No.947749

夜摩天料理始末 40

野良さん

式姫の庭の二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/947639

2018-04-05 20:41:09 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:646   閲覧ユーザー数:639

 ひょうと唸る剣風に血と布片が混じる。

 ひたすらに斬りたてているのに、一向にその構えにも攻撃にも隙が生じない。

(……やはり強いわね)

 二人の戦いを見守る閻魔が、内心で歯噛みする。

 闇討ちを掛けたとしても、閻魔では仕留められるか五分五分と見ていた都市王の力は、やはり凄まじい。

 それでも、武術に関してでも、夜摩天の方が一枚上だとは思っているのだが、武器を持たずとなると、当然厳しい。

 まして、勝ったら勝ったで、龍王の魂を封じた扉の前に陣取る宋帝の存在を何とかする必要が有る。

 

 それを全て承知で、夜摩天が、素手で都市王と戦う理由。

 

 閻魔には判る。

 かつて戦場で肩を並べた時の感覚が教えてくれる。

 とはいえ、夜摩天にしても恐らくこれ以上の余裕はあるまい。

 早晩、彼女の側から都市王に仕掛ける筈。

 その前に。

(やるしかないかぁ……)

 閻魔は、戦う二人から目を離さないまま、手を密かに動かしだした。

 

「どうした、私を殺すのではないのか!」

「そのつもりです」

「避けてるだけでは私は死なぬぞ!」

 夜摩天の避けの癖や間合いの取り方を把握してきたのか、都市王の刃が、徐々に夜摩天の体に迫りだす。

 左腕を狙うかと見せかけた刃が、するすると伸びて、彼女の足を掠めた。

「……つ」

 大きく距離を取ろうと、夜摩天が後ろに跳ぶが、都市王もそれを読んで、間髪入れずに前に踏み込む。

「止め!」

 飛び退りながら、夜摩天はその法服の裂け目に手を突っ込んで、そこから布地を横に長く引き裂き、手に絡げ。

「ふっ!」

 夜摩天は、それを突き込まれて来る都市王の刃を握った手に、鞭のように叩き付けた。

 長く、厚手の上等な布が、乾いた音を立て、都市王の手首に絡みついた。

「む!」

 鋭い痛みが手首に走るが、流石に都市王である、更に力を込めて束を握り、剣を取り落す事は防いだ。

 絡みつく布を引く夜摩天の力に抗して、都市王はその腕に力を込めた。

 微妙な力比べ。

 引く、引き返す。

 その応酬が暫し続く。

「腕力で私に敵う心算ですか!」

「まさか」

 都市王がさらなる力を籠めようとする気配を布越しに感じ、夜摩天はひょいと手を離した。

「なっ!」

 完全に姿勢を崩す事は無かったが、均衡がいきなり崩れ、揺れた態勢を立て直そうと、都市王が僅かに後ずさる。

 その隙に夜摩天は大きく後ろに跳んで、距離を取った。

 手首に絡む布を忌々しそうに取り去り、床に投げ捨てながら、都市王は夜摩天をみやって薄笑いを浮かべた。

「随分とお若い恰好ですね」

 くるぶしまで隠れる法服の裾を膝の少し下の辺りから、ぐるりと引き裂いた事で、細く長い脚を晒した彼女の姿。

「戦場時代を思い出しますね、動きやすくて、たまには悪くないですよ」

「……減らず口を」

 白い足に、赤い血が筋を作る。

 もう、余裕はあるまい。

 固唾を飲む冥府十王や、宋帝達の目にも、それは明らかだった。

 

 次が最後の一撃。

 剣を構えながら、都市王は夜摩天を睨んだ。

「最後に一つ聞きましょう……私に剣を渡したのは何故です?」

 こうして負ける事など、見えていただろうに。

「貴方に剣を返した理由ですか……つまらない事を聞きますね」

 ふぅ、と軽くため息を吐いてから、夜摩天は肩を竦めた。

「貴方が自分に言い訳できないようにするためですよ」

「……何ですって?」

「素手の私に、これから負ける貴方が……ね」

「間抜けな遺言ですね」 

 静かな怒りに燃え、都市王は踏み込んだ。

 剣を構え、滑るような足取りで。

 怒りはあるが、その脳を煮る程熱くは無い。

 冷静に、沈着に。

 正しき武術の通り、剣を構え、振り下ろす。

 私の武は、私の力は。

 この女よりも、夜摩天に相応しいのだと。

 

 都市王の振り下ろす剣を防ぐように、夜摩天も一歩踏み出し、左腕をかかげる。

 左腕を犠牲にして攻撃を防ぐというのか?

 だが、あの剣は防具なき、法服の袖に包まれただけの腕で防げるような代物ではない。

 

 勝負は付いた。

 庇った左腕さら、袈裟懸けに三角に切り倒される夜摩天の姿を次の瞬間に見る事となる。

 誰もがそう思った。

 

 きん。

 

 振り下ろされた、都市王の剣が、鋼とぶつかり、高く澄んだ音を立てる。

「む!」

 その刃が何かに止められた。

 そう理解する前に。

 

 豪。

 

 空気の唸りが、都市王の耳を叩き、鼓膜が悲鳴を上げ、裂けた。

 次いで、顔に灼熱するような衝撃が走り、彼の体は、冥府の法廷の宙を舞っていた。

 

 何が起きたというのか。

 冥府の法廷に居並んだ誰にも、今何が起きたのか、理解できなかった。

 冥府の石の床が割れ砕ける程の踏み込みから放たれた夜摩天の拳が、都市王の側頭部を捉え、彼の体が暫し宙を舞った後、受け身も取れずに壁に叩き付けられた。

 首が有らぬ方向にひん曲がり、秀麗だった顔の輪郭がいびつに歪んでいた。

 鼻と口から溢れる血が濡らす体も、ピクリとも動かない。

 素手とはいえ、断罪の斧を振るう冥王の膂力から繰り出された、渾身の一撃。

 恐らく、彼の頭蓋は砕け、中の脳も衝撃で崩れ果てているだろう。

 

 勝負あった。


 
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