No.973982

紫閃の軌跡

kelvinさん

第148話 調停者の一族の難儀と剣の道(Ⅱ編第二章 有角の獅子~士官学院奪還~)

2018-11-17 01:15:17 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1333   閲覧ユーザー数:1193

~リベール王国センティラール自治州 温泉郷ユミル~

 

 リィンがユミルに戻ってきて一夜が明けた。

 ヴァリマールについては王国軍とZCF(ツァイス中央工房)が共同開発した即席組上げ方式の格納庫が裏手に建てられ、そこに格納された。その費用については全部エレボニア帝国に請求するというカシウス中将の言葉に周囲の人々は冷や汗を流した。

 エルウィン皇女についてはカシウス中将自ら護衛に就くという異例の対応。だが、彼の実力は既に知っているのでこれ以上ないほどの安心感を得ているのも確か。それに、カシウスは遊撃士時代にも何度か足を運んでいて、里の人達と難なく馴染んでいた。こういったところが彼の子ども達に受け継がれたのだろうと思う。

 

 リィンは里の雑貨店に足を運ぶと、丁度そこにアーシアがいた。お店のカウンターにいる店主と何か大事な話をしているのだろうかと近づくと、アーシアも気付いて振り向いた。

 

「あれ、リィンさんじゃないですか。その、休まれなくて大丈夫ですか?」

「まあ、そこまで大変だったわけじゃないし、ユーシスとの戦闘の疲労は取れてるからさ。アーシアは何をしてるんだ?」

「実は久々にお菓子を作ろうと思いまして、材料があるか聞いていたんです。折角ですし、リィンさんには一番に食べてほしいですから」

「はは……(うーん、考えてみればアーシアとはあまり接する機会がなかったけど……)折角だから手伝おうか? もしかしたら、何かアドバイスできるかもしれないし」

「そうですね……東方のことにも詳しそうですし、お願いしますね」

 

 そうして一通りの材料を買った後、侯爵邸のキッチンを借りて早速お菓子作りがスタートする。とても公爵令嬢とは思えないほどの身のこなしでテキパキと調理をして、リィンは少し力のいる作業や味見などを手伝い、完成した菓子をリィンの自室で頂くことにした。

 

「じゃあ頂くよ。……美味しいな」

「ふふ、良かったです。まさかユミルに東方系の食材が豊富にあったなんて知りませんでした」

「師父や兄弟子の影響かな。まあ、常任理事のシュトレオン殿下も東方の趣には詳しかったりするから、結構融通してもらってるのさ……にしても、アーシアが東方のことに詳しいというのは意外だったけれど」

 

 大陸横断鉄道があるとはいえ、エレボニア西部で最大勢力の貴族令嬢が東方系の知識に詳しいというのは少し違和感があった。何せ、実際カイエン公に会った時の格好からしてそういった趣が皆無だったからだ。その意味も込められたリィンの言葉にアーシアは笑みを零す。

 

「そうですね。私の伯父がそういったことに詳しかったですし、イーグレット伯のお爺様とお婆様によくしていただいて、その折に色々学びました。何でしたら、今度着物姿もお見せいたしますよ? リィンさんがいいのなら目の前で着替えシーンも」

「ぶふっ!? ケホ、ケホッ……心臓に悪いから、そういうのは止めてくれ。というか、そういう色仕掛けは一体誰から学んだんだ?」

「そうですね、私の従妹とお二人の姫殿下に、あとはエリゼさんでしょうか。その大半は従妹になっちゃいますが」

「(エリゼ……一体何を考えてるんだ……ともかく話題を変えよう)そういえば、カイエン公と映像越しに対面した時、そこまで親子としての情が見えなかったけれど、喧嘩でもしてるのか?」

 

 話題の切り替え方としては良くなかったかもしれない。だが、アーシアの中でこれも一つの契機かと思い、話し始めた。

 

「リィンさんと初めて会った時のこと、覚えてますか?」

「ああ。いきなり抱きつかれたのは吃驚したけど。でも、学院祭を除けば殆ど接触してなかったから……やっぱり、カイエン公のことなのか?」

「はい。実の父であるクロワール・ド・カイエン。正直、彼は異常なほどに臆病で、傲慢で……自分の利益のためならば他人の利益など平気で壊す人です。リィンさんのことも無理矢理英雄として祭り上げ、あわよくば厄介払いも兼ねて私を嫁がせ、いいように使い潰そうとしていたことは観えていました。なので、あまり話しかけないようにしていたんです。学院祭の時、リィンさんに誘っていただいて嬉しかったのは否定しませんが」

 

 解っていた、ではなく『観えていた』という意味。その意味はリィンも理解できる。『観の目』―――自らの持つ一切の先入観を排し、ありのままの物事を俯瞰する。東方武術ではそれを極めれば相手の攻撃予測を見切るだけでなく、相手への有効な一撃を見い出すこともできる。ここ1ヶ月の特訓で見違えるほどに成長したが、それほど武術を嗜んでいるように見えなかった彼女の視野の広さに感嘆を禁じ得なかった。

 

「怖かったのか……当主の立場を脅かされるのが」

「ええ。私の従妹は伯父アルフレッドの嫡子ですが、類稀なる才覚を持っていたが故に帝都の女学院へ送られた。私も似たようなものでした……そして、私の兄で長男のエルザム兄様も幼少期に伯父アルフレッドもお認めになったほどの明晰さを垣間見せていたほどです。ですが、その才を危ぶんだ父が城館から追い出したほど、自分の立場を脅かす者には強権を揮う……現に次期当主は次男のローヴァスに継がせる予定だったようです……」

 

 自分の実の父親とはいえ、まるで他人のように話すアーシアにリィンは複雑な表情を垣間見せていた。ただ血が繋がっているだけで愛されてはいなかった……自分よりも聡い者や優れた者を躊躇いなく排斥する。ただ、命を奪わなかったのはカイエン公の貴族としてのプライドが働いた結果なのかもしれない。

 

「それに、リィンさんもすでにご存じですが、革新派の勢いを削ぐために私を政略結婚に使おうと、とある貴族に妻に嫁がせようとしていました。その影響でレーグニッツ帝都知事の姪御、マキアスさんのお姉さん同然であった従姉を……その話は結果的に破談となりましたが、禍根は残ってしまいました」

「……その、アーシアは父親である彼のことが嫌いなのか?」

「好きか嫌いか、それ以前の問題ですね。何せ、私たち子どもの存在を自分の都合のいいように使うための“駒”みたいな扱いでした。人らしくあれたのは、母様や先代様、カイエン家の相談役であるイーグレット伯のお爺様とお婆様のお蔭です。最近では姫様方やエリゼさん達、そこにリィンさんも入りますけど」

「えっと、それは喜んでいいのかな?」

 

 アーシアを人たらしめたのは他でもない色んな人たちとの出会い。その中に自分が入っていることに面映ゆい感じを覚えたリィンだった。だが、アーシアのこの先の行動をリィンは読み切れなかった。部屋を一通り見渡したところで、アーシアは悪戯心を覗かせるような目線で問いかけた。

 

「はい。それにしても……リィンさんのお部屋にはそういうものがなさそうですね」

「そういうものって、例えば?」

「もう、乙女に言わせるだなんてリィンさんは鬼畜ですね。そのご様子ですと、恋い焦がれるお方数名に“食べられて”、それでも尚好意を素直に受け取らない鬼畜さ……これは強敵ですね」

「ちょっと、その……アーシア?」

「大丈夫です。天井のシミを数えている間に終わりますし、ちゃんと対策は恙無く教わっていますので。それと、父には絶対に言いませんので」

「そういう意味じゃなくて、こんなところで何を―――ああっ!?」

 

 何だかんだでリィンも思春期の男子。妹と同い年なのに、妹以上の魅力的な身体の前に抗うことなどできるはずもなく、途中から理性が飛んで無我夢中に彼女を抱いた。これ以上細かいことを述べると間違いなく発禁一直線なので、どれほどの激しさだったのかは本人達のみぞが知る。

 

 身だしなみを整え、片付けのために出ていくアーシアの姿に疲れた表情を見せつつも、リィンもテキパキと服を着てから部屋を出た。すると、丁度エルウィン皇女が屋敷に戻ってきたようで、向こうから声をかけてきた。だが、彼女ひとりしかおらず、護衛のカシウス中将の姿が見えなかった。

 

「あ、リィンさん」

「これは殿下。あれ、カシウス中将殿は?」

「外をあまり出歩かなければ大丈夫であると仰っていただきまして。中将閣下なら酒場宿のほうにいらっしゃいますよ」

「そうですか。何かありましたら、遠慮なく仰ってください」

 

 そう断った上でリィンは酒場宿に足を運んだ。するとカシウス中将は暖かいお茶で一服していた。

 

「おや、リィンか。ふむ……どうやら、己が力も“至った”ようだな。どうだ、折角だから少し話さないか?」

「ええ、是非」

 

 同じ八葉一刀流をユン・カーファイより習った兄弟弟子。リィンからすれば“理”の境地を見た人間と話せるのは貴重だと言える。リィン自身もあれから鍛錬を積み上げてきた……そのことよりも、リィンはカシウスの腰に拵えられた太刀を見やった。

 

「それにしても、以前教わったときは棒術でしたが、再び太刀を?」

「ああ、そうだな。とはいえ棒術自体を止めたわけでもない。複数の武器を扱うことによって己の技術を更に高める、二つの武器による八葉の研鑽だ。……俺も詳しくは聞いていないが、アスベルもその典型例だろう」

「アスベルがですか?」

「ああ。太刀一刀流、小太刀と呼ばれる短刀の二刀流の剣術、更にはアルゼイド流大剣術にヴァンダール流の剛剣・双剣術の“奧伝”まで修めている。それら全てを集約したのがアスベルの振るう八葉一刀流……ついこの前の話になるが、『試し』をクリアして正式に“皆伝”へと至った」

 

 カシウス中将の言葉にリィンは驚く。太刀とは対極に位置するであろう大剣術……しかも、エレボニアでその名を知らぬ者はいない二大流派を習得している。かの<黄金の羅刹>ことオーレリア・ルグィン将軍もアルゼイド流とヴァンダール流を修めているが、それ以上に学び取っているうえで二大流派の“奧伝”に至るというのは並大抵ではないだろう。

 そして、アスベルが遂にユン・カーファイより“皆伝”の目録を正式に受け取った。つまり、彼を正式な筆頭継承者と認めたことになるとカシウス中将は述べた。その試しはカシウス中将が相手となり、立ち合いにはヴィクターとエリゼがいたと話す。

 

「その後、アスベルとエリゼ君、ヴィクター殿と俺で手合わせをした。同じ流派の“皆伝”持ちというのは少ないからな。理合いが心地よくて、気が付けば1時間ほど戦っていたな」

「……俺としては、その戦いについていけてるエリゼの実力が怖いのですが。その、彼女はどれほどの?」

「ああ。流石に三の型の基本はともかく、中伝以降の剣術については全てアスベルが教えていた。少なくとも“理”の境地に足を踏み入れたことは間違いないだろう。それと、八葉の極致にあたる静動合一の境地―――『無我』の領域にもな」

 

 リィンは妹の片割れの成長に目を見開いていた。師父ユン・カーファイよりその存在自体は聞いていたが、“理”と“修羅”を極めた先にあるのは我無き領域にして八葉一刀流の極みである境地の一つ、『無我』と呼ばれる境地。されど、それは入り口を開いたに過ぎない。

 

『我無き先に我は在り、焔が如き百錬の魂と静水が如き煥発の心、其を一つと成して己の刃と成す、即ち天衣無縫の境地なり』

 

 そして、それを極限まで研ぎ澄ませたものが現状アスベルのみしか使えない静動極一『神衣無縫』の境地だろうとリィンは感じた。正直言ってそれによって生じる膂力は半端なものではない、とカシウス中将はハッキリと述べた。

 

「ヴィクター殿の放ったアルゼイド流の奥義『洸凰剣』とアスベルの放った“烈火”の極式がほぼ拮抗したほどにな。これでアスベルがその技術を大剣術にフィードバックできれば、間違いなく“皆伝”だとヴィクター殿は言っていた。いや、寧ろアルゼイド流開祖である鉄騎隊の副長の剣すら超えるのではとも言っていた。『私の息子なら、当主と継承者を譲って楽隠居できる』という言葉には思わず笑ってしまったが」

「はは……」

「おっと、忘れるところだった。実はユン師父からお前宛に預かっていてな。ちょうど一ヶ月前の話だ」

「ありがとうございます。では……」

 

 カシウス中将から手紙を受け取ると、リィンはその場で読み始めた。文面の中身はまるでリィンの現状を当ててしまうような言葉が綴られ、『お前さんならそうなっても不思議じゃないであろう』という言葉であった。

 そして、剣術については時と場所を置いた上で“奧伝”への道筋を見出すための試練を課すと書かれていた。しかも、その内容はアスベルに宛てた手紙に書かれているという。これにはカシウス中将も頭を抱えたくなった。

 

「確かに、現状直弟子の中で師父の教え全てを引き継いでいるのはアスベルだが……彼も気苦労が絶えないと思う。尤も、世話になっている俺が言えた義理ではないのだがな」

「そう仰るということは……もしかして」

「ああ。剣のリハビリに結構付き合ってもらっているからな。まあ、彼も家族みたいなものだから、親子の語らいみたいなものだ」

 

 親子で剣を交えて語らうということに、リィンは正直苦笑するしかなかった。自分の父とは剣術自体異なるのでそういうことにならないため、少し羨ましいと思ったのは心の中に留めた。

 


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