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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百五十四話

ムカミさん

第百五十四話の投稿です。


いよいよクライマックスへ。

2018-01-13 03:58:25 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:2532   閲覧ユーザー数:2168

 

魏陣営への奇襲の結果報告から一夜明けた朝。蜀・呉の両軍の兵達は活気づいていた。

 

そこかしこで大きな声が飛び交う。

 

飛び交う声に耳を澄ませてみれば、あれの用意が遅れているだの、あっちの分配が終わっていないだの。

 

昨夜までの沈んだ空気は一体何だったのかと言わんばかりの盛況ぶりだ。

 

これが一時的なものなのか、はたまた何等かの策によって士気が盛大に盛り返したのか。

 

いずれにせよ、悲痛な面持ちの者は皆無と言って差し支えないほどであった。

 

 

 

その夜。

 

連合両国は互いに昨夜からの状況を説明する。

 

その結果は、互いに、奇跡だ、と叫びたいくらいに理想的なものであった。

 

両軍とも離脱者、ゼロ。

 

劉備、孫堅それぞれの高い求心力とカリスマが如実に現れていた。

 

将達、特に軍師達は歓喜に騒ぐ。

 

おまけで士気も回復し、迷いのある兵はいない。

 

これならば多少無理を押す策でも実行に移すことが出来る。

 

それは彼女らの選択肢を爆発的に増加させ、現実に勝機が見えてきたのだ。

 

武将たちも、軍師たちの醸す安堵の空気を読み、共に騒ぐ。

 

士気は上々。戦意は十分。後は奇襲で稼いだ時間を使って万全の策を用意すれば良い。

 

一同の顔は底抜けに明るい。眩しい。

 

否、明るくない者が四名だけいた。

 

内、二人は孫堅と馬騰。長年の経験が培った勘が、次の戦が楽なはずが無い、と警鐘を鳴らしていた。

 

かと言って水を差すような真似は好まず、二人並んで皆を眺めていたのだ。

 

残りの内、一人は周泰。

 

彼女はとある予告を受けている。

 

それは連合がいかな策を用意出来たとして、それらが滑り込む余地の無い圧倒的な暴力を叩き込む、というもの。

 

通常であれば荒唐無稽な脅しとして冷笑されて終わりだろうそれは、しかし、周泰の目の前で二度に渡って見せつけられた光景によって嘘では無いと知らされていた。

 

彼女が守りたいものを守るためには、最早敵に従うしか無い。

 

彼女の頭は既に乗っ取られていた。

 

最後の一人は、そんな周泰を側で監視する者。

 

蜀の陣営に潜み、魏に与している者だ。

 

とは言え、数多集まった内の四人が笑っておらずとも、周囲は特に気にはしない。

 

誰も大した疑問には思わず、その夜は更けていった。

 

 

 

軍議と言う名の宴会にも似た何かが終わった後、周泰は孫権に声を掛けていた。

 

孫堅よりの密命。それが孫権を連れ出すために彼女が吐いた嘘。

 

孫堅も周泰も信用し切っている孫権は何の疑いも持たずに周泰に従う。

 

周泰の胸を真っ二つに切り裂くような痛みが走るも、仕方が無いのだ、と言い聞かせて行動を起こす。

 

彼女らが目指すは魏の陣営。

 

陣地出口で案内人とも合流し、その夜の内に連合陣営をひっそりと離れることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日。

 

赤壁付近の河縁に張られた魏の陣地からは、珍しく幾本もの炊事の煙が立ち昇っていた。

 

曰く、連合の奇襲部隊に与えた被害を考えれば、そう時間を空けずに再び奇襲を掛けて来る可能性はかなり低い、とのこと。

 

元々この陣地に溜めていた糧食は、その多くを先の奇襲により潰されてしまった。

 

残りの糧食だけでは進軍を再開するには心許ない。

 

故に、後続部隊から糧食を補給するまでは待機。それが上層部の決定だった。

 

進軍しないとなると、補給部隊との合流はより早く、そして計算しやすくなる。

 

結果、多少なり糧食に余裕があることが分かった。

 

となれば、戦意高揚の意味も込めて温かい飯を振る舞ってやるべきだ。そんな意見が挙がり、誰もこれに大きく反対はしなかった。

 

従って今現在、魏の陣内は至るところで兵達が騒ぎ立てていて、さながら超大規模な宴会のような様相であった。

 

そして、それは将の間でも例外では無い。

 

華琳を始め、軍師勢や将、将級の者たちは一際大きな天幕で宴を繰り広げていた。

 

錚々たる面々に対して腕を振るうのは流琉。

 

華琳にも認められている、間違いようの無い至高の料理人だ。

 

しかも、元々は調理設備の少ない邑出身の彼女のこと、満足な設備の無い野営陣地であってもその腕に陰りは見られない。

 

当然のように、並べられた料理はほっぺが落ちるほどに美味しいものばかり。

 

それ故、戦時中であれど皆の顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 

惜しむらくは酒が振る舞われていないことであろうか。

 

いくら何でも酒だけは許可できない、と軍師勢が断固拒否したのであった。

 

それでも楽しいことには変わりない。

 

あちらこちらで様々な話に花が咲いていた。

 

 

 

そんな中、一刀も色々な者と食事や会話を楽しんでいた。

 

恋と共に料理を頬張り、春蘭が加わって来れば秋蘭と共に二人の面倒見役に移り。

 

場所を移して桂花や零とまったりと食事しながら赤壁の戦況について語り合ったり。

 

季衣や流琉が一騎討ちを羨ましがれば、二人は重要な役目があるのだからとこれを宥めたり。

 

そうこうしながら渡り歩き、次に向かうはとある四人の集団。

 

凪、真桜、菖蒲、そして霞だ。

 

珍しい組み合わせだが、どうやら凪と真桜が固まっていたところに霞が、そして菖蒲が合流したらしい。

 

凪と菖蒲が揃ったことで自然と話題は馬騰の武についてになっているようだ。

 

「やっ、四人とも。ちょっとお邪魔するよ」

 

「おお、一刀はん!丁度ええとこに!一刀はんからも馬騰の話聞かせてぇな!」

 

一刀が輪に加わるなり、真桜がそんな事を要求して来る。

 

聞けば、凪も菖蒲も馬騰には数合と持たずにやられてしまったため、まともにその武を推測も出来ない状態だったということだ。

 

「馬騰の武について、か。そうだな……

 

 率直に感じたのは、恋と同類、ってところかな?」

 

「恋殿と?と言うのは一体?」

 

「ウチも聞きたいなぁ、それ。恋のことはよう知っとるつもりやけど、せやから言うても馬騰のことはちっとも分からへんで?」

 

凪と真桜が素直に疑問を呈して来る。

 

それもそうだろう、と一刀は自らの発言の根拠の説明を始める。

 

「まず大前提として、俺は武の型を理詰め型と本能型に大分して考えているのは分かるよな?

 

 言ってみれば、俺が理詰め型の極地、対して恋や春蘭は本能型の極地だ。が、大抵はそれらを自分なりの割合で混ぜて持っている。

 

 それに当て嵌めて馬騰と戦って感じた内容としては、あれは本能型の極地だろう。それも、天性のものを持った、な。

 

 加えて膨大な実戦経験とそれを生き抜くために費やした並々ならぬ努力の時間…………分かりやすく言えば、恋をもっととんでもなくしたようなもんだな。

 

 正直、ちょっとやそっとのことでは差を覆して馬騰に土を付けることは出来ない、とすら感じられたよ」

 

「はぁ~、そりゃ本物の化け物っちゅうこっちゃな。

 

 せやけど、決戦では馬騰もまた出張って来るやろ?どないすんの?」

 

一刀の話を聞いた霞は純粋に次の戦についての疑問を呈する。

 

話の内容から隔絶した実力は感じ取っているだろうが、それでもなお、それを押さえて勝利を目指さねばならないと分かっているのだ。

 

「今のままじゃあ桂花や零の読み次第ってことになるが、可能ならば恋を当てたい。秘策も授けてあるし、両者の実力が俺の測り得た通りならば、恋にも十分に可能性はあるはずなんだ」

 

「恋の強化版にはこっちで強ぉした恋を当てる、か。おもろい事になりそうやな!

 

 ってことは、一刀は孫堅にでも当たるつもりなん?」

 

「まあ、そうだな。尤も、あっちの実力も馬騰に伯仲してるはずだから、勝機は薄いかも知れないんだが」

 

「へ?ちょ、マジなん?」

 

霞としては軽い冗談のつもりで放った一言だったが、思いがけず肯定された。

 

予想外だったために、いつものような軽い調子での返答が叶わなかった。

 

そして、そのやり取りを聞いて菖蒲が驚いて声を上げるに至る。

 

「一刀さん!あなたは既に華琳様と並んで魏の顔なのです!

 

 私たちを使ってください!一人では無理でも、二人、いえ、三人で相手取ればきっと……!」

 

「違うんだよ、菖蒲。そうじゃないんだ」

 

「違う、ですか?」

 

勢いも殺がれ、菖蒲が頭上に疑問符を浮かべる。

 

一刀もまた、己の思考を纏めるように、言葉を考えながら説明する。

 

「確かに、三人か四人を当てれば足止めなんかには困らないだろう。けれど、それじゃあ納得はしないと思うんだ。

 

 この戦は呉や蜀との戦争であると同時に、俺と華琳が孫堅と馬騰に己を示すものでもあるんだ」

 

一刀が思い出しているのは、孫堅と馬騰が共通して口にした言葉。即ち、『見極める』。

 

二人がどういうつもりでそう言ったのかは定かでは無い。

 

だが、一刀の想像通りであるならば、一刀と華琳はあの時からずっと、今もって試されているのだろう。

 

大陸を治める器を有するか否か。

 

例えこの戦に魏が勝とうとも、二人が資格無しと判断すれば、その後は泥沼のゲリラ戦を仕掛けられ兼ねない。

 

勝利の後の憂いを断つ。そのためにも『正解の勝利』を実現しなければならないのだ。

 

恐らく、華琳は理解している。

 

桂花や零も聡い。華琳の意を汲んだ采配と策を考えるだろう。

 

だからこそ、勝利をより確実なものとするために仕込んだ一刀の策も、これに沿う形を保たなければならない。

 

「なるほどなぁ。ま、せやったらしゃあない。そっちは譲ったるわ!」

 

どうやら霞は孫堅か馬騰と戦いたかったらしい。

 

先の話を聞いてなおこう思うこの辺り、やはり霞は戦闘狂なのだと改めて分かる。

 

「まあ、そういうわけだから。

 

 けど、霞や菖蒲もかなりの強敵と当たると思うぞ?

 

 蜀には関羽や張飛、趙雲や馬超がいるし、呉には孫策や太史慈、程普や周泰がいる。

 

 孫策は手傷を負っているだろうが、それ以外は怪我らしい怪我も無いはずだ。

 

 厳しい戦闘が予想されるわけだ。今からこう言うのも何なんだが……無事でいてくれよ?」

 

確かに、今言うべきことでは無い。今はそういう場ではないし、何より早すぎるのだ。

 

しかし、神妙にそう言った一刀の表情から、霞、菖蒲の両名もまた神妙な顔つきで首肯するのだった。

 

 

 

「っと、ちょっと愉快な話じゃ無かったな。すまない」

 

明るいはずの場で明るくは無い話題を長々と続けてしまったことに、一刀は頭を下げる。

 

幸い、誰もその事で不快感を覚えてはいなかったようで、一刀もそこは安心出来た。

 

「そういや、ウチの新兵器なんやけど、決戦ではどう使うつもりなん?

 

 持って来とる物資から考えると大分――――って、あかん!一刀はん、それ凪のんやで!?」

 

話を終え、小腹が空いた一刀は手近な麻婆に手を伸ばしていた。

 

それを目にした真桜が話の途中で慌てて一刀を制止する。

 

真桜の声で凪もまた慌てだしていた。

 

慌てていないのは当の本人たる一刀の他、菖蒲と霞も同じであった。

 

「んむ……すまん。これ、凪の取り分け分だったのか。

 

 何だったらまた同じものを取って来よう」

 

「あ、いえ、それは別に構わないのですが。

 

 その……一刀殿?何とも無い、のでしょうか?」

 

真桜や凪が慌てたのは、一刀、つまり男が凪の口に付けた物を食べたからなのだと一刀は考えた。

 

しかし、どうやら凪の様子を見れば、それについては特に何とも思っていない様子。

 

それより、心配そうな顔で何とも無いのか、と聞いてくるのはどういうことだろうか。

 

一刀が頭上に疑問符を浮かべていると、溜め息を吐きつつ真桜が説明してくれた。

 

「いやぁ、びっくりしたで、ホンマ。

 

 何とも無いんやったらええんやけど、凪のモンはあんま口にせん方がええで?

 

 凪ってこう見えてめっちゃこてこての辛党やからな」

 

「ああ、なるほど、そう言う事か。

 

 まあ、俺も辛いのは好きだからな」

 

そう言って一刀は更に二口、三口と麻婆を口に運ぶ。

 

それをまるで珍獣でも見るかの様な目つきで見る真桜を若干訝しがりながら。

 

「なんや、そないなこと言われたらウチも気になるなぁ!

 

 一刀、一刀!ウチにもちょっと頂戴な!」

 

「でしたら私もご相伴を……」

 

大袈裟なやり取りを側で見て興味をそそられたのだろう、霞と菖蒲が一刀の手にする麻婆に手を伸ばす。

 

そして――――

 

数瞬の間を置いて二人はもんどり打って倒れる事態となってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「あはは……そ、そんなに、なのか……」

 

一刀は床に倒れ、未だにピクピクしている二人を目にし、引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「ああぁぁ、だから言うたのに……」

 

真桜は嘆く。それは経験者だからこそ分かる苦悩から来ているようだ。

 

取り敢えず、二人に水を貰って来てやった方が良いな、と一刀は立ち上がる。

 

「流琉に言って水を貰ってくるよ。

 

 ……っと、そうだ。凪、明日の朝、ちょっと時間を取ってくれないか?」

 

「明日の朝、ですか?はい、構いませんが、一体何を?」

 

「うん、馬騰の話をしていて、ちょっと思い立った――というか、思い出したことがあってね。それを実践してみたい。

 

 華佗も呼んで、実践に耐え得るかを見てもらいたいんだ」

 

「なるほど、氣について、ですね。分かりました。それでしたらお任せください!」

 

突然の申し出であったが、凪は快諾してくれた。

 

一刀は、ありがとう、と微笑む。

 

直後、霞から切実に水を求める視線を受け、一刀は急ぎ足で流琉の下へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、一刀は無事に流琉から水を確保して霞と菖蒲を介抱し、また誰かのところへ混ざろうとブラブラしていた。

 

そこへ。

 

大きな足音を立てて、哨戒に残っていた数少ない兵の内の一人が飛び込んで来た。

 

「お食事中に申し訳ありません!長江より向かってくる集団の影を確認しました!

 

 正体はまだ不明でありますが、取り急ぎ報告を!」

 

「そう。ご苦労。

 

 一刀!零!一足先に向かって正体を見極めなさい!そこの貴方、二人を先導なさい!

 

 他の者は兵を纏めなさい!連合の奇襲であれば、今度こそ完膚なきまでに返り討ちにしてくれましょう!」

 

華琳の対応は早かった。兵が飛び込んで来た時には既に動く態勢を作り終えていたのだろう。

 

一刀は返事もそこそこに走り出す。零もその隣に並んだ。

 

飛び込んで来た兵の先導で夜の陣中を駆ける最中、一刀は零に問い掛ける。

 

「率直に聞く。奇襲だと思うか?」

 

「可能性はほぼ皆無ね。利が無さ過ぎるわ」

 

即答。だが、それには一刀も同意だった。

 

「なら、一体何だと思う?」

 

「そうね……可能性は二つ。

 

 一つ、本当に奇襲部隊だった場合。

 

 こっちだったら連合が相当間抜けだとしか言えない。周瑜と諸葛亮がいてこの選択は無いでしょう。

 

 一つ、地方豪族の横槍。

 

 あるとしてこっちでしょうね。ただ、未だにどこの国にも属してない輩なんて怖るるに足りないと思うわよ」

 

「どっちにしても敵性部隊、か」

 

嫌になるな、と言外に語る一刀。零は苦笑する。

 

「それはそうでしょう。でなければわざわざ長江を渡ってなんて来ないわよ」

 

「……ごもっとも」

 

一刀にしても異論は無い。

 

下手な被害は出さないように。それだけを考え、一刀は足を進めた。

 

問題となっている門まで辿り着いてみれば、そこには少数なれど哨戒班の兵たちが集っていた。

 

兵装は整い、いつでも出られると雰囲気が物語っている。

 

ただ、やはり迎撃に出るには数が少なすぎる。

 

嫌なタイミングで嫌な場所を攻められそうになっている状況を改めて認識させられた。

 

「集団を確認した者はいないか?!様子を聞きたい!」

 

着くや、一刀が声を張る。

 

その声に応じて一人の兵が進み出てきた。

 

「巡回の折、私が発見致しました!

 

 確認した時点で数は多くて数十……ですが、増しているやも知れません!」

 

「何か気になる点などは無かったか?

 

 特徴的な装備などでも良い。装備がバラバラであったのならば、それでも良い」

 

「遠目で暗かったもので何とも……申し訳ありません。

 

 ですが、強いて申し上げますと、若干ながらふらついていたように見えました!」

 

ふらついていた。それは予想外の報告だった。

 

奇襲を掛けてきたのだとして、敵陣に到達するまでにふらつく程に疲労するような攻め方はすまい。

 

ならば、油断を誘うための何等かの作戦だと言うのだろうか。

 

しかし、遠目にしか姿を確認させていないのにわざわざふらついて見せるメリットは薄いように思われる。

 

そもそも油断を誘うのであればもっと他に確実な方法がいくつもあるはずなのだから。

 

正体・目的ともに不明瞭な集団の影。

 

やはりまずは見極めねば取れる対応も取れない。

 

「アルを駆ってひとっ走り確認してこよう。

 

 零、万一の場合は援護を頼む」

 

「ええ、分かったわ。けれど、一刀。無茶はしないでよ?」

 

「ああ、分かってる」

 

零は幾通りかの意味を込めて一刀にそう忠告した。

 

一刀もこんなところでやられるつもりなど無い。

 

一切の油断無く、全力後退を常に視野に入れて奔るつもりだった。

 

「さて、そうと決まったらアルを――――」

 

「……連れて来た」

 

「ぉっと!恋、来てたのか。ああ、アルと赤兎も。うん、ありがとう」

 

アルを引っ張り出そうと踵を返しかけた一刀だったが、いつの間にか着いていた恋が二頭を連れて来てくれていた。

 

そして、恋を目にした零は即断する。

 

「恋。貴女も一刀と一緒に行ってちょうだい」

 

「……ん、任せて」

 

赤兎を連れてきている辺り、もともとそのつもりだったという事だろう、恋は迷いなく頷いた。

 

「よし、それじゃあ、恋。ちゃちゃっと行って、帰って来ようか」

 

「……ん」

 

一刀がアルに、恋が赤兎に跨り、二頭同時に門を出る。

 

二頭の姿はあっという間に門前の者たちの視界から消えてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの数分と走らせることも無く、一刀は件の集団を発見した。

 

しかし、その姿は先程聞いたよりもさらに想定外のものだった。

 

遠目に見て分かるほどの憔悴し切った集団、いや、部隊。そう、部隊なのだ。

 

皆武具を身に付けている。しかし、士気の欠片も感じられない。それ故に隊列も何もあったものでは無い。

 

敗残兵。落ち武者。そんな言葉が人の形となってそこに現れたかのようであった。

 

(連合の敗残兵?だが、それにしては何故数日経った今もまだこんなところにいるんだ?)

 

分からない。予想が付かない。

 

ならば、こいつらに聞いてやれば良いのだ。そう、考えた。

 

幸い、連中に戦意は無い。破れかぶれに襲われたとて十分に逃げ切れるとの確信もあった故の行動だった。

 

「諸君らに問う!この先にあるは我らが魏国の陣のみ!

 

 この場に突然現れた諸君らの目的とは一体何だ?!」

 

一刀に誰何されようと、幾人かが気だるげに顔を上げたのみだった。

 

誰も声を上げない。どころか動かない。その事に一刀は困惑した。

 

「……一刀。あっち」

 

隣で同じ光景を見ていた恋が、一刀の視線をある方向に誘導する。

 

よくよく見れば、集団の視線は億劫そうにしながらもその一点に集まっているようだった。

 

いや、億劫そうというのも少し違う。

 

最早動けないほどに皆が衰弱しているのだ。

 

ところが。

 

一刀の隣から聞こえた声に、集団の数人が再びこちらに視線を向けた。

 

その途端、顔に生気が戻り、瞬間的に直立不動の姿勢を取る。

 

それは水面の波紋のように広がっていく。

 

やがて、その中心を割るようにして一人の人物が後方から走ってきた。

 

「はぁっ……はぁっ……せ、戦時中に突然の訪問、申し訳ない!

 

 だが、伏してお願い申し上げる!どうか貴国が将の一人、董卓様に一目お会い申し上げたい!」

 

駆け寄るなり拝手の姿勢でそう述べるその人物。

 

青みがかった灰色の髪に、ビキニアーマーじみた紫の鎧を纏った女性。

 

ここまで間近で見れば間違いようが無い。それは華雄であった。

 

「華雄さん、無事だったのか。

 

 月はすぐに――いや、元董卓軍を皆集めよう」

 

「ぬ?!ほ、北郷か!」

 

「……かゆー。久しぶり」

 

「呂布もいたのか……」

 

言葉を発すると同時、華雄の身体から力が抜けた。

 

目の前の二人が知己であると分かり、華雄は緊張の糸が途切れた様子だった。

 

「随分とお疲れのようだ。

 

 一足先に戻って華雄さんの部隊を周知し、月たちを集めて来る。

 

 皆さんはゆっくりと向かって来てくれたらいい。幸い、今は周囲に他の集団の影は無い」

 

「あ、ああ。分かった。

 

 申し訳ないが、そうさせてもらおう……」

 

すぐには立ち上がれない様子の華雄は一旦置き、一刀は恋と馬首を返した。

 

華雄たちに何があったのか、詳細は分からない。

 

だが、連合陣中で一刀の動きに呼応するように動かせたのだ。

 

今ここで落ち延びているという事はつまり、あの時にどこかの部隊に看破されたのだろう。

 

四方八方を敵に囲まれて孤立。そんな絶望的な状況に陥りながらもこうして命を永らえているだけで儲けものというものだ。

 

彼女は一刀の為になってくれた。ならば、今はその恩を返す時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先刻の集団は敵性部隊では無い。むしろ友軍である。

 

その報告は瞬く間に周知された。

 

大半の者はそれを受けて宴に戻っていく。

 

戻らなかったのは上層部の者たちくらいだった。

 

「それで?説明してくれるかしら?」

 

その最奥でそう問い掛けるのは他ならぬ魏の国王、華琳。

 

それに答えるのが一刀だった。

 

「この者は華雄。元、月の部下だ。

 

 先日にひょんなことから接触する機会があり、月の下への帰参に口添えをすることを条件にこちら側に引き込んだ。

 

 赤壁では呼応して連合陣中で動いてくれたのだが、残念ながら正体がバレ、追い込まれたらしい。

 

 幸い、こうして一命を取り留めたので、約束通り月の下に付けてやりたい」

 

華琳の問い掛けに一刀が答える。簡潔にまとめた内容だが、それで状況は確かに分かるものだった。

 

「なるほど……また貴方の仕込みなのね、一刀。

 

 ただ、念のために警戒はさせてもらうわよ?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

この期に及んで華琳も博打染みた楽しみ方はしない。

 

華雄の部隊は決戦では数に入れられないだろう。

 

この戦が終わるまで、彼女達は武具を取り上げられることになる。

 

或いは華雄だけは不満を呈するかも知れないが、霞辺りに押さえてもらうことにした。

 

「なら、話は以上でいいわね。

 

 月、貴女が面倒を見なさい。頼んだわよ」

 

「はい。ありがとうございます、華琳さん」

 

月は丁寧に頭を下げる。

 

その後、解散と同時に詠、霞、恋、梅、ねねを伴って華雄を囲んでいた。

 

久々の再開となるはずだ。

 

ここは元董卓軍水入らずを邪魔しないでおこう、と一刀もそっとその場を離れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

華雄から如何程の連合の情報が得られるのか、定かでは無い。

 

その情報収集は翌日の軍議まで持ち越された。

 

その朝のこと。

 

一刀は先日に話したように、凪と、そして華佗を伴ってとある実験を行っていた。

 

ただ、今一刀が行っているのはいつも通りの瞑想。

 

初めて見る華佗だけは、やれ氣の流れが綺麗だの、氣の質が素晴らしいだのと感心していた。

 

が、もちろん、一刀が行う実験はその瞑想では無い。

 

「ふぅ……さて、凪。一本、手合わせ願いたい」

 

「は、はい!分かりました!」

 

瞑想を終え、一刀は凪と対峙して構える。

 

「華佗、俺の戦闘中の氣の流れを観察しておいてもらいたいんだが、可能か?」

 

「ああ、任せろ!氣の流れを読むのは得意だ!」

 

一刀の要望に華佗も快諾してくれた。

 

さて、ではいよいよ実験の開始だ。

 

「凪、いつものように本気で倒しに掛かって来てくれ」

 

「はい!でやああぁぁぁっ!!」

 

凪は返答と同時に蹴り掛かった。

 

凪に限らず、魏の将兵が本気で一刀を倒しに掛かる時は皆、先手必勝を旨とする。ただし、恋を除いて。

 

理由は単純で、一刀に氣を練らせないようにするため。

 

瞬間的に局所的に氣を練り上げて戦うのが現在の一刀の主たる戦法となっているが、隙あらばより多くを練って全身の膂力を上げて行く。

 

かつて一刀はほぼ技のみでこの外史の将たちと渡り合って来た。

 

そこに氣で強化することで膂力が追いつくと、いよいよ生半可なことでは勝ち目が無くなって来る。

 

故に皆、攻め続けるのだ。

 

この時の凪も同じであった。

 

戦闘を開始して暫しの間は凪の猛攻が続いた。

 

氣を纏った手甲に脚甲。一刀は一撃喰らえば即昏倒レベルのそれを丁寧に受け流す。

 

そこまではいつも通り。何も変わらない仕合光景。

 

しかし、次の瞬間、それが一変した。

 

「はっ!」

 

何度目になるか、一刀が凪を離すために刀を薙ぐ。

 

これをされれば凪とて一旦は避けるために退がる。が、着地の足を蹴って即座に距離を詰めて来るのが常だ。

 

だったのだが。

 

「はあぁっっ!!」

 

「っ?!ぐふっ!?」

 

凪が距離を詰めるよりも早く、一刀が更に深い踏み込みからの一撃を見舞った。

 

その速度は一刀に無かったもの。否、()()使()()()()()()出し得なかったもの。

 

それ故に、凪は完全に反応が遅れてしまった。

 

凪の攻撃は一刀の頬を掠り、一方で一刀の攻撃はまともに入った。

 

「かふっ……ま、参り、ました……」

 

「すまない、凪。少し深く入ってしまったか?」

 

峰打ちだったのだが、それはつまり鉄の棒で殴り付けるのとほぼ同義。

 

凪は暫くの間呼吸が苦しそうであった。

 

「はぁ……はぁ……か、一刀、殿。今のは、一体……?」

 

その状態であっても、凪は知りたがった。

 

「丹田に氣を”溜めて”みた。華佗、氣の流れに問題はあっただろうか?」

 

「う~ん……俺が見た限りでは特に問題は無さそうだったな。

 

 強いて言えば、流れ始めた直後の氣の減衰が大きかったように見えたが、その辺りは一刀の感覚としてどうだったんだ?」

 

問われ、華佗は腕を組んで考えつつそう答えた。

 

その答えには一刀も納得出来た様子だった。

 

「正直に言うが、想定より踏み込みが甘くなった。きっと華佗の言う減衰が原因だろう。

 

 どうやら、練ってすぐに使うわけじゃ無い分、欲しい場所に流して来るのに余分な力がいるんだろうな。

 

 燃費は良くは無い、か。だが、この練氣速度はそれを補って余りあるな……

 

 英傑対策、どうやらギリギリのところで最後の一欠片を見つけられた感じかな」

 

新たに習得した、というよりも編み出した技術。

 

本来であればより精度を上げるべく、修行に勤しむところ。

 

だが、今はそのような時間は無い。

 

ぶっつけ本番という怖い状況にはなるが、裏を返せば決して敵が知り得ない奥の手を得たとも言える。

 

後はこれが通用することを祈るだけであった。

 

「流石です、一刀殿。練氣の速度まで追い付かれてしまっては、最早私では勝てる気が致しません」

 

「ありがとう。けど、さっきも言ったけど、効率がとても悪いようだ。一戦でそう何度も使えないだろうな。

 

 凪も今知ったんだから、次はまた勝負の行方は分からないよ、きっと」

 

「そうでしょうか……いえ、そのお言葉を事実と出来るよう、精進致します!」

 

凪の闘志もより燃え上がった様子。思わぬ副産物を得られた。

 

「一刀。孫堅殿か馬騰殿と一戦交える気なんだな?

 

 あの人達は強いぞ?氣を直接見たから分かる。呂布殿も強いが、それ以上だった」

 

「ああ、だろうな。俺も恋も、一度奴らに負けている。

 

 だけど、だからこそ、避けては通れない道になってしまったんだ」

 

一刀の瞳は揺るがない。強い決意がそこに秘められていた。

 

華佗もそれは間違いなく感じ取った。

 

だから、こう言う。

 

「そうか……なら、改めてこれだけは言わせてもらうぞ。

 

 一刀……死ぬなよ」

 

「ああ。ありがとう」

 

この世界では数少ない、同性の親友と言える者からの激励の言葉。

 

それは何とも嬉しいものなのであった。

 

 

 

 

 

こうして、魏の方でも態勢を整えつつ、着々と決戦の準備は進められていた……

 


 
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