No.898183

外伝『雷禍と凍漣~竜具を介して心に問う』

gomachanさん

竜具を介して心に問う――
今回は外伝となります。

2017-03-21 23:50:21 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:780   閲覧ユーザー数:780

概ね常識や原則というものを、ソフィーヤ=オベルタスは信じない。

今日の河川が高きから低きに流れているからといっても、明日も同じとは限らない。

一夜で水が枯れて幅が狭くなり、土砂をまき散らす大崩壊を招くこともある。

天からの未知な豪雨が侵入して、河川を逆流させてしまうこともある。

それに比して類することを、数々の交渉時にて、ソフィーヤはいやというほど学ばされてきた。

光華の耀姫―ブレスヴェートの二つ名をもつ彼女にとって、経験とはそういうものだ。

 

『そちらの治水に問題があった』

『そっちが川の管理をまともにしないから』

 

故に思案する。ディナントの戦いの発端となった、両者の言い分は考慮に値すべきではないと。

無論、村人の仲介としてしゃしゃり出たブリューヌとジスタートの、その首脳陣とて例外ではない。

だから、ソフィーヤはこれらの事を欠かさないのだ。

 

見ること。事実を、その両目で。

 

聞くこと。事象を、その両耳で。

 

感じること。時代を、その感性で。

 

確認すること。現実を、その瞳の光で。

 

重ねて確証をとること。未来を、その光の輪郭で。

 

それらのことを怠らない者だけが、天なる太陽のように、さらなる高みへと輝けることを、ソフィーヤ=オベルタスは知っている。

 

 

 

 

 

『雷禍と凍漣~竜具を介して心に問う』

 

 

 

 

 

『ジスタート・王宮庭園・夕刻間際』

 

 

 

 

 

――ソフィーがエレオノーラとの密談を終えて約半刻後――

 

 

 

 

 

ソフィーヤ=オベルタスはヴァレンティナ=グリンカ=エステスとの会話を終えて、一人廊下を歩いていた。理由は、サーシャの伝言をリュドミラに教えるためだ。時間をずらして、あえてエレンとの同席を避けたのは、二人の険悪な関係を考慮しての事だった。

一つの匠のテーブルに置かれるのは、3杯のティーカップ。相対するのは凍漣と雷禍と光華の竜具の主様だ。一同に合した理由は、今後のお互いの動きを確認する為だった。

最初に、口につけたのはリュドミラ=ルリエ。毒の有無を証明する為に、優雅な口づけにて喉を潤す。それに続いてソフィーもまた一口いただく。

 

「おいしい……いつもあなたの淹れてくれる紅茶はとてもおいしいわ。ミラ」

 

そんなソフィーの感想に、リュドミラ――ミラは顔をほころばせた。

残るもう一人の戦姫、エリザヴェータ――リーザはミラの淹れてくれた紅茶に口をつけず、じっとミラの顔を見据えていた。

 

「どうしたの?別に毒なんて入っていないわよ」

「貴方には……何か入っているのではなくて?」

「いきなり失礼な態度ね。確かに私のものはシュガーが多めに入っているけど、私の甘党がそんなに気に入らないかしら?」

 

旗から見れば「そっちのほうが多いからこれと交換して」という子供の食卓のような光景を浮かべるだろう。優雅な紅茶を嗜む時間はせめて穏やかであってほしいと、ソフィーはせつに思う。ある意味での嫉妬と勘違いされるかもしれない。

リーザにとっては、挨拶代わりの、ただのからかいに過ぎないのだが――

 

「エリザヴェータ、失礼よ。誤ってちょうだい」

 

ちょっと厳しい口調でリーザをしかりつけるソフィーは、何とかこの場の空気をなだめようと懸命につとめる。

些細な事……フォークが転がるようなことでも荒立てる気性の激しい両者だから……いや、違う。

苛立つ原因と心当たりがあることを、ソフィーは既に知っている。

 

「ごめんなさい……ミラ。でも、貴女ならわかるでしょう?」

「……なるほど。仕方がないわね」

 

一時の沈黙。それは、「とある銀髪の戦姫」に関わることを、凍漣の少女は察したからだ。

雷禍の主、リーザはソフィーの指摘を受けて顔を背ける。

 

(ソフィーヤ……オベルタス)

 

この三人の姫君のうちの一人、リーザは同じ竜具を持つ戦姫となってからの短い付き合いだが、ロジオンの着服問題の件を含めて、若干な苦手意識を抱いていた為か、ソフィーをいつも無意識に避けていた。

それはソフィーの錫杖の光を嫌うような行為であったかもしれないが、エリザヴェータにはその自覚はない。

 

「ティグルヴルムド=ヴォルン伯爵といったかしら?どこの田舎貴族か知らないけど、彼女に付き合わされるなんて、かわいそうね」

「うだつのあがらない捕虜に入れ込んでいるのは、彼女らしいですけれども」

 

エレンの気に入る人物を、戦姫二人でそのように評価されては、ソフィーも流石に紅茶を満足に味わい難い。『商人ムオネンツォ』とまでは言わないが、随分と飲み物が旨くなくなる会話であった。仮にも戦姫たる者が、そうそう影口を叩くべきではない。

そういえば、影で思い出した。『封妖』の主は今頃何をしているのだろうか?

そんな二人の会話を無視するかのように、ソフィーは持ち前の舌鋭を以て切り込んだ。

 

「竜具を介して心に問う」

 

唐突に告げられた言葉。それは、どことない鋭さを以て、年若い二人の戦姫の心を貫いた。

彼女――ソフィーの竜具には、唯一『刃』がない。だが、あらゆる竜具の刃を上回る輝鋭さが、彼女の意志に秘められている。それはさながら『錫杖』故の仕込み刀のように――

サーシャの伝えたい言葉、そこに秘められた想い。レグニーツアの寝室で募らせている、皆の未来を憂う黒髪の戦姫にできる事。

緑の瞳に光の輪郭が走る。

ソフィーは、静かに語り始めた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「竜具の意志は、決して主を偽らないわ。人の心はなおさらよ」

 

一通り話し終えたソフィーは、不思議な説得力を以て、ミラとリーザの耳朶にしみ込んでいく。

竜技は心の技と、サーシャは言っていた。威力、精度、それらが顕著にあらわれる。

落ち着いた心境で、リーザはそれとなくソフィーに言葉を紡いだ。

 

「アレクサンドラはどうするつもりでしょうね」

「今のところ、サーシャには両公爵のつきあいはないわ。例えあったとしても、サーシャは多分……中立を決め込むんじゃないかしら」

 

ともあれ、ソフィーが語る一通りの事情を聞いているうちに、リュドミラもエリザヴェータも、自分たちがいずれ、エレオノーラと竜具を介することになるのが偶然ではない事を知った。

ブリューヌを代表するテナルディエ公爵と交流を持つ凍漣と雷禍は、ジスタートの国益に直接関わっている。もし、ジスタート王に次ぐ戦姫が、交易摩擦などで問題が発生すれば、公国公主の責務を問われる。エレオノーラの巻き起こす嵐のような行動は、決して他人事ではないことを、両者は改めて認識した。

 

「つまり、エレオノーラに振り回されているようなものですわね。わたくしたち」

「……ふん」

 

エリザヴェータの楽しそうな言葉に、ミラの綺麗な眉根が寄る。ソフィーはその表情を見逃さなかった。

 

「ミラ。戦姫であることに誇りを持つのは大切だけれど、それに縛られすぎるのはあなたの悪い癖よ。あなたの場合は仕方がないかもしれないけど……」

 

ソフィーの言葉はこれまで会った時とは違い、珍しくミラの癪に障った。そもそも、エレオノーラが戦姫に選ばれた場合は『偶然』であって、リュドミラが戦姫に選ばれた背景に『必然』という不安定な期待を、文官や武官に、特に母上に望まれていたのだ。戦姫に選ばれた『重み』を、あんな礼儀知らずな野蛮人と同列にされてたまるものか。

 

「いっそ、貴女みたいにエレオノーラと完全な確執を持ってしまえば、はっきりと思いきれるのにね。」

 

明らかな嘲弄と共に、ミラはリーザに唾を吐く。

凍漣たる自分より険悪な関係を知っている故の発言であり、叱咤激励とは程遠い……挑発でもあった。

 

「……素直に謝罪すれば、せめて背が伸びる方法を教えてやらないこともありませんわ」

 

ささやかな反撃。主の感情を察するかのように、雷禍がこめかみのように青白い光の筋を立てる。感情に身を任せるだけでは、このリュドミラと大差ない。

とにかく本心としては、自分とエレンの確執を嘲られたことに対して、リーザは心の奥底で、悔しくてたまらなかった。

 

(子供のようなきっかけで喧嘩した貴女と一緒にされたくありませんわね)

 

ともかく、背丈についての挑発も、リュドミラは乗らなかった。しかし、その苛立ちは隠しきれず、むしろ見せつけるかのように、氷の刃の鋭さを以て、リーザに睨みかかった。

 

「ふたりとも。落ち着いて」

 

若年組二人の戦姫に割って入りながら、ソフィーはなんとか、たおやかな表情だけは崩さなかった。つい、数刻前の公判で、『とある戦姫』のあるまじき非礼な言動の数々に、エレオノーラは怒りを爆発させるところだった。ようやく銀閃の竜をなだめたばかりなのに、凍漣の竜と雷禍の竜まで暴れられたら、口から何を吹くか分かったものではない。

 

――火中の栗は、ライトメリッツに拾わせるべきかと――

 

まったく……余計な事を言ってくれたものである。

 

(エレンも、ミラも、リーザも、こういう直情的な性格は微笑ましいけれど、わたくしとしては、もう少し大人になってほしいものだわ)

 

きっと、サーシャもそう心から願っているはずだ。

20歳にして、戦姫の中で年長組にはいるソフィーの人格(パーソナリティ)は、慈性にあふれ、その懐が深い。話題を反らす為にも、援護射撃を頼むにしても、ソフィーは二人を別の話題に引き込んだ。

 

「ところで、二人は何か大事なお話があるんじゃなかったの?」

 

別の話題というよりか、むしろこれが本題だった。元々ミラとリーザ二人だけだったのだが、ソフィーの相席はサーシャの言葉を伝えるだけの、オマケに過ぎない。金色の髪の戦姫は目的を既に果たしている。

 

「そうでしたわ。リュドミラ=ルリエ、貴女に訪ねたいことがありましてよ」

 

「奇遇ね。エリザヴェータ。私もあなたに聞きたいことがあるのよ」

 

両者、呼吸をおいて――

 

「エレオノーラ=ヴィルターリアの弱点を教えてくれるかしら?」「テナルディエ公爵について、知っている情報を教えて頂戴」

 

いきなりこじれた。ソフィーは嗜んでいた紅茶を吹きこぼしそうになった。極白のドレスが浸みになったら目も光も当てられない。

突然の物言いに、エリザヴェータとリュドミラは眉を潜めながらも、律儀に回答する。

 

「テナルディエ公爵について知っている情報は、貴女とさほど変わりませんことよ」

 

「エレオノーラに弱点なんかないわ!それでも聞きたいなら……」

 

まるで、意思を重ね合わせるかのように、異口同音で言い放つ。

 

――――竜具を介して直接訪ねるまで!!――

 

合点招致となった二人は、あっさりと『力』による和解を求めたのだ。

 

「いいでしょう!リュドミラ!貴女がそうおっしゃるのでしたら!」

 

凶悪な笑みがぶつかり合う。凍漣と雷禍の化学反応で水蒸気爆発が起きるんじゃないか。そう思わせる一触即発の雰囲気。

 

「決まりね!」

 

不敵に笑い返す。その吊り上がった凶悪な笑みは、氷刃の鋭さを印象付ける。

リュドミラとエリザヴェータの取り決めに、光華はやけになる。

 

「どうしてそうなるのよ!?」

 

竜具を介して心に問う。穿った解釈にソフィーはげんなりする。

二人の沈静化を見るのは、当分先になりそうである。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

さてさて場所は映って闘技場へ。

ジスタート国王は余興の一環として、戦姫同士の鬱憤を発散させるための施設を造らせた。初代国王の提案らしい。

元々ジスタート王国は、違う部族で動乱を繰り広げていた過程で建国していったのだ。

観客席の無い簡易的な戦闘領域にも関わらず、戦姫の舞踊を引き立たせるための視覚効果が仕込まれている。

剣戟高鳴る反響を増幅させる特殊湾曲壁。凱が居合わせていれば、ここは『空間湾曲戦闘領域(ディバイディングフィールド)』と錯覚しても仕方がないだろう。

確かに、ささいな癇癪で王宮物品が破壊されたのでは溜まったものではない。まして、ここに在る支柱、庭園は国民の血税や職人から賄われている。竜具のほうこそ、もう少し選定基準を厳選してほしいと思うのはヴィクトール王の談。

 

「もう!戦姫同士の喧嘩はエレンとあなただけだと思っていたのに!」

 

今でこそエレンとミラの喧嘩仲裁はソフィーの役目だが、以前はサーシャの役目だった。だが、流石にミラとリーザの仲裁をするのは初めてだ。

ここまで点火してしまっては、うかつになだめようとすれば大爆発だ。

ソフィーヤは思案する。二人はなぜこのような問いをするのかを――。

エリザヴェータの問い――エレオノーラの弱点を請う。間違いない。雷禍の彼女は銀閃の姫君に再戦を挑む気だ。

リュドミラの問い――テナルディエ公爵の仔細を伺う。確認した。凍漣の彼女は他国の有力者相関を知って、今後の自分の立ち位置を確立させたいだろう。

 

「ソフィー!貴女はこういったわね!「わたくしたちは戦姫である前に一人の人間」だと」

 

確かに自分はそういった。しかし、そういう意味で言ったのではないと、深緑の緑の瞳で訴える。

 

「人間は平気でウソをつく生き物!けれど!竜具は決してウソをつかない!」

 

戦えばわかる。人間だれしも極限状態になれば、ウソなどつけようはずもない。青い髪の戦姫はそう主張する。

 

「私は決してウソをついておりませんわ!リュドミラ!貴女こそ」

「ふざけないで!」

「何かしら?」

「私を見くびらないことね!うかつに他人の情報を流すなんて戦姫失格よ!」

 

決裂。まくし立てるエリザヴェータに対し、ミラは鋭く切り返す。そんなミラの厳律した態度に、エリザヴェータは微かにたじろいでしまう。

そして――

 

「……ヴァリツァイフ!」「ラヴィアス!」

 

待機状態(スタンバイ)の竜具を臨戦態勢(スタンダート)へ移行するには、瞬きする時間ほど要しなかった。そして、竜具の展開のタイミングが同じなら、戦意を向ける瞬間も同じだった。

本来、竜具の待機状態は、初代戦姫の化粧と見立てるための『偽装機能』として考案されたものであるが、自軍への損耗率を軽減するための『被発見率』に重点をおかれたため、もはや偽装機能を果たすものではなく、主に移動効率を促すための武器携帯時における『所有面積軽減』として定着している。

ソフィーの錫杖ザートはその竜具の特性と、外交という任務上の必要性からも務めて偽装性が高い――

ヴァレンティナの大鎌エザンディスはその竜具の特性と、暗殺という任務上の謀略性からも、例外ではない――

 

「あまり抵抗すると痛くなってしまうわよ」

 

しなる雷禍の鞭が、大気に檄を飛ばす。恐れをなした大気が『雷』を巻き散らす。

 

「あの野蛮人には――」

 

穿つ凍漣の槍が、大気に喝を入れる。身をすくませた大気が『雪』を舞い散らす。

 

「強力な竜具こそあれ、あの野蛮人本人には、弱点といえるものはほとんどない!」

 

届く、凍漣の一撃にして初撃。

その『冷静』な一閃突きを、雷禍の反撃は『紫電』の軌道にて打ち返す!

 

「強力な竜具ですって!?」

「ええ!貴女も知っての通り、銀閃アリファールは刀身と鞘の二段構造!だけど、本当に恐ろしいのは刀身のほうじゃない!鞘のほうよ!」

「流星が最も強く輝く瞬間は!燃え尽きる瞬間といわれるように!アリファールが最も強く輝く瞬間は!一気に抜刀する瞬間なのよ!」

 

待機状態から続く展開状態。それは、翼を雄々しく広げて、天駆ける竜を思わせる、一筋の竜の『涙』だ。

両者、しばし間合いをおく。

 

「神速の抜刀術は直撃したらタダでは済まないわ!」

 

抜刀術とは、ヤーファ国に伝わる古来剣術である。

以前母が言っていた。先代、銀閃の戦姫が多用していた竜具機構の『牙』と『爪』の複合竜技(マルチレイド)。

ラヴィアスは『矛』と『柄』を直線に揃えて竜の『角』を――『破邪の尖角』を再現するように――

アリファールもまた『芯』と『鞘』を奔らせて竜の『涙』を――『降魔の斬輝』を体現するのだ――

再び両者は爪を咬み合わせていく。

 

「あと腕っぷしも強くてね!あの怪力で首を締め上げられたら、もう逃げられないわ!」

「……知っているわ」

 

そこは、リュドミラには聞き取れないほどの声量だった。事実、リーザは昔から知っているのだ。その腕っぷしの強さで、遠い過去にエレンに助けられたのを今でも覚えている。同時に惨めな敗北を悟らされたことも、1年前から――

 

(この娘自身は、やたらと攻撃的ですわね)

 

他人の情報を流さないといいながら、必要以上にベラベラしゃべってくれちゃって……猛吹雪のようなミラのアドバイスに、リーザは涼し気で聞き入れている。それがミラにはかなり気に入らなかった。

まったくもって支離滅裂している。凍漣のくせに烈火のごとく喋ってくれる。聴きもしていないのに。

だが、おかげですごくタメになった。エリザヴェータはそう思った。

そう思案と考察の狭間にあるにも関わらず、両者は互いの刃を!柄を!意地を!闘志を!次第に見えない何かを突き当てていく!

 

――見えない何かが『心』と悟るまでは、まだ少し時間を有するかもしれない――

 

「|空さえ穿ち凍てつかせよ《シエロ・ザム・カファ》!!」

 

「|天地撃ち崩す灼砕の爪《グロン・ラズルガ》!!」

 

気力上昇によって特定の竜技を使用可能になり、雷禍の竜と凍漣の竜は最強の『爪』を突き合わせる!!

興奮に沸き返る戦姫の夢幻闘舞。最高の竜技は最後の切り札。結果は――

 

「ミラ!?エリザヴェータ!?」

 

ソフィーの身を案じる甲高い声が響き渡る。その残響が、竜技を放った後の凄惨さを物語っている。

土煙が晴れてきた。それにともない、闘者の輪郭も徐々に晴れていく。

だが、二人の心が晴れるまでには至らなかった。

戦姫達は肩で息をきらし――

 

「それから……」

「ありがとう。もうよろしくてよ」

 

銀閃の風姫との再戦に必要なことは十分得られた。もはやこの凍漣の雪姫に用はない。お払い箱だ。

ならば、礼代わりにこちらも新たな『力』を見せてくれる。

ふいにエリザヴェータの右手がリュドミラの首元を掴み上げ、そのまま絞首刑を施した。

 

「あ……が……」

「私の『怪力』も大したものでしょう?」

 

筋肉と骨格、何より、その行為に釣り合わないリーザの細腕。

リーザの愉悦におぼれる感想は――こうだ。まるで手の中のフィギュアのようだ。と。

 

「エレオノーラと比べて、頭一個分背が低いと、ちょうど首を掴み易いですわね」

 

そういうと、リュドミラをレンガの壁面に放り投げ、戦いの終了を宣言した。玩具に興味をなくして捨て去る小人のような仕草だった。

 

「情報を提供してくれた礼に、この辺にして差し上げますわ」

「ふ……ざけないで……」

「ミラ!」

 

せきこむリュドミラを介抱しながら、ソフィーはリーザを見据えていた。その瞳にどこか戦慄を帯びている。

ソフィーの見立てでは、純粋な力量技量はミラが上だと推測していた。以前、リーザはエレンに決闘を挑んだものの、全く歯が立たず敗亡した。そのエレンと互角のミラが負けるとは、誰が予想できたことだろうか?

 

「でも、今後わたくしの邪魔をするのでしたら……容赦しませんわよ?」

 

謡うようにそう忠告すると、戦装束のドレスと踵を返して去っていった。

 

「ミラ……彼女は一体どうしたのかしら?」

 

流石のソフィーも、赤い髪の戦姫が繰り出した怪力に、戦慄を覚えた。

恐ろしいのは彼女の力というより、その変わりようだというべきか。例え、エレンとの決闘で敗北を喫した悔しさをばねにして、たった1年であそこまで力がつくはずもない。竜の膂力と遜色ない、あの異質な剛力を――

 

「分からない。でも……ラヴィアスが一瞬だけど、警告していたわ。『あれは良くない力』だと」

 

「わたくしのザートも同じ反応を示したわ。『あの力は危険』だって」

 

(リュドミラ=ルリエ……流石ね。エレオノーラと互角だけあって、この『力』を以てもまだ彼女を圧倒できない)

 

事実、ミラは絞首刑に喘ぎながらも、戦慄を闘志に変えて竜具で反撃に出ようとしていた。こちらから放り投げてやらなければ、手痛いしっぺ返しを受けていたに違いないだろう。

 

――でも……わたくしはまけない!――

 

真逆の意志と瞳の色に『光』を宿して、空を見上げる。

 

――ルヴーシュの為に!何より自分自身の為に!――

 

NEXT

 

 

 


 
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