No.1189226

【病質シリーズ2】滝口について・知的な免疫について・アメリカについて・統合失調症について

eye-elさん

滝口の名に関連する病質について

2026-06-25 09:05:11 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:91   閲覧ユーザー数:91

『将門記』…典型的な印象論の書

印象論通り、「将門=不運=悪人」と決めつけ、「秀郷=幸運=善人」と決めつけている書

 平将門を討った藤原秀郷という人物がどんな人物であったか、平将門とはどんな人物であったか

 

 

 

 いわば、藤原秀郷という人物は犯罪者であり、朝廷に最初に武威力を押し付けた人物であり…、

 

桓武天皇の子孫の高貴な出である平将門を討ったという事は、他ならぬ桓武天皇の名に弓引いたという事であり、

 

実は、見方を変えれば藤原秀郷の方が「朝敵」である 全くもって、天皇視点なら、藤原秀郷は天皇に弓引いた「朝敵」でしかない(藤原秀郷が平将門を「朝敵」扱いしたのに、射ち返した(相手の勢いを利用して相手に攻撃を返す)、この技術を「返射(へんしゃ)」と言う)

 

(ただし、秀郷を討てる人物は将門程の人物しかいなかった しかも、この将門、滝口の武士になる程に朝廷にも武勇と忠誠が認められた程の人物だった)

 

 この後、世の中は荒れたが、これは当時の日本が病質を帯びて来て、朝廷が桓武天皇の子孫であり、滝口の武士でもある、平将門よりも、無法者の藤原秀郷を信用して、位を上げたからである

 

(将門ならば、高貴な生まれにて、同じ高貴の人間が妥協しないか?と言ったならば、「新皇」を取り下げて、また別の名を名乗ったかもしれないが、秀郷の場合、話が通じる相手ではなかったのである 刑すら順当に受けない程、かたくなな人物であるから、朝廷にとって、どちらがいいかと言うと、明らかに、将門の方が扱いやすかったはずなのである)

 日本の古い絵などでは将門をこき下ろしているものが見受けられる 天皇の国と言いながら、将門をこき下ろしている時点で、天皇をこき下ろしているのと同等である よって、日本という国は昔から病質的であったのである

 

…ちなみに、平将門に「新皇」の位を授けたと言う八幡神とは、皇祖神であり、天皇そのものの意志と言ってもいい

知的な免疫

 

 人間というものは、からだの免疫というものを持っているとされているが、実は、知的な免疫というものが存在していて、快方という言葉を知っており、快方がある事も知的な免疫であるという事をご存知だろうか? 快方という言葉は、知的に特別な言葉なのだ

 

 知的な免疫として、病気というものを心証(本能)に取り込まない事、が挙げられる 病気は宗教なのである そもそも、その宗教の病気を信じない事は知的な免疫を高める事に繋がり、病気でいながら、健康でいられる一つの方法である 宗教を信じるというのは、逆に知的な免疫を低める 病気は宗教であるから、病気を信じる事で、知的な免疫を高めるどころか、低めているのである 病気という宗教は、それ自體が、※卑信の概念なのである 「感染症」は暗示だとか、そういうものを全く考えられていない考え方の一つだが、つまる所、この「感染症」は信じるに値しない、宗教、つまり、具體的には、否定科学の考え方である

 

 からだには何兆もの細胞があるが、その中で、何億もの似た細胞を無視して、数十、数百、数千程度の病原菌に着目して、「これがからだを支配している」と言うのである そもそも、「感染症」自體が、そういう「病原菌」などという、細胞の数よりも少ない、支配者として、病気などと言って君臨させるのだが、ヒエラルキーは人間や動物、食物連鎖のものであって、細胞同士の関係には当てはまらない そもそも、同じ生物の中で、「支配している」だとか、「支配していない」だとか、そういう主張自體、どうでもいいではないか?

 

…しかしながら、精神病の場合はそうも言えない 精神病は事実、人間を支配するからだ 結局、肉體の病気というのは、医者が患者を支配する為の、ちょっと高等な知的障害の基準に過ぎないのだ その知的障害に対抗する為に、知的な免疫があるのである そもそも、肉體病というものは、もうちょっと知的障害を病的にからだ中に広げて行ったものであり、知的障害からの「暗示」や感覚推虚の機能によって、あたかもからだに病気があるように見えるだけなのである …そして、実際に、人はそれでも死ぬ

 

 疑うのをやめて、思考を停止する事、これは一種の知的障害である つまる所、肉體病の原因というのは、この知的障害から来るものなのだ そして、この知的障害を治すものが、知的な免疫、疑って考える心がけなのである

 

(ちなみに、その知的な免疫を持たない知的障害者に合わせた「平等の世界」がこの酷く醜い、犯罪と紛争と差別と否定のこの世界なのだよ)

 

※卑信…~である危険性をおそれて信じる事 ここでは「「病原菌」が存在している危険性をおそれて信じる事」 他にも、ユダヤ人の「「絶対神」が存在している危険性をおそれて信じる事」・野蛮人の「「神の祟り」が存在している危険性をおそれて信じる事」など

現実世界の正反対から見たものが、常悪世界、病質の世界であり、発狂の世界でもある

佳(よ)い(美しい)思想と醜い思想

 

佳い思いと醜い思い

 

佳い人間と醜い人間

 

 

 

※「醜い人間」は自己正当化の道具に「醜い思想」を使い、病的 だから、醜い

 

 

 

 佳い人間は世界の理性をバックグラウンドとし、醜い人間は個人の病気をバックグラウンドとする

 

 佳い人間が醜い人間に攻撃される事がある

 

…そのまま、醜い人間は佳い人間を『迷信』(知識になく迷い果てる事)の状態に落とし入れようとする

 

 その時こそ、佳い人間と醜い人間の二元の出番である

 

…佳い思想家として、アリストテレス・ニーチェ・エピクテトス・ブッダ・老子、荘子・龍樹などの仏教学者・リシ、カビというヒンドゥー教の聖者・プロティノス・アヴィセンナなどのイスラム哲学者・ジハードのムハンマド

 

…醜い思想家として、アウグスティヌス、ルター、カルヴァンなどのキリスト神学・ソクラテス・プラトンなどのヨーロッパの哲学・最後の審判などのユダヤ神学・ラッセル、福沢諭吉などの生半可な思想家・マルクス、レーニン、毛沢東などの社会主義者

 

…解釈によって、意見を分ける思想家として、『福音書』のイエス・孔子・朱子・アメリカ心理学者・『律法書』のモーセ・『エノク書』のエノク

 

 一番、解釈が難しいのが、『福音書』のイエス・『エノク書』のエノク、『福音書』のイエスはニーチェが解釈している 『エノク書』と『エノク書2』で作者が違うのか、『エノク書』では、幻想的(ファンタジック)な背信や罪を責める描写もあれば、『エノク書2』では、「全ての遅れは罪だからである」(物事はやれる内にやるべきであって、ただやらないは現実的にあり得ない)とやたらと現実的な事も言っている

 うらみ・嫉妬・怠惰・同情などがキリスト教徒の主要な感情であり、それらは戦争が必要とされる危険感情である

 

 統合失調症の「多動」・「作話」・「妄想」・「錯覚」(カプグラ症候群=善悪病)・「ビジョン幻覚」・確信される「幻聴」の声・それに同じ仲間の「デカダンス」・自分の吐いた「嘘」・「啓示作話」の世俗的虚妄・それと”愛”と呼ばれる「寄生錯覚」のおおよそ十種の病質によって、キリスト教徒は動かされる

…動いているのは彼らなのに、自主的な判断では彼らはほとんど動かないのである

 

キリスト教は「三枚舌外交」のイギリス・「ウクライナ侵攻」のロシア・「ニャルラトテップの屁(=核)の最大の保有国」にて「戦争狂」にて「統合失調症」のアメリカのおおよそ三国、キリスト教に最も近いユダヤ教は「迫害と虐待」のイスラエルの一国、キリスト教に近い思想を持つ社会主義は、主に存在感のある国で、「言論弾圧」のロシア、「妄想狂」のチャイナ、「ロケット団」の北朝鮮のおおよそ三国、今の世界で、注意すべき国はこの七国

統合失調症を作る五つの感覚の感覚過敏症

 

 たとえば、知覚過敏(ザラザラしたものを触ると安心するが、わら半紙のようなものを触ると気持ち悪い)

発音過敏(空耳など)、

性視覚過敏(おっぱいコンプレックス(大きいおっぱいに肯定的に反応したり、否定的に反応したりする)などの性癖)

鼻覚過敏(幼い時分、鼻をかみすぎると、中耳炎になるなどと言われたので、慎重にかんでいる)

舌覚過敏(幼い時分、「舌をかみちぎる」というような話をされて、心密かにおそれた)

 

など、触覚・聴覚・視覚・嗅覚・味覚の感覚過敏から、視覚過敏であるおっぱいコンプレックスなどが大人になって、自己精神化すると、肉體側である五感覚の感覚過敏の少しずつがともに精神化して、統合失調症を発症する

 

 

 

 キリスト教徒は『新約聖書』の記述からのおっぱいコンプレックスなので、統合失調症を発症しやすい が、実は性視覚が過敏にならない人間も少しいる

 

…実際の所、日本人もおっぱいコンプレックスの傾向は多少なりとある だから、広義的な意味では、日本人にも統合失調症は多いのである ただ、問題にならない程、軽度の人(一般人)、病気が進みやすい中度の人(※病者)、重度の人(患者)で分かれ、主に、精神系クリニックに通っている人は重度である なお、重度がもっとも少なく、統合失調症で人口の1%と言われる 中度、軽度に行くに従って、倍倍では抑えられない程多くなる

 

※病者…放置された統合失調症の病人、たとえば、アメリカの大統領のドナルド・トランプや日本の中堅会社の社長、大竹隆弘(以前に批判した人物だ)などのビジョンを抱きやすい人間は統合失調症から「ビジョン幻覚」を得ている

 病者が、ちゃんと薬もらって治療している患者よりも、偉いわけないだろ この前、言っていた病児教徒がこの病者というわけ

 日本の病児教徒が日本の本流の病者、『日月神示』系の日本でのキリスト教的常識人が亜流の病者、アメリカのキリスト教的常識人がアメリカの本流の病者、アメリカの病児教徒が亜流の病者 日本とアメリカで、亜流か?亜流じゃないか?が反転している

 事実をちゃんと知る事が知的な免疫に繋がり、その事実とは、「病気とは、卑信(おどされて信じる・おそれて信じる)する事によって、「病気」というウソを信じてしまう事である

 たとえば、医学は医学という科学そのものの思考をおそれて信じる事によって、「病気」を信じるに至る事なのだ

 病気と言えば、科学以外にも、キリスト教やユダヤ教、仏教にもあるし、『日月神示』系の神道(大本教、金光教、黒住教なども)にもあるのである

 科学の中にも、正性(正す性)を前提としない「地球温暖化論」や「プレート論」も病気である

 たとえば、二性(相対性、「存在」・「存在の対価」の相対性など)を持っていないUMAや宇宙人を信じているオカルトも病気と言える

 

…故に、これらがウソと言えるならば、それらを不信する事が出来、それで病気にはかからないのである」である

 

 ちなみに、知的な免疫では間に合わなければ、この事実から練り出した脱性(狂薬)を使う

 

…それで、支障はないはずである

「病気」は大いなる錯覚であり、免疫はこころである

知的な免疫 批判への反論

 

 

 

認知の閉鎖性と「エコーチェンバー」の強化

 

・知的な免疫を過剰に働かせると、自分にとって不都合な情報や異なる意見をすべて「有害なウイルス」とみなして排除するようになります

 

「認知の閉鎖性と「エコーチェンバー」の強化」への反論・提示

 

まず、どれをスタート地点にするのかと言うと、科学(肯定科学)と言う所、それから知的な免疫を働かせるのは、否定科学(科学的に可能性の低いものを疑い込まない事で、他の可能性の高いものを挙げられない為に、なぜか、可能性の低いものを一方的に正しいと主張する科学/または、科学の「可能性」の否定)に限る

 

 例を挙げると、偏見・差別に該当するもの・「地球温暖化」・「感染症」・「精神病」・「性分化疾患」・「プレート」・「自由意志」など

 


 
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