No.87538

真・恋姫無双 蒼天の御遣い11

0157さん

遂に出てしまった・・・あのソフトが・・・

果たしてあの誘惑に勝って、この作品を書き続けることが出来るのだろうか?

悪魔:「何言ってんだよ~、こんなの書いててもしょうがないだろ~?こんなのは止めて、新しく出たアレをやっちまおうぜ~」

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2009-08-01 05:18:31 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:43104   閲覧ユーザー数:28555

パシャ

 

降りしきる雨の中、クツが水溜りを踏みつけ泥水が飛び散った。

 

女性は重い足取りで、一歩一歩と山の中を歩いている。

 

その体はいたるところに傷がついており、そして、その左腕はだらりとぶら下がっていて、そこから血がポタリ、ポタリとしたたり落ちていた。

 

「ふぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・・はぁ・・・・・・」

 

女性は重い身体を引きずりながら、一歩ずつ歩を進める。

 

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・くっ!」

 

時折、感じる激痛に顔をしかめるが、その足が止まることはなかった。

 

大した胆力である。普通ならその場で倒れていてもおかしくないほどの怪我を負っているのだから。

 

それでも、流れ落ちる血と雨粒は確実に女性の体温を奪い、歩くたびに体力が失っていった。

 

その女性は深い後悔の念にさいなまされていた。

 

もっと部下の進言を聞き入れていればよかった。

 

もっと娘の言葉を信じていればよかった。

 

そしてなにより、もっと慎重になるべきだった。

 

悔やんでも悔やみきれない。そのせいで、多くの部下を、戦友を失ってしまったのだから。

 

だから、ここで倒れるわけにはいかなかった。散っていった多くの仲間たちのためにも、自分は生き残らなければならない。

 

その決意を糧として、女性はさらに歩を進めた。

 

この山を越えれば、そこで陣を張っているであろう味方にたどり着くはずだ。数多の戦場を駆け抜けた彼女は、これぐらいの予想は容易にできた。

 

しかし、女性はその足を止めざるおえなくなった。

 

(・・・私としたことが・・・・・・うかつだった)

 

いつの間にか、自分は包囲されていたのだ。周囲は不穏な気配に包まれている。

 

いつもならとっくに気がついているはずの距離だが、怪我で意識が散漫になってたのに加え、雨という悪条件が重なっているのだ。仕方のないことだろう。

 

恐らくは待ち伏せをされていたのだ。でなければ、いくら自分がこの状態とはいえ、包囲されるまで気づかないなんてありえない。

 

やがて、周囲から敵兵の姿が現れた。全員、手には槍を構えており、どこからでも対応できるように警戒している。

 

思わず舌打ちをした。こちらが手負いだと見て油断してくれれば、少しは活路が見出せたかもしれないが、これでは無理そうだ。

 

そして、男の指揮官が姿を現した。

 

「まさか、その状態でも動けるとは・・・驚きましたよ、孫堅」

 

「・・・何者だ」

 

女性――孫堅は彼らの指揮官に向けて言った。

 

「ご存知ありませんか?私は黄祖という者です。劉表軍では一軍の将なのですが・・・」

 

「そんな名は知らん」

 

孫堅はあえて黄祖を挑発するように言い放った。もし、奴が怒って前に出たりすれば、そいつを人質にして逃げることが可能だと思ったからだ。

 

しかし、黄祖は眉をひそませはしたが、すぐに余裕の笑みを浮かべた。

 

「・・・まぁ、いいでしょう。いずれ、その名は大陸中に知られるでしょうから」

 

そう言って、黄祖は語りだした。

 

「『江東の虎』と呼ばれる貴方を討てば、私の名声は大陸全土に広がることでしょう。そうすれば、私の立身出世は思いのままだ。いずれは、太守・・・・・・いや、王になることだって不可能ではない!」

 

心底、嬉しそうに自分に都合のいい未来予想図を語る黄祖を、孫堅は侮蔑の視線で見ていた。

 

何てことはない。こいつも金で官位を買っているやつらと同様、自分の地位や名声にしか頭にないのだ。

 

こんな奴の出世のために首を差し出すなど業腹だ。孫堅は何とか動く右腕で、孫呉の王の象徴、『南海覇王』を鞘から抜き取った。

 

「おや、まだ戦う気ですか?おとなしくしていれば、人質として生かしてあげようかと思ってましたのに。これでは仕方ありませんね」

 

そう言うと、黄祖は片手を上げた。

 

すると、周りの兵士たちから急激に殺気が膨らんだ。黄祖がその手を下せば、孫堅は周囲の兵士たちに串刺しにされてしまうだろう。

 

(・・・・・・もはや、ここまでか)

 

孫堅はどこか諦観した気持ちで周囲を見回した。

 

頭に思い浮かんだのは、古くからの戦友の顔。そして、娘たちとその仲間たちだった。

 

悔しいとか、そういう気持ちは全くなかった。娘たちが私を殺したこいつを絶対に生かしてはおかないと分かっているからだ。

 

そう思うと、なんだかおかしくなった。こいつは私を殺した瞬間、自分の死も確定してしまうのだから。

 

「・・・・・・何を笑っているのです?気でもふれましたか?」

 

「いや・・・貴様のことを少しだけ哀れに思っただけだ」 

 

黄祖はわけが分からず、怪訝そうに孫堅を見た。

 

「・・・まぁ、いいです。あの世でせいぜい哀れんでてください」

 

「ああ。あの世で酒でも飲みながら、貴様のアホ面でも眺めているとする」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

黄祖は何も言わず、上げた手を下げようとした。しかし・・・・・・

 

ガサッ

 

突然、茂みの向こうから何かが飛び出てきた。

 

『っ!?』

 

全員の意識がそっちに向いたのを感じ取った孫堅は、最後の力を振り絞り、手近な兵士に切りかかった。

 

ザシュッ!

 

「ぎゃあっ!」

 

兵士を切り捨てた孫堅はそのまま通りぬけ、包囲を脱した。

 

「なっ!?おのれ、悪あがきを!」

 

黄祖がいらついた口調で兵たちに指示を下した。

 

兵たちはすぐさま、包囲から抜け出した孫堅を取り囲む。ただし、今度は孫堅がやや大きめの木を背にしていたので半包囲という形になった。

 

黄祖は兵士たちに警戒するように言うと、茂みから出てきたものを確認する。

 

それは黒くて大きな何か・・・・・・馬だった。そしてその隣と背には雨よけの外套(マント)を羽織った何者かが二人いる。

 

「・・・・・・黒兎が突然、進路を変えるから何事かと思ったけど・・・随分と面倒な場所に出たな」

 

隣で馬の手綱を引いていた者がそうつぶやいた。

 

外套の頭を覆う部分が顔半分を覆っているため、顔はよく見えなかったが、声で男だということが分かった。

 

「なんだ・・・ただの旅人でしたか」

 

黄祖はその者たちを値踏みすると、その黒馬に目がとまった。

 

(旅人ふぜいにしては、なかなかに見事な馬を持っているではありませんか)

 

黄祖は内心、笑みを浮かべると、わざといかめしい顔をして旅人たちに怒鳴りつけた。

 

「君たち!何てことをしてくれたのです!」

 

「・・・?」

 

「あなた方が急に飛び出してくるから、我が隊の兵に被害が出たではありませんか!」

 

「はぁ・・・」

 

「代償としてその馬をよこしなさい。そうすれば、この件は不問にして差し上げましょう。・・・従わなければ・・・・・・分かってますね?」

 

「黄祖!貴様っ・・・!」

 

孫堅が声を張り上げるが、周りの兵士に槍を突きつけられそれ以上のことが出来なかった。

 

歯がゆかった。万全の状態だったら、こんな奴らなんか八つ裂きにしてやるのに。

 

「貴方は人の心配をする余裕なんかないでしょうに」

 

黄祖は孫堅をせせら笑うと旅人たちに向き直った。

 

「さあ、とっととあなたの連れをその馬から降ろして、どこへなりとも行きなさい。今ならまだ見逃して―――」

 

「断る」

 

辺りが静寂に包まれた。

 

「・・・・・・は?・・・・・・今なんと?」

 

「断るって言ったんだ。こいつは誰かにあげられるものでは無い。それに黒兎だって、あんたみたいな奴を乗せるのはお断りだって言ってる」

 

黒兎という馬はまるでその男の言葉に同意するかのように、うなずいたように見えた。

 

ともあれ、馬鹿にされたと思った黄祖は、孫堅を半包囲したので余った兵士二人に命令した。

 

「・・・・・・殺しなさい。馬は無傷で手に入れるように」

 

兵士は命令を忠実に遂行すべく、槍の穂先を男に向けた。

 

それでことが済んだと思ったのか、黄祖は孫堅に向き直った。

 

「さて、次は貴方の番ですよ」

 

「・・・・・・・・・・・・っ!!」

 

孫堅はそれだけで人を殺せるような鋭い眼差しで黄祖を睨みつけた。

 

しかし、圧倒的優位にいるからか、黄祖はそれほどひるむことはなかった。

 

「おお怖い。そんなに心配なさらなくても、貴方もすぐにあの者たちの後を追わせて―――」

 

「ぐわっ!?」 「ぎゃあっ!?」

 

突如、二人分の悲鳴が聞こえた。しかも、その声にあの旅人の声は入っていない。

 

黄祖が振り返ると、そこには倒れ伏した自分の兵士と、その間を悠然と立つ男の姿だった。

 

その男の手にはいつの間にか白銀色に輝く棒のようなものが握られていた。

 

「・・・・・・気に入らないな」

 

唐突に、男がつぶやいた。

 

「重傷人ひとりを相手に・・・にい、しい、ろお・・・・・・十二人?おまけに変な言いがかりをつけた挙句、従わなければ殺すなんて・・・いつからここの国の兵隊は賊に成り下がったんだ?」

 

男がそう言うと、いきなり孫堅を囲んでいた兵士に襲い掛かった。

 

背後から襲われた兵士は何の抵抗も出来ないまま昏倒させられる。

 

「助太刀する」

 

一気に三人ほど倒した男は孫堅に向かってそう言った。

 

「な、何をしているのです!?は、早くこの者たちを殺してしまいなさい!」

 

黄祖が慌てて命令すると、兵士たちも我に返ったかのように槍を構えた。

 

孫堅もいきなりの援軍に呆然とするが、今は目の前の危機を切り抜けるのが先決だ。

 

「・・・感謝する」

 

短く男に礼を述べると、木に背を預けながら右腕で南海覇王を構えた。

 

それからは圧倒的だった。男はありえないほど素早い動きで敵を翻弄し、次々と敵を打ち倒していった。

 

孫堅の方にも一人、二人ほど向かってきたが、たった一合防いだだけで男がその者を倒してしまう。

 

ふと、周りに目をやると、いつの間にかすべての兵が倒されていた。残っているのは黄祖のみだ。

 

黄祖は自分の手勢をすべて倒されてしまい、顔を青ざめさせていた。

 

男がゆっくりと黄祖に向かって歩いていくと、黄祖は後ずさりしながら、しきりに何かないかと首を動かした。

 

すると、その視点がある所で止まった。その途端、いきなりその方向に向かって走り出したのだ。

 

その先には、黒兎という馬と、その背に乗っている男の連れがいた。

 

「その馬をよこせぇぇぇーーーーーっ!」

 

黄祖が叫びながら男の連れに襲い掛かろうとする。が・・・・・・

 

グシャッ!

 

黒兎が後ろ足で思いっきり、黄祖の顔を蹴りつけた。

 

黄祖は歯や鼻血を撒き散らしながら、綺麗な放物線をかいて飛んでいき・・・・・・地面に落ちた。

 

「ふぅ・・・怪我はないか、雫?」

 

男は軽く息を吐くと、連れの名を呼んだ。

 

「私はありません。黒兎が守ってくれました。一刀様は?」

 

「俺も無いよ。・・・あなたはだいじょう・・・・・・ぶなわけないな?」

 

一刀という男は孫堅を見るや、そう確認する。

 

「はは・・・・・・そうだ・・・な・・・・・・」

 

孫堅は苦笑を漏らした途端、視界がぼやけてきた。

 

さっきまで無茶をしていたツケが溜まっていたのだろう。体中から力が抜け落ちていくのを感じた。

 

「っ!?雫!急いで手当てをっ!」

 

「はいっ!」

 

薄れていく意識の中、孫堅は彼らのその言葉を最後に意識を手放した。

 

 

一刀たちは洞窟の中にいた。

 

あの後、簡単な応急処置を済ませると、雫が『ここでは本格的な治療が出来ません。体にも悪いですし、どこか雨をしのげるところに移動したほうがいいです』と言ったのだ。

 

それで探そうとしたのだが、黒兎が突然あらぬ方向へ歩いていった。

 

一刀たちは黒兎を追いかけると、そう離れてない場所にちょうどいい洞窟があったのだ。

 

どうして黒兎はこの場所を知っているんだ?と思ったが、分からないので深く考えないようにした。恐らくは野生の勘か何かなのだろう。

 

もしかしたら、黒兎は最初からここに行こうとしたのかもしれない。そう考えれば突然進路を変えたのにも説明がつく。

 

とにかく、一刀たちはそこで彼女の治療をすることにした。

 

荷物の中から包帯や薬など様々なものを出して治療をほどこしていく。

 

「・・・・・・どうなんだ、雫?」

 

しばらくして、一刀が女性の容態を尋ねた。

 

「・・・・・・大丈夫です。ひどい怪我ですが何とかなります。ですが・・・」

 

「・・・言ってくれ」

 

雫が言いにくそうに口をつぐんだのを見て、一刀は先を促した。

 

「・・・・・・この左腕はもう駄目です。腱(神経)が断たれてしまっています。ですから早いうちに適切な処置をしないと・・・」

 

その言葉で一刀は分かってしまった。この場合の適切な処置とはすなわち・・・・・・・・・腕を切除することだ。

 

この時代に外科医術なんてものは無い。概念としてはあるようだが、それでも切れた神経をつなぎ合わせる技術なんて千年以上も後のことだ。

 

それに、この傷は放っておいたら腐ってしまう。そうなれば、膿が全身に広がりはじめ、この女性は助からなくなるだろう。

 

そうなる前に、体の血がまだ綺麗なうちに、直る見込みの無い腕を切除しなければならないのだ。

 

「・・・・・・一刀様」

 

雫が申し訳なさそうに一刀の名を呼んだ。

 

分かっている。自分がその役をやらなければならないのだ。

 

雫の力では腕は切れないし、それに、一刀の聖天を使えば誰よりも正確に腕を切断することが出来るだろう。

 

しかし、一刀はためらってしまう。いくら治療のためとはいえ、相手に無断で腕を切ってしまっていいのだろうかと。

 

相手が目を覚ましたとき、いつの間にか自分の腕が無くなっていたら、強いショックを受けるのでないか?

 

「・・・・・・かま・・・わん」

 

一刀が葛藤していると、不意にその女性が口を開いた。

 

「・・・聞いてたのか?」

 

彼女はうなずくと、途切れ途切れに話し出した。

 

「予感は・・・していた。・・・この腕は助からないと。・・・だから・・・覚悟は出来ている。一思いに・・・やってほしい・・・」

 

「・・・・・・分かった」

 

その言葉に、一刀は悲壮な決意で聖天を手に取った。

 

木の棒が瞬く間に白銀色に輝きだしたのを見て、彼女は弱々しく笑った。

 

「・・・何とも・・・珍妙な武器だな」

 

「安心していい。この武器の切れ味は恐らく世界一だ」

 

「ふふ・・・そうか」

 

雫が彼女の体を起こし、その左腕をちょうど肩の高さと同じくらいの岩の上に置いた。

 

「・・・一刀様」

 

雫が彼女に巻いた布を口にくわえさせて、準備が出来たことを伝えた。

 

一刀がうなずくと、聖天を目の前にかかげるように構えて、集中した。

 

すると、聖天の輝きがひときわ大きくなる。

 

「・・・・・・いくぞ・・・」

 

一刀がそう告げると、女性がうなずいた。その瞳には力強い決意が感じられる。

 

「・・・・・・・・・ふっ!」

 

一刀はその決意に敬意を表して、自分の持つ最高の一撃で聖天を振り下ろした。

 

 

荊州にある襄陽(じょうよう)の城では戦闘が行われていた。

 

城門は固く閉じ、城壁の上には物々しい格好をした兵士が目を光らせながら警戒をしている。

 

そこから数里離れた場所に、呉軍の陣地があった。

 

陣内はあわただしく、将や兵、誰一人も例外なく落ち着きをなくしていた。

 

「まだか!?まだ孫堅様は見つからんのか!?」

 

孫堅に恭順した豪族たちのうち、一人が声を張り上げた。

 

「そんなの言わなくても分かるだろ!見つかったなら、いつまでもここにとどまってる訳ねえじゃねえか!」

 

もう一人が苛立ちげに口にすると、それが頭にきたのか、言われた男はその男を睨みつけた。

 

「何だと!貴様!」

 

「やんのかコラッ!」

 

男たちが口々に罵り合っていると、それを見た周りの者たちも何事かと不安そうに足を止めた。すると・・・

 

 

 

『静まれっ!!』

 

 

 

頭を響かせるほどの凄まじい大音声が彼らを襲った。

 

声の元をたどると、そこには孫堅の娘、孫策が立っていた。

 

その怒りは凄まじく、彼らは蛇に睨まれた蛙のごとく、硬まってしまう。

 

孫策は彼らに歩み寄ると、手に持っていた剣を彼らの喉元に突きつけた。

 

「「・・・・・・っ!?」」

 

「みだりに軍を騒がす輩は、我が母、孫堅に代わりこの孫策が斬るっ!分かったかっ!」

 

彼らは悲鳴を上げることすら出来ずに、何度もうなずくことしか出来なかった。

 

「分かったなら、さっさと自分の持ち場に行けっ!お前たちもだっ!」

 

孫策が周囲にいる者たちを見て一喝すると、彼らとその周りにいた者たちは、クモの子を散らすかのようにそれぞれの持ち場に戻っていった。

 

「雪蓮」

 

不意に、孫策のことをそう呼ぶ人物が現れた。

 

「冥琳・・・」

 

その者は周瑜――冥琳だった。

 

「・・・平気か?」

 

冥琳は気遣わしげに孫策――雪蓮に尋ねた。

 

「・・・・・・平気じゃないわよ。だって、私のせいで母様は・・・」

 

「誰のせいでもない。いったい誰が予想できたというのだ?戦の最中に土砂崩れが起きるなど・・・」

 

「それでも、何か嫌な予感がしてたの。それなのに私は母様を説得できなかった・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

雪蓮が沈痛な面持ちで言うと、冥琳は黙り込んでしまった。

 

あの時は戦の最中、急に豪雨が降ってきたのだ。

 

ろくに目の前も見えない状況下、部下たちはそろって孫堅に停戦を願い出た。

 

しかし、孫堅はこれを好機とみて、劉表軍に突撃を敢行したのだ。

 

そしてその時、突然、横合いから孫堅の隊をまきこむ形で土砂崩れが起きた。

 

敵の策の可能性は限りなく薄いはずだった。そうであったなら、呉軍の優秀な斥候――甘寧や周泰――が気づかないはずがないのだから。

 

つまり、これは天災だ。本来ならすぐさま、孫堅を助けに行かなければならないのだが時期が悪すぎた。

 

あまりに狙いすましたかのような土砂崩れを見て誰もがこう思った。『これは敵の策だ』と。 

 

冥琳でさえそう思ってしまったのだ。だから、相手が攻勢に出てくるのを警戒してしまった。

 

浮き足立った兵では、その損害は計り知れない。そう思った彼女たちは孫堅の救出を断念して軍を後退させたのだ。

 

それが敵の策ではないと気づいたのはつい先ほど。劉表軍に動きがないという報告を聞いた後のことだった。

 

それでも、相手も何かを感づいているようだった。斥候の報告ではいくつかの部隊が山の中に入って行くのを見たらしい。

 

孫堅はまだ生きている。彼女たちはそう信じて、甘寧と周泰、陸遜に主君の捜索を命じたのだった。

 

「・・・・・・祭はどうしてる?」

 

雪蓮は冥琳に尋ねた。

 

「ある程度は落ち着いている。それでも、最初に比べれば・・・だが」

 

「まったく・・・祭も捜索に加えさせてあげればいいのに」

 

「ここをカラにするわけにもいかないさ。それに祭殿のあの様子ではまともな捜索など出来るはずもない」

 

「ほんと、嫌になるくらい冷静なんだから」

 

「それが軍師にとって必要なことだからな」

 

雪蓮が苦笑まじりに言うと、冥琳も自嘲気味にそう言った。

 

その時、伝令の兵士がものすごい勢いで転がるようにやってきた。

 

「そ、孫堅様が・・・み、見つかりました・・・」

 

伝令は息を切らせながら報告する。

 

「それは本当かっ!?」

 

その報告に声を上げたのは雪蓮でも冥琳でもなかった。

 

二人が後ろを振り向くと、そこには黄蓋――祭がいた。

 

祭は二人を押しのけ、伝令に詰め寄るとその両肩をつかんだ。

 

「本当にっ!本当に堅殿が見つかったというのかっ!?」

 

「こ、黄蓋様・・・痛っ!?」

 

「ええい!さっさと言わぬか!堅殿は・・・水蓮は無事なのか!どうなんじゃ!」

 

祭が伝令を猛烈に揺さぶりだしたのを見て、二人は慌てて祭を止めに入った。

 

「祭、落ち着いて!」

 

「そうです落ち着いてください、祭殿!それでは話が聞けません!」

 

二人に諭されて、やっとのことで祭は止まった。

 

しかし、報告に来ていた兵士はすでに白目をむいていて、とても報告が出来る状態ではなかった。

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

「な、何じゃ二人して・・・」

 

二人はジト目で祭を見た。伝令の報告を聞きたかったのは祭だけではないのだ。

 

「祭殿・・・水蓮様の安否が気になるのは分かりますが、もう少し加減というものを考えていただきたい」

 

「どうするのよ?母様のことが聞けなくなったじゃない」

 

「も、問題ないじゃろう!水蓮が見つかったのなら、こっちに向かっておるのじゃろう!?それなら、こちらから出向いてやればよいではないか!さあ、行くぞ!」

 

祭は誤魔化すように言うと、大またで陣の外に向かって行った。

 

「全く、祭殿は・・・」

 

「仕方ないわよ、私も母様が見つかったって聞いて嬉しかったから」

 

「・・・・・・無事かどうかも分からないのだぞ?」

 

「大丈夫だと思うわ。だって『あの』母様よ?大怪我を負っていてもしぶとく生きているに決まってるじゃない」

 

「・・・それも雪蓮の勘か?」

 

「そ。私たちも行きましょ」

 

雪蓮もそう言うと、陣の外に向かって行った。

 

「やれやれ・・・」

 

冥琳は軽くため息をつくと、雪蓮たちの後を追って行った。

 

 

「「「・・・・・・・・・・・・」」」

 

孫堅を運んでいる部隊と合流した雪蓮たちは喜びもひとしおだったが、それもその姿を見るまでだった。

 

ひどい状態だった。全身に打撲や擦過傷が見てとれ、出陣前までは勇壮に見えた戦装束は、今では泥にまみれている。

 

そして何よりも目に付いたのはその左腕だった。二の腕の半ばから先がなくなっており、巻いてある包帯からにじむ血が何とも痛々しかった。

 

「そこのあなた」

 

雪蓮がこの部隊の隊長に声をかけた。

 

「は、はいっ!」

 

「これ・・・あなたがやったの?」

 

雪蓮が左腕を指差す。雪蓮としては怒るつもりは全くなかった。恐らく、そうするだけの処置が必要だったからそうしたのだろう。

 

しかし、声に殺気が混ざるのは抑えようがなかった。部隊長は顔を青ざめさせながら大慌てで否定した。

 

「ちちち違いますっ!私たちが孫堅様を保護したときにはすでにその状態だったのですっ!」

 

「何?それはどういうことだ?」

 

冥琳が尋ねると、部隊長は驚いた顔をした。

 

「えっと・・・・・・すいませんが、そちらに伝令の者が来ませんでしたか?その者が伝えているはずなんですけど・・・」

 

冥琳は祭を見た。祭は冷や汗をかきながらそっぽを向いていた。

 

「・・・いや、すまないがお前の口から報告をしてくれないか?」

 

「あっ、はいっ!分かりました!」

 

そうして、部隊長は報告を始めた。

 

「まず、最初に孫堅様を見つけたのは私たちではありません。旅の者でした」

 

「旅の者?」

 

雪蓮が不思議そうに聞き返した。

 

「はい。その者が孫堅様をここに連れてきてくれたのです」

 

「その者はどこにおるんじゃ?」

 

「・・・申し訳ありません。私も引き留めはしたのですが、『この人が無事に保護されたのなら、それで十分だ』と言われまして、行ってしまわれました」

 

「では、その者が文台様の腕をこのようにしたというのか?」

 

「恐らくはそうかと思います。孫策様、これを・・・」

 

そう言って部隊長は布に包まれた細長いものを差し出した。

 

雪蓮はそれを受け取ると、包みを開いた。

 

包みの中には孫堅のなくなった左腕があった。

 

「旅の者にそれを家族の方に渡して供養するようにと・・・、それと、こう伝えるように頼まれました。『その人の腕を救えなくて本当にすまなかった。自分が言えた義理ではないけど、その人の左腕の分をあなたが支えてあげてほしい』と・・・」

 

雪蓮は包みの中の腕を見ながら、それを聞いていた。

 

「そう・・・・・・分かった。ありがとう、もういいわ。悪いけど母様を本陣まで運んでくれる?」

 

「はっ!」

 

部隊長は敬礼をするとその場を去っていった。

 

「旅の者・・・か」

 

しばらくして冥琳がポツリとそうつぶやいた。

 

「聞いておる限りでは、何とも気持ちのいい御仁のようじゃな」

 

「そうみたいね・・・・・・二人とも、ちょっと見てくれる?」

 

そう言って雪蓮は孫堅の腕を二人に見せた。

 

「ふむ・・・これが自分の主君の腕だと思うと、何とも妙な感じじゃな」

 

「確かに傷口を見ると腱が断たれているわね。その旅人の処置は正しいものだったろうな」

 

各々の感想を述べると雪蓮は苦笑した。

 

「違うわよ。私が見て欲しいって言ったのはここ」

 

そう言って雪蓮は、その旅人が切った断面を指差した。

 

「むぅ・・・・・・これは・・・」

 

それを見て祭が低くうなった。

 

「・・・確かに良く切れているとは思うが・・・・・・これがどうかしたのか?」

 

「良く切れ過ぎているのよ。私が南海覇王を使って同じことをしても、ここまで綺麗には切れないわ」

 

南海覇王は呉の至宝。その切れ味は凄まじく、そんじょそこらの剣では比べ物にならない程の物だ。

 

そして雪蓮は幼いころから孫堅と共に戦場にたち、その武技は並みの将程度じゃ相手にならない。

 

「つまり、こういうことかの?その旅の者は南海覇王以上の業物を持っていて、その武は策殿より上じゃと?」

 

「そういうことになるわね」

 

「・・・・・・にわかには信じ難いな。・・・雪蓮はその旅人が、ただの旅人ではないと思っているのか?」

 

「まぁ、私以上に強いってだけでただ者じゃないとは思うけどね」

 

「ふむ、そうなると、どのような御仁か気になるな」

 

「それは後で水蓮様から聞けばいいだろう。それより雪蓮・・・これから大変だぞ」

 

「・・・・・・そうね」

 

冥琳が揶揄するように言うと、雪蓮はうなずいた。

 

「水蓮様があの状態ではこれからの呉を導いていくのは難しい。だから雪蓮。あなたが呉を継ぐことになるわ」

 

「今の呉は水蓮という屋台骨で出来ておるからな。それがなくなるとするなら、今後、呉は逃走と内乱が相次ぐじゃろうな・・・」

 

祭が難しい顔をしてこれから起こりえることをつぶやいた。

 

祭は孫堅と共に呉を立ち上げた人物だ。その内心はやりきれない気持ちで満たされているのだろう。

 

「祭、安心して。私がすぐに母様が治めていたときのようにしてみせるわ」

 

「そうだな。このご時世だ。近いうちに大きな乱が起こりえるだろう。それに乗じれば出来ないことはないな」

 

「はっ!言ってくれるわ、この娘っ子どもが。ワシや水蓮が作り上げた国をそうやすやすと出来てたまるものか」

 

祭は口ではそう言いつつも、その顔は喜色にあふれていた。

 

「それじゃあ、急いでここを離れなくちゃね。冥琳、急いで思春たちを呼び戻して。祭は本陣に戻って撤退の準備を」

 

「わかったわ」

 

「応っ!」

 

三人はそれぞれ動き出した。その先行きはけわしく厳しいものだったが、三人の顔にはそれぞれ力強い笑顔が表れていた。

 

 

 

人物紹介

 

 

 

『孫堅文台』

 

 

真名は水蓮(すいれん)。孫策、孫権、孫尚香、三人の母。『江東の虎』の異名を持つ呉の英雄。

 

 

荊州攻略のさい、土砂崩れにあい左腕を失う。

 

 

しかし、その覇気に衰えはなく、並みの将相手なら十分に打ち合えるほどの実力を持つ。

 

 

仕事はキッチリやり、終わったらその分好きにするという公私の落差が激しい性格をしてる。

 

 

三児の母とは思えないほど若々しく、グラマラスな容姿をしていて、呉の母親たちの羨望の的になっている。

 

 

一説には、『孫家には不老の秘伝がある』とささやかれているが、本人いわく、『よく食べて、よく動いて、よく寝る』らしい。

 

 

 

 


 
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