No.115915

恋姫と無双 ~恋する少女と天の楯~ 其の七

柳眉さん

この作品は真・恋姫†無双の二次創作です。
そして、真恋姫:恋姫無印:妄想=3:1:6の、真恋姫の魏を基に自分設定を加えたものになります。

ご都合主義や非現実的な部分、原作との違いなど、我慢できない部分は「やんわりと」ご指摘ください。

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2010-01-01 23:35:57 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:8322   閲覧ユーザー数:6203

恋姫と無双 ~恋する少女と天の楯~ 其の七

 『名と真名』

 

 

 

<side華琳 始>

 

――――本当にらしくない。

 

 

私は、季衣の攻撃に避けることも受け流すことも考えていなかった。それどころか当たってしまおうとさえ思っていた。所詮は夢とは言えど、私にとっては現実だったのだ。一度信頼を預けた者からのあの目あの敵意は不意打ちだと辛すぎた。

 

 

 

私の意志は最期まで折れる事はなかったし、折らなかった。

 

 

 

―――だけど、最期を終えた私は同じ意志を再び持ちうるか、持ちうるべきかはわからない。あのときの私は死んだのだ。だから今の私はどうあるか、どうあるべきかを決めかねている。もちろん庶人の為に力を持つことや使うことに否はない……けれど。

 

そんな気持ちの隙が『私』を窮地に追い込む。

季衣が一撃を繰り出すところをただ呆然と見ていた。春蘭をも吹き飛ばす一撃に自分のあるべき姿はなんなのか、なんてどうしようもない思考が頭を占め、目を閉じず毅然とした姿でいることを決めた。

当然流れている時間の中、どこか体と離れてしまった私は『私』を客観的に見ていた。莫迦莫迦しいことだが、このときは死ぬことすら客観的だった。

 

 

白い影が通った。

 

そしたら、重い金属同士のぶつかる音をその白い影が遮り、そのままこっちに向ってきた。

その影は寄りかかるように、私に体重をかけながら倒れてくる。一瞬の出来事に唖然としていた私はそのまま巻き込まれるようにして倒れた。

体を起こし季衣の一撃を防いだ者の顔を見る。

 

「あぁ、よかった」

 

白い影は青年と呼べる年頃の男だった。その男は一言小さな声で呟き、安心した顔をして気を失った。

胸が熱くなるのを感じる。

 

この者は男のくせに、季衣の一撃を傷を負うことなく止めた。春蘭さえ力で押すことの出来る一撃をだ。

それにあの僅かな間でこの男はここまで来た。一兵卒の足の速さでは到底辿り着くことはできない距離であったのに。

 

「面白いわね……この男」

 

気付けばそんな言葉を口にしていた。曹孟徳が曹孟徳である様に……いつもの私のように。

 

この男に興味は尽きないが、今は現状から整理していきましょう。

得物を落として泣いている季衣と、季衣の先程の剣幕から打って変わって年相応に泣いている姿にどうしたらいいか迷っている二人から解決して。

 

気付けばさっきまでの迷いは鳴りを潜め、どのようにしてこの男を陣営に引き込み、使っていくか、そのことばかりを考えていた。

 

「ふふ、面白くなりそうね」

 

知らず知らずの内に出た言葉に笑みが零れる。

一歩踏み出した私は、顔を引き締めて毅然とした態度をとり3人のところへ向った。

 

<side華琳 終>

再びの襲撃に曝されると身構えていた邑は華琳たち―善政を布くと評判の役人―が

 

賊の討伐の為に邑に来たと分かり安堵する。

 

そして、季衣や邑の代表者の前で華琳は、逃げた州牧ひいては邑を守ることをしなかった官軍の失態に頭を下げた。

 

邑を捨てた州牧やそれをまとめる国に対する怒りは、華琳その姿勢で幾らか和らいでいった。

 

そして、復興の支援を約束され邑には一つの戦が終わったという雰囲気が流れた。

 

<side桂花 始>

邑に来たのは、私の仕官するつもりだった曹操が率いた討伐隊だった。

その姿、その資質は王と呼ぶに相応しく、おそらく曹操以上の王は今までもこれからも現れることはないだろう。

そんな曹操は邑の現状―賊との戦後の様子―をみて、策を立てた私を陣営に迎えると言い真名を預けた。

思いのよらない機会が訪れて喜ぶべきなのに、仕官する機会を得て喜ぶべきなのに――

 

 

―――――笑えない。

 

 

 

 

桃髪少女の後を追って邑を出たあいつの姿がない。

邑を出た桃髪少女は曹操に連れ添う様に戻ってきたのに……

 

 

あいつがいないのに話は進む。戻ってこないあいつを置いて、私はこのまま曹操と陳留に向うことになった。

 

――――なんで…なんで、誰もあいつの話をしないの!?

 

 

胸中は姿の見えないあいつのことばかり……さっき陳留まで面倒見てあげると言ったのに、そのあいつがいない。そのままどこかに行ったのかも知れないけど、黒い剣を置いていったのだからどこかに行ったという事は考えられない。

 

 

どこか泡立つ気持ちが抑えられそうもない。どうにか自分を律して、このときから主の少女にあいつのことを聞いた。

 

「華琳様に一つお聞きしたいことがございます」

「なにかしら?」

「あの少女と共に邑を出た男のことをご存知ありませんか」

「それは珍しい白い服を着た者のことかしら」

「はい」

「そう。……秋蘭」

「はい。その男、白い――――」

 

 

秋蘭と呼ばれた女性の言葉に一瞬足元が崩れそうになった。

―――白い服の男は華琳様に向けられた攻撃を受け意識を失い、今は私の隊の者が診ている。

 

走り出したい気持ちをあいつの居場所を聞くまで抑えてから駆け出した。

 

 

―――なにやってんのよっ!莫迦っ!!……ばか

 

 

聞き出した場所に向う途中、なぜか浮かんでくるあいつの顔。

 

――困ったような顔

――苦笑いしている顔

――泣いている顔

 

――そして……笑った顔

 

次々浮かんでくるあいつの顔が、また私を私じゃなくさせる。

腕も足も疲れているはずなのに、このときはだけは不思議なくらい走ることができた。

 

聞いた場所まで来た。入口に立っていた兵士に説明して中に入る。

そこには、寝息を立てて横になっているあいつの姿があった。

 

ここまで走ってきたのが、莫迦莫迦しくなるほどにこいつは幸せそうな寝顔をしている。

かつてないほどの息の乱れを直す。こいつの寝顔を見てから、わからない気持ちの乱れが起きて少し苦しい。そんな気持ちが少しでも晴れるように、そしてこいつの気持ちよく寝ている顔が気に入らなくて、こいつの鼻をつまんだ。

 

「心配させるんじゃないわよ……ばか」

「……むぅ、ぅぅうう」

「――んふ」

 

しょうがないから、少し寝苦しそうにしているこいつの顔に免じて許してあげようと思う。

 

 

許してあげよう―――か……

 

 

こいつと会ってから、甘くなっている自分がおかしくて笑ってしまった。

 

「私に感謝しなさいよね」

 

ぽつりと出た小さな言葉は、目の前のこいつの寝息に混ざって消えていた。

 

<side桂花 終>

<side一刀 始>

 

なんか、息苦しい……

 

あれ、なんでこんなにはっきりしないんだ?

 

 

――――あぁ、そうか。俺は……

 

 

 

 

濁った意識を覚醒させようと、目を開け――――

 

「きゃ」

 

は?

 

明るくなった視界の先、そこには文若の姿があった。

わたわたと慌てた姿に赤い顔。

 

「え~っと、文若?」

「なんでも、ない!なんでもないからっ!!」

「あ…あぁ」

 

顔を赤くして息の荒くなっている文若が落ち着くまで待ってあげたいけど、今は何で俺がこうしているのかが気にかかり余裕もなく聞いた。

 

「あのさ、なんで俺はここに――――」

「それは私が答えましょう」

突然の第三者の声。それは俺の言葉を遮って紡がれる。

声のした方には季衣の攻撃から守った金髪の少女。

でも、そのときとは全然印象が違っていた。なんというか、覇気とでもいうのだろうか…今この少女からは貫禄?威光?有無を言わさず従わせるような力強さがあった。

一瞬見た感じだと護ってあげたくなる雰囲気があったんだけどなぁ、なんて思いながらこの少女―曹孟徳というらしい―の話を聞いた。

 

どうやら気を失っていたらしい。

話を聞いて分かったのはそれと、その後からあまり時間が経っていないということ

 

……あと、孟徳がえらく恩を感じていることだろうか。

 

 

なんでも季衣の攻撃から気を失ってまで身を護ってくれたことに御礼をしたい。だけど、今は賊の討伐で来た為受けた恩に値する物がない。だから、自分の家のあるところまで来てくれないか。

 

と、要点を言えばこんなところだろうか。文若に聞いたこちらの世界の常識では、『恩は返すもの、礼儀は受けるもの』であり、それを怠ると礼を失することになり、自分や状況によっては相手の名を貶めるのだそうだ。だから、受けなくちゃいけないんだろうけど……

 

横にいる文若を見る。こいつは複雑そうな顔をしていた。

陳留までついていくと言った手前、それを反故するのはしたくない。だから、孟徳には申し訳ないけど断ることにしよう。

 

「申し訳ないんだけど、俺はここにいる文若の護衛役をしていて陳留までついていくことになっているんだ。だから、孟徳を侮辱することになるかもしれないけど孟徳についていく事はできない。本当にごめん」

 

といって頭を下げた。少しだけ見える孟徳の足が震えていた。

怒らせてしまったのだろうかと不安になる。

頭を下げたままでいると、少しずつ声が漏れてきた。

 

「くっ………あ~、もうだめ」

 

といって孟徳は笑い出した。

顔を上げると孟徳は腹を抱えて笑っていて、文若は心底呆れているというような顔をしている。

状況についていけず挙動不審になっている俺を見かねてか、文若はため息混じりに教えてくれた。

 

「…あんた、わたしに曹操、孫権、劉備この中で聞いた事のある名はあるかと聞いたわよね」

「…あぁ」

「よかった、それすら忘れたんじゃ話にならないから」

「で、それが?」

「こちらがその曹操様なのよ」

「……は?」

「聞こえなかったの?」

「違う、信じられなかっただけ……こんな可愛い女の子が魏の曹操な―――」

 

その瞬間、孟徳の笑い声は止み、おそらく自分の得物であろう鎌を俺の首筋に突きつける。

さっきまで笑っていたのが嘘のように、今では張り詰めた空気をその身に纏って……

首を目指した軌道は、孟徳の必死さの現れのように感じられて避けることができなかった。

 

「どういうこと、なぜあなたが魏と言う国を知っているの?それはまるで……」

「信じてもらえないかもしれないけど、俺はこの国の人間じゃない。未来の人間だ」

「未来?」

「そう、俺自身信じられないけど、今よりだいたい2000年くらい後の世界にいた」

 

視線を交わす俺と孟徳。その言葉が本物であるかどうかを、俺の目から読み取ろうとしているように見えたから、視線を逸らすことなく孟徳を見る。

 

どれほど、そうしていただろうか。時間にすると僅かな時間のはずなのに、とても永く感じた。

 

「……そう」

 

孟徳は鎌を下ろした。鎌を突きつけたときと変わっていた。季衣の一撃を前にしたときのような面持ちになっていた。

 

「……胡蝶の夢ね」

 

そういって切り出した孟徳は、胡蝶の夢が何なのかを話し始めた。

昔の偉人が蝶になってとんでいる夢をみた。夢から覚めた偉人は思った、今の自分はとんでいる蝶の夢なのではないかと。つまり俺の現状を、未来の俺が見ている夢か、もしくは今の俺が未来の世界の夢を見てきたのではないかと、孟徳は言ったのだ。結局は、俺が未来から来たことの証明にはならないと言っている。

……まぁ、そうだよな。

胡蝶の夢、その話を聞いた今じゃあ俺だってどっちが本当なのかわからなくなってきたし……

 

なにを言えばいいのかわからない。そもそも俺は何を言うことができるのだろう。

俺は言うべき言葉を見つけられないまま誰かが話すのを待った。

文若は…文若もかな?なにかを言いかけて言いよどむということを繰り返していた。

 

そんな間を打ち砕いたのは孟徳の言葉だった。

 

 

「まぁ、未来の知識というのは私の覇道の一助にはなるでしょう……北郷一刀、と言ったわよね?」

 

それまでの空気をまるで無視したように、話を切り出した孟徳の雰囲気がガラリと変わる。威圧するほどの存在感は薄まり、護ってあげたいと思うような雰囲気でもなかった。なんというか、悪戯っ子が自らの仕掛けに誘導している時の表情を悟らせないようにしている様子に見えた。

 

「あ、あぁ」

「あなたのその知識、その武を私に貸しなさい」

「えっと、貸すって?」

「私に仕えなさいって言っているのよ」

 

それからは、何を言っても聞き届けてはくれなかった。

文若も仕えることになったと聞いたから、仕えることにはあまり不安は感じない。

だけど、いいのかな?仕えるという位だから忠誠というものが求められるのだろう、忠誠心なんてない俺が仕えることに問題はないのだろうか……

孟徳を見てそんなことが頭を過ぎる。孟徳と目が合った。

 

「その顔は忠誠心のない自分が仕えてもいいのか…なんてことを考えていたのではなくて?」

「そうだけど……」

 

顔に出てた?そんな顔してたかな、と頬に手を当ててみる。

 

「気にする必要はないわ。今その気持ちがなくても、すぐに私に忠誠を誓うようになるのだから」

 

孟徳は不敵に笑った。その様は自分の言葉通りになると信じて疑っていないようだった。

勝手な物言いなのに不快に思うことはなくて、それどころか好感に思ってしまった。

その自信が眩しくて、孟徳はどんな人間なのか、どうしたらその自信を持てるのかと興味を持った。

 

「孟徳が構わないと言うならわかった。忠誠は孟徳という人間が分かってから決めることにするよ」

 

と言って右手を差し出す。孟徳は俺の行動を図りかねてか目で何のつもりかと問うた。

 

「握手」

「あくしゅ?」

「う~んと、俺の国ではなんだろう?信用の証とか信頼の証の挨拶みたいに使われているけど、これはこれからよろしくって気持ちを込めた」

「そう」

 

と言って孟徳も右手を差し出す。

……あれ?…あっ、そうか孟徳は握手を知らないようだから、手を握りはしてこないのか。

ならばと、孟徳の差し出された右手をとる。手を取った瞬間、孟徳は小さくあっ、と声を上げたがその後すぐ何もなかったように澄ました顔をしていた。

その変わり様に少し笑ってしまいそうになったけど、

 

「よろしくな。孟徳」

 

と言って、軽く力を込めた。

 

「え、ええ」

 

と戸惑いを孕んだ声の孟徳を本当にかわいいと思ってしまった。

「きっさま~~~~~っ!!!」

「あ、姉者」

 

と、ゆっくりと流れていた空気はこの一言で霧散した。

現れた女の人は、長い黒髪の季衣の攻撃を受けていた人だった。

敵を目の前にしていると言うような殺気と自身の大剣を向ける。

 

「貴様ごときが華琳様に触れるではないわ!!」

「えっ、ちょっと待……!?孟徳、あの…手を」

 

黒髪の人が華琳―たぶん孟徳の真名だろう―に触れていることを怒っている様だったから、手を離そうとしたのに今度は孟徳が手に力を入れて離してくれない。

助けてくれそうな人はいないものかと見渡しても、孟徳は手を離してくれないし、黒髪の人は怒っている。黒髪の人を姉者と言った空色の髪の人はやれやれとこの状況を知っても干渉しないようだし、文若はそっぽを向いてこっちを見ようとはしない。

次第に溜まっていく黒髪の人の怒り。

 

「もう我慢できんっ!斬るっ!!」

 

といって、その大剣を振りあげて下ろす。俺にできることと言えばとっさに体を捻って避けることだけ。

出来る限り体を捻ったものの、剣の軌跡は頭のすぐ近くを通り間近で風を切る音を聞くことになった。

様子見もしくは脅すつもりの一撃はなんとかかわせた。これ以上真剣に来られたら死ぬ……

 

「ほう……」

「ええい、避けるでないっ!おとなしく斬られろ」

「んなっ、ば」

 

かな、と続く言葉は黒髪の人の殺気が増えたことで途切れる。

次の一撃を避けても、その次その次と繰り出される一撃ごとに余裕が無くなって、最終的には死ぬことが見えてしまった。

攻撃が始まったら俺が死ぬのはどれだけ生き延びることが出来るのかになる。攻撃が始まったら終わりだ。

そんな考えをしていたら、右手が震えていることに気付く。

 

「あ、あの……孟徳?」

「貴様ごときが華琳様を呼び捨てるなどと!……死ねぃ」

 

まさに、斬りかかる瞬間の黒髪の人を止めたのは孟徳の笑い声だった。

 

「か、華琳様?」

「あ~おっかしい。春蘭の一撃をこの状態でかわしてしまうなんてね。……秋蘭?粗方聞いていたとは思うけど、この男を引き入れるわ」

「はい。その状態で姉者の一撃を避けた点で武に関しては一兵卒よりは期待できるでしょう。そうなると問題はどのような地位につけるかですが――」

「華琳様?このような奴を引き入れるのですか?」

「ええ、そうよ」

「こんな訳のわからない失礼な奴は認めたくありません」

「あら?私の言うことが聞けないの?」

「う、うううぅぅ」

 

孟徳は黒髪の人の反応を見て満足そうに笑った。

黒髪の人は思い通りに行かないことが悔しいと俺を睨みつける。

 

「そういうことだから」

 

と、ここで孟徳が区切りを入れる。俺からすると何がそういうことなのか分からないけど……

 

「以後は華琳と呼びなさい」

 

と言って、未だに握られている手に孟徳―華琳が少しの力を入れる。

華琳に仕えることが決まった瞬間だった。

 

<side一刀 終>

<side桂花 始>

 

なんだかんだあって、あいつも華琳様に仕えることになった。

今から私は軍師として、あいつは客将としてこのまま陳留に向かう。

 

華琳様は予備の馬を私とあいつに貸すと言った。

それをあいつは、馬に乗ったことがないからと断った。

そしたら季衣―桃髪の少女も華琳様に仕えることになり、華琳様の臣下は真名で呼び合う決まりがあるため互いに真名を交換した―は

 

「そうなの?だったら、ボクの馬に一緒に乗る~?」

 

なんて気軽に言うのだ。華琳様や春蘭秋蘭の夏候の姉妹も苦笑するだけで特にとがめる事もしない。華琳様や2人にとっては早く行軍に移ることのほうが重要だから……でも私には

 

横を通り過ぎるあいつ。

 

私の右手はあいつの服の裾をつかんでいた。

 

「待ちなさい。あんた、私を陳留まで護衛するって言ったわよね?」

「お、おう」

「なら護りなさいよ?」

「……えっと」

「私の馬に乗れって言ってんのっ!」

 

こんなこと言うつもりはなかったのに、季衣の馬にこいつを乗せるのはなんか嫌で感情に任せて言葉が出ていた。

 

「何だと貴っ―――」

「姉者」

「しゅうら~~ん」

 

春蘭は声を張り上げるも秋蘭に静かに止められてしぶしぶながらも抑えることにしたようだ。秋蘭は分かっていると言いたげな顔をしてこっちを見ているし、季衣は桂花が兄ちゃんと一緒かぁと簡単に言うし、華琳様は呆然としていた。

 

……ううぅぅ、穴があったら入りたい。

 

「いいの?」

 

もう、恥ずかしくてこいつの顔が見れない。

 

「早くしなさい」

 

視線を外してこう言うのが精一杯だった。

 

「ありがとう」

 

こいつは馬に乗り私の肩に両手を置く。

突然のことで手を置かれた瞬間、不覚にも肩が跳ねた。

 

「ごめん。いや…だったよな」

 

といって、こいつは肩から手を離す。

一瞬、不思議とさびしく思ってしまった。

 

「そうじゃない!人の体に触るなら一声かけなさいよっ!!吃驚するでしょうが」

「ごめん。……肩に手を置くよ」

「分かればいいの」

 

そうして進みだす準備が出来た頃を見計らって華琳様が春蘭に出立の指示を出した。

 

……

 

陳留に着いた頃には夜も深くなっていた。南皮からの道のりを考えれば瞬く間に陳留に着いた……けど疲労感はそれの比じゃない。

馬から落ちそうになったあいつが何度も抱きついてきたし、あいつの息が首筋に当たって変な感じになったりしたし、急に汗くさいか心配になったりしたし、あいつの体温があたたかかったし、あいつとたくさん話をしたし、とにかく休まる時間がなかった。

 

夜も更けていたからか詳しい話は明日になり、あいつと季衣の3人で宛がわれた部屋に向かう。

最初に季衣の部屋があって、次は私の部屋だった。

あいつと別れてからは、簡単に荷物の整理をしてから寝る支度をして床に就いた。

 

<side桂花 終>

<side一刀 始>

 

文若と別れてから宛がわれた部屋に着くと、唯一の持ち物である刀を置いて横になった。

 

「明日からここで働くのか…」

 

仰向けになって天井を眺めながら、今日のことを振り返る。

 

仕えることになった女の子。彼女に仕えている2人の女の人。

 

文若と馬に乗ったこと。気を失ったこと。

 

戦場にでたこと。目の前で話したことのある人が死んだこと。

 

そして、人を大勢殺したこと。

 

ああ、だめだ……今日は眠れそうにない。

体は寝たいと訴えるのに、目は覚めていて寝ることが出来ない。

 

いや、違う。眠れないんじゃなくて寝るのが怖い。

何度も、一瞬だけど意識が飛ぶことがあった。その度に世界が真っ赤になって、たった一人で積み上げられた死体の上に立っていた。

それが怖かった。……ただ怖かった。

結局、寝ることも横になっていることも出来なくなって、部屋を出る。

部屋を出て、月が見えるところまで歩いた。

それは昨日のように文若に会えると期待していたからかもしれない。

月が見えるところまで来るとそこには誰の影もなかった。

欠けた月が空に浮かび、おぼろげな雲が漂っている。

 

「月って欠けている時でも綺麗なんだな」

 

月を好きな人が聞けば何を莫迦なことをと言いそうなことをそのとき初めて思った。

今まで月を見るときは、夜空を見て満月かどうかを見ていただけだった。たぶん子供のときに読んだ本に月にうさぎがいるとあったのを未だに信じているのかもしれない。って、そうじゃないな……完全なものが綺麗と思っていたのだと思う。より完全に、より完璧に、より正しくと何を基準にしているか分からないものを信じて、そうであるように、そうあるように過ごしていた。

 

今日……たぶん日付では昨日に経験した戦がこれまでの価値観を殺したから、欠けた月を綺麗と思うようになったんだと思う。これまでの価値観からすれば、人を殺した俺は悪だし、殺したことで完全、完璧からは遠ざかった。かといって、殺さずにいたから正しいとか完全だとか完璧だったと言うわけではない。戦に参加した時点で、たとえ人を殺そうが殺さなくても人殺しになるのだから。参加せず見過ごすことが正しかったのか、それだけは違うと言える。何が違うのかを言うことは出来ないけど、きっと違うとだけ解る。

 

いくら考えても何もわからなくて、ただ考えることだけが増えていく。

そうこうしていると、しんと静まっているこの場に誰かの足音が聞こえてきた。

 

「月にうさぎ?はいたのかしら?」

 

と、文若が昨日の俺の台詞をそのままに話しかけてきた。

 

「いないよ。たださ、欠けた月もいいなぁって」

「……そう」

「文若はどうしたの?」

「ちょっと、いろいろなことがあって眠れなかっただけ」

「そっか、おんなんじか~」

「……ええ」

 

一歩また一歩と文若が近づく。文若がすぐ後ろまで来たから振り返ろうと思ったけど、今の自分がどんな顔をしているかわからなかったから、後ろを向けなかった。それ以上近づくことなく文若は言う。

 

「ちょっと、こっち向きなさいよ」

「今、どんな顔してるかわからないから顔を見せられない、よ」

「泣いているの?」

「わかんない。涙は出ていないと思う」

「そう…そんなの、今更じゃない。たとえ、泣いていようが、笑っていようがあんたはあんたなんだし、それくらいで私は変わらない」

「っ……ありがとう。なんか今の一言で泣きそうになったよ」

「泣けばいいじゃない」

「きっついなぁ……涙はもっと大事なときに流したいな」

「今日泣いてたわよ」

「あ、あれは、大事なときだったから」

「…じゃ、じゃあ、今は?」

 

今は……どうだろ?

でも、一つだけ言えるのは――

 

「今も大事だけど、もっと大事になっていくと思う」

「そ、そう」

「うん、なんかそんな気がする」

「……莫迦」

 

最後は聞き取れなかった。何を言ったんだろうと続きを待っていたら、文若は一歩近づきほとんど触れ合うところまで来ていた。

 

「ぶ、文若!?」

「……桂花」

「…真名、だよね?」

「華琳様に仕える以上、真名を呼び合うんだから……いい加減直しなさいよ」

「でも、嫌なら……」

「嫌じゃないっ!……っ」

 

大事なことだからと向き直そうとしたら、服を掴まれていて後ろを向けない。

 

「文―――」

「桂花っ!!」

「け、桂花」

「っ――な、なによ?」

「その…振り向けないんだけど」

「このままでいいのっ!」

「わ、わかった」

 

桂花と向かい合えないのはしょうがない。俺は俺の思ったことをそのまま伝えよう。

 

「その…ありがとう。桂花の真名を受け取ることができて嬉しい」

「っ―――」

「だから、桂花がよかったらだけど、俺の事は一刀って呼んでくれないか?前にも言ったんだけど、俺のいたところには真名がない。俺の名前でこの国の真名にあたるモノは一刀だから、桂花には一刀って呼んで欲しい」

 

言った。桂花の言葉を待つ時間が続く。

 

「か、かず……か」

 

桂花が名前を言いかけては詰まり、また言いかけては止まるを繰り返す。

桂花の口から一刀と呼ばれるのを心待ちにしている俺がいた。

かず、と。あと「と」を言って欲しい。手に汗をかきながらカズトの3文字を待つ。

 

そしてついに……

 

 

「……かず…と」

 

言葉は小さかったけど確かに聞こえた。

桂花の言葉で自分の名前を言われることが、こうまで嬉しいこととは思わなかった。

なんかくすぐったいような気持ちになる。

嬉しくて嬉しくて、俺も桂花と言おうと口を開きかけたところで、

 

「も、も……もうだめ~~っ」

「えっ――っと、と」

 

いきなり腰の辺りをどん、と押されてつんのめた。

転びそうになるのを、バランスをとりつつなんとか耐えることができた。

似たようなことがあったなと後ろを振り返ると、大体5メートルくらい離れたところに桂花がいた。

急いで動いたことで桂花は顔を赤くし息が乱れていた。

 

「ちょ、調子にのるな北郷一刀っ!やさしくしてあげていたらつけあがって~、何が、かず、か…かず、か、ずと、一刀って呼んでくれよっ!!あんたなんか、北郷一刀かあんたで十分よ!絶対呼んであげないんだからっ!!」

「け……文じゃ」

「だ・か・らっ!桂花だっつてんでしょうがっ!!あんたは桂花って呼ぶのっ!いいっ!!」

「け、桂花」

「そ、そうよっ!それでいいのよ」

「だから、俺の――」

「ううぅぅぅう、もうっ!!知らないっ!!!」

 

そう言い放した桂花は、脱兎のようにいなくなった。

そして、取り残された俺……

なんで桂花はあんなことを言ったのかと考えると、甘い期待だけが湧き上がって来るからどうにかして考えないようにする。

 

 

……明日どんな顔をして桂花に会うといいんだろう。

 

 

また新たな悩みはできたけど、気持ちは前向きになれた。

今からは別の意味で眠れそうにないけど、それもいいかと思う。

苦笑して桂花と会うまで見ていた月を見る。

雲間から照らす月が笑っているように見えた。

 

<side一刀 終>

あとがき

 

はじめましての方も、7度目の方も

 

おはようございます。こんにちは。こんばんは。 柳眉です。

 

 

はじめに、0の日投稿できず、すみませんでした。

 

忙しいと言えば忙しかったのですが、何とかしようと思えば何とか出来るので

 

言い訳になりませんよね?ホントにすみません。

 

 

今回、7回目の柳眉の妄想ですがいかがだったでしょうか?

 

面白く、可愛く表現したいのにできない自分に

 

ジダンが地団駄という昔のヌードルのCMを思い出しながら

 

桂花、華琳、春蘭、秋蘭の科白に

 

これでいいかな? 雰囲気違わない?など迷い迷いでした。

 

 

 

えっと、次回の10日の投稿なのですが、個人的な都合で作品を書く時間がなく

 

20日に投稿させていただこうかと思っています。柳眉の作品に期待していただいている方には

 

申し訳ないのですが、ご理解下さい。それで、1月の投稿に関しては20、25、30と変則的に

 

投稿していき、2月は5、10、15、20、25の5回投稿を予定しています。

 

一応15は本作桂花で2月の甘い季節ネタを考えています。

 

 

 

もし、お読みいただいた方の中で評価していただけるのなら・・・

 

アドバイスをいただけるのなら、嬉しいです

 

 

 

最後になりましたが、ここまで目を通して頂きありがとうございました。

次にまみえるご縁があることを……


 
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