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新・恋姫無双 ~呉戦乱記~ 第20話

4BA-ZN6 kaiさん

続きを上げます。

2022-03-11 16:57:00 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:418   閲覧ユーザー数:330

それから孫昭は雪蓮と同居が決まると同時に、冥琳の教え子として見習いになった。

 

文字の習得から始まり、文章の読み書きを懸命にする孫昭に雪蓮はただ黙って見守っていた。

 

冥琳の出すテストや宿題の出来が悪くても怒ることはせず、頑張りなさいと頭を撫でるのみ。

 

雪蓮は大きな期待を背負わされたかつての自分の記憶もあり、また妹の蓮華も過去に姉のプレッシャーを感じていた苦い過去があることからも強く出ることは一切なかった。

 

結局やるのは自分自身。言われてやるようではこの先知れている。

 

そして分からないと聞いてくるときも、答えを教えることはしなかった。

 

彼が分からないなりに努力しているのか?を雪蓮は見ていた。

 

そしてどうしてもわからない場合は助け舟を出し、それ以外は簡単なヒントを一言、二言ほど言うのみであった。

 

『何も言わないからこそ自分が考えて、責任をもってやり遂げなさい』

 

そういったメッセージを彼は雪蓮から感じていた。

 

だが文字の習得が終わると課題はステップアップしていき儒教を中心とした学習に移る。

 

これまた孫昭の手を焼いた。

 

今まで聞いたことがないような思想や思考が冥琳の口からスラスラと流れていくが、それについていくだけで精一杯であったからだ。

 

だがそんな彼に優しかった雪蓮に対し冥琳は厳しい。

 

課題が出来ていない、ましてや課題をやり忘れようものならキツイ目つきで睨むと、

 

『話にならん。準備が出来ていない未熟者に教えるほど私は暇ではない』

 

と言うと冥琳は出て行けと声を上げ、家を追い出して講義を中止してしまう事は多々あった。

 

最初の頃は志高く、意気揚々と門下生となった孫昭であったが、彼の自尊心は江東の大都督と謳われ、皆に恐れられた頭脳の持ち主である大賢人の前ではちっぽけな物でしかなく、打ち砕かれてしまう。

 

 

今日もめたくそに怒られ、彼はため息をはいて肩を落とす。

 

『前回の理解ができていないじゃないか。・・・・そんな状態で私の前に立つとはいい度胸だ』

 

と青筋を立てた冥琳はそのまま椅子に座り込み、それから孫昭の前で一切口を開くことはしなかった。

 

そんな孫昭が肩を落としトボトボと帰っていく姿を見送る冥琳。

 

彼女のその表情は暗く、苦虫を噛み潰したものであった。

 

だがそんな彼女の後ろから急に声が聞こえてくる。

 

「浮かない顔してるわねぇ~。どうしたのかしら?」

 

「雪蓮・・・・?驚かさないでくれよ」

 

気配なくヌッと後ろから現れた友人に驚きながらも、まぁ入れと家の中に入れ、応接間の席に座るように促した。

 

「で?どうかしら?我が同居人の成績は?」

 

冥琳は眼鏡を外すと、落ち着いた口調で説明を始めた。

 

「正直言うと悪くはないわ。今まで何も学んでいない、あのような環境下にいてこれだけの素養を見せてくれる者はそうはないだろう」

 

「へぇ・・・やるじゃないの。じゃあ・・・どうしてそんな複雑な表情をしているの?」

 

「彼の姿勢さ」

 

「姿勢?」

 

「ああ、素質があるが今の現状に満足しきっている節が見られる。今のままでは落第だな」

 

「やる気がないってこと?」

 

「いや、やる気はあるだろう。大なり小なりな。だが彼の場合は自分の境遇をアテにして、妥協する癖がある。あれが私には引っかかってな・・・・」

 

「本人には言わないのかしら?」

 

「・・・言わないな。それは自分で気づいて欲しいと私は思っているからな・・・・。ましてやアノ性格だ。私が言っても意固地になるのは目に見えているうえ、他人が言って直せるようなものでもないだろうしな」

 

「ふ~ん。でも孫昭落ち込んでいたわよ?ちょっとやりすぎじゃないかしら?」

 

「・・・それは私が育てなければならない、最後の弟子であると思っているからだよ。穏や亞莎の時よりも厳しくしているのを自覚はしている。だが彼なら乗り越えてくれると思っているからこそだ。ダメならその程度ということよ」

 

「とか言って・・・・自分もやりすぎたってヘコんでるんじゃないの?」

 

「愚問だわ、雪蓮。そのようなことはありえない」

 

フンと冥琳は鼻で笑うと、眼鏡をかけ直し人差し指で眼鏡をクイッと上げなおす。

 

(嘘ばっかり。ホントは気にしてるくせに・・・・。彼も頑固だけど冥琳の頑固さも困ったものねぇ・・・)

 

冥琳とは長い付き合いであるが故に、彼女が無意識に行う癖も把握している。

 

眼鏡を人差し指で上げ直すのは彼女が嘘をついているときに行う癖だ。

 

他人に弱みを一切見せようとしない頑固な友人に内心嘆息しながらも、しょーがないかと一人心で呟く。

 

(ここは私がなんとかしないとね・・・・)

 

「そう。じゃあ私の助けは必要ないってことね」

 

「・・・もちろんだ。これは彼の問題なのだからな。さぁそろそろ帰ったらどうだ?孫昭が心配するぞ?」

 

雪蓮の追求を誤魔化すかのように話を切り上げ、冥琳は別れを切り出す。

 

雪蓮が家を出たあと見送りの彼女が家に戻るのを遠目で確認すると、踵を返し路地裏から冥琳の家に潜入する。

 

冥琳の自室から人の気配がする。

 

気づかれないように気配を消して戸を少し開ける。すると予想通り冥琳が一人机に突っ伏して頭を抱えていた。

 

(全く・・・・バレバレなのよ。まぁそこが貴女のそういった不器用な所が好きなんだけどね)

 

内心苦笑しそのまま戸を閉め直すと、バレないように彼女の家を出て走り出した。

 

 

 

「・・・・あんなに意地悪い女だとは思わなかった」

 

憎々しく呻く孫昭。

 

最初は手を差し伸べてくれた、自分を変えてくれるかもしれない救世主のように見えた冥琳が、今では悪魔のように恐ろしい人物のように思えてならなかった。

 

そうして家に着くと、酒を嗜んでいた同居人がおかえり~と軽い口調で出迎えてくれた。

 

「ただいま」

 

「その様子じゃ、随分としごかれたみたいね」

 

「ああ。俺、周瑜の事をぶん殴りたい気分だ。あれだけ馬鹿にされて・・・・」

 

「まぁまぁ~そう熱くなるもんじゃないわ。こういう時はパーっと盛り上げて気分を切り替えるに限るってね。外行くわよ」

 

「え?飯作ってないのかよ?!」

 

「あたしが作れるわけ無いでしょ~」

 

孫昭は深い溜息をつくもこうして雪蓮が自分を慰めてくれることに彼女に見えないように笑う。

 

雪蓮は自分を責めることもせず、だからと言って放ったらかしという訳でもない。

 

酒ばかり飲んでいる雪蓮ではあったが自分の様子を見ていないようで、目を離さずに面倒をしっかりと見ている事がひしひしと伝わっており、分かるからこそ彼女には孫昭は内心深い感謝をしていた。

 

外で屋台で金を払い、店主から渡された飯を持ってくると雪蓮はありがと、と礼を言って受け取り食する。

 

「で?今日はどんなことを言われたの?」

 

「前回の理解が進んでいないって・・・・・」

 

「へぇ・・・・?」

 

「そりゃ・・・・俺はあいつみたいな才能を持っているわけじゃないのに・・・!ついて行くだけも精一杯なのに・・・あんな言い方はないだろう!」

 

言い終えると怒りを鎮めるために、ガツガツと飯を口に運ぶ孫昭に雪蓮は苦笑する。

 

「えらい言いようね。じゃあ見せてちょうだい」

 

孫昭は雪蓮に肩を叩かれて渋々テキストを彼女に見せる。

 

テキストが入ったカバンを家に置くこともなく直ぐ様屋台に出たため、今あるカバンを取り出して教材を見せることができた。

 

雪蓮はその内容を見ると稚拙な字であれやこれやと書かれた物が『チラホラ』とある。

 

(なるほどね・・・・)

 

それを見て雪蓮は彼の努力不足を悟ると同時に冥琳がなぜあれだけ怒っているのかを察する。

 

「冥琳はね、なにもお前が憎くて、嫌いで鬼女になっているわけじゃないのよ」

 

「なんだよ!孫策もアイツの肩を・・・・!」

 

「それは違うわ。でもね・・・考えてみなさい。冥琳だって暇じゃないなかでお前のために時間を作って、付き合っているのよ?軍の頂点に位置する彼女が、いったいどれだけ多忙であるのか貴方は考えたことがあるかしら?」

 

「ぐ・・・・」

 

「それに今ある教材だって全部冥琳の資金から出ているわ。冥琳は出来がわるいからと、憎くてお前に当たり散らしているわけではない事は分かるわよね?冥琳は・・・お前に期待しているのよ」

 

「そ、それは・・・・」

 

「それに・・・聞き捨てならない事を聞いたけど、さっきの捨て台詞はなに?『アイツみたいな才能』ですって?ハッ!笑わせるわね。冥琳が才能だけで頂点に立てた人間だって言いたいのかしら?」

 

友人を侮辱された雪蓮の口調が怒気を孕んだ事に彼は思わず気圧され、孫昭は冥琳が才能と家柄のみでのし上がってきた権力者ではないことを改めて悟る。

 

 

それは冥琳が幼い頃に両親と死別し、それこそ血反吐を吐く思いで努力をしてきた姿を雪蓮は見てきているからこそ言える重みのある言葉であった。

 

「だって・・・・俺は・・・・」

 

「お前の生まれは孤児だったからって言いたいの?でも今の環境を考えてみなさいな。果たして今の貴方が全く恵まれてない環境だって言い切れるのかしら?冥琳だって生まれてすぐに親をなくしている。彼女ももとは孤児よ」

 

「え?冥琳が・・・?」

 

「同じ境遇であった冥琳はだからこそ貴方のその姿勢を怒っているのよ。自分の生まれの不幸のせいにして努力を怠っているって。分からない、できないというのは私も冥琳も知っているわ。だからこそ分からない時に貴方がどう解決の糸口を探すのか?それを彼女は見ているのよ。・・・分からない言い訳を自分の不遇な環境で弁解して、果たして今後は大多数の大人を納得させる事ができるのかしら?」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・お前は同情されるのが嫌いなはずなのに、自分の境遇を言い訳にして他人に同情を欲しているように私には見える。無意識かもしれないけどね」

 

「だって・・・・・」

 

「その『だって』っていう言葉はやめなさい」

 

畳み掛けるような口調に孫昭は声を失い、反論の声を上げることができない。

 

口を開けはするが、声を出すことができない。

 

自分が無意識に行っている事を雪蓮に看破され、こうも正論を言われてしまえばそれは仕方のないことでもあった。

 

「ッ?!」

 

「言い訳をすることに時間を割くよりも、まずは自分の無力さを認めなさい。話はそれからよ」

 

彼女がほら食べなさいと促すも、孫昭は悔しさを滲ませた顔で下を向く。

 

図星であった。心のどこかで自分はこんなものでいいと思っている自分がいた。

 

『自分は貧民出身だから』

 

『恵まれた出自ではないから』

 

だからできるわけがない。僻み根性を言い訳にしていた事を今更ながら思い知る。

 

そしてそう言った台詞を冥琳の前で言い返したことを今更ながら恥じる。

 

彼がそれを言うと、冥琳の瞳には失望とやるせなさを含んだ目で睨みつけていた事を思い出す。

 

あの時彼はなぜそんな表情をするのか分からなかったが、今なら理解できた。

 

いったいどんな思いで彼の言い訳を彼女は聞いていたのか?それを考え、噛み締める。

 

一人下を向き反省している孫昭を見て雪蓮は片目をつぶりながらも、してやったりという顔で再び酒を飲みながら食事を再開した。

 

そのまま孫昭は下を向いたまま彼女を直視することができなかったが家に帰ると孫昭が雪蓮にポツリと呟いた。

 

「孫策・・・・。俺、もう一度やってみようと思う」

 

「ふぅん・・・・なら、やってみなさい。骨は拾ってあげるから。それにもし無理だと思ったのなら、辞めてしまってもいいのよ?」

 

雪蓮は優しい口調で言うと頭を撫でる。

 

「孫策・・・・・」

 

「軍師になる、政治家になることが貴方の全てじゃないわ。ダメなら違う道を探してそこにまた打ち込めばいい。人には向き不向きっていうのがあるのだから。そう気を張り詰めるもんじゃないわ」

 

『孫家の宿願を果たすことが君のすべてじゃない。ダメだったら違う目標を立てて、生きていけばいいんだ』

 

雪蓮は北郷にかつて言われた台詞を今度は彼に投げかけた。

 

その言葉が雪蓮を救ってくれたように、今度は迷える彼の胸をうちが少しでも軽くなればと思っての雪蓮の不器用な思いやりでもあった。

 

「ありがとう・・・。でも俺・・・もう少しだけ頑張ってみるよ。やるだけやってダメなら、諦めもつく・・・。やりもしないで言い訳ばかりじゃ、それこそ俺をこき使っていたあの輩たちと変わらないし・・・・」

 

そう言うと気合十分という顔で再び彼の部屋に戻っていくのを雪蓮は微笑んで見守る。

 

頑張りなさいと優しくつぶやきながら。

 

 

それから孫昭は自分が出来うる限りの努力をし、わからない箇所やわかっている箇所を整理して再び次の講義へ挑めるように努力をして向かった。

 

そして一週間後、講義を受けに冥琳の家へと入ると、やけに静かである。

 

「静かだな・・・・。いないのかな?」

 

そして静かな家をトテトテと歩き、いつもの部屋へと足を運ぶと何やら声が聞こえてきた。

 

気になった孫昭は少しだけ戸を開けると、一人俯いている冥琳の姿が。

 

「今日彼は来てくれるのだろうか・・・・・。最近は厳しくしすぎたしな・・・・・」

 

溜息をついているアンニュイな冥琳に、孫昭も苦笑いを浮かべるとガラッと戸を開けた。

 

「・・・・な、なんだ?!急に!」

 

初めて見る慌てた顔をした冥琳が可笑しくて笑いながらも、テキストを前にだす。

 

「今日は講義の日だろ?やろうぜ!」

 

「・・・・・そうか。では見せてみろ。さて・・・課題は出来ているのか・・・・・」

 

珍しくやる気十分な孫昭に冥琳は驚きつつ、そう言うと冥琳はずれてしまった眼鏡をかけ直し、テキストを開くとチェックをしていく。

 

戦々恐々とした顔で冥琳を見つめる孫昭に彼女は思わず笑みを見せた。

 

「そう見つめるな。集中ができないだろ?」

 

と言って笑うと、再び厳しい表情に戻りチェックをはじめ、静かに作業を終えるとそこに座れと促す。

 

「見せてもらったぞ」

 

「で?どうだった?」

 

「まぁ・・・・・酷いものだ。ただ・・・・」

 

「ただ?」

 

「努力のあとは見えている。ソコは・・・十分に評価しているわ。よくやったな、張昭」

 

冥琳は少し微笑むとさぁ始めるぞ!と声を上げる。

 

孫昭は初めて冥琳に褒められた事からも真っ暗な暗闇から一筋の光を見出した気がした。

 

(冥琳は俺を憎いと思って怒っているじゃないんだ・・・・・)

 

それに気づいた孫昭は少し興奮にした面持ちで冥琳に強く頷くと、彼女の講義の一語一句を聞き逃さないぞと言わんばかりにメモをとり始めた。

 

(雪蓮だな・・・・・。全く余計な・・・・でもありがとう)

 

冥琳も彼の心境の変化に驚きながらも、彼が一皮むけた事に安堵すると同時にあのお節介な友人に毒づく。

 

今回の講義ほど胸が弾んだ事はなかった。

 

初めて感じた達成感を胸に抱き意気揚々と家に帰ると、いつものように酒を飲んでいる雪蓮が。

 

「おかえり。どうだった~?」

 

「ただいま・・・・。今回の講義は・・・初めて面白いと思えたと思う」

 

「冥琳は怖かった?」

 

「いいや・・・・・。落ち着いていたと思う。あんな冥琳は初めて見た」

 

ひどい言いようねと内心苦笑しながらも、彼が何かを掴めたであろうことは目の輝きでわかる。

 

そうとなれば雪蓮の役目は決まっている。

 

「そう。ならやってみなさい」

 

笑顔で頭をなでるとさぁご飯にしましょうという。

 

「え~?!孫策って飯作れないって言ってたじゃんかよ~。食えんのかよ?」

 

「な?!失礼ね!そりゃ見かけは悪いけど・・・・」

 

心外だと言わんばかりに頬を膨らますと、孫昭は雪蓮の手を引いて居間へと連れて行く。

(やれやれ・・・いい笑顔してくれちゃって・・・・。良かったわね・・・・孫昭、冥琳)

 

彼は晴れ晴れしい笑顔で彼女を照らすのを、眩しそうに雪蓮は目を細めた。

 

孫昭はその後一層勉学に励み、メキメキと頭角を現していく。

 

冥琳とのあの出来事から、孫昭は身を投じて勉学に打ち込むようになった。

 

課される課題や講義の内容が苦ではなくなった彼の前では、冥琳の講義はスポンジが水を吸うかの如く吸収していく。

 

新しいことを知れば、新たな考えに触れれば、その分だけ新しい自分になれる、出会える気が孫昭にはしていた。

 

あの後は当初は雪蓮も教えていたりもしたが、内容が高度になるにつれ最早自分では手出しができない領域に来ていることを悟ると、今ではただ見守るだけであった。

 

 

 

そして冥琳としても彼の才能の開花を実感しているようであり、マンツーマンでの講義だけでなく町民での集会での議論、ディベートなども参加させるなど変わった講義も受けることになった。

 

孫昭は町民たちと議論を交わす姿を冥琳と雪蓮とで見守る中、雪蓮は冥琳になぜこのようなことを?と質問をした。

 

「この国は言論の自由が保証されている。ゆえにこれからは彼は相手をただ論破するだけではなく、多様性を知り、認め、他者の思想を尊重することが必要となってくる。私としては意見の合わない人間をただ粛清するような愚か者には彼にはなって欲しくはない」

 

冥琳の答えに雪蓮はかつての北郷の言葉が思い出された。

 

「言論の自由は寛容さが大事だ。って一刀も言っていたわねぇ・・・・。まぁ他人を尊重できなければ、自分の意見なんて尊重はしてくれないだろうしねぇ・・・。そう思うと当たり前のことなのかもね」

 

「ああ、我々は今までは自分と思想が違う人間を異分子扱いし、危険視して排除してきた愚かな歴史がある。山越がいい例だ。文化や肌の色、言語が違うだけで異端扱いをし、劣った民族であると見下す。それが互いの憎しみを生み、無駄な殺生をさせた」

 

「そのような無益な憎しみや争いは極力なくしたい・・・・ってこと?」

 

「そうだ」

 

冥琳の表情には強い覚悟が滲んでいるのを雪蓮は感じる。

 

「たいしたものね~。流石周瑜派の筆頭だけはあるわね」

 

「茶化すな。それに邪魔をするなら・・・・」

 

冥琳が雪蓮を睨むと彼女はギクリと冷や汗を流し、目をそらした。

 

雪蓮はこのままいれば冥琳が自分にどういった仕打ちをしてくるかを知らないほど愚かではないからだ。

 

(本気ね~。このままいたら仕事の案件の量を10倍にしてきそう)

 

「はいはい、分かってるわ」

 

手をヒラヒラと降ると雪蓮は逃げるように去っていく。

 

孫昭の成長を見守ていた雪蓮ではあったが彼女としても自分の部隊の運営に力を入れなかればならず、連合軍の北方合同演習に向けての調整で家を留守にすることが多くなった。

 

だがもともと一人で生きてきた孫昭からしたら、彼女がいなくても特に問題はなく生活できている。

 

自分をあまり頼ってはくれない、それが雪蓮には少し寂しさを感じていたが。

 

「じゃあ私と冥琳はこれから荊州に出張るけど・・・。一人で大丈夫?」

 

軍服をピシッと着た雪蓮は荷物を持って玄関前に立っていた。

 

「大丈夫だって。ほら行ってきな」

 

ひとり残される孫昭を雪蓮は慮るが、彼は鬱陶しいと言わんばかりに顔を顰めた。

 

「ひどいわ~、お姉さん辛い。これでも心配してるのよ・・・?」

 

「姉さんって歳かよ・・・。いてぇ?!」

 

人聞きならないセリフに雪蓮は彼の頭をげんこつした。

 

「痛えな!!何すんだよ!」

 

「これからは勉学だけでなく、女の扱い方を勉強しとくことね」

 

あっかんべーをする雪蓮に苦笑いをする孫昭。

 

だがその表情がかつての愛した男に重なり、思わず彼女の胸がはねる。

 

それを彼女は誤魔化すかのように明るく振舞う。

 

バレてなきゃいいけどと不安に駆られるが、彼の笑みを見て杞憂であったと悟り安堵の息を消えるように吐いた。

 

「分かってるよ。言いすぎたって・・・」

 

「な、ならいいけど・・・・。じゃあ留守番頼んだわよ」

 

「いってらっしゃい」

 

笑顔で孫昭が手を振ると、雪蓮も笑顔で手を振り気合を入れ直すと軍令部へと急いだ。

 

軍令部に到着すると、冥琳から呼び出しを受け直接赴く。

 

「孫策 入ります!」

 

「入れ」

 

完全に仕事モードな冥琳の無機質な声に、雪蓮も特になにも思うことはなく静かに部屋へと入っていく。

 

冥琳は雪蓮に応接間で座ってくれと促すと、彼女も向かい合うように座り眼鏡を静かに外す。

 

それを見て雪蓮は冥琳が今は本音で話をしたがっていることを察する。

 

「孫昭はどうだ?」

 

「元気にしてるわよ。近いうちに軍の士官学校に入るんだっ、てさらに勉学に励んでいるわ」

 

呉では1年に1回行われる士官候補養成学校での入学試験が行われている。

 

一般人も受験可能ではあるがその試験に通れば、参謀への出世が開かれる事からも下士官らもこぞって受験を希望する難関試験でもある。

 

今回は孫昭は初めてではあるが、この試験を受験するべく寝る間も惜しんで勉学に励んでいた。

 

それこそ雪蓮では最早手に負えない、高度な内容の専門知識が必要な法学、地政学、経済学などを机にかじりついて勉強をしているが彼女はそれを影で見守るだけであった。

 

 

 

だが冥琳としてはやはり軍人を目指している孫昭に憂いをおびた表情で聞こえない溜息を吐いた。

 

「そうか・・・・・」

 

「心配?」

 

「・・・・お前は心配じゃないのか?」

 

図星をつかれた冥琳は少しムッとした表情で雪蓮に問いただす。

 

「心配よ・・・・。でも彼の人生だもの・・・。彼が自分で考えて、自分で決めた事を私は取り下げることはできないわ。能動的に彼が決断したのであれば、それは尊重されるべき決断と思うしね」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

「でも本音言うとね、私は・・・彼に軍人にはなって欲しくはない。どこかで露店をやってたり、職人にでもなっていたりしていていたら、どれだけ私自身気分が晴れたことか・・・・」

 

「・・・・すまない」

 

「どうして謝るの?」

 

冥琳は軍に入り命を落としたかつての恋人を知っているからこそ、雪蓮の心境や辛さを慮っての謝罪であった。

 

「孫昭をそうするように仕向けたのは少なからず私のせいでもある。私はお前の気持ちを考えずに軽率なことをしてしまったのかもしれない・・・・」

 

「別に冥琳のせいではないわ。結局はやるかやらないかは彼次第だしねぇ」

 

さぁこの話はもうおしまい!と雪蓮は半ば強引に遮ると、冥琳もこれ以上の詮索は無粋であると悟り眼鏡をかけ直す。

 

と同時に冥琳の秘書が出てくる。

 

「どうした?」

 

「はい・・・黄蓋長官が話をしたいと・・・」

 

水軍との今度の演習の打ち合わせか?と雪蓮は思ったが、冥琳は思い当たるフシがないのか思案顔を解かぬまま、分かったお通しろと指示した。

 

すると直ぐ様祭は入ってきた。雪蓮は頭を下げ、退室しようと思ったが祭は呼び止める。

 

「おお、孫策佐官も一緒か。ちょうどよい、実はお主らに聞いて欲しいことがあっての」

 

「「・・・・・・・?」」

 

「・・・策殿と同居している孫昭であるが・・・。ちと気になってのう。策殿、あやつの様子が変になったりなどはありましたかの?」

 

「別にないけど・・・話が見えないわね。祭、孫昭がどうしたというのかしら?」

 

「先の荊州の戦闘で儂は奇妙な出来事がありましてな・・・・。張遼を追い詰め、トドメをさそうとした時じゃった・・・。その時儂の手を掴んで止めたんじゃよ」

 

「誰が?」

 

雪蓮が促すと、祭は少し表情を青ざめて震える声で絞り出すように口を開く。

 

「一刀が・・・・・儂を・・・・」

 

「バカな・・・・北郷は・・・・・北郷は死んだはずだ!そのような世迷言を・・・!」

 

冥琳は声を荒げて否定をする。だが祭は目つきを鋭くし、冥琳をまっすぐ見つめる。

 

「嘘や酔狂を今更お主らに言う、大うつけ者に見えるか?儂は正気じゃ、冥琳」

 

「・・・・一刀が貴女を止めて・・・・何か言っていた?」

 

言葉を失った冥琳の代わりに雪蓮が核心に迫る質問をする。

 

「・・・・涙を流していた。そして儂の手を掴み、思念が流れ込んできおった。後悔、悲しみ・・・・言葉では説明が難しいが、それが一番当てはまる言葉だったの」

 

祭の言葉を聞いた瞬間の冥琳の表情が一気に青ざめ、暗い影を落としたのを雪蓮は見逃さなかった。

 

肩を震わせ・・・・俯き、唇を強く噛み締め体が震えだす。

 

北郷の弔い合戦をやはり悲しんでいたかもしれないという事実が、北郷が自分を恨んでいるであろうと思ったのだろう。

 

マズイと思った雪蓮は冥琳の傍にたち肩を優しく抱き寄せ、背中を優しく撫でた。

 

「雪蓮・・・・・私は・・・・私は・・・・・」

 

1万人近い戦死者を出した先の戦いで、その責任者でもあった冥琳の精神的な心労は途方もないものであることは想像に容易い。

 

荊州の町民たち、呉の兵士たちの未来を数多く奪った事実を、きっと冥琳は北郷は自分を死してもなお、理解してくれている。

 

というある種の自分のエゴに縋ることで均衡を保ってきたのだろう。

 

北郷が自分を許してくれていない事実知ったことからも、冥琳が保ってきた均衡が音を立てて崩れていくのを祭と雪蓮は感じていた。

 

 

「冥琳!!しっかりしなさい。大丈夫よ。一刀は貴女を憎むなんて事はしないはず・・・!」

 

「わ・・・・私・・・・・・私は・・・・・」

 

雪蓮は孫家から抜け、重責からある種解放された身ではあるが、冥琳は変わらず軍の実質的な最高責任者であることは変わりはない。

 

それは雪蓮の背負っていた重荷を今では冥琳が背負っている事を意味しており、祭は冥琳が必要以上に責任を感じすぎてしまっていることを危惧した。

 

戦争とは命のやり取りをするもの。そうである以上規模がどうであれ、戦死者が出ることは避けられない。

 

その覚悟を持ち、責任を持ち軍師たちは兵士を動かしているのだ。

 

だが冥琳の「それ」はほかの軍師が持つ覚悟とは異質であり、まるで自分で自分の首元に剣を突き刺しているかのように痛々しく、悲痛なものであった。

 

北郷が死んでから、一番弱ってしまったのは雪蓮ではなく、冥琳なのではないかと祭は傍目に見て思う。

 

雪蓮もそれを知っているからこそ、震える冥琳を傍に抱き寄せて、優しく介抱していた。

 

祭は厳しい表情を崩さず、自分が体験した出来事を赤裸々に語った。

 

「その後・・・儂にこう言いおった。張遼を殺せば、恋が悲しむ。・・・・と」

 

「そう・・・・。一刀は・・・・・恋を思いやって・・・・ホントあいつらしいわ・・・・」

 

雪蓮は相変わらず自分よりも他人を思いやる彼のお節介な性格を思い出すと同時に、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。

 

冥琳は青ざめた顔で、縋るように祭に聞いてくる。

 

「北郷は・・・・あの戦を悲しんでのことではなかった・・・・のですか?」

 

「うむ、そう思うの。あの時儂の体に流れた悔恨や悲しさは・・・・まるで自分自身を戒めているかのような・・・・そんな雰囲気を受けた。すまぬ・・・・説明が難しいが・・・」

 

「そうだったの・・・・。ね?言ったでしょ?一刀は絶対に冥琳を恨んだりはしない。安心して?」

 

「ああ・・・。北郷・・・・・・」

 

冥琳は震えを収めると、顔を上げる。

 

表情は幾分優れていはいないが、なんとかこちらに帰って来れたようであった。

 

「じゃがこのおかしな出来事には続きがあるのじゃ」

 

「続き?」

 

「ううむ・・・・・策殿が興奮して手がつけられなくなった時・・・・あの少年が言いいおったのよ。『雪蓮を助けてほしい』って声が聞こえたと・・・・」

 

「ええ、それは以前彼から直接聞いたわ」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

「儂の気のせいなのかもしれんが・・・・あの少年が策殿と対峙していた時も・・・・何やら・・・・・北郷が乗り移ったかのような・・・・そんな気がするのじゃ・・・」

 

「信じられません・・・・。つまり・・・・孫昭は北郷の・・・・生まれ変わりだと?」

 

「それは分からん・・・・。じゃがあの顔つきや声、あれほど北郷とソックリでは、そう思ってしまう儂は果たして愚か者であるのか・・・・。それはお主たちに託したいと思う」

 

「はぁ・・・・この超常現象はもはや説明がつかないわね・・・・。雪蓮、貴女はどう思う?」

 

「・・・・・・・・・孫昭がこの世界と、一刀を繋げている重要な存在であるのは確かのようね。この際だから・・・祭にも説明しましょうか」

 

それから雪蓮は北郷の過去やこの世界の歴史を変えるために繰り返し転生していた事を説明した。

 

祭は驚きながらも、腕を組み直し思案する。

 

「なるほどのぉ・・・・。そうであるのなら・・・・」

 

「孫昭と北郷の結びつきがあり、それが何らかの形で北郷を呼び出す・・・・という事かしらねぇ」

 

「信じられんが・・・・ありえる話かもしれん。全く巫山戯た話ではあるが・・・・北郷ならそのような事ができると・・・・?」

 

冥琳はもはや自分が何を言っているのか?といった自虐的な思いに駆られる。

 

全く馬鹿げた事を3人で話しているように思えるが、雪蓮や祭から流れ込んできた北郷の思念や過去が嘘ではない事を知っている以上、冥琳も信じざるを得ない。

 

「私はそう思うわ。孫昭と一刀は何か縁がある。そして何か条件が重なると、一刀が・・・・!!」

 

力強く雪蓮は言うが、最後は萎んだように声が小さくなりごめんなさいと謝る。

 

そんなことがあるはずがない、と分かってはいるが雪蓮としては孫昭が

 

『北郷を何らかの力でこちらの世界に戻してくれるのではないか?』

 

と思ってしまうのは無理もないことだと祭も冥琳も表情を暗くする。

 

暫く沈黙が支配する中、雪蓮はすぅーと息を吐くと気を取り直し、気持ちをなんとか切り替える。

 

「二人はこのことは他言無用でお願いできるかしら?」

 

「もちろんだ。それに・・・・こんなことを話しても誰も信じてはくれまいがな」

 

「うむ。このことはあまり外でおおぴらに話せる内容でもないからの・・・」

 

3人は強く頷き合うと同時に、深い溜息をついた。

 

雪蓮と冥琳の指輪が再度キラリと光るが、そのことに気づく余裕は2人にはなかった。

 

 


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