No.87913

受け継がれし、幾多のもの

望月 霞さん

短編第6弾です^^
一番最初に上げさせていただいた前のお話となります。
テーマは思い出せません。 なんだったかなぁ;;
今回も楽しんでいただければ幸いです^^

2009-08-03 01:09:44 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:600   閲覧ユーザー数:565

 明くなき空が目にしたもの。

 

 湿る大地が手にしたもの。

 

 どちらも耐えがたく苦しい、でも大切なもの。

 

 人々が夢に見し、永遠の願い。

 

 美しき姿を望む国。

 

 欲望に塗れし愚かな輩。

 

 全てはたくましき王の運命 (さだめ) の中にあり。

 

 全ては神の御意思の中にあり。

 

 

 パチパチパチパチパチ。 おおー、という喧騒の中から、手を叩く音が隅から隅へと響き渡る。 円状に唸っている拍手は、その中心にいる男へと捧げられていた。

 「ご清聴、感謝いたします」

 「いやいや! 立派な歌声だねぇ。 まさかこんな田舎村に、楽師がいらっしゃるなんてさ」

 「恐れ入ります」

 と、その実は大してそう思っていなさそうな口調で言う、吟遊詩人。男の顔は、目深いフードで覆われており、髪も短髪なのか後ろで束ねているのかがわからない。 だが、スラリとした体格に長身という容姿が、彼の気品のよさを引きだしていた。

 「ところで、宿は決まってんのかい? もしよかったらウチに来ないか」

 「何を! ウチのほうにおいでなよ」

 「バカ言ってんじゃないよっ。 うちに ――」

 「いえ。 申し訳ありませんが、もう決まっているのです」

  と、見知らぬ吟遊詩人のことが気に入ったらしい奥方たちは、自分の家に来てもらおうと様々に誘う中、彼女たちを制するひと言を放つ。 その言葉に敵うはずもなく、かつての若さを思いだしていた淑女たちは、いい旅をしなよ、と口にし、しぶしぶ帰っていった。

 残った紳士たちは、複雑になりながらも彼をもてなし、食事と酒を振舞った。 食卓には、彼を含め、3人の男たちで盛り上がる。

 「しっかしまぁ、山まで行かないでよかったな。最近は魔物たちがうろうろしてるし、何より薄暗い。 ここいらも大変でねぇ」

 「……? この村には確か、 『水の剣士』 か 『水の巫女』 がいると噂で聞いたのですが」

 「おや、どこで知ったんだい? そんな話」

 コトンッ、と吟遊詩人の前には中ジョッキのグラスが置かれた。 それを持ってきたのは、30代半ばにさしかかるかぐらいの女性。  ワイルドな雰囲気が似合う、なかなかの美人である。

 「その話、この村に住む人間以外は知らないとばかり思ってたよ」

 「どうも」

 「グ、グレイス! 何でここに!?」

 「なにさ? 嫉妬かい? あはは、ちゃんとあんたたちのも持ってくるよ! ちょっと待ってなって」

 「そうじゃない! まだ家に帰ってないのか!?」

 「ここにいるってことはそうだろう」

 「お前なぁ」

 「何、ちゃあ~んと息子にも手伝わせているさ。 心配すんなって」

 バシンッ!! と、酒を出された男の隣にいた村人は、その衝撃に耐え切れずテーブルへと打っ潰してしまった。 そんな様子を見た連中は、ゲラゲラと笑いの渦を作り出す。

 「はははっ!! 相変わらずだな、グレイスは。 下手な野郎よりも強ぇぜ」

 「まったくだ。 詩人さんよ、女を見るときゃ気をつけなよ」

 「それ、母ちゃんに聞かれないようしにしろよ。 おっちゃん」

 「うおっ!? ―― なな、何だ、クガクじゃないか。 脅かすなって」

 「たまたま通りかかっただけだって。 母ちゃんならあっちにいるよ?」

 「い、いや、いいって」

 と、大の大人である村人が、みっともなく怖がっている。 しかし、グレイスの息子であるクガクも、彼女がその辺にいる普通の母親ではないことぐらい承知しているのだ。

 こんな何ともおかしい境遇に育った彼は、どうあがいても似るものである。

 「ほれ。 お前もこの方に挨拶しなさい」

 「ん? あっ、さっきの楽師じゃんか」

 

  ごべしっ!!

 

 「いって~……」

 「馬鹿! 失礼だろうっ!!」

 「いえいえ、お構いなく。 元気な坊やで何よりですよ」

 「なっ……!? お、俺は坊やじゃねぇよ!!」

 「何だい何だい、騒々しいねぇ」

 と、村人に殴られてしまったクガクが、吟遊詩人の言葉に血が上ったとき、ちょうどよいタイミングで母親がやってくる。  手に持っていたものを置きながら、今の状況を見たグレイスは、一瞬で場を理解し、

 「ん~、クガク。 今日はもう大丈夫だから、楽師さんにお礼を言って家路につきな」

 「――― ……。 ちぇ、わかったよ」

 「わかったなら、ほぉれ!」

 と、親らしいこと言いながらも、彼女は息子の首根っこをつかみ吟遊詩人の前へと差し出す。  こんなありえない光景を目の当たりにした楽師は、少々あっけに取られたが、つまみ上げられた当人は慣れているらしく、ふくれっ面になりながらも礼を言葉にする。 その後は、母親の言いつけどおりに、頭をかきながら帰って行った。

 「悪いねぇ、詩人さん。 あの子、ちょっと照れ屋でね」

 「つーか、今いくつだっけ?  クガクは。 今年で14になるんだろ? 何でそんな子を片手で持ち上げられるんだ、お前……」

 「あんたらとは鍛えかたが違うんだよ。 鍛えかたが、さ。 ―― それで、どうするんだい? つまみと酒、持ってきたけど」

 「私はそろそろお暇致します。 ご馳走様でした」

 「あれ? もう行っちまうのか……。 そうかぁ、世界を駆巡る旅人だもんなぁ」

 「ふふ、こちらの地は初めてでしてね。 私のほうこそ、楽しませていただきました。 ありがとうございます」

 「いやいや! こちらこそ楽しませてもらったよ。 あんたでよければ、またこの村に寄ってくれや」

 「はい。 機会がありましたら、また」

 と言った吟遊詩人は、テーブルの上にあった竪琴を持ち、その場を立ち去って行ったのだった。

 

 

 田舎の村では珍しい尋ね人である吟遊詩人は、うっとおしそうにかぶっていたフードを引き剥がすと、後ろ髪を月の光に見せながら歩いていく。 その先には、樹齢何百年と思われるほどの巨大な木があった。

 「さて。 今日はこの上で寝るか」

 と言うと、男は瞳を閉じ、静かに天を仰いだ。 するとどうだろう、詩人の体は、ふあり、と浮かび上がり、巨木の一番低くかつしっかりした枝へと降り立ったではないか!

 ……男はそのまま、先ほど立ち寄った村へと目線を向ける。

 「しかし、目当ての人間がよもやあんなガキとは思わなかったな ―― っとと?」

 一種の愚痴をこぼしかけたところに、彼の目に金色の光がチラリ、と映った。 よく目をこらして見ると、何と、グレイスの姿であった。 男はさも驚いた様子は見せず、再び地面へと足をつける。

 「やっぱりこの辺にいたんだね」

 「さすがは水の剣士殿。 よくおわかりになられた」

 「あんたの種族は特別に魔力が強いからね。 それよりどうだい? うちの息子を見た感想は」

 「正直あんな子供とは思いませんでしたよ」

 「はははっ、そりゃそうだろうね」

 と、笑いながら言う彼女の手には、小さなボトルが握られていた。 それを、吟遊詩人へと投げつける。

 「湖の水だよ。 酒気を飛ばすにはちょうどいい」

 「それはどうも丁寧に。 ところで、どうされました。 このような夜更けに女性ひとりで」

 「はん。 意地悪なことを言う。 ―― 少し話がしたかっただけさ」

 サァッ、と、風が話を遮る。 だが、その間は、口惜しくも流れさっていく。

 「……これだけはハッキリとしておきましょう。 私は彼を認めない。 そんな気は、さらさらない」

 「別にいいさ。 それはあんたの感情だろう。 ただ、これから起こることに陰ながら手助けしてほしいんだよ。 ……夫も、きっとそう望んでる」

 「…………」

 「王位継承とか血筋とか、あるいは力の在り処なんて、あたしにはどうでもいい話なんだよ。 そんなものはあんたが継げばいい、そのほうがそっちの国にとってもいいだろうし、ね」

 「…………」

 「ただ、クガクには幸せになってほしい。 親が子供に願う、あたりまえの願いさ」

 「……事は、光の如く目まぐるしい。 いずれ、否応なしに巻き込まれるでしょう。 それでも?」

 「ああ。 そして、あんたにもそうなってほしい。 血は繋がっていないけど、肉親になったんだからね。 ―――― それに」

 「それに?」

 ふぅ、と、グレイスは1回話を切った。 まだ色々と言い足らなさそうな彼女だが、時間はもう深夜へと回りつつある。  いくら13の息子といえども、これ以上は家を空けるわけにもいかない。

 「光の如くじゃあない。 強いて言えば音速のような感じだ。 そう、まるで夢物語から始まる、大いなる旅立ち……」

 「夢物語? いったいどういうことですか」

 「物事はそんなに早く起こるわけじゃないってことさ。 焦りすぎだよ? コウ君」

 「―― っ!!」

 「あははは、こんなことで動揺するんじゃないよ!」

 手をヒラヒラ振りながら、彼女はそのまま吟遊詩人 ―― コウと呼んだ青年に対して、無防備な状態で歩き出した。 それから数歩歩いたところできびすを止め、

 「忘れんじゃないよ? 音速の夢も水も魔力も、全ては流れのままなんだ。 それが光速の夢になった日には、全てが滅ぶ」

 「……まるで理解できませんな」

 「今は、ね。 おそらく、あんたの父親もそうだ。 急ぎすぎで、結果だけを求めるだろう?」

 「――― ……」

 「これは 『声』 の警告でもあるけど、あたしからでもある。 頭に叩き込んでおきな」

 と、謎めいた言葉を残し、彼女は自宅に向かった。 ……残されたコウは、今の言葉と自分の存在を、改めて考えながら夜を明かすこととなる。

 

 全ての出来事が音速の夢であり、光速の夢ではない。

 

 

 その言葉の意味を知るのは、今宵村人たち捧げた、吟遊詩人の歌だけが知っていた。

 


 
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