No.1181659

【変態論議シリーズ5】アンチ・スチルド まとめ

eye-elさん

今までのまとめ

2026-02-02 17:06:03 投稿 / 全27ページ    総閲覧数:149   閲覧ユーザー数:149

 最近、多重人格が流行っているらしい

 

 「世界は病気である」の人格、

デカダンス症候群の人格、

「アンチ・スチルド」で書かれるような病児教の人格(自閉スペクトラム症(ASD))、

『アンチ・クリスト』で書かれるようなキリスト教の人格(統合失調症)、

主人格、

S・C(キリスト教の本能(寄生虫))の人格、

 

…などである

 

 

 

 他にも近い宗教や知識、病気の人格はそれぞれあるだろうが、主たるものはそれらである

 

※注:多重人格と言っても、それぞれに記憶がある、ものすごく病的なもの、ではない程度の多重人格から、それぞれに記憶があって主人格を圧迫する、ものすごく病的なもの、の多重人格まである

 

 S・Cと言う人格は、他の人格を取り込む人格であり、多くの犯罪者の場合、犯罪者そのものの人格であり、多重人格が発見されないのである(その為、犯罪者は偽装者であって、そもそも人間ではなく、人類の寄生虫である)

 

…そして、そのトリガーが見方他の妄想的人間、つまり、病児教の神々の命令である

 

 人をその神々から引きはがすのが、アンチ・クリスト教(アンチ・スチルド教)のお仕事である

 

 

 

……また、多重人格の中でも、内部の人格が体の外部の他人に行くまでに病的な状態、これをデカダンス症候群と言っている

 日常的に、いきなり叫んだりしている家庭や個人はこのデカダンス症候群などである

 「常識的」と自分を思いながら、「常識」から離れて考えるのが、「常識人」なのである

 

 

 

…たとえば、ブラジャーをするのは何の為?

 

と言う事を「常識的」、つまり、普通に考えると、

 

「自分の身を守る為」と言うのが「常識」、普通の事なのに、彼らに取っては

 

「「変態」は「悪」だから、我々の目を汚(けが)そうとするから」となる

 

…これのどこが「常識的」なのか??

 

 

 

 「常識人」こそ、「常識的」でなく、彼らが思う「変態」は何故なのか、普通の人に取って、「常識的」なのである

 

…むしろ、彼らが言ったり思ったりする「変態」は「常識人」、普通の人なので、反対に彼らは「常識」、普通の事から外れるのだ

 

 

 

……何の事はない、彼ら自身を表す記号の「常識人」も、彼らの敵を表す記号の「変態」も大嘘と言うだけの話なのだ

「常識人」自身の言う「善」=「邪悪」

 

「常識人」の言う「悪」=「理想」

 

 

 

「悪」の中の「変態」にしても、女性の「理想」・オカマの「理想」

 

 

 

 実は「常識人」と言うのは、自分自身の言う「善」、「~出来る」と言う、自慢とも取れる嘘の内容ではなく、

…「邪悪」、「俺、こんな嘘つけるんだぜ? お前には出来ないだろ~(男の場合)」と言う、嘘そのものを誇っている

 

……いや、「常識人」は低俗なだけだから… 真似しようとは思わない

 

 つまり、「常識人」は「常識的」すなわち、犯罪的サディズムの「邪悪」と人を不快にさせる「邪悪」を「長所」と思っている 奴らに言わせれば、それが「善」なのだ

 

……いや、「常識人」の”それ”はただ、「邪悪」なだけなのである

…と言うわけで、「変態」の寛容で大人びた態度は善(トーレ)で、

 

「常識人」の不寛容で子供じみた態度は悪(イントーレ)なのである

 自分は何も支払わないのに、相手にだけ代償を求める、それが最低の人間、病児教徒と言うもの

 

…その求める代償と言うのが世界幻覚と言う奴らの世界利得なのだ

「常識人」が日本人の総意として跋扈(ばっこ)する理由

 

 

 

・警察は「常識人」の暴言を取り締まれない

 

 警察は「常識」と言う言葉に弱い

 

・「「常識人」の言う事は絶対正しい」と「常識人」は言う

 

 事実と異なる部分は世界幻覚(「常識人」に通された主張)でどうにかする「常識人」

 

・「常識人」はそれよりも多数の人々の心の中で主張し(世界幻覚を広め)、それをタダで通してしまう

 

 「常識人」は病的な状態(多重人格障害)が、デカダンス症候群の「意識の内発」と言う症状に繋がる事を本能で知っていて、利用している

 

・日本では「常識」以外の宗教の主張が弱い

 

 神道、仏教(寛容だが、あまり主張の激しくない)と、少数派であるキリスト教、イスラム教、アンチ・クリスト教など

 

・「常識人」の精神性は社会のクズである

 

 「常識人」は最下層民がこれらの自分たちの主張を利用して一般人並かそれ以上の発言力を持ったに過ぎない

 

・「常識人」は彼らの言う「変態」や「キチガイ」を目の敵にする

 

 「常識人」のデカダンス症候群では、「キチガイ」、特に「変態」は「意志が固い人」を表す為に、思い通りにならないから

 S・C(病児教・キリスト教の本能の寄生虫)の頭の中はこうだ

 

…常に自分を信仰していて、自分に都合のいい事が起こり、自分に都合の悪い事は起こらないと言う、自分への信仰を持っている

 

 その頭で、キリストを信仰せよとか、真理を信仰せよとか、言わせる、その神経を疑う

 

……結局、S・Cはアンチ・クリストと同じく、自分の事を信仰している それが信仰の正しい使い道だからだ

 

 違うのは、S・Cは識逆寄生生物で、人類に取って害悪と言う事か、

…S・Cとは自分への愛も自分への信仰も盗る生物だと言う事だ

 

 

 

……そして、信者には、自分への愛、自分への信仰を盗って、物や無信仰のようにした他者を幻覚として、物や無信仰者らしく見せる

 こうやって神としても神々としても信仰を勝ち得ているのだ

 

…要するに、自分の内側(外側)での事を宿主である信者に見せて、自己顕示欲を満たしているのであろう

 「常識人」的現実観に気を付けなさい

 

 「常識人」の病児教の腐敗に気を付けなさい

…周りのものを腐らせるから

 「常識人」は人に対して臆病なので、自分の世界に他人を含み込もうとする

 

…ところが、彼らの言う「変態」や「キチガイ」はそれを存在そのものとして拒絶するのである(一方は自由性によって、もう一方は「常識人」と同じ、常悪(イン・トーレ)によって)

 

 存在として、両サイドは相容れないにも関わらず、「常識人」は一方的に、「変態」や「キチガイ」を「邪悪」として断罪するのである

 「悪」を定めるモノは実は、そのモノ自体が「邪悪」なのである(キリスト教徒・病児教徒) …そして、「邪悪」と今、自然の手が定めたモノを「邪悪」と言える人こそ、「理想」(アンチ・スチルド)になる(キリスト教徒・病児教徒に対する私である)

…アンチ・スチルドとはアンチ・クリストも含んでいるのである

 

 精神衛生上の問題(ニーチェが取り上げなかった精神混濁=他者との境界線が犯される、の問題)が反映されている

 

 「理想」が良いものとされているのは、自分の悪い思い出を否定してくれるからで、「理想にする」と言うのは、自分そのものを否定する事になるので、また別である

 人が思い出に浸るのは、それが苦痛を介したものであって、その苦痛の悪い思い出を否定すれば良い思い出も消える

 

…それで、現在の自分に向き合えるからこそ、「理想」は必要とされるのだ

「良識人」(内部監視家)

 

 人類を病的なやり方で仲間にするのが、彼らの目的である

 

 彼らの身に付けているものは盗んだもの、盗んだものによって手に入れたものである

 彼らはスーパーエゴやエゴ(正気・自覚)を盗む

 

…一見して、非がないように見えるが、病気の全てが「良識人」とそれに類する者によって起こされている

 

 彼らは病児教徒である

 

 

 

 「良識人」はある種の僧侶である

 さらに、僧侶をカテゴリー分けすると、偽装者、…警察・軍人・政権者などの※「真装者」と対極の、怪しげなカルトの教祖・犯罪者(詐欺師・盗人・殺人者・強姦者・スパイ)・僧侶・無政府主義者(病児教徒、『日月神示』教徒など)・平和主義者・社会主義者などは全て、「偽装者」の大カテゴリーである その中の一つが僧侶だ

 

※「真装者」…今はさげすまれてはいるが、おっぱい男子や男装の麗人、ニーチェなどの生真面目な学者、白シスター女子などはどちらかと言えば、真装者なのだ

 

 こう言う偽装者から病気が出て来る

 

 実際、新型コロナはチャイナの社会主義者から、

エイズ(HIV)やインフルエンザはアメリカのキリスト教の僧侶から、出たのである(エイズ(HIV)がアメリカのプロテスタントの牧師から出ている事から、牧師は見境なく、信者の女と〇ックスしているらしい…… キリスト教は腐っている)

 病児教徒の一番てっぺんに最下層民ではあるが、下層民と見分けが付かない「嘲弄者(ちょうろうしゃ)」がいて、私と言う人間を嘲(あざけ)るのである

(内部批判家)

 

…私と言う人間はまさに、病児教徒を見分ける識別子として働くらしい

マルクス主義(社会主義)の唯物論より病児教の「神我意識」は下等

 

 意識と言う媒介を盗んで集めて使うと言う神我意識は、実はマルクス主義の唯物論よりも下等である

 

…天候を左右すると豪語する病児教徒だが、天候を左右すると言う事の基準が「地球温暖化」であるが、…たとえば、もう二月にも関わらず、大雪が降って豪雪地帯でも「積もった」と言える程に東京でも降ったと言うなら、「地球温暖化」の「異常気象」だろう

 

……実際にあった事だが、去年(2025年)九月に猛暑が続いた事は「地球温暖化」の例として示されている

 

 ならば、毎年毎年それが続くなら、「地球温暖化」と認めざるを得ない

 

…ただ、彼らの集めた意識力が湯水のように、猛暑に使われたと言うような事を移熱学の「地球温暖化」の項で書いた

 

 果たして毎年、「地球温暖化」が続くか? いや、続かないと断言出来る 理由は雪を積もらせる事に病児教徒どもが失敗した事である 意識力を九月の猛暑の時に多分に使ってしまったのだろう

 

 マルクス主義(社会主義)は国を左右するが、病児教は国を左右出来ないので、マルクス主義より病児教は下等なのである

自分自身への怠惰が病児教の本質である

 

・たとえば、母親である事への怠惰

・たとえば、善き社長(社長として善い)である事への怠惰

・たとえば、自分の肉体への怠惰

・たとえば、自分で自分を動かす事への怠惰

 放縦と怠惰と着服と高慢と不遜と自己中心的考えと差別主義と復讐と絶望と根暗教徒と変態教徒と馬鹿教徒と嘘つき(病気)教徒とストーカーとのぞき魔と軽蔑家と犯罪的幻覚と犯罪的サディズムと「道徳的な思考」と世界幻覚(錯覚界)と非形式的因子とが、

病児教の「二十一邪悪」である

 皆様は「ネトウヨ」と言う言葉を聞いた事がおありだろうか?

 

 

 

 「ネトウヨ」と言う人たちがいて、その人たちは間違った事を言っている、と言うのが一般的な見解だ、と思う

 

 しかしながら、何かを「悪」と決め付ける事は、その「悪」を〇してしまえばいい、と言う発想に繋がり、それは病児教、「常識人」の「悪的なものへの殺意」になってしまう

 

 

 

…つまり、間違った事も言っているが、正しい事も言っている、と言うのが正しい認識である ……普通は、厳選しない情報ではそうなるのだよ?

 

 正しい意味での「良識人」からことごとく、さげすまれている社会主義者でさえ、全く間違っているわけではないのだ

 マルクス哲学も、経済学を正しく捉えれば、経済の未来が見えて来て、いくつか繋がる所もあるのだ、と言う事を知っておいて欲しいのである

…そうすれば、「ネトウヨ」が正しい事も言っている、と言うのも納得できる、物分かりの良い人もいるだろう

 

 

 

 「ネトウヨ」の言う、正しい事とは、

「従軍慰安婦」とは「軍の売春婦」の意味で歴史的事実であり、実在しなかった、と言うわけではない

 

…ただ、飽くまで、強制される立場ではなく、そう言う職業として認められ、ちゃんと賃金を軍が支払って雇われていたのである、と言う事

 

……普通に考えて、規律を重んじる軍隊において、軍隊的秩序を乱す「誘拐」のような事はそもそも出来なかったわけだ

「常識」から見て「常識人」は奴隷的

 

 一概な善も一概な悪もない

…あると思えるのは、ひとえに高慢だからである

 トーレイントーレも同じで、(…全ては)トーレ(善・寛容)でありながらイントーレ(悪・不寛容)でもある

 

 

 

 繰り返すが、一概な善もなく、一概な悪もない

 

…と言う事は善は「悪」であり、悪は「善」であると言う事も言える(これはデカダンス)

 

 キリスト教徒や病児教徒は、まさにこの考え方を元にして自分たちの善悪二元論を作り上げた

 

 

 

…つまり、こうだ 現代の対立にこれを置き換えると…

 

 「善」化された悪である「常識人」の「悪」化された善は「変態」である

…これを普通に考えたら、悪=「常識人」、善=「変態」なのだ

 

……言って見れば、善なる「変態」・悪なる「常識人」である

 

 善にも悪い面はあるし、悪にも善い面はあるとしても、上の通りなのである

 

 

 

 キリスト教に関しても同じような辿り方が出来る

 

…ニーチェに言わせれば、善なる「悪人」は”良い”、悪なる「善人」は”わるい”である

 

……同じように善なる「変態」は自由的で、悪なる「常識人」は奴隷的なのである

アンチ・スチルド

 

 「常識的な幻覚」を見るのは人間が上手く行っている時

 

…そのゆえに、理性(キリスト教の本能=寄生虫S・C)はその場で人間を転倒させて、良い目を見せない為、「常識的な幻覚」を見せて、現実だと思わせようとする

 

……と言うのも、奴は気に入らない者を追い落とし、自分の気に入った者だけ成功させようとする高慢で不遜な支配者の寄生虫でしかないのだ

 

 

 

 「神」か? いや、こんなものは「神」ではない

まとめ

 

 「常識人」は「常識」の奴隷である

 

 生まれながらの奴隷である「常識人」はどうしようもない性格を持っている(根暗教徒・変態教徒・馬鹿教徒・嘘吐き教徒・逆変態・のぞき魔・ストーカー・軽蔑家・危険な病者(放置された病人)・犯罪者、主に十個)

 

 彼らは「常識」「人」ですらなく、同じ「常識」の奴隷である、中立的な「常識人」の寄生虫なのだ

…また、彼らは真っ当な理性を持っていない

 だからこそ、十個もの性格を持っていても、「常識人」と名乗れるのである

 

 彼らは人の事を「根暗」「変態」(犯罪者)「馬鹿」「嘘吐き」「キチガイ」扱いするが、何の事はない、彼ら自身が根暗教徒・変態教徒(または犯罪者)・馬鹿教徒・嘘吐き教徒(もしくは「キチガイ」)であるに過ぎないので、彼らの真っ当でない理性が「根暗」「変態」(犯罪者)「馬鹿」「嘘吐き」「キチガイ」の事を良ーく理解していて、それらである自分と正反対の人間にこれらを押し付けて、自分はそうではないと示そうとしているのだ

 

…しかし、彼らが他人にそれらの「美名」を押し付けても、美名と言うのは、「常識人」と言う名前から分かる通り、彼らは「人間」を名乗っている、それで、反対側の人間をある種の神と化すのである そして、それらの言葉尻の神々を味方に付けて、改めて、「人間」をその神々の名で呼んで、しかも、それらは一方的に悪しき神の名であって、言う事を聞かない人間をこうして、自分たちの偶像崇拝に取り入れ、自分たちの神話とするのである これが「常識人」の頭の中で行われている事である 要するに、反対側の人間は一方的に「悪しき神々」だが、自分たちは、一方的に「善い人間」と言っているのである

 

 それで、それらの「美名」を押し付けても、押し付けた方の価値が変わる事はない 彼らは相変わらず、根暗教徒・変態教徒(または犯罪者)・馬鹿教徒・嘘吐き教徒(もしくは「キチガイ」)でしかないのである

 根暗教徒は「根暗」、

変態教徒は「変態」、

馬鹿教徒は「馬鹿」、

嘘吐き教徒は「嘘吐き」

 

…であるのは当然だろう

 レハブアム的(レハブアムは神を「都合の良い権力の道具」と考えて、その啓示を自分勝手に変える事を命令した)、シュタイナー的(自己中心的・差別主義的・アンチキリストを想起させる人物像的)「常識人」(ユダヤ人・キリスト教徒・病児教徒)の言語性は反転している

 

…たとえば、「巨乳」と言う「常識的」な男の言葉は、「乳」とは、どちらかと言えば、「乳首」の事であり、また、「妊娠しておっぱいの出るようになった乳房」(これの意味ではない事だけは確かである)の意味もある 「乳房」の「房」がいわゆる「おっぱい」の事である

……つまり、「巨乳」とは、言語的に「乳首が大きい(人)」と言う意味なのだ 彼らの言いたい事と言語性は真逆なのである

 

 キリスト教徒で言うなら、ヘブライ語『聖書』(原典『聖書』)の一節を、ありがたがるのではなく、怪訝(けげん)な様子で読むのは気持ち悪さを覚える程だった

 

…このように、「常識人」は言語的に逆様の状態に存在しており、アンチ・クリストやアンチ・スチルドから見ると、彼らの方がこそ、上下逆様なのである(「常識人」は「常悪(イン・トーレ)」の「寄生虫」となる)

「マッサン」も「常識人」、つまり、「常悪人」の一人である

 

 「マッサン」とか言う朝ドラは金目的、一企業の宣伝で、栄養とは反対のカロリーである「エンプティ―カロリー」を、つまり、アルコールを「常悪人」(「常識人」とは「常悪人」である)が売りさばく為のものであり、大いに腐敗している

「常識人」に取って、信頼出来るもの、出来ないものは同じ

 

 「常識人」の言う「理性」とは、

「常識人」の言う「キチガイ」である

 

「常識人」は信頼出来るものとして、一面的な「理性」を求めた

 

…しかし、その「理性」は二つの面があって、彼らに取って、正反対の「キチガイ」と言う面もあった

 

 要するに、「常識人」のもう一つの面に、「キチガイ」があるのである

 

 

 

「常識」と言う「常識人」の形式(こだわりある創造物)

 

 「常識人」の言う「現実上のもの」とは、

「常識人」と言う多数の廃人が生み出した「幻覚上のもの」である

 

…「フォトショップ」と言う言葉があるだろう?

 気に入ったもの、気に入らないものすべてに何らかの画像加工を「常識人」は加えて行った、結果、幻覚の世界が出来上がった

 

……「常識人」とは、哀しき廃人・哀しき狂人である

 最下層民の中で、一番下の区別である「常識人」に含まれない、さらに下がある

 「派遣社員」である

…「常識人」に道具として利用され、使い捨てられる 何なら、ここでさえ無価値な方がかえって「常識人」より上で良いくらいなのだ

 彼らは仲間すらいない

 最下層民の正真正銘、一番下である

病質

 

 神実には”他人をどうこうしない”のが美徳、顕実には”他人をどうこうして動かす”のが美徳、

 

「何もない所に何かを感じるように仕向ける」のも、顕実であり、幻覚的で、病質なのだ

 

…たとえば、「偏見的な探り」も顕実(理性ともサタンとも言う)がさせているのである

 

 

 

 偏見される方が神実側であり、神質的であり、

偏見する方が顕実側であり、病質的である

 

 

 

…そして、偏見者である「常識人」は「我等正義(がとうせいぎ)(我=正義)」と言う幻覚を見て、「正義」を振りかざすのである

 

 

 「我等正義」をいつも感じつつ、独善、偽善、邪悪、害悪、劣悪である人間を、「常識人」、つまり、常悪人と呼んでいる

 

典型的な犯罪者

 

 ユダヤ人は「汝等冒涜」(汝=冒涜)と言う幻覚を見やすい

 

…犯罪者も似た病質を持っていて、「汝等悪徳」(汝=悪徳)・「汝等不義」(汝=不義)と言う幻覚を見やすい

 

 「常識人」もユダヤ人も犯罪者も同じ幻覚仲間なのである

 

 悪(犯罪)は善(法善)への反感から生まれるのでない

…むしろ、確信された「悪徳」・「不義」への反感からの「嫉妬」・「憤懣(ふんまん)」・「打留心(だるしん)」・「同乗心」より生まれるものである

 

 「悪」を殺そうと指向する事、つまり、「常識的」に考える事から犯罪は生まれるのだ

 

 丸っきりのうらみによる犯罪など存在しない

 

 

 

 結局の所、犯罪者は幻覚を真に受けて、そこから「常識」で考え、その考えからの言動・行動が、自分自身への裏切りにまで達するからこそ、「犯罪」となるのだ

 

…これが、「典型的な犯罪者」である

邪悪、害悪、劣悪の常悪人(「我等正義」の「常識人」)

 

ふたなり(二現性(より攻撃しづらくするなら、二顕性))(男女両性が具わっている事・一現性(左に同じく、一顕性)=男性、女性)、心神性(自分が思う性別=オカマニューハーフ、オナベニューハーフ)、心愛性(ゲイ、レズビアン)の性善人(せいぜんじん・この場合の「善」は「マイノリティー」、「オリジナリティー」のような意味合い)

 いわゆる多様性

 

 多様性の三つの大別である顕性・神性・愛性に当たる全人は、私の言う所の、外部からの攻撃に対する言語武装の恩恵にあずかるようになった

一顕性=男性、女性・二顕性=ふたなり

 

 自分の存在を生きた剣に変えるのだ

 今まで言って来たような病児教徒(「常識人」)を社会が受け入れてしまった事がそもそもの間違いなのである

 社会は、日本の社会は問題自体を抱き込む程ダメになってしまったわけだ

 

…社会に病児教徒が入れる場所を用意する事は日本への裏切りとなる こと、事情を知っている人間は尚更

 病児教徒は社会に取って要らない存在であり、害悪である事を社会全体が知れば、奴らを社会から締め出す流れが出来始める

 

……それまでに『アンチ・スチルド』が人々に読まれる事、最良の道を日本人が取る事を願って、本項を締めくくる


 
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