No.973041

紫閃の軌跡

kelvinさん

第139話 積年の怒り、その行く先

2018-11-08 02:16:42 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1521   閲覧ユーザー数:1398

~リベール王国 王都グランセル グランセル城~

 

 グランセル国際空港に降り立ったオリヴァルト皇子とミュラー少佐は、出迎えた王国軍の案内でグランセル城に入る。そして、通された客室で少し寛いでいると、扉が開いて一人の青年が入ってきた。その姿にオリヴァルト皇子は少し笑みを零した。

 

「久しぶりですね、オリヴァルト皇子。ミュラー少佐もご苦労様です」

「お久しぶりです、シュトレオン殿下」

「久しぶりだね、シュトレオン君。クローディア殿下から王太子になったと聞き及んだ。遅まきながら、お祝いを述べさせてもらうよ」

「ああ。……ま、公式の挨拶はこれぐらいにしておこうか、オリビエ。おそらくクローゼとユリアさんから事情は少し触れているだろうから、下手に形式に拘るよりは建設的な議論ができるだろ?」

 

 元々今回の要請はリベール王国からのもの。それを内戦というご時世の中で引き受けてくれた側としてはあくまでも『非公式な会談』であること。とはいえ、オリヴァルト皇子としてもジリ貧であるため、大国であるリベールの力を少しでも借りることができれば御の字という打算もあった。その前に、オリヴァルト皇子は一番聞きたいことを尋ねた。

 

「それは非常に助かる。では、率直に聞きたい。明日の0時を以て<不戦条約>を凍結して、棚上げ状態になっていた宣戦布告に踏み切った……それがなぜ今なのかということを尋ねたい。元々話し合いで解決する努力をしていた国が軍事力に頼るという経緯をね」

「確かにそれはご尤もだろう……今年で10年。俺の両親を奪ったエレボニアは未だに謝罪をしていないどころか、その頂点たる皇帝が力も振るえずに拘束される体たらく。この状況に陥れたせいで我が国もその煽りを受けた……関係ない話ではない。このどちらもが現皇帝であるユーゲント・ライゼ・アルノールⅢ世、彼がギリアス・オズボーン宰相を重用したせいなのだからな」

 

 彼が極秘裏に雇い入れた猟兵団によってシュトレオン王太子の両親は殺された。彼が対立という炎を煽り続けた結果、内戦という形に陥った。その影響をリベール王国は少なからず受けた。

 

「単にそれだけなら私怨に成りかねないので、何とか矛を収めようと思った。だが、<百日戦役>においてエレボニア帝国とカルバード共和国が密約を交わしていたことを知った。共和国に対してある程度有利なノルド高原の領有を認める代わりに、帝国によるリベール占領統治という密約がな」

「何だと……帝国がそのような密約を……!?」

「しかも、それを主導していた派閥がオズボーン宰相とロックスミス大統領の支持基盤ということも判明している。この両国間の密約の証拠は我が国で厳重に保管していることも一応言っておく」

 

 当時の二大国の密約。小国をまるでわが物のように扱う姿勢……この密約もある意味拍車をかけたのは間違いない。だが、その止めとなるユミル襲撃の事実をシュトレオン王太子は口にする。

 

「そこに追い打ちをかけたのがセンティラール自治州への襲撃、厳密に言えば温泉郷ユミルへの襲撃だった。その襲撃でテオ・シュバルツァー侯爵は一時意識不明の重体にまでなり、滞在していたエルウィン・ライゼ・アルノール皇女を誘拐、更にはシュバルツァー侯爵令嬢であるソフィア・シュバルツァーを誘拐した。暫定政府に返還要求などはしたが、完全にこちらを下とみるような結果……元帝国民だとか、そんなのは関係ない。我が国の民を誘拐し、下手をすれば“ハーメル”の二の舞に成りかねなかった時点で、リベールとしての堪忍袋の緒はもう切れたようなものだ」

 

 国としての体面を平気で踏みにじった隣国のアルバレア公爵。だが、それを咎めることも反旗を翻すこともしていない。身分制度である以上どうしようもない側面はあるが、それでも同じ公爵であるカイエン公か彼の息子であり貴族連合のブレーンであるルーファス・アルバレアが直に対処すればまだ余地はあっただろう。

 しかし、一切咎めようともしない時点で『アルバレア公爵を庇う立場』であるとリベール側は認識したことを意味する。返還交渉が不調なのも、それを裏付けるような流れでしかないのだと。幸いにしてシュバルツァー侯爵は回復したものの、また同じことが起きないとは限らない。

 

「ここで僕が謝ったとしても、リベールの今の流れは止められない、というわけか」

「ああ。主犯格にして貴族連合総主宰であるクロワール・ド・カイエン公爵、連合参謀のルーファス・アルバレア、結社の幹部である<蒼の深淵>ヴィータ・クロチルダ、それにユミル襲撃を命令したヘルムート・アルバレア公爵に実行犯の『北の猟兵』……彼らを“最重要対象”と認定し、特にエレボニア帝国貴族である三名は“死罪”―――最優先討伐対象に指定される。『北の猟兵』については連中の態度次第で、<蒼の深淵>については現状身柄拘束が限界だろうと考えている」

「……」

 

 その扱いについてもオリヴァルト皇子は止むを得ないと考えている。ここまで内戦が拡大した以上、それが終結したときに出てくるのは内戦での被害や死傷者だけではない。それによって生じた不満の矛先を誰に向けるかという問題になる。リベール王国は貴族連合もとい今の貴族派によるエレボニア帝国によって被害を受けた以上、そのトップにいるカイエン公を処断するのは当然のこと。彼に準じながらも己の身内を制止できなかったルーファスも処罰の対象となる。ここにユーゲントⅢ世を処罰に入れなかったことに少し違和感を覚えたミュラー少佐が尋ねる。

 

「オリビエには申し訳ないが、その中に皇帝陛下が入っていないのには、何か理由があるのか?」

「ハッキリ言えば、これは彼への問いかけだ。万が一彼が戻ってきたときに同じことをするようなら……もはや処置なしであるということもな。このあたりの温情はアルゼイド夫人から頼まれたことだ。彼女は実の兄を案じていた……帝国を蝕む“呪い”に彼が呑み込まれているのではないかとな」

 

 オリヴァルト皇子とセティアレインの実の母親―――アリエル・レンハイムの死後、ユーゲントⅢ世は何かに憑りつかれる様にオズボーン宰相を重用し、全幅の信頼を預けていた。彼女と少なからず交友関係にあったアリシア・A・アルゼイド夫人は、彼女の死を切っ掛けにして兄の中に何か不気味なものを感じていたらしい。

 シュトレオン王太子は図らずもその元凶を知った。そして、オズボーン宰相を完全に排除するための方法とその切り札を、彼は見つけた。だが、そのことはこの場で言わない。しかも、これは数名の人間でしか共有していない。『黄昏』を封じ込めて元凶となる“呪い”を排除するために……そのことを胸の奥にしまい込んで、シュトレオン王太子は話し続ける。

 

「そして、宣戦布告受理……即ちこちらからの宣戦布告同然みたいなものだが、現状において帝国軍情報局やら貴族連合のスパイがかなり入り込んでいることの排除も含んでいるが、一番の理由は“難民の増大抑制”にある」

 

 現在、アルトハイム自治州における帝国の難民だけで32万人、各自治州も含めれば40万人を超えている。これの管理費用の支払いについても貴族連合が難色を示している。彼らがリベール王国に帰属するならば斡旋もするが、勝手にやれば騒ぎ立てるだろう。

 

「我々は、外国人である帝国民を食わせるために国家運営などしていないんだがな」

「……ちなみにだが、その費用はいくらになるんだい?」

「今年の末までに2兆ミラを超える計算になってしまった。金銭はまだしも、食糧や衣服などの物資が不足しかねない……それらの関連費用も含めれば、帳消しにするだけで5兆ミラは行くことになる。しかも、時期が冬だから余計にな。凍死でもされたら目も当てられない」

 

 難民への物資提供だけでなく、食糧などの購入費用や治安維持のための特別手当を含めた人件費、更には王国軍による哨戒活動や遊撃士協会への依頼料を含めると……多方面での協力と膨大な資金無しには無理が掛かる。正直、アスベルやシルフィア達が貯め込んでいた“裏”絡みの貯蓄がなければ詰んでいただろうとシュトレオン王太子は内心で感謝する。

 

「そのことも含めてたった100万ミラでどうにかできるというなら、ぜひやってもらいものだと思うわ。こっちだって無限に物資を出せるわけじゃない……だから、これ以上の難民が流れるだけでなく、連中が何かしらの工作をしてくる可能性だってあることを重く鑑み、フレイア門の完全封鎖を皮切りに国境線上の封鎖を確実にするため、その手段に踏み切った。鉄鉱石を誤魔化してあんな兵器を作るのなら、その生活を支えている平民の心を鑑みろと……現カイエン公の兄であるアルフレッド公が生きていたのなら、こんなことにならなかったのかもしれないが」

「知り合いなのですか?」

「俺の母がイーグレット伯の娘―――アルフレッド公の夫人と懇意だったらしくてな。何でも母が昔帝国で一人旅をしていた際、知り合ったそうだ……あの事故が起きなければ、クロスベルの後に飛行船でオルディスへ行く予定だったことを遺品である母の日記で知った」

 

 その二人に娘がいるということは聞き及んでいた。事故のせいで会うことはなかったが、もし両親が生きていたら嫁に宛がわれていたかもしれないと思うと、正直冷や汗ものだとシュトレオン王太子は思う。むしろ、事故が契機となってそれ以上の立場となるアルノール家の人間に好かれているという事実は否定できないが。

 

「正直、貴族連合すべてを相手にする気はない。だから電撃戦で片を付ける……<不戦条約>を凍結したのは、戦争状態の矛盾を解消するためとクロスベル問題が安定状態になったからというのもある。通商会議で出会ったマリク・スヴェンド署長、現在は初代皇帝リューヴェンシス・スヴェンドによってクロスベル独立国・カルバード共和国が消滅して『クロスベル帝国』へとなった」

「クロスベル帝国……」

「成程。クロスベルが一つの国家の統治下となればクロスベル問題は一先ず安定する。だが、宗主国であるエレボニアがそれを認めるかどうか……国家元首である父上が首を縦に振るかと言われれば、現状では難しいだろう」

「そこでオリヴァルト皇子に提案だ。明日以降リベール王国とエレボニア帝国は戦争状態に陥る……<不戦条約>共同提唱国であるレミフェリア公国単独で大国の争いを止められる力はない。そこで、レミフェリア公国が二国と正式な交戦状態にないクロスベル帝国に仲裁を頼む流れを作る。その先駆けとしてオリヴァルト皇子にはアルフィンを連れてレミフェリア公国に向かってもらいたい。『リヴァイアス』の代わりとなる『カレイジャス』の譲渡はその目的もある」

 

 クロスベル帝国がノルド高原を掌握した情報は既にリベール王国にも伝わっている。貴族連合と戦闘したものの、あくまでエレボニア帝国の“外”での話であり、ゼンダー門に駐留する第三機甲師団との講和も成立していると聞き及んでいる。

 それに、クロスベル帝国の外交窓口は現状リベール王国の旧共和国大使館しかない。宣戦布告されてもそれを伝える手段が皆無のため有耶無耶にしやすいという利点もある。大使を通しての交渉もリベール王国を通さなければ出来ない……現状においてクロスベル帝国が“中立”の立場となるのは、こういったカラクリがあるからだ。

 

「ふむ、やはりアルフィンの皇位継承権破棄はカイエン公に却下されたというわけか。それに、僕とアルフィンは先日の通商会議でアルバート大公との面識もある……さしずめ、ドライケルス帝のような逃避行をするというわけだ。これで大陸縦断リサイタルならなお良かったのだろうけれど」

「お前というやつは……すみません、王太子殿下」

「構いませんよ、ミュラーさん。元々こっちの思惑でオリビエに舞い踊ってもらうわけですし……それと言っておくが、先程の“最重要対象”への扱いは変更できない。それだけは覚悟してくれ……トールズ士官学院の常任理事である手前、同じ立場の人間を誅するのはいかがなものかと言われそうだが。そして、『カレイジャス』には俺もアルフィンの護衛という形で同行する」

「なっ!?」

「もう既に打てる手は打った。<蒼の騎神>についても対策はしてある。こちらから提示する予定の講和案をまとめるにしても、両国の首脳クラスにその意思はあるということをレミフェリアに示さなければいけない。ルーシー大使には明日以降にその話を伝えるようクローゼに任せた」

 

 少なくとも数日はかかると思われる交渉。既に王国軍の電撃作戦の概要は組まれており、配置も完了している。既に賽は投げられたという形だ。不安材料はほぼなく、貴族連合はリィン達に気を取られている。ある意味囮として利用しているのは心苦しいが、その後のフォローはしっかり行う約定も取り付けている。

 年下でありながらここまでの辣腕を振るうリベールの次期国家元首の姿に、自らの国と比較してハッキリとした明暗が分かれかけている現実を垣間見たオリヴァルト皇子は少し考え込んだ後、自らの役割を察した。

 

「―――成程。この状況で皇帝たる父上に戦を止める力はない、とリベール王国は判断したというわけか。そして、その役割を僕とアルフィンに担わせるということも……まだまだ甘かったと今更ながらに痛感しているよ」

「オリビエ……シュトレオン殿下。アルフィン殿下を旗頭にされる御積りか?」

「出来ることならセドリックがいいのだろうが、彼だとかの御仁に憧れている節があることを考えると、後々が少々怖い。アルフィンはあくまでも交渉役。後の仕事はオリビエ……いや、オリヴァルト皇子とここにいないエルウィン皇女の役目だ」

 

 少なくとも現時点においてクロスベル帝国は動かない。リベール王国が<不戦条約>を凍結することも水面下で通知済みである。彼らが動くとするなら、それは……貴族連合内での暴走が始まった場合。少なくとも貴族連合での優位性を奪取するためにアルバレア公が動くことまで織り込み済み。

 

―――七耀暦1204年12月7日。

 

 <百日戦役>を引き起こしたかつての大国に一矢報いるために……今まで起きたことをなかったかのようにすることなど許されない所業に対する断罪。王国民を人質に取るような真似をした連中に一泡吹かせるため、王国宰相シュトレオン・フォン・アウスレーゼ発令の電撃作戦が開始される。

 

 作戦に掛かった時間はわずか7日。その短い時間でありながらも、帝国北部・北東部・東端部を瞬く間に制圧するというリベール王国屈指の航空戦力をフルに生かした電撃作戦。

 その作戦は後に『閃光の白隼(ジークフリート)作戦』と呼ばれることとなる。

 

 

 宣戦布告受理には少々屁理屈も混じっています。

 ただ、攻められた側の民はそのままで納得できないでしょう。二年前の<百日事変>も考えると、帝国軍による何かしらの影響を受けた旧サザーラント州に住む王国民は不安解消を強く求めることになるでしょう。

 

 少なくとも十二年前の<百日戦役>を鑑みれば、リベールが守りに徹するのではなく必要最小限の犠牲を払ってでも自国領に対する襲撃の対価を支払わせる強気の姿勢が求められる訳です。アリシア女王がその役割をシュトレオン王太子に託したのは、どうしても甘さが出てしまうのを避けるためです。<百日事変>で起きたクーデターを重く見た結果ともいえます。

 


 
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