No.946938

見えないけど見えたもの

クサトシさん

4月1日西海ノ暁25で配布予定「見慣れぬ存在」の一部
艦娘、提督、司令官、海上自衛隊、海軍が全く出てこない艦これ二次創作小説です。

掲載順
1.邂逅 http://www.tinami.com/view/944026

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2018-03-29 21:00:47 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:280   閲覧ユーザー数:280

 家を出る前も準備は万全、と自負しているが、念には念を入れる。職場に入る前にトイレへと向かい、鏡で再度問題が無いか確認する。表だった顔商売である以上、疎かにしてはいけない。

髪型も、表情も、鞄の中身の忘れもない。

問題なし!

「よし。」

 顔を両手で叩き、戦闘態勢へと入る。今日もまた一日が始まる。

 

 

「おはようございます。」

 千嶋秋(ちしまあき)は、職場に入るとその職場全域に響くよう、滑舌のいい挨拶をする。それに声を返す者がいれば、ああお前か、と顔を上げて軽く会釈する者もいる。千嶋秋にとって皆の反応はどうでもいいことで、彼女自身は発声練習をしているに過ぎない。もちろん、挨拶を返してくれた者には、再度適量の音量でもって返す。

 自分自身を腐らせない為、恥ずかしいと思っても、何もしなければ変わらない、と思って始めた習慣だ。そう思って始めるといつしか日課となり、同時に、自身の今日の調子を診る、占いに近いものに最近なりつつあった。それは彼女しか知らないし、そうなるとは当時の彼女も思わなかっただろう。

 今日も絶好調だ。

 少し気分が良くなったのか、にこやかな顔で歩き、ショートのポニーテールが千嶋の心情を表すかのように跳ねていた。

 自身のデスクに近づくと、隣の机には既に人が座っていて、作業しているようだった。

「おはよう、道ヶ峰(どうがみね)君。」

元気いっぱいの挨拶に元気いっぱいの張り手が道ヶ峰、と呼ばれる男の背中に叩きつけられる。

「っ。」

男は声にならない声を出して、呻いていた。

痛みが少し引いたのか、道ヶ峰と呼ばれる男が顔を上げると、千嶋は挨拶を待っているのか、機嫌がいいのか、道ヶ峰の顔をニコニコと眺めていた。

「おはようございます。」

渋々と痛いのを堪えて、怖い人に逆らってはいけないと我慢しているのと同時に面倒事は嫌いだと現状を拒絶している、ふてぶてしく小さな声で挨拶が返ってきた。ある意味で、彼にとってこれは日課で、叩くのはいいんで少し抑えて下さい、と千嶋に何度か言ったことが、改善された試しはなかった。なので諦めている。

「あれ、道ヶ峰君、泊まり?」

道ヶ峰の恰好は千嶋が昨日見たものと同じだった。

「ええ、まあ。」

「シャワーは?」

「まだですね。」

「駄目だよ、そんなんじゃあ。人前に出ないとは言え、人を映す仕事してるんだから。出る前に浴びてきてね。」職場の近くに銭湯がある。千嶋が今の職が続く一つの理由になっているぐらいには助かっている。

道ヶ峰はまだ痛みが引かないのか俯いたまま、何かを考えているのか一拍沈黙を置いて返事をした。

 千嶋は初め、道ヶ峰が今でいう、やる気のない、コミュニケーション能力が低い、コミュ障とか言ったっけ、そんな若者だと思っていた。でもそれは間違いで彼が素直であることに気付いた。

 素直だが、たぶん報われてきてないのだろう。勝手な妄想だけど。

 そのせいか、現状与えられた仕事以外に意欲があまり湧かないだけで成果の報酬を期待してないが、生きる為に言われたことはしっかり熟(こな)している。そんな感じ。それは、千嶋にすれば普通で十分なことだった。これ以上を求めたくなるのもあるが、自己満足なだけで必要はない。長いこといて、てんでダメな人も知っているから。

その、コミュニケーション不足なだけだ。それを教えられたら、と思い彼を、厄介事だと思っているだろうが、助けている。つもりだ。それで道ヶ峰が距離を取るならそういうことだ。でも、彼は一定距離を保って付いてきている。正解なのだ、と信じたかった。

 

「秋さん。」

銭湯から帰ってきた道ヶ峰が声をかけてきた。午後から出発なので午前中はゆったりしていいとのことだ。休み万歳。週刊誌を読みながら今日の予定を確認していた千嶋は道ヶ峰の声に振り返る。

「何。」

「見て欲しいものがあるんですけど。」

「ほお。うん。」

少し珍しかった。出来た動画のチェックを頼まれることはあるけど見て欲しいもの、と言われたのは初めてだった。誕生日なら先々月だぞ。

 道ヶ峰は自分の机にあるノートパソコンを秋の方に向けた。モニターには再生待ちの画面が映っている。マウスを滑らせて、動画が再生される。

 漁船に揺らされている私達の動画。数日前のある産地の名物特集として撮影したものだ。三台あったカメラの内の一つだろう。これは別の漁船から私達を撮影していたものだ。陸側から海へと向かっているのを撮っている。

確か、あるポイントまで移動している最中だったはず。正直言って、何も見所がない。特にリアクションもなく、ただ漁船に揺らされているだけだ。

動画は十数秒程。終るや否や、

「見えました?」

「なにが?」

ただ私達が漁船に乗っているだけの動画に対してどうリアクションを取れというのか。芸人でも難しい。ADの名が泣くぞ。

そう思っていると、道ヶ峰は黙ったままノートパソコンを自分の方へ向け、操作する。千嶋も何をしようとするのか気になったので顔を覗かせた。動画のある場所を拡大して、また千嶋の方へと戻した。

拡大した場所は、千嶋達が乗っていた漁船の運転席、を跳ねてくる海水から守る為に張られているであろう、ガラスの窓から見える海。

動画が再生されて暫く、

「あれ?」

千嶋が気付いた。画面外、左から何か黒い物体が飛び出してきた。S字を描くように動いているように見える。無理に拡大している為か荒くてはっきりとは見えない。ただ、それはまるで人の様で、スケート選手のように海を滑っていき、そのまま右の画面外へと滑り抜けていった。その後、海面が不自然に大きく揺れて、それが止むと通り過ぎて行った黒いのを追うように、何かが数回通り過ぎた。二回目に通り過ぎた何か達は、速度が出ている為かはっきりとは見えない。ただこちらも人のようではある。

動画が止まり、またガラス越しの海が映し出されたままパソコンは待機した。

「どう思います?」

「どうって。」

現実から逸脱していた。

「編集?」

「何の為に。」

「だよね。」

「ちょっと待って。もう1回。元のサイズに戻して。」

はい、と答えた道ヶ峰君が待ってました、と言わんばかりの速度で反応して、最初に私に見せたサイズでその動画を見せる。

 おかしい。

その、何かが起きている現象が映っているのはそのガラス越しの海からしか見えない。画面内に現れた物体も、大きく揺れた海面も、その後に現れた物体達も、そのガラス窓から通り過ぎると何の変哲もない海しか映っていなかった。

「道ヶ峰君さ、」

「はい。」

「気付いた?これ。」

あの時見えていただろうか。少なくとも、私は気づかなかった。道ヶ峰君も気づいていなかったようで首を横に振った。

「今朝、ここの漁協に電話して当日乗せてもらった漁師さんにも連絡しました。」

仕事が早い。

「それで?」

「特に何も見ていないそうで。」

欠伸を一つ挟んで道ヶ峰は続ける。

「更に言うなら漁船にあった機器はここ最近業者が入ってメンテナンス済。で、あの時の海はいつもと変わらず、機器の調子も良かった、と。」

翌日は魚群を捉えて、大漁だった、という報告もあった。

「でも、」

千嶋がモニターを指差す。互いの視線はノートパソコンの画面に釘付けだ。

「映ってる。」

 あの時、見えていない、映っていなかった、視認出来なかったものが、パソコンのモニターには確かに映っていた。私達に、あの場所にあったカメラに感知できない、滑るように通り過ぎて行った何かが。

「他のカメラは?」

「映ってなかったですね。」

なんとなく聞いただけだったのに、本当に調べたのか。

「よく見つけたね。」

「まあ仕事ですので。」

「道ヶ峰君は、これさ、どう思う?」

「オカルトは信じていないんですが、」

「ここまで来るとそういうものなのかな、と。」

「信じるんだ。」

「画像や動画で人を騙せる時代ですけど、誰も触っていないデータを触れば流石に信じますよ。」

秋は拡大して、また動画を再生する。

「スカイフィッシュみたいな、ビデオカメラの性能のせいで現れた訳じゃないですからね。」

映っている正体不明な何か。

「これさ、争ってるのかな。」

「争う?」

「そう。」

動画を巻き戻して、停止、再生を繰り返しながら道ヶ峰と話す。

「これ。この黒いのが通り過ぎて行った後、海面が揺れてる。多分だけど、この後通り過ぎる何かが前のを追っかけて、何かを撃ったんじゃないかな。」

多分だけど。

「色合いもなんというか、黒と白って感じだし。」

「正義と悪、とかですか。」

「かもねぇ。海の神様の使いが、悪い奴を追っ払うぞー、みたいな。」

「今時っすね。」

「今時なの?」

「今時っす。」

ふーん、と言うと、また画面を見ていた。アップにしすぎてぼやけて見えるのが残念で仕方ない。

「これ、もうちょいアップで撮ってみたいよねえ。」

「また行くんですか。」

あそこ遠くて嫌なんですけど、と言う道ヶ峰の声が小さくなっていった。

道ヶ峰の視線の先では、ニィ、と笑う、見たくなかった千嶋の顔が映っていた。

 


 
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