No.944026

邂逅

クサトシさん

4月1日西海ノ暁25で配布予定「見慣れぬ存在」の一部
艦娘、提督、司令官、海上自衛隊、海軍が全く出てこない艦これ二次創作小説です。

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1.邂逅 この作品

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2018-03-05 22:54:52 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:785   閲覧ユーザー数:785

 

 

 ある日の夜。

 幾多の雲が我こそは、と争うように雲を遮っては蠢きあっていた。そのせいか、船内の明かりが雲の影に吸われてるのでは、と錯覚するほど暗く、そんな中でスコールに襲われた。それは、無数の子供達が遊ぼうと窓を叩いて誘うかのようで、いたる所をしつこく叩き続け、その音が止むことはなかった。けれども、鉄の船は軋むことなく進み続けた。

子供達に鉄の船は面白くなかったのか、投げ込まれた餌が無くなったのに気付いた鯉のように順に離れていった。

 船が揺れる音がようやく聞こえて、しばらく、先程より明るくなった船内の中を私は歩く。

丁度休憩時間となった私は、気晴らしに、と外へと出た。ここに来るまでにすれ違った、業務時間である船員には申し訳なさと愉悦感が同時に湧きあがっていた。

 霧もなく、雨もなく、波は高くもなく、風は程々。静寂という言葉を肌で初めて感じた。

しかし、見える景色はコールタールのように黒く濁って、ただここにいるだけなのは退屈だと思った時、雲から月明かりが一筋漏れて、船の行先に、進行方向と垂直になるよう線を引き始めた。先程の子供達と戯れる障害物競走から抜け出し、ゴールラインを切るかのように祝福されたのだと思った。

 航海というのは緊張と退屈の連続だ。どのようにそれを埋めるかそれを考えていつも乗船するが、大して思う通りにはいかない。今日の今に限って言えば、そのような俗世から切り離されて、グラスを片手に、恋い焦がれた人に何気なく挨拶することを待ち遠しく思うよう、月が顔を出すのを待つのも悪くない、と静寂と平穏を楽しんだ。

 船は光の線を越えた。

 月の姿は雲に隠れて見えなかった。

 

 

 

「誰か!海に、あいつが落ちた。」

 ゴールテープを切った後、突如として、声が聞こえた。

最初は音として、次第に声の意味を理解した。そして、「誰か落ちたぞ。」と音が響いた。聞こえた者達は、同様にその音を船内へと飛ばし、船内は一瞬にしてその音で埋め尽くされた。

 たまたま近くにいた私は、すぐ声のした方へと向かった。誰かが落ちたような音は聞こえなかったが、もしものこともある。向かった先には見知った顔がいた。

 彼が言うに、柵にもたれ掛っていながら話していた奴(以降、Aとしておこう)が目を離した瞬間、いなくなった、と言う。

 音に呼ばれて外に出てきた者達は、照明を回す者とこちらへ向かってくるものとに分かれていた。ある程度の人数が集まったのを確認して、数人に状況を話し、船長へ報告して、船内を探してくれ、と頼んだ。

 冷や汗を感じて、額に手を当てて汗を拭きとると、直後、生温い風が突き刺さった。先程は心地よく思えた風が、吹き荒れる様に動く我々を笑っているように感じた。

 ともかく、落ちたかどうかはっきりとしないが、私と集まった幾人で備え付けの救助ボートを降ろす準備をした。照明が忙しく回り始め、船の停止と救命ボート許可のアナウンスが響く。ボートを降ろしている途中、照明の1つ固定されて、次々と照明が一点に重なった。上から、逆行で誰だか見えなかったが、人影が見える、と叫んでいた。

 数人と共に救命ボードで照明の当たる先へ向かうべく船から離れた時、酷く不安を覚えた。

もう二度とこの船には戻ってこれない、と。

船がそこにあってそこにないような感覚があった。目の前に映る世界が平面なガラス細工で表現されていて、触れようと手を伸ばすと粉々に砕けるような。そして、なんの気配もなく転覆するような。

海はこの救命ボートを揺らすほど荒れていないというのに。

 

 照明の当たった先へと近づくにつれて、双眼鏡を持った一人が、頭が1つ見える、と叫んだ。近づくにつれて、肉眼でも馴染みのある後頭部が見えてきてた。肉眼で確認できると、次々と私たちは彼に呼びかけた。

Aは、海に落ちて、船から遠く離れて漂流し、照明が当たって、ボートに乗って大声で叫ぶ私達が近づいてきているというのに船を、照明を、私達を一切見ることはなかった。一瞬、Aではない誰かのような気がした。

 Aの横へとボートを近づけても彼は一切動じず、船と反対側を見ていた。心ここに在らず、というか虚ろというのか。動かないAの意志を無視して救助を行った。脈は正常、瞬きもするし、呼吸もしていた。ただ、Aの視線は同じ場所を捉え続けていた。何かに憑りつかれたように。

 不気味なAの救助が終わった後、船へと向きを変えて動かした。風の向きが変わった。そのせいか、先程の船への不安は感じなかった。いや、船よりAに異常さを覚えたからだろう。

 

 救助後のAの身体はとても冷えており、他の者が毛布や上着を渡したが、それを羽織ろうと反応もせず、ただ受け取ったまま、投げ捨てた衣服を家具が被るように、ただ、置かれた。このままでは不味いと思い、ボートを急がせた。

 船に到着し、急ぎ医務室へと運んだ。

 後に分かったことだが、医務室に運んでからも、Aの視線は千里眼でもあるかのように正確に、自分が漂流していた場所から見つめていた方角を見据えていた。

 ここで何もせずAが死ぬことを見ることも出来るが夢見が悪いと思い、死にたいと思って飛び込んだからもしれないが助かるよう処置した。処置と言っても身体が冷えているだけなので、身体を拭いた後、毛布でAを包み、栄養剤などを無理やり飲ませただけだ。

 一息つこうとしたが、落ちたAを心配した者達が、次々と様子を見に来た。各々が声を掛けるが、変わらず反応はない。Aには私が付いているから、と他の者たちはいつも通りに動くよう、帰ってもらった。

訪れる人数が次第に減り、残ったのは私と落ちる前に談笑をしていた男だけだった。彼が落ち着きを取り戻すよう息をはくと、少し一服したいと席を外した。

 人が減ってからの私は、Aに声を掛け続けていた。もしかすると、彼はそれが嫌だったのかもしれない。何か反応が欲しいと思ったが何度やっても彼はびくともしなかった。痙攣も声の1つも起きなかった。

彼が戻ってくる少し前だったか。

声が聞こえた。

「なあ。」

 声の主は、Aだった。

その時は、Aから声を掛けられるとは思っていなかったのもあって、私の首はぐるんと大きく回り、目は大きく見開いていたと思う。Aの目線は変わらず同じ場所を見つめていた。

 丁度、一服から男が戻ってきた。目配せをして、唇に人指し指を当てた。当てはないが、ここで変な行動をとるとAはもう言葉を発さないと思った。

Aは続ける。

「俺の他に誰かいなかったか。」

 私と彼を目を合わせ、小さな声で話す。

「音は?」

 海に人が落ちたような音を聞いたか、訊ねた。現状、彼しか知りようがない情報だ。

「いや、聞こえていない。」

 Aに指を差して、続ける。

「こいつのも。」

 彼が叫んだのはあくまで可能性の1つだった。無事Aが見つかったのは僥倖だったが最悪の状況があった。

「点呼を急がせろ。照明をまた動かして、船を動かさないよう伝えてくれ!」

 まだ誰か漂流している可能性があった。

 瞬間、彼はいなくなり、扉が凹んだかのような大きな音をあげた。扉のすぐ近くで叫ぶ声が聞こえて、また船内に嵐が起きた。

怒涛に振り落ちた雨は音をあげなかったが、船内の嵐には苦しいようで軋む音がよく聞こえた。

「おい。他に誰か落ちていたのか。それとも流れていたのか。何故言わなかった。誰だ。」

 彼が飛び出した後、心在らずなAの肩を掴み、話してくれ、元に戻れという念を込めて、揺さぶりながら叫ぶ。

「おい。聴こえているだろ。答えろ。おい。」

ダメか、と男を揺さぶるのを止めようとした時だった。

「違う。」

Aの視線がゆっくりとこちらを見た。事故後、初めてAと目が合った。

「照明を当てて、俺を見つけた時、その場所に、他に誰かいたか。」

照明に気付いていたのか。

Aの発言に納得いかなかったが、その時を思い出す。

「いや、君以外に誰もいなかったと聞いてる。」

人影が1つ見える、としか聞いていない。船から出る前も、出た後もだ。

沈黙が続いて、「そうか。」と小さくそう呟く。

「ああ、そうか。良かった。」

 よく、彼の言うことが分からなかった。

「もう行ったんだな。」

 Aはそう言うと、役目を果たしたように目を閉じ始めた。

「おい、」

 Aはもう寝息を立てていた。揺り起こそうとしたが、すぐに止めた。

起きていても寝ていても変わりはしない。そう思った。目が覚めるまで待つことにした。

やり場のない怒りを溜息にして出したことを誰かに褒めてもらいたい、と思った。暫く一人になって休みたい私を余所に慌ただしいノックがして、医務室の扉が開いた。先程の、飛び出した彼とは違う船員の顔が見えた。内容は、私とA以外の点呼が終わったとのこと。つまり、船内に人は問題なくいるのだ。過不足なく。

 頭が痛くなってきた。

「周囲に船や島は?」

彼には失礼だとは思いつつ、手で頭を押さえ、俯いたまま訊ねた。

「いえ、ここ数時間は全く。」

暫く考えて、

「密航者とか。」

苦笑された。

 不可解だった。

 Aの口ぶりでは誰かがあそこにいて、立ち去った様子だった。彼は何を見たのか。凍り付いたように止まっていた理由は何だったのか。

 どっと疲れた。

 私もまた自室に戻って休むことにした。

 後で聞いた話だが、Aが眠る直前にまた月光のラインが現れていたそうだ。それを超えた後、スコールに襲われた。ベッドの中でけたたましい考えが頭の中を回る中、けたたましい音が響いたのをよく覚えている。

 あれは本当に誘われていたのかもしれない、と夢見がちに考えていた。

 

 

 

 目が覚めた私は、Aから話を聞いた。内容は眉唾ものだったので割愛する。私も考えがまとまらない。

 ただ、2つ。

 月光が差し示していたラインを越えて、またそこを通過するまでの間、計器は異常を示していなかった。後日その時間のデータがまるで引き抜かれたかのように消えていた。あれだけ静かだった海の様子は存在せず、データ上では、私達はスコールに襲われ続けていた。

 そして最後に。

 Aが柵にもたれて談笑していたことに間違いはなかった。Aが話すに、服の、背中を弱い力で摘ままれて幾度か引っ張られた感覚があった。何かに引っ掛かったか、と振り返ると海の中だった。

そして、海の中でなにかを見た。海の上で女性らしき人影に助けられた、と。


 
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