No.94809

【リリカルなのは】お姫様と王子様

BLOさん

魔法少女リリカルなのはシリーズより
すずか×アリサ 【お姫様と王子様】です

【欠けた天秤】の次の話になります

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2009-09-11 07:45:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1292   閲覧ユーザー数:1256

お姫様と王子様

 

バレンタインチョコレートに添えた手紙。それは、私からアリサちゃんへ宛てた案内状。

 

アリサちゃんに伝えたいことがあります。

明日の放課後、屋上に来て下さい。

 

月村すずかは、アリサ・バニングスに告白する。この胸に宿った想い――もう、抑えきれないよ。

わがままいっぱいに甘えて欲しい、振り回して欲しい。どこまでも、いつまでも、一緒に歩き続けたい。

そして、時々でいいから……振り返って微笑んで欲しい。

ちょっと贅沢なお願いだけど、全部伝えるよ。

そんな風に考え込んでいた私。それを引き戻したのは、携帯電話の鳴る音だった。

誰からだろう?

そう思いながら画面を見た途端、胸がはねた。

『着信 アリサちゃん』

さっきまで想いをはせていたので、ちょっと慌ててしまう。

「も、もしもし……」

「あ、すずか? アタシだけど、ちょっと良い?」

アリサちゃんの声だ。教室でも聞いていたけど、この場所で聞くと、ドキドキしちゃう。

「う、うん。何かな?」

「えっと……悪いんだけど、ちょっと用事が出来ちゃってね。すぐには行けなくなったの」

電話から聞こえてくる声に混じって、車の排気音が聞こえてくる。

どこか行っちゃうのかな?

「その、たいした用事じゃないから……。ま、また今度でも良いよ?」

うぅ……どうしても今日伝えておきたいのになぁ。なんでおくびょうになっちゃうんだろう?

「行くわよ。パーティーなんかスグに抜け出して、絶対に行くから……。アタシが、すずかの誘いを断るわけないでしょ」

「う、うん。でも、アリサちゃんの都合も考えずに呼んだし……」

「あぁ、もうっ。ゴチャゴチャ言わない! アタシが行くって決めたの。屋上で伝えたいことがあるんでしょ?」

また怒らせちゃった。ごめんね。

「うん。迷惑でなければ来て欲しい……かな?」

「アタシに聞いてどうするのよ」

「そうなんだけど……」

でも、良いのかな?

「それに、迷惑なわけないでしょ? 良い?スグに抜け出すから、必ず待ってなさいよ」

「うん、私待ってるよ。アリサちゃんが来てくれるの、ずっと待ってるから」

ブツっと途切れる音と共に、通話終了。

アリサちゃんの声が聞けなくなったのは寂しいけど、約束をしてくれた。

私は携帯電話を抱えたまま、ゆっくり待つ――

 

 

      ◇

 

 

「遅いなぁ……」

屋上で待ち続けて3時間。既に日はかたむき、辺りが薄暗くなってきた。2月の中旬である今は、気温も低く、手足がちょっとずつしびれている。

まだパーティー会場にいるらしく、アリサちゃんの携帯電話は全然通じない。

寒くて辺りも暗くなって来たし、ちょっと怖いな。

「アリサちゃん、まだかなぁ」

さっき確認したらもう7時だった。スグに抜け出してくるとは言ってくれたものの、パーティーだもん。バニングス家の一人娘として出席しているはずだから、身動きが取れないのだろう。子供である私達の都合でパーティーは動かないし、あいさつ回りだけでも大変だろう。……仕方がないよね。

でも、待っていてとお願いされて、待っていると答えたのは私。アリサちゃんとの約束を破るのなんて嫌だから、ここで待ち続ける。遅れてごめんって言いながら、必ず来てくれるから。

どこかでポツポツと音が鳴り出し、ほっぺたに冷たい雫が降ってきた。

雨が降ってきたけど、朝は晴れていたので、傘を持っていない。濡れて風邪を引いちゃっても困るし、校舎の中に逃げようかと思ったけど、止めた。

あたりは真っ暗になっちゃっている……。もし、私が屋上の縁にいなかったら、アリサちゃんが見つけられないかもしれない。もしかしたら、そのまま帰ってしまうかもしれない。

だから、濡れちゃうけどここで待っている。じっと耐えるのは、待っているのは得意なんだ――大丈夫。

 

降りしきる雨に服が濡れ、段々と体が冷えていく。髪の毛の先からも雫がたれているし、このままだと風邪を引いちゃうかもしれない。でも、私はここを動かない。ずっとアリサちゃんを待ってるの。ちょっとフラフラしてて、頭もぼうっとしてきたけど大丈夫。

時間が経つにつれて雨はドンドンと強くなってくるけど、その中に混じってブレーキ音が聞こえる。

ほら、校庭を駆けてくる姿が見えるでしょ?

アリサちゃんが来てくれたんだよ?

ちゃんと笑って伝えないといけないんでしょ?

あ、あれ……どうしちゃったんだろう。体が、うまく動かない。

何とか1歩踏み出そうとした瞬間、私はバランスを崩してそのまま倒れた。

バシャっと水溜りに突っ込んだままの体、頭もフラフラとして立ち上がれない。

「アリサ……ちゃん」

 

意識を失う直前に見たのは

大好きな人の笑顔だった―――

 

 

      ◇

 

 

「スグに抜け出すから、必ず待ってなさいよ」

「うん、私待ってるよ。アリサちゃんが来てくれるのずっと待ってるからね」

いつものように無茶な要求をしたアタシに、これまたいつものように答えるすずか。……また甘えちゃった。

心の中でそう反省をしながら、車に揺られパーティー会場へと向かう。

 

「―――アリサ、急ですまないがパーティーに出てくれないか?」

すずかの手紙に心躍らせていた私。それを、現実に引き戻したのは、パパからの電話だった。

デビット・バニングス、私の父である彼は会社の経営者だ。業績も良いらしく、我がバニングス家は資産家として数えられ、お金の面では不自由することなく暮らしている。だけど、その分パーティーだったり、会議だったりと、面倒な出来事が付いて回る。

それが、どうしようもないのは知っている。人脈を作る為にも、付き合いが必要なのは子供の私にも分かるんだけど……。

「ねぇ、パパ。アタシ、今日は大切な用事があるんだけど、どうしても行かなきゃダメ?」

今日はだけ行きたくない。貰ったチョコに添えられていたピンク色の手紙は、アタシの人生を変えるかもしれない……いや、絶対に変えてしまうイベントへの招待状だったから。これをきっかけに、すずかともっと親密な関係になれるかもしれない。そう思うと、パーティーなんかに出席する気分になれない。

「アリサ、我侭を言わないでくれ。今回は子供向け商品のプレゼンも兼ねているんだ。主催者の顔を立てる為にも、お前がいなくては困る」

ダメ……か。優しいパパの事だ、出来るなら私を関わらせたくはないんだろうけど、時と場合がそれを許さない。

それなりの資産を持っているからには、必要に応じて見栄を張ったりするのも必要な事。アタシはパパを尊敬しているし、あまり我侭を言いたくはない。それでも今日、今だけは――

「どうしても外せない用事なら、少し時間をずらせないか?パーティーは挨拶回りを済ませたら、帰っても良いから……」

それでも、十分に失礼にあたるだろう。もしかしたら大事な契約を逃してしまうかもしれない。パパの苦悩はアタシには想像出来ないが、子供の都合で帰れる程、生易しいものではない事ぐらいは分かる。

「分かった、パーティーには参加するわ。でも、あんまり長くはいないわよ?」

「あぁ、構わない。鮫島にドレスを持って行かせるから……」

「うん、それじゃあね」

パパからの電話さえなければ――今頃アタシは屋上ですずかと……その色々とあったはずなんだけどね。

「アリサお嬢様、到着致しました」

どうやら着いてしまったらしい。少しは考える時間をくれても良いじゃない。

ドレスが乱れないように降りた先は、中々のものだった。最近大きくなってきた企業の社長だと聞いていたけど、成金趣味もなさそう。少なくとも、変な像が庭に並んでいないだけ、好意を持っても良いかもしれない。

そう思いながら会場に入った瞬間、私は驚かされた。何これ?

そこら中にオモチャや、デフォルメされた動物の人形が転がされている。本人はインテリア代わりのつもりでやったのかもしれないけど、散らかった子供部屋にしか見えないわね。

「アリサよく来てくれた。早速だが挨拶回りを……ん、あぁ驚いたろ? 社長さんの趣味らしい」

その光景に固まっていた私の傍に、いつの間にかパパが来て乾いた笑いをあげていた。

趣味って……部屋を散らかすのが趣味だって人、初めて聞いたわよ。

「おぉ、これはこれはバニングス家のお嬢様。お初に目に掛かります」

誰よ、このオジサン。

「今回のパーティーの主催者、佐藤さん。玩具関係の社長さんだよ」

アタシの視線に気が付いたのか、パパが説明してくれた。

それにしても、佐藤って普通の名前ね。こんなのを趣味って言うぐらいだから、もうちょっと変わった名前だと思ったわ。どうもっと、頭を下げながら、素直な感想が浮かんでしまった。

「あはは、バニングス家に比べればまだまだ。無論このまま終わるつもりはありませんがね」

成程、中々な野心家な上に、ちゃんと考えているのね。はぁ、このタイプの人からは簡単に逃げられないのよね……。

聞いていた話と違うと、抗議の視線を送ったが、パパに気づいてもらえなかった。

 

 

      ◇

 

 

「まったく、冗談じゃないわよ!」

あの後も、あいさつ回りに付き合わされたけど、途中で数えるのも止めてしまった。あの社長さん、どんだけの招待状を送ったのだろう。早く帰りたい身としてはいい迷惑だわ。

受付で携帯電話を預けている為、時間の確認すら出来ない。それがアタシのイライラを高めていた。

やっと許可が出て、外へ出たら冷たい雫がアタシの頬を濡らす。雨か……。

なんだか嫌な予感がするわ――

「アリサお嬢様、大変で御座います!」

心の焦りにかられ、走り出そうとしたら見覚えのある車が止まっていた。そして、中から転がり出るようにして、初老の男性が出て来る。

「鮫島?」

いつも落ち着いている彼らしくない。その様子がアタシの胸の不安と合わさって、嫌なものを形作って良く。

促され、車に乗り込んだアタシ、はとんでもない話を聞かされた。

すずかが行方不明?

「ちょ、ちょっとどう言う事よ!鮫島、ちゃんと説明しなさい!」

「お、お嬢様。首を絞められては危険です。どうかお席にお戻り下さい」

はっとして手を放したアタシに、鮫島は続ける。

「先程、ノエルさんから連絡を頂きまして……すずか様がご自宅に戻られておらず、また連絡が取れないそうです」

すずかが家に帰ってなくて、連絡が取れない? 雨も降っているし、時間だってもう遅いのに……。

普段一緒に登下校をしているし、連絡が来たんでしょうね。すずかの家だって学校から遠いし、妥当なところよね。

それを考えると、帰宅するならノエルかファリンに迎えを頼むはずよね。まさか、まだ学校にいるなんて――ちょっと待ちなさい。今日、すずかとどこで待ち合わせをした? どこで待っているようにって、言ったの?

普通はありえない。でも、すずかならありえる。

「鮫島、学校に向かいなさい!」

「学校で御座いますか? 何か忘れ物でも?」

「いいから黙って向かいなさい!今すぐ、なるだけ急いで!」

「……分かりました。飛ばしますので、お気をつけ下さい」

一途に思い続けて、いつでも同じ場所で柔らかく微笑んでくれる。そんなすずかなら……アタシと約束した屋上で待っているはずだ。

 

 

      ◇

 

 

―――いた。

いつも以上の速度で進む車。その窓からでも、屋上に立つ影が見える。暗くてよく分からなかったけど、アタシには分かる。あれは絶対にすずかだ。

あの子はアタシとの約束通り、ずっと待っていてくれた。雨が降っていて濡れてしまうのに、屋上でずっと待っていてくれた。それなのに、アタシときたらパーティーの間電話が手元になく、メールすら出来なかった……。

謝らないといけないわね。ごめんなさいって。でも、そんなの全部後回しよ。

「鮫島、ストップ! 止まって!」

アタシの声に反応し、車が速度を落とす。

もう、面倒だわ!

「お、お嬢様?」

止まるのを待っている事が出来ず、アタシは車から飛び出し、すずかの元へと駆け出していた。

「すずか……すずか……すずかっ!」

1階、2階、3階ドンドンと上るけど、ドレスのままだから早く走れない。もう! うっとうしいわね。

やっと階段をのぼりきった――すずかはどこ?

途中で転んでしまい、足に力が入らない。こけるようにして、屋上に飛び出しアタシはすずかの姿を探しす。

居た。私の目に飛び込んできたのは、水溜りに倒れているすずかの姿だった。

 

 

      ◇

 

 

どうしよう、私のせいだ。

あの後、鮫島と車に乗せ病院に運んだ。

診察結果は、疲労と寒さによる発熱。2~3日寝ていれば、治るらしい。

処置が終わった後、自宅へと移ったんだけど、すずかは荒く辛そうな呼吸を繰り返すだけで、目を覚まさなかった。

 

――アタシが1回でも電話をしていたら

――アタシが1通でもメールを送っていたら

 

こんな事にはならなかった。

 

――アタシがわがままを言ったから

――アタシが約束してしまったから

 

すずかは待ち続けてしまった。雨うたれ、濡れながら……たった1人、屋上で待っていた。

冷たくても、寒くても。1番見つけやすい端っこでたたずんでいたに違いない。すずかはそんな子だ。

「アタシが……アタシが、悪いんだ」

ベッドに寝かせて結構経つけど、熱は一向に下がらない。タオルを取替えて、汗を拭いてあげることしか出来ない。無力なアリサ・バニングスは、月村すずかを助けられない。

でも、そうだとしても……。

「アタシがすずかの傍にいなきゃ……」

すずかはアタシだけを待っていた。暗くて寒くて、雨が降る。そんな屋上で待っていてくれた。

勇気が足りなかった、アタシが悪い。待たせてしまった、アタシが悪い。わがままを言った、アタシが悪い。

すずかを好きになってしまった、アタシが悪い。

「アリサ様、少しお休み下さい」

「ファリン?」

「ずっと看病をなさっていては、アリサ様が倒れてしまいます」

倒れないわよ。

ずっと看病をしていて、ちょっと疲れたけど。

でも……

「アタシが看なきゃいけないの。アタシが傍にいなきゃいけないの」

すずかが目覚めた時に謝りたいから、アタシはここにいたい。

「お願い、傍にいさせて」

こんな事になってしまったけど、すずかの気持ちが変わっていないなら……アタシはここを離れちゃいけない。想いを伝えて、返事を聞いてあげないとね。

「分かりました。でも、無理はなさらないで下さい」

私の思いを分かってくれたのか、ファリンは一礼すると出ていった。どうせドアの外で待機してるんでしょうけど、心づかいが嬉しい。

汗をふき取り、タオルを代える。

それに、すずかが目覚めるまでには、告白の台詞ぐらいは考えておかなきゃね。

 

 

      ◇

 

 

どれぐらいの時間がたったのだろう。いつの間にか窓の外は明るく、小鳥達がさえずっていた。あれからずっと看病を続け、すずかの調子も少しは良くなったように思う。

呼吸に合わせて上下する胸と、赤みを取り戻した取り戻した頬。

「すずか……」

それに、名前を呼んで頭をなでると、気持ち良さそうにしてくれる。はぁ、こんな子を待たせしまうなんて、アタシってバカよね。想いは1つしかないのにあれこれ悩んで、何してたのかしら?

アタシはすずかが好き。何もかも忘れてしまうぐらい、彼女のことで頭がいっぱい。

この思い、すずかに受け入れてもらえるのかしら?

「う、う~ん。あれ……アリサちゃん?」

「ふふ。おはよ、すずか」

湖面のように穏やかな寝顔を、もう少し眺めていたかったけど起きちゃった。ちょっと残念な気もするけど、寝起きでぼーっとしている姿も可愛いから許してあげる。

それに、すずかが起きてくれるのを、楽しみにしてたし。

「ねぇ、すずか。寝起きのところ悪いんだけど……ちょっと良いかな?」

「なぁに、アリサちゃん?」

寝起きでろれつが回っていないのかしら?

それでも、じっと見つめられていたら、どんどんと胸が高鳴ってしまう。頭に血がのぼって、アタシまでぼうっとしてしまいそうだわ。

それも良いかな、なんて思ったけど、今はダメ。

ちゃんと言葉にして伝えないと、すずかに告白しないと……。

「あのね。アタシは……アタシはすずかの事が――」

「待って、アリサちゃん。お姫様が先に告白しちゃダメだよ?」

「え?」

すずかの人差し指が唇に当たり、思わず止めてしまったけど、お姫様って……誰?

驚いているアタシをよそに、すずかは微笑んだまま続ける。

「お姫様を待たせる王子様なんていないよ。私が知っているのは、王子を待たせるお姫様だけ」

確かに、お姫様を待たせる王子様なんていないわね。

「それに、そんなお姫様なら知ってるよ。世界でたった1人、私だけのお姫様をね」

「でも、そのお姫様って随分とおてんばね。どっちにしても、アタシはお姫様ってがらじゃないわよ?」

「ドレスを着た王子様もいないよ? それに、アリサちゃんはいつだって私のお姫様なんだよ」

アタシが、すずかのお姫様?

「明るくて、ちょっとだけいじわるで……でも、温かい笑顔を私にくれるお姫様。お話の中に出てくる、お姫様にも負けないぐらい、素敵なお姫様だよ」

うふふと、笑うすずかの言葉に嘘は混じっていない。えーと、そうなると……。

「も、もう!冗談ばかり言ってないで大人しくしてなさい」

言われた意味を理解した瞬間、アタシは顔から火が出そうになった。あー、もう、恥ずかしいなぁ。

「熱だってまだあるんだから……また、倒れたりしたら大変でしょ」

沸騰しそうな頭を何とか抑え、アタシはなんとかごまかす。そんな冗談を言ってて、また倒れられたら――もうあんな思いはないし、すずかにもさせられない。

「大丈夫だよ……。私はもう大丈夫」

そう言ってアタシの顔に手を伸ばしてくるすずか。もう、ホントに心配したんだからね。

「それにね、愛しのお姫様を待ってもいいのは王子様だけなんだよ? だから、私はアリサちゃんを待ってたの」

「だったら……アタシの王子様なら倒れて心配かけてんじゃないわよ!」

「うふふ、ごめんね」

結局起き上がってしまったすずか。体はもう大丈夫なのかしら?

「どうしても屋上で、アリサちゃんを助けてあげられたあそこで、告白したかったの」

思い出すのは輝く小瓶と、雨の音。そういえば、あの日も雨が降っていたっけ。

「それなら、しっかりと傘をさして、寒くない格好をして待ってなさいよ。倒れて、アタシに看病されて、どうするのよ!」

「ごめんね。でも、倒れちゃっても、アリサちゃんが看病してくれそうな気がしたから……ずっと傍にいてくれると思ったから。わがままばっかり言ってごめんね」

「き、気にしなくて良いわよ。アタシだっていつもわがまま言ってるし……」

そういえば、何ですずかが謝ってるのよ。悪いのはアタシでしょ。いつも困らせてるのだって、アタシなのに……。

「そんな事ないよ。お姫様のわがままを聞いて良いのは、王子様だけなんだから。私はアリサちゃんが大好き。大好きだから、わがままを言って欲しいよ」

だからね、と前置きをして澄んだ瞳がのぞき込む。

「私の恋人に……私だけのお姫様になってくれませんか?」

「ベッドの中の王子様が、薄汚れたお姫様に告白って訳?」

ちょっとは冷静さを取り戻せたかな?

それにしてもお姫様にって、何回恥ずかしい台詞を言えば気がすむのよ。

「そうだね。ちょっとおかしいかもしれないね」

柔らかく、嬉しそうに笑う彼女。

「まったく、化粧をする時間ぐらい、よこしなさいよね――

 

 

      ◇

 

 

これは……夢かな?

ベッドで寝ている私。その傍にはアリサちゃん。

パーティーの帰りなのか、ドレス姿のままで看病してくれている。着ているドレスがちょっと汚れてしまってるけど、輝いていて、素敵だね。

でも、アリサちゃんが傍にいてくれるのに、私は目を覚まさない。もったいないなぁ。本当なら、そのドレス姿が焼き付くぐらい、見ているのに……。

ねぇ?

アリサちゃんが、タオルを代えてくれているよ?

ねぇ?

アリサちゃんが、汗を拭いてくれているよ?

それなのに、私は眠ったままなの?

どうして、目を覚まさないの?

――起きて、おはようって言わなきゃ駄目だよ。

 

 

      ◇

 

 

あれ? ここはドコかな?

えーと、私は学校の屋上でアリサちゃんを待っていて……暗くなってきて、雨が降り出して、冷たくて。

そっか、倒れちゃったんだ。

でも、今いる場所はふわふわしていて、まるでベッドの中みたい……ベッド?

ヒンヤリと、おでこに触れる冷たさに目を開けると、心配そうにのぞき込んでいる、アリサちゃんの顔が見えた。

あれ? 夢じゃなかったの?

「アリサ……ちゃん?」

「ふふ。おはよ、すずか」

寝起きで、意識がはっきりとしない。それでも、ここが私の部屋であり、目の前にアリサちゃんがいるのは分かった。

何でかなと思ったけど、考える前にアリサちゃんがきりだしてしまった。

「ねぇ、すずか。寝起きのところ悪いんだけど……ちょっと良いかな?」

「なぁに、アリサちゃん?」

アリサちゃんは真剣な顔をしているのに、私はろれつが回らなくて……その、小さな子みたいな返事をしてしまった。

うぅ……恥ずかしいよ。

でも、なんだか、それどころではなさそうな雰囲気がする

「あのね。アタシは……アタシはすずかの事が――」

来た。ついにこの瞬間が来ちゃった。

でもね、これだけはアリサちゃんに譲ってあげられないの。

そう思った時には、アリサちゃんの口に人差し指を当てて、止めてしまっていた。

「待って、アリサちゃん。お姫様が先に告白しちゃダメだよ?」

「え?」

やっぱり驚いちゃったね。うん、分かるよ。

周りから見てもアリサちゃんが王子様で、私がお姫様に見えちゃうみたいだもんね。

でもね、違うの。

「お姫様を待たせる王子様なんていないよ。私が知っているのは、王子を待たせるお姫様だけ」

怒りっぽくて、わがままで、優しいお姫様。

「それに、そんなお姫様なら知ってるよ。世界でたった1人、私だけのお姫様をね」

「でも、そのお姫様って随分とおてんばね。どっちにしても、アタシはお姫様ってがらじゃないわよ?」

「ドレスを着た王子様もいないよ? それに、アリサちゃんはいつだって私のお姫様なんだよ」

キラキラと輝いてみえる姿は、絶対にお姫様だよ。

「明るくて、ちょっとだけいじわるで……でも、温かい笑顔を私にくれるお姫様。お話の中に出てくる、お姫様にも負けないぐらい、素敵なお姫様だよ」

何とか起き上がろうとしたんだけど、アリサちゃんに押し留められてしまった。もう平気なのになぁ。

「も、もう!冗談ばかり言ってないで大人しくしてなさい」

心配してくれるんだよね? やっぱり優しいよ。自分だって無茶するのに、みんなの心配ばかりしてるんだもん。

「熱だってまだあるんだから……また、倒れたりしたら大変でしょ」

「大丈夫だよ……。私はもう大丈夫」

本当は、まだちょっと苦しいけど今はアリサちゃんに触れたい。その涙を、私が隠してあげる。

「それにね、愛しのお姫様を待ってもいいのは王子様だけなんだよ? だから、私はアリサちゃんを待ってたの」

目元をそっとなでて……うん、綺麗になったね。

「だったら……アタシの王子様なら倒れて心配かけてんじゃないわよ!」

「うふふ、ごめんね」

たった1つだけ、譲れない思いがあった。

それだけだったのになぁ。

「どうしても屋上で、アリサちゃんを助けてあげられたあそこで、告白したかったの」

「それなら、しっかりと傘をさして、寒くない格好をして待ってなさいよ。倒れて、アタシに看病されて、どうするのよ!」

もう、泣かないで。私は大丈夫だから、アリサちゃんの目の前にいるから。もう離れないから。

「ごめんね。でも、倒れちゃっても、アリサちゃんが看病してくれそうな気がしたから……ずっと傍にいてくれると思ったから。わがままばっかり言ってごめんね」

「き、気にしなくて良いわよ。アタシだっていつもわがまま言ってるし……」

アリサちゃんがプイっと横を向いてしまっている。すねちゃったかな……?

「そんな事ないよ。お姫様のわがままを聞いて良いのは、王子様だけなんだから。私はアリサちゃんが大好き。大好きだから、わがままを言って欲しいよ」

私の想いはただ1つ。

アリサちゃんの隣にずっといる事。

何があっても離れない事。

「私の恋人に……私だけのお姫様になってくれませんか?」

「ベッドの中の王子様が、薄汚れたお姫様に告白って訳?」

「そうだね。ちょっとおかしいかもしれないね」

「まったく、化粧をする時間ぐらい、よこしなさいよね。受けるほうにも準備はいるんだから」

日が昇り、だんだんと色を取り戻していく世界。

そんな中、私とアリサちゃんは笑っていた。

 

 

      ◇

 

 

アリサちゃんと何でもないおしゃべりをしていて、重要な事に気が付いた。

「アリサちゃん。私、まだお返事貰ってないよ?」

私が告白しただけで、お姫様の返事はまだ貰えていません。う~ん、告白する時は平気だったのに、緊張しちゃうなぁ。

「んっ、勿論アタシも大好きよ。いつまでも隣にいて。ちょっとでも離れたら、許さないんだからね」

良かった……。あっさりとしてるけど、しっかりとしたお返事を貰えた。

「分かりました」

お姫様からのお願いだもん。大丈夫、私はいつだってアリサちゃんの隣にいるよ。

「あ~、告白が終わったら、すっきりして眠くなってきたわ」

大きな口をあけて、あくびをしている。

「あっ、一晩中看病してくれてたんだよね。ありがとう、アリサちゃん」

「べ、別にお礼を言われるようなことじゃないわよ。もとはと言えば、私が待たせたから倒れたようなもんだし」

それは良いよって、言ったばかりなのに。それに、赤くなってそっぽを向いたアリサちゃんの目の下には、くまが出来ちゃっている。こんなになるまで頑張ってくれたのに、感謝はしても不満なんてないよ。

「それとごめんね、心配かけちゃって。私が……」

「ストップ、それ以上は言わないでよ」

今度はアリサちゃんが手のひらで、私の言葉を止める番。

そして、ゴホンと咳払いをして口を開いた。

「アタシのわがままに振り回されるのは、王子様の特権かもしれないけど、王子様の心配をするのは……お、お姫様の特権なんだからねっ。アタシにもすずかの心配ぐらいさせなさい」

「アリサちゃん?」

こんなにわがままを言っているのに、私を心配してくれるの?

「それに、王子様が大変な時は一緒にいて、出かけた時は帰りを待つ――そ、そして、帰ってきたら……王子様が帰ってきたら」

なんで赤くなっているんだろう? 風邪がうつちゃったかな?

「キ、キスで迎えてあげるのが、勤めってもんでしょうが!」

「えっ? ……んっ、んん」

キスされちゃった。アリサちゃんに押し倒されて、キスされちゃった。

「ふぅ。こ、これですずかは私のだからね」

「うふふ、そうだね」

嬉しいなぁ。アリサちゃんとキス。手とかほっぺたとかじゃなくて、唇にキス。……はぅ。

折角熱が下がってきたのに、また上がっちゃいそうだね。

 

 

      ◇

 

 

「ねぇ、すずか」

「なぁに、アリサちゃん?」

疲れたと言うアリサちゃんと一緒にベッドに入ったところ、突然真剣な顔で聞いてきた。

「アタシがすずかを好きで、すずかがアタシを好き。それは良いんだけどね。すずかは、アタシのどこが好きなの?」

「え?」

「ほ、ほら、顔が綺麗だからとか、髪が気に入ったとかあるじゃない? すずかがアタシのどこを好きになってくれたのかな~と思って……」

同じ女の子として、とても大切な質問なのは分かるんだけど、それっていじわるな質問なんだよ? でも、お姫様がお望みなら、答えてあげるのが王子様の務めだよね。

「えっとね。う~ん、特にココが好きっていうのは、ないの」

「えっ? じゃ、じゃあ、何でアタシの事を?」

口に出してみてはっきりしたけど、やっぱりここが好きっていうのは分からない。仕方ないよね。

「私の好きはね、小さな好きが集まったものなの。初めは手を引いて歩いてくれたこ事、輝く笑顔を見せてくれた事、透き通った声で呼んでくれた事……。でも、他にもいろんな好きがるの。だんだんと1つになって、どんどんと大きくなって、抑えられなくなって……」

初めは我慢出来た。近くに、傍にいられるだけで良かった。満足出来たの。

でも、時が経ち、気持ちが大きくなるにつれて、苦しくなってきちゃった。

「もう、爆発しちゃいそうになって、どうしようもなくなって……。だから、バレンタインチョコレートに手紙を付けて贈ったの」

「そうなんだ」

ごめんね。はっきりと答えられなくて。

「こんなのじゃ、王子様失格だよね?」

お姫様のお願いを、1つすら聞いてあげられない王子様なんて、聞いた事がない。こんな素敵なお姫様に、情けない王子様じゃダメだよね。

「ふざけないでよ? すずかはアタシの王子様なのよ。それに、アタシはすずか以外は認めないわ」

どういうことかな?

「だって、今言ってくれたでしょ。小さな好きがどんどん大きくなったって、だんだん抑えられなくなったって」

言ったけど……どこが好き、ってはっきり分からない。好きだって気持ちはこんなにも大きいのに、ちゃんと言葉にして伝えられない。

「つまり、アタシはすずかにいっぱい愛されてるって事でしょ?」

……そうなのかな?

「ふ、ふん、良いわよ。すずかがどれだけ相応しくなかったとしても、アタシがすずかを離さないから、絶対に離してあげないんだからっ!」

そう言うと、アリサちゃんは私を胸元に抱き寄せた。

「く、苦しいよ。アリサちゃん」

それに、その……頭を抱えられると……。

「良いから、黙って寝なさい。私の胸で寝られるなんて、もうないんだからね」

「……うん」

力いっぱい抱きしめられていて少し痛いけど、嬉しかった。ずっとずっと、こうして欲しかったから。

「アリサちゃんは、温かいね」

「変な事言わなくて良いから寝なさい。……お休み、すずか」

頭の上でボンッて音が聞こえたような気がする。でも、ぎゅって抱きかかえられてしまって、確認出来ないのが残念。

でも、見えなくても、温かくて柔らかい。夢でも幻でもないのに、アリサちゃんはこんなにも優しい。

これならぐっすりと眠れそう……。

「おやすみ、アリサちゃん。大好きだよ」

この先にはきっと、山があって谷があって、おまけに壁まである道が待っている。

待ち構えている困難を思うと、気分が沈んでしまいそう。でも、私は後ろを振り返らない。立ち止まらない。

 

愛おしい人の隣が私の居場所――

 


 
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