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新・恋姫無双 ~呉戦乱記~ 第21話

4BA-ZN6 kaiさん

続きをあげます。相も変わらずジメジメした内容です。
話も終盤に入り、あと4話ほどで終了できたらいいなと考えています。
恋姫の新作(7月に発売?)までには終わらせるように頑張っていきます。

2022-04-05 07:34:12 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:362   閲覧ユーザー数:289

雪蓮は荊州北部へと赴き、軍事演習のために北面方面軍統括の任を授かる。

 

呉北面方面軍は先の戦闘で受けた打撃を引きずってはいたが、荊州の統治や治安維持に支障が出ているというわけではなく演習は予定通り執り行われるであろう。

 

今回の演習は蜀の関羽将軍と事務的な打ち合わせをしたあとは、決められた日程での訓練過程をこなすべく雪蓮は部隊を動かしていく。

 

森林戦、攻城戦、篭城戦、水軍との海上戦闘訓練など演習は多岐にわたり、連合国軍はそつなく演習をこなしていく。

 

特に水軍との連携に力を注ぐべきだとと言う国防方針から、祭を頂点に思春率いる水軍と山越の水軍との演習戦や上陸制圧戦など水軍の連携を高めるべく訓練を行った。

 

もとは呉王であって、今でも戦場において一級線の戦闘力と統率力を誇る雪蓮のもとで北面方面軍の士気も自ずと高まり、訓練も実りのあるものなるはずであったが、雪蓮は今回の演習では身が入らず、心ここにあらずといった状態であった。

 

孫昭と北郷との深い関係性、そして今後孫昭とどう接していけばいいのか?

 

雪蓮の胸中が複雑であり、考えれば考えるほど底なし沼のように深みに嵌っていく。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「雪蓮様?・・・・孫策佐官!!」

 

「あ?!ごめん・・・・・。進路をこのまま、速度微速で左翼に展開!水軍は右翼に回り込んでいるわ!同時で攻撃ができるよう、速度を合わせるよう指示をだせ!」

 

「御意!!旗を出せ!!友軍に連絡!!!」

 

だが相変わらず今日の海上訓練でも雪蓮は精彩を欠いていた。

 

副官は訝しい表情でこちらを見てはいたが、彼は何も言わず雪蓮の指示を聞いては適切に部下に指示を下していく。

 

指示がワンテンポ遅れた結果、挟撃を出来ずじまいとなり、山越水軍に逆に取り囲まれてしまう。

 

勝負あった。

 

山越水軍は呉軍の水軍を演習で負かせた事からも、船から降りても上機嫌であった。

 

演習後、祭に呼び出されると、雪蓮は案の定一喝された。

 

「この馬鹿者が!!敵の動きを見ず、勝手な動きを見せおって!!!」

 

「申し訳ありません」

 

「貴様のその巫山戯た判断が仲間が死なせていくのじゃぞ!!訓練だからと腑抜けた姿を晒しおって!!歯を食いしばれ!」

 

「グッ・・・・・・・・」

 

なにも口を開かない雪蓮に祭も苛立ちが頂点に達したのか、机をドンと叩き声をさらに張り上げ、修正の拳が雪蓮にぶつけられる。

 

雪蓮は腰に力をいれ、歯を食いしばった。

 

鈍い音と強烈な衝撃が顔にぶつかると同時に、共に頬に激痛が走り、口を切ったのか鉄の味が口を満たした。

 

後ろにいる部下たちは目もあてらない、心配そうな視線をこちらに送ってくるが、雪蓮はただ前を、怒りに燃える祭の瞳を刺すように見つめる。

 

「もうよい!!たるんでおる貴様には特別演習を課す!それまでは営倉行きじゃ!!下がっておれ!!」

 

「はっ!孫伯符謹慎します!!」

 

結局雪蓮は統括長の責任が果たせず、任を解かれてしまった。

 

祭の方が階級が上である以上、部下に見せしめを行わなければ示しがつかない以上、拳を振り上げるのは仕方のないことだ。

 

責任者は責任を取るためにいる。

 

そして殴られたくなければ、自分の過ちを無くせばいいだけのことだ。

 

 

雪蓮は謹慎後、演習に参加することはなく懲罰を受けることになってしまう。

 

しごきに近い厳しい懲罰を雪蓮はただ淡々と消化していく。

 

泥まみれになり、端正な顔が、桃色の煌びやかな髪も、砂・泥で覆われもはや誰なのか判別が難しい。

 

そんな雪蓮の姿をそれを遠巻きに見ていた蜀の将兵たちは、雪蓮の信じられないミスのオンパレードと懲罰を受ける姿に呆れ顔であった。

 

「雪蓮殿が懲罰を受けるとは・・・・」

 

愛紗が少し驚きを含んだ口調で呟くと、傍にいた星が頷き厳しい目線で雪蓮を睨む。

 

「いくらかつての呉王であったとしても、今では一兵士ということであろう。しかし遠慮がない所は流石、宿将黄蓋といったところか」

 

愛紗と星は雪蓮を見て、心境としてはそこまでしなくても、という思いではあったが、雪蓮はこの演習で精彩を欠いている状態が続いていた。

 

かつて家臣であった黄蓋長官ではあったが、そこに情けや贔屓は一切なく鬼将軍の異名に相応しい対応であった。

 

「しかしどうしたというのだろうな?江東の小覇王があのザマではな・・・。まるで牙を抜かれた虎と言って差し支えないだろうに」

 

星は呆れ顔で泥だらけになっている雪蓮を見やる。その目線には幾分の失望も含まれていた。

 

「呉王をやめたのはこれが原因ということだろうか?北郷殿の事を未だに引きずっている・・・・とか」

 

「どうであろうな、愛紗よ。ただ荊州戦では天下無双・獅子奮迅の活躍をしたと聞くぞ?そうである以上は、何かワケがあるようだが・・・・。はぁ・・・全く残念ではあるな。久しぶりに小覇王とあいまみえる事ができると胸を弾ませていたのだが・・・」

 

星は肩をすくめ、ガックシと大げさな仕草を見せる。

 

確かに孫伯符との演習は武人としては心躍る出来事であることは愛紗としても否定はできない。

 

だが今までは兵士を鼓舞する圧倒的なまでの統率力、そして前線での卓越した用兵術を見せていた直に見てきており、雪蓮を知っている愛紗としては、納得がいかないのは確かだ。

 

(後で本人にでも聞いてみるか・・・・)

 

その後、愛紗は呉の営倉へと赴くとしごかれ、ボロ雑巾と化した孫伯符がそこにいた。

 

「あら・・・・?愛紗?」

 

「久しぶりです。雪蓮殿」

 

「エヘヘ・・・・酒が残っていたようね。二日酔いでは流石に指揮は難しかったわ~」

 

おどけて苦笑をする雪蓮ではあったが、愛紗は雪蓮が何かを誤魔化すために演技をしているのではないかと勘ぐり、雪蓮の目を真っ直ぐと見つめる。

 

「・・・本当ですか?」

 

「ホント、ホント。珍しい酒が入ったから買ったんだけどねぇ~。それが思いのほかハマっちゃって・・・・・」

 

(・・・この調子では本心を割らないか・・・・。今までの関係からも、何か訳ありのようではあるが・・・・)

 

「あの・・・・何かあったのですか?」

 

「いえ?別に・・・・・何もないけど?」

 

雪蓮は笑顔で愛紗にそう返すが、愛紗自身が納得がいく答えではなく嘘をついていることは明白ではあった。

 

だが呉王として数々の修羅場をくぐり抜けてきたこの英傑の前では、一将軍である愛紗の所詮、付け焼刃な口車に乗せることは困難を極め、駆け引きも通じることはないだろう。

 

笑顔の雪蓮の目の奥には、深い拒絶の色が透けて見える。

 

何も聞くな。

 

雪蓮はそう言っているように愛紗には見えた。

 

諦めの溜息をはくと愛紗は立ち上がる。

 

「連合であっても所詮私は他国の人間ということか・・・・」

 

自虐的に苦笑するとしょうがないか・・・と呟き自分の陣営へと戻っていった。

 

 

雪蓮が営倉にいる頃、冥琳は荊州で蓮華と桃香と朱里、そして山越の頭目である厳虎との四人で話し合いを行っている最中であった。

 

会談の内容というのは今後の魏の動きについて、である。

 

「冥琳としてはどう思う?」

 

まず初めに蓮華が今後の魏の動きについて質問をする。

 

「荊州が陥落し、損害を受けている以上は立て直しを図るでしょう。従って現在で攻撃を行って来ることは考えられないかと」

 

「だが曹操は私たちの裏をかいて先制攻撃をすることも考えられるんじゃないか?」

 

山越の頭目である厳虎は意見を言う。

 

厳虎率いる山越は軍の増強に時間を有するらしく、このタイミングでの侵攻を曹操は行ってくるんではないかと考えているようだ。

 

山越の歴史としては裏切りと侵略の繰り返しであったことからも、曹操が休戦を呑んだとしてもそんな物はなんの効力も持たないものであろうというスタンスなのだろう。

 

「厳虎さんの言うとおり、その可能性はありますが厳しいでしょうね。曹操は二回遠征を行い、結果として全て大失敗に終わっています。徴兵制での反発からの士気の低下、戦費を消費しすぎた事による物価の高騰の対策に手を焼いていること、さらに賠償金の支払いで支出が圧迫されているため立て直しに労力を咲いていると思われます」

 

朱里が冥琳の説明を補足するように説明をすると、資料を厳虎に渡す。

 

厳虎も曹操には独自に間諜を派遣しているが、彼らからもたらされる情報と特段の差異がないため納得の表情を浮かべた。

 

「なるほど・・・となると三回目の遠征は直ぐにはできないと・・・・いうことですかな?孔明殿」

 

「はい厳虎様。徴兵制を敷いているのであれば財政難では兵を組織する事はできません。さらには我々の締め出しも少しずつ効き始めてきているようです」

 

連合は本格的に対魏包囲網形成を始め、魏に通じるほぼ全ての通行路に関を設け、締め出しをはじめた。

 

さらに連合は前々から計画がされていた策ではあるが、漢王朝時に使用されていた通貨を廃止し、新たな通貨を製造・発行している。

 

これにより連合国内での全ての国々で共通する通貨を持つことになり、広域に拡大した連合の下において、それは魏の経済封鎖を意味していた。

 

連合圏内では関所等も全て撤廃がなされ、カネ、人、モノの動きが従来よりも活発になっていく連合とは対照的に、魏国内だけの賄い、購買力では限界がある。

 

今では強大な国家連合となった華夷連合においては魏という帝国はもはや恐るに足らず、という事か。

 

「これで私たちは立派な国賊だねぇ」

 

「ええ桃香殿。しかし我々とは相容れない、譲れないものがある以上戦わなければなりません」

 

 

冥琳は魏の戦争はただの戦場での殺生だけではないと考えており、まずは情報戦、そして経済戦、そして通常戦と三つの戦争があるものと考えていた。

 

従って魏国内の情報の収集力の拡大と敵国の世論工作で弱体化を狙う、そして次は大陸からの経済圏の排除を行い国力を削ぐ、最後に敵を完全に防衛できうるだけの練度ある兵士の育成と部隊編成。

 

この三つの方針のもと連合は対魏包囲網を固めており、その結束力は強靭なものであった。

 

「これで魏が恭順してくれたら、この大陸は安泰なのだが・・・・」

 

蓮華は厳しい表情を崩さず、背もたれにもたれるかかり、静かに言う。

 

「ありえないでしょうな。魏は征服によって国家が成り立っている。そうである以上、我々を仕留めんと虎視眈々であることは確実だ」

 

「私も厳虎様の意見と同意見です。ただ交渉の扉を完全に閉ざすのは宜しくはないと思いませんか?」

 

冥琳が提案すると、桃香も強くうなずく。

 

「冥琳さんの言うことは一理あるね。連合で設営されてる外交卿を用いて交渉をやり続けるのはどうかな?」

 

「私も概ねの考えには同調したいわ。特に各国で使者を送り合うよりは連合での交渉を行うべきでしょうね」

 

桃香の提案に蓮華も賛成を示すと、対魏での交渉は続けるということで話は決まった。

 

実は連合では加盟圏内での政策の大枠を決める政策組織というのを別個設けている。

 

連合憲章に則った法の支配は冥琳の考えが強く影響されており、普遍的な統治体制の確立と権力拡散・抑制の徹底が図られている。

 

それも三権分立の原則の順守と連合憲章という憲法に近い国際法のもと、国家を裁く連合審判所、議会政治の尊重を鑑みて各国平等な1票を保持する連合国評議会、そして連合評議会の信任のもと指名される連合国議長。

 

その連合議長には今現在は山越の頭目である厳虎が取り仕切っている。

 

異民族国家の先頭を走る山越を議長に置くことで、連合内でのバランスを取ろうと冥琳や朱里は考えていたようでもあった。

 

ただ厳虎もまさか連合の議長に就任できるとは思ってはいなかったようだが、今回の指名を粋に感じたのか現在では各国の調整に尽力してくれている。

 

「・・・せめてこちら側は侵略の意図はない、とだけは伝えることは必要か・・・・。魏はこのままいけば孤立無援になることは必須。そうなれば死ねばもろとも、と自暴自棄による道連れを狙った戦をする可能性も捨てきれんな」

 

厳虎は唸った後、静かに目をつぶる。

 

その後厳虎が纏めた案のもと、荊州で初めて開かれた連合評議会では各国で意見交換が実施され賛成多数で可決された。

 

これにて現時点では魏とは外交的なチャンネルを潰すべきではないという結論に達し、厳虎はこの決定事項に基づき、外交卿の使者を送り、魏と話し合いを行いことになった。

 

それと紙幣・通貨を発行する銀行である連合中央銀行の設営、そして各国で有事が発生した際に加盟国が共同出兵を行い有事の鎮圧を行う、

 

『連合国軍』

 

という名の軍隊の設営とその組織、を厳虎は議題にあげた。

 

これからこの荊州で開かれれる評議会は3ヶ月あまりと決まっており、結論を出すべく評議会で意見が飛び交う。

 

まず常備軍が設営できない、財政的に基盤が弱い国家はどうするのか?

 

連合での通貨発行は国家間の混乱を招くのではないか?など意見が飛び交う。

 

現時点では軍の組織が難しい場合でも、後方支援での運営に尽力が可能であることあること。

 

通貨発行に関しては連合政府が設ける専属の両替商にて、今現在の貨幣と順次交換を行っていくことなど厳虎は説明をしていく。

 

また紙幣の増刷や通貨数の調整を各国の経済状況を詳細に報告することで、情勢に合わせて増減をするなど丁寧な説明を行う厳虎のリーダーシップに、冥琳もそして調整能力に長けている蓮華も舌を巻く。

 

異民族国家である山越の独立を守るため、今まで国を引っ張ってきた厳虎からすれば、今までのような四面楚歌な状態での敵の侵略を想定した暗い軍議でなく、今後の平和な未来を描くこの会議が厳虎のモチベーションを高くするのには十分なものであった。

 

そうして意見交換が行われた後、再度厳虎は調整を行い、取り敢えず目標としている中央銀行の設立と華夷連合国軍の設営も各国の賛同を得ることができた。

 

特に連合国軍の設営に関しては、各国の安全保障に大きく寄与するため各国の思惑が渦巻くものであったが、取り敢えずは連合評議会で出兵が可決されたら、という形で決定された。

 

だが連合国軍の設営は各国の思惑はあるものの、基本的は蜀・呉・山越の三大国の軍事力の庇護に入れる事からも各国は賛成でもあることには変わりはなく、連合国軍の設営に向けての本気度を加盟した各国は三大国から聞き出したかったというのが本音だろう。

 

蓮華や桃香は連合国軍の設営と予算を多く負担するとともに、山越も厳虎が頭目の立場として同様の姿勢を示した。

 

呉は2割、蜀も2割、山越は1.5割の予算を負担し、残りは国家の規模に合わせての予算の出し合う調整へと移っていく。

 

これにて連合国軍の常設と予算の承認を賛成多数で得られ、厳虎は構成議員に対して頭を下げた。

 

華夷連合はこれで集団的自衛権の確立がなされ、広域な軍事同盟、強固な軍事力が実現されることになった。

 

さらには各国の軍を統括する連合軍統括軍師の決定がなされ、その統括軍軍師は冥琳の指名が場内の全会一致で決まる。

 

 

ただ冥琳の本音としてはこの役職につくことは余りイイものではないなと顔を僅かにしかめた。

 

(孫昭や雪蓮と会える時間が減ってしまうではないか・・・・!)

 

今ですら多忙を極めるのに、これに追随して連合国軍の長官となると建業での生活は難しいと考えてもいいだろう。

 

雪蓮や孫昭と会う時間が、冥琳の壊れかけている心を少しずつ癒してくれているからこそでもあった。

 

魏が第一に攻めてくるであろうと予想されるこの荊州に、合同参謀を設営して、連合軍を組織していかなければならない。

 

それは冥琳からしたら、孫昭や雪蓮との生活と別れを告げる事にほかならない。

 

冥琳は断るべく、拒否の声を上げる。

 

だがそんな彼女の思いとは裏腹に、結局は全会一致で可決が決まり、内心落胆の色が冥琳から滲みでいていた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

蓮華は冥琳の表情を盗み見し、一瞬思考顔をするものの、直ぐ様表情を元に戻す。

 

その表情は何考えているかを伺いし知ることができず、目を一瞬合わせた冥琳も蓮華の思案顔に訝しげな表情を浮かべる。

 

ただそんな蓮華の表情は一瞬のものであり、今回で成立させるべき議題を可決できたことからも、蓮華は満足そうに頷き合う。

 

だがその表情は蓮華がいち政治家として浮かべる「ソレ」でしかなく道化を演じていることは冥琳は分かる。

 

(蓮華様は何かご不満でもあるのだろうか?)

 

冥琳は蓮華の変化に引っかかるものを感じてはいたが、蓮華自身も特に何もいうことはなかったため、こちらから聞くことはしなかった。

 

だが蓮華はその後、厳虎と朱里とで3人で話がしたいと耳打ちをする。

 

三人は急な呼び出しで怪訝な表情を浮かべるものの、快諾をした。

 

・・・・その後三人の会談が終わった後、評議会が閉幕される際に冥琳は議長である厳虎と握手を交わし、朱里も笑顔で冥琳と握手をする。

 

その姿は三国の同盟がより強固になったことを意味しており、この日から華夷連合は強大な連邦国家となったことを意味していたのであった。

 

評議会がひと段落し、荊州の宿で休んでいる冥琳の耳に俄かに信じ難い報告がはいる。

 

「なんだと?孫策が営倉行き?!」

 

「はい・・・・。今回の演習で余りにも精彩を欠いており、それを見かねた黄蓋長官が・・・・」

 

「孫策から任を剥奪した・・・・ということだな?」

 

「はい。・・・・孫策佐官をどうなさいますか?場合によっては・・・降格もあり得るかと」

 

またか・・・と冥琳は秘書の言葉にうんざりしたような顔を向ける。

 

雪蓮はかつて呉の王として君臨してはいたが、現在では軍の士官として扱われている。

 

そんな雪蓮に対し、少数派ではあるが雪蓮の辞任をしたのに、未だに高待遇での軍の留任をした件が気に入らない連中が軍にいることは冥琳は知っていた。

 

雪蓮自身はそんな連中の僻みの混じった視線など一切気にはしないのだが、冥琳は違う。

 

秘書はその連中の顔を立てるのに雪蓮を利用するべきではないか?と遠まわしに言っているのだ。

 

今借りを作れば、軍部の顔色を伺うような議会運営は出来なくなり、総統に位置する蓮華を守ることにも繋がる。

 

だからこそ提案した愛国心ある発言であることは確かではある。

 

だがそれは冥琳が北郷隊を雪蓮に託させた意味が消えることを意味しており、ましてや政治のために友人を利用する行為というのを、彼女としては断じて受け入れられるものではなかった。

 

「いい加減その話は聞き飽きた。孫策は先の戦でも十分な戦果を上げている。現状解任や降格を言い渡す意味はない!」

 

ピシャリと冥琳は言い放つと、話はそれだけか?と聞く。

 

「・・・・・はい」

 

「では部屋から出て行け!・・・私は疲れている」

 

珍しく怒りを見せ睨みつける冥琳に恐縮し、畏まる秘書を追い出すと、椅子にドサりと身を預けるように座ると眼鏡を外し溜息をはく。

 

「全く・・・少しは私の気苦労も考えて欲しいところね・・・。しかしあんな事を言われれば、無理はないわ・・・・。心中察し余りある・・・ということか」

 

恐らく今の状態のまま雪蓮と会っても、はぐらかされてしまうだけだろう。

 

そうであれば一体どうすれば・・・・。

 

「・・・言ってしまおうか?」

 

孫昭本人に北郷との件を話すことも頭によぎるが、直ぐ様却下する。

 

「・・・だめだ。孫昭を余計に混乱させるだけだ・・・・・彼は雪蓮を信頼してきている・・・。今言うことだけは絶対に避けなければ・・・」

 

孫昭は雪蓮を信頼してきており、このまま行けば本当の家族になることができるだろうと冥琳は思っていた。

 

だからこそ雪蓮が持つはずであった幸せを、守るべきものを見つけつつある雪蓮に、自分のワガママで壊すわけにはいかない。

 

考えが纏まらず、妙案も思いつかず目を閉じると疲れからか、冥琳は意識を手放してしまった。

 

・・・・・・冥琳は暗闇の中をただただ歩き続ける。

 

何故だかはわからない。だがその光は冥琳からして見れば、失った何かを取り戻せる物であろうという期待感と焦燥感が彼女を支配しており、とにかく考えることなくひたすらに歩みを続ける。

 

漆黒の闇の中見えるのは一筋の光。その光は最初は細々と、弱々しい光を放っていたが近づくにつれ、その光は強さを増していく。

 

もう少し・・・・もう少しだ・・・・・。そう思いながら歩き続け、光りが近づいてたときに腕を掴まれる。

 

「邪魔を・・・・・!!」

 

冥琳は邪魔をしてくる、掴んだ腕の持ち主を一喝するべく後ろを振り向こうとする。

 

その手を掴んでいるのは血の気のない北郷であり、冥琳の表情は一気に青ざめる。

 

「北郷・・・・・どうしてお前が・・・?」

 

「・・・・・・どうして戦争なんか・・・・・俺はそんな事を望んでいなかった・・・・・」

 

冥琳はこの世のものとは思えない、北郷の冷酷な表情を見て目をそらす。腕を振り払おうとするも、凄まじい力で握られ振り払う事すら適わない。

 

「離して・・・・・。もう少しなのよ・・・・もう少しで・・・・・」

 

「お前の傲慢な思いが荊州の、呉の希望を奪っていった・・・・・。いったいどれだけの若者が絶望して、死んでいったか・・・」

 

「やめて・・・・・。分かっている!分かっているさ!!でも・・・・・」

 

「俺はお前を許さない・・・・。どれだけ綺麗事を並べても、お前のやってきたことは結局は争いを生むだけじゃないか」

 

「・・・・・お願い・・・・・。言わないで・・・・・」

 

冥琳は北郷の呪われた言葉を聞きたくないと耳を塞ぎ、下を向く。だが塞いでも、彼の憎しみのこもった声が彼女の耳にはっきりと入ってくる。

 

下を向く冥琳の髪を鷲掴みにし、無理やり顔を上に上げると冥琳は目を見開く。

 

北郷の顔は血だらけに染まり、顔色は死人のように色素がなく、目だけがギラギラと憎しみを込めて睨み続けている。

 

冥琳は北郷の憎悪の視線に、恐ろしさのあまり涙を流す。

 

「オマエヲ・・・・ゼッタイニ・・・ユルサナイ・・・・・」

 

北郷の言葉に冥琳は絶望し、大声を上げ発狂する。

 

「は?!・・・・・・夢か」

 

彼女は目を覚ますと、そこは先ほどいた執務室。どうやら少し眠ってしまったようだった。

 

「私は・・・・・最低だ・・・・・・」

 

悪夢であろうと友人に対して今、自分が思っているであろう深層心理がそうさせたのだろう。

 

『奴は泣いておった・・・・』

 

祭のかつての言葉が冥琳の胸に深く刺さる。

 

そして自分が北郷に対し恐れを抱いているという事実に彼女は罪悪感のあまり頭を抱え、弱々しく声を上げた。

 

 

雪蓮は営倉で謹慎後、結局一度も演習に復帰することなかった。

 

雪蓮が制裁を欠く中、北方軍事演習は連合国軍の練度の向上をより一層促すことに成功できたし、一定の成果ももちろんあった。

 

特に水軍の強化に焦点を当てている山越は呉の水軍と一層の連携を深めたいようで、演習だけでなく兵士育成の提携など実務面での結びつきを強めたいとの事。

 

呉軍としても水軍の強化ができることは喜ばしい事でもあるので、祭は演習後に厳虎と会談を行い、取り決めを行った。

 

また連合国軍としての枠組みとして兵士の育成でのノウハウの共有や武器、武具の共有化を行うことで、兵士一人あたりにかけるコストの削減に努めることも確認し合った。

 

遠征から帰還し、雪蓮も暫しの休暇をもらった事から自宅で取り敢えずは頭を冷やそう、と疲れきった表情で帰路につく。

 

結局は整理がつかない状況ではあったが、遠征から帰る時間が彼女の頭を冷静にしてきており、孫昭の前でいつものように接する事が出来るほどまでは回復してはいた。

 

「ただいま~」

 

と雪蓮は声を出すと、ドタドタと足音が聞こえ、孫昭が嬉しそうな表情で近づいてきた。

 

「ただいま!演習どうだった?」

 

「グダグダ・・・・・。減給1ヶ月くらっちゃったわ」

 

「えぇ?!ホントかよ・・・・・」

 

「もうクタクタよ~。お酒頂戴、孫昭~」

 

「うわ?!くっつくなよ!分かった!分かった!!」

 

それから孫昭が自分で作ってくれた食事を口にしながら、酒を流し込んでいく。

 

それは今はとにかく酔いたい一心であった。

 

「しっかし珍しいなぁ。孫策がねぇ・・・・」

 

目を丸くして孫昭は食事を行う。

 

彼自身、江東の麒麟児、江東の小覇王と呼ばれる孫伯符が初歩的なミスをして、蟄居させられることが未だに信じられずにいた。

 

彼は荊州で最初に出会った時、冷酷な目で南海覇王を自分の頭上に振り上げた記憶が今でも残っている。

 

冷酷な目、明確な殺意が彼女を満たし、それ以外に何もなかった。

 

後悔も悲しみも、怒りも何も。

 

正確無比に殺生を行える恐ろしさを垣間見た孫昭としては、彼女の話を聞いても信じられるものではなかったようだ。

 

「まぁね・・・・。水軍は私自身慣れていなかった。っていうのもあるのよ。精進しないとねぇ~」

 

と雪蓮は在り来りな嘘を言って誤魔化した。

 

だが実際には、雪蓮は呉の水軍の創設に深く関わっており、義賊で有名だった思春を討伐したのは雪蓮と蓮華を中心とした孫家であったことからも、その水軍の卓越した用兵術があるのは雪蓮としても例外ではない。

 

そもそも水軍の指揮の経験が巧みゆえ、演習でも彼女は統括指揮官として選抜されている。

 

いくら陸地で天下無双を誇っても、兵の動かし方も、陣形も全く異なる水の上では陸上のようにはいかない。

 

ましてやそんな合理性を欠く選抜を呉軍がするはずがないのだが、孫昭はそんな事は知るはずもなく、納得したような表情を浮かべた。

 

「そんなもんかぁ・・・・」

 

「そういうもんなの」

 

そう言って彼を納得させると、安堵の息を悟られないよう小さく吐く。

 

(そもそも・・・孫昭は孫昭よ。一刀の経緯はあるかもしれないけど、それを考えすぎても意味はないのかもね。ましてや一刀が孫昭と同一人物である確証なんてどこにもないのだし・・・・・)

 

「孫策、聞いてくれよ!実はつい最近試験を受けたんだけど―――――」

 

嬉しそうに近況を話す孫昭を見て頬を緩め、自分が考えすぎであったかと罪悪感を少し感じる。

 

彼は彼でしかなく、北郷は・・・・・もうこの世にはいない。

 

それを認めたくはない自分がいる事を彼女自身否定することはできない。

 

大丈夫。私は大丈夫。

 

と笑顔の孫昭を見て、凍てつく心がとかされていくのを実感する。

 

だが冥琳は大丈夫なのだろうか?彼女は雪蓮のように、共に生きていく家族がいるわけでもなく、一人だ。

 

(今の私は孫昭がいるからこそ、なんとかなっているけど・・・・。でも冥琳は・・・・?)

 

ふと雪蓮は親友の心労が頭によぎる。

 

戦争での心労も多く、傷ついた心を癒す時間もなく、彼女は今も仕事を続けている。

 

実際、祭に北郷の話を聞いた時の冥琳の取り乱しようは普通ではなかった。

 

あんなに怯える彼女を見るのは初めてであり、違う世界で命を落としてしまう彼女の悲劇を間接的に知っている者として心配である。

 

(今度冥琳と話をしないと・・・・・)

 

雪蓮の頭のなかは冥琳が気がかりであり、孫昭の報告はその時雪蓮の耳に、頭には入ってくることはなかった。

 

冥琳は蓮華から呼び出され、執務室で待っていると蓮華が遅れて入ってくる。

 

「ごめんなさい。遅れてしまったかしら?」

 

「いえ、それほどは・・・・。それで蓮華様、話というのは・・・・?」

 

詠と月がお茶を二人に配って、頭を下げると執務室から静かに出ていくのを蓮華は見やり静かにお茶を口にする。

 

「・・・・実は冥琳を呼んだのはほかでもないわ。連合国軍の統括軍師の話なんだけど・・・・。冥琳はどう思っているのかを知りたくてね」

 

「・・・各国の思惑が渦巻く反董卓連合時の連度の低さを我々としても反省をし、より強力で、より統率の採れた連合軍を創設するうえでは私としては必要な役職であると考えていますが?」

 

「確かにそうね。でも冥琳、貴女本人としてはどう思っているの?私はそれが聞きたいの」

 

「・・・・国家の存亡の危機がある以上、私個人の意見などを聞いても無意味でしょう。何が言いたいのですか?蓮華様」

 

「・・・・・・結論から言うと、冥琳は連合軍の統括軍師の職を外そうかと思っているの」

 

「なんですって・・・・?正気ですか?蓮華様」

 

「ええ。ただ前回の評議会の決定は覆らない。だからこそ任期を一年と決め、連合国軍発足の目処が立つまでということで正式に決まったわ」

 

冥琳は評議会閉幕前に蓮華がほかの首脳陣と耳打ちをし、密かに会談をしていたことを思い出した。

 

きっとあの時に何らかの密約が交わされたのだろうと冥琳は察する。

 

「・・・・・なぜそのようなことを?」

 

「今の冥琳では統合軍を指揮する余力はないと私が判断したからよ」

 

「私を・・・見くびらないでいただきたい、蓮華様。かつて私は軍と政を取り仕切っていた身です。兼務であれど支障はないはずですが?」

 

「今の貴女の精神状態では厳しいと、そう判断しているのよ冥琳。貴女は先の戦での心労がまだ取れていないわ」

 

蓮華がそう言うとバサリと報告書を広げ冥琳に見せる。

 

彼女はそれを手に取り見やると、詳細な自分の行動が記載されていた。

 

孫昭との出会い、師事、そして自分の精神的な疲弊と苦悩の様子がまるで自分が書いたかのように詳細に書かれていた。

 

冥琳に内偵を蓮華がしていた事に失望の色を隠せず、怒りを含んだ口調で抗議をした。

 

「私に知らせずに勝手にそのようなことをなさる事、甚だ遺憾と言わざるを得ないですね。蓮華様」

 

「冥琳、私は貴女とは良き友人として、良き師として敬意を抱いている。だけど貴女は私に心を開いてはくれない。いつだって心を深く閉ざし、自分を出そうとしない。私にはそれが辛い」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

実際その通りであった。

 

蓮華とは信頼できうる最良のパートナーと冥琳自身も考えてはおらず、雪蓮のような個人的な深い付き合いがあるわけでもなかったからだ。

 

「冥琳はまだ一刀の死に対し、立ち直れていないように私には見える。だからこそ貴女には無理はさせたくないと、自分と向き合う時間が必要だと思うわ」

 

「・・・・・・・・・・」

 

「今の冥琳は・・・・危うい均衡で保っているように見える。しかしそのような状況下で自分の部下が疲弊していくのを、私としても見逃すことはできないわ。連合は冥琳におんぶにだっこではいけないし、統括軍師は蜀や山越からでも人材はいる」

 

冥琳は蓮華の決定を覆すだけの有効な説得ができる言葉を持ち合わせず、口をつぐみ、項垂れる他なかった。

 

 

建業帰還後は一週間の休暇をもらったが、冥琳からしたら心境は複雑であった。

 

北郷のことで立ち直れていないことは自分も自覚をしている。いや、正確に言えば祭から聞いた、亡霊である北郷が流した涙という事実が冥琳の胸に大きなしこりとして依然として残っていた。

 

祭や雪蓮はああは取り繕ったが、結局は北郷を悲しませるようなことをしていた事実に冥琳自身悔恨の念が消えることはなく、このままでは良くないと思いながらも深い沼に嵌ったまま戻ってくれずにいた。

 

そんな状態の冥琳を蓮華も傍で見てきている以上、見殺しにすることはできないという事だろう。

 

同情云々ではなく、真剣に心配をしてくれている自分の上司に申し訳が立たない思いも混ざり、冥琳の心にさらに大きな影を落とすのであった。

 

雪蓮はせっかくの休みなので家でこのままダラダラとしていてもしょうがないという事で、孫昭と外に出てみることにした。

 

久々に露店での買い物を二人で楽しんでいると、ふと見覚えのある女性が遠巻きに見える。

 

「あれ、冥琳じゃないか?」

 

孫昭も気づいたようで指を指す。

 

「そうね・・・。声かけてみる?」

 

「そうだな。お~い!冥琳~」

 

孫昭が声をかけるが、冥琳は厳しい表情を崩さずにそのまま姿を消した。

 

「変ね・・・・・」

 

「ああ・・・・何かあったのかな?」

 

「・・・・・心配だわ。孫昭、冥琳を追うわよ」

 

「え?!お、おう・・・・・」

 

雪蓮の頭に嫌な予感がよぎる。あれだけ追い詰められた表情をしていたら、雪蓮としても彼女がただ疲れていると放っておくことはできないからだ。

 

二人で尾行をしていくなか、見失いかけていた彼女を見つけ、身を隠す。

 

冥琳は買い物をしていた。

 

「花を買っているな」

 

「そうね・・・・」

 

そのまま尾行を続けると今度は酒屋で酒を買っている。

 

「酒か・・・・・。家で飲むのかな?」

 

「冥琳って私たちとは酒を飲み交わすけど、一人では酒を飲むことはないの」

 

「じゃあ、客さんが来てそれ用にとか?」

 

「だったら食事の具材も買うはずよ・・・・。変だわ」

 

「考えすぎじゃないか?」

 

「・・・・そう信じたいんだけどね。冥琳って一刀が死んでから、気落ちして随分と落ち込んでたから・・・・」

 

「そうなのか?俺にはそうは見えないけど・・・・・」

 

それは貴方の前だからよ。と内心突っ込む。

 

「とにかく尾行よ」

 

へいへいと言ってついていく孫昭を尻目に雪蓮は彼女のあとを追うが、彼女が目指している場所に雪蓮は途中から見当がつき始めた。

 

(国営墓地・・・・?一刀の墓に行くつもりなの?)

 

国が管理している墓地に冥琳は入っていくと、冥琳は石碑の前に立ち、ひと呼吸おき前かがみになる。

 

「あの墓は・・・・?」

 

「・・・・・・一刀の墓よ」

 

冥琳は花をソッと添えると、酒瓶をあけて石碑の上からかけ始めたが、ピタッと止まりコチラを睨みつけ声を上げた。

 

「誰だ?私の後ろを尾ける者は」

 

怒りを含んだ口調に、雪蓮も孫昭も舌を巻くと諦めて姿を現す。

 

「流石ね~」

 

「・・・・ご無沙汰。元気にしてたか?冥琳」

 

雪蓮と孫昭だと思わなかったようで、少し驚きの色を目の奥に宿す。

 

「お前たち・・・・。全く、見かけたら声ぐらいかけるのが道理じゃないのか?」

 

「だってぇ・・・冥琳を呼んでも無視されたんだもん」

 

「だからって尾行しなくてもいいじゃないか・・・・?」

 

「・・・あんなに追い詰められた表情してたら心配になるじゃない」

 

ねぇ?雪蓮は孫昭に同意を求めると、彼も強く頷く。

 

「ああ、俺が呼びかけても上の空だったからな。冥琳・・・・・何かあったのか?」

 

「・・・・・蓮華様から呼び出しを受けてな・・・・。私を連合軍の司令から外すと仰られた」

 

「蓮華が?・・・って冥琳、連合の司令になるなんて初耳よ・・・」

 

「決まったのは連合国評議会で決まった事だからな。最近のことだ。お前が知らないのは無理はないと思う」

 

「でもなんで・・・・蓮華が・・・・・まさか・・・・!」

 

雪蓮は妹の蓮華が冥琳の疲弊に気づいているのではないかと気がつく。

 

「雪蓮の考えていることはあたっているわ。私は・・・・梯子を外された奏者というわけさ」

 

冥琳はそう言うと、蓮華から言われた事の顛末を二人に説明しだした。

 

「なるほどねぇ・・・蓮華も思い切ったことをするわね」

 

「ああ、決意は固そうだ。蓮華様もああみえて頑固なところがある。困ったものね・・・・」

 

それを貴女が言うの?、と雪蓮は内心苦笑しながらもつっこむが、彼女は自分の妹が行った大胆な行為に少し驚きを隠せなかった。

 

「・・・・・なぁ冥琳」

 

「なんだ?孫昭」

 

「どうして冥琳は・・・・立ち直れていないんだ?」

 

「・・・・・・・どうしてだろうな。北郷が死んでから、ずっと・・・歯車が狂っていという実感はある。このままではいけない・・・。なんとか元に戻そうと・・・でも・・・ダメだったわ」

 

「冥琳・・・・」

 

心配そうな表情で雪蓮は冥琳を見つめるが、冥琳は少し寂しさを含んだ笑みを墓に向ける。

 

「・・・・・なんとしてでも一矢報いたい。私の夢を、雪蓮の幸せを奪ったあの野蛮な連中に、私が受けた絶望を味あわせてやりたかった・・・!滑稽だろう?雪蓮。私はお前を支えると、この墓標で誓ったにも関わらず、結局は私自身が救われたかったんだよ」

 

雪蓮と孫昭は絶句するが、そんな二人を冥琳はチラリと見、涙を少し目に浮かばせて震える声で独白を続けた。

 

「そう、私は救われたかったんだ。・・・・あの時の絶望から抜け出すために、私は他人の命をダシに使い、結果的に弄んでしまったのよ・・・・。北郷は私を許してくれる・・・。きっと君らしいなって笑顔で私を褒めてくれる・・・・・。そう思っていた。そう、思わなければ私は・・・・・!!」

 

「でも・・・・一刀は泣いていた」

 

「・・・・・・そうよ。祭殿がどれほど取り繕っていても、結局は彼を悲しませ、自分のわがままに、そして呉のみんなに私のエゴを付き合わせてしまったのよ・・・・。何が江東の大都督だ・・・!人一人救えず・・・・愛する者の命すら守れず・・・・・・!」

 

それは違う!と雪蓮は強く否定しようと口を開きかけたその瞬間、雪蓮と冥琳の指に嵌めていた指輪が光る。

 

「なんだ・・・?!」

 

「光ってるわ・・・・・。どうして・・・・?え?孫昭・・・・冥琳に何を・・・?」

 

「孫昭、どうし・・・・え・・・・?私の・・・・・私の中に入ってくる・・・・・・?」

 

二人が急に起こった不思議な現象に、困惑の声を上げる。

 

それにお構いなしに、そばで見ていた孫昭が静かに口を開き、冥琳の手を強く握る。

 

その力は少年が握る力ではない力強さであり、冥琳は自分の頭の中に強烈な「何か」が入り込んでくるの感じる。

 

悲しみ、そして悔恨、怒り・・・・。

 

言葉に表すとそれが当てはまるのだが、それは冥琳を責めることはなく、まるで何かを戒めるかのような内発的なものであることに気づく。

 

『それは違う・・・・・。冥琳、俺は君を恨んでなど、ましてや荊州を侵略した事を悲しんではいない。むしろ不器用な君らしいと、嬉しく思っているんだ。雪蓮も蓮華も、そして呉の皆は冥琳を心配してるし、そこに悪意はない。純粋に君が好きだから・・・心配してるんだ』

 

「孫昭・・・・?どうしたの急に・・・・?」

 

孫昭の目から意識の光が失われ、それと同時に彼とは思えない別の人間が話をしているかのような言動に雪蓮は動揺する。

 

『・・・・・軍令部で君が声を上げたとき、みんなは君と同じ思いだったはずだ。だけど君がそれを全て背負うのは・・・かつて雪蓮が行っていたことと変わらない。他人の犠牲を前提にした平和は果たして本当の平和なんだろうか?』

 

「・・・・・・・それは!!・・・・だけど・・・・だけど・・・!!」

 

『だからこそ君は俺と一緒に雪蓮を解放する、と誓い合ったんじゃないのか・・・・?あの時のことを、あの時の思いを忘れたのか?』

 

冥琳の顔はハッっと我に返り、孫昭の暗い瞳を凝視する。

 

黄巾党の乱での二人の誓い、そして決意を北郷に語ったあの時のこと。

 

それを知っているのは冥琳と北郷だけしかいない。

 

信じられないかもしれないが、バラバラになったピースが合致していく感覚と同時に雪蓮と冥琳は今の孫昭が北郷であると確信をする。

 

「・・・・・どうしてそれを・・・・?まさか・・・・・・!!」

 

『気苦労が絶えないのは相変わらずだな?冥琳』

 

困った表情で苦笑する孫昭の姿が、やけに大人びておりとても少年が醸し出すような表情とは思えない。

 

その表情が冥琳や雪蓮の目には見知った人物にダブり、写ってならなかった。

 

 

「北郷・・・・・?北郷!!お前なのか!!!」

 

「一刀!?・・・・どうゆうこと?!」

 

そんな二人にお構いなしに、孫昭は澱んだ目で二人を見やると涙を流す。

 

だが急に目に光が戻り、意識を取り戻し困惑した孫昭が涙を拭う。

 

「え?!俺・・・・なんで?」

 

「・・・・・孫昭。お前、意識を失っていたの?」

 

「え?あ、ああ・・・・。急に意識がなくなって・・・・・でもなくなる前に男の声がした・・・・・」

 

「・・・・・何と言っていた?」

 

「二人を頼むって・・・・。時が来たら、また会えるって伝えて欲しい・・・・って」

 

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 

雪蓮も冥琳もこの信じられない体験に、目を点にし、顔を合わせ合う。

 

「また会える・・・?どういう意味なの?一刀・・・・・?」

 

「分からないわ・・・・。でも・・・・一つ言えることは、北郷は・・・・私を憎んでいないという事だ」

 

「ええ・・・・。ねぇ・・・・冥琳?」

 

「うん?」

 

「・・・・・良かったわね」

 

「ああ・・・・・。本当に・・・良かった。・・・・・良かったわ・・・・」

 

冥琳の肩が震えだすと、俯き声にならない嗚咽が静かに木霊する。

 

「・・・・・・ごめんなさい。もう・・・・もう・・・私耐えられそうにない・・・・・」

 

「うん。大丈夫よ・・・・・」

 

雪蓮は肩に抱き寄せ、頭を撫でる。

 

反対側にいた孫昭も冥琳の手を掴むとやさしく包みこんだ。

 

そうすると彼女は止められなくなり、大声で泣き始めた。

 

今までに押さえつけられたものを解放するために、憑き物が取れたかのように彼女は子どもの頃のように泣きじゃくる。

 

雪蓮は冥琳が今まで、そして北郷が死んだ時でさえ涙を流せなかったことを知っている。

 

病室で彼が息を引き取ったとき、柩が運ばれているとき、冥琳はきっと彼のもとに駆けつけ、皆のように泣きたかったはず。

 

だが冥琳はそれができなかった。

 

雪蓮が王を辞任したいま、蓮華を守れるのは実質的には冥琳だけとなっている以上、政敵に弱みを見せることは蓮華の足を引っ張ることになってしまう。

 

だからこそ強靭な精神力で感情を押さえつけていたのだろう。

 

しかしいくらそんな冥琳であっても綻びが出てくる。嘘を嘘で塗り固めるかのように、彼女は自分の感情に蓋を重ね続けた。

 

それは他の者からしたら、信じられない行為かもしれない。

 

こんな時ぐらい自分の感情に素直になってもいいのに、と。

 

しかしそれが出来ないから、冥琳は苦悩していただろう。

 

亡き友人のために感情を表に出せず、泣くことができない情けない自分、そしてそれに逃げるように自分の全てを国に捧げる偽善的な自分に、冥琳はただ自分で自分を戒めることしかできなかった。

 

『困ったときは後ろを振り返って欲しい』

 

北郷が死んだとき、彼女にあてて遺された遺言は、冥琳の不器用さをそれを如実に物語っている。

 

きっと北郷は冥琳が、自分の身に不幸が降りかかったとき、立ちいかなくなる事を予想していたのだろう。

 

実直ゆえに不器用すぎる冥琳を、長い付き合いである雪蓮も知っているからこそ、冥琳にかけるやれる言葉もなく、ただただ泣き崩れる親友の頭を撫で続けることしかできなかった。

 

雪蓮の目下から雫が一粒キラリと光り、地面に吸い込まれていく。

 

孫昭も泣き崩れる冥琳の手を強く握り締める。彼に応じるように冥琳の手が孫昭の手に絡み、強く握り返してきた。

 

まるで何かに縋り付くように、救いを求めるようなに、冥琳の手は孫昭の手を強く握り締める。

 

彼も何もいうことができず、ただただ強く手を握り締めることしかできなかった。

 

(何が他人を生かすための知識だ・・・・。今ここにいる女性に俺は今でも、何もできないままじゃないか・・・・!)

 

そんな自分に辟易し、悔しさのあまり下唇を強く噛み締める。

 

自分の尊敬する恩師がどんな思いをしているかも知らずに、自分の夢を喜々と語る過去の自分がどれだけ愚かで、どれだけ彼女の心を傷つけていたのか。

 

(こんなことなら彼女に師事なんてしなければ良かったんだ・・・・)

 

孫昭の目から悔しさのあまり、涙がこぼれ落ち、深い絶望が彼の心を満たしていくのであった。

 

冥琳は落ち着きを取り戻すと、雪蓮に軽く抱擁をし、孫昭にも同様におこなった。

 

孫昭は暗い影を落とすが、冥琳が彼を包み込むと何故か彼の目から涙が流れ落ちる。

 

彼は自分の激しい感情の揺さぶりに、困惑をする。

 

先ほど流した悔しさと絶望から流した涙とは違う、包み込まれることから生まれる安堵感と幸福感からくる涙であった。

 

自分は一人ではない。そんな当たり前のことに気づかされた彼であった。

 

「馬鹿者・・・・お前が泣いてどうするの?」

 

「ち、違う!これは・・・・・」

 

冥琳はどこか嬉しそうな表情で彼の頭を撫でると、また静かに抱擁を交わす。

 

孫昭は初めて感じる胸のときめきに戸惑いながらも、されるがままとなっていた。

 

「ありがとう・・・・。雪蓮・・・」

 

「ううん。気にしないで・・・・。もういいの?」

 

「ええ・・・・。こんなに泣いたのは子どもの頃以来よ・・・・。スッキリしたわ」

 

濡れた頬を拭い、晴れやかな顔色で苦笑する冥琳。

 

「・・・・時に湧き出てくるモノに身を任せるのも、悪くはないでしょ?」

 

「フフフ・・・・そうだな。まぁ・・・・お前のように自由奔放に身を任せるのはまだ私には難しいがな」

 

「まったく・・・一言余計よ」

 

そう言うと二入で笑い合う。雪蓮は冥琳がこれが立ち直るきっかけになってくれたらと、切に願った。

 

それと同時に自分のことにばかりかまけ、親友の機微に気づけなかった事を内心恥じる。

 

だがそれは無理な話なのかもしれない。

 

雪蓮も、冥琳も、心に大きな傷を負い、いま現状でも二人は完全には立ち直れてはいない。

 

生きようと、なんとかしようと藻掻き、足掻くからこそ冥琳のように道を誤ってしまうこともあるだろう。

 

だからこそそれを雪蓮自身としては愚か者の末路だと、笑い飛ばすことはできなかった。

 

(私も一刀が死んだとき・・・・生きる気力がなかった。孫昭に出会わなければ・・・・、一刀のあの絡繰を見つけなかったら・・・私も同じようになっていたと思う・・・・)

 

雪蓮と冥琳は断金の絆と呼ばれる強い絆を持つ関係であったが、その中にいつの間にか北郷が入り、3人で明日を語り、時にはぶつかりもしたが、雪蓮と冥琳そして北郷はまさに断金と言われても疑問のない強い絆がそこにはあったのだ。

 

そして雪蓮と冥琳の二人にとって、それははかけがえのない幸せな日々であった。

 

だが・・・・もうあの頃のように笑顔で、未来を語り、肩を寄せ合い酒を飲み交わすという事は厳しいのかもしれない事を冥琳も、雪蓮も感じていた。

 

あの頃のような、何も知らなかった頃には戻ることはできない。雪蓮はそう思っていた。

 

その後、冥琳は蓮華の下へ赴くと、ありのままの自分をさらけ出した事にした。

 

北郷を失ってからの苦痛、苦悩。そして未だに残る深い遺恨を蓮華にすべて話すことにしたのだ。

 

蓮華はただ黙って沈痛な面持ちで冥琳の懺悔に近い告白を聞いていた。

 

「冥琳、ありがとう。貴女の思いを聞けて私としても嬉しいわ」

 

蓮華は目に涙を溜め、震える声で冥琳に礼を言った。

 

蓮華には冥琳に対し冷酷なイメージがつきまとっていた。

 

北郷が死んでも感情を決して表に出さず、荊州攻略戦の戦意高揚のために北郷の死を利用したように蓮華には写っていたからだ。

 

だがそれは蓮華の間違いであった。

 

冥琳は自分のことを、そして今は亡き北郷のためにも、全てを投げ打っていた事を知ることが出来たことが、蓮華からして見れば目から鱗が落ちる思いでもあり、冥琳の思い、そして全てを捧げる献身っぷりに自分の考えを恥じるとともに、改めて蓮華は冥琳に対し深い敬意を込めることができる事が、蓮華からしたらとても喜ばしいことでもあった。

 

「私も蓮華様に胸の内を話せて、気分が幾分か晴れていくのを感じています。人は思うだけでは、他人には伝わらないというのを今更ながら痛感しております」

 

「全くそうね・・・。改めて・・・公瑾、任期は少ないが貴女には統合軍の軍師として任務を全うするように期待しているわ」

 

「もちろんです。蓮華様、統合軍は一筋縄ではありませんが我々の独立を守る巨大な矛でもあり、盾でもあります。必ずや期待に沿った形で、後の者に引き継がせたいと思っております」

 

ご支援よろしくお願いします。と冥琳は言うと手をスっと差し出す。

 

「私は貴女に全幅の信頼をしている。議会や評議会は気にせず、冥琳の好きにやってかまわないわ」

 

蓮華は笑みを浮かべると冥琳の手をガシっと掴む。

 

その力強さが冥琳からしたら心地よく、そして安心のできるものであった。

 

 

だが一難去ってまた一難といったところだろうか。

 

晴れやかな気分で執務室に再び仕事を始めると、人事局の方から陳情にも近い報告が上がってきた。

 

「なんだ・・・・?人事局からとは・・・」

 

冥琳は以前自分の秘書が言っていた孫策降格の嘆願かと一瞬しかめっ面をし、報告書を見やる。

 

だがその内容は冥琳の心労をまたしても増やしてしまうものであった。

 

「士官候補学校の入学拒否・・・・?辞退者の成績は・・・・なんと主席だと?!バカな!人事局は何をしている!!」

 

冥琳は人事局の局長を呼び出すと、直ぐ様局長が冥琳のもとへやって来る。

 

「呼び出してすまない。まぁ座ってくれ」

 

「はい」

 

「貴殿からの報告書を読ませてもらった。今年度入学試験を主席の成績で合格した候補生の辞退があったとのことだな?」

 

「そ、そのようです・・・」

 

「このような逸材を眠らせる、ほかの国に囲われるのは我が軍の損失だ。俸給を増額させてでも、拒否を撤回するように根回しできないのか?」

 

士官学校に入れば軍人として扱われることからも、俸給も支給されることになる。

 

冥琳としても俸給の倍増をしてでも囲えと言うが、局長は冷や汗を浮かべる。

 

「はい、我々としましてもそのような交渉は本人と行いましたが・・・・本人の意思が固いようでして」

 

士官学校の試験は入学を許可するための試験でしかなく、入学を決めるのは本人の最終的な意思決定が必要であった。

 

だが今現在では入学を強制するような事は、現行の立憲政府である呉では不可能だろう。

 

冥琳は溜息を深く履くと、背もたれに深く身を預ける。

 

「わかった・・・・。こうなったら私が直接交渉をしよう。その者の名前や居住地などの情報は分かるか?」

 

「すみません・・・我々の力不足でして・・・。こちらが諸々の諸情報になります」

 

頭を下げながらも、局長は用意していた書類一式を冥琳に差し出す。

 

「ふむ、名前は・・・・?なんだと・・・・?!これは本当か?」

 

「はい、間違いはありません」

 

「・・・・・はぁ・・・・分かった。近々私が交渉を行う。報告ご苦労だった」

 

局長は再度頭を下げ、執務室を出ると入れ替わりで秘書が入ってくる。

 

「時間はあまりない。ダラダラとしていたら他国から引き抜かれる可能性がある以上、明日この者と話し合う」

 

「分かりました」

 

秘書は了承すると直ぐ様外へと出て行ってしまう。きっと明日予定されている予定の調整をしに行ったのだろう。

 

冥琳は頭をガリガリと神経質そうにかくと、深い溜息をついた。

 

「一難去って、また一難なんて勘弁して欲しいわ・・・・・。全く・・・・・」

 

冥琳は翌日の早朝に早速、辞退した者が住む場所へと向かう。

 

「はぁ・・・・やっぱりな」

 

と独り言を呟くと、戸をドンドンと叩く。

 

「はぁ~い。なによ・・・・朝早くぅ・・・・。あら?冥琳じゃない。どうしたの?」

 

目の前には見知った人物が眠そうな顔で、若干苛立ちを含んだ口調で戸を開けたが、冥琳としてってか態度を改める。

 

「朝早くすまない。孫昭はいるか?」

 

「え?ええ、いるけど・・・・」

 

「そうか、邪魔するぞ」

 

勝手に入る冥琳に、雪蓮は驚きながらも急な言動に雪蓮は戸惑いの色を隠せない。

 

「ちょ・・・・ちょっと?!」

 

冥琳は雪蓮を無視し、居間へと入ると厨房の方から食事を作っていた孫昭が出てきた。

 

「なんだよ。うるさいなぁ・・・・って冥琳?」

 

「・・・・・私が来た意味、理解できるな?」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

冥琳が声を強ばらせ、質問を投げかけると孫昭の顔に暗い影が生まれる。

 

雪蓮は冥琳を追いかけて、二人の様子を見てますます困惑し頭をかく。

 

「なんだってんのよ・・・・・」

 

「孫昭、そこに座りなさい」

 

「・・・・・・いやだ」

 

「・・・・座れ」

 

孫昭は冥琳を睨み、拒否するが彼女はそんな態度を意に介さないように強烈な殺意を身にまとい、有無を言わさぬ低い声で呻くように座れという。

 

そんな冥琳に根負けし、孫昭は溜息をはくとドカリと椅子に腰掛ける。

 

雪蓮は未だに事態を理解してないようで、心配そうに二人を見やる。

 

「今日ここに私が来たのは他でもない。お前の士官学校入学の辞退を取りやめるよう説得に来たからだ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「え?!孫昭、いつの前に試験を受けてたの?!そんなの初耳よ?!」

 

「まず理由が知りたい。お前は私と、そして雪蓮と共にこの日のためにと研鑽を重ねてきたんだろうに」

 

「別に・・・入学するために、学んできたわけじゃない」

 

ぶっきらぼうに答える孫昭に冥琳は苛立ちを隠さず、孫昭を睨んだ。

 

「・・・・見え透いた嘘をつくな。ではなぜ入学したくもないのに受験をした?・・・・お前は人を生かすために学びたい。あの時私にそう言ったじゃないか?・・・そこにお前の使命があるからこそ、今まで学んでこられたのではないのか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「新しい事を知れば、それだけ新しい自分に出会える気がする。とお前は言っていたじゃないか?あれはウソだったのか?」

 

冥琳は黙って口を閉ざす孫昭に、懸命にかつての自分に対して語ってくれた事を投げかける。

 

あの時晴れやかな笑顔で語った彼の姿は、冥琳には嘘だとはどうしても思えなかったからだ。

 

だが彼はそんな冥琳の目を見ようとせず、俯くと口を噛み締める。

 

「・・・・訳ありのようね?」

 

雪蓮は事態を飲み込めたようであり、腕を組むと孫昭を見たまま壁に寄りかかり、二人の様子を伺う。

 

「そん――――」

 

「うるせぇよ。なんでお前にそんなことを教えなきゃならないんだよ」

 

孫昭が説得を続ける冥琳に対し遮るように声を上げ、苛立ちをぶつけるかのように睨みつける。

 

「・・・・・・・・・・なんだと?」

 

冥琳は表情を凍らせると、無機質な声で聞き返す。孫昭は何度でも行ってやるよ!と声を上げる。

 

「俺が軍に入ろうが、辞退しようが、アンタには関係ないだろ!アンタは俺の教師であっただけで、それ以上でもそれ以下でもない。アンタの意見を聞く必要がどこにあるってんだ?」

 

愛弟子だと思っていた孫昭からの強い拒絶に冥琳の頭は真っ白になる。

 

初めて学びたいと目を輝かせていたあの頃から、冥琳の目には孫昭はずっとその目の輝きを失うこともなく懸命に努力をしていたように見えた。

 

だからこそ冥琳はいま彼が向ける敵意の塊のような視線が、鋭い凶器を突き刺しているかのように辛いものであった。

 

「本気で言っているのか・・・・・?」

 

「ああ、本気だとも」

 

「・・・・・・・・・・・分かった。好きにしたらいいわ」

 

ふんぞり返る孫昭に冥琳は一瞬睨みつけるものの、無意味だと悟ったのか表情を無くした。

 

その表情がやけにのっぺりとした表情であり、絡繰人形のような無機質さが冥琳の心境の機微を物語っていた。

 

雪蓮は思うところはあるようで厳しい表情ではあったが、ただ黙って見ていた。

 

冥琳は立ち上がると、意気消沈した様子で雪蓮に朝早くにすまなかったな、と詫びると孫昭を一度も見ることなく、そこにいないかのように無視をして家から静かに去っていった。

 

何もないように振舞う冥琳であったが、帰る道中の後ろ姿は酷く小さく見え、小さな背中は咽び泣いていた。

 

雪蓮は怒りの形相で孫昭の前に立つ。

 

「なんだよ?文句ガッ―――――?!」

 

自分は何も悪いことをしていないとでもいうように、胸を張って答える彼に雪蓮はプツリという音が頭に響くと、理性という手綱を手放した。

 

孫昭の頬に強烈なストレートが決まり、孫昭を雪蓮の強烈な殴打で吹っ飛ばす。

 

雪蓮はそのまま吹っ飛ばされ、ひっくり返りもんどりをうっている孫昭の襟首を捻り上げ、無理やり立ち上がらせる。

 

彼は脳震盪でも起こしたのか、意識朦朧としており痙攣している。

 

雪蓮は怒りが収まらないのか、そのまま掴んでいた襟を投げ飛ばすように放棄し、孫昭を再び地面にひっくり返させた。

 

「お前には・・・・・・・・・心底失望したわ」

 

冷たくそう言うと、雪蓮は深い溜息をつき自室へと入っていく。

 

江東の小覇王の手加減のない強烈な一撃を食らった孫昭は、虫けらのような視線を浴びせる雪蓮を見やり、自虐的に笑みを浮かべるとそのまま意識を手放してしまった。

 

 


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