No.1181828

【哲学シリーズ6】因子哲学により、民主主義(ルソーの「自由と平等」)・多様性社会(ダイバーシティー)は破潰されました、皆様

eye-elさん

現代思想に流れている民主主義の破潰

2026-02-05 10:35:14 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:37   閲覧ユーザー数:37

 私たち、自由性を持つ大人な人たちから、見てみれば、

「自由性は特別であり、社会階級に含まれる人は生まれながらに特別な権利を持っており、平等ではない」

、これが当然である

 

 ルソーは「自由」を掲げている以上は、本当の自由性と言うものを無視出来ないはずなのだが、本当の自由性を持つ大人な人に意見を求めていない事から、ルソーの「自由」は偽物である事が分かり、破潰される

…これだけでも、ルソーの「自由と平等」の両立はしているのである

 

 ルソーは「自由」を知っていると言われながら、本当の自由性を知らない恥ずかしい人、民主主義者(考えて、選挙に投票に行っているような人たち)は全てそうである

 

…また、本当の自由性を知っている人と知らない人とで、差が生まれる

 ルソーの「平等」は破潰される

因子説の展開

 

「人間は生まれながらに自由で平等だが、社会によって不平等になった」とルソーは言う

 

…そう、社会と言うものは不平等を前提する と言うのも、何を行うにしても、何を言うにしても、社会と言うものの人間の中には因子と言うものがある

 

 因子は不平等である なぜなら、人間因子から派生する各因子は人間によって発生させられる環境が違うからである

 

 人間はまず、三階級の無・狂気因子と階級外の狂気因子で分かれる 狂気因子にのまれているような人間は当然ながら、最下層と言うわけである そして、隠れた病気も存在する

 

 三階級の下層民にあるのが暴言因子(普通)である 上二階級にはこれがない

 

 上二階級の内、中産階級は主張因子(人間)がある 一番上の上流階級は「縛りの因子」と言うものがない 生まれながらに特別、ほんとうの自由と言うわけである ここでは、自由精神と呼んでおこう

 

…この自由精神に敵する者がルソーと民主主義者たちと言うわけである 自由に敵する自由、それは「不自由」と言うものである

 ・・・

 仮に、ルソーはこの不自由を自由と呼んでいると言うわけである では、ルソーとは実は不正の人なのである

…「不自由」を「自由」、「自由」を「不自由」と呼んでいるルソーは欺化(ウソ)の人だったのである

…また、人間の内部の因子に定められた「正(不平等)」を「不正」と呼び、「不正(平等)」を「正」と呼んだ事も欺化(ウソ)と言わざるを得ない

 

 民主主義を作ったルソーとは、このように、欺化(ウソ)つきだったのだ

 

 このように人間と言うものは「平等」ではない

 

 上流階級が自由なのであって、人間になくてはならない人間因子・前提因子・行動因子・言動因子によって人間は不平等に定められているのだ

 

 

 

 民主主義国家にて、民主主義を管理社会的に発展させたのが、多様性社会(ダイバーシティー)なので、民主主義を破潰すれば、当然、これも破潰される(アメリカのリベラル派の立場は崩壊する)

 

 

 

…よって、ルソーの言う「自然状態」などと言うものは存在しない

 民主主義(ルソーの「自由と平等」)は破潰されました、皆様

 

 ルソーの「自由と平等」を破潰する事から、本当の自由性をアイイルが持っている事が証明される

 

…つまり、民主主義者などと言うものは存在すらしない


 
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