No.1179615

梵鐘堂(つりがねどう)

新人さん

除夜(大晦日)の鐘は仏教だけれど、仏教発祥のインドには梵鐘の起源と結びつくものがないらしい。国民の90%以上が仏教徒であるタイやカンボジアにも無い。中国で宋の時代に、鬼払いのために月の最終日(晦日)の夜に鐘をついていたことが日本に伝わり、それが大晦日だけに特化して 鎌倉時代から日本中に広く伝わっていったらしい。おそらく、誰かがカッコいいと思い真似をしたのだろう。日本では鐘を突く意味が、鬼払いから煩悩を祓うことへと変化したようだ。煩悩が108つあることに関しては幾つかの説が有るようだが、広く支持されていて解り易いのが、人は悩むと"四苦八苦するから4×9+8×9=108ある"ということらしい。日本人は言葉遊びが好きなのだ。なんと108の煩悩は駄洒落だったのだね。 人のもつ108の煩悩を祓うことを願い108回鐘を突くようになったというから洒落ているじゃない。仏教でいう煩悩とは欲の事だと言われている。嫌なこと(ストレス)があると改善しようと欲がでる。欲は生きるために必要不可欠なものであるから、その欲を祓って無くすということは、進歩を止めるということだ。突き詰めると食欲や性欲さえも失い、動物をやめる事になってしまう。生き物を辞めたら死んで ただの有機物の塊となってしまうではないか。だから死体のことを仏というのか。うーん、そんなことを考えていると除夜の鐘が馬鹿らしくなってきた。所詮宗教なんてバカらしいものなのだ、と結論付けよう。  僕は常々「誰が 除夜の鐘を108回まで数えているのだろう」と疑問に思っていたが 今日色々と調べていて謎が解けた。実は除夜の鐘は何回突いても構わないと知ったのだ。中には200回以上も突く寺が有るそうだ。いい加減だから 0時で107回突いたことにして、日付けが変わったら1回突いて終了とする寺が多いらしい。鐘突きはアトラクションのイベントだったのだ。その昔 寺はイベント会場だったというからうなずける。イベントが成功したらお金が儲かる。中には浅草寺のように0時から鐘を突き始める寺もあるが、その場合は鐘を突く人数を決めておくので108回ちょうどで終わるそうだ。これで納得できました。僕の長年の煩悩がひとつ減りました。 しかし少し残念だ。やはり適度な煩悩があるから人生は愉しいのだ。煩悩は必要である。また今年も新しい煩悩を探そうと思う。煩悩を祓ったら退屈でつまらない人生になる。悩みの種となる宗教団体への献金も、わざと煩悩を生み出す為だったのだ。宗教は深いねぇ。宗教という詐欺は必要悪だったんだ。すべての宗教行事は難しく考えずに、ただのイベントとして楽しむと良いのだね。

2025-12-31 13:44:08 投稿 / 734×550ピクセル

2025-12-31 13:44:08 投稿
総閲覧数:138 閲覧ユーザー数:138
734×550ピクセル

 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択