No.873360

同調率99%の少女(10) - 1

lumisさん

艦娘部に正式に入部して心機一転、艦娘の世界に入り込むことになった内田流留。川内となれる部員を得て、すでに艦娘である光主那美恵は喜びも程々に、いよいよ次なる艤装、神通になれる生徒を探すことにした。その人物とは・・・?
 そしてついに、流留は鎮守府なる基地と艦娘たちを目のあたりにする。

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2016-10-07 20:34:41 投稿 / 全16ページ    総閲覧数:769   閲覧ユーザー数:769

--- 1 川内の艤装

 

 流留の問題が一応の収束を見た次の日。生徒会本来の仕事も適当に片付いて落ち着きを取り戻した生徒会室。那美恵は大事なことを思い出した。それは、エネルギー切れを起こした川内の艤装のことである。

 明石には学校から来校の許可をもらっておくから待っててと伝えたその日から数日経っていた。これはまずいと思い、那美恵は学年主任を経由して教頭・校長に明石の来校の許可を貰いに行った。

 

 教頭から許可をもらい、改めて明石が来る予定の日程を聞くように言われたので、那美恵はすぐさま明石に連絡を取る。ほどなくして明石からメッセンジャーで連絡が来た。

 

「明日でいかがですか?ついでにちょっとよい連絡があります。それを早く伝えたいのです。」

「おっけーです!じゃあ学校に伝えておきまーす。伝えたいこと、なになに!?」

「それは、ひみつ、かな~(*´艸`*)」

 

 軽い文面で締められた明石のメッセージを見て那美恵は頭に?を2~3つ浮かべた。あの明石のいうことだから自身が知らぬ機械面で何かワクワク胸躍る事でもあったのだろうと、思うに留めることにした。

 足取りは行きより多少軽く、那美恵は職員室から生徒会室への廊下の歩みを進める。生徒会室の扉を開けると、三千花と流留がすぐに駆け寄ってきた。

「ねぇねぇ、どうでした?明石さんっていう人はいつ頃来られるんですか?」

急く流留に対し三千花は落ち着きはなった口調で那美恵に尋ねる。

「どうだった?先生方の許可は……なんかそのニンマリした顔は……もう聞かなくてもわかったからいいわ。」

「え~~~みっちゃんに聞いてもらわないとシックリこないよぉおお!!」

 スイッチが微妙に入った那美恵は中腰で三千花に擦りよって両手を伸ばす。三千花はため息をつきつつその手をパシンと弾いて答えを求める。

「あ~もう。あんたは妙なところでふざけるのやめなさい!いいからさっさと言え。」

 眉間にしわを寄せて厳しくツッコむ三千花。親友がキレるのはいつものことだが、今回はそのキレツッコミ具合に本気の苛立ちが見え隠れしたため、那美恵はつきだしてつぼめた唇を真一文字に戻し、にやけて細めた目を普段の大きさに戻して口を開いて再開した。

「はいはい。おっけぃですよ。まぁある意味あたしの顔パスってやつ?教頭先生もサクッと頷いてくれたよ。そんでね、明石さんは明日来るってさ。」

「明日って……また即決したわね。明石さんってそんな思い切りのいい人だったの?」

「さぁ~? あたしとしては早ければ早いほうがいいから、明石さんナイスッって思ったよ。」

 三千花も那美恵もこの場にいない人物への意味のない問いかけは早々に止め、明日の明石の到着を期待してその日の残りの時限を過ごすことにした。

 

 

--

 

 翌日、昼休みの時間が過ぎて間もない頃、那美恵の高校の校門をとある車がくぐり抜けた。時間はお昼頃と聞いていた那美恵は授業が終わると自身の昼食の弁当を三千花に預けさっそうと教室を飛び出し、校舎を出て校門のそばで待っていた。

 そしてその車が明石のものだと気づいた。那美恵が駆け寄ると、車の前方のミラーが開いて中の人物が指と声で合図をした。

「やっほ!那美恵ちゃん。工作艦明石、到着しました!」

 車の窓越しに那美恵に挨拶をした明石を見て、那美恵は満面の笑みで車の中にまで顔をつっこまんばかりに乗り出して出迎えた。

「明石さんいらっしゃ~い。駐車場はこっちですよ。案内します。」

 那美恵の案内で駐車場に車を停めた明石は、車両の後部に積んでいた大小あるいくつかの包を那美恵に見せる。

「これ、なんですか?」

「これはね、艤装の交換部品と工具箱。あとこっちは艤装のコアの交換用バッテリー。ま、燃料みたいなものね。あとこっちは……ま、それは落ち着いた場所で、ね?」

 那美恵が尋ねると、明石は最初はすらすら答え、あとはもったいぶらせた笑い方をして言葉を濁す。

 

 那美恵は台車を持ってきて、機器の入った包と箱を載せて明石を案内し始めた。

 お昼時、廊下を歩く生徒は非常に多い。ただでさえ那美恵は普通にしてても目を引く。そんな生徒会長が生徒でない、しかも大人の女性を連れて歩いているのは非常に注目される。キョロキョロと若干挙動不審になる明石は那美恵に弱々しく尋ねた。

「な、那美恵ちゃん?なんか私、浮いてますよね~。お姉さんなんだか恥ずかしいです……」

「恥ずかしがるなんて明石さんもまだまだだなぁ~あたしは見られるのなれっこですから。気にしないでください!」

「気にしないでって言われてもねぇ……」

 事実那美恵は平然としている。時折他の生徒から声をかけられ、那美恵は挨拶を返したり冗談めかしたツッコミを返すなどして大半の生徒に素早く対応している。そんな気さくで気の利く彼女を感心した様子で明石は見ていた。

 

 明石の現在の格好は女性用のビジネススーツである。工作艦明石の制服はあるにはあるが、あの制服は公共の面前ではさすがに恥ずかしいと本人は感じていた。鎮守府や出動海域では非常に動きやすくて丈夫、汚れを気にしないで済むが、25歳の明石奈緒は一般人の目の前でミニスカを履く勇気はなかった。

 ぱっと見大人の女性が!と校内ではヒソヒソ騒がれるが、格好が格好なので、すぐに生徒は興味を移り変える。

 

 

--

 

 那美恵と明石、そして台車はエレベーターを使って上部の階に上がり、そして生徒会室に辿り着いた。川内の艤装は生徒会室に保管しているためだ。

 ガラッと戸を開けると、そこには三千花ら生徒会の面々がいた。プラス、三戸の隣には明石が知らない顔がそこにあった。

「おまたせー。明石さん連れてきたよー。」

 那美恵が三千花らに報告すると、三千花たちは明石に挨拶をした。

「お久しぶりです。明石さん。副会長の中村三千花です。本日はご足労いただきありがとうございます。」

「書記の三戸っす。いや~明石さんに会えるなんてなんだかいいっすねぇ~」

「同じく書記の毛内和子です。本日はよろしくお願いします。」

 

 すでに知っている顔に明石は挨拶し返す。が、唯一知らない顔がいるので少し戸惑った様子を見せた。

「こんにちは!皆さん元気にしてましたか? ……えっと。あちらの娘は?」

 那美恵は台車を部屋の脇に置き、その足で三戸の隣にいた娘のところに向かい、彼女の肩を抱いて明石の前に連れて来て紹介した。

 

「紹介するね!こちら、内田流留ちゃん。なんとですね~、この度、川内の艤装と同調できたその人です!!」

「は、初めまして。内田流留です。合格しちゃいました。んで、艦娘部に入ることになりました。」

 ぎこちない様子でお辞儀をして明石に挨拶をする流留。それを受けて明石も自己紹介し返す。

 

「あら!あなたがですか!? はい初めまして。私は鎮守府Aの工廠、つまり艤装のメンテをするところですね。そこの工廠長をしております、工作艦明石こと本名明石奈緒、25歳独身です!」

 あっけらかんとした言い方の中にも大人としての立ち居振る舞いが感じられる明石の自己紹介に、流留は少し圧倒されつつも、初めて見る那美恵以外の艦娘と鎮守府の存在に感動を感じざるを得ない。

 

「ど、どうも。よろしくお願いしまっす……」

 最後にどもりつつも流留は緊張を伴った挨拶を返した。

 

--

 

 挨拶もほどほどに、那美恵たちは川内の艤装を部屋の広い場所に運びだし、さっそく明石に診てもらうことにした。

 

 明石は持ってきた工具箱をあさり、いくつかのチェック用の機器を川内の艤装のコアユニットに接続して状態を確認し始めた。

 その様子はただの高校生である那美恵たちにはさっぱりである。そのため明石の作業をじっと見ているしかできない。明石は途中で顔を上げ、那美恵たちに一言言って促す。

「あの、みんな。私のことは気にせずにお昼食べてていいですよ?」

「それだとなんだか明石さんに申し訳ないですし……。」

 三千花が申し訳なさそうな表情で明石に言う。だが明石は手に持った工具をぷらぷらと振ってまったく気にしない様子で返す。

 

「学生さんはそんなこと気にしなくていいんですよ~。」

「はぁ。それでは……。」

 それではということで明石に断った三千花は那美恵たちに目配せをし、明石が作業をするかたわらで昼食をとることにした。

 

 昼休みも半分を過ぎた頃、早めに食事を終えていた三戸と流留は明石のそばで彼女の作業の様子を眺め見ていた。明石は若手ながらさすが製造会社の技術者なだけあって、川内の艤装をテキパキと確認していく。そんな彼女に流留は質問してみた。

 

「あの、明石さん。そういう機械いじりって、女性がするのって抵抗とかないんですか?周りから何か言われたりとか。」

 明石は手を止めず視線は艤装に向けたまま流留の質問に答える。

「いいえ。むしろ艦娘の世界では重宝されるのよ。艦娘は圧倒的な女性の職場だからね。同じ女性の技術者は相談しやすいとかなんとかで、うちの会社でも何かと女性の技術者を近年では多く採用して育成して、工作艦明石として派遣されることが増えてるの。」

「へぇ……」

「まあ、そもそも機械触るの好きっていう人しか集まらないから、むしろ充実した職場ですよ。私、従兄弟たちの影響で昔からプラモ作ったり、電子工作するの好きだったの。あと下に妹がいるんだけど、あの子も私に負けず劣らずね。」

 

「あ!あたしもプラモづくりとかそういうの好きです!」

 流留は思わぬ形で自分に似た境遇の人を見つけ、明石に一瞬で心惹かれる。それはどうやら明石も同じだった様子。明石は顔を上げて流留を見る。流留はパァっと表情を明るくした。

「あら!そうなの!?じゃあ○○は?」

「はい!知ってますしたまに作ります。」

「じゃあ△△は?」

「作品は見たことあります!」

 

「あらやだ!内田さんだっけ?流留ちゃんでいいかな?」

「あ、えぇとはい。なんとでも。」

「私ね、会社の人や提督以外で話の合う人欲しかったのよ!艦娘の中に工作とかそういう趣味のわかる人がいるなんてもうさいっこう!」

「あたしもです! 生徒会長!あたしなんだか鎮守府が楽しみになってきましたぁ!」

 明石の言葉に同意しその勢いで、まだご飯を食べていた那美恵に向かって腕をブンブン振って喜びを伝える。那美恵はウンウンと頷く。

 

「流留ちゃん、あなたならきっとうちの妹とも話が合うはずよ。妹にもいつかうちの鎮守府に艦娘試験受けさせるつもりだから、もし艦娘になれたら仲良くしてあげて! 今もたまーにうちの鎮守府に妹来るのよ。その時に改めて紹介してあげる!」

「はい!」

 

 

 すっかり趣味で意気投合する流留と明石を見て、那美恵と三千花は微笑ましく思った。

「二人が話してることあたしゃぜーんぜんわかんないけど、ともあれ明石さんと話が合うなら何よりだねぇ。」

「私もさっぱり。内田さん、今までで一番良い笑顔なんじゃない?」

 那美恵と三千花のそばにいる和子もそれに頷いた。

 

「俺もわかるっすよ明石さん!俺も仲間にいれてよ内田さぁ~ん!」

 意気投合して関係が進んでいく流留と明石の様子を羨ましく思ったのか、必死に自己アピールをする三戸。そんな三戸に流留が突っ込んだ。

「アハハ。三戸くん必死すぎぃ~。わかったわかったよ。」

 流留は三戸の肩をバシバシと叩いて今この場の逆紅一点をかまってあげるのだった。

 

 

--

 

「さて、メンテおわりました!」

 流留たちと話しつつも作業を続けていた明石がそう宣言した。時間にして12時45分すぎ。那美恵たちも昼食を食べ終わり、各自思い思いのことをしていた。明石の言を受けて、那美恵たちは視線を明石に向け近寄る。

 

「ありがとうございます、明石さん。で、川内の艤装が動かなかったのってなんだったんですかぁ?」

 那美恵がそう質問すると、明石は川内の艤装のコアユニットを手に持ち、回答し始める。

 

「うん。バッテリー切れと、あともう一つ問題があったの。それは中のケーブルや部品をちょこっといじっておいたからもう問題ないはずですよ。」

「ありがとうございます。変な問題とかなくてよかったですよ。」

 と、流留は感謝の言葉を述べた。

 

「それとですね、同調できる人を見つけたなら、もう鎮守府に戻してもいいんじゃないかな?どうですか?」

 そう提案する明石。彼女のいうことももっともだと那美恵は思った。しかしそれではあと残り、神通の艤装が届くまではタイムラグができてしまう。一旦艦娘の展示をやめれば生徒たちの興味はすぐになくなってしまうかもしれない。那美恵はそれを危惧している。

 

「うーん。そうしてもいいんですけどぉ。次は神通の艤装で同調出来る人も探したいんです。そのためには早めに神通の艤装も持ってこられるようにしないと。今やってる艦娘の展示で艤装の展示に合間が空いちゃうと、みんな興味途切れたりすると思うんです。そうなるとちょーっと探しづらくなるかなぁって。」

 

 那美恵の心配をよそに明石はニコニコし始めた。那美恵が明石の様子を訝しむと彼女はコホンと冗談らしく咳払いをして、自身の持ってきた数々の包の中から一つのものを那美恵たちの前に差し出した。

 

 

「「? なんですか、これ?」」

 ほとんど同時に那美恵と三千花が質問をした。

 

 

「実はですねー。なんと!神通の艤装のコアです!神通の艤装一式、鎮守府にもう届いてるんですよ。予定より遅くなったみたいなんですけど、ようやくです。」

 

 明石の言葉を聞いた瞬間、那美恵は飛び上がって喜びを表した。

「えぇーーー!!?ホントですかぁ~~~!? じゃあこれ……あ!あたしまだ同調試してないですよ!」

「えぇ。実は提督にナイショで、持ってきちゃいました。コアユニットだけでも同調は試せるし、これくらいなら、ね?」

「ほほぅ。明石さん、あんたも悪よのぅ~」

 

 冗談めかして明石の肩を軽く叩いてツッコミを入れる那美恵。明石もそれにノる。

「いえいえ。那美恵ちゃんほどじゃないですよ~。」

「法律にないからって、この二人はこんなことしててホントにいいのかなぁ……?」

 二人の様子を見て三千花は頭を抱えて不安を感じるが、彼女のそんな心配は、那美恵たち二人にはまったく響かない。

「というわけで那美恵ちゃん。前にあなたが言ったとおり、早速神通の艤装との同調、試しちゃってください。こっそり持ってきたとはいえ、これで同調できれば万事OKだし、ダメだったら一応持ち帰らないといけませんので。」

「はい。……でもそろそろお昼休み終わってしまうんです。放課後ってことじゃダメですか?」

 那美恵の提案に明石はアゴに指をあてて首を傾けて考える仕草をしたのち、答えた。

 

「私はかまいませんが提督にバレるとまずいんで。じゃあこうしましょう。放課後試してダメだったら、帰りにでも鎮守府に返しに来て下さい。私今日は18時すぎまで工廠にいるんで待ってますから。同調できたなら、何か適当に一報入れてくれるだけでいいです。」

 

「わかりました。あ、それと川内の艤装、コアユニット以外は持ち帰ってもらってもいいですか?」

「え?いいけど、なんでコアユニットだけは残したいんですか?」

「はい。内田さんに、もう一度ちゃんと同調をさせてあげたくって。」

 那美恵はそう言い視線と身体を合わせて流留に向けた。それに気づいた流留は確認する。

「会長……いいんですか?」

「いいもなにも、あなたはもうすぐ川内になるんだから、自分の担当艦の艤装を確認しておきたいでしょ?」

「それはそうですけど、明石さん。いいんですか?」

 流留は明石の方を向いて目で疑問を投げかけた。

 

「うーん。そういうことなら、OKです。じゃあ川内の艤装のコアユニットは後で返しに来て下さい。」

「はい。一度内田さんに試してもらったら、今日帰りに内田さんと一緒に鎮守府に行きます。川内の艤装と、神通の艤装交換っこということで。」

 

 明石は那美恵の話を承諾し、試すことになる中心人物である流留もそれに承諾した。

 

 

--

 

 お昼休み終わる間近、那美恵たちは川内の艤装を運び出し、駐車場に止めている明石の乗ってきた車に積め込みに行った。

 

「みんな、運ぶのありがとうございますね。」

「いえいえ。どういたしまして。」

 那美恵たちはそれぞれ返事をした。

「それじゃ、またあとで鎮守府で会いましょう。流留ちゃんも、早く鎮守府に来てくださいね~」

「はい!」

 

 機材を積み終わった車は明石の運転によって高校の正門へと進み、鎮守府へと帰っていった。

 

 

--- 2 神通の艤装

 

 明石から(こっそりと)神通の艤装のコアユニットを受け取った那美恵。これで生徒会室には艤装が2つ存在することになる。時間も時間なので那美恵たちはそれぞれの教室に戻り、午後の授業を受け始めた。

 

 その日の放課後。夕方、那美恵達は生徒会室へと集まった。流留は生徒会メンバーではないのでそう何度も生徒会室に行くのをためらって校内をぶらぶらしつつ、三戸とメッセンジャーにて会話をしていた。だが部室のない艦娘部としては今は仮に生徒会室を使おうと那美恵から言われて来るように勧められていたため、やや申し訳無さそうにしながらも少し遅れて生徒会室へと入っていった。

 

 その日はコアユニットだけとはいえ一応艤装が二つある状態なので那美恵たちは艦娘の展示もするつもりである。ただ川内は流留が同調できたということで、これ以上展示で使うつもりは那美恵にはなかった。そして、川内の艤装はこの日中に流留に再度同調を試させて返しに行く。

 

 遅れて生徒会室に入ってきた流留は、那美恵がすでに準備をして待っている事に気付いて慌てて駆け寄った。

「あ、生徒会長。遅れてごめんなさい。」

「いーよいーよ。それじゃ、さっそくはじめよっか。」

「はい。」

 

 二人が同調を試し始めるのと同時に三千花たちは艦娘の展示のパネル運び出しを終える頃だった。その様子を見た流留は那美恵に聞いてみた。

 その質問に、三千花たちを特に気にかけるわけでもなく普段通りの軽い口調で那美恵は答える。

「あ~。みっちゃんたちには展示を優先してやってもらうの。んで、あたしと内田さんは同調を試した後、その足で鎮守府に行くよ。内田さんは都合はいい?」

「はい。大丈夫です。でも副会長たちに任せたままでいいんですか?」

「だいじょーぶじょーぶ。これでも一週間ほどすでに展示してるんだもの。あたしたちは気にせずいこー。」

 

 那美恵の口ぶりからはなんの心配もないという雰囲気が感じ取れたので、流留はそれじゃあと、もう何も気にせず川内の艤装との同調をし始めることにした。

 

 

ドクン

 

 

 前回、流留が最初に同調した時のような恥ずかしい感覚は起きなかったが、近い感覚に襲われた。下半身に熱が集まっていくのを感じる。それはすぐに収まったので事なきを得たが、もしこの場に男子である三戸がいたら少々気まずいことになっていたかもしれないと流留は余計な心配をした。

 

 那美恵は流留の様子を見て、まったく問題なく同調できていると把握した。タブレットのアプリで数値を見ると、90.04%と、若干数値が上がっていた。

 その上昇は、流留の心に以前は引っかかっていた日常の崩壊への恐怖や変化することの恐れというネガティブさが消滅した(無意識に心の奥深くに隠した)ことで精神力を安定させ、同調率を高めたのだった。

 このあたりの真相を流留はもちろん、那美恵ですら知る由もなかった。

 

「うん。内田さんは90.04%、なんか上がってるし問題ないね。あとはこれを提督に伝えに行けばあなたは晴れて川内だよ! 艦娘になれるんだよ。」

「あたしもやっと艦娘、そして鎮守府に行けるんだぁ~。」

 流留は喜びをうっとり顔から垂れ流している。

「内田さん、よだれよだれ!女の子がはしたないよ!」

 那美恵から指摘されて流留は慌てて口元を人差し指で拭った。

 

 

--

 

 流留の同調が終わったので、次は本題である神通の艤装との同調である。那美恵は三千花たちに持って行かせずに手元に残しておいた神通の艤装のコアユニットをベルトと一緒に腰に巻いた。流留にはタブレットを持たせて、最初の同調のために電源をつけさせる。

 

「会長。じゃー電源つけますよ~。」

「はい。おねがい!」

 

 流留は教わったとおりにアプリ上で神通の艤装(のコアユニット)の電源をオンにした。そして今まで那珂と川内の二つの艦娘の艤装の同調に成功しているという那美恵の様子の変化を楽しみに眺めた。

 那美恵は呼吸を整え、精神を落ち着ける。これまでの2つの艤装のときと同様に腰のあたりから上半身と下半身に向けて電撃のような感覚が走りぬき、そののち関節にギシッとした痛みを感じた。それらは一瞬である。そこまでの刹那、那珂とも川内とも違う情景が頭の中に浮かんでは消える。そこまでは今までの同調と同じだった。が、突然那美恵の思考が乱され、頭痛が呼び起こされる。今までよりも重い情報量が脳に貯まる感覚を覚えた。

 途中で那珂との初めての同調の時に見た情景、川内との初めての同調の時に見た情景が混じる。いくつもの既視の情景が走馬灯のように脳裏をうつりゆく最後、那美恵が見たのは、目前に2つの光る目のようなものを持つ化物と対峙する自分視点の誰かであった。それは艦船ではないことは確かで、その誰かが左腕をあげると、腕の先にあるべき手のひらがなく、脇腹から大量の血を流す姿だった。

 不吉なモノを垣間見たためか、それとも新しい艤装と同調を試しすぎたためかわからないが、頭に異様な激痛が走り吐き気を催して膝をガクッとついた。

「い、痛っ! ……頭が痛いよぉ!!!」

 思わず那美恵はへたり込んで土下座のような体勢になるも、肩で息をしながらなんとか完全に倒れるのを防ぐ。

「会長!大丈夫ですか!!?」

 初めて見る那美恵の苦しむ姿にうろたえる流留。タブレットを机に置いて那美恵に近寄って肩を支えようとする。

 しかしそれを那美恵は思い切り振り払った。

 

「あ、あぶない!内田さん……近寄らないで!!」

「きゃっ!!」

 

 普通の女子高生の力であれば思い切り振り払ったところで相手は大した衝撃にはならない。が、このとき那美恵はすでに艦娘神通になっており、コアユニットから伝わる軍艦の情報による力は、それを受け止め、うまく制御する艤装の他の部位がないために、ダイレクトに腕に伝わっていた。肩に触れようとした流留を”文字通り”思い切り弾き飛ばした。

 

バン!!!

ズルズル……

 

 流留は生徒会室の宙を舞い、天井近くの壁に激突したあと、滑り落ちるように地面に落ちていった。瞬間、流留は呼吸困難に陥るが、すぐさま呼吸を取り戻した。

 

「かはっ!はぁ!はぁ! 生徒会長!? これ……一体!?」

「お願い……タブ…レットから電源を……落として。あたしじゃ制御できない……!」

「は、はい!」

 那美恵はうずくまったまま、苦しそうな口調で流留に向かって声を弱々しくひねり出した。それに流留はすぐさま返事をした。流留は先ほど机に置いたタブレットを手に取り、アプリ上で電源をオフにする。すると那美恵の身体、腰のあたりからシューという音がしたのち、那美恵の表情が柔らかくなり、平静を取り戻したように見えた。

 

「はぁ……はぁ……。あ、ありが…と。」

 

--

 

 流留も驚いたが、それよりも一番驚いたのは那美恵だった。今まで数回艤装と同調してきたが、こんなことは初めてだった。最初は神通の艤装と同調していたつもりなのに、急に那珂や川内のときに見た記録の情景が頭に浮かんできた。ごちゃ混ぜになったその直後に激しい頭痛がした。普通の同調の仕方ではない、そう感じるのは容易かった。

 しかしこのまま一回で終わらせる気など那美恵には毛頭ない。

 

「会長、大丈夫ですか?」

 心配そうに流留が那美恵に近寄る。肩には触れようとしない。

 

「内田さんこそ、今さっき思い切り吹き飛ばしちゃってゴメン。」

「いいですって。それよりもさっきのとんでもない力って……?」

「艦娘はね、同調が成功すると身体能力が著しく向上するの。それを人体に負担がかからないように適切に制御してくれるのが、他に装備する艤装の部品なんだって、明石さんが言っていたの。ただ、今はコアユニットしかない状態だったから、多分きっとパワーアップした力が直接発揮されちゃったのかもね。あたしとしたことが、一度はちゃんと教えてもらっていたのに、そのことすっかり忘れて危ない状態で試してたよ……。」

 

「艦娘って、想像してたより危ないんですね。」

「まぁ普段はこんな陸上のどまんなかで艦娘になることないから、今回は例外だと思うよ。ふぅ…さて、もう一度試しますか。」

 

 那美恵の何気ない一言に流留は驚いて聞き返した。

「えぇ!? また試すんですか!? たった今危ない思いしたばかりでしょ!?」

「だから試すんだよ~。たまたまかもしれないし。それにこんな大事な経験、1回で終わらせるわけにはね~。ということで電源オン、お願いね?」

 

 那美恵の決意は固かった。しかし流留は心配してそれを止めようとする。

「いや……やめときましょーよ。あたしまたふっとばされるの嫌ですよ。」

「内田さんはあたしに近寄らなきゃいいんだよ。さ、お願いお願い。」

 

 流留は渋りつつも仕方ないなと思い、タブレットを手に取り準備をする。那美恵からは1m以上離れている。

「じゃ、電源つけますよー。……はい。」

 

 

ドクン

 

 

 那美恵はまた腰のあたりから痺れる感覚が伝わるのを感じた。再びきしむ全身のありとあらゆる関節。すぐに収まるのも先程と同じ。そしてここから。軍艦神通の記録の情景が再び頭に浮かんでは消え、那美恵の表情を歪ませる。

 しかし今度は、余計な情景が混じらずに収まった。

 2度めにして、ようやく那美恵は正常な状態で、軽巡洋艦艦娘、神通になった。

「えーっと。同調率?ってやつは、93.11%。これ、高いんですか?あたしの川内よりは高いんだと思いますけど。」

「ふぅ……。あたしが川内の艤装試した時は、91.25%だったから、川内よりかは高いね。那珂の98%よりは低いけど。」

「はぁ。」

「ともあれ、93%もあるんだから、あたし普通に神通にも合格ってことかな。……内田さんも試してみる?」

「えー、うー。はい。」

 言い淀んではみたが、実のところ他の艦娘用の艤装に興味があった。流留も神通の艤装との同調を試したところ、彼女の数値は42.09%と、不合格まっただ中のレベルであった。

「いいも~んだ。あたしには川内の艤装があるんだから。」

 残念そうな表情をしながら、流留はぼそっとつぶやいた。

 

 

--

 

 那美恵も流留も艤装のコアユニットを外し、椅子に座ってタブレットのアプリの画面を眺めながら話す。

「あたしが神通の艤装との同調に合格できたから、これで神通もあたしのもの。だから、神通の艤装を外に持ち出せるようになりました。これで展示を続けるのにも困らなくなったわけだ。ウンウン。」

 那美恵は腕を組みながら連続で頷いた。その様子を見て流留が尋ねる。

 

「じゃあこれからは神通の艤装との同調に合う人を探すってことですよね?川内はこれから返しに行くんってことでいいんですか?」

「うん。そーだね。ただ今日はさっきのあたしのことも気になるから、鎮守府には2つとも一旦持ち帰って、明石さんに調べてもらおうと思うの。だから今日は艦娘の展示は艤装なしでやってもらう。」

「なるほどー。」

「それじゃ内田さん。帰り支度して。みっちゃんのところに寄ってこのこと伝えたら、そのままあたしたちは鎮守府に行くよ。直行直帰ってやつ~」

「直行直帰ってなんかOLみたいですね~。」

 

 アハハと笑いあいながら、那美恵たちは生徒会室を出て視聴覚室へと向かった。

 視聴覚室では、2~3人の見学者が今まさに見学している最中だ。

「あ、なみえに内田さん。同調のほうはどうだった?」

 パネルの解説は和子に任せて、三千花は那美恵と流留に近寄って尋ねた。

 

「うんあのね。内田さんは問題なく合格。んで、あたしも神通の艤装に、93.11%で合格~!これで神通もあたしのものだよ~」

「へぇ~よかったじゃないの。これであなた、川内型の艤装すべてに同調できたってことね。すごいわあんた。」

「エヘヘ~!もっと褒めて褒めて~!」

 腰を曲げて姿勢を低くし、頭をなでてもらう体勢のままズリズリと三千花に近寄る那美恵。正直気持ち悪い動きだったので三千花は彼女の頭を撫でずに軽く叩くだけにとどめておいた。

 

 那美恵はあえて、最初に神通を試した時の異常のことは言わなかった。流留はそれに気づき、那美恵になんで言わないのかと小声で尋ねた。すると那美恵は流留の手をひっぱって部屋の端に言って自身の口に指を当てて内緒ということの理由を伝えた。

「みっちゃんに余計な心配かけさせたくないの。だから、さっきのことは、コレ、でね。お願いね?」

「えー、友達なら言えばいいのに。まーいいですけど。はい。秘密ですね。はい。」

 

 三千花の側に再び近寄る那美恵。三千花は那美恵にこの日の展示はどうするのか確認した。那美恵はそれに軽快に答える。

「うん。あたしと内田さんはこれから鎮守府に行ってそのまま帰るから、みっちゃんたちは展示の方、後片付けまでおねがいできるかな?」

「えぇ、いいわ。それで、神通の艤装はどうするの?」

「それなんだけどね、一応合格したってことを実物見せながら報告したいから、今日は川内の艤装と一緒に持って行くね。展示でまた試してもらうのは明日からってことで。もし同調試したいって子が来たら伝えておいて。」

「了解。」

 

 三千花は特に疑問を抱かずに那美恵の案に同意した。不安要素を一切伝えられていないので当然なのだが、那美恵のポーカーフェイスと、口ぶりのうまさで、さすがの三千花も那美恵の神通の時の異変を察することはできなかった。そのため疑問を一切抱かず、展示の案内に戻っていった。

 那美恵と流留はカバンを持ち直して視聴覚室の出入口へと歩いていき、残る三千花たちに挨拶をしてその日は別れた。

「じゃ、お疲れ様~。またあしたね。」

「お先に失礼しまーす。三戸くん、展示がんばりなよ~」

 

 三戸にだけは名指しで言葉をかける流留であった。

 

--- 3 二人で行く鎮守府

 

 那美恵は神通の艤装のコアユニットを、流留は川内の艤装のコアユニットをそれぞれ紙袋に入れて手に下げて、高校から駅までの道をテクテクと歩いている。高校~駅間は、歩きでおよそ10分。途中にはアーケード街があり、通学路の一つはその中を突っ切って設定されている。様々な店が構えるアーケード街、学生たちにとっては誘惑も多い。買い食いはもちろん、ガッツリと買い物をして帰宅の途につく学生も多い。

 

 すっかり仲良くなった那美恵と流留は、ペチャクチャとおしゃべりをしながらアーケード街を進む。趣味は全然異なるものの、感性はどことなく似ているとお互い直感した二人。

 流留はもっと早く艦娘に出会っていれば、この素敵な生徒会長、先輩ではあるが友達になれたのかもと、少しだけ後悔した。

 

「ねぇねぇ会長。何かちょっと食べて行きましょうよ!」

 流留は、よく男友達と行っていた店とは違う店の前で那美恵を誘いかけた。それは、今まで同性の友達がいなかった流留にとっては行きたくても行きづらい、憧れとも言える、女子高生に人気のあるスイーツショップだった。しかし那美恵は頭を振ってそれを拒否する。ちゃんとした理由がある。

「だーめ。今日は鎮守府に行くんだから。早く行かないと帰っちゃう人もいるんだよ。内田さんにはなるべく多くの艦娘に会ってもらいたいの。我慢してね。」

「え~。会長はここ寄ったりしないんですかぁ?JKに人気だって聞きますよ。あたし、女子高生の集まる店、憧れてたんです。今まで男友達としか一緒にいなかったから。」

 

 最後のセリフを耳にすると、那美恵は心臓をキュッとつままれる感覚を覚えた。流留の人となりの一片を知った気がした那美恵はそれとなく話題に乗りかけた。

「入ったことあるよ。オススメメニューは○○で……って。今は鎮守府が優先!これからはいろんな年代の人と鎮守府で付き合うことになるんだから、これから、これからだよ。」

「はーい。」

 流留は那美恵のフォローの意味に気づかずに、ただ不満気味な返事をするだけだった。

 

 

--

 

 電車に乗り数分。となり町の駅にて二人は降りた。ちなみに那美恵達の学校へはこの駅からもバスが出ており、この駅の周辺に住む学生もいる。ただ基本的には学生向きの街ではなく閑静な住宅街のため、駅前には取り立てて目を引くものはない。

 

「鎮守府はこっちだよ。」

「へぇ。商店街のある改札とは違う方に行くんですかぁ。」

「そ。歩いて大体20~30分程度。時間があるときは歩くけど普段はバス使うかな。」

「はぁ……。だったらバス使いましょうよ。」

「そーしたいんだけどぉ、今日は内田さんの案内記念ってことで、この街案内を兼ねて歩きましょー。」

「え~~、面倒くさいなぁ。まぁいいや。途中でなんか面白い店とかなんですかねぇ。」

 

 てくてくと鎮守府への道のりを歩きながら話す二人。

 

「途中にレストラン、それからコーヒーショップの○○があるよ。あとは……駅から離れちゃうと、せいぜい鎮守府の近くにある小さめのショッピングセンターくらいかなぁ。」

「ゲームセンターとかTVゲームの店は?」

「あたし興味ないからわかんなーい。」

「くっ、ぬぬぬ。いいですよ。あとで明石さんに聞きますから。」

 流留の質問や不満を適当にあしらいつつ那美恵は先頭に立って歩いていると、バスの停留所から見知った顔の少女が降りてきて、那美恵たちと視線が絡まった。

「あ!凛花ちゃん!! おひさ~!!」

「那珂。お久しぶり。……あら、そちらの人は?」

「うん。うちの学校の後輩。んでね!なんと、この度軽巡洋艦川内に合格した子なんだよー! ほら内田さん。艦娘の先輩に挨拶挨拶!」

 突然知らぬ少女と話しだした那美恵をポケーっと見ていた流留だが、急に挨拶をふられたのでとにかく挨拶をすることにした。

「はい。あたし、内田流留といいます。○○高校1年です。艦娘部に入りました。えー、この度、川内っていう艦娘に合格しました。よろしくお願いします!」

「初めまして。私は○○高校2年、五十嵐凛花よ。鎮守府Aの軽巡洋艦五十鈴を担当しています。よろしくね。」

 凜花は丁寧な仕草と言葉遣いで流留に挨拶を返した。

 

 3人は停留所の真中で会話していたので一旦道の端に行き、会話を再開する。

「凛花ちゃん今日はどうしたの?」

「私? 私は昨日今日と出撃任務だったのよ。これから帰るところ。」

「あー。凛花ちゃんのとこは艦娘部ないから、じゃあお休みして……?」

「えぇそうよ。このために学校2日も休んだのよ!ねぇ那珂、聞いてくれる!? なんかね、不知火のところとも学校提携してたっていうのよ提督!知らぬ間に! なんなのよ!私のところは無視かよって話よ。ったくもう。立て続けに休んじゃうと授業に追いつけなくなるから困るのに言うに言えないこの気まずさ、あなたならわかるでしょ!?」

「アハハ……うんうんわかるよぉ~」

 

 堰を切ったように凛花は愚痴をこぼし始め、那美恵と流留にぶつけまくる。相当溜まっている様子が伺えた。学校提携してやっと軌道に乗りだした那美恵は不満を吐き出す凛花の手前上、色々言い返しづらい状況だった。

 凛花の愚痴の嵐のまっただ中にいながらふと、那美恵は不知火のことが気になった。自分の着任式のときにいたのを思い出した。彼女も中学生とのことだが五月雨たちとは違う学校らしく、鎮守府Aには一人で来ていた。どうやら同じ学校の艦娘仲間はいないとの話だった。那美恵は不幸にも彼女と出撃任務をする機会がなくこの数ヶ月過ごしてきたため、不知火のこと、彼女の学校のことはまったくわからない。

 

「まぁまぁ。きっと提督は順番決めてるんだよ。うちの高校でしょ?それからその不知火さんの学校でしょ?きっとこれから凛花ちゃんのために動いてくれるんだよ。期待して彼を待っててあげたら?」

「へ? 私の……ために!? も、もし考えてくれてたんなら、まぁ、もう少し待っててあげないこともないわね。えぇ。提督もお忙しいでしょうし仕方ないわ。」

 那美恵の言い方により凛花は妙に提督を意識し始め、モジモジしながら自分で納得した様子を見せる。

「そーそー。」

「ふぅ……。そういえばあなたはどうしたの?まだ任務はないんじゃないの?」

 落ち着きを取り戻して冷静になった凛花が那美恵に質問してきた。

「うーんとね。川内の艤装をこれから返しに行くところなの。提督に頼んで学校に持ちだしてたから、そろそろってことで。」

「ふぅん。艤装って外に持ち出せたんだ。」

「まー色々あってね。というわけでこれから、艤装を返すのと合わせて川内になる内田さんを連れて、提督と明石さんに会いに行くの。」

「なるほどね。あ、でもね。今日午後提督いなかったわよ。午後は五月雨が提督の代理でひーこら言ってたわ。行くなら明石さんだけじゃなくて五月雨のところにも顔出してあげたら?」

 

「あちゃー。提督いないのかぁ。せっかく新たな美少女を紹介してあげよーかと思ったのにぃ。ね、内田さん?」

「へっ!? な、なに言ってるんですか会長!」

 後頭部に手を当てておどけて残念がったかと思うと、隣にいた流留の方へ上半身だけ振り向いて視線を送る。自身が意識していなかったタイミングで話を触られ、途端に顔を真赤にして慌てふためく流留。彼女は、那美恵がこういう人をからかうお調子者なところの真髄をまだ把握しきれていない。

 流留のその様子を見てアハハと笑う那美恵と、どう反応したらよいのかわからず戸惑いの表情を見せつつ苦笑いする凛花。からかわれてると流留は気付き、那美恵に文句を言って怒る。

「ゴメンゴメン。今日のところは五月雨ちゃんと明石さんで我慢してね。」

「もー。どーでもいいですってば。」

 

 まだ頬を赤らめつつそっぽを向く流留と、彼女の肩に手を置いて弁解する那美恵。凛花はそんな二人の様子を見て、ため息混じりの笑いをこぼす。

「やっぱり、同じ学校の生徒同士って、いいわね……。」

「ん?なんか言った凛花ちゃん?」

「ううん。さ、二人はさっさと鎮守府行っちゃいなさい。早くしないと五月雨も明石さんも帰っちゃうわよ。」

「うん。いそごーいそごー。」

「はぁ。雑談で時間取られた気がする……。」

 

 自分で話を広げておきながら急かして鎮守府に行こうとする那美恵に、流留は少し呆れたという表情でツッコミにも満たない返しを口にするだけにしておいた。

 

「じゃあまたね。」

「うん。またね、凛花ちゃん。」

「失礼しまーす。」

 

 数分間雑談をしていた3人は別れ、那美恵と流留は鎮守府への道を急いだ。

 

--

 

 那美恵たちが鎮守府についたのは17時を回った直後であった。まだ外は明るいが、夕方の雰囲気が人々を家に帰る雰囲気にさせる。まったく逆方向に歩いてきた二人はなんとなく気まずさを感じたが、それもすぐに気にしなくなる。

 

「さ、着いたよ。ここが、鎮守府だよ~。」

「へぇ~!ここが艦娘の基地なんだ!! うわぁ!うわぁ!すっごーい!」

 

 何がすごくて流留を興奮させるのかその勢いに若干引き気味の那美恵だが、その喜びがまったくわからないわけでもない。

 那美恵自身は鎮守府にも確かに最初驚いたが、それよりも本気で驚いてワクワクしたのは、出撃任務、そして初めて深海凄艦と対峙したときだ。鎮守府自体は割りとすぐに冷静に見られるようになってたなと、ふと思い返した。

 

「じゃあまずは執務室にいこ。今日は提督いないっていうから、代わりに五月雨ちゃんに会ってね。」

「その五月雨って人はなんなんですか?その人も艦娘?」

「うん。うちの鎮守府の一番最初の艦娘だよ。これがまた可愛らしくていい子なんだよ~!あとね、秘書艦っていって、提督を色々サポートしているの。鎮守府内では提督の次に偉いんだよ。」

「はぁ~じゃあ会長みたいにすごい人なんでしょうね。」

「すごいっていうかね~まぁある意味ドジっ子臭はすごいけど。おっとりやだけど頭良いし可憐で可愛いし、きっとこれからすごくなるかもしれない子。年下だけど仲良くしておいて損はないよ。」

 

 熱を込めて五月雨を紹介する那美恵だが、流留の反応はいまいちよろしくない。

「私はどうせならその提督って人に会ってみたかったのになぁ。」

「アハハ。まぁ内田さんとしてはやっぱりまだ男の人のほうがいい?」

「そうですね。まだ同性はちょっと。」

 仕方ないねと頷きつつ流留に理解を示し、那美恵は鎮守府本館に歩を進め、扉を開けて入る。そのあとに流留も続く。

 

 夕日が差し込む時間帯、ロビーは室内の明かりが強く辺りを照らし、夕日はグラウンド寄りの窓から差し込んで数m分床の見た目の色を変えるのみだ。ロビーには誰も居ない。

「誰も、いないですね。」

 ポツリと流留がつぶやいた。その一言は閑散としたロビーの雰囲気に寂しさをプラスする。すかさず那美恵は言い訳のようなフォローをする。

「まあ、まだ人少ないしね。内田さんを入れてやっと9人だし。あ、明石さん入れると10人かぁ。ともかくね、人少ないし艦娘以外の職員って言ったら工廠にいる整備士さんとか技師さんくらい。あと、たまに清掃業者の人がくるくらい。」

「なんか、思ってたより現実的な基地なんですね、鎮守府って。」

「どんなの想像してたの~?」

「いやぁ、アニメとか漫画のヒーローたちの基地のようなものっそメカニックな施設があったり、いっそ地下にあるのかと思ってました。」

「アハハ。現実はこんな感じだよ~」

 

 那美恵は歩きながら手を広げてクルリとまわり、辺りを指し示す。那美恵と流留はおしゃべりしながら階段を上がって上の階に行き、そして執務室の前に来た。

 

 

--

 

 コンコンとノックをする那美恵。すると中から女の子の声がした。

 

「どうぞ。」

「失礼します。」

 那美恵は真面目な口調で返し、そして扉を開けて中に入った。

「あ!那珂さん!数日ぶりですね!」

 流留は執務室なる部屋に入って真正面ではなく、脇にある机と椅子にいるちんまい少女を目の当たりにした。彼女は那美恵に気づくと、席を立って小走りでそばに近寄っていく。

 那美恵はというと、相変わらずの愛らしさを放って近づいてくる五月雨を那美恵は抱きしめたい衝動を抑え、右手で敬礼するように前に出して普通に挨拶を返した。

「やっほ、五月雨ちゃん。元気してた?」

「はい!那珂さんこそ、あれから艦娘部の展示いかがでしたか?」

 

 五月雨がいきなり核心をついてきたのでそれならばと、那美恵は本題に入ることにした。

 

「うん。今日はね、うちの後輩を連れてきたの。さぁ、五月雨ちゃんに挨拶して?」

「○○高校1年、内田流留です。川内と同調できたから、これからは艦娘としてよろしくお願いします!」

「はい!私は○○中学校2年の早川皐(はやかわさつき)って言います。この鎮守府では駆逐艦五月雨を担当しています。それと秘書艦です。よろしくお願いしますね!」

 元気よく深々とお辞儀を流留にする五月雨。長い髪が両肩からサラサラと滑り落ちて前に垂れる。髪が肩口までしかなく短い流留はそれを見て、長くて綺麗だけど手入れが大変そうだなぁとどうでもいいことを頭に思い浮かべていた。

 その前に、流留は握手をしようと手を前に出していたのだが、五月雨が先にお辞儀をしてしまったので手が宙ぶらりんになる。五月雨が上半身を揚げて姿勢を元に戻すと、彼女はやっと流留の手に気づいて慌てて手を差し出して握手を交わす。彼女の顔は少し朱に染まっていた。

 

 挨拶した五月雨は那美恵と流留をソファーに促した。二人とも座らず荷物だけをソファーに置き、那美恵は五月雨に確認しはじめた。

「あのさ、うちの学校の子が一応同調できたわけだけど、提携してる学校の生徒を艦娘にするのって、具体的にはどういう手順を踏めばいいの? あたしは普通の艦娘として採用されたからわからなくって。」

 那美恵の質問を聞いて、五月雨は少し得意げな表情になって解説し始めた。

「そうですね。学生艦娘制度で提携してる学校から艦娘を採用するときはですね、いつもやってる筆記試験はありません。同調できたという証明さえあればOKなんです。」

「なるほどね。一般の艦娘とは試験がないってところがポイントなのね。」

 

「はい!それでですね、ここからが大事なんです。同調できたということを、提督か工廠の人たちが同調率を確認して初めて、艦娘になる正式な許可を貰えるんです。」

 五月雨の説明の数秒後、那美恵はゆっくりとしゃべりながら確認する。

「ええと。つまりあたしが内田さんの同調率を確認したところで、それは正式な判定ではない、意味がないってこと?」

「はい。」五月雨はサラリと肯定した。

 

 それを聞いた那美恵は、額に手を当て、しまったぁ!という表情をした。流留は二人のやりとりをポカーンと見ている。つまりよくわかっていない。那美恵はそんな呆けている流留のほうを向き、説明した。

「内田さん。つまりね、提督か明石さんの前でもう一度同調してもらわないといけないの。」

「ふぅん。そうなんですか。」

「ゴメンね。二度手間三度手間になっちゃって。」

「いいですって。もーあんな恥ずかしい感覚がないなら何度だって試しますから。」

 

 流留のその発言を聞いて、那美恵だけでなく五月雨もウンウンと頷かざるを得なかった。

「アハハ…同調の試験はもう一度受けてもらいますけど、身体は一度同調できてるからもう大丈夫だと思いますよ。」

「ねぇ。五月雨さんもやっぱり初めてのとき、あの感覚あった?」

「……はい。」

 流留のカラッとした聞き方に、五月雨は恥ずかしそうに答えた。

 

「そっか。艦娘になる人はホントにみんな感じちゃうんだ。はぁ……」

 同調の仕組みは全然わからない流留だが、みな同じ経験をするのかとわかると、なんとなく自分が本当に艦娘の世界に足を踏み入れていることの実感が湧き始めるのだった。

 

「も、もうそれはいいよね? さて、あとは明石さんのところに行って続きをはなそっか。内田さん、行くよ?」

「え? あぁ、はい。」

 初同調のときの感覚の話題を自身が望まないタイミングであまり続けたくない那美恵は早々に本来の話題に矛先を戻そうと流留の服の裾を軽く引っ張った。それに気づいたのと、先輩が話題を変えたので流留はおとなしくそれに従うことにした。

 五月雨は二人が出ていこうとする後ろ姿を軽く手を振って見送った。

「はい、行ってらっしゃ~い!」

「そういえば五月雨ちゃんは何時までいるの?」

 執務室の扉のノブに手をかけ、開ける寸前に那美恵は五月雨のこの後の予定を尋ねてみた。するとン~と小声で唸った後に五月雨は答えた。

「あと20分くらいしたら帰ります。実は待機室に時雨ちゃんたちを待たせるので。本館は私達で戸締まりしちゃうので、那珂さんたちは工廠に行くんであれば、忘れ物無いようにしてくださいね。」

「おっけぃ。わかった。じゃあそっちはお任せしちゃうよ。」

 特に用事はないのだが、五月雨たちしかいないとなると本館の戸締まりのことが気になる。那美恵はその心配で尋ねたが、時雨たちもいるとなれば問題無いだろうと察して執務室を後にした。

 

--

 

 本館を出て工廠まで来た那美恵と流留。工廠の入り口はまだ大きく開いている。夕日が差し込んできているが、工廠の入り口付近はまだ電灯がついていない。

 那美恵たちはスタスタと工廠に入っていき、いまだ作業中の整備士たちに迷惑がかからないよう避けて中を進む。那珂として那美恵はすでに顔を知られているため、夕方の挨拶をしてくる整備士もいた。那美恵は挨拶し返し、彼(女)らに明石の居場所を聞いてさらに進む。

 明石は工廠内の一角にある事務所のような部屋で数人の技師と話していた。会議中かと思い、那美恵と流留が外から彼女らを眺めていると、外に見知った少女2人がいることに気づいた明石が話を中断して戸を開けて出てきた。

 

「あら?二人とも。どうしたの?」

「はい。川内の艤装を返しにきました。」

「あーはいはい。そうでしたね。そういえば神通の艤装はどうなりました?」

 当然聞かれるであろうことを聞かれた。先の体験により少し言いよどむ那美恵だったが、黙っていても仕方ないので、答えることにした。

「あたしは93.11%で神通と同調できたんです。ですけど……」

「え!?那美恵ちゃん神通とも同調できたんだ!!すっごいわね~。でも、なに?」

 軽く深呼吸をしたのち、那美恵は意を決して続きを口にした。

「それがですね。2回同調を試しまして、1回目にちょっとおかしな現象になったんです。2回めは問題なく同調できたんですけどね。」

「おかしな現象?」

「はい。」

 

 那美恵は神通の艤装との1回めの同調のときに起きた異常を事細かに説明した。途中で突然思考が乱されるくらいの脳への情報の流れ込み、そして激しい頭痛。途中で入り混じった那珂と川内の記録の情景のことも覚えていることはすべて話した。

 明石はそれを聞いてしばらくは呆然としていたが、眉間にしわを寄せて那美恵たちから視線をずらして何かを考え始めた。そして彼女は那美恵に近づいて口を開いた。

「ちょっといい?神通の艤装と一度こちらで通信するよ。」

「通信するとなにかわかるんですか?」

 まずは神通の艤装のコアユニットを那美恵から受け取ろうとする。

 

「うん。コアユニットにはね、数回分の同調の記録がされるの。そこで正常だったか、エラーがあったかをチェックできるようになってるのよ。」

「へぇ~。でもあたしたちが借りたタブレットのアプリではその時のエラーしか見られませんでしたけど?」

「そりゃあ、同調の連続した情報は一応機密に近い情報だもの。管理者権限のないアプリでは履歴は見られないようになっています。那美恵ちゃんたちに貸したのは一段階低い、利用者権限のものなのよ。」

 そう言いながら明石は那美恵たちを事務所に案内し、事務所内においてあったタブレットを手に取り神通の艤装のコアユニットを近づけて画面を操作しはじめた。

 同調の履歴情報を参照し始めると、最新より一つ前の履歴がUnknown Errorとなっていた。本来参照されるべきログが、アルファベットにもかかわらず、激しく文字化けを起こしてまったく読めない状態になっていた。それをまじまじと見た明石はため息を一つついた後、側にいた自社の技師に指示を出し、何かを持ってこさせた。

 それは、神通の艤装のコアユニットと同型の箱であった。接続するためのケーブルがついている。それを見た那美恵は何をするのか聞いてみた。

 

「一旦このコアユニットの情報を全部コピーします。神通を形作ってる艤装の情報もコピーするから少し時間かかるから、ちょっと待っててね。コピーし終わったら、申し訳ないんだけど、また那美恵ちゃんには神通の艤装と同調してもらいたいんだ。いい?」

 もともと神通の艤装との同調を見せびらかす目的もあったので那美恵は快く承諾したが、明石からの要求は少々数が多かった。

「いろいろテストケース、つまり試すパターンを増やしてやりたいから、時間かかると思うの。今日はもうこんな時間だし、那美恵ちゃんたちもあまり遅くなる前に帰りたいでしょ?私達も定時退社したいし。それでね、もし那美恵ちゃんの都合がつくなら、明日午前中付き合ってくれない?」

 

 那美恵は自身の想像よりもおおごとになりそうな予感がしてきて不安がのしかかってくる感じがしたが、仕方なしに承諾する。学校へは阿賀奈経由で、艦娘部の大事な仕事があると連絡することにした。

 艦娘部としても、顧問の阿賀奈としても、学校との折衝を含んだ艦娘関連の初作業であった。

 

 

 

--

 

 那美恵はもう一つ話さなければいけないことがあった。

 それは川内の艤装と同調できた流留の、本当の試験のことである。学生艦娘の同調の試験について五月雨から聞いたことを明石に伝えると、明石はそういえばそうだったと笑いながら口にした。

 

「あ~そういえばそうでした。学生艦娘でも普段は鎮守府に来て試験してもらってたからすっかり忘れてました。今回は外に持ち出すっていう初の事例だから運用がまずかったですね~。」

「やっぱり外持ち出しっていろいろ問題あるんですね……。あたしとしたことが、もっと色々確認してから言い出せばよかったなぁ。」

「でも事前に同調できたかどうかがわかるのは良いポイントだと思いますよ。私達や提督の業界でいえば、単体テストと運用テストみたいなもんでしょうね~。」

 

 明石は業界でしか使われないような単語を言い出し、那美恵たちの頭に?を浮かばせる。が、那美恵たちは彼女が伝えたいことはなんとなく分かる気がした。

 

「じゃあせっかくなので、明日は流留ちゃんにも午前中来てもらいましょうか。それで改めて同調の試験。いいですか、流留ちゃん?」

「はい!全然問題ないです!」

「じゃあ明日は駅で待ち合わせしよっか、内田さん。」

「はい。」

 

「じゃあ二人とも、9時過ぎに鎮守府に来てください。多分明日は提督いらっしゃると思いますので。」

「ホントですか!?」

 

 明石の想像で言った言葉にすぐさまに反応したのは流留だった。だが明石は提督のスケジュールを知らないので、そんな期待の眼差しで見られても困ってしまう。一応明石は流留にすぐさま断っておくことにした。

「あ~、提督のスケジュールは五月雨ちゃんが覚えてるはずですのでそれはあとで確認しましょうね。」

 結局その日は那美恵たちは神通の艤装を預け、翌日の約束を取り付けるだけに留めることとなった。その後工廠の入り口で明石と別れ、本館に戻った二人だがすでに鍵がかかっていた。あれから確認やら話し込みで、すでに30分経っているのに那美恵は気づいた。

 連絡はあとでメールかメッセンジャーですればいいと思い、特段やることがなくなったため那美恵は流留に提案してみた。

 

「ねぇ内田さん。もー誰もいないけど、鎮守府の他の場所見ていく?」

「いいですねぇ!夕方の海ってなんかかっこ良くて好きなんですよ!見ましょう見ましょう!」

 

--

 

 閉まっている本館を離れ、工事現場の隙間を抜けて倉庫群に来た二人。鎮守府に来た時よりも強く朱が辺りを支配していた。二人ともなんとなく無言でテクテクと歩く。向かう先は倉庫群の先にある海だ。

 小さな港湾施設の手前に辿り着いた二人。那美恵が口を開いた。

「ここはこの地元の浜辺・海浜公園だよ。あっちがね、鎮守府Aの港だよ。近くの会社や団体とか海自、あとは……たまに民間人にも開放されてるらしいよ。」

「へぇ~! 海自って聞くと、なんか身が引き締まりませんか?」

「え?」

 

「だってさ、あたしたち、と言ってもあたしはまだ正式には艦娘じゃないですけど、艦娘が本当に国に関わる組織なんだなって実感湧いてくる感じです。海自と関係深いんですよね?」

 流留の素朴な質問だった。一度艦娘として海自と連携したことあるので、両者がなんだかんだいっても切っても切り離せない関係なのかもと思うところがあったので、那美恵は素直にその気持ちを流留に伝える。

 

「多分ね。あたしもそんな詳しいわけじゃないけど、一応海自の人と出撃任務したことあるし。」

「え!?マジですか!?すっごーい!」

 素っ頓狂な声を上げて驚きを見せる流留。周囲に人はいないので響き渡った叫び声がなんとも夕暮れ時の海辺の寂しさを増長させる。那美恵はそんな驚きを見せる流留に一言伝えた。

「あのさ。展示の説明の時、一度説明してるんだよ。覚えてない?」

 那美恵から指摘されると、恥ずかしそうに申し訳なさそうに流留は弁解した。

「あの時はすみません、ぼーっとしてて頭に入ってこなかったもんで覚えてなかったです。」

「あ、そっか。そうだったよね。ゴメンね、嫌なこと思い出させて。」

「ううん。いいですって。もうどうでもいい過去のことですし。」

 

 思わず触れてしまった、先の流留の問題の発端たる告白直後の出来事。那美恵は流留がまだ心のどこかでその時の心の乱れを気にしているのだろうかと、なんとなく心配をしていた。しかし、流留の口ぶりからはそのような不安げな様子は見られない。あまり裏表がなさそうな彼女のこと、おそらく本当にもうどうでもいいのだろうと、那美恵は納得することにした。

 

「はぁ~!気持ちい~! 早く海に出たいな~!!」

 突然流留は背伸びをして叫び声を上げた。夕暮れ時の静かな海、叫びたくなる気持ちもなんとなくわかる気がする。那美恵は後輩のはしゃぐ姿を見てクスリと微笑んだ。

「アハハ。正式に艦娘になったら、一緒に外に出てみる?」

「はい!その時はお願いします!」

 女二人の夕暮れ時の海辺での会話はそのあと数分続いた。鎮守府を離れる頃にはすでに18時を回っていた。遠目から見て工廠にはまだ明かりが灯っている。まだ誰かしらいるのだろう。

 あえてまた立ち寄る気もなく、二人は駅に向けて歩き帰路についた。

 

 

 

--- 4 神通受け取り

 

 翌日、那美恵と流留は9時手前に鎮守府のある町の駅の改札口付近で待ち合わせした。

 

「おはよ、内田さん!準備おっけぃ?」

「はい。問題ないでっす!」

 

 軽く言葉を交わし合った後鎮守府に向けて歩いて行く。鎮守府に到着した二人はまず本館に入り、執務室を目指す。後ろから流留がついてくる。

 コンコンとノックをする。すると、中からは男性の声が聞こえてきた。

「失礼します。」

 那美恵は丁寧に言い扉を開けて中に入る。

 

「おはよ、提督!」

「おぉ、光主さん。その後はどうだい?そっちの状況ちゃんと聞いてなかったから心配でさ。」

「うん。ついにね、川内の艤装と同調できた生徒見つけたよ。んで、ちゃんと艦娘になる意思も。さ、内田さん自己紹介自己紹介!」

 

 流留はついに待ち焦がれた、提督なる存在を目の当たりにした。そこに立っているのは、彼女にとっては見知らぬ男性ではあったがどことなく懐かしい感じのする人だった。

 思わずどもりながらしゃべるかたちになる。

 

「あ、どうも!……じゃなくて初めまして。あたし、内田流留っていいます。○○高校1年です。この度川内の艤装と同調できて、川内になりたいと思ってます。よろしくお願いします!」

「はい。初めまして。君なんですね。川内の艤装に合格できたのは。いや~うれしいよ軽巡が増えるのは。どうか、俺たちの力になってください。」

「はい!」

 

 ものすごく舞い上がり気味の返事をする流留。それを脇で見ていた那美恵は、その反応に怪訝な様子を感じるも、特にそれ以上は気にしないでいた。

 ひと通り互いの挨拶が終わって落ち着いた空気になった頃を見計らって那美恵は前日のことを提督に伝えた。すると提督は大体ほとんど明石と同じ反応を示し、二人にこう言った。

「あ~そうか。そうだったな。きみが突飛な提案するもんだから俺もそれに引きずられてすっかり忘れてたよ。五月雨の指摘がなかったら危なかったわ。五月雨のいざというときの仕事っぷりに感謝感謝。」

「も~しっかりしてよ。普段のドジっ子は五月雨ちゃんだけで十分だってぇ。」

「ハハハ、ゴメンゴメン。」

 

「で、どうすればいいの?内田さん、今日中に同調の試験させてもらえるの?」

「あぁ、それは大丈夫。今から工廠行って明石さんと俺とでチェックするよ。それを今日中に大本営に連絡する。学生艦娘制度内のことなら多分すぐに承認されると思うから、そしたらすぐに準備に取り掛かれるよ。」

 提督の説明に那珂は思い出したことを茶化し気味に反芻する。

「準備ってことは、つまり内田さんのボティチェックするんだよね?」

「……その言い方はやめなさい。身体測定って言いなさい。」

「アハハ。まだあたしの時の根に持ってる?せっかくだから今度こそ提督自ら内田さんの身体測定してあげれば?」

「だーから、そういう冗談はやめてくれy

 

 

「え!?提督に何かしてもらえるんですか?お願いします!!」

 

 

 

 提督と那美恵の掛け合いを話半分で聞いていた流留はそれを真に受けてしまった。というよりその辺りの事情がよくわかっていないがための発言だ。

「えっ?あ、あのぉ内田さん?そんな真に受けられても逆に困るんですけど……?」

 てっきり突っ込んでくれるかと思いボケてみたのだが、真に受けられて那美恵は慌てた。提督はなおいっそう慌てる。

「う、内田さん?」

 流留はキラキラした目で提督を見ている。提督はもちろんのこと、那美恵もどことなく調子が狂ってしまった。

 

「ちょっとすまないね。」

 そう言って提督は那美恵の肩を軽く叩いて流留から少し離れたところに引き寄せる。そして小声で流留のことを尋ねた。

「なぁ。あの子ちょっとアレなのか?天然入ってたりする?」

「ううん。そんなことはないはずだけど……あ!もしかして。」

「何か思い当たることがあるのか?」

「実はね…」

 

 那美恵は先日流留より直接聞いた彼女自身のことで、一つ関係しそうなことを思い出しながら提督に打ち明けた。

 それは、先日まで関わっていた流留の集団いじめのことだった。実のところ流留がさきほどのような態度を取った原因は、そのいじめのときの体験だけではないのだが、那美恵は流留から彼女の本当の身のうちをすべて聞いたわけではないので、今このときは学校での出来事をオブラートに包んで伝えるのみにした。それを聞いた提督は苦々しい顔をして、流留をチラリと眺め見た後言った。

「そうか。そういうことがあったのか。もしかしてそれで同性不信気味で、余計男性に過剰に接するようになりかけているのかもしれないな。ただ、どうもそれだけじゃない気がするな。」

「どういうこと?」

 提督の懸念が気になったので那美恵は尋ねる。

「いやな?さっきから俺を見る目がちょっとキラッキラしてるんだよ。なんだか妙に期待されてるというか、もしかして……惚れられたとか。」

 提督の最後の一言を聞いて、瞬間那美恵はポカーンとし、数秒後に思わず失笑して提督の肩をパシパシと叩いてツッコミを入れた。

 

「プッ!アハハ! ちょっと提督、自意識過剰~!それはどーだろ?いくら彼女でも、提督にぃ~」

 

 離れたところでケラケラと笑い始めた那美恵を見てビクッとする流留。二人が何を話しているのかよくわからずあっけにとられている。肩をパシパシ叩かれた提督は少し赤面して那美恵に言い返す。

「いや、俺はそんなつもりじゃ……」

「じゃあどーいうつもりなの?」

 那美恵は口を尖らせ少しかがんで提督をやや下から見上げるように返す。提督は赤面しつつ那美恵から視線を少しずらして拗ねたような口調で答えた。

 

「ともかく、なんか気になったんだよ。」

 

 気になった。その一言に、那美恵は心にズキッとくる。

「ん。いいよ別に。提督がどう思おうがお任せするよ。けどね、うちの後輩を傷つけたら、許さないからね?ただでさえ先のようなことがあったのに。艦娘の世界でも何かあったら彼女本当に苦しんじゃうもん。提督はあたしたちみんなを気にかける立場なんだから、誰か一人にかまけたりしたら、ダメだよ?」

「あぁ、わかってるって。」

 二人が長々と離れたところで話しているので、いい加減苛立たしくなってきた流留は二人に向かって叫んだ。

「ちょっと二人共!いい加減あたしを仲間はずれにするの、やめてもらえます?」

「あぁ、すまんすまん。」

「ゴメンね、内田さん。」

 提督と那美恵は慌てて流留のそばに小走りで駆け寄っていった。

 

「……コホン。内田さん。さすがに俺が女の子であるあなたに触るのは問題あるんだよ。それはわかるよね?高校生だもんな?」

 提督から直接指摘され、初めて流留は自分の発言の取られ方を理解した。瞬間、ボッと音が出るかのように顔を真っ赤にして提督に言い訳をして謝り始める。

「あ!いや!あの……そういうことじゃなくて、アハハ……そ、そうですよね~あたしったら初対面の人に何言ってんだろ……。」

 手でうちわのようにパタパタと仰いで顔のほてりを和らげようとする流留。その様子で、どうやら素による発言だと察した那美恵。過去に流留に何かあったのだろうかと想像するが、それをわざわざ彼女に聞くのもはばかられるので、心に思うだけで黙っていた。

 それから提督はあえて流留の様子に触れず話を進める。

 

「……というわけで内田さんの身体測定は光主さんかあとは……明石さんか妙高さんにでも頼むから。その時になったら指示します。」

「「はい。」」

 

 気を取り直した提督の指示に那美恵と流留は真面目に返事をした。そして3人は流留の同調の試験のため工廠に向かった。

 

 

--

 

 工廠に着くと、明石はちょうど出入り口に立って搬入した資材の確認をしているところだった。彼女は提督や那美恵に気づくと作業の手を休めて3人に声をかけてきた。

 

「おはようございます、提督。それに那美恵ちゃん、流留ちゃん。来てくれたんですね~」

「おはよう、明石さん。」

「おはよ!明石さん~」

「おはようございます!明石さん!」

 

 提督が真っ先に明石に近寄り、目的を伝える。

「明石さん、今大丈夫かな?」

「えぇ、大丈夫ですよ。」

「あぁ。多分知ってるんだろうけど、この度光主さんの高校で学生艦娘の候補がいるんだよ。」

「存じています。そちらにいる流留ちゃんですよね。昨日いらっしゃったので話を先に伺っておきましたよ。」

「そうか。それなら話が早い。早速だけど内田さんの同調の試験をしたいんだ。準備してもらえるかな?」

「はい。了解です。」

「あぁ、それとこの前神通の艤装届いたろ?いい機会だから光主さんに同調のチェックをしてもらおう。」

 

 提督の一言を聞いて、そういえば内緒でこっそりと持ち出したことを思い出して明石はドキッとした。それは那美恵も同じだったようで、明石と那美恵は提督から少し離れたところに駆けて行ってひそひそ話し始めた。もちろん口裏を合わせるためである。

 お互い、提督に話せない事情を持っているためだ。

「ねぇ那美恵ちゃん。私がこっそり神通の艤装を持ち出したこと、提督に話してないですよね?アレ、内緒にしてね?」

「もちろん言うわけないじゃないですか。あたしだって昨日の同調の異常を提督に知られたくないんです。だから明石さんこそ、黙っていてくださいね?」

 

 お互いの利害が一致したので、二人は無言で頷いて提督の側に戻っていく。そして明石は提督の言ったことに賛同した。

 

「了解しました!那美恵ちゃん、神通の艤装と同調できるといいですね~?」

 明石のそのセリフに流留が反応して明石に対して言った。

「なに言ってるんですか、明石さん。昨日来て話したじゃないですk ムゴゴゴ!!

 

 途中で流留は那美恵に口を塞がれ、言おうとしたその先の言葉を言えなかった。詳しいことはわからないが、言ったらまずいことがあるのだなと、流留はなんとなく察した。3人の少し変わった様子を見て提督は怪訝な顔をしつつも、明石が同意したためにそれ以上は気に留めず、あとの準備作業を全て任せることにした。

 

 

--

 

 明石は一旦工廠内に戻っていき、先日返却された川内の艤装一式と試験用の端末を持ってきた。端末を手にしてそれを操作したあと、流留に向かって促した。

「それでは流留ちゃん。一応決まりですので、もう一度艤装を身につけてもらえますか?」

 そう言って明石が手で指し示した艤装に流留の心は高揚感に包まれた。展示の写真で見た艤装(の各部位)。それらが全て揃っている、艦娘の艤装の本来の姿を形作る物。流留はゆっくりと川内の艤装に歩み寄り、各部位をまじまじと眺める。後ろから那美恵が流留に声をかける。

 

「全部装備するのは初めてだっけ?」

「はい。」

「手伝うよ?」

 流留はコクリと頷いた。那美恵に手伝ってもらい、流留は川内の艤装全てを装備した。

 

「それでは同調、いってみましょう。」

 明石が指示を出した。流留は心を落ち着かせ、これまでに教わった方法でゆっくりと同調をし始める。この瞬間、流留は見た目にも初めて軽巡洋艦川内になった。

 コアユニットだけをつけていたときよりも、全身の感覚が異なる。軍艦川内のあらゆる情報が、適切に各部位に伝わった証拠でもある。ゆっくりと目を開けて、後ろにいた那美恵や少し離れたところにいた提督や明石に視線を送った。

 

「同調率は、90.04%です。問題ありませんね。」

「おめでとう、内田さん。あなたはこれで本当に合格です。この記録はすぐさま大本営に送信するから、今日中にも続報を伝えられると思います。」

「は、はい……。」

 

 川内はあっさりと同調の試験が終わったことに拍子抜けし、へたり込む。

「ちょ!内田さん、だいじょーぶ!?」

 那美恵が駆け寄るが、川内はすぐに立ち上がって那美恵に笑顔を見せて無事を伝えた。

「大丈夫ですよ。なんかあっさりした感動っていうんですかね、拍子抜けしちゃって。」

「そりゃね~これで計3回も同調を試してるんだものね。まさに三度目の正直ってやつですよ~内田さ~ん。」

 茶化すようにわざと敬語を混ぜながら那美恵は川内となった流留に声をかける。川内はその一言にハハッと笑った。その笑みには、やっとだ、という安堵感が含まれていた。

 

「あの。これで動きたいんですけど、いいですか?」

 かねてより艦娘の状態で動いてみたくて仕方がなかった川内はそんな提案を誰へともなしにしてみた。それには提督が答えた。

 

「気持ちはわかるけど、もうちょっと待ってほしい。」

「え~、ダメなんですか?」

「あぁ。大本営から承認されないとね、万が一内田さんの身に何かがあったときに、安全を保証できないんだ。俺としても事故を起こした鎮守府のダメ責任者になりたくないからさ、頼むよ?」

「はい。じゃ待ってます。」

 

 不満気味な川内だったが提督の言うことに素直に従うことにし同調を切った。川内はその瞬間、艦娘川内から内田流留その人に完全に戻った。

 流留が同調を切ったので明石も端末側から艤装の電源を切断する。そして流留に艤装を外すよう指示を出した。流留の艤装解除は那美恵が再び手伝うことにし、二人は取り外す作業をし始めた。

 その間明石は提督と話し、川内の正式な着任準備のてはずを相談した。

 

 流留が艤装を全て外し終わった頃には提督と明石の話も終わっていた。そして提督が流留と那美恵に伝える。

「この後の流れなんだけど、光主さんも聞いておいてほしい。それを四ツ原先生に伝えて欲しいんだ。いいかな?」

「はーい。わかりました。」

 那美恵が返事をした。

 

「大本営から承認されたら、川内の制服を作るために身体測定をしてもらいます。それを大本営の艤装装着者統括部に伝えると、後日制服が届くからそれを内田さんに試着してほしいんだ。で、問題なければ着任式を開きます。これは光主さんは出たことあるからわかるよな?」

「うん。アレを内田さんにもやるんだよね?」

「あぁ、そうだ。それを持って、内田さんは鎮守府Aの軽巡洋艦川内に正式になるんだ。」

 

「着任式?」

「うん。うちの鎮守府ではね、艦娘が着任すると着任式を開いてくれるの。その場で着任証明書をもらうと、晴れて鎮守府Aの艦娘になれるの。ま、といっても強制じゃなくて自由参加で気持ちの問題だから、あまり深く考えることないよ。」

 提督の代わりに那美恵が説明すると、流留はかなり乗り気で答える。

「へぇ~。あたしそういうの結構好きです。なんか熱いですよね。これから戦うんだって感じで。熱血ですね~。」

 

「よかったね~提督。内田さんも着任式やってほしいってさ~」

 流留に頷いたあと那美恵は提督に向かって茶化し気味に言うと、提督は笑顔で返した。

「あぁ、乗ってくれるなんてうれしいよ……。」

「提督ってば、ほんっとそういうこと好きだよね~」

 子供みたいな無邪気な笑顔で喜ぶ提督に、那美恵は再び茶化しつつも、その笑顔に心臓が跳ねる感じがした。流留はというと、那美恵と提督のやりとりをぼーっと眺めている。

 

「川内についての説明はここまで。着任式にはできれば四ツ原先生にも出てほしいから、その辺伝えておいてくれ。」

「はい。りょーかい。」

 

 

--

 

 提督は川内着任についての説明を終えると、気持ちを切り替えて次は那美恵の方を見て次の話題を口にした。

「それじゃあ次は、神通の艤装、行ってみようか。」

「は、はい。」

「じ、じゃあ那美恵ちゃん、早速艤装つけてみましょっか?」

「はーい!」

 明石と那美恵はやや慌てた様子で反応した。

 

 那美恵は明石の側にあった神通の艤装に近づいていく。足元にあるという距離まで近づいたのち、明石に先のことを小声で確認する。

「昨日の件、あれどうなったんですか?」

「うん。今解析してるからもう少し待ってね。もしかすると1ヶ月くらい必要になるかも。これから同調してもらう際の結果もログに取るから、艤装はガンガン試しちゃってね。」

 

 明石のやや専門的な言葉を聞いて、ログというものがよくわからないと感じつつもそのあたりは自分は気にせず明石に任せればよいと信頼しきっていたので特に気にしないことにした。そして早速神通の艤装を装備し始める。

 那美恵が神通の艤装を装備し終え、明石にむかって合図を送ったのを明石は確認した。明石が何か操作したのを見届けると、那美恵は同調を開始した。

 

ドクン

 

 3度目の同調となると、ある程度覚悟はできている状態であったが、それは杞憂に終わる。2回目とまったく同様に、至って問題なく同調は成功した。

 今回は、93.99%と、前回よりも上がっていた。その数値を見た提督は、那美恵がついに川内型の艤装全てに同調できたことに本気で驚き、すぐに喜びを表した。

 

「おぉ!!光主さんすごいな!? 那珂と川内だけでなくて、ついに神通にも合格だ!!すごいじゃないか……」

「えへへ~なんか一人で3つなんて申し訳ないけどね~。」

「いやいや。本当に一人で3つの艤装と同調できるなんて艦娘制度始まって以来の快挙じゃないか?」

 提督の言葉に続いて明石が調子よくしゃべりだした。

「すごいですよね~那美恵ちゃん。これを大本営や他の鎮守府に知らせたら、きっと有名になれますよ!」

「有名に?」

「えぇ。那美恵ちゃんの夢もあながち夢でなくなるかもしれないですよ。せっかくだから、もう1回念押しで試してみましょうか。ほんとに本当の結果かどうか。」

「おいおい。同調は何度やってもそう大きく変わるもんじゃないって明石さん自分で言ったじゃないか。」

 明石の提案にツッコむ提督。

 

「エヘッ。それはそうですけど、これはすごいことですし、ほっぺたつねるのと同じようなことですよ。さ、那美恵ちゃん。もう1回いってみましょ?」

「あっ、はい。」

 ウィンクをする明石の意図に気づいた那美恵は一拍置いてから返事をして、一度切った同調を再びして、明石にその結果を保存してもらった。

 

「93.99%。もー完璧です。絶対有名になれますよ、那美恵ちゃん。私も会社とかで推しておきます。」

「アハハ。明石さん、あまり強引にはやらないでくださいね~。」

 明石の妙な強引さに押されつつも那美恵は言葉を返した。

 

 ただ口では遠慮気味に言ったが、アイドルになれる・有名になれる、それは那美恵にとって心の底から嬉しいことだった。が、正直喜ぶことはできないでいる。それは、1回目の神通の艤装の時に発生した異常が頭の片隅にちらついていたからだ。専門的なことはわからないが、このことがよそにも知られてしまえば有名になるのではなくさらし者になるのではないかと危惧するところもあるからだ。

 ただ表面上は、提督と明石にむかって笑顔で返すことにした。

 

「夢かぁ~。なーんか複雑。」

 艤装を外しながらつぶやく那美恵に明石は近づいて言葉をひっそりとかけた。

「あの……那美恵ちゃん。提督がいらっしゃるので、必要なテストはまた後日ということでお願いしますね?」

「あ、はい。」

 急に現実に戻されたような感覚を覚えた那美恵だが、確かに今このときは夢よりも、自分の身に起きかけたことの確認が先だった。その後那美恵は明石から指示を受けた日、つまりは提督がいない日に明石に付き合い、必要な同調のテストをしてデータを預けることになる。

 

 

 

--

 

 那美恵が神通の艤装との同調に合格したということで、川内のときと同じく、提督の許可をもって、初めて鎮守府外への持ち出しができることになった。今回は正式なお達しということで、那美恵も明石もホッとする。

 時間にして10時すぎ。このあと那美恵と明石は川内の制服のために流留の身体測定をすることにしそれを書類にまとめた。その後執務室に戻っていた提督に報告した。

 

 その日に終えられる作業を終えると、時間は12時ちかくなっていた。さすがに那美恵と流留は学校に行かないといけない。念のため那美恵は阿賀奈に連絡を取ると、気を利かせてくれたのか、午前中いっぱいということで、艦娘の課外活動のため学校側から許可を得ているという。そのため那美恵たちは安心して登校することができた。

 鎮守府を出る前に明石から神通の艤装のコアユニットを受け取り、最後に執務室に行き提督に挨拶をしてから学校に向けて出発した。

 

--- 5 艦娘になろうとする少女

 

 那美恵と流留はお昼時、約40分弱かけて鎮守府から高校へと登校してきた。艦娘たる少女たちが自身の学校に遅刻しても怒られずに済むのは、大本営(防衛省・厚生労働省・総務省の艤装装着者制度の担当部署をまとめた呼称)および鎮守府と、各学校の制度内における提携により、少女たちの学生生活の保障がされるからである。

 そのため二人は堂々と午後登校をすることができた。

 

 那美恵は手に紙袋をぶら下げている。それは午前中に同調の試験をして合格した神通の艤装のコアユニットだ。2度もこっそりと同調してすでに合格圏内の同調率を表していたのだが、怪しい問題があったため工作艦明石に相談したのち、改めて提督と明石の前で同調の確認をする羽目になっていた。

 3度目の正直ということわざがあるように、3度目の同調にて初めて(提督の許可を得て)公式に鎮守府外に持ち出せるようになったのだ。

 

 那美恵と流留が高校のある駅につき、途中にあるアーケード街を歩いている頃には、すでに12時30分をすぎていた。そのため通学路途中でパンや飲み物を買ってから学校へと戻っていった。校舎に入ると二人はその足ですぐに生徒会室へと向かった。神通の艤装を保管するためだ。

 校内はお昼を食べる生徒、校庭で遊ぶ生徒各々自由に振舞っているため、午後からの登校をしてきた那美恵と流留を特に気に留めない。ただ生徒たちが唯一気になったのは、なぜあの内田流留が俺達(私達)の生徒会長と一緒にいるのだろうと怪訝に思うくらいである。明らかな集団いじめは鳴りを潜めたとはいえ、一度根付いた印象により、実は流留へのいじめの根はわずかだが残っているのに那美恵も流留も気づいていない。

 ただ艦娘部に入った今は、先の対応もあって人々は気に留めない=実質的な無視という周りからの扱いは流留にとってむしろ好都合になっている。つまり気楽に艦娘の仕事に集中できるということである。

 

 二人が生徒会室に入ると、三千花と三戸、そして和子というおなじみの顔ぶれがあった。午後登校ということを三千花は那美恵と同じクラスかつ生徒会というために聞いていたので事情をわかっていた。一方の三戸と和子は知らされていなかったのであとで三千花から聞いてやっと事情を把握していた。

 

「おそよう二人とも。もう艦娘の用事は済んだの?」

 やや皮肉混じりの朝の挨拶をして三千花が尋ねた。

 

「うん。こうして神通の艤装も今度は提督から正式に許可もらって戻ってきたぜぃ!」

 那美恵は手に持っていた紙袋を掲げて示す。それを見た三千花らは思い思いの反応をする。

「おお!これで展示に新しい艤装が使えるんっすね!今度はどんな子が同調できるんっすかね~?」

「三戸くんも楽しみぃ?」

 三戸の反応を見て那美恵が心境を聞いてみると、それに勢い良くはい!と三戸は答えて期待を大きくかけるのだった。

 

--

 

「そういえば昨日の展示の時も来たわよ、あの子。」

「え?また?」

 

 三千花が触れた”あの子”、それは以前より何度も川内の艤装との同調を試しに来ている、神先幸。和子の友人その人だ。一度同調できずに帰ったと思えば、翌日、翌々日、そして次の日と、何度も同調を試しに来るその少女、那美恵達はその少女のことをかなり気にかけていた。何度も同じことを試しにくればいいかげん覚えてしまい、気にするなというほうが無理な話だ。本人が気にしている以上に実は目立っている。

 神先幸は和子が語るところによると、成績はかなり良いが物静かで目立たない娘。友人の和子に対しても彼女は口数少なく人見知り、心の内をあまり明かさないことから、捉えどころがない少女だ。

 

「彼女なんて言ってた? 艤装ないって言ったんでしょ?」

「えぇ。ただ顔色一つ変えずにそうですかってポツリと言ってさっさと出ていってしまったわ。」

「さっちゃんが無愛想で申し訳ありません。」

「なんでわこちゃんが謝るのさww」

「いえ。友人としてはなんか申し訳なくて。」

 

 和子としては彼女の唯一の友人として、せめて先輩たちましてや生徒会長と副会長という生徒側の最高権威者トップ2に対してはきちんと接してほしいと思っていた。実のところ、幸の無愛想とも取れる態度による人間関係のいざこざが起こりそうな場合には、陰ながら和子がフォローをしていたのだ。和子は生徒会だけでなく、変わり者の友人に対してもかなり気を使うシーンがある日々を送っていた。

 そんな人知れず苦労人の和子は、幸のことがかなり気にいっている。幸がどう思っているかは和子は知る由もないが、友人のために苦労をするのがなんとなく性に合っている気がしているので、気を使ってフォローする行為も和子としては全然まったく嫌ではなかった。

 

「彼女、多分今日も来ますから今日は艤装があるって教えたらきっと喜びますよ。」

「神先さんの喜ぶ顔、いったいどんなんなんだろうね~?」

「感情あまり出さなそうだから想像つかないわね……。」

「あの、その神先さんって?」

 

 幸の事情をまったく知らない流留が質問した。そういえばそうだったと那美恵は丁寧に説明してあげることにした。

「……というわけなの。」

「へぇ……じゃあその神先さんは艦娘になんとしてでもなりたいってことなんですかねぇ~?」

「多分ね。直接本人から聞いたわけじゃないからホントのところはどうだかわからないけどね。」

「ふぅん。聞く限りだと変わり者っぽいなぁ~」

 

 流留が言ったその一言、彼女以外の全員が心の中で”あんたも大概変わり者だよ”とツッコミを入れた。もちろん口には絶対に出さない。那美恵から見ても流留も神先幸も同じ程度に変わり者と思っている。さらに三千花からすれば、那美恵も流留も神先幸も3人とも十分変わり者だろとツッコミを入れるに十分な存在であった。

 

「ま、今日の展示で期待しよ。内田さんも今日から手伝ってくれる?艦娘の展示。」

「へ?あ~まあいいですけど。でもあたしがいて大丈夫なんですかね?」

「なーに言ってるの!内田さんはもう立派な艦娘部の部員なんだよ!?この展示は主催艦娘部、共催生徒会っていう名目なんだから。部員である以上はきっちり手伝ってもらいます。いい?」

「あたしはてっきり鎮守府内でしか活動しなくていいのかと思ってましたよ……。」

 

 その日から艦娘の展示には流留も参加することになった。ただし、流留は未だ生徒たちからの印象が回復しておらず気まずいだろうということで、パネル等の運び出しと、艤装の同調の手伝いのため別区画で待機することになった。つまりなるべく他生徒と接触させない。

 

--

 

 午後の授業が始まり、各々普通に授業を受けそして放課後になった。那美恵たちは生徒会室に集まり、艦娘の展示の一式を視聴覚室に運び始めた。もちろん流留も一旦生徒会室に来ての作業だ。

 全て運び出し終わりその日の艦娘の展示が始まった。

 さすがに1週間以上経つともはやほとんど人は来ない。どうやら那美恵は自身が危惧したとおり、生徒たちの艦娘への興味は途切れてしまったと判断せざるを得なかった。その日は30分以上待っても誰も来ない。

 

「ねぇみっちゃん。昨日は何人来た?」

「えぇと、3人ね。もちろん神先さんも入れて。もうそろそろ人来なくなるかもしれないわね。」

 

「そっかー。人来ない日が2~3日続いたら、もうやめよっか。」

「いいの?まだ神通になれる人いないでしょ?」

「いいかげんに視聴覚室を借りるのも限界だろうし、艦娘部の部員必要人数3人集めの猶予期間も限界だから、あとは直接めぼしい人に話しかけて地道にアタックしていくしかないかなぁって思ってるの。」

「まぁ、なみえがそうしたいならいいわ。そうなっても私達も手伝うからさ。」

「ありがとみっちゃん!」

 

 そう話していると、その日最初で最後の見学者が来た。

 

 外から和子の声が那美恵たちの耳に飛び込んできた。そのため誰が来たのかが一発で理解した。

「あ、さっちゃん。今日も来てくれたの?」

「…あ…もにょもにょ……うん。」

 

 相手の声は小さすぎて那美恵たちからは全く聞こえなかったが、和子の相手への呼び方で、神先幸が来たのだと判明した。

「……いい?」

「うん。いいよ入って。」

 そうして入ってきた神先幸。那美恵たちは直接しっかり話したことはなかったが、和子からそれとなくいろいろ聞いていたため、ニコニコしながら幸を迎え入れた。

 

「神先さんだったよね?」

「!! ……はい。……ゴメンナサイ。今日も来ま……した。」

「そんな遠慮しなくていいからさ。今日も試すんでしょ?艤装の同調。」

 那美恵のその確認に、幸は言葉を発さずにコクンと頷いて肯定した。

「今日の艤装はね、この前までの艤装とは違うよ。神通っていう艦娘用の艤装なんだよ。だから遠慮せずガツンと試しちゃってね!」

 

 そう言って那美恵は艤装のある区画に案内した。幸はかれこれ数回は同じことをしているので、別に案内されなくても一人で行けるとわかってはいたのだが、勝手にスタスタ行くわけにもいかずおとなしく那美恵の案内に従った。

 

 

--

 

 艤装のある区画には流留がいた。幸は彼女のことを周りから聞こえてくる噂によって知っていた。だが自分とは見た目の印象も住む世界も違う人だと思っていたので、正直なところ先の噂話や流留への集団いじめには無関心、ノータッチだった。そもそも人付き合いが苦手なため、仮に一緒にいたとしても絶対に話さないであろうと思っていた。

 そんな自分とは違う人が側にいる。なんでいるのか不思議に思っていると、那美恵はそれを察したのか説明してきた。

 

「そうだ。神先さんに紹介しておくね。彼女はね、この前まであった川内の艤装に同調して、正式に艦娘になることになった、内田流留さんだよ。」

「はじめまして。同じ一年の内田流留よ。今度艦娘川内になるんだよ。」

 

 幸はそれを聞いて愕然とする。艦娘に先になってしまった生徒がいた。てっきり何度も試し続ければいつかは艦娘という存在になれると思っていたところに、先を越されてしまった。そのことにショックを受け心臓がキュッと縮み込む感覚を覚える。

 目の前にある艤装は違う艤装だと生徒会長が言った言葉を頭の中で噛みしめる幸。この際、艦娘になれるなら何でもいいやと諦めにも似た感情が首をもたげていた。

 

「あ……どうも……よろしく…おねがいします。」

 その場にいたということで挨拶をかわし、それが一通り済んだのを見届けると、那美恵は幸を神通の艤装の前へと促した。

「それじゃあ神先さん、さっそく前みたいに艤装を身につけてみよっか。」

 幸はコクリと頷き、那美恵の指示通りに神通の艤装のコアユニットとベルトを身につけた。ふと、心を落ち着かない、妙な気持ちになった。艤装とやらの電源は入っていないはずなのに、幸は身につけた瞬間から、この前の川内の艤装のときとは明らかに違う感覚を感じ始めた。

 

「それじゃあ、電源つけるわよ。」

 艤装の同調チェックの際のアプリの操作は三千花の役割になっていたため、那美恵たちから少し遅れて艤装のある区画にやってきた三千花は自然とすぐさまタブレットを手にとり、幸の準備が終わるのを待っていた。

 そして三千花はアプリから、神通の艤装の電源を遠隔操作でつけた。

 

 

ドクン

 

 

 幸は、全身の節という節がギシリと痛むのを感じた。しかしそれは一瞬。それが収まると同時に上半身と下半身に電撃が走ったような感覚を覚え、特に下半身に熱がこもるのを感じ、恥ずかしくなってくる。誰にも見られたくない。

 

 

 瞬間。あぁどうせ試すなら、お手洗いに行っておけばよかったなと、後悔した。

 

 

 その直後に頭の中に流れ込んできた大量の情景。

 午後11時過ぎという夜の海、右に旋回し続けたら仲間にぶつかってしまったとある光景、

 銃を持った多くの人を、遠く離れたある泊地に運ぶ自身と数多くの小さな艦のいる第三者視点の光景、

 とある泊地で、回りで騒ぐ銃を置いた人たちと銃を持たない人を静かに見つめ、ただひたすら戦の命を待ち続ける自身のいる自分視点の光景、

 止めに、超高出力の光を放ち続ける自分に向かってくる中空からの燃える弾と海を進む一撃必殺の何かを見、身体の真ん中から砕かれ引き裂かれた自分、最期に見えたのは何も見えぬ夜の海の光景。

 

 他にも細かな情景が様々な視点で飛び込んで頭痛を引き起こす。頭が割れそう。そして下半身が濡れて気持ち悪い。Wで気持ち悪い。今の自分の身に起きた異変・異常を止めたくても止めるすべがわからない。

 幸はただひたすら、顔を真赤にさせて俯き、異常が収まるのを黙って待つことしかできないでいる。

 幸の異変に那美恵、流留、三千花はすぐに気づいた。タブレット上の数値は、87.15%と、合格圏内なのは間違いない。しかしそれを喜べない状況がそこにあった。3人とも同じ感覚を覚えたことがあったので同情にも似た感情を浮かべる。どう見ても神先幸のはかなりひどい。幸の足元にはポタポタと滴が落ちてきて止まらない。

 

「あ、あたしとりあえず拭くもの持ってくるね!」

「あたしも行きます!」

 

 慌てた那美恵のあとに流留が付き従って区画を出て行く。三千花はその場に残り、幸のフォローにまわる。那美恵は視聴覚室を出る前に和子に幸が粗相をしたことを、三戸に気づかれないように伝えていった。

 

 二人が何を話したのか気になった三戸は和子に聞いてみたが、和子は珍しく声を荒げて言い返した。

「いいですか三戸くん。君は何があっても絶対に視聴覚室には入らないこと。いいですね!?あと何も聞かないこと!」

「えっ? な、何があったのs

「いいから廊下に立っててください!」

「は、はいぃい!!」

 

 和子の凄みのある声に仰天した三戸はその場、つまり廊下に突っ立っていることしかできなかった。

 

--

 

 しばらくして那美恵と流留が雑巾とモップとバケツを持って視聴覚室に入っていくのを三戸は横目で見る。何も聞くなと和子から注意をされていたので黙っていたが、そもそも那美恵も流留も三戸をスルーしていたので尋ねることはできなかった。

 

 視聴覚室の中、幸は半べそをかきなが何度も那美恵達に謝る。それをいいからいいからとフォローしながら床を拭く那美恵達。和子は幸の肩を抱いて彼女を必死に慰めている。

 幸は以前、最初に同調を試す際に恥ずかしい感覚を感じるかもしれないということを聞いて覚えていたはずだったが、川内の艤装の時は同調できない日が続いたのですっかり失念していたのだ。

 

 幸は和子から体操着を持ってきてもらい、下を履き替えてしばらくしてやっと気分が落ち着いてきた。そして那美恵たちの掃除の方も終わり、ようやく本題に入ることができた。

「ええと、神先さん。以前あたしが伝えたこと覚えてるかな?同調できるとどうなるかって。」

 那美恵から確認されて幸は赤面させつつもコクンと無言で頷いて答えた。

「もうわかってると思うけど、神先さんは、合格です!神通になることができるんです!やったねさっちゃん!」

 那美恵は合格を伝えると同時に勝手にあだ名で幸を呼んだ。

 

 一方の幸は先刻の粗相のインパクトも含め、同調して艦娘になれるという現実に驚きを隠せないでいた。何度も試せばいつかはと思っていたが、艤装とやらの種類が変わった途端にまさか本当に同調できるとは思わなかった。心のどこかでは艦娘とはどうせ非現実の存在なのだと疑っていたからかもしれない。

 だが現に、今艦娘である生徒会長光主那美恵、そしてすでに艦娘になってしまった同級生、内田流留がいる。幸自身は艦娘になりたくて何度も試してきた。それがいざ叶うと分かると、その先の思考が続かない。

 もともと口ベタな幸は、結果がどうであれ、普段の口調での返事しかできなかった。

 

「あ……う……はい。よろしくお願いします。」

 

 

 その返事を聞いた瞬間、那美恵は叫び声をあげて飛び上がって喜びを表した。

「やったーーーーー!!!やっと、やっと!三人集まったーー!!うぅ~うれしいよぉ……。」

 

 

 歓喜のあまり那美恵は下級生がいるにもかかわらず、泣き出してしまった。それは、ついに自分の高校から正式に制度に則って艦娘が誕生することになるからだ。そばにいた三千花も親友の涙につられて涙を浮かべている。さらに流留ももらい泣きをしている。ただ彼女の場合は那美恵の夢や目的を分かっていないため、本当にただのもらい泣きだ。

 

「うぅ~、よかったですね、会長。なんだかよくわからないけどすぐに次の艦娘になれる人が見つかって何よりですよ!」

「よかったわねなみえ。これであなたの目的が叶うわ。あとは四ツ原先生に連絡して、正式に艦娘部発足だよね?」

「うん。そうそう。あ、その前にこれだけはきちんと確認しておかないとね。」

 

 そう言って那美恵は幸に向かってあることを確認する。

「ねぇ神先さん。艦娘部に入ってくれない?艤装と同調できたのだから、入ってくれるとあなたの学校生活も艦娘生活もどっちも安心して過ごせるようになるんだ。どうかな?」

 

 それを聞いた幸はうまく言葉を紡ぎ出せないでいたが、十数秒後にやっと落ち着いて返事をすることができた。直後の心境はどうであれ、彼女の決意するところは決まっていた。

「は…はい。それ……もよろしく、お願いします……。」

 

 那美恵は彼女がきちんと返事をするのを待ってあげた。そしてやっと聞けた返事を受けて、再び叫び声を上げて喜びを示した。

「いぇす!!いぇす!!三千花さん。やりましたよ~ついにわたくし光主那美恵、やり遂げましたっすよ~!」

 

 その喜びを親友の三千花に向けておもいっきりぶつける。その矛先となった三千花は那美恵からまとわりつかれて少々うっとおしいと思ったが、過剰に喜ぶのも無理もないかと今回ばかりはスリスリしてくる親友の思うがままにさせてあげることにした。

 

 

--

 

 神先幸から入部の意思をしかと確認した那美恵は、職員室に行き阿賀奈を呼んでくることにした。阿賀奈はすぐに那美恵についてきて、視聴覚室へと姿を表した。

 

「ホントに部員3人揃ったのね!?」

「はい!あとはこのことを先生が鎮守府へ伝えてくださればうちの高校の艦娘部、正式に発足ですよ~!」

「よかったわね~光主さん!先生も顧問として嬉しいわ~。で、新しい部員というのが1年生の神先幸さんね?」

 

 阿賀奈から名前を呼ばれて幸は緊張しながら返事をする。

「は、はい!」

 

 噂では変な先生と聞いてはいるが、幸にとってはどのような素性の人であっても先生は先生。敬う対象の一人。そして自分は誰からも印象が薄いと自覚しているが、そんな自分をひと目見ただけで一発で名前を言って呼んでくれた四ツ原阿賀奈を、信頼できそうな先生と瞬時に認識した。

 

「じゃあ先生これから提督さんに連絡しちゃうね?他になにか伝えることはなーい?」

「あ、そうだ先生。これは先生に伝えてくれって言われたんですけど、今度、川内になる内田さんの着任式があるんです。先生の都合を聞いておいてくれと言われたんですけど、いつ都合がよろしいですかぁ?」

 

 那美恵は午前中に鎮守府に行ってきた時に提督からお願いされたことを阿賀奈に確認した。すると阿賀奈はいつでもよいとの返事をしてきた。

 それを受けて那美恵はそのことも阿賀奈の口から提督に連絡してもらうことにした。

 

 今日という日は那美恵たちにとって大きな動きのある日だった。一度に、正式に、2つの艤装の同調の合格者が出たのだ。那美恵は鎮守府外への持ち出し目的のための同調なのでカウントしないとして、鎮守府で川内の艤装と流留、学校で神通の艤装と幸。流れが自分の思うがままの展開になってきているのを那美恵は感じ始めていた。

 放課後に神通と神先幸の同調が成功したので、後日鎮守府で彼女は再び神通の艤装と同調を試すことになる。その時を持って幸も正式に鎮守府Aの艦娘として認められる。

 着任式は川内と神通の二人同時になるだろうと那美恵は想像した。そうなると自分の時以上に盛り上がる。いや、自分が盛り上げないといけないとある種使命感に駆られた。

 

 その日は阿賀奈から鎮守府に連絡してもらうことにし、後で阿賀奈からその後の流れを教えてもらうことにした。

 艦娘の展示もこれで役目を終える。学生艦娘制度に必要な艦娘部、そしてその部に必要な最低部員数3人と顧問の教師。いずれも揃ったためだ。展示物はこのままゴミとして捨ててもよかったのだが、せっかくの出来だから取っておきましょうと阿賀奈が言ったため、しばらくは生徒会室で保管することになった。

 

 学生の文化祭レベルの内容と演出ではあるが、その出来を提督や鎮守府Aの他の面々が認めたため、 そののち、 展示の一式は鎮守府Aで公式に引き取り、艦娘の活動を世に伝える資料の一つとして保管されることになる。


 
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