No.973039

紫閃の軌跡

kelvinさん

第138話 未来の若獅子、紅隼の誘い

2018-11-08 01:57:06 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1498   閲覧ユーザー数:1400

~エレボニア帝国 歓楽街ラクウェル郊外~

 

 ラクウェルの南側の森林地帯。その陰に隠れるように佇むのは三機の<騎神>。その傍らにはアスベルとルドガー、そしてクワトロがいた。

 

「クワトロも済まないな。こんなことに手を貸したくはないんだろうが」

「いや、この世界は俺の知ってる世界ではないし、少なくとも俺のいた世界に影響はないと思う。流石に人を殺すことは躊躇ってしまうが」

「いや、それが普通だろ。俺やアスベルは立場上忌避できないことが多いからな。そこは理解してくれると助かる」

「ああ……でも、その二機の騎神は初めて見たな」

 

 貴族連合軍の潰滅。それを成したのはその傍にいる<騎神>。しかし、クワトロの記憶では『黄金』以外の騎神は知っているが、それ以外は知らないと話す。それは御尤もとアスベルは語る。

 

「それが普通だよ。何せ、この二機はこの世界で作ったものじゃない……多分、クワトロのいた世界とは別の異世界と言ったほうがいいかな」

「作ったって……かなりのゼムリアストーンを使うし、ある意味ロストテクノロジーなのによく出来たな」

「正規の方法じゃまず無理だろうな。『非常識な事象』を利用した方法だったから、この世界でやろうとしても危険が伴いすぎる」

 

 アスベル達の持つ能力と特典、そしてアスベルたちが経験した世界で起きていた『黄昏』という条件が揃わないと成立しなかった側面が強く、世界の危機に瀕してまでもこれ以上作るというのは避けたいと漏らした。これにはクワトロも苦笑を浮かべた。

 

 ひとまず騎神は三機とも転移機能によって飛ばした上で、ここにいないセリカ達やメルカバ参号機との合流をしようとアスベルが提案しかけたところで、何者かの気配を感じた。

 二人も気付いて警戒を強めると、木の陰から二人の人物が出てきた。一人は乱雑な金髪の少年で、もう一人は貴族の私服らしき服装を纏った淡い緑のウェーブがかった少女。とてもではないが、明らかに森の中で並ぶと不釣り合いの二人。

 

「見るからに不釣り合いとも思えるが……二人は知り合い、ってわけでもなさどうだな」

「ああ。そこのエセフワが『町の外で起きた原因は森の中にある』っていうんで半信半疑だったわけだが」

「あらまあ。でも、間違いではありませんでしたよね?」

「ハッ、いきなり初対面でそんなこと言う奴を簡単に信用できるかって話だ。勘にしては恐ろしくもあったが……俺はラクウェルで自警団のリーダーなんてのをやってるだけだ」

 

 ラクウェルの自警団……言っていることは確かだろう。なので、少年のほうは理解できた。だが少女の方は……すると、アスベルが思い出したように少女の方を見やる。

 

「その髪の色……もしかして、ソフィア・シュバルツァーや二人の皇女殿下と知己だったりするかな? 確か、ミュゼ・イーグレット嬢だったか」

「あら、リベールで名高い<紫炎の剣聖>様に名前を覚えていただけているだなんて、これは運命の出会いだったりするのでしょうか?」

(……どこかのメイドさんを思い出すな。クワトロは知ってるのか?)

(ええ、まあ……俺の世界だと教え子でもありますから)

 

 アスベル達も何らかの形で面識のある少女―――ミュゼにそう問いかけると、嬉しそうに返した彼女の言葉を聞いて、ルドガーとクワトロは小声で会話をする。しかし、少年の方はともかくとしてミュゼが何故ラクウェルにいるのかという理由が不明であった。そして、少年を諭した理由も不明。流石に警戒を緩めるわけにもいかないため、アスベルは一息吐いた上でこう告げた。

 

「どうやら先程の光景も見ていたと推測できるため、お前達は俺達に同行してもらう。悪いと思うが、これも軍の機密保持のためだ。行動に配慮はするが、犯罪まがいはやめてくれよ?」

「ま、今はおとなしく従っておくぜ……アンタもそうだが、後ろの奴らも相当ヤバそうだ」

「ふふ。もしかして、取り調べであられもない格好にさせられてしまうのでしょうか?」

「それはないから安心してくれ」

 

 とりあえず、少年ことアッシュ・カーバイドについては、ラクウェルにいる自警団の連中に話をつけさせた上で同行させることにした。ミュゼの方は身元がハッキリしている以上、イーグレット伯爵家まで送り届けるのが筋なのだが、ミュゼ本人が同行を願い出たために止む無く同行を許可した。

 

「いいのか?」

「下手に帰せば、かえって彼女の身の危険が増す。イーグレット伯爵夫妻にはミュゼに内密で連絡したが、こちらで預かってくれた方がよいと頼まれてしまったからな……それだけカイエン公にとっては厄介な存在なんだろうよ。実際その通りだと思うし」

「あの様子だと、アスベルの嫁になりたいとか言い出しそうなんだが……」

「……もう諦めた」

 

 イーグレット伯爵家はカイエン公爵家の相談役の家柄。その当主と夫人からミュゼの身の安全を頼まれた意味……『別世界の未来』を知っていることからして、その意味は十分理解できる。

 下手な諍いを生むよりはある程度コントロールできる方がまだいい、という判断に基づいて同行させることにした。別世界ではリィンにアプローチをかけていたが、この世界ではその矛先がアスベルに向いていたことに彼の口から溜息しか出てこなかった。

 

 その原因は解る。帝国内での遊撃士や星杯騎士の活動は最小限に留めているが、その絡みで関わったことがある。聖アストライア女学院では夏至祭にバザーを開くことがあり、その際に遊撃士として面識を持った程度。

 実を言うと、7月の特別実習で女学院を訪れた際、騒ぐ女生徒の中にミュゼの姿があったことを思い出す。その時の笑顔が怖かったのは言うまでもないが、本人を前にして言うことでもないので忘れたい気分である。

 

「はは、モテるんだなアスベルは」

「……お前は今一度、自分を省みることをお勧めしておく」

「同感だな」

「? まあ、精進が足りないのは自覚してるけど」

 

 棚に上げるつもりは全くないが、どうやら世界が違ってもリィン・シュバルツァーの色恋沙汰(自身関連)については群を抜いて鈍いようであった。こんな子どもにしてしまった親の顔が見てみたいものだと思う……アスベルからしたら両方知っているので、一番解ってしまうのだが。

 余談だが、『リィンの関係者』に聞くと間違いなく“父親譲り”であると深い溜息を吐いていた。

 

 とりあえずメルカバ参号機に搭乗して、二人には動きやすい服装を宛がった。こういう時はメルカバに女性クルーが多いことを切実に感謝した。

 

「ククッ、しっかしこの艦のクルーは女性ばっかりとは……さぞ、声の掛け甲斐が……っ!?」

「アッシュ君? 邪な考えなんて持たないように、ちょっと顔貸そうか?」

「う、動かねえ!? って、ガチでキレすぎだろ!?」

 

 満面の笑顔でアッシュの肩をガッチリ掴むアスベル。明らかに口元が笑っていないので、明確に怒っているということを周囲にいた面々は冷や汗を流しつつ、小声で話す。

 

(えと、アスベルってこのクルー達のことはどう思ってるんだ?)

(本人は『家族』みたいなものと聞いてるし、彼女たちの好意にも気付いているって聞いてる)

(まあ、彼女達はアスベルの下で働けるってことを幸せに思ってるから)

(あらあら、ますます気になりますね)

(あはは……アスベルも苦労性だね)

 

 アッシュとアスベルの二人がブリッジを出ていって数分後、スッキリした様子のアスベルと疲れ切った様子のアッシュを見て、ミュゼが『これは女学院の人達にいい乙女の嗜みの土産話ができました』と爆弾発言ともとれるような言葉を投げかけることもあったが……光学迷彩を展開して、待機状態とした。

 

 

―――七耀暦1204年12月6日。

 

 ファルブラント級巡洋戦艦Ⅶ番艦『リヴァイアス』は先日の貴族連合軍壊滅の後、第七機甲師団をリューノレンス・ヴァンダールとナイトハルト少佐に任せた上で指定されたポイントに到着した。すると、通信が入ってモニターにアスベルの姿が表示される。

 

『突然の申し出、受けてくれて感謝する。『リヴァイアス』はそのまま南へ飛んでくれ。以後のことは出迎えがいるから、そちらの指示でお願いする』

「その言い方だと、アスベル君達はこのままエレボニアに留まるような言い方だが、何かあるのかい?」

『流石に機密情報を話すわけにもいかないからな。“遊撃士”や“教会”のことは話せるが、それも現時点で新しい情報はない……オリビエ、これは忠告だ。もしエレボニアが『この内戦の終結後』に古代遺物を用いて混乱を齎す様なら、俺も含めた面々が“法から外れた者”として処断する。それが誰であろうとも……これはアルテリア法国の国家元首である法王猊下の決定事項であることを伝えておく』

 

 ちなみにどこかの放蕩者については既に解決したことなので、その取扱いを今更ひっくり返すことはしないと明言した。その言葉を聞き、オリヴァルト皇子は改めてこの内戦の根の深さを知ったのか、深い溜息を吐いていた。

 

「やれやれ、最悪教会の庇護を受けれなくなるってことか……事態はそれに差し迫るほどということでもあるか」

『笑いごとでもないんだがな……細かいことはそっち方面の人に聞くといい』

 

 モニターの光が消えると、艦長席に座るオリヴァルト皇子が指示を出して『リヴァイアス』を南へと進路をとる。国境上で艦の認識コードをエレボニア帝国所属からリベール王国所属に切り替えた上で更にリベール王国領を南下―――すると、オペレーターが通信が入ったことを伝えると、オリヴァルト皇子はそれを了承して通信をつなげる。すると、モニターに映ったのはオリヴァルト皇子にとって知己でもあるクローディア王女とユリア中佐の姿であった。

 通信先はファルブラント級巡洋戦艦の一番艦『アルセイユ』からであり、先導される形で自動操縦に切り替えるとミュラー少佐がオリヴァルト皇子の隣に立つ。

 

『オリヴァルト殿下、それにミュラー少佐。お久しぶりです。エレボニア帝国の内戦の最中、苦渋の決断をされたことに女王アリシアに代わり、まずはお礼を申し上げます。そして、ご無事で何よりです』

『内戦の混迷は既に聞き及んでおります。正直、ご両名の安否は気掛かりでした。アルフィン殿下もご心配なされておりましたので、良き報告となったことに安堵しております』

「ああ。クローディア殿下にユリア准佐、いや中佐に昇進したのだったね。僕としても正直迷ったが、アスベル“中将”の提案に乗らせてもらうこととした」

「正直内戦終結の兆しは見えないままだ。こちらとしても大国であるリベールの動きは知りたくあったから感謝している……どうやら、かなり差し迫った状況のようだな」

 

 お互いに何気ない会話であるが、どうしてもエレボニア帝国の内戦が続いている現状を鑑みた場合、お互いの表情はどうにも優れない。ミュラー少佐の言葉に反応する形でユリア中佐が言葉を返す。

 

『ああ。現在、リベール王国軍最新鋭の航空母艦『アレクサンドリア』、そして『アルセイユ』以外のファルブラント級巡洋戦艦8隻がヴェストライデ要塞に駐留している』

「っ!? そのことを、アリシア女王陛下はご存じなのか?」

『はい。対話による努力をこのまま続けるべきか……つい先月、我が国に対してエレボニア帝国とカルバード共和国が侵攻した事実。そして、更にはセンティラール自治州が襲撃されました……結社と手を組んだ貴族連合によって。このままでは<百日戦役>の二の舞になる恐れもある……苦渋の決断として、シオン―――シュトレオン宰相にその行く末を託されました』

 

 ヴェストライデ要塞―――帝都ヘイムダル南部にある鎮守府を改造したドレックノール要塞に対応するため、セントアークの南に建設されたリベール王国軍の地上要塞。現在はモルガン将軍がその司令官として駐留している。大型の飛行艇ドックや数十万の軍隊を数年単位で運用できるだけの容量を確保できる倉庫群を保有し、更には最新兵器もその要塞に置かれた……帝国の喉元に突き付ける刃。対外政策を止めることのない帝国への抑止力として建造された経緯がある。更には猟兵団や結社への対抗策も万全に兼ね備えた難攻不落の要塞である。

 その要塞に王国空軍の主力戦艦に加えて空母まで駐留している意味。それは、リベール王国がエレボニア帝国に対しての現在の感情を指し示しているという証でもある。 

 

「……質問があるのだが。ファルブラント級巡洋戦艦一隻でどれほどの被害を出すことが可能なのか。この艦は僕の意見も反映されて自衛程度の装備しか搭載されていないからね」

『性能的には、共和国の一個空挺師団を圧倒できる火力と速力を持っている……それでご理解いただけるかな?』

「凄まじいな……おそらく機甲兵対策も組まれているのだろう」

「どうやら、僕達とは別の路線から彼を排除するつもりのようだね。王太女殿下。今後、僕らはどうなるのかな?」

『殿下らにはこのままグランセルに案内いたします。そして、必要な手筈が揃うまでグランセル城で客人として御持て成しさせていただきます。それと、私ですが既に王太女ではなく王女に戻りました』

 

 伝わる情報の数々に驚くオリヴァルト皇子達だが、更に驚いたのはクローディア王女の発言。次期女王であった彼女がその立場を降りた意味。それは即ち、シュトレオン宰相が“王太子”―――次期リベール国王になることを意味する。

 

「……カイエン公は、起こしてはならぬ者を目覚めさせてしまったというわけだ。それを止められなかった皇族アルノール家も相応の責任を負わなければならない。彼の両親を奪って何食わぬ顔は、もう許されないというわけだ」

『はい。それと、これが一番重要なことですが……明日、12月7日0時をもって提唱国権限で<不戦条約>を凍結。そして、先月の二国侵攻で宙吊り状態となっていたエレボニア帝国暫定政府からの宣戦布告を改めて受理するとエレボニア大使館に通告いたします。これは、アリシア女王より全権を委任されたシュトレオン宰相の決定であり、既に王国議会もエレボニア帝国への非難議決を全会一致で採択、<不戦条約>凍結を以て二国間は戦争状態へと移行することになります……』

 

 クローディア王女の口から伝えられた衝撃の言葉。<不戦条約>を凍結させて戦争に対する枷を外す。場合によってはリベール王国軍がエレボニア帝国内に侵攻するという可能性が現実となったことに『リヴァイアス』のクルー全員が驚きに包まれる。当然、オリヴァルト皇子やミュラー少佐も驚きを隠せない。自分たちを変えたかの国が、白隼の鋭き爪が軍馬を蹴散らすという可能性が夢でなくなる。それは、最悪の事態にまでこの内戦が極まっているということの証左であった。

 

「……シュトレオン殿下と話がしたい。彼が何を思ってその決定を下したのか、それが今一番知りたい」

『はい。シュトレオンも殿下と一度お話がしたいと申し上げておりましたので、グランセル城に着き次第会談のご用意をしております』

 

 『リヴァイアス』は『アルセイユ』先導のもと、一路リベール王国の首都―――<銀(しろがね)の王都>という名で呼ばれるようになったグランセルへ飛翔する。変わりゆく白隼の国。それを導いている<黒隼>の遺児が何を思っているかを知るために。

 


 
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