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人はなぜ絵を描くのか?

削除待ち 13/05/28 16:03

 絵ってそもそも、なんなんでしょう。
いつからか、上手くなる事ばっかりを考えて、
手段と目的が逆転してしまいました。

 だから、「なぜ上手くなろうとするのか」「なぜ絵にこだわらなくてはならないのか」という点を考えられません。
皆さんの思うところを聞かせてください。

[25]  みっくー  13/07/07 14:59

それはそうと、>>1や>>15のようなオークさん自身の葛藤こそが、オークさんの言う「情熱」「魂」のようなものなんじゃないかなと、私の価値観にはそう映ります。
気取った言い方かもですけど、問いと答えは常にお互いを内抱しているんじゃないかなと。絶対の回答を見つけてしまえば、その「問い」はそこで成長も衰退もしなくなることになってしまいますからね。
モチロン、オークさん自身がそれで納得できるかどうかはまったく別問題ですので、そういう見方をするヤツもいるよってていどで。

あとオークさんの絵は上手いと思いますよ。なんというか「力のある感じ」がします。印象に残るというのか。
評価されないとのことですが、実際に頭の中で「上手い!」と思っても評価ボタンの押下までする人は、全体の中でも圧倒的少数だと思います。
本当に感動させたら押さざるを得ないだろうという意見も聞きますが、しかし実際の人間なんてそんなもんだと思います。マジかよって私自身も思いますが。
案外、「評価されていない」のではなく「単に評価ボタンが押されていないだけ」なのかもしれないっすよ?
少なくともネット上で活動してゆくなら、こちらの見方の方が確度は高いと自分は思っています。
では連投失礼いたしました(;´∀`)ノ~

[26]  削除待ち  13/07/17 18:09

 悩み悩み、悩みながら。
苦悩しながら、必死に力んで、
うんちのようにひり出していくのが……、(下品だけど)、魂の入った、人を感動させられる作品なんでしょうか。

 みなさんの意見を拝聴していると、
どうやら、おれには深く考えないで黙々と描くだけの時間が要るらしい。

ちょっと、黙りますね。
みなさんたくさんの意見、ありがとうございました。

[27]  hisasuming/久澄んぐ  13/09/12 20:37

絵とは何ぞや、ですか。なんだろう。俺にとっては逃避も含めて異次元的欲求をこの世界で実現させる手段でしょうか。

なぜ上手くなろうとするかは、手数が増えたほうが色々できて楽しいからです。技術獲得という単純な楽しみもある。

なぜ絵にこだわるかは、絵だからこそできることがあると思うからです。たとえば、文字よりも直接的で、音よりも具体的に表現ができるということ。
でも、絵というひとつの手段そのものにはこだわりますが、表現という目的のためには色々試したいという希望はありますね。

色々言ってますが、絵とは俺の楽しみであり、楽しいから続けてます。楽しくなくなったらあっさりやめると思いますね~。

[28]  こんにゃく  13/09/15 20:40

絵を描くことがただ楽しいことだったらいいですよね
でも現実は違う
求められてることとか、良い部分をもっとみせたいと欲がでるとなんだか苦しくなってくる

でも人に話すことじゃ伝えられないことを伝えられるのはいいですよね
自分の好きなものや、感情とかを自由に

[29]  未鏡  13/09/15 22:49

こんばんは
私もなぜ絵を描くのか考えたことがあります

私は一時期、絵を描くのをやめたこともあります。でも今はやはり絵を描き続けています。
それは私にとって絵を描くことが一番のコミュニケーション手段だからです。

正直、私は直接意見を言うのが苦手です
こういう文面なら考えながら書く事ができるのでいいのですが…会話だとうまくいきません

そこで私は絵を描き始めました
絵を描けばそれだけで今考えていることが伝わるからです

昔から人は絵を描き続けています
大古の昔、人は洞窟に大草原を描いていました
ナスカの地上絵もそうですね
それらは何かのコミュニケーション手段だと言われいます

『なぜ上手くなろうとするのか?』『なぜ絵にこだわらなくてはならないのか?』
それは言葉のコミュニケーションがうまくない人がコミュニケーションの手段として絵を使い、よりうまく自分のことを伝え周りの人間関係を円滑にする理由だからだと私は思います

[31]  ももんが  13/09/18 16:26

なにかアンティークのような雰囲気に浸りたいというとき、自分の家をアンティークで埋め尽くすより、そんな感じの雰囲気の絵を見ればいいわけですから、非常に楽です。

中世の風景画から何も変わっていないと思います。
写真も然りです。

なので自分が求めているものが既にあるなら、私は絵を書く必要は全くないと思います。
自分が求めているものがないときは自分で作り出すしかないわけですから絵を書くというだけです。

どれだけうまいうまいと評価されようが、自分がほしいと思わないんだとしたら、上手かろうが関係ありません。価値とは自分本位の曖昧なものです。

結局他人の絵では満足できないからってだけです。

[32]  rrii  13/10/07 05:01

元々絵は伝えるための道具、残すための記録だったと思います。
今は写真やビデオなどがあるので絵は本来の目的を失ったようにも感じられますが、 絵画の歴史を遡ると宗教画などの目には見えない想像の中にしか存在しないようなモチーフが極最初の頃から描かれて居ます。
写真やビデオでは描けない情景を描けるのが絵の凄いところです。

もしカメラを使って手に入る画が欲しいのであれば絵は描かなくて良いと思いますし、最終的には結局絵という手段を用いて何を描きたいか、何を見せたいかなのだと思います。

[33]  うめしば  15/11/03 12:24

人は世界の像を言語(論理)として認識しています
しかし、絵は論理のみで構成されません
絵には偶然の要素も含まれてきますし、倫理や美学は言葉にすることはできません
絵を言語化しようとした時点で陳腐化するのはそのためです

「絵を描く意味とはなにか」という問題は「人の生きる意味とはなにか」という問題と同じ性質を持っているように思います

[35]  根曲  15/11/03 21:42

目的を達成するための手段の一つにすぎません。ただ、そこには製作者の自己が投影されます。

上手くならなければならない、絵に拘らなければならないという感情が自己暗示なら逃避と惰性で長く接したものである絵に呪縛されているだけです。

まあ、一旦離れて冷静になるか、視点を変えて色々な考え方を持てばなんとかなりますよ。

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