No.99135

~薫る空~32話(洛陽編)

汜水関戦その2です。
何を隠そう汜水関戦は白連の最後の台詞を言わせたいがための戦でした。
もう少し続きますけどね(´・ω・`)

2009-10-05 18:03:18 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:4803   閲覧ユーザー数:4041

 

 

 

 華琳の言葉により、その場は解散となった。明日に備え、今日は皆休んでおこうとそれぞれの天幕へと戻っていく。

 

 それは俺も例外ではなく、特に寄り道もせずに自分の寝所へと戻った。布地の扉を開け、中に入れば、目の前には俺の体を休めてくれるであろう寝台が置かれている。

 

 戦に参加していなくてもあの緊張感では疲れも相当なものだったようで、俺は寝台へと倒れこむと、一気に睡魔が押し寄せてきた。

 

 「あぁ…」などとうめき声を上げながら、気だるい意識に身を任せる。これほど眠いのは人生でも初めてかもしれない。

 

 次第に、意識は闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄い霧が広がる。前が見えないほどではないが、その光景だけで肌寒くなる。

 

 霧を掻き分けるように、前へと進む。足場が固いせいか、高い足音が周囲に響いた。赤茶色の地面はレンガ道のようで、緩いカーブを描きながら、前へと伸びている。見覚えがある道に、俺の足はどんどん速くなっていく。

 

 霧で隠れていた木々が徐々に見え始め、そこは並木道のように、規則正しく樹木が植えられている。

 

 白くぼやけているとはいえ、既に俺にはこの場所に確信があった。一年半以上歩いた道だ。少し世界が変わったからといって忘れるはずもなかった。

 

 胸が苦しい。息が途切れ途切れになる。歩いていた足も、いつの間にか走っていた。

 

 晴れ始めた景色が後ろへと流れていく。記憶が確かなら、もうすぐ門が見え始めるはず。

 

 どれくらい走っているのか。時間的な感覚が一切きかず、全てが一瞬一瞬の出来事に思える。だが、これだけ走っているのに。どこまで走っても、門が見えてこない。

 

 ずっと同じ道が続いていく。緩く曲がっているために、まるで大きなトラックを走っているように思い始める。

 

 鼓動が早くなる。鍛錬を積み、体力はそれなりに鍛えていると思ったのに、俺の心臓は既に悲鳴を上げていた。

 

 そして、俺は足を止めてしまった。膝に手をついて、乱れた息を整える。肩を上下させながら、視線は地面に向いていた。

 

【一刀】「………なんなんだ…。」

 

 思わず呟く。何をさせたいのか、何をしたいのか。

 

 そんな風に悩んでいたら、視界の端に誰かの足が見えた。………ここ最近よく見る足だった。

 

【一刀】「なんでお前がいるんだよ。」

 

 顔を上げて、そいつの顔を見る。

 

 ”遊ぼう?”

 

 声が聞こえず、そいつは口の動きだけでそういった。何で声が聞こえないのか。そんな疑問が浮かんでもいいはずなのに、俺は何故か納得していた。”ここ”では仕方ないことなんだと。

 

【一刀】「馬鹿。明日も大変なんだから早く休んでろ」

 

 俺の言葉に、そいつは今まで見たこと無いほど悲しい顔をした。

 

 ”願いを叶える為に”

 

【一刀】「………え?」

 

 俺の言葉に、脈絡のない返事。いや、もはや返事ですらなかった。

 

 ”ねえ、先生は何がしたい?”

 

【一刀】「せんせいってお前………」

 

 よくわからなくなってきた。新手の教師プレイかと思ったが、彼女がそんな事する奴じゃないのはよく分かっている。

 

 俺が悩みながら沈黙していると、彼女は再び聞いてきた。”何がしたいの?”

 

 質問の意味が理解できず、やっぱり俺は答えることが出来ない。

 

 そんな俺を見て、彼女は笑う。昨日の夜にも見たあの笑い。

 

【一刀】「かお――」

 

 それを見るのが嫌で、とっさに名前を呼ぼうとした。だが、それはこの霧のかかった世界が崩壊することで遮られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【一刀】「………――。」

 

 目を開けると、屋根を支える天幕の骨組みが見える。さっきまでと打って変わった景色に、俺は夢だったと答えを出した。周りがとても静かで、まだ外も暗いことから、それほど眠っていたわけではなさそうだ。あれだけ眠かったのに、こんなに浅い眠りで大丈夫かと少し自分が心配になる。

 

 意識がはっきりしたところで、隣から寝息が聞こえてきた。

 

【薫】「………………すぅ…」

 

【一刀】「またこいつは……。」

 

 最近はましになったと思っていたのに、ここに来てまたこれだ。さっきの夢もこいつのせいじゃないかと思えてきた。実際出演していたわけなんだから。

 

 しかし、それにしても今回はしゃれにならない。何しろここはいつもの城の中じゃなくて、野外の陣営の中だ。

 

 寝ている薫を担いで戻してもいいが、こんな時間に眠っている女を抱いて天幕へ入っていくところでも、誰かに見られたらどうなるだろう。ただでさえ、俺のそういう噂は尾ひれどころか、背びれ胸びれ毎くっついて回るのだ。最悪外の連中―諸侯にでも知られたらかなりまずい。

 

【薫】「ん………」

 

 俺があれこれ考えている中、このお嬢さんは無邪気にも寝返りを打っていた。普段つけている髪飾りが無かったり、前髪が下りていたりしていて、なんだか雰囲気が違って見える。

 

 そんな薫を見ているうちに、無意識に髪をなでている自分に気づいた。

 

【一刀】「……ったく、夢にまで押しかけてくるなよ」

 

 出演させたのは無意識とはいえ俺なわけだが。俺はその黒髪をなでながらつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか薫と一緒に寝るわけにも行かず、とりあえず俺は外に出た。

 

 薫のおかげですっかり目が覚めてしまったので、琥珀から借りた太刀を持って一人でも出来る鍛錬でもしておこうと思った。実際の体術や剣の流れなどは、琥珀がいないとまだ基礎段階の俺には無理だった。

 

 太刀を鞘から抜く。

 

 黒光りする鞘から引き抜かれた刀身が露になり、周りの空気を切り裂く。

 

 琥珀から借りた太刀は小太刀ではなく、少し大きめの剣。日本の刀を思わせるが、実際のそれよりも少し全体的に大きい。重さは俺の力で、両手で持ってようやく振り回せるレベル。琥珀はこれを片手で振り回したり投げたりしていたのだから、あいつの人間離れした身体能力を再び思い知った。

 

 

【一刀】「――ふっ!」

 

 周りに誰もいないことを確認してから、素振りを始める。

 

 紫がかった銀色の線が弧を描いた。その場に、地に足を踏み込む音と刃が風を切る音だけが鳴り響いて、少しずつ意識を集中させていく。

 

 相手として想定するのは、やはり琥珀。今まで付き合ってもらったのもあって、動きなどは想像しやすかった。

 

 素振りというより、ある意味シャドーボクシングに近い感じだ。ただもっている物がグローブか剣かというだけ。

 

 頭の中で描いた琥珀に向かって打ち込むが、容易く受け止められてしまう。俺はまだ想像の中ですら琥珀には勝てない。

 

 どれほど本気で攻撃しても、片手で受け止められる。そして一通り終った後、必ず言われるのだ。”まだ弱い”と。

 

 

 

 

 

【一刀】「………ふぅ…」

 

 一息ついて、俺は少し手を止めた。

 

 空を仰ぐように上を向けば、晴れた夜空には星がたくさん輝いていた。いつ見ても一瞬心を奪われる景色。

 

 この空が明るくなれば、また戦いが起きる。そこには今度は俺たちも向かわなければならない。戦に慣れてきているといっても、俺がいたのはいつも後方だった。ただ戦いを眺めるだけ。

 

 自分を嫌悪するつもりは無いけど、どこか悔しさのようなものはあった。

 

【一刀】「ま……だから、こうやってるんだけどな…。」

 

 両手で持った剣をみて呟く。琥珀が預けてくれた太刀。

 

【華琳】「―――………一刀?」

 

【一刀】「ん?」

 

 突然聞こえた声に俺は振り返った。

 

【華琳】「こんな時間に、何をしているの?」

 

【一刀】「あぁ、目が覚めちゃってさ。自主練でもしてようかなと。」

 

【華琳】「あなたね……」

 

 額に手を当てて、華琳はあきれたように言った。休めと言われてこうしているのだから、この反応は当然といえば当然なんだが、それでも無意識に顔が苦笑いになってしまう。

 

 まさか華琳の前で鍛錬を続けられるはずもなく、鞘に太刀を収めた。

 

【華琳】「休めといったのも理由があるんだから、ちゃんと従いなさい。一刀」

 

【一刀】「分かってるよ。」

 

【華琳】「………本当かしら…。まったく…。」

 

 なんだか最近の華琳は説教キャラになりつつあるような気がする。

 

【華琳】「………何?」

 

【一刀】「いや、なんでもない」

 

 どうやら華琳の顔を見てしまっていたようで、華琳はジト目でこちらを見てくる。

 

【華琳】「………」

 

【一刀】「…ほんとだってば」

 

 まだ見ていた。

 

 今更寝なおすことも出来ず、でも鍛錬することも出来ない。

 

【華琳】「………………。」

 

 何故かここから離れないカリンサマ。俺から目を離すつもりは無いらしい。

 

【一刀】「はぁ…」

 

【華琳】「………一刀」

 

【一刀】「――…?」

 

 そんな彼女を見ていると、突然名前を呼ばれてしまった。

 

【華琳】「………少し、話でもしましょうか」

 

 今度は俺の顔を見ながらそういった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は華琳の天幕へと移動した。強制的に天幕へ帰されると思った矢先の言葉だったので、少し意外だった。

 

 周りと比べると少し大きめの天幕。その中にはいった。

 

【一刀】「男がこんな時間に入ってもいいのか」

 

【華琳】「あら、押し倒したいの?」

 

【一刀】「………遠慮しとく」

 

 華琳の嫌な笑いを見るとそんな気なんて一気に吹き飛ぶ。――…いや、最初から無かったが。

 

 ため息をつきながらも、俺は天幕の中に置かれた椅子に腰掛ける。華琳の笑い声が聞こえるが、聞かなかったことにする。

 

【一刀】「それで、話って?」

 

【華琳】「そうね………。」

 

 華琳は少しの間考えて、言葉を出した。

 

【華琳】「―――あなたの世界のことが知りたいわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――深夜・洛陽。

 

【董卓】「………。」

 

 部屋に置かれたひときわ豪華な寝台。そこに腰をかけ、董卓は目を閉じたまま何かを祈っていた。

 

【董卓】「………?」

 

 不意に聞こえる、床のこすれるような音。その音のほうを見れば、扉がゆっくりと開かれていて、隙間からは賈駆の顔が見えた。

 

【賈駆】「月……まだ起きていたの?」

 

【董卓】「うん……みんな無事に帰ってきてくれるかなって………」

 

 沈んだ顔のまま、そういった。

 

 月の光が窓から差し込み、青白く染められた部屋は董卓の気持ちそのもののようだった。そんな董卓に賈駆は近づき、声をかける。

 

【賈駆】「大丈夫だよ、月。僕の指示通りなら、明日にも決着はつくから。」

 

【董卓】「うん…」

 

 賈駆はまだ不安そうな董卓の肩を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――曹操軍・天幕

 

 

【一刀】「俺の世界……?」

 

【華琳】「えぇ、あなたがこちらへ来る以前にいた場所。私たちが天と呼ぶ世界のことが知りたいわ。」

 

 意外な言葉。前に似たような話になったときは、天の知識はできるだけ伏せろといっていた。

 

 矛盾していると思い、そのことを華琳に言おうとしたが、俺は言わずにとどまった。華琳は俺の世界のことが知りたいといった。俺の世界から見たこの世界じゃない。俺のいた場所そのものを知りたいと。

 

【一刀】「………どう、話したもんかな…。」

 

【華琳】「なんでもかまわないわ。」

 

【一刀】「そうだな……。」

 

 まず、俺がいた学校について俺は話した。

 

 聖フランチェスカ。誰がどう聞いたって宗教的な名前だが、実際はそうでもなかったりする。元女子高だけあって、男女比率が1:9もしくは2:8と半端じゃないが、それ以外はいたって……いや普通でもないな。

 

 日本でも屈指の財閥の令嬢――いわゆるお嬢様が通っていたりと、そういう一面も持っていたり。

 

 校庭…というよりもはや庭園と呼ぶべき庭が存在していたり。敷地内にホテルレストラン顔負けの喫茶店が存在していたり。

 

 いろんな意味でぶっ飛んだ学校だった。校舎が丁度陳留の城並みの大きさだと言えば華琳は「ふざけてるの?」なんて返してくる。この時代の私塾を見ればそういう反応も納得だが事実なんだからどうしようもない。

 

 今思えば、初めて城を見たときにそれほど驚きを見せなかったのは、あの学校に通っていたせいもあるかもしれない。

 

 学校のことを一通り話せば、今度は街のこと。

 

 地面全体がアスファルトで固められていたり、車が行き交っていたり、ショッピングのことなんかも話した。

 

 意外に食いついたのが、ぬいぐるみなどのファンシーショップの話。一通り話した後、素になってしまったのか、少し顔が赤くなっていた。――少し…可愛いとおもってしまった。

 

 あとは華琳らしく、お茶のことだったり本のことだったり。茶の事はあまり分からないといえば、「自分の国の茶のこともしらないの?」なんて皮肉を言われてしまうが、俺が知ってるのなんて、せいぜい玉露で手一杯だ。

 

 日常のことを話すのはずいぶん楽しくて、その分つい、急いて話してしまう。

 

 それでネタがなくなってきて、結局最後に残ったことが戦争の話だ。俺のいた場所に戦が無いといっても、すべての国がそうなわけじゃない。

 

 

【一刀】「………。」

 

【華琳】「………。」

 

 すべて話し終わった頃にはお互い黙り込んでしまっていた。

 

 いつの時代も変わらない。そう思わざるを得ない。平和な場所があれば、戦の絶えない場所もある。でも、だからこそ、自分たちのいる場所は平和であれるように、努力する。

 

 華琳が歩む道はそのための道。

 

【華琳】「ここも………あなたのいた場所のように、しなければいけないわね」

 

 世界ではなく、場所。

 

【一刀】「あぁ……」

 

 それだけの言葉。だけど、俺は少し嬉しかった。

 

【華琳】「さて……あなたもそろそろ戻りなさい。少しでも休んでおかないと倒れてからでは遅いわよ。」

 

【一刀】「そうだな…。」

 

 自分の天幕へもどれば薫がいるわけだが、もうこの際床でもいいかなんて、俺はほとんど諦めていた。

 

 話も終わり、俺は椅子から立ち上がり、華琳の天幕を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の中を少し歩いて、俺は自分の寝所へと戻る。

 

 布地の扉を開けて、中へ―――。

 

【薫】「…………。」

 

【一刀】「――うわぁぁっ」

 

 入ろうとしたところで、目の前に薫が現れた。

 

【一刀】「か、薫か……びっくりした…」

 

【薫】「――驚かないで」

 

【一刀】「無茶言うなよ…今のはどうしたって――」

 

 言いかけて、言葉は薫の瞳に遮られた。

 

 薫の…瞳の色が”変わっていた”。深紅色だった瞳は金色に変色している。それは夜の暗さの中ではひときわ目立っていて。

 

【薫】「来るよ……敵が」

 

【一刀】「………は?」

 

 薫の言葉の意味が理解できない。

 

 

 

 

――そう思ったときだった。

 

 

 

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 

 

 

 人の雄たけび。一人ではなく、何百、何千という数の声だった。そして、薫が指さす先、紺色の空が赤く染まっていた。

 

【一刀】「なんだ……?」

 

【薫】「本陣が攻められてる。先生、こっちに来て。」

 

【一刀】「うわっ――お、おい!」

 

 急に薫は俺の手を引き、走り始める。

 

 すると、俺達に遅れて他のもの達も異変に気づきはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――連合軍・本陣

 

 夜の陣中。本来ならば、見張りが数名出ているだけで、いたって静かなものだ。だが、今に限って、そこは戦場だった。

 

【袁紹】「何事ですの!?」

 

 天幕を飛びした袁紹は叫んだ。周囲の兵は混乱しており、火の手が上がっているところもある。そんな状況で、袁紹に答えられる者はこの本陣で二人しかいなかった。

 

【文醜】「麗羽さま!」

 

 袁紹の前に文醜が走りこんできた。

 

【袁紹】「猪々子!これはどういうことですの!?

 

【文醜】「夜襲……受けちゃったみたいです。はい」

 

【袁紹】「な……ななな、何をのんきに構えているのです!斗詩はどちらにいますの!?」

 

 斗詩―顔良の真名―を呼ぶ。

 

【文醜】「斗詩なら兵をまとめてますよ。麗羽さまは早くこっちに」

 

【袁紹】「え、えぇ…」

 

 袁紹の手をとり、文醜は走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【顔良】「落ち着いて、陣形を立て直して!!」

 

 顔良が叫び、指示を飛ばす。兵達も答えようとするが、夜襲を受けた混乱と敵兵の攻めによりそれは困難となっていた。

 

【張遼】「おっと……自分、指揮官みたいやな。」

 

【顔良】「え……――っ!?」

 

 声をかけられ、振り向いた。だが、そこにいたのは味方ではない。

 

【張遼】「首飛ばす前に聞いとくわ。袁紹……どこにおる?」

 

【顔良】「あなた………何者ですか…!」

 

 顔良の体全体が警戒の色を強くする。顔良とて武を嗜む者。目の前の者の雰囲気を見れば、その武力の差を理解させられる。

 

 大槌を構え、距離を測るが敵の視線がそれを許してはくれない。一歩下がれば、一歩近づいてくる。

 

【張遼】「うちか…?張文遠っていうねん。それより、袁紹どこや」

 

【顔良】「素直に言うと思うんですか。」

 

【張遼】「予想以上に歯ごたえ無さ過ぎて、つまらんかったとこや。………ここにうちとタメ張れるような奴おらんみたいやし、さっさと済ませたいんやけど……素直に答えてくれへんの?」

 

【顔良】「――っ!」

 

 張遼の言葉と顔に、足が震える。――怖い。

 

 武器を握る手に汗が止まらない。

 

【張遼】「………まぁ、ええわ。他の奴に聞いとくわ。んじゃ――」

 

 張遼の手が”ぶれた”。

 

 それと同時に風圧とかろうじて振り上げた大槌が何かにぶつかる衝撃を受ける。

 

【張遼】「もう死んでええ……って言おうとしたけど。なんや、自分やるやん」

 

【顔良】「く……」

 

 張遼がにやりと笑う。――獲物を見つけた獣の顔だ。

 

【顔良】「こんなところで……死ぬつもりはありません!!」

 

【張遼】「っはははは――!!!そう来んとおもろないわ!!」

 

 もう一度、大槌と薙刀がぶつかり、大きな音と風が巻き起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――孫策軍・陣中

 

【冥琳】「本陣に夜襲だと!」

 

 兵の騒ぎを聞き、飛び起きた冥琳が聞いた事態の内容はそういうものだった。

 

【祭】「敵もやってくれたのぉ……」

 

 後ろから、祭の声が聞こえた。そちらを向けば、他のものも皆集まりだしていた。

 

【冥琳】「………えぇ…。もっとも、予測できなかったのはこちらの落ち度ですが…。」

 

【雪蓮】「皆自分達ことで手一杯だったもの、しょうがないわよ。それより」

 

【穏】「これからどうするかですねぇ」

 

【冥琳】「我らの位置からでは到底間に合わない…。おそらく曹操が動いているだろうがそれでも…」

 

【孫権】「姉様!」

 

 冥琳が話している途中。飛び込んできたのは雪蓮の妹、孫権だった。

 

【孫権】「姉様…本陣が敵の攻撃を受けていると聞いたのですが…」

 

【雪蓮】「えぇ、そうみたいね」

 

【孫権】「そんな……っ…ならば、我らだけでも――!」

 

【雪蓮】「蓮華。おちついて、今から向かっても間に合わないでしょ?」

 

【孫権】「では、どうすれば……!」

 

【冥琳】「……待つしかありません。」

 

【孫権】「冥琳……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――曹操軍・陣中

 

 

【桂花】「華琳様!」

 

 天幕の中に桂花が飛び込んできた。

 

【華琳】「桂花、状況は!」

 

【桂花】「は。――どうやら本陣が何者かに夜襲を受けているようですが…」

 

【華琳】「本陣を直接…?……いったいどうやって……」

 

 汜水関は周囲を山岳に囲まれている要塞。こちらが真正面から攻められない代わりに、守るほうも伏兵などが置きにくい。互いに正面のみを気にして戦う事が出来る。

 

【華琳】「旗は?」

 

【桂花】「もうすぐ伝令が来るはずですが、おそらくは………」

 

【薫】「―――張遼だね」

 

【一刀】「ちょ、薫引っ張るなって………」

 

 華琳、桂花の二人が話しているところに、一刀をつれて薫が来た。

 

【華琳】「張遼……。昨日の戦に出ていないとは思ったけれど…」

 

 机の上に、桂花が地図を広げ、その場は簡易的な作戦部となっていた。

 

【桂花】「張遼の狙いが始めから本陣だとすれば、おそらく、こちらの迂回路を取ったとしか思えません…」

 

【一刀】「迂回路って時間が掛かりすぎるからって俺達が選ばなかった道じゃないのか?」

 

【桂花】「そうよ。」

 

 だったらどうやって……

 

【華琳】「神速の騎兵の成せる業ということね。連合の大所帯と統率の取れた一隊とでは行軍速度は天と地ほど差があるわ。」

 

 数万の兵を連れていく連合軍。しかもそれぞれの指揮系統がばらばらでその分、数は多くともまとまり等あったものではない。

 そのために選べなかったもうひとつの道を、張遼は通ってきた。

 

【桂花】「迂闊でした…。まさか攻めの策を講じてくるなんて」

 

【華琳】「過ぎたことを嘆いても仕方が無いわ。とにかくすぐに兵を動かすわよ。あれでも総大将……討たれればこちらの士気は下がる一方だわ。」

 

 

【桂花】「既に春蘭、秋蘭、季衣を向かわせています。ですが、間に合うかは……ぎりぎりですね…」

 

【華琳】「――……えぇ。」

 

 華琳が顔色が悪くなる。

 

 

 

 こんなところで連合軍の総大将が討たれれば、連合は存在意義をなくして崩壊する。そうなれば、また再度集結することは難しくなり、むしろ董卓の支配力が増すばかりとなる。

 

【一刀】「………なぁ」

 

【桂花】「今あなたの戯言を聞いているときじゃないのよ。黙っていて」

 

【一刀】「ひどいな…。」

 

【華琳】「言ってみなさい。くだらないことなら切り捨ててあげるわ」

 

【一刀】「…はぁ………えっとな。たぶん皆忘れてるかもしれないんだが…」

 

【華琳】「………?」

 

【薫】「たぶん、うちが間に合わなくても、袁紹が死ぬことは無いと思う。」

 

 一刀が話そうとしたところで、薫が横槍を入れる。

 

【桂花】「……どういうことよ」

 

【薫】「皆汜水関を突破するのが目的で軍の配置を決めたと思うけど、一人だけ、かわいそうな人がいたでしょ」

 

【華琳】「………え?」

 

【一刀】「…………ここ。」

 

 一刀が指さしたのは、本陣の少し後ろに位置する山道のわき。戦場から最も離れた位置である。

 

【桂花】「―――――ぁ」

 

 それぞれが今回の作戦で名声をあげ、群雄としてスタートダッシュを決めようとしていた。だが、その作戦会議で、よりにもよって最後の最後に総大将によって適当に決められてしまった人物がいた。

 

 その位置は、幸か不幸か現状において、最も本陣に近く、最も「総大将救出」という手柄を上げることの出来る位置だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――本陣

 

 

 

【張遼】「はぁぁぁあああ!!」

 

 張遼の持つ薙刀―飛龍偃月刀。その切っ先が弧を描き、相手の大槌を弾いていく。

 

【顔良】「っ!……くぅっ!」

 

 なぎ払い、突き、斬りおとし。連続する斬撃の中で顔良は受け続ける事しか出来なかった。

 

【張遼】「ほら!これで最後や!!!」

 

 身を捻り、半月の軌道を描きながら、今まで最速の一撃。

 

【顔良】「っっ――――きゃっ!!」

 

 その衝撃に、攻撃を受け続けた大槌は空中へと跳ね上がる。

 

【張遼】「さて、そこそこ遊べたし、そろそろ作戦もきっちりせんとな。」

 

 呟いて、張遼は偃月刀を振り上げた。

 

【張遼】「んじゃ、そういうことやから―――」

 

【???】「でやああああああああああああ!!!!!」

 

【張遼】「…へ?」

 

 叫び声が上がったと気づいた時、張遼が振り向くと、そこには一頭の白馬が突撃してきていた。

 

【張遼】「ちょ、うわぁっ!!!!――…っと」

 

 ぎりぎりで後ろへと飛びのき、その馬を回避する。

 

 馬の突撃により舞い上がった砂埃がその者の姿をシルエットとして隠していた。

 

【張遼】「な……なんやねん……」

 

 張遼が呟き、砂塵は一本の剣と声によってかき消された。

 

【公孫賛】「白馬将軍・公孫賛、参上だーー!!!ふふふ…ははは…わーはっはっはっは!!!」

 

【張遼】「公孫賛て……なんかめっちゃ嬉しそうやし…」

 

【公孫賛】「ふふふ……なんどこの台詞を夢見たことか……!張遼よ!!この私が来たのだ!貴様の襲撃は失敗に終ったと思え!!」

 

 

 馬上にまたがる公孫賛。

 

 これまで地味な扱いを受けてきた彼女とて、また一国の主であることには変わりないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――曹操軍・陣中

 

 

 

【桂花】「公孫賛……完全にわすれていたわ」

 

【一刀】「やっぱり…」

 


 
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