私たち、自由性を持つ大人な人たちから、見てみれば、
「自由性は特別であり、社会階級に含まれる人は生まれながらに特別な権利を持っており、平等ではない」
、これが当然である
ルソーは「自由」を掲げている以上は、本当の自由性と言うものを無視出来ないはずなのだが、本当の自由性を持つ大人な人に意見を求めていない事から、ルソーの「自由」は偽物である事が分かり、破潰される
…これだけでも、ルソーの「自由と平等」の両立はしているのである
ルソーは「自由」を知っていると言われながら、本当の自由性を知らない恥ずかしい人、民主主義者(考えて、選挙に投票に行っているような人たち)は全てそうである
…また、本当の自由性を知っている人と知らない人とで、差が生まれる
ルソーの「平等」は破潰される
因子説の展開
「人間は生まれながらに自由で平等だが、社会によって不平等になった」とルソーは言う
…そう、社会と言うものは不平等を前提する と言うのも、何を行うにしても、何を言うにしても、社会と言うものの人間の中には因子と言うものがある
因子は平等ではない なぜなら、人間因子から派生する各因子は人間によって発生させられる環境が違うからである
人間はまず、前提因子の中の三階級の無・狂気因子と階級外の狂気因子で分かれる 狂気因子にのまれているような人間は当然ながら、最下層と言うわけである そして、隠れた病気も存在する
三階級の下層民にあるのが前提因子の中の暴言因子(普通)である 上二階級にはこれがない
上二階級の内、中産階級は前提因子の中の主張因子(人間)がある 一番上の上流階級は「縛りの因子」と言うものがない 生まれながらに特別、ほんとうの自由と言うわけである ここでは、自由精神と呼んでおこう
…この自由精神に敵する者がルソーと民主主義者たちと言うわけである 自由に敵する自由、それは「不自由」と言うものである
・・・
仮に、ルソーはこの不自由を自由と呼んでいると言うわけである では、ルソーとは実は不正の人なのである
…「不自由」を「自由」、「自由」を「不自由」と呼んでいるルソーは欺化(ウソ)の人だったのである
…また、人間の内部の前提因子に定められた「正(不平等)」を「不正」と呼び、前提因子にしたがわない「不正(平等)」を「正」と呼んだ事も欺化(ウソ)と言わざるを得ない
民主主義を作ったルソーとは、このように、欺化(ウソ)つきだったのだ
このように人間と言うものは「平等」ではない
上流階級が自由なのであって、人間になくてはならない人間因子・前提因子・行動因子・言動因子によって人間は不平等に定められているのだ
民主主義国家にて、民主主義を管理社会的に発展させたのが、多様性社会(ダイバーシティー)なので、民主主義を破潰すれば、当然、これも破潰される(アメリカのリベラル派の立場は崩壊する)
…よって、ルソーの言う「自然状態」などと言うものは存在しない
また、「意(こころ)は自由」とルソーは言う
…しかし、狂気因子を持つ最下層民がどう自由だと言うのか?
暴言因子を持つ、下層民は暴言に囚われ、主張因子を持つ、中産階級は主張に囚われる もう一度聞こう 上流階級以外の誰が自由だと言うのかね? しかも、この上流階級も美しさや遊びに心を砕く事もある それでも、だからこその、自由精神だと言うのだ
ベクトルの自由=ベクトルの不自由
意(こころ)は全くの自由だと、かえって何をしていいのか? 分からなくなる
…「一般意志」は飽くまで、ルソーが言っているだけの事であって、全ての人に知識として共有されているわけではない
「主権」を定めているのは飽くまでルソーであって、「主権」がどうこうと言う話はルソーが独善で決めている
「理想」(とする)とは、自分そのものや思い出の否定に他ならず、人間に取って害悪である
自由について
ルソーはいかにもな「自己規律」だな?
腹の底から自分に従う、その自分は別の高貴な誰かに従う、これ以上の規律があるのか?
「他者の支配を受けず、公共の利益を基に自分で決めたルールに従うことが真の自由であるとし、」
…さも公善と言いたげだが、果たして、公善の主であるクリスティー・スカーレットの支配から出られているのかな?
「公善」とのたまう輩は最下層民として、社会の底面をはい回るが良いわ それが唯一の公善の主の支配である 彼らは「理性」と言う寄生虫であって、しかも、それは正気(せいき・しょうき)の役割を全う出来ない、「狂性」でしかない 「狂性」の出す答えは狂っている …当然の事ながら ルソーもまた、「狂性」に従った ただそれだけの事であって、それ以上の事ではない
平等について
理性的な考えの発達が、征服的な自由を促し、三階級が生まれた 知性的な要求の為に、征服的な自由が第一階級に、第一主(神=ロヴェイン・スカーレット)・第二主(冥=トロニティー・スカーレット)・第三主(主=クリスティー・スカーレット)の下の、第一階級の多様性を認めた 第一位(=神下)・創造、第二位(=冥下)・批判、第三位(=主下)・公善(言語化と知性化と物理化)のそれぞれの第一階級である 三階級と全五位が生まれた 最下層民と違って、労働者階級は言語化する、労働者階級と異なり、少なくとも第三位は知性化する
ルソー、ダメだ、こいつ
自律性とは言うが、因子性(行動性・言動性・本分性)は?
「他人に支配されていない状態(=自由)」と言っても、客観者である因子理性(因子のあるないから、行動・言動・本分を定める理性)には支配されるのだよ
ルソーの中の「自由鉄鎖」
ルソーは自分の内部ででさえ、完全に矛盾している そんな奴の言う事なんて聞けるか
民主主義(ルソーの「自由と平等」)は破潰されました、皆様
ルソーの「自由と平等」を破潰する事から、本当の自由性をアイイルが持っている事が証明される
…つまり、自由主義者などと言うものは存在すらしない
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現代思想に流れている民主主義の破潰