No.911548

シルヴィとの生活 その1

クサトシさん

TeachingFeelingの二次創作です。
ゲーム中の主人公が町医者ですが、そうすると自分は彼の名前がキシロしか浮かばなかったのでそうしました。
基本ゲーム本編に沿う形で、若干設定を変更してます。
シルヴィが主人公へ心許す様子を書けたらなあ、考えてます。

2017-06-25 17:38:40 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1285   閲覧ユーザー数:1284

 

 ある日の早朝のことだった。

 玄関をノックする音が聞こえた。

 聞き間違いかと思ったが、少しの間が空いて再度ノックする音が聞こえた。

 誰かを呼んだ覚えも約束もなく、朝食の準備も済んでいない。そんな早い時間に人が来ることはとても珍しかった。急患かとも思ったが、先程のノック以降、音は聞こえず、声を張り上げている様子もない。

 待たせるのは悪いと思い、朝食の準備を切り上げ、早足で玄関へと向かった。

「お待たせしました。何用で。」

 玄関のドアを開くと、この町の住人では見かけないであろう、独特の雰囲気を纏う男性が一人立っていた。黒いコートを羽織り、怪しい、という言葉がこれほど似合うのも中々いないだろう。

 男は、細い目であまり心地よく思えない嫌な笑みを浮かべながら私を見つめていた。そういう顔なのだろうか。意図的ではなかったにしても少し不愉快に感じた。男の口が開く。

「どうも、キシロ先生。その節は大変、お世話になりました。」

 男は、その場で深々と礼をしてきた。こちらの名前を知っている、ということは人違いではないのだろう。しかし、顔見知りでもない者に礼を言われる、というのはどこか気持ちが悪かった。

「失礼。どこでお会いしたものか。」

 一度見れば忘れないような表情をしているが、思い当たる人物が浮かばなかった。

「以前、この町の外れで倒れていたところを先生に助けて頂いたのです。覚えていませんか。」

「町の外れ?」

 キシロは頭を捻る。

「ああ、あなたか。」

 町の外れで倒れていたところを助けたのを思い出した。あの時は苦悶の表情をしていたのもあって、今の表情に見覚えが無かった。

「思い出して頂けましたか。」

「ええ。大変失礼しました。しかし、」

「あの時もいいましたが、わざわざ礼を言われる程のことはしていませんよ。」

 キシロは誇張しているわけでもなく、大したことはしていない。傷を見て、手当てを施しただけ。医療を少しかじっていれば誰でも出来ることだ。

「いえいえ、そのようなことはありません。先生は命の恩人ですよ。今日は近くの街まで来たものですからその時のお礼を、と思いまして。先生の計らいがあったとはいえ、何も出来ずに立ち去りましたから。」

 そう言うと男は懐から取り出した封筒をキシロへと差し出してきた。

(多いな。)

 封筒の厚みにほんの少し眉をひそめた。その不信な表情に気付いたのか、

「長い間お返しできませんでしたから。」

 男の笑みが一層強まる。

 断る理由はないか。

「わかりました。有り難く頂きます。それと、」

 封筒を受け取った後キシロは、家の外へと視線を移しだす。朝早いのもあって人影は見当たらない。

「立ち話もなんです。中でお茶でも入れますが。」

「有難いことですが、もう済みますので。それと、」

 目が更に細まり、二っと口角が上がった。

「私のことはご心配なく。既に片は付いていますので。」

 冗談を言うような感覚なのだろうが、彼の不気味さがさらに増しただけだった。大きく自慢したいような表情とも取れたが、それを聞くこともその背景を考えることも止めた方がいいと自制した。

「こちらへ。」

 男の後ろから少女が現れて男の隣へと移動した。

 少女の顔には火傷か酸でもぶちまけられたような痕が目立ち、身体にも同じ痕がいくつか見受けられた。身体は痩せこけ、服はみすぼらしく。奴隷という言葉をその身をもって現していた。彼の従者ではないのだけは確かだろう。

 少女は、私の顔を見続けていた。

「先日、ある富豪が亡くなりまして、そのお零れの一つです。奴隷がいる、とだけ聞いていたのですが、子供だけならいざ知らず、女でしかも傷物ときた。」

 男が少女の顔の痣へと目をやる。

「中々、良い引き取りに巡り合わないものでして。そこで、」

 男が両手を合わせて、いいことを思いついた、とでも言いたげな所作を見せつけてくる。

「以前先生にお会いした時、独り身だったことを思い出しましてね。先生が口が堅い事は私自身が身をもって知っていますし、余計なお世話というやつでしょうが、宜しければ、と思った次第です。」

 本当に余計なお世話だ。

 視線を少女へと移す。

 少女と目が合った。助けを請う訳でも拒否するでもなく、ただこちらを見ていた。

「如何でしょう。」

 商品でも売るような姿勢でこちらに声を掛けてきた。

「一つ聞いても。」

「なんなりと。」

「いらないと言ったらこの娘はどうなる。」

「それは勿論、」

 

 

 

 男が見えなくなったのを確認した後で玄関の戸を閉めた。

 酷く、奇妙な朝の始まりだった。

 いつも通りの時間に起きて、いつも通りに朝食を頂き、いつも通りの生活を過ごす。その生活の始まりを崩され、少し気分が悪かった。陽はいつも通り明るく、差し込んでいるというのに。

 ただ、いつも通りの生活に少しでも変化があれば、と願っていなかったと言えば嘘になる。

 そういう気まぐれだ。

「改めまして、シルヴィと言います。私をお引き取り下さって有難うございます。」

 部屋に戻れば、先程の彼女が待っていた。

 

 


 
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