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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百五十三話

ムカミさん

第百五十三話の投稿です。


いよいよ最終盤、あとは正真正銘最後の戦を残すのみ。

2017-12-31 23:16:16 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2322   閲覧ユーザー数:1994

 

長江の畔に築かれた魏の陣地。

 

そこは真夜中だと言うのに喧噪に包まれていた。

 

そこかしこを物資を抱えた兵達が行き交い、様々な場所で言い合っている兵達がいる。

 

パッと見ただけでは、それは大きな戦の前準備。

 

だが、現実は――――足下に散乱する残骸群を見ればわかる通り、単純に陣の復旧に尽力しているだけだった。

 

そうやって兵達が陣中を奔走している中、真っ先に作り直された大将用の天幕では、早速軍議が行われていた。否、行われようとしていた。

 

軍議の出席者である幹部クラスは既にほとんど揃っている。

 

ただ一人、恋だけがまだ姿を見せていなかった。そのため、先程月が恋を呼びに出て行ったところだ。

 

待つこと暫し、月が恋の背を押して天幕に入ってきた。

 

「れ、恋さん……ほら、もうすぐ、いえ、ここですよ」

 

「……んぅ……まだ、暗い」

 

恋は寝ぼけ眼を擦りながら、月に背中を支えられることで倒れずに歩けている状態だった。その分、月はとても疲れているようだったが。

 

彼女のことは後で改めて労ってあげることにして、一刀はスッと立ち上がると、月の手助けをしながら恋に話しかけた。

 

「ほら、恋、ちょっと肩預けて。で、眠いのはちょっとだけ我慢して。

 

 ひょっとしてずっと眠っていたのか?奇襲されてあれだけ騒いでたのに……」

 

「……まだ眠――……奇襲?」

 

スッと恋の雰囲気が変化する。

 

それは戦を前にした時の武人のもの。

 

どうやら奇襲という単語が耳に届き、恋の眠気を吹き飛ばしたようだ。なのだが……

 

「あ、ああ。まあ、それももう撃退した後だけどな」

 

「……?敵意、無かった」

 

コクンと首を傾げ、恋は不思議そうに問う。

 

その言葉には誰も瞬時に対応出来なかった。あまりに意外過ぎたのだ。

 

「えっと……恋、疲れていた、とか?」

 

皆を代表してすぐ隣にいる一刀が問い掛ける。が、恋はフルフルと首を横に振った。

 

「……敵意が来たら、疲れてても分かる」

 

「まあ、そうだよなぁ」

 

恋の言い分には一刀も納得する。

 

戦場に出ている武人、殊に将級の者であれば、例え眠っていても敵意や害意には反応して起きる。それだけ神経を張りつめているのだ。

 

もちろん、例外はある。重傷を負ったり連日の徹夜などで完全な熟睡を必要とする場合だ。

 

しかし、今回の恋にそれは当て嵌まらない。

 

「う~ん……あれだけの象が攻めてきたんだし、恋ならすぐに反応してくれるかと思っていたんだけど……」

 

実はそれも一刀が大砲使用を選択しなかった理由の一つであったりする。

 

恋の武勇をフルに活かせば、恐らく象の進撃を緩めることは出来ただろう。

 

最悪止まらなかったとしても、一刀と恋で力を合わせて例の技を繰り出せば撤退までは持ち込めるはず。そう踏んでいた。

 

結果的にまさかの不参戦で内心で焦っていたりしたのだった。

 

そんな一刀の呟きを拾い、恋がポツリと話す。

 

「……あれ、象だったんだ」

 

「ん?どういうことだ?」

 

「……誰か、遊んでる?……のは感じてた。

 

 ……こっち来ないから、気にしなかった」

 

「ああ、もしかしてそう言う……」

 

恋の言葉を聞き、一刀は納得したように言葉を漏らした。

 

それを聞きとがめた華琳は、当然こう命ずる。

 

「一刀。説明なさい」

 

「ああ。恋は少なくとも動物、即ち象の気配は感じていたんだ。

 

 ただ、今回陣内にまで突入してきたのって、象だけだったろ?

 

 象は敵意を持って陣を踏み荒らしたわけじゃ無い。それに、恋の天幕は敵の進路から外れていた。

 

 だから、恋は出ていく必要性を感じなかった、ってことみたいだ。

 

 動物の気持ちをよく感じ取れる恋だからこそ、こういった事態になったみたいだな」

 

「はぁ、そういうことね……」

 

溜め息を吐き、軽く頭を押さえる華琳。その後、恋を見据え呆れたような声で告げた。

 

「恋。これからは敵意が無かろうと、陣内で見知った者以外の気配を感じたら起きて来なさい」

 

「……一刀も、そうした方が良い?」

 

「そうだな。今回は大丈夫だったけど、これからもずっと大丈夫だとは限らないからな」

 

「……ん、分かった」

 

恋はコクリと頷いた。

 

やり取りを聞いて分かる通り、華琳の言葉に、ではなく一刀の言葉に従っているのだが、これは恋が魏に来た当初から変わっていない。

 

現状で恋の言うことを聞かせられるのは一刀と月くらいだ。

 

華琳がこの状況を放置しているのは、一刀や月が全面的に華琳の味方であるからに他ならない。

 

他の将たちも相変わらずの恋の様子に呆れこそすれ、特に咎めるようなことも無かった。

 

「さて、始まる前から話が逸れてしまったわね。

 

 皆が揃ったことだし、軍議を始めましょう。まずは桂花。被害状況の報告を」

 

「はっ!」

 

のっけから思わぬ展開となったが、気を取り直して華琳が軍議の開始を宣言し、そのまま桂花へとバトンを渡した。

 

こうして、ようやく軍議が始まる。

 

初めは桂花が敵が退いてからこれまでの短時間で集めた被害状況の説明からだった。

 

被害の大半は天幕、及び運び出せなかった物資となる。

 

各所に軍師たちが散って特急で避難を行ったため、物資の被害は致命的では無い。

 

ただ、想定よりも糧食に被害が出ていた。

 

この分では一度後続の補給部隊を待たねばならないだろう、とのこと。

 

武具に関しては、踏みつぶされたもの以外は傷程度であり、簡単な補修で使用可能だということだ。

 

兵の被害もあまり無視は出来ない。

 

物理的に潰された兵の数も相当数に上るだろうが、それ以上に厄介なのが精神的被害だ。

 

精神的被害を受けた者の数はまだ判然としない。所謂トラウマのことで、これは後々に出て来るという点が嫌らしい。

 

目の前で同僚を踏みつぶされた者、果敢に立ち向かうも余りに呆気なく象に弾き飛ばされて怪我を負った者など、今回の奇襲ではトラウマを植え付けられる要素が目白押しだ。

 

こればかりは祈るしか無い。その数が少ないことに期待するか、戦の興奮がトラウマを覆い隠している間に決めてしまうか、だ。

 

そういった内容を桂花は滔々と報告した。

 

桂花の想定も交えられたそれは長いものとなり、頭を使える者と苦手な者とで表情がくっきりと分かれていた。

 

渋い表情を作るのは、主に頭を使える者たちだ。

 

赤壁での大勝利の勢いそのままに、一気に連合を攻め落としたいところだったが、見事にその勢いを殺がれた。それを理解していた。

 

「さらにもう一点、今回の奇襲での我々の対応により、次の戦での策を立てる上で難点が増えました。

 

 連合は我々に大砲を使用されることを前提として策を立てて来るでしょう。

 

 これにより、敵の行動予測が無数に増加したことになります。

 

 それと同時に、我々の取れる策の幅が狭くもなってしまいました。

 

 警戒され、対策を立てられる以上、逆にこれを使用しないというのも手の一つではありますが、それは代替となる手段がある場合に限ります。

 

 今回、大砲の存在は極限まで使用用途を絞り、連合にとっての未知の暴力を効果的に発揮させることが肝となっておりました。

 

 これが崩れた今、恐らく最後となるであろう次の戦で容易な勝利は望めないものと考えます」

 

桂花が付け足した情報は、更に空気が重くなるものだった。

 

しかし、あの場面ではあれが最善。それは華琳にも理解している。

 

「それは仕方が無いでしょう。むしろ、我が覇道の終着点となる戦があっさりと終わってしまっても拍子抜けというものよ。

 

 桂花、それに零。状況は悪い方に転がったようだけれど、次の戦に勝つ見込みはあるのかしら?」

 

華琳は鋭い視線を問うた両者に向ける。これが本題だ、とその瞳が語っていた。

 

これに桂花は臆することなく即答する。

 

「問題ありません。元々想定していたより時間と損害が多くなる程度です」

 

「私も桂花と同じ意見です。

 

 強いて挙げるならば、敵は兵も将も士気高く向かってくることになるでしょう。

 

 対抗するためにはこちらも何等かの手段を以て戦の前に士気を高め直したいものです」

 

「それもそうね。何か策が無いか、検討はしておきなさい」

 

零と華琳のやり取りを聞いていて、一刀はふと思い当たることがあった。

 

それをどうするべきか。一刀は桂花に視線だけで問う。

 

桂花からの指示は、待機、であった。

 

視線の交錯を終えると、桂花は華琳に向けて口を開く。

 

「華琳様、連合の次の動きですが、恐らく奇襲はもう行われないか、あったとしても今回のものより規模を落としての散発的なものになると思われます」

 

「それはどうしてかしら?」

 

「彼我の兵力差を考慮すると、これ以上の人的被害を連合は極力抑えたまま決戦に入りたいと考えるはずです。

 

 我々の大砲がいつでも使用可能であることが露呈した今、数を減らされることを分かってまで無理に攻めて来ることは無いでしょう。

 

 つきましては、我々の今後の方針は、当面は陣を再構築し、英気を養うべきです。

 

 然る後に全軍で進軍し、一息に連合本隊を落とすのが良いかと」

 

「私が望むものは単なる勝利では無く、覇者としての勝利。それをよく理解しているわね、桂花。

 

 ならば、桂花の案を採用しましょう。

 

 決戦に向けた出陣は十日後とする!異論のある者はいるか?!」

 

華琳が一同を見回す。が、異論のある者などいようはずも無い。

 

今ここで準備も中途半端なまま、糧食も足りないまま、士気も大きく減退したままで拙速に出陣したらどうなるか。

 

良くて大打撃、下手をすれば壊滅という事態にすら陥りかねないことは誰にでも分かることであった。

 

「それでは、皆!今は陣の再構築に励むように!」

 

『はっ!!』

 

揃い踏んだ返事の声に、不安気なものは一つとして混ざっていない。

 

皆、互いが互いを信じているからこそ、最終的には魏が勝利することを誰も疑っていないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇襲から二日後、連合の陣地に奇襲部隊が帰還した。

 

魏の陣を離脱してから被害状況の把握に半日、移動半日、休息半日、最後にもう一度移動半日で帰還したことになる。

 

中々の強行軍ではあろうが、今回の情報は早めに持ち帰るべし、と諸葛亮と呂蒙が声を揃えて部隊に言い含めたからであった。

 

部隊が帰還すれば当然のごとく即座に軍議が開かれる。

 

いつもの如く全員が集まったのを確認してから孫堅が開始を宣言し、そのまま諸葛亮へとバトンを渡した。

 

「最初に大まかな達成度を報告しますと、目的の半分ほどは成功したと言えるものとなります。

 

 敵の陣地を破壊し、混乱に陥れることは出来ました。

 

 ですが、敵の対応が予想以上に素早く、また想定外の反撃があったこともあり、数的な被害は予定よりも小さなものとなっているでしょう」

 

諸葛亮の切り出しに周瑜や徐庶が若干顔を顰める。

 

魏の数的な被害が少ない。それは結局のところジリ貧になる可能性が高まったことになるからである。

 

だが、まだ諸葛亮の報告は終わっていない。

 

ここで口を挟むようなことはせず、諸葛亮の報告をまずは全て聞く。

 

その後の諸葛亮は呂蒙の報告も交えながら奇襲の戦果や被害について詳細な報告を行った。

 

「――――といったところです。

 

 今回の奇襲での大きな成果としましては、敵の糧食をある程度潰せたことで時間稼ぎとなったことが一点。

 

 それと敵の新兵器の使用制限が我々の想定よりも緩いものであろうことが判明した、ということが一点です。

 

 特に後者に関しては重要かと。元より次の戦で使用されることは想定していましたが、それも一度きりと考えていました。

 

 複数回あれを用いられるだけで我々の受ける打撃は計り知れないものとなるでしょう。

 

 あの新兵器への対処を最優先で考案する必要があります」

 

諸葛亮はそう言って報告を締め括った。

 

暫し、軍議上は何とも言えない妙な空気に包まれた。

 

と言うのも、諸葛亮の報告の前半だけ聞けば大成功、後半だけ聞けば失敗気味、という喜べば良いのか嘆けば良いのかの判断に迷うものだったからである。

 

そんな中、真っ先に頭の整理を終えたのはやはり周瑜であった。

 

「孔明よ、一つ聞いておきたい。

 

 魏の新兵器、次の戦で何度使用して来ると考える?」

 

諸葛亮は即答せず、一度唾を飲み込む。彼女とて緊張している。その考えを伝えることは、それほどだという事だ。

 

「最低でも二回。最悪を考えれば、戦が終わるまで断続的に十回以上……」

 

「ええっ?!ちょ、ちょっと待って朱里ちゃんっ!!」

 

諸葛亮の言葉に大きく取り乱したのは劉備だった。

 

言葉だけでなく、その表情にも焦燥がアリアリと浮かんでいる。

 

「新兵器って、この前の戦で開戦時に撃ち込んで来たあれのことだよね?

 

 あれを部隊に向けて何度も、って……」

 

「はい、御懸念の通りです、桃香様。

 

 何の対策も打たずに相対した場合、それだけで壊滅もあり得たでしょう。

 

 そして……恐らく、魏の当初の狙いはそれであったのではないかと……」

 

「っ!?」

 

諸葛亮の言葉に、劉備は絶句する。

 

その時、劉備は想像してしまったのだ。もしも、何も知らずに次の戦に赴き、部隊にかの兵器を雨霰と撃ち込まれた時、蜀や呉はどうなってしまっただろうか、と。

 

まず、兵の大半は生き残れまい。対処する術を持たないのだから。

 

将の多くも、運が良ければ重傷、それでも部位欠損は免れないかもしれない。当然、死亡する者も多く出るだろう。

 

そんな状況の中、では君主はどうか。自身など、真っ先に死んでもおかしくは無い。

 

きっと突然そのような状況になれば、その時には頼みの関羽も張飛も戦場の最前線にでも出張っているであろうから。

 

親しい者の死。自身の死。自国の死。それらが実は紙一重の先の未来に待ち構えていたのだと理解出来てしまったのだった。

 

「ふむ。ならば、今回の奇襲は被害を含めて大成功であった、と言えるな」

 

不意に、軍議上に周瑜の声が通った。

 

幾人もの視線が周瑜に集まる。その大半は説明を求めていた。

 

「さきほど孔明も言っていただろう?

 

 何も知らなければ、我々は為す術も無く決戦に敗北していた。

 

 次の戦の規模から考えて、再起を計れる可能性すら摘まれてしまうほどの大敗北だったろう。

 

 だが、今回の奇襲でそれが判明し、対策を打つことが可能となった。

 

 確かにこちらにも当初の想定限度より多い被害は出ているが、事の重要性を考えればむしろ少ないほうだと言える。

 

 加えて、魏の動きを鈍らしめ、その兵数も削ることが出来た。場合によってはいくらかの兵には精神的な損傷も与えているかも知れんな。

 

 総合して考えれば、敵に被害を与え、こちらの被害は抑え、重要な情報を引き摺り出した。これを大成功と言わずして何と言う?」

 

周瑜の言葉によって、周囲の者たちはすぐに理解の色を示した。

 

そして次第に場を明るい雰囲気が包んでいく。

 

絶望や諦観しか浮かばなかった未来に、確かな希望が差し込んで来たのだ。

 

「ところで」

 

雰囲気が明るくなってきたところで、周瑜は続けて口を開いた。

 

「魏の新兵器の使用回数、どうしてそのように考えたのだ、孔明?」

 

その矛先は諸葛亮。内容は大砲の使用可能階数の予測について。

 

この問いと回答に対する軍師たちの注目はより一層熱いものとなっている。

 

「はい、それは我々の奇襲部隊を止めに来た部隊の編制からそう考えました。

 

 主として出てきたのは北郷、張遼、馬家の二人。魏の騎馬戦力の結集と言えます。

 

 将の皆さんからの話も総合して考えますと、これは本気でこの部隊で奇襲部隊を止めに来たものと考えられます。

 

 しかし、一度は止められませんでした。二度目の吶喊を仕掛ける前に例の兵器を使われてしまったわけですが、そのことから、恐らく魏は例の兵器を幾度も使用出来るという事実を隠しておきたかったのでは無いかと思います」

 

「張遼に、北郷まで出てきたのか……ん?ちょっと待って欲しい。

 

 北郷や馬家の内の一人、馬岱は重傷という話では無かったか?」

 

迎撃に出てきた面子を聞き、周瑜は驚く。

 

ただ、一点だけは蜀側、馬騰から訂正が入った。

 

「北郷に関しちゃあ、あたいが斬ったってだけで、確かに重傷とは限らないねぇ。

 

 あんだけ身体操作の達者な奴なんだ、斬られる瞬間に傷を浅くするように動かれていたとしても不思議じゃあないさね」

 

「ふむ、なるほど……

 

 木春。確かお前は北郷と一騎討ちになったという話だったな?

 

 その時の北郷の様子について何か気になったことは無いか?」

 

周瑜は話の矛先を太史慈に向ける。

 

気になった点は情報を洗い出すに限る。それが軍師としての仕事なのだから、当然の事だ。

 

「う~ん……確かに、動きにくそうではあったかな……?

 

 すぐに張遼を押し付けられちゃったけど、結構押し気味に進められていたとは思うよ。

 

 怪我して身体が思うように動かないってのは合ったのかも知れないね」

 

「あ、あの!よろしいでしょうか!?」

 

突然、呂蒙が声を挙げる。

 

まだまだ下っ端だと考えているが故に緊張で堅いのだが、それでもこれだけは伝えねば、と思ったようだ。

 

周瑜に視線で促され、呂蒙は報告する。

 

「木春様の後、張遼の部隊を率いて暴れ始めた北郷に、私が一騎討ちを仕掛けました。

 

 正直に申しますが、私では手も足も出ませんでした……

 

 木春様はお強いですので、北郷の動きが多少でも悪くなれば十分なのかもしれませんが、私程度ではそうもいかなかったのだと思います。

 

 ですので、北郷が重傷である、という考えは捨てるべきでは無いかと。

 

 馬騰様の仰られたように、軽傷かそれよりも少し深い傷程度にまで抑えられていると考えるべきです」

 

呂蒙の発言に苦い顔をした武将は多かった。

 

呂布と北郷。魏の将の中でも頭一つ抜けた武を持つ二将。

 

その一角が崩れたかも知れない、と思っていた中での、実は崩れていませんでした、という報告だ。

 

彼女らの表情はありありと、厄介なことになった、と物語っていた。

 

「すまない、ちょっといいだろうか?」

 

一刀の件に関して一段落着きかけた頃を見計らい、今度は公孫瓚が手を挙げた。

 

「北郷の件に関してはさもありなんってところだろう。

 

 だが、馬岱の件はどうなんだ?

 

 なあ、蒼。お前、馬岱と相対したんだったよな?桔梗と相討ちで重傷のはずの奴が戦場に出て来ている、その事に違和感を覚えなかったのか?」

 

多少と言わず、詰問調の言葉だったが、公孫瓚はあの奇襲戦からこれまで、ずっとモヤモヤしたものを抱えていたのだ。

 

こっちでは馬岱が現れ、あっちでは北郷が一騎討ちを演じた。それは曲がりなりにも君主として数多の情報を取り扱って来たことのある公孫瓚からすれば異常事態であった。

 

敵軍の情報の信憑性が根本から揺らぎ兼ねない事態。公孫瓚はそう感じていた。

 

ところが、共に遠征した諸葛亮までもが、その事について特に意見も上げない。

 

ひょっとすると自分だけが知らないところで何かが進んでいたりするのだろうか、などとすら考えていたりもした。

 

なお、諸葛亮に関しては、蒲公英と一刀の行動は魏が無理を押して人を動かさんとした場合として考え得るものだったため、特別騒いだりはしなかっただけである。

 

公孫瓚に質問を投げかけられた馬鉄は後ろ頭を掻きながら苦笑して答えた。

 

「蒲公英様って隠し事は本当に上手だったからね~。実際、一騎討ちは結局鶸ちゃんとだけしかしなかったし、馬に乗るだけなら何とかなるかな~って。

 

 そんなわけで、特にその辺りは気にしてなかったよ~、あはは」

 

「ちょっ、おま……これじゃあ、深刻に考えている私が馬鹿みたいじゃないか……

 

 なあ、朱里。一つだけ聞かせてほしい。

 

 馬岱や北郷の今回の参戦、あれは深刻に受け取める必要は無いのか?」

 

真剣な目で問う公孫瓚。諸葛亮もまた真摯な答えを返した。

 

「はい、それほど問題はありません。桔梗さんを例に挙げても良いですが、重傷を負ったと言っても、動ける限りは指揮くらいは執って来てもおかしくは無いでしょう。

 

 最前線にまで出てきたのは少し驚きましたが、逆に言えばそれだけ魏にも余裕が無いのかも知れません。もちろん、油断は出来ませんが」

 

「そうか……分かった。朱里、私はお前を全面的に信用しよう」

 

完全に納得したわけでは無い。が、もう気にはしない。公孫瓚の中ではそのように決着が付いた。

 

この話にも一段落が着いたところで、パンと孫堅が手を鳴らした。

 

「さて、そろそろ先の話をしようか。

 

 皆も分かってるだろうが、泣いても笑っても次の戦が最後だ。

 

 その上で確認する。冥琳、諸葛亮。勝てそうかい?」

 

薄らとした笑みも無い、真っ直ぐに瞳を射抜いて掛けられた問い。

 

その視線を受けてしまえば、中途半端に煙に巻くような返答は出来ない。

 

故に、二人は包み隠さず己が考えを返した。

 

「かなり分が悪い状況と言えましょう。

 

 確かに敵の手の内を晒けさせることには成功したようですが、依然として我々に厳しい状況であることには変わりありません。

 

 勝率は五分五分以下……今我々で立て得る最善の策を用意し、戦の中で訪れる僅かな勝機を逃さず捉えられて初めて、我々は勝利を得られるでしょう。

 

 ただ、はっきりと言えることがあります。勝つにしろ負けるにしろ、我々は大半の兵を失うでしょう」

 

周瑜が淡々と告げる。

 

その表情が無表情であることがまた、より真実味を増しているとも言えた。

 

「周瑜さんと概ね同じ意見ですが、一点だけ補足を。

 

 敵の動きや策如何によっては、その僅かな勝機すら得られない場合もあり得ます。

 

 桃香様、厳しいことを言うようですが、これだけははっきりと伝えさせていただきます。

 

 最早、犠牲を抑えて勝利を手繰り寄せることに苦心する余裕はありません。

 

 諸々の犠牲を良しとせず魏に降るか、魏の信念を良しとせず多大な犠牲を覚悟して徹底抗戦の構えを見せるか。二つに一つです。

 

 時間が掛かっても構いません。どうか、お選びください……」

 

諸葛亮は苦々しい顔をしているものの、はっきりと言い切った。

 

そして劉備に向けて深々と頭を下げる。己の至らなさを恥じいる気持ちをその胸に抱きながら。

 

周瑜と諸葛亮。呉と蜀の頭脳のトップ。その二人が声を揃えて勝ち目は薄いと宣言した。

 

その事実は一気に場の空気を重くし、沈黙を呼び寄せる。

 

そんな中、一番に動いたのは意外なことに劉備であった。

 

「朱里ちゃん。今から蜀の兵の皆を集められるかな?」

 

「兵を皆、ですか?最低限の見張りは必要ですので残しますが、それ以外の者でしたら可能ではありますが……」

 

「ううん、それじゃあだめ。見張りの人達も含めて、皆。出来ないかな?」

 

「う~ん……出来ないことは無いですが……申し訳ありません、桃香様。真意を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

劉備の真意を問う。

 

諸葛亮がそれを行うのは、実はこれが初めてであった。

 

これまで付き従って来て初めて、諸葛亮は劉備の真意を読めないと感じたのだった。

 

「えっとね、さっきの朱里ちゃんの問い掛けへの答えにもなるんだけどね……

 

 私はやっぱり、曹操さんや北郷さんの考え方は間違っていると思う。だから、無条件に降る、なんて出来ない。

 

 でも、兵の皆は違うと思う。蜀に戻れば生活のある人達もいるんだから、無為に死んじゃう可能性を黙っているべきじゃ無いと思うの。

 

 だから、皆を集めて、包み隠さず伝えます。その上で、それでも残ってくれる人だけ、次の戦でも頑張ってもらう。

 

 ……やっぱり甘い考え、かな?」

 

「桃香様……」

 

果たして華琳や一刀がこの場にいれば何と言ったろうか。

 

ただ、諸葛亮はこう感じていた。劉備のこの発言は、甘い考えが故では無い、と。

 

もっと別の、とても強い何かでは無いか、と。

 

だからこそ、こう答えた。

 

「いいえ、桃香様。それでこそ桃香様だと思います。

 

 雫ちゃん」

 

「ふぅ……分かりました。軍議が終わり次第手配します」

 

「朱里ちゃん、雫ちゃん……ありがとう!」

 

蜀の将の中には苦笑している者なんかもいたが、異を唱える者だけはいなかった。

 

そんなやり取りを見ていた呉の中から、大きな笑い声が一つ。

 

呉の君主、孫堅のものだった。

 

「あっはっはっは!いいねぇ、劉備、その若さに似合わぬ潔さ!

 

 だったら、こっちもそれを真似させてもらおうかね。

 

 冥琳。翌朝一番、兵たちにありのままの状況を伝える!

 

 逃げたい者は逃げれば良い。決して罪には問わぬとこの私、孫文台の名に於いて誓おう!

 

 元より私の我儘から魏との争いを続けたようなもの。

 

 ならば、高確率で全滅が予想されるような戦にまで出ろ、とは言えないさね」

 

「ふっ。承知致しました。穏、亞莎、手配を」

 

「は~い」 「は、はい!」

 

周瑜は軽く笑む。そう言うと思っていた、とでも言った表情だろうか。

 

案外、劉備の考えを借りると言っていたが、孫堅も同じようなことを元々考えていたのかも知れない。

 

ただ一つ、はっきりと分かること。それは、両国の動きはこの軍議を一度終わらせるものとなった。

 

「明日、もう一度軍議を開く!

 

 冥琳。明日の軍議までにうちの状況を余さず纏めておきな。

 

 それ次第じゃあ、魏に無条件降伏だね。

 

 諸葛亮。そっちもしっかりやっときな?ここで見誤れば、悲劇しか生まないよ」

 

「はい、心得ています」

 

「はっ、そうかい。なら、今日は解散だ!」

 

 

 

 

 

軍議が解散となり、皆が思い思い散って行く。

 

そんな中、周泰はとある人物の背を追った。

 

始めはただ黙って追うだけ。相手も気付いているようだが何も言わない。

 

やがて周囲に人がいなくなった時点で、周泰の方から話しかけた。

 

「すいません、ちょっとお話ししたいことがあるのですが……」

 

「……え、私ですか?えっと……はい、なんでしょうか、周泰さん?」

 

呼び掛けから少しの間を置いてその人物は振り返る。

 

月を背負う形となり、その表情までは読めない。しかし、今の周泰にはそれはもうどうでも良いことだった。

 

「先日いただいた書簡の件なのですが……」

 

「先日……ああ、はい。えっと、何か不備でもありましたでしょうか?」

 

不安そうに聞いてくる。演技なのか、それとも素なのか。演技ならば大したものだ。周泰はぼんやりとそんなことを考えながら続ける。

 

「私にはもう、あなたがどちら側なのかについてもそれほど興味はありません。

 

 ただ……もし、”奴”から何か言われていることがあるのであれば、それを聞きたい、と思いまして」

 

周泰の様子や言葉から何かを察したのだろう。暫く周泰はその人物によって観察された。

 

やがて、相手が一つ深呼吸をする音がした。と、次の瞬間、相手の雰囲気がガラリと変わる。

 

「周泰さん。貴女が仰っていることの意味、きちんと理解していますよね?」

 

「っ!はい、もちろんです。私は蓮華様を、そして孫家の方たちを……あの方たちを何としてもお守りしなければならないのです。

 

 ……先日、はっきりと分かりました。このままでは、孫家は、そして呉は、滅亡してしまいます。それだけは避けないと……!」

 

項垂れる周泰。その拳は自身も知らぬ内に堅く堅く結ばれ、プルプルと震えていた。

 

なおも数秒、じっと周泰を見つめた後、その人物ははっきりと言い放った。

 

「…………いいでしょう。貴女が北郷様に降る選択をされた場合、私に何かを聞きに来たら伝えろと言われたことがあります。

 

 ”周泰さんが最も大切にしている者を伴って来い”。それが伝言です」

 

「最も大切な者……」

 

周泰の脳裏に過ぎるのは赤壁での一幕。

 

『手土産は孫権でいいぞ』。確かにそう言われた。それを今、思い出した。

 

グッと下唇を噛み締める。それは、それだけは出来ない。そう思い、口を開きかけた周泰を制するように。

 

「ご安心ください。北郷様も、その者の命を奪うような真似はされません。

 

 ただ、偽りの降伏による奇襲を阻止するため、だそうです。悪いようにはなりません」

 

別の選択は無い。そう突き付けられた。

 

最早、周泰は蜘蛛の糸よりも細い一縷の望みに縋り付くしか無くなってしまったのだった。

 

「…………分かり、ました……」

 

「ふむ。では、明日の軍議の後、出立しましょう。

 

 私が北郷様の下まで案内しますので」

 

「はい……お願いします」

 

それ以上、二人の間に言葉は無かった。

 


 
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