No.148380

Cat and me15.祈りの時間

まめごさん

ティエンランシリーズ第六巻。
ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。

少しだけでも長く、あなたの傍にいたいの。

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2010-06-06 09:28:50 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:536   閲覧ユーザー数:524

スズは衣や身を飾るものに興味がない。

化粧や髪の結い方などにも興味がない。

素直に黙って着せられている。

だから、キムザや女官たちの格好の着せ替え人形だった。

彼女らは愛をこめてこの娘を着飾らせた。

けして派手ではなく、むしろ簡素に、しかし美しく。

その手腕は見事だったといっていい。

また従来では飽き足らず、色々と手を加えた。

ある時、スズの頭に不思議なものが刺さっていた。

シダの葉状のふわふわした毛に卵型の碧色の模様がある。

可愛らしい耳の上に、丸く紅い宝玉と共に飾られていた。

トホトホとスズが歩くたびに、優雅に揺れる。

「なんだ、これは」

「孔雀の羽根にございます」

深緑色の衣によく似合っていた。

紅い宝玉と紅い帯が差し色となって大人びて見える。

手渡された扇の要をもって、クルクル回して遊んでいる姿にキムザたちは唖然としたが。

「今日のスズは一段と美しい」

にっこりとスズは笑って優雅にお辞儀をした。

そのまま手をつないで外に出た。

愛姫スズの人気は高い。というより時の人である。

そういう人物は影響力が強い。

貴族の女たちはこぞってスズの真似をした。

あっという間に城は、孔雀の羽根だらけになった。

単品だからこそ美しいのに、集団だと醜くみえるものだ。

ある時、スズの襟や裾、袖にヒラヒラした白いものが付いていた。

手にとって見ると、細かい網目がある。刺繍の布のない感じだ。

「なんだ、これは」

「西国の編み物にございます」

珊瑚色の衣によく似合っていた。

スズの焦げ茶の髪と、乳白色の帯が差し色となって大層可愛らしい。

「今日のスズは一段と素敵だ」

にっこりとスズは笑って首を傾げた。

そのまま寝台に押し倒すと、キムザを筆頭に女官たちが猛烈に怒った。

城内の女たちは今度はヒラヒラを衣につけるようになった。

噴飯だったのは我が母まで付けていたことである。

そしてスズの首には必ず鈴が付いていた。

お前はもうネコではない。わたしの大切な愛姫である。

鈴を付ける必要はないだろうと諭しても、スズは不思議と鈴に執着した。

なので、スズ専用箱には様々な鈴付き首輪が並んでいた。

その日の衣によって、女官たちが色を合わせて選んでゆく。

着るものに頓着しないスズが、大喜びした衣がある。

キムザが編んだ卵色の膝まである上着だった。

繋ぎで頭巾までついている。

前は赤い釦で止められるようになっていた(キムザが考案したらしい)。

これを着せられた時、スズはピョンピョン飛び上がって喜んだ。

嬉しそうにクルクル回って、姿見に映している。

ここまではしゃぐスズは久し振りに見た。

「そうかそうか。そんなに嬉しいか。キムザにお礼を言いなさい」

元気よく可愛らしい声で鳴くと、キムザの腰に手を回して抱きしめた。

幸せそうな顔して。

戸惑ったのは老女である。

「あ…」

皺に囲まれた目から涙が出てきた。

「そこまで喜んでいただけるとは、キムザは幸せにございます」

皺だらけの手がスズの背に回る。

後ろで控えていた女官たちも泣いていた。

全く、わたしの愛姫ときたら。

わたしは一人で笑いを堪えていた。

氷のような女官をついには泣かせてしまった。

 

ところで国王に認められた我が愛姫スズは、イドーラの祈りの時間を強制された。

「そんなもの出なくてもいい」

突っぱねようとすると、スズはわたしを制して首を振った。

――少しだけでも長く、あなたの傍にいたいの。

いじらしいことを言うじゃないか。

「そうか。わたしもお前と一緒にいたい。だが、馬鹿の集う部屋だ、何を言われても右から左へと流すのだよ」

そして、初めて祈りの間へと入ったスズは、不思議そうにあたりを見渡した。

神とその守護神がぎっしりと描かれている丸く高い天井。

スズほどの身長のある神の像。

肘をつくための長椅子、膝を折るための座布団。

末っ子のわたしは、一番後ろの席だった。

今までセリナがいた場所にスズが跪いた。

神官の祈祷が始まる。王以下全員が頭を垂れる。

しばらくして、ちらりとスズを見やった。

どうせうたた寝でもして、船をこいでいるものだと思ったのである。

違った。

真剣な顔で何かを必死に祈っていた。

見惚れてしまうほど美しい横顔だった。

手が伸びる。スズの頬をそっと撫でると、静かに目を開いた。

こちらを見る。黒い瞳と目があった。

頬を撫でていた手は、そのまま滑って、ふっくらとした唇へと動く。

僅かに開いた口の中に指を差し込むと、味わうように舐められた。

優しく甘噛みをされる。

我慢できなくなって、差し込んでいた手を頭に回す。

静かに引き寄せた。同時にわたしも近づいて行った。

ゆっくりと、焦らす様に、じらされる様に距離は縮まってゆく。

触れ合った唇から零れたスズの吐息と、秘かな衣ずれの音は、神官の朗々と張り上げている声が消してくれた。

こうして不遜な祈りの時間は、より不遜になってしまった。

別にイドーラは怒らないだろう。

そんなに尻の穴の小さな神ではないはずだ。

朝っぱらから、神の部屋の片隅で不謹慎なことをしているわたしたちを、苦笑して見逃してくれるだろう。

 


 
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