No.883976

紫閃の軌跡

kelvinさん

第91話 人は違えどイベントは繰り返す

2016-12-18 06:59:51 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2075   閲覧ユーザー数:1891

~トールズ士官学院 第三学生寮~

 

今日は自由行動日ということもあって、シャロンを除く殆どのメンバーが外出している中、アスベルは一人自室に籠っていた。今までの自由行動日のスケジュールとしては所属している調理部に行って料理に没頭していることが多いのだが、今日ばかりはそうしている余裕がなくなったのも一つの理由だ。そうなった経緯は昨晩……アスベルの持っているARCUSに一本の連絡が入った。その相手はアスベルも良く知る人物。

 

『このような時間にすまないね。下手をすれば盗聴されかねないという可能性も考慮させてもらったのさ』

「ま、お前の立場からすればそうだし、この先の事もあるからな。で、ただ世間話をしたくてかけたということではないみたいだけど」

『察しが良くて助かるよ』

 

そのあたりの連絡を貰い、朝早くに彼の知り合いから受け取った書類。それはその連絡相手―――オリヴァルト皇子から打診されていた『先日の礼』ということで受け取ったもの。それに素早く目を通し終え、自前で用意した封筒に放り込むと、それをミヒュトへと手渡した。

 

「ふむ、まぁお前さんにはかなり儲けさせてもらってるからな。この程度じゃ礼にもならんが……そうそう、『赤い星座』のことなんだが、どうやら帝国政府と契約を取り交わしたことは確実のようだ」

「そうですか。情報提供感謝しますよ、ミヒュトさん」

 

その後で自室に戻り、今現在の状況へと至る。現状考えうるプランでも下手を打つという事態はかなり低いが、ここらは確実に詰めておきたいところではある。何せ、こちらでも把握できているのはあと二ヶ月ちょっと……そこからは正真正銘の知恵比べになるのだから。

 

「あの人物がカイエン公に近しいというか、接近しているとなればほぼ確定なのは間違いないに等しい。……突飛してる部分は否めないが、こうならないと辻褄が合わない」

 

“碧”の時に発生しうるであろう超常現象。それに匹敵しうる事象がこのエレボニアでも発生する……でもなければ、早々に混乱を収めた時点でエレボニアはクロスベルに対して“宗主国の権限”という名目で保護という名の占領を行うのは明白。何せ、『幻焔計画』という大層な名前がついているうえに、このエレボニアにも『結社』の人間がいる。ルドガーに関しては不戦条約的な約束をしているので手は出さないとは思うし、自ら進んで敵対しようなどとはアスベルも考えてはいない。それはルドガー側のほうも同じ心境の事だが。

 

「ただ、お前に関しては早い段階で決着付けないと面倒なことになると思うぞ、ルドガーさんや」

「それはわかっちゃいるんだが……というか、よく気づいたよな」

「気配を必要以上に殺してたら、嫌でも気付くわ」

 

さっきまで一人しかいなかったはずの部屋に妙な違和感を覚え、それを実行できるのは良くも悪くも一人しかいないことにアスベルはため息交じりにその人物の名を呟き、その該当人物であるルドガーは苦笑しながらもアスベルに近づく。

 

「で、人の部屋にノックもせずに入ってきたからには、人に聞かれちゃマズい相談か?」

「そんなところだよ。今日オリビエのやつから連絡を貰ってな」

 

特別実習にも関わってくるであろう通商会議前日のスケジュールに関しての連絡―――それをルドガーから聞いたアスベルは考え込んだ。

 

「となると、今月の特別実習は予定通りということか。俺やルドガーに関しても例の場所の除外というのは理解した」

「アイツらの実力を不安視するつもりはねぇが、俺らが抜けて大丈夫か? 下手すりゃ“F”―――“緋水”も出てくるぞ?」

「セリカとリーゼロッテもそうだが、教官たちも『執行者』相手に出来るほどの実力は兼ね備えている。そのうちの一人がルドガーと元同職なんだし」

「まぁな……」

 

そもそもオリヴァルト皇子がルドガーに対して連絡していた事項はアスベルも既に聞いてはいたのだが、改めて聞かされたことで『そういえばそんなこともいっていたな』と思い返させてくれたことに内心感謝していた。とはいえ、今回の一件でオリヴァルト皇子も大胆な一手を打つことにはさしものルドガーですらため息が出るほどであった。

 

「まぁ、リベール側からはカリンさんとレーヴェがいるから特に問題はないが……ああ、そういやルドガー。次の通商会議絡みでもあるんだが、こないだヨシュアから連絡があってな」

「アイツからか? ……ま、アイツには久々に稽古をつけてやりたいから会うのは問題ないが」

「……通商会議前にクロスベルを地獄絵図にしないようにしてくれ」

「それを言わんでくれよ……」

 

 

ルドガーと別れたアスベルは一人学院に向かっていた。忘れ物という訳ではなく、ルドガーが部屋を出た後にARCUSの呼び出し音が鳴った。その相手というのは

 

『ハロハロー、アスベル。どうせ暇してるんでしょ?』

『開口一番に何ふざけたこと言ってるんですか。スコールさんに頼んで百倍プッシュコースにしてもらいますよ?』

『ヤメテ、ソレダケハヤメテクダサイ』

 

Ⅶ組の担任であるサラ・バレスタインその人であった。で、自由行動日に連絡を寄越したのには理由があった。それはここ最近の軍事水練においての男子のタイムの急激な伸びだ。その要因にナイトハルト教官が関わっているということは、その特訓を受けていたリィンから大まかの事情を聞いた。そのことを多分ナイトハルト教官から聞いていてもたってもいられなくなったのだろう。しかし、疑問は残る。

 

『それを頼むんならリィン辺りにでも頼めばいいじゃないですか』

『それじゃナイトハルト教官に勝ったと胸を張れないじゃない!!』

 

ようするに、自分なりのやり方であの教官の鼻を明かしてやりたい。なんともサラ教官らしい答えだろうと思いつつ、アスベルは二つ返事で了承した。流石にルドガーは誘わなかった、というか万が一の犠牲は一人で十分だ……そんなことを考えないといけないことにアスベルは苦笑せざるを得なかったが。

 

「ということで、サラ教官のふくs……もとい犠牲者(いけにえ)の皆さん、集まってくれて感謝する」

「いつにも増して身も蓋もないね」

「それについては否定しない。てなわけで、準備運動が済み次第水練にはいるけど、何か質問はある? あ、ちなみにミリアムはガーちゃん禁止だからな」

「ぶーぶー」

「えと、水練は具体的に何をするんですか?」

 

エマからの質問を受けて、アスベルは過去に自分が積んできた経験を基に水練を行う、と答えた。

 

というのも、これは今まで述べてこなかったことだが、裏の仕事の関係で正騎士・従騎士の教練を担当していた実績がある。アスベルのような特別な扱いを受けている騎士が自ら……と思うのも無理もないが、叩き上げ的にいきなり上司に配属された人間を快く思わない人間だっているのは世の常だ。それを解消する一環として、教官的な役割を担っていた。その辺りの知識の流用は転生前のものを使っているのでハードなのは言うまでもない。そのつながりで色々面倒事も増えたのだが、それは割愛する。

 

「ただ、ここにいる面子でも差が大きい部分があるからある程度は制限をもうけさせてもらう。ラウラやセリカあたりには申し訳ないとは思うが」

「いや、それに関しては仕方のないことだろう」

「ですね」

「じゃあ、早速泳ぐの?」

「泳ぐというよりは、鬼ごっこかな」

「え……」

「いや、二年前のようなアレにはならないからな、アリサさんや」

 

男性と女性では体格差という大きなハンデがある。なので、長時間泳ぐというよりはいかにして水の抵抗を極力うけない動きを得られるか、ということに終始することにした。女性陣の面々自体男性陣と比べて年齢層のばらつきがあるということもそうだが、変に真面目だとミリアムあたりが文句を言い始めてアガートラムなんぞだされても困ると判断した上での『鬼ごっこ』だ。

 

「あら、アンタにしてはマイルドね」

「全体の持久力に関してはどうしても男性陣に分がありますからね。ラウラやセリカに合わせようとしたら、確実に委員長の魂が抜けかねない」

 

ともあれ、最初の鬼はミリアム。本来ならば女性陣オンリーのはずなのに、なし崩し的に参加させられているアスベル。そして鬼がミリアムからセリカに変わった瞬間、セリカが真っ先に向かったターゲットは―――

 

「かくごぉ!!」

「だが、断る!!」

「何やってるのよ……」

「確かにルールを破ってはいないのだが……」

「やれやれ、だね」

 

アスベルだった。鬼が変わる時の動きはどう見てもセリカがわざと捕まりやすい様に速度を落としていたことから、鬼ごっこという口実の下にアスベルを捕まえようとしていることに思わずため息が出たアリサであった。そのアスベルは、なんとプールの水を蹴り上げて水壁を形成して阻止する始末だ。ルール上は抵触していないにしろ、最早二年前の鬼ごっこと何ら変わりないことにはラウラとフィーも同意見だったようだ。

 

で、その後はというと……

 

「………」

「えと、ごめんなさい」

「いや、膝枕してもらってる身分だから、もう怒ってはないんだけどな」

 

アスベルの自室のベッドの上でセリカの膝枕の世話になっているアスベルがいた。その後の展開としては、セリカが少しドジってアリサの水着を脱がしてしまうという事態になり、

 

『なにレイアみたいなことしでかしてんだ、お前はぁ!!』

『うにゃああああ!?』

『………(ポカーン)』

 

これにカチンときたアスベルが鬼でなくなったセリカを体半分以上水に浸かった状態のまま一本背負い。その際に水着越しではあるがセリカの体を触ってしまうというイベントなんていざ知らずとばかりに……プールの水面に綺麗に叩付けられたセリカは少し気絶。アリサをその後アスベルがきちんと慰めた後で、自室に戻ると今にも泣きそうなセリカがいて、

 

「責任取ります。私を躾けてください」

「何いっとんじゃい」

 

そして、今の状態に至る。

 

「まさか、レイアに匹敵しうることをお前がやるとは思ってなかったぞ。ま、その辺りもお前の元々の性格が関わってるんだろうけれど……ついでにオリビエの影響も」

「あははは………否定できません」

「ま、それに衝動的とはいえ、その過程で思いっきり触れちゃったからな」

「あ……その、アスベルだったから、そこまで気にしてませんでしたよ……」

「あ、はい」

 

後々この性格形成に携わったであろうかの人物へのお仕置きも考慮に入れたほうがいいのではないかと切実に考え始めたアスベルであった。そして数日後、特別実習前恒例ともなった実技テストのお時間なのだが、今回はアスベルとルドガーはグラウンドにおらずそれ以外の14人がテストでしのぎを削っている中、その当該の人物らは学院長室にいた。その部屋にはアスベルとルドガー、ヴァンダイク学院長と彼らを呼び出した人物―――紅の着飾った服を纏った金髪の青年もといオリヴァルト皇子の姿もあった。

 

「すまないね、学院長。このような時期だというのに無理なお願いをしてしまって」

「いえ、これから大変なのは理事長の方でしょう。彼らの件については以後お任せします」

 

「ま、俺らはどのみちガレリア要塞に入るのは厳しいから致し方ないが、アスベルはいいのか?」

「正直何が起こるかわからんけど……ま、下手に危ない橋渡るよりはいいだろう。そういえば、今月の実習先はどうなってます?」

「二人にはレグラムへ行ってもらう形になる。サラ君からは聞いたけど、同じ班はリィン君、ラウラ君、セリカ君、ユーシス君、ガイウス君にエマ君、それとミリアム君になるね」

 

表向きはオリヴァルト皇子からの『依頼』ということにはなっているが、ルドガーは『結社』の関係上、アスベルは『王国軍』の関係上軍事機密に触れかねないガレリア要塞への立ち入りはできないのも無理はない話だ。とどのつまりはほぼ〝原作”にのっとった形となるだろう。ただ、アスベルやルドガーの知るレグラムとは若干様相が異なるのでその限りではないが……一番の大きな違いはレグラムがリベール王国領だということだ。

 

「さて、話は終わったといいたかったんだけど……どこか落ち着いて話ができる場所はないかい?」

 

学院長室を出たアスベル、ルドガー、そしてオリヴァルト皇子の三人だったが、そこで皇子が話がしたいということでそのまま学院の屋上へと向かうこととなった。幸い屋上には誰もいなかったので話をすることとなった。そこで、アスベルは事前に掴んでいた『赤い星座』と帝国政府がらみのことについても合わせて話した。念のために筆談しつつの雑談であり、認識阻害の法術も施している。こういったこところでの便利さにはさすがのアスベルもありがたいとは思った。

 

「成程ね……かの御仁がそのようなことを…というか、そこまで掴んでおいて追及しないということはその先も睨んでいるというわけだ」

「まぁ、その勢いに乗じて皇子殿下には彼を徹底的に追及してもらえれば、王国としても願ったり叶ったりなので」

「スキャンダルってレベルじゃねえけどな……てか、アスベル。下手に干渉すれば“不戦条約”に抵触するんじゃねえのか?」

 

ルドガーの言うことももっともだろう。現状描いているプランをそのまま実行すればその条約の提唱国が矛盾を働いたと両国からの追及は来るであろう。無論、それに対するプランはすでに構築済みだ。

 

「まぁ、そのためにシオンに働きかけてもらうし、そもそも“不戦条約”自体奴さんらからすれば『努力義務』程度にしか考えていないのも事実……けど、その布石はすでに整えてある」

 

この世界の常識的なものでいえば、条約自体一つの完成形……それはアスベルらの転生前の世界でも同じことだ。なので、この条約の締結の際に書かれている条項が一つ存在する。不戦条約附則―――全二十三条からなる本則とは異なり、全八十条にわたって自治州運営に関わる努力規則がほとんどだが、その末項である第八十条には以下のように記載されている。

 

 一、本則・附則の改定は共同提唱国である二国の同意が必要である。

 二、附則の効力発行を最低一年後、最長五年以内とする。その時期は共同提唱国である

   リベール王国ならびにレミフェリア公国双方の同意をもって条約締結国に通知することとする。

 

「で、それを使ってこの附則に改訂を加えて施行するんだけど……これぐらいは言っても問題はないか。附則の改定案は国境を越えて活動する国際犯罪組織、またはそれに準ずる組織・団体・企業の情報共有義務の厳格化。まぁ、ルドガーに関しては下手に手を出したくないので『見なかったこと』で済ます予定だけれど」

「まぁ、ルドガー君のことは僕も聞かなかったことにしておくよ」

「露骨に優しすぎて……あれ、目から汗が」

 

『結社』や『猟兵団』という括りにしなかったのは過去のリベールで起きた件もある。そして、そのルールを適用できれば罰則規定はなくともエレボニア帝国が同じ大国であるリベール王国の名誉を傷つける背信行為を行ったとみなされる公算が高くなる。……無駄に考えることが多くてこのところため息ばかりついているような気がしなくもなかった。


 
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