No.948149

夜摩天料理始末 41

野良さん

式姫の庭の二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/947749

夜摩天さんは道具に金掛けてそうなイメージが。

2018-04-08 20:43:41 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:587   閲覧ユーザー数:581

 都市王の剣を防いだ、夜摩天の左腕の法服の袖が広く切り裂かれていた。

 その下で、鈍い黒鉄の光が見える。

 袖の中。

 彼女が逆手に構えた何か。

「素手と言ったのは、本来なら夜摩天にあるまじき虚言でしたね……」

 夜摩天が腕を下ろす。

 裂けた法服の袖が、ちぎれて落ち、彼女が左手に隠し持っていた物が露わとなった。

「包丁だと?」

 宋帝が呻いた。

 まさか。

 あの料理を作った時の。

「そんな……」

 盟友が、圧倒的に有利な状況から、一転しての敗北を喫した。

 それを目の当たりにした、ほんの一瞬の自失。

 だが、その刹那の時が、宋帝の運命を分けた。

「悪趣味に人を嬲ると、手酷くしっぺ返しを食らう物よねー」

「閻魔っ!?」

 声が近い。

 一瞬の隙を突かれ、接近された……。

 声の方を振り向こうとせずに、宋帝は扉に掛けたままだった手に力を籠めようとした。

 都市王が倒れた今、自分も御仕舞だ。

 ならば、ここにいる全員、我らの野心の道連れに。

 基本的に開ける事を考えずに作られている、この扉は分厚く重い。

 掛けた指を、食い込ませるように力を込めて、扉を押す。

 その体に、何かが被せられた。

 厚手の、微妙に良い香りのする布。

 視界が遮られ、被せられた布を強く引かれ、宋帝の体が揺らぎ、扉に掛けた指が離れた。

「こいつが着たかったんでしょ、くれてやるわよ!」

 いつの間に帯を解いていたのか、上から宋帝に被せられた閻魔の法服が袖を交差させるように左右から引かれ、彼の体を締め上げる。

「……ぐ」

 腕さら拘束され、力が入らない。

 それでも、宋帝は体を揺すり、脚で地面を蹴り、何とか、この拘束から逃れようと身をもがいた。

 びぃぃっ。

 その時、上等の衣の裂ける音が立った。

「ちっ!」

 宋帝が身をもがくのを押さえようと、閻魔が更に強く引いた法服の袖が付け根から裂けた。

 拘束が解ける。

 体が自由になった宋帝が、閻魔を振り払い、体当たりで扉を開けようと走りだす。

 僅かな距離。

 体を前にのめらせ、こうなれば体当たりで扉を押し開けようと、右肩に力を籠めて床を蹴ろうとする。

 その足を、何かが鋭く掠めた。

 ざっくりと切り裂かれた脛が、力を失い、蹴ろうとした床を捉えきれずに滑って、その体を床に転がした。

 こちらに駆け寄りながら、夜摩天が投げつけた菜切り包丁。

 料理が趣味だった彼女が、大枚はたいて名工に頼んで打って貰った、名刀に等しき切れ味を誇る刃。

 それが、都市王の剛剣の一撃すら凌ぎ、今また、宋帝の足を切り裂いた。

 皮肉な話だ。

 彼らが揶揄し、いたぶろうとして夜摩天に料理をさせた事が、二人の企みを阻むとは。

「まだ……まだだ」

 転がった体で這い、宋帝は、それでも尚、扉に手を伸ばした。

「諦めなっての!」

 その手が上から思いきり閻魔に踏みつけられた。

 手首がぼきりと嫌な音を立てて、へし折れる。

 更に、閻魔は宋帝の背中に膝を押し付け、その胸を圧迫し、抑え込んだ。

 流石に、無様に悲鳴を上げる事は無かったが、苦鳴を喉の奥で上げながら、宋帝はついに力なくぐったりと床に伸びた。

「閻魔、大丈夫ですか」

 歩み寄って来た夜摩天が、念のために宋帝を帯で縛り上げている閻魔に声を掛けた。

「無事じゃないわよ、全くもう……って、冥府の裁判長殿が酷い恰好ね」

 あちこち裂けた法服から、大胆に伸びた、美しいが血塗れの手足。

「貴女だって、人の事言えた姿じゃないでしょう……なんです、それ。法服の下に寝間着を着ていたのですか?」

 薄く柔らかそうな衣が乱闘の中で乱れて、こちらも甚だ目のやり場に困る婀娜っぽい姿となっていた。

「効率的と言ってよ、これ終わったら帰って寝る予定だったんだから」

「それは効率的では無く、ずぼらと言うのです……」

 僅かにため息を吐きながら、夜摩天は、床に転がる菜切り包丁を拾い上げた。

 鋭い切れ味を秘めた鋼の刃の中ほどが、都市王の剣の一撃で大きく欠けているのを見て、夜摩天は悲しげな目で何かを呟いた。

 ややあって、それを帯に差し込んで、閻魔の方を向く。

「これで終わりですね」

「まぁ、どっちかというと、後始末の方がえらい事になりそうねー、いやお疲れ様」

「ええ……というか、何を他人事のように言ってるんです、貴女もやるんですよ」

 地獄に間違って落としてしまった人の救出に、再調査。都市王と宋帝の代わりの十王の選任。下調べや閻魔帳管理の仕組みの見直しに、ああ、それらの監査体制も作らねばならないか。

 少し数え上げただけでも、今回の件の後始末には、膨大な労力が必要となろう。

「嘘でしょ、私の今年分の仕事量は、今日の分で終了よ、寧ろ足が出てるぐらいなんだから!」

 暫くはぐーたらさせてよね!

「確かに、大きい仕事やってくれたのは認めますけど、今回の件が落ち着くまでの間は、しっかり働いて貰います!」

「ぐぁー、ひどいー、血も涙もない仕事の鬼、悪魔、やまてん!やっぱり仕事なんてするんじゃ無かったー」

「給料分の仕事しろというだけなのに、何という言い種ですか……楽したければ自分が楽になる仕組みを作るんですよ、得意でしょ?」

「仕組み考えるのは得意だけど、実地に施行すんのがどんだけ面倒だと思ってるのよぉ、いやー、仕事嫌いー」

 

 軽口を叩きあう、冥王二人。

 犠牲は有ったが、最悪の破局を免れた安堵に、廷内の空気が僅かに弛緩する。

 それまで、どちらが勝つのかを、手出しをせずに見ていた冥府十王達の間からも、徐々に何かを相談しあっているのか、低いざわめきが上がりだす。

 それを聞いて、閻魔と夜摩天は、ほろ苦い顔を見交わしてから、肩を竦めた。

 今回の件に関して、冥府十王が、成り行きを見守り、勝った方に付こうと考えていた事は、見なかった事にしよう。

 冥府の重鎮であれ、人であれ、獣であれ、勝ち馬に乗ろうというのは、ごく自然な生きる知恵という奴である。

 彼らを責めても、無用な反感を買うだけで詮無き事だ。

 

「さて、宋ちゃん立てる?立てなきゃズルズル引き摺っていくけど」

 猿轡を噛まされて、喋る事も出来ない宋帝が、怒りを目に宿して上げた顔が、何を見たのか、驚愕に強張った。

「ん?」

 その表情に違和感を感じ、閻魔がその視線の先に目を向けようとした……その時。

「な、何じゃこれは……」

 茫然とした驚きの声。

「よせ、止さぬか!」

 それに続く、狼狽した声と、上がる悲鳴、大量の水を入れた袋を叩き付けたような、びしゃりという重い音。

 その音に慌てて振り向いた、閻魔と夜摩天が一瞬とはいえ、自失した。

「嘘でしょ……」

 信じがたい悍ましい光景に、閻魔の声が掠れる。

 捻じ曲がった体が、血に濡れた剣を杖に立っていた。

 足元に転がっているのは、十王の一人か……。

 ぎこちなく歩くたびに、頭が提灯のようにぶらりぶらりと揺れて、辺りに血を振りまく。

 何故……その有様で、まだ動けるというの。

「……都市王」

 負けた。

 完膚なきまでに。

 渾身の力で放った剣が受け止められた事で、一瞬……ほんの一瞬だが、体が完全に回避する力を失った、その刹那を見切られ、渾身の一撃を頭に喰らってしまった。

 敵ながら、感服するしかない完璧な一撃。

 私も彼女の動きを見て、次の攻撃を組み立て、追い込んでいたつもりだったが、当然彼女もまた、私の攻撃を見て、その隙や体捌きを見切っていたのだ。

 体術で敵の攻撃を捌き、一瞬の隙に対して全闘力を乗せ、相手に叩き付ける。

 その、斧遣いの一撃必砕の戦闘術の神髄、確と見せて頂きました。

 あの手に、斧が有ったとしたら……。

 私は、恐らく、今こうして、死に至る淵で、何かを考える暇も無かったろう。

 

 私は裁きという行為の持つ重みを突きつけられた時、あの人間に負け。

 自慢であった武もまた、今代の夜摩天に及ばなかった。

 だが、どこか清々しい。

 全力を尽くし、なお及ばなかった事は悔しいが、武人としての都市王の心は、今代の夜摩天を、今ようやく認められる気持ちになっていた。

 死に臨んだ今となっては、意味なき事かもしれないが……。

 

(こいつは、お前には過ぎた物だ)

 

 全く以て、その通りだったな、私の頭から夜摩天の冠を奪った人間よ。

 私は結局、彼女の上っ面だけを見て、それと、自己愛の中で美化した己を比較する事で、安い優越感に浸り……その地位を得られなかった事に不満を抱き。

 その心の間隙を、あの狐に見透かされ、入り込まれ、奴の野心の片棒を担ぐ事を受け入れてしまった。

 愚かな事だ。

 だが、今生ではその愚かさを顧みる機はあるまい。

 今はただ……戦の果てに訪れた平穏な心の中で、死を受け入れるとしようか。

 

 ならぬ。

 

 ……何?

 何だ、この声は。

 

 ならぬなァ、都市王。左様に物分かりの良い奴は、大物にはなれぬゾ。

 野心を滾らせた者は、最後までその野心の犬として、首だけになっても、相手の足にでも食らいつく物ヤァ。

 それが、生きているという事ではないかナァ。

 

 愚劣な事を。

 私は全力を以て戦い、そして敗北した。

 左様な未練を良しとはしませぬ。

 

 それでは困るのじゃよ、都市王。

 真なる冥王二人が抑えて居っては、黄龍の体が封から放たれようと、その魂はここに押さえこまれかねぬ。

 よし、自由になれたとしても、その力は大きく減じ、結局真の龍王の目覚めとはなるまい。

 

 貴様……まさか。

 妾を呼んだ以上、最後まで野心の犬となり、妾に仕えるが良いナァ。

 ふざけるな!殺生石など、ただ、奴らを脅し、こちらに注意を向けさせる為の小道具だったに過ぎぬ。

 私は……私は貴様の力など借りて、冥王になる気は無い!

 

 都市王、死に掛けのヌシの思いなぞ、妾の知った事では無い。

 

 死にゆく体が、微かに熱を感じた。

 懐に収めたあれの発する熱。

 妖狐の残した呪詛と力の塊。

 その血に、邪悪のありったけを練り込んだ、魔の輝石。

 それが懐を飛び出し、彼の頭に取りついた。 

 

 よせ……。

 

 傷口を抉るようにして、その石がずぶりずぶりと頭にめり込んでいく。

 

 止めろ。

 

 そうはいかぬ。

 死に掛けの今でも無いと、冥府十王などと言う強大な存在を従える機会は無いでナァ。

 かような好機を逃すほど、妾は暇では無い。

 

 貴様……貴様ぁ!

 

 このような、反吐が出るような大団円だの、ヌシのような悔悛者は、妾が最も嫌う物。

 さぁ、都市王……今一度その剣を以て、冥王の位を窺え。

 最後まで。

 その血の一滴まで。

 戦うが良い。


 
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