No.1193470

【哲学シリーズ31】アイイル哲学5

eye-elさん

本題

2026-09-19 15:45:05 投稿 / 全32ページ    総閲覧数:46   閲覧ユーザー数:46

表象化の「負荷と力とマニア」

 

 大小はあれど、人生は負荷と力(りき)の連続(一日)をひたすら引き継いで行くしかない

 

…それを助けるのが、マニア(愛)である

 

……マニアとは、愛物(生物のマニア的解釈)の押し引きであろう

 

 それを表象化するのが、一知一能の存在である …人間は皆、一知一能になり得るし、元々が〇知(ぜろち)一能でしかないから、人間としてそれは哀し過ぎるのである(アイイルの哀)

・表象化の「負荷と力とマニア」

・一知一能の存在(超人)

・形質性世界(多民族多様多義を縮めた言い方)

・通常感覚哲学(精神の移入者哲学)

・人間は愛する機械である(愛の解釈が人間の感情・欲望である また、普通に腐敗した愛、どうしようもなく腐敗した愛もある)

整體の技術

 

 苦痛に耐えながら、鼻などを正しい位置や形にやる

 

…これは整體の技術であって決して、整形の技術ではない

アイイル哲学

 

形質性世界

 

 「形質性」と言う形の性がある 要するに、現実世界ってのは、形の性の連続なのである

 

 それと、「コモン・センス~ドライブ」(通常感覚からの欲動)や「アルティメイト・センス~ドライブ」(究極感覚からの欲動)もある

 

 

 

人間は愛する機械である

 

 人間と言うのは、何かを愛する事により、何かを行動したり、何かを言動したりする事を覚える その愛の形は憎しみであったり、哀しみであったり、蔑みであったりする …しかし、そのまま愛する事は何かに付けて一貫性のある形である

 

…つまり、愛する事は「ドライブ」の爆発力=マニアになり、それが機械的に「コモン・センス」、及び「アルティメイト・センス」から接続されるのである

 

 人間そのものが愛する機械である事を否定する人間は人間自體を否定しているのと同じである …たとえ、それが「権力への意志」であろうと

 

……人間は愛する機械と言う点で、他の動物と区別される 人間が優れているのは、人間の場合、立場によっては全てを愛する事が出来るからである その愛の形は人類愛・博愛・狂気である

 

 

 

表象化の「負荷と力とマニア」

 

 「コモン・センス~ドライブ」などを見て行くと、負荷と力とマニアと言う三つの要素がある事に気付くかも知れない

 

 

 

一知一能の存在

 

 この事から、人生とは負荷と力とマニアからなり、それを表象化出来る存在を「一知一能の存在」(全體をみれば、「多知多能」だが、一つの仕事をする場合、「一能」と呼び、つまり、事実世界主義としては、「一知一能」となる)と呼び、これがある種の「超人」である

 

…この「超人」が全ての無為的(ニヒリズム的)感情の底にある「哀しみにとらわれない人間」なのだ つまり、ニヒリズムとは愛の形の一つ、哀しみを根源とする

 

……「超人」になる事がいわば、「理知的で面白い人間」になる事とイコールなのである

ラッセルのような考え方が社会をダメにする

 

 「この仕事はサボってもいい」と言う自分の独断で仕事の境界線を定める思考法を「境界思考」と言う

 

…ラッセルなどが考えた害悪な思考法 その内、必要な仕事さえサボるようになるから

 「否定科学」と言うものは、一まとめの意見の絶対化に対する批判なのである

 世界最大の事実は「世界は七つの作話(創作)である」、”七作話(七創作)世界”と言うもの

 大いに論争に負けたから、個人の仕事に戻ると言う凡人性こそが個々人にある種類の救いなのだ …そう言う意味で宗教は不健康だ

 私が文章を描く時に気を付けている事は、読者の知性を押し潰すように、重厚な内容にしていると言う事だ

 

…そうすると、人々は自分たちよりも、上の知性があると気付くのである

 

 それが私の狙いなのだ 人々に知性のプロフェッショナルがより広く知られる事により、世界に平和がもたらされるわけである

 セロトニンは主観・感覚・感情・現実的の脳内物質であり、アデノシンは反主観・幻覚・非理性・幻想的の脳内物質である 意識は第一の文化であり、形質性世界の文化、第二の文化として、文體の文化、それに私たちの文化が存在する 無意識は形質の未文化であり、第一の未文化である 第二の未文化としてキリスト教圏が存在する

 

(もう、「常識人」って言うのは、アデノシン側に立っている人間でいいんじゃないのかね?)

 日本製の『聖書』と言えば、『大義』だろう

 問題がある「精神病」について通告:全精神病について

 

…まず、「精神病」の前提として、人間と病気がフェアである事が挙げられます

 

……つまり、主観性(セロトニン)優位が保たれている事、これが「精神病」の必要条件となります 主観性(セロトニン)そのものを強制終了するてんかんなどもありますが、ある程度のフェアは保たれています 本人が気絶している間、病気も気絶しているのですから と言うわけで、てんかんも主観性が優位なのです 主観性が優位とは、主観性を保っている間は、基本的に病気は悪さを出来ない、主観性を失っている間も、基本的に病気は悪さを出来ない、と言う事です

 

 「精神病」の精神が揺らぐとしたら、これらの前提と必要条件を満たさない「精神病」が受け入れられた時です

 

 その一応の通告の為に、これは残しておきます

アメリカが日本に依存しているのだ

 

 日本がアメリカに依存しているのではない アメリカが日本に依存しているのだ

 

…これ以上、アメリカが日本の同盟国であり続けるなら、なおいっそう、日本への依存度を高めるだろう

 

 アメリカが「世界の警察」と名乗っている事も確実にその一つである

 

……はっきり言って、アメリカは現実を嫌っているから、日本と言う、どこか、非現実的な国に構っているのだ …そうする事で、気がまぎれるから ……だから、依存するのである アメリカと言う国から見ると、日本と言う国は何やら仲間に見えるらしい

 2025年~2026年に起きたとされている「陥没事故」や「クマ出没」、「第二次熊本大地震」、「千葉県豪雨」などは、ニュース作成者の「幻覚」・「錯覚」・「作話」、ニュース視聴者の「幻覚」・「幻話」・「錯覚」に過ぎない また、ニュース視聴者が言い出さないのは、「幻聴」・「錯覚」に脅迫されているから

 

…この「幻聴」・「幻覚」・「幻話」・「錯覚」・「作話」とは、精神病である統合失調症に見られる症状である(こう言った「常識人」は病者(患者ではなく、)である 保護者が医者ではなく、病質だから つまり、物質者ではなく、病質者、いわゆる狂人の類だ) ……また、統合失調症には、本人になりすますような想念、「幻想」がある事にも注意されたい

 「この世界は病気である」のトキ・ヒロは日本文化を破壊しようとしている …このように、ー(マイナス)の知と言うものがある(フランシス・ベーコンの「知は力なり」の否定)

 「感覚の肯定」は小世界と呼ばれるもの、ニーチェの価値はこれだけ

 ロヴェイン神(大自然神)を新たなる一神教の神として立てる

 

…ただ、この神様だけがいてくれれば、我々にとって、大いに救いになる

 

 それに、聞いている衆生は共に、ロヴェイン神の従者(神格ではない)となろうぞ もっとも近しいしたわしい神様である

 

…それに、腐敗なく、反逆もなく、騒がしい多神もない

 

……それと、「感覚の肯定」と通常感覚哲学があれば何も不足はない

 ロヴェイン神のみの宗教名は「ロヴェイン一神教」とする 潔く、”ロヴェイン一神”と宣言出来ているから、キリスト教のように腐る事もないだろう…

良さそうな女見つける→結婚する→せっせと子作りする

 

…って流れで良いんじゃないか? 彼女の従者としては

 ロヴェインお嬢様は神、レーヴァール神? 知るかいな

キリスト教批判

 

 キリスト教とは、多神教である 一神教の定義とは、”いかに一神以外に崇拝対象を作らないか?”だ

 

 キリスト教は一神教とされるが、多神教、…なぜなら、語り手がいつも誠実とは限らないからである ウソを吐いて一神教とするが、その構造は飽くまで多神教に過ぎないわけなのだ

 

 ユダヤ教もまた、多神教である

 

…それら二教と比べると、『エノク書』、『エノク書』を聖典とするような正教会、正教会の考えを取り入れているイスラム教は、一神教だが、ロヴェイン一神教に比べると、これらも多神教でしかない

 ロヴェインお嬢様との交信は栄養学、中でも実用栄養学が良い

 ロヴェインお嬢様以外の崇拝対象を立てる奴は、彼女の従者じゃない、立てない奴は、彼女の従者、と言う事で良いんじゃないか?

 ともかく、動き方と言うのは自然を重視する 自動性であり、「肉體からの精神」であり、ロヴェインお嬢様(健康と美と正愛(せいあい))によって動く そう言うものではないかね?

 コミケの方で、「待ち続けた 千年~♪」とか言っていたが、勘違いしないで欲しいのが、「干されると、女は三十年かけて乾く」って所なんだよな

 人類、巨乳類、ふたなり類、そして、オカマ類、豊胸類、整形類があるが、果たして、オカマ類、豊胸類、整形類を人類に含んでも良いのだろうか? 無性と偽性と(顔のバランスの)破壊性だぞ??

 この世界は二つの世界観、その対立によってなる 「現実の世界」と「アホの世界」の二つが対立している

 

…こう言う「アホ」の背後には、必ずキリスト教がある …だから、こう言ってやれば良い

 

「正しいアホだ」と

 

…「アホの世界」は「変態の世界(ヘンタイ・ワールド)」でもある

 「世界は七つの作話である」とは、一つの解釈にすると、「からだは七種類のウソである」と言う事、たとえば、ケガと言うのも、ある程度、医者でなくとも、「太陽の作話(ウソ)」は自分で出来る 医者はその「太陽の作話(ウソ)」を引き出すのがうまい

 

…はっきり言って、身體は四重のものだが、肉體そのものが異常がなくとも、理性の身體を傷つけられると、ケガしたようになる その傷つけるのに使われるウソが「太陽の作話(ウソ)」である

 

 だから、ケガしたと思っても、その現象自體がウソの可能性がある為に、偽装者である医者に”診断してもらう”よりも自分の頭で疑ってみると良い

 

 ウソは知的な免疫で退ける事が出来るが、その時、反抗して来るのが病的なウソであり、その反抗的な病児(スチルド)を完全に退ける事が、極めて、文明人としてのアンチ・スチルドには重要な事である

 女ノ子がある人を、「変態」・「オカマ」・「妖怪」・「男性」と呼ぶ人間とは、その人が男性であれば、男性的な怠慢、その人が女性であれば、女性的な怠慢に陥っているに過ぎないのだ

 

 やせている女性を見て、「”太っている”」と心から思う人間は、その人は「キチガイ」(とりつかれたような狂人・幻覚者)自身に過ぎない 美人でかわいい女性を見て、「”醜い”」・知的な女性を見て、「”頭が悪い”」・理知的な女性を見て、「”狂っている”」・無毛の麗人を見て、「”有毛の野人”」などもその類

 キリスト教や最近は、『日月神示』教が力を持っているのは、アレらが第一の裏社会としてのキリスト教、第三の裏社会としての『日月神示』教と言う本質があるからである ちなみに、「裏社会」と呼ばれるのが、あの、第二の裏社会だ

 

 彼らは必ず「霊」や「霊界」と言う言葉を口にし、裏社会から他威する 彼らが出す存在名とは、暴力団の組長やマフィアのボスの名前のようなものだろう 結局の所、「霊」や「霊界」と言う裏社会に対して、警察をやっているのがニーチェと私、滝口のような「破潰の批判者」である 「常識人」と自称する人間もまた、「自分はこう言う集団に属している」と、裏社会的に脅迫しているに過ぎない

 うん、分かった あいつら、下層民は「頭」がおかしいんじゃなくて、「肉體」全體でおかしいんだ …あいつらの肉體も精神も、「変態」じゃん

 

…そもそも、女性、差別するとか、民族の堕落力に決まってるじゃん

 差別者と被差別者の闘いは差別者か、差別そのものが民族から断たれるまで続く

 

…差別の宗教として、ユダヤ教・キリスト教があるが、”それ”はそれらの国々(イギリス・ロシア・アメリカ・イスラエル)が断たれるまで続く


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択