつけ合っている。

手加減なしの真剣勝負らしい。

キムザの上着を着たスズは、見事な振りで玉を投げる。

対するカイドウも、「玲の君」の面はきれいさっぱり剥がれ落ちて、奇声を発しながら雪をスズに躊躇いもなくぶつけている。

「参戦するぞ、リンドウ」

「では対戦いたしましょうか」

わたしの姿を認めたスズが、喜びの声を上げて駆けてくる。

すっ転んでも、すぐに起き上がって一心に走ってくる。

可愛くて堪らないわたしの愛姫が。

その小さな体を思い切り抱きしめると、いたずら小僧のように笑った。

「どうした」

あのね。

「ぎゃああああああ!」

いきなり首元に雪に濡れた手を突っ込まれたわたしは、年甲斐もなくけたたましい悲鳴を上げた。

スズはしてやったりと手を叩いて笑っている。

「油断大的」

「注意一秒、怪我一生」

そこへ二つの雪の玉が(わたしの)顔と腰に当たった。

「何を! スズ、やるぞ!」

合点承知とスズも飛び降り、鼻息荒く雪を握り始めた。

乳白色に曇った空はしばらくすると、フワフワした雪を再び舞落としてきた。

 


 
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