No.946942

それでも信じられない

クサトシさん

4月1日西海ノ暁25で配布予定「見慣れぬ存在」の一部
艦娘、提督、司令官、海上自衛隊、海軍が全く出てこない艦これ二次創作小説です。

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1.邂逅 http://www.tinami.com/view/944026

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2018-03-29 21:06:04 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:297   閲覧ユーザー数:296

 

「呼んだ、おじいちゃん。」

 少女が寝たきりになっていた男性へと声を掛ける。

「まつり。」

 まつり、と呼ばれた少女はベッドで横になっている男性の手を握った。少女は今、目にしている男性が少し前まで元気だったのを知っている。かなりの年をとっているというのに筋骨隆々であり、血管もくっきりと見えて、白い歯をいつも輝かせていた。また、白髪であったが、もやしのようにまだまだ元気に伸びるぞ、と主張していて、いつも笑顔が眩しかったのを覚えている。そんな憧れのような、自慢のような存在が寝たきりになっている。遠くまで響いていた声もか細く、何か呟いているか分からなかったので、耳を近づけて聞き取ろうとした。

 内容は、海に出るなら、黒いやつには気を付けろ、ということだった。

「うん。」とだけ、少女が答えるとまた、寝始めた。

 母親が、あの父さんもボケるんだねえ、とぼやいていたのを思い出した。子供ながら、ボケると長くないのかな、と感じていた。寝ていることを確認すると、握った手をゆっくりと離し、少女はまた元の場所へと戻った。

 風がふわりと流れて、男性が寝ているベッド付近のレースのカーテンが少し揺らした。

 数日して、その男性は亡くなった。

 

 

「まつりお姉ちゃん」

 トントンと小さなノックがした。ドアの向こうから、子供の声が聞こえた。

その部屋の中にいる、麻井まつりは答える。

「どうしたの。」

 ドアが開いて、Tシャツに短パン、スポーツ刈りの頭と、元気っ子の象徴を引っ提げて、まつりの弟の、まことが現れた。

「ちょっとついてきてほしいんだけど。」

まつりは中学校の宿題をしていた。丁度休憩しようか、考えていたころだった。

「どれくらい。」

「ちょっと。」

まことは、親指と人差し指で何かを摘むように、必要な時間を表現する。

「うーん。」

まあ、宿題ぐらいすぐ終わるしいいか。

「いいよ。どこいくの。」

「海。離れの、道路を抜けた先の奥の砂浜。」

「そんなとこ、あったっけ。」

まことは、こくりと、頭を縦に振る。

小学四年生がそんな人がいない危ないところへ行って、一体何をしてるんだろう。

まあ、いいか。持っていた鉛筆を転がした。

「いいよ。じゃあ行こうか。」

 

 まことは、常に先行し、こっちこっち、と手招いていた。

 家から少し離れた所に入口の両端を大きな木たちが囲む、車が1台ほど通れそうな細い道がある。まっすぐ進むと、途中から坂道になっていて、コンクリートの道路が下まで引かれていた。恐らく釣りに来る人の為だろうか、それが終わると、海が削ったような薄かったり、花びらのような段差や水たまりが出来ている岩肌がゴロゴロとあり、背を少し伸ばせば手が届きそうな高さの浅めの洞穴や砂浜が、潮が引いているのもあって、それがあるのを遠くまで見渡せた。横を見ると、そんな海岸と呼ぶには、あまりに不格好な光景がジグザグに続いているようで、これをリアス式海岸と言うのかな、とまつりが考えていると、

「お姉ちゃん。」

 まことが手招いていた。どうやらそのジグザグに続いている岩山を渡っていくらしい。

 潮が引いているのもあって、岩には貝殻がそこかしこに張り付いており、先導するまことは、それを容赦なく潰していく。藻を踏むと、靴の裏に残り滑すやすくなるのでそこは避けながら進む。

 一体どこまで行くのか、と迷うことなく進む、まことの後をついていく。まことの進む速度は落ちることはなく、岩が削れて変な段差や突如としてある亀裂、頭を打つような狭い場所を低い姿勢で潜ったりと大変だった。

 岩山たちを超えた先は、少し広めの砂浜があった。奥には、某テレビの無人島生活の拠点にできそうな浅めの洞穴があった。ここまで来たことがなかったので周りを眺めながら、少し先にいる、まことの元へと歩いた。

 まことはこちらを向いていて、

「これ。」

と、数歩先の砂浜を指差していた。

「なに。」

 指差す先にあるのは、ただの砂浜だ。違うとすれば、貝たちが顔を出す穴が、そこかしこに開いているぐらい。

「ん。」と、まことはもう一度強く指をさす。怪訝そうな顔をしているまつりの表情に納得してないようだ。

いや、何もないけど。

「カニでもいた?」

まつりは、両膝に掌を置き、落し物でも探すように少し屈んで、まことが指し示す、何かを探す。

「馬鹿にしてる?」

「どっちが。」

んー、とまことが唸り、

「お姉ちゃん、手貸して。」

まことは、まつりの腕を掴んで、虚空を触らせようとした。すると、

「うわ。」

何かに触れた。硬い、金属みたいな、何かに。

「見えてないの?」

「えっと、なに。」

戸惑うしかないまつりに、

「わかんない。」

と、まことが答える。いや、答えになってない。

「探検してたら、大きな黒いものがあったから、近づいたら人、みたいで。どうしたらいいか、お姉ちゃんに聞いた方がいいかな、って。」

人?

 そう思うと、ぼんやりと何かの輪郭がそこに映し出されてきた。カメレオンが擬態していたかのように、さっきまでそこには何もいなかったはずなのに何かが徐々に浮かび上がってきた。

それはうつ伏せに倒れて在(い)た。

肩甲骨の間から管が後頭部と両腕の三方向に伸びていて、繋がっている。腕は、肘辺りから黒い何かに纏われていて、その先は大きな塊があった。肌がとても白く、かなり際どい格好をしている。女の子?

「これ、生きてるの。」

「わかんない。」

まつりが、恐る恐るもう一度触ろうとすると、

「うわっ。」

 その黒い彼女がばっと振り返り、左手にある何か黒い大きな塊をまつり達に向けた。瞬間、バカっと音を立てて、鮫のようなギザギザの歯を見せながら黒い塊が開き、その奥には大きな円筒が見えていた。

「え。」

 何か、危ない。

 声をあげようとする前に、黒い彼女は再び倒れていた。

 何なんだろう。これ。いや、この、人?

「ねえ、お姉ちゃん。」

気が動転しかけているまつりは、何かあればまことを守ろうと、パニックにはなるまい、としていたが、当のまことは、その奇妙な黒い存在に近づいて、珍しいものでも触るかのように、つんつんと触れていた。

「野菜とか食べるのかなあ。」

まつりは声も出なかった。心配した自分が損だ。

「まさか、持って帰ろうとか言わないよね。」

「ダメかな。」

「ダメ。」

 

 幾日か過ぎて。まことはあの得体のしれない彼女に何度も会いに行っていた。まつりはたまに付いていくぐらい。まことに何かあった時の為に、と思ったけど特に何もなかった。倒れたままで動くこともままならない状態から、元気になって歩くようになっていた。まことに黙って、付いていった時は、まことが撫でられているのを見た。

 たまに、まことが何をしているのか気になって付いていく人がいたが、彼女を見ることが出来た人はいなかった。多分だけど、見えているのは、まことだけ。なんでかは知らないけど。彼女に触った途端、自分も見えるようになったから、彼女に触れない限り、誰にも見えないのだろう。

 まことは、彼女に興味津々なようで、ペットでも飼ったかのように食料を持って、家を飛び出すことが多くなった。怪しむ両親に、海を見ながらご飯を食べたいんでしょ、とフォローを入れていたが、雨の日まで行くことはないだろう。

 潮が満ちている時にも飛び出して行ったことがあった。流石に心配だから見に行ってくる、と例のコンクリートの道が途切れた海岸へと向かうとそこの入り口にびしょ濡れのまことがいた。

どうしたの、と声をかけると、足滑らせて海に落ちたけど彼女に助けてもらった、という。

悪い存在ではないのかもしれない。

 

 また幾日か過ぎて。まつりは宿題をしていた。まことは相変わらずだ。まつりは、彼女を安全だと判断して、付いていく機会を減らした。あまり近づきたくない、と少し距離を置きたい気持ちがあったのもある。

 そういえば、と脳裏におじいちゃんの言葉が浮かんだ。

(黒いやつには気をつけろ。)

もしかして、黒いやつってあれなのかな。って、なるとおじいちゃんも見えてた?

今になっては確かめようもない。

「お姉ちゃん。」

「ノック。」

黙ってドアを開けてきたまことを、声だけで少し叱る。まことを見ると、

「どしたの。」

泣きそうな顔をしていた。

「あの人、いなかった。お姉ちゃん知らない?」

彼女があの場所にいなかったらしい。

「いなかったの?」

「うん。」

「うーん。お姉ちゃん、会いにいってないからわかんないな。元気になってたんだよね。」

「うん。」

「じゃあ、多分帰ったのかなあ。あの人にも家みたいなとこあるんじゃない?」

「そう、かな。」

「分かんない。多分ね。」

泣くのが収まりそうだ。えらい。

「大丈夫。元気になってたなら、また会えるよ。」

そう言って、まことの頭を撫でた。

「うん。」

乾いた返事だった。きっと納得はしていないだろう。まことは泣き出すことなく、まつりの部屋を後にした。

 

 また、幾日かが過ぎた。彼女はまだ姿を現さないようで、まことがあの場所へ顔を出すのがたまに、になった。まつりが学校から帰ってくる途中、おじいちゃんとよく話していた顔なじみの漁師のおじさんと会った。

「ねえ、おじさん。」

「やあ、まつりちゃん。どうかしたかい。」

「あの、外れの砂浜あるじゃない。まことがよく遊びに行ってる場所。」

「ああ、あそこか。あそこがどうかしたかい。」

「あそこら辺から見える海って、なんかあったりしたとかある?」

「何か?なにかって言われても、うーん、あそこで漁をすることもないし、何も思い当たらないなあ。」

「そうですか。」

「何かあったかい?」

「いや、」

 まことが彼女を見た場所、と言いそうになったが止めた。そんなこと聞くと変な目で見られてしまいそうだし。

「なんでもないです。」

「そうかい。ん、あー。あった、とすればだけど。」

「まつりちゃんのお爺さん。あの辺で木組みの船を沈めた、って昔話してたけど、それって関係ある?」

「えっと、」

 ちょっと考えたけど関係性はないように思えた。

「どうでしょう。すいません。急に変なこと聞いて。」

 礼をして、おじさんと別れた。

 帰り道の途中、色々と考えたけど何も繋がらなかった。無理。

 家へと帰ると、母親と玄関で鉢合わせた。どうやら急ぎで出かけようとしていたらしく、テレビつけっ放しだから、見ないなら消しといて、と言われた。居間へと入り、荷を降ろして、腰を下ろした。

テレビは、ケーブルテレビ局が地元の特集をやっているそうだ。この辺が映るというのもあって、母親が見ていたのだろう。録画がばっちりされており、それなりの用事があって、出掛けたのだろう。特に消す理由もなかったのでそのままテレビを見ていた。

 分かんない。

まことに、彼女にまた会える、と言ったことに、まつりは少し責任を感じていた。

 だって、話したこともないし。というかそもそも話せるかどうかも分からないし。声も聞いていないし。

多分、まことも帰ってこないことに気付いているだろう。いや、気付いていてほしい。

はー、とため息をついて体を床に投げ出した。一体何なんだろう、あれ。

 テレビは、ちょうどこの辺で採れる海産物の話をしているみたいだ。CMに入る前に、漁船に乗って、仕掛けた罠へのポイントへ移動中であろうアナウンサーたちが映し出された。

「あれ。」

 漁船のガラスに何かが動いているのが見えた。

周りの海は何も映っていない。その漁船のガラス窓だけ。何か人のようなものが行き来しているのが見えた。それは人のようであり、黒い人とそれじゃない白いような何かが見えた。

もしかして。

録画はされている。なら、後で見返せばいい。多分、見間違いじゃない。

 放送しているケーブルテレビ局を調べて、電話をかけた。

「あの、麻井まつりって言います。私、今、テレビを見てて、」

内容を話すと、受付の人が担当者に変わる、といい、懐かしい曲が電子音で流れる。テレビはCMに入り、こちらのことなどお構いなしに商品を押し付けようとしていた。

 電子音が途切れて、はっきりとした活舌のいい、明るい女性の声が聞こえた。

「お電話変わりました。千嶋です。」

 

 

 

 
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