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No.1192634
【哲学シリーズ29】アイイル哲学4
eye-elさん
誇張=「悪魔」(「変態」・「キチガイ」・「オカマ(オナベ)」・「妖怪」)
良い遺伝子には良い種が生まれやすい
わるい遺伝子にはわるい種が生まれやすい
多様性批判
ガブリエル哲学批判
世界を決める三つの要素、解釈・基準・評価
オペラント教の「”虐待”」
「気品」の問題
上位の気品(上品)・中位の気品(一応、中品)・下位の気品(下品)
2026-09-01 13:46:08 投稿 / 全24ページ 総閲覧数:49 閲覧ユーザー数:49 |
何か、お前たち、勘違いしているかも知れないが、世界は事実だけじゃないぞ
…事実の他にウソも誇張(「悪魔」(「変態」や「キチガイ」なども同様語))も犯罪だって、時には上手く味方にして利用する事があるんだと分からないのか?
ニーチェの「解釈の世界」としては、この世界は”事実の世界”では全くあり得ず、解釈で世界が作られているという事
…だから、より良い自分の世界の成長の方向だと、創造・創作の積極的な解釈であり、たとえば、決定論の「事実」である
……逆に、ダメな自分の世界の縮小の方向だと、矮小化・偏屈の消極的な解釈なのである
「理知通過」という心を読まれない為の技術がある
…人間は感覚や感情を外に出す事は、大人の世界なら自分の事を周りに知って欲しいという意思表示に受け取られる
……つまり、感覚や感情を外に出す事は、自分の正しさや善と思っている事、悪と思っている事をさらけ出す行為であり、単純に知性的に心を読まれる事に繋がるのである
自分の正解や善悪を読まれる事は純粋に、何を思っているか、具體的に心が他人に提出されるのであり、それを逆手に攻撃される事、あるいは広報される事もある
…だから、わがままな態度で誰か別の人に臨んだり、自分の感情を素直に出したりする行為は信用出来る身内のみで行った方が良いのである
ドゥルーズ哲学への批判
「差異の肯定」への批判
こう言った「多様性の受容」はいわば、「民族の堕落力の甘受」=「民族への消極」に他ならない
…よって、多民族を堕落させて行き、人類を最終的に滅ぼす考えが、ドゥルーズ哲学のようなもの、その典型なのだ
(ここでの「堕落」とは、たとえば、判断力で言えば、”より良い判断を(世代を追うごとに)出来なくなって行く”方向の種が増えて行く事 「良い遺伝子には良い種が生まれやすい(わるい遺伝子にはわるい種が)」)
…結局、民族の人間である私たちは本能的に「民族への積極」であるべきなのだ
「差異と反復」への批判
系譜は?
「差異の哲学」への批判
そもそも、人間的な第一原理とは、私、アイイル・滝口の五本感覚説の中の一本目の感覚である偉大な精神、すなわち、本能とそれの同次元にある理性、科学的精神、疑り深くある事である
…では、ドゥルーズもそれに合わせるべきではないか?
……しかし、非人間的な第一原理など、何の意味があると言うのかね? どれだけの価値があると言うのか?? 知ってどうする???
…本当に「共働き」という家族制度は廃止すべきと思うのだ
ラッセルだの、ガブリエルだの、…こんな奴らが「天才」とされている世の中で本当に良いのかねぇ?
ガブリエル哲学の「世界はない」を否定した上で言うが、「この世界は解釈の世界である」、つまり、”世界は解釈で出来ている”と
…たとえば、「おっぱいがあるのが、”女”だ」と解釈した時、
「「おっぱい」が服の上から見てそれらしいか?」、女は女でも「ブサイクか?イケメンか?美人か?美少女系か?」などという基準も台頭させて、「女らしいか?」を評価するわけである それが「現実を見る」という事である
…したがって、「そのままの現実(解釈なしの現実)」は存在しない
私たちは無意識に解釈・基準・評価と三つの要素で現実のものを(普通に)見ている
…それくらい分かれ ○○
現実を見ろよ ○○ …二性はお前(ガブリエル)のからだにもあるんだよ のけぞってよろけてみろよ 存在の対価がある事が分かるから …最近の「天才様」は頭の中だけで考えるから困る
久しぶりに、カントレベルのおかしな哲学者が現れたな マルクス・ガブリエルだ
…あっ、皮肉も通じない程、文化レベルも低かったか
デカダンスなどない
…ただ、錯覚とうつと世界幻覚によって、そう言う現象があるように見えるだけである
アリストテレスや「常識人」の言う「常識」とは、セロトニン不足からの栄養失調から起きる病的な集団幻覚に過ぎない
ガブリエル哲学批判
「「私」は脳ではない」への反論
「私」とは、主観と反主観である
…主観の脳内物質をセロトニン、反主観の脳内物質をアデノシンと言い、それぞれ、覚醒と睡眠を司る(病児教徒にとって、これは「常識人」的な自己の否定である 「常識人」とは霊質の破壊者(デカダンス)だからだ 「常識人」は自身を「反主観」とする)
セロトニンを生む脂質が不足していれば、老人のうたたねや机につっぷすようななかば睡眠のような状態になり、反主観が強くなり、そのまま、寝てしまう事もある(実用栄養学)
……こう言う事、知らないからガブリエルみたいな奴(病児教徒)が生まれるんだよ
ガブリエルってキリスト教やイスラエル人と同じで、イントーレ(悪=不寛容(努力なども))なんだよね
…今さらかもしれないけどさあ、ユダヤ教(イスラエル)とか、キリスト教(イギリス・ロシア・アメリカなど)とか、やばいよね? これら二つの宗教は
オセロはやらない方が良い 非常に失礼な競技だから …エネルギー効率も悪いし…
「アメリカ心理学」と言う名の「”虐待の宗教”」
具體的には「オペラント 条件付け」と言う「”教え”」
…これだけでも、アメリカが先進国などではない事は分かりそうなものだが…
特別、有害な哲学者として、アリストテレス(「常識」の常十三悪)、ルソー(自由意志)、ショーペンハウアー(包摂の世界)、ラッセル(サボりの技術)の四名、加えて、こいつらの本家であるキリスト教のパウロ(乗り移るサタン)
…こいつらのせいで、この世界が苦痛にまみれたものになっている事は知っていていただきたい
……後、バトラーとかひどいよねぇ?
私みたいなおっぱい男子からしてみれば、
「ジェンダー? 多様性? ねぇよ 形質性(日常では服の上から見える性)だけだよ」ってのに…
(そもそも、客観的な性別すら、この解釈の世界からは認められない)
世の中には主義主張がある
…たとえば、掲示板やSNSで投稿をする時、主義と主張(論)と言うものが必要になる
……しかし、日本人と言うものはそれを分かっていないので、ただ、投稿して、ただ、自己主張すれば良いと思っている
日本人は主義主張の世界では非常にレベルが低いのだ
だから、変な考えにとらわれたりして、作話者なる病者(何度も言うが、放置された病人の事)になって行く事が多い しかも、自分の書いた文章の文字数に圧殺されるのが常になってしまう
たとえば、「男尊女卑」と言う言葉があるが、飽くまで歴史上に存在している概念を批判的に言っただけのものであり、実は、男性主義が正しい
…他にも、決定論とされたなら、事実世界主義、男女の平等を目指すなら、男女平等主義、でないと、思考の中に存在している作話に飲み込まれて行く結果になってしまう
しかし、主義主張の中にも下等と言われるものがある それらは、社会主義・無政府主義・虚無主義・プロテスタンティズムの大きく四つである これらは避けた方が良いと言う事なのだ
私が反サーターヌ(反世界)と批判した人たちも、大きくこの四つに分類され、しょうもない主義でしかない
最初に「真実の世界」を語り出したのは、プラトンではなく、それ以前のパルメニデスだが…(→ヒロ・ノブ)
一元性カプグラ症候群(「善」や「常識的」などによる一元性)と言うものがある
三大心理学者と言えば、ニーチェ、フロイト、ラカンの三名だって事はもはや、常識なのではないかね?
…と言うか、儒学者とか、人間的に腐っているに決まっているじゃないか 社会主義者の毛沢東とか、曹操にすら批判されているのに…
ウソを見破るのに、大體のケースで問題なのは、ウソが途中から始まる場合である
…その場合、ウソを垂れ流せる「作話」で、信実からウソのような文章を再現出来るなら、強力な武器になり得る(情行学)
お前らが言っている「多義」と言うのは、「気品」の問題なのではないのかね?
ものを特別、形質的に正しく見るのが「上位の気品」(上品)、ものを屈折的に歪ませて見るのが「下位の気品」(下品)
…上位の気品として挙げられるのが、仏教、事実世界主義(通常感覚哲学など)、ニーチェ哲学、真虚二元説、自由(自分や「自分」と出来るものを大切にする)としての常識などである
…下位の気品として挙げられるのが、儒教やキリスト教のような道徳宗教、下層民的な人間、最下層民的な人間、プレート説や地球温暖化説、復讐の道具としての「常識」などである
ニーチェ哲学の「超人」・「末人」(最後の人間)について
「末人になる」とはどう言う意味か?
…これは末人でない人が分かれば理解出来る
・まず、特定の女性がいて、男女が現実的に子供を産ませる事を考えられるステータスである事
・子育てをするに至って、子供がちゃんと育つ環境を作れる事
…これが普通の人間である
要するに、取りあえず子供がスクスク育って、”まとも”な子孫を何人か、残せる人間の事
・哲学で言ったら、ちゃんと哲学を継承して、哲学その他を残せる立派な人物を幾人か輩出出来る事
…これが「超人」である
……普通の人間にも超人にもなれない人間が末人と言うわけだ
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総合的なアイイルの手記