No.1188625

【哲学シリーズ18】「多様性」は破潰されました、皆様

eye-elさん

「多様性社会」の破潰

2026-06-13 09:01:42 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:60   閲覧ユーザー数:60

 「多様性社会」の「セクハラ」・「パワハラ」はこのように破潰する

 

 感想世界で言われている「セクハラ」

 ただの文字列の一部でしかない「セクハラ」

 

 「セクハラ」とはある視点から始まる

 

 「”性的な嫌がらせを受けたと女性側が思う事”」

 

 その”女性側”は、ただの文字列に、自分の體験を投影する、これが「セクハラ」である

 

 その「セクハラ」とは、弱さの権力を表す記号と人間社会では位置づけられている

 

…実は、女性の魅力とされる「巨乳」や「くびれ」は強さの権力であり、むしろ、尊敬されるようなものである 「セクハラ」とは、弱さの権力、強さの権力である女性の魅力とも反対の、「堕落力」というものであり、こう言った「多様性社会」では、「太っている」・「拒食的」・「顔が醜い」・「アンバランス」(豊胸的・整形的・からだが傾いているなど これと正反対のものが、バランスの取れた「巨乳美人」という概念)などと言った堕落力も、他方で「威圧感がある」・「(当の男は「ガリガリ」などとは指摘出来ない為、)逆に男の仕事をする」・「顔がこわい」・「(いくらおかしいと思っても言えないので)ギャップのある魅力(と状況的に強要される)」などの弱さの権力になってしまう(四番目などは、民主主義の基本である「こころは自由」にも反する) それで指摘すれば、「セクハラ」と言うわけである

 

(私がおそれるのは、精神障害者がこう言う権力を持ってしまうケースである 普通に考えて、精神障害者はつとめて、気を付けている人を除き、態度やからだ付き、行動や言動などがおかしいからである)

 

……こうした堕落力(非魅力)が権力となってしまうと、魅力を素直に認められて、堕落力は堕落力でしかないと思える”正常な人間”を殺す事になる しかし、堕落力は堕落力でしかないのだと、私は言っておく …はっきり言おう、堕落力は視覚的に、あるいは、聴覚的に害悪でしかない 堕落力は人間として害悪なのである したがって、それを助長する「セクハラ」という概念も人間には害悪なのだ

 

 「セクハラ」とは、まさに、こう言った堕落力である

 

…また、この堕落力に当てはめると、「肌が白い」・「女性が若い内に結婚して子供を産んでいない」などと言うのも堕落力(非魅力)が魅力に見せかけられたものの一つに過ぎないのだ …少し考えると、こう言う世の中で価値あるものとされているような消極的なものは堕落力だという事は分かる

 

 「パワハラ」なども同じように破潰出来る

 さらに、追加すると、「多様性社会」とは「差別との闘い」、すなわち、「行為との闘い」であって、没人間的に過ぎない

 

…「行為しない」、さらに「言論しない」無抵抗の存在が「多様性」などという逃げ道を用意し、「逆抵抗」などという非生物的な、根本的な人間の本能に逆らう事に走るのである

 

 彼らは非生物であって、生物なのだが、人間の中の本能、唯一の主體物(しゅたいぶつ)に逆らうのである それを各関係者は「多様性」などと呼んでいる

 彼らの言う「多様性」および、「多様性社会」は反主體物なのである

 「多様性」は破潰されました、皆様

 「多様性」・「多様性社会」とは、堕落力が魅力と同じように認められる事を強制する事 いわば、‐の魅力を+の魅力と一緒くたにする事である つまり、容姿の押し付けなのだよ 言ってみれば、それは「悪口をほめ言葉として扱え」のような反対価値観の押し付けでしかない

 

…それと、意志とニセモノの意志を一緒くたにする事も現代社会ではされやすい いわば、ニセモノの意志にとって、他人である意志がどうなろうと知った事ではなく、その事を「デカダンス」と呼ぶ これは、のぞかれる、とりつかれるなどの現象を表す


 
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