No.372923

黒髪の勇者 第二十六話

レイジさん

第二十六話です。

よろしくお願いします。

黒髪の勇者 第一話

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2012-02-04 18:02:24 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:287   閲覧ユーザー数:284

黒髪の勇者 第二章 海賊(パート16)

 

 シャルロッテの出航準備は予想よりも五分程度早く整った。荷降しを翌日に予定していた為で、シャルロッテの船内には近海を航行するには十分すぎる物資が未だに保管されていたからである。

 「ほれ、シオン。これじゃ。」

 シャルロッテの甲板に立って、簡単な点検作業だけを手伝っていた詩音に、オーエンがそう話しかけた。その手には一振りの太刀が握られている。緊張のままに詩音は頷き、そして太刀を手に取った。

 ずっしりと、重い。

 竹刀と木刀に慣れた身体に違和感を覚えながら、詩音は太刀を左腰に当てて、ゆっくりとその刀を引き抜いた。月光に照らされた刃が光る。まるで鏡のように透き通った、ぬめるような刃であった。

 「どうじゃ、使えそうかのう。」

 抜き身の刃を掲げ、その光に見入る詩音に向かって、オーエンがそう言った。

 「なんとか、使えると思います。」

 ただ、使うだけなら。

 詩音はそう答えながら、心の中でそう呟いた。そう、物理的に使うだけならおそらく出来るだろう。だが、実際に人を斬る瞬間に俺は思い通りに刃を振るうことが出来るのだろうか。

 「ほう、これは立派なタチでございますな。」

 続けて、詩音に向かってそう声をかけた男がいる。ビックスであった。鎖帷子に加えて腰には大剣、それに右手にはビックスの身長よりも一回り短い短槍を手にしている。

 「そりゃそうじゃ。このオーエンが魂込めて作ったタチじゃからのう。」

 「流石オーエン殿。今宵は久しぶりにオーエン殿の戦斧術も楽しめそうですな。」

 ビックスがそう答えると、オーエンは背中に背負った大ぶりの斧を軽く撫でた。海賊どもが使用していた手斧とはそもそもサイズが異なる、オーエンの身体よりも巨大な刃を持つ大斧である。

 「儂もバトルアックスを使うのは久しぶりだわい。」

 「凄いですね、二人とも。」

 戦いを前にして、普段と変わらぬ落ち着きを保っているビックスとオーエンの様子を見つめながら、詩音は不安を絞りだすような口調でそう言った。この二人のように割り切って考えられれば、或いは冷静を保つことが出来るのかも知れない。

 思わず、そう考えてしまう。

 「シオン殿は、実戦が初めてでしたな。」

 ビックスがそう言った。はい、とだけ小さく答える。

 「儂が初めて実戦に出たのは、丁度シオン殿と同じくらいの年齢の頃でしたな。

  いや、あの時は、もう無我夢中に槍を振り回していただけじゃったが。それでも初めて人を刺した時は、随分と恐ろしくなったものじゃ。」

 年を隔てた瞳を緩めながら、オーエンはそう言った。

 「そう、ですよね。俺だって。」

 怖い。

 殺されるのも、殺すのも怖い。でも、戦わなければ。

 フランソワを取り戻せない。

 「どこに正義があるのかは儂には判断もつきませぬが、シオン殿。ただ、姫さまをお守りするということは儂らの使命じゃ。後悔と贖罪は全てが無事に済んでから考えればよい。」

 ビックスの言葉に詩音は力強く頷き、そして刃を鞘へと戻した。また再びこの刃を抜き放つ時、奪われるのは自分の命か、或いは他人の命か。

 ただ、覚悟を決めろ、詩音。

 詩音がそう考えた時、出航を知らせる、グレイスの野太い声が響いた。打ち鳴らされる鐘と共に錨が解かれ、夜風に同調するように展開されたメインマストが存分に風を受け、そしてゆっくりとシャルロッテが動き出した。風はやや強いが、海が荒れるほどの強さではない。シャルロッテに乗船した元海賊シアールの話が正しければ、海賊船の集合場所はチョルル港から北西に数キロ程度向かった地点であるらしい。やがてオーエンとウェッジは砲台の点検を行うと言って詩音から離れ、一人きりになった時、詩音は手すりにもたれかかりながらただ闇だけを映し出す海を凝視した。

 潮の香りが強い。この香りが血の臭気へと変化するのはいつの頃だろうか。

 詩音がそう考えた時である。

 「シオン君。ここにいたのか。」

 落ち着いた、聴き心地の良い声が響いた。アウストリアである。

 「少し、いいかね。」

 振り向いた詩音に向かって、アウストリアはそう言うと、詩音と同じように船べりにもたれかかった。

 「どうしましたか。」

 「戦が始まる前に、少し話をしておきたくてね。」

 アウストリアはそう言うと、軽く瞳を細めた。そのまま、続ける。

 「君には感謝している。」

 「僕に、ですか?」

 不可思議に思いながら、詩音はそう答えた。

 「フランソワが魔術を扱えないことは聞いているだろうか。」

 「以前、一度だけ。」

 詩音がそう答えると、アウストリアは真剣な表情のままで頷いた。

 「ならば合わせて聞いているだろうが、我々シャルロイド公爵家は王族の血を引いていることもあり、元々強い魔力を持って生まれてくるのだ。私も、私の父も、祖父も。

  勿論、長男と長女、即ちフランソワの兄と姉も同じように。

  だが、あの子は魔術を使えなかった。」

 そう言いながら、アウストリアは懐から細身の金属棒を取り出した。オーケストラで用いる指揮棒程度の長さを持つ物体である。

 「これはワンドと言う。シオン君の祖国では魔術が存在していなかったというから、おそらくなじみの無い物体だろう。簡単に言うと、魔術を発生させる為の触媒となるアイテムだ。

  例えば、こんな風に。」

 アウストリアはそう言うと、小声で何事かを呟きながらワンドを海面目掛けて軽く振り下ろした。ワンドの先端からふわりとした光の粒が舞い、光が海面へと目掛けて降下していく。その光が海面へと着水した瞬間、海が僅かに盛り上がった。そのまま、アウストリアはまるで釣りでも行うような動きで、ワンドを上空へと持ち上げる。すると、海面から持ち上がった水滴が球体となり、そのまま詩音の目の前へと浮遊した。

 「凄い。」

 初めて目撃する魔術に驚きを隠さないままに、詩音はそう言った。

 「水魔法の初歩だよ、シオン君。」

 アウストリアは子供っぽく笑うと、ワンドで小さな円を空中に描いた。そうすると浮遊した水滴がとたんに力を失い、それまでと同じように海面へと落下してゆく。少しの時間を置いて、ぽちゃりとした小さな音が海面から響き渡った。

 「このワンドを用いて私たち魔術師は魔術を扱う。私が持っているのは特注品のミスリル製だが、一般的には古木を使うことが多いだろう。

  ああ、そうだ。おそらく進水式の時に、フランソワがこれと同じようなものを用いてはいなかっただろうか。」

 あの時、フランソワが使っていた大麻だろうか。

 「はい、先端に布が付いたものを、シャルロッテの前で振っていました。」

 詩音がそう答えると、アウストリアは満足そうに頷いた。

 「そう、それだ。あれはワンドから発展した儀式用の道具だよ。魔術はアリア王国に、いや、ミルドガルド大陸にとって常に重要な地位を保有していたから、ああ言ったものが出来たのだろう。」

 成程、だからあの時フランソワは義経の話をしても腑に落ちない表情をしていたのか。

 「さて、少し話がそれてしまったが、とにかく魔術は大気中に存在する魔術元素(マナ)を具現化させる技術のことだ。発現の仕方は様々だが、ワンドと詠唱を媒体に空間中の元素に働きかけ、魔術反応を発生さえると言えば良いだろうか。その能力の多寡は遺伝によるものが非常に大きいのだが・・。」

 そこでアウストリアは一度言葉を区切って、天を仰いだ。

 「だが、フランソワにはその能力が全く遺伝しなかったようだ。遺伝によらずとも、時折突然変異的に魔術を体得するものも存在するが、どうやらその逆が起こってしまったようなのだ。

  フランソワが相当に悩んでいたことは知っている。そして、私も。

  たとえフランソワが魔術を使えなくてもかまわない。それが人間としての優劣を決定するという訳ではないのだから。そう誓ったはいいが、却ってフランソワに対してどう接すればいいのか分からなくなってしまった。

  魔術の代わりとばかりに科学技術に傾倒し、それどころか大人でも驚くような知識を瞬く間に付けてゆくフランソワに驚愕したこともある。

  だがその度に、もしフランソワが魔術を使えればと、思わずそう考えてしまう自分がいたことも確かだ。

  結局、私はフランソワがあがく姿をただ黙視していただけなのかも知れない。」

 「だから、進水式にも来られなかったのですか。」

 思わず詩音はそう答えていた。

 あの時、フランソワがとても寂しそうな顔をしていたから。

 その問いに対して、アウストリアは小さく頷いた。

 「そうだ。全く、私はつくづく父親失格だ。こんなに優れた、フランソワが手掛けた船を目の当たりにすれば、きっと私は魔術師として成長したフランソワの姿を妄想して悶えていただろうから。」

 「それでも、フランソワはシャルロッテを貴方に見せたがっていました。口では何も言わない、強い女の子ですけれど、彼女はきっとそう思っていた。」

 「敵わないな、シオン君には。」

 アウストリアはそう言って、小さく、そして寂しそうに笑った。

 「だが、この船が完成したのも君のおかげだ。」

 「僕、ですか?」

 そこでアウストリアはああ、と頷いた。そのまま言葉を続ける。

 「君が来てからというもの、フランソワの表情がそれまでよりも随分と明るくなった。それまでは食事の席でも、どこか遠慮するような、敬遠するような態度だったが、最近は随分と楽しそうに話をしてくれる。殆どがシャルロッテのことと、そして君のことだ。魔術を使えない、それでも強い君の存在がフランソワにいい刺激になったのだろう。

  だから、感謝している、シオン君。ありがとう。」

 「まだ、感謝されるには早いです、アウストリアさん。」

 少しの驚きを胸に納めながら、詩音はそう言った。無意識に握りしめた左手には、オーエンから預かった太刀の重みがある。

 「その言葉は、フランソワを助け出してから改めてお伺いします。」

 強い口調で、詩音はそう言った。

 


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