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呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第030話

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2019-04-08 11:56:31 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1471   閲覧ユーザー数:1390

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第030話「屠る者」

「兄貴、もうすぐ洛陽につきますぜ」

「あぁ、もうすぐだ。もうすぐで俺たちの天下だ。......長かった、しかしそれももうすぐようやく終わる」

黄巾軍の群れの中で、兵が話しかけている一際目立つ身体を持つ大男が答える。彼は程遠志。先刻盗伐軍の先行部隊、張遼を迎撃した黄巾軍の将である。

黄巾軍は朝廷の圧制に耐えきれなくなった農民や賊、焙れた民兵官軍兵の集まり。ここにいる程遠志も例外ではない。

「兄貴は洛陽を占領したらどうしやす?」

「さぁてな。お前はどうするつもりだ?」

「俺ですか?俺は貴族の屋敷を襲って、金品財宝を全て強奪(ふんだく)って、お高く留まっている若い貴族の娘を攫って、壊れるまで犯してやりますよ」

「そうか。それも一興かもしれんな」

「それよりも、兄貴ですよ。兄貴はいったいどんなでかいことをやってのけるんですか?兄貴には力がありますから、きっと美人女将軍でもねじ伏せるんでしょう?」

子分の言葉に、程遠志は小さく笑う。確かにそれも悪くないとも思っていた。彼はかつて賊に村を焼かれて、妻や子を失ったことがある。

そして悲しみに暮れた後に、この世に蔓延る悪を滅すことを志、近くの郡に向かって志願兵となり官軍兵となった。体格と腕力の良さが冴え渡り功績を挙げて、後に都に昇り将校一端までに出世したが、そこで見た光景は、自らの期待を大きく裏切るものであった。

権威と賄賂が横行し、都合の悪い善が潰され都合の良い悪が蔓延る。自らがどれだけ喚こうとも、溢れんばかりの黒が押し寄せ白を潰す。そのような現状の中、高官にやっかまれた程遠志はやがて都から遠く離れた田舎へと左遷を言い渡される。程遠志はさらに絶望した。どれ程自らが善を成そうと、この世の悪がそれを握り潰すのだと。

全てに絶望し、怠惰的に過ごしていた田舎にて、程遠志は一人の美しい女性と恋に堕ちる。女性も程遠志の事を男と認めてくれた中で、二人は結婚し、幸せな暮らしを満喫していた。

自らの理想が砕かれ、怠惰的に過ごし、全てに絶望した男にとって、その女性は最後の希望であった。女性と共に過ごすことが出来れば、もう何もいらなかった。だがその様な日常も突然打ち砕かれる。

ある時遠征にて土地を少し離れた際に、妻が都より来た高官に容姿が良いからという理由にて慰み者にされてしまった。男にとって耐え難い屈辱であったが、彼に襲い掛かった悲劇はこれだけではない。男の妻は証拠隠滅の為に殺されてしまう。自らの種がもしその女性の卵に宿れば、やがてお家騒動の宿り火にもなりかねないという理由だ。

程遠志にこの時、絶望を通り越して、深い憎しみが彼に覆いかぶさる。そして思うようになる。誰がこんな世の中を作り上げたのか。この世の中を誰が統治しているのか。答えは漢王朝である。

漢王朝が自らの全てを奪い取るのであれば、自らも漢王朝の全てを奪い取る。程遠志もこの時、大陸に溢れている憎しみという負の感情の権化へと成り下がった。

「.........俺は皇族の女共を()る。犯ってヤッてやり抜いた後に、皇帝の腹に餓鬼を仕込んで、絶望させてから、その腹を掻っ捌いて殺ってやる」

程遠志の暗い笑みに、子分は青ざめる。そんな彼の表情とは対照的に、今程遠志は充実していた。自らの全てを奪い取る標的の頭目を屠ることが出来れば、かつてない充足感を得ることが出来るであろう。その先にあるものは一体何が残るだろうか、程遠志は知らないが、それは後の話。只今は漢王朝の全てを滅却することのみ、それが彼の脳内思考の全てであった。

その黒い欲望も目の前まで来ていた。洛陽を占領し、街を蹂躙して王朝を壊し、皇族を犯す。自らと同じ絶望を与える目的ももうすぐ達成できると意気込んでいたとき、突然伝令が流れ込んでくる。

「報告。後方より官軍が出没。我が軍の背後に迫りつつあります」

「何?」

「それに加え、左翼・右翼からも敵影を確認。正面の敵も反転してきております」

「何だと‼」

突然の挟撃よる報告までは、程遠志も冷静にていられた。農民や賊の集まりだとしても、自軍は二十万。そう簡単に揺らぐ物でもないと思っていた。だが両側からの攻撃に加え、正面の敵が反転してきた報告を聞くと、この時ようやく理解した。

自分たちは嵌められたのだと。

馬元義(はげんぎ)殿や張曼成(ちょうまんせい)殿などにも伝えて敵の攻撃を防げ‼張角様達に近づけることは罷り成らん‼」

 

「者共続け‼敵を蹂躙する‼突撃ぃ‼」

呂北の一声により、呂北軍は雄たけびと共に軍を反転して魚鱗陣にて進軍を開始。そんな呂北軍に続かんと、周りの盗伐軍の面々も黄巾軍に襲い掛かる。

今まで優勢かと思われた黄巾軍は、突然の盗伐軍の迎撃と四面楚歌からの強襲に、浮足立っていたことも作用して完全に混乱状態に陥った。引こうとすれば後方の曹操軍以下盗伐軍に。左右より避けようにも同じく盗伐軍により進軍を塞がれることになる。なればこそ、活路を切り開くには、進軍の勢いを利用して無理にでも前方の軍を蹴散らすしか他無かった。

黄巾軍では先方を担う程遠志を始めとして、馬元義や張曼成などといった黄巾軍の将が必死に前方突破を狙おうとした。だがそれ以上で攻め寄せて来る呂北騎馬隊の勢いに押されて、先程まで浮足立っていた黄巾兵は命惜しさに我先にと逃げ出す始末である。

「おらぁ、どかんかい‼儂は呂北軍鉄砲玉が一人侯僇庵じゃき‼誰ぇ儂の喧嘩相手おらんけぇ‼?」

その双拳にて敵を血祭りに挙げている隴が叫ぶと、黄巾軍からそれを買う者が現れる。

「面白い小娘。我こそは波才。その細首叩き折ってくれるわ‼」

乱戦の中、侯成は波才と名乗った将と一騎打ちを繰り広げる。黄巾軍の配色が悪くなる中この乱戦場では、多くの将らが一騎打ちを始めだす。一つでも盗伐軍の将の首を挙げて、指揮を盛り上げる為であった。そしてそれは関羽と張遼の所でも例外ではなかった。

「.........まさか、貴様らの様な腐った役人に止められることになるとはな――」

程遠志の前には二人の偃月刀を携えた女武将が騎乗にて立ちはだかっていた。どちらも自らの半分程しかない厚さが無い細腕であり、直ぐにでも一刀の下に両断出来そうであった。

「俺は黄巾軍が将の一人程遠志。お主らのそっ首叩き落とし、主の手土産としてくれる」

大斧を携え指差し、程遠志は宣言して二人に襲い掛かる。

「なぁ関羽。あんたのことは一刀に頼まれとる。良い経験やから一人であいつ殺ってみ」

「え、良いのですか?それに張遼将軍は?」

「ウチは戦いやすいように周りの雑魚でも蹴散らすさかい、遠慮なくやりぃや。背中は守ったるからな」

そう言うと、木の枝葉っぱを加えた張遼は、関羽の背中に付き一騎打ちの邪魔をする黄巾兵達を薙ぎ払う。関羽はその気づかいに感謝しつつ、目の前の敵に集中することにした。

「我こそは関雲長‼誉れ高い劉義勇軍が将の一人‼いざ尋常に勝負‼‼」

関羽の偃月刀と程遠志の大斧の刃が当たる。達人の領域にまで達した武人は本気の刃を交えた瞬間その者の力量がある程度わかる。武人として関羽は未だ発展途上であるが、それでも程遠志と刃を交えた瞬間、勝ちを想定することが出来た。武人としての本能・力量・勘全て合わせても、自らの方が上回っていると思い、刃を1合また1合と重ねているウチにそれは想定から確信へと変わった。

関羽が名を挙げれば、引いては主である劉備の名を上げることにもなる。その様な機会を与えてくれた呂北に感謝しつつ、関羽は一気に程遠志を仕留めにかかろうとするが、突如演武の様な打ち合いが打ち切られ、程遠志が力比べにて関羽との間を一気に詰めて鍔迫り合いに持ち込む。この時も関羽は勝ちを確信していた。腕力としての技量も自らが上だと確信したが、その時程遠志が話しかけてくる。

「...ハァ…ふ~......いい目だなぁ。この腐った世の中の真髄を判っていない子供の目だ」

程遠志のその言葉を挑発と捉えたのか、関羽は頭に血が昇り彼を力任せに押し返してしまう。

「何を馬鹿なことを‼‼世が乱れるのは、貴様らの様な悪が、この世に蔓延るからではないか‼‼」

「ふっ、おめでたい頭だな。お前は俺たちがどういった軍か本当に理解しているのか?」

程遠志は語り掛けながらも攻撃の手は緩めない。また徐々にその攻撃は鋭くなっていった。

「確かに俺たちは巷でいう屑の集まって出来た集団かもしれない。しかしそんな屑を作り出したのは、一体誰だ?俺たちが本当に好きでこんな集団に成り下がったとでもいいたいのか?中には野党同然の奴もいるが、大半は違う。この腐った世の中が作り上げた犠牲者だ」

「何を馬鹿な。自分たちのことを犠牲者と卑下するのであれば、何故助けを求めない。何故自分自身で立ち上がらない」

「......求めたさ。......少なくとも俺は求めた。助けてくれなかったから妻も子も失った。だから自ら立ち上がった。俺の様な惨劇を生まないように。しかしそんな俺を漢は裏切った。だから俺は静かに暮らした。新たに妻も迎えて今度こそ妻だけは守るために。だが漢はそんな寄り何処すらも搾取していった。俺は誓った。世を纏める筈の漢が俺から全て奪い取るのであれば、俺も漢の全てを奪い尽くしてやろうと」

再び刃の打ち合いから鍔迫り合いに持ち込まれる。力量的には関羽の方が上の筈だが、しかし一向に事態は好転しない。むしろ関羽が押され始めており、現状彼女は踏ん張るので精一杯であった。

「どうした?苦しくなってきたか?貴様の心情はこうだ。『何故これしきの男を斬り伏せることができない。自分の武であれば可能であるのに』と思っている筈だ。俺も元は漢の将校。貴様と打ち合った時から既に、自分の力量は貴様に敵わないとわかっている。だが真剣勝負において俺と貴様との間には決定的に埋められないものがある。それは執念の差だ。執念さえあればこの程度の力量の差は簡単に覆すことが出来る」

彼の語り掛けに、関羽の心情は揺れる。自らが本来守るべき者達の成れの果てが彼らである事実。わかっていたことではあるが、実際に聞かされるとその言葉は重く、程遠志の刃も更に重く感じた。

「お前は負けてこのまま逃げ帰っても、それだけの技量があれば何処かでやり直すことも出来る。だが俺たちには後が無い。勝つしか生き残る方法はない。それが俺たちと貴様たちの差だ‼‼」

程遠志は関羽の不意をついて僅かに刃を引いて押し返し、バランスを崩した所で彼女の溝に蹴りを見舞う。関羽は途端に落馬したが、直ぐに体制を入れ直したが、程遠志はそれを許さずに彼女の頭上に一刀を見舞う。

その攻撃に関羽は咄嗟に偃月刀を構えて受け取ろうとしたが、その攻撃を受け取めたのは関羽ではなく、関羽の後方で敵を抑えていた張遼であった。

「張遼殿‼」

「気張ったな関羽。後はウチが引き受けるさかい」

「て、敵は!?」

「なぁに、時期に朗報が届いてくるはずやで」

張遼がそう言った瞬間に、乱戦の最中続々と盗伐軍の諸将達による、黄巾軍の将の討ち取り宣言が続々と響き渡る。やがて黄巾軍は本当に瓦解し始め、その将兵は次々と討ち取られ始める。

「あと真新しいのはこいつくらいや。こいつはウチが引き受けるから雑魚狩ってきぃ。今やったら100人切りも夢やないで」

済んでの所で攻撃を止められ、さらなる強敵が来たことで程遠志は下唇を噛み苦しさを隠しきれなくなるが、関羽は首を振って張遼の隣に立つ。

「いえ、この者は私にやらせてください。次はあのようなへまは二度と致しません」

「あんなぁ、戦場において一度のへまは命取りなんや。一回へまやらかした(もん)がどうやってそないな口w「お願いです張遼殿。今一度機会を」......しゃあないな。もうウチは助けへんで。自分のケツは自分で拭きや」

張遼は程遠志を押し出し、鍔迫り合いを無理に終えると、そのまま騎乗して何処かに走り去る。

「......待たせたな程遠志。我が名は関雲長。それが其方を屠る者の名だ。黄泉の旅路に持っていくがよい」

関羽は大地に立ち、腰を落として体を脱力させ、静かに偃月刀構えなおす。先程まで劣勢であった関羽のこの行動は、程遠志にとっては挑発行動にも映り、彼は憤慨して関羽に襲い掛かる。

「俺を......舐めるなぁ‼‼」

程遠志は騎乗より大斧を関羽の頭上目掛け振り下ろす。大地に立つ者が騎馬武者を狙うにはまず馬を射るか、直接将を馬より引きずり落ろすしかない。程遠志もそのことを心得つつ関羽に対して一撃を見舞うが、そんな彼の思惑に反し、関羽は程遠志を見ず、一重に彼の馬を見据えた。そして地面に転がっていた石を槍の柄で弾き、馬の目を狙った。馬は溜まらず嘶き行動を止めてしまうと、程遠志はバランスを崩した。その瞬間を狙い、関羽飛び上がり、は程遠志頭上目掛け、一刀の下に刃を放ち彼の頭をかち割った。

程遠志の体から放たれた血飛沫は、関羽の体に降りかかり、顔の血を彼女は袖で拭う。

「......程遠志、確かに私には其方の様な執念は無かった。戦場での経験・場数の数でも負けていた。一つ間違えば、本来なら討ち取られていたのは私であったであろうな......。私とて昔賊に兄を奪われた経験があるから、気持ちはわからないでもなかった。だがな、どのような理由があったとはいえ、他の者を自らの欲望の糧として、復讐を実行するのは、私は同意出来なかった。......考えが交じり合うことは不可能。なればこそ、武人としての礼として、其方を我が刃で静めたかった。......感謝いたす程遠志殿。これで私はまた強くなれる......。敵将程遠志、劉備軍が将、関羽雲長が討ち取った‼‼」

関羽は片手で程遠志に対し祈りを捧げた後に、高らかに血濡れの偃月刀片手に宣言を挙げる。関羽が真の将として一歩を歩みだした瞬間であった。

 


 
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